こんな町に越してきた3

神戸から山口県山陽小野田市の北、旧山陽町の厚狭(あさ)の町に越してきて白壁の家や古い土塀や蔵、
彼岸花の咲く風景に魅せられ、このブログを開設するに至りました。
その後、6年半厚狭で暮らし現在は元小野田に居住しつつ、懐かしい厚狭の風景を今も追い続けています。
                   by,ひがんばな

厚狭の古墳出土品~長光寺山古墳

今日のふるさとの窓はこちらです。

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長光寺山古墳(ちょうこうじやまこふん)
明治14年(1881年)石室が発見され、昭和46年の再調査により、学術的事実が解明された。厚狭盆地を見下ろす標高約60mの丘陵頂部に位置する全長約58mの前方後円墳。後円部墳頂に2基の竪穴式石室が並列して築かれ、割竹形木棺が埋置されていたものと推定される。後円部墳頂には、円形埴輪や家形埴輪及び供献土師器が認められる。

本古墳は、4世紀後半代に築造されたものと推定され、長門部における最古のものであり、県内の代表的な前方後円墳である。
県指定文化財。(平成3年4月5日指定)


長光寺山経塚(ちょうこうじやまきょうづか)
明治14年(1881年)神獣鏡等とともに湖州鏡が採集され、昭和46年の発掘調査により古墳の後円部西室南端(頂点)に経塚が営まれていたことが確認された。
本経塚の造営期は、遺物等から判断して平安時代末期を中心にその前後に置かれるものと推定される。
市指定文化財。(昭和50年5月27日指定)
 【名称】長光寺山経塚


長光寺山経塚出土品
(ちょうこうじやまきょうづかしゅつどひん)
湖州鏡1面を除けば、すべて昭和46年度調査によって得られた資料である。遺物中に経筒は遺存しておらず、他のいくらかの遺物と共に散逸したものと考えられる。したがって、経文もなく、経塚造営の意趣などすべて不詳である。
市指定文化財。(昭和50年5月27日指定)
 
【名称】
長光寺山経塚出土品
<12品>
陶製経外筒(1個体)、須恵器杯蓋片(1個体)、山吹双鳥鏡(1面)、湖州鏡(1面)、青白磁合子(2合)、陶器杯破片(1個体)、土師器杯破片(3個体)、小型土製円板(1個)、不明土製品(1個体)
 

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鍬形石とは弥生時代から古墳時代の初期にかけて流行した「巻貝製腕輪」をその先祖とする腕輪形の石製品。
その本来の用途を離れて、古墳時代前期には宝物の一種として重要視されていた。


この鍬形石は日本最西出土の逸品
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なんとか振り分けましたが間違いなかったか?。チェックはしましたが、資料と付き合わせても
出土品の12品の名前と展示物の名前が合わず、迷いました。

もし何か間違いがあったらコメント欄でお知らせ頂ければ修正します。


この古墳に最初に訪れたのは2010年4月です。http://blog.livedoor.jp/iimati2/archives/1028495664.html


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厚狭盆地の西(西下津)の古墳近くの当時の様子です。前方に古墳が見えます。
このあたりの風景は大好き!
厚狭在住の頃は秋には彼岸花を追ってやってきていました。



これでもう載せる写真はありません。
またいつか厚狭に行った際には またここに載せたいと思いますが、ひとまずここでひと休みと致します。

いつも「ふるさとの窓」の扉を開けてくださってありがとうございました。

過去記事にコメントいただければ、お返事もできます。
厚狭とはこれからも繋がっていたいので、終わりにしたくありません。

このブログを最初から読み直し、厚狭の素晴らしさを再認識したいと思います。

そうそう、私が作りました「厚狭駅周辺町あるき」の地図の英語版が「厚狭杜のまち」のメンバーのエリックさんの奮闘で間もなく出来上がるそうです。





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(山陽小野田市 厚狭)


厚狭の古墳出土品~妙徳寺山古墳(追記あり)

今日のふるさとの窓はこれです

妙徳寺山古墳 場所はhttps://kofun.info/kofun/85

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この地図は以前 妙徳寺の栗古墳資料からお借りしてブログに載せたものです。


追記(2020.7.10)
地図を載せます。
上の地図にはバイパスが無い地図だったので、下のバイパスの周辺に古墳があることが判ります。
こうしてみると、バイパスの下は宝物が埋まってそうです。
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妙徳寺山古墳出土品
(みょうとくじやまこふんしゅつどひん)
妙徳寺山古墳は、全長30mの前方後円墳であり、県内約30基の前方後円墳の中で22~23番目の大きさである。国道2号バイパス建設に先立つ分布調査で発見され、平成2年(1990年)、事前の発掘調査が実施された。未盗掘の主体部より捩文鏡(面径8.5cm)、鉄刀子、勾玉、管玉、小型勾玉が原位置を保った状態で出土し、周壕床面から鉄剣(現存長約14cm)、墓道から土師器高杯、短頸壷が出土した。
中でも、捩文鏡は清緻な文様が施されている。また、小型滑石製勾玉は全長6~9mmの大きさながら、形を正確に表現し、穿孔を施しており、当時の造形技術の高さをしのぶことができる。出土品は、5世紀前半代の在地首長の副葬品・供献品のセットの1パターンを示す貴重な資料である。
県指定文化財。(平成12年12月15日指定)
 
【名称】
妙徳寺山古墳出土品
<245品>
捩文鏡(1面)、鉄刀子(1口)、瑪瑙製勾玉(2個)、翡翠製勾玉(2個)、緑色凝灰岩製丁字頭勾玉(3個)、小型滑石製勾玉(174個)、管玉(59個)、鉄剣(1口)、高坏(1個)、短頸壷(1個)
 
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この首飾りが5世紀のものとは信じられません。
鉄剣(1口)、高坏(1個)、短頸壷(1個)の写真は無かったので今回は首飾りだけです。
もしかしたら他の古墳に混じっているのか?もし間違いなどお気づきなどありましたらお報せください。



2009年l4月14日のブログにこの古墳を訪れたことを書いています。
http://blog.livedoor.jp/iimati2/archives/1028497793.html

当時はまだ厚狭のことはほとんど知りませんでした。










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(山陽小野田市 厚狭)

厚狭の古墳出土品~妙徳寺山経塚

今日のふるさとの窓は前回に続き厚狭の古墳からの出土品です。

妙徳寺山経塚は、山陽小野田市の厚狭盆地を見下ろす丘の頂上(標高60m) にあります。
前方後円墳の妙徳寺古墳はこの近くにあります。


妙徳寺山1号経塚出土品
みょうとくじやまいちごうきょうづかしゅつどひん)
平成2年に発掘調査が実施され、経塚の築造時期は平安時代後期と推定される。経塚の経壷と埋蔵品がセットになり、埋蔵時の様子をほぼ残した状態で出土しており、防長地域の経塚の特徴を考える上で大変貴重なものである。
出土品の内、特に白磁四耳壷(器高22.7cm、口径10.4cm)は、ほぼ完全な形で出土し、中国で作られた特注品の可能性がある。
県指定文化財。(平成3年12月10日指定)
 
【名称】
妙徳寺山1号経塚出土品
<18品>
白磁四耳壷(1個)、白磁椀(1個)、褐釉四耳壷(一個)、白磁小椀破片(一個分)、青白磁合子(六合)、青白磁合子身(三個)、湖州鏡(1面)、草花双雀鏡(一面)、銅銭残欠(一枚分)、鉄刀子(一口)、鞘金具残欠(一口分)


・・・・・・・
 
国立博物館の飾ってあるものとそん色ありません。中国で作られたらしい素晴らしい壺です。

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このあたりは掘れば何かが出てくると聞いたことがあります。





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(山陽小野田市 厚狭)

厚狭の古墳出土品~物見山経塚

今日のふるさとの窓はこちらです。

厚狭図書館の入り口付近に展示してある厚狭にある古墳からの出土品。

もうだいぶ前に撮ったものです。
その日、新しく買ったばかりでまだ一度も試してないデジカメをリュックに入れていたのですが、展示物を見てふと写真を撮ろうと思い立ったのです。
言い訳ですが…そういうわけで上手く撮れていないのです。
ガラス越しだったし・・
※写真を撮る際は許可願いを書かないといけません。

それに古墳別に区分けしようと思ったけれど、撮ったものの記憶が飛んで説明がつきません。
写真の番号を頼りにしたが番号順に区分けできず、途方に暮れ日にちは経ってしまいました。

放置していましたが、これではいけないと思い直し 出土品を調べました。


物見山経塚出土品
昭和40年、物見山の山頂部に築造されたと推測される経塚跡から発見された。写経文は約22cm幅の薄手紙本で妙法連華経28品全巻を書写してあるが、巻首が欠けているので年代、施主等は不明。写経文を納めた経筒は、外径5.2cm、高長30.5cmの鋳銅製で銅板の厚さと細身の筒身から中世初期のものと推定される。
県指定文化財。(平成元年10月24日指定)

【名称】 物見山経塚出土品<6品>
銅経筒(1口) 陶外筒残欠(1口分) 甕残欠(1口分)
紙本墨書法華経8巻(1巻) 鉄刀(1口)
鉄刀子残欠(1口分)


この写真は市の文化財ページよりお借りしています。
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下の2枚の写真の出土品を組み立てるとこうなることを発見!。

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当ブログ内の物見山経塚の記事は2012年11月13日に書いています。
http://blog.livedoor.jp/iimati2/archives/1028488226.html






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厚狭駅前信号

今日のふるさとの窓はこちらです。
タイトルに書いたとおりの場所です。
この交差点はよく通りました。

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越して来た当初、裏道に入ったら迷いそうで、ひたすらこの旧R2を歩きました。
健脚でしたから・・・。

その後、自転車になり、次に電動自転車になりエリアが広がり探索してはブログに載せてきたのでした。
裏道に入るようになり、ますます厚狭の町が好きになりました。

庚申塚や石碑、そして石垣、なにやら由緒がありそうな門構えの建物、そして石州瓦の納屋。
厚狭の歴史と合わせて夢中になり、ブログを始めて12年経ってしまいました。




どこにでもある風景だけど
     ここが故郷の人には ここは思い出の場所
    
        このブログは“ふるさとへの窓” 
 (山陽小野田市 厚狭) 


厚狭の景色を画像で残しておきたい
そんな気持ちで黙って撮った画像の数々 どうぞご容赦を!
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もしご都合悪ければ、お知らせ頂ければ削除致します
 

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旧国道2号線沿いで見つけた建物

今日のふるさとの窓はこちらです。
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旧国道2号線を厚狭駅に向かう途中、古い横長の建物がありました。
なんとなく古さが気に入りカメラに収めました。




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