こんな町に越してきた3

神戸から山口県山陽小野田市の北、旧山陽町の厚狭(あさ)の町に越してきて白壁の家や古い土塀や蔵、
彼岸花の咲く風景に魅せられ、このブログを開設するに至りました。
その後、6年半厚狭で暮らし現在は元小野田に居住しつつ、厚狭の風景を今も追い続けています。
現在、厚狭の町おこし「杜のまち」のメンバーに所属し厚狭と関わっています。     by,ひがんばな

厚狭川氾濫から8年

7月15日にアップされていました。


・・・・「厚狭杜のまち」Facebookより転載・・・・・・・・・・・・・

本日7月15日は快晴

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 7月15日、覚えてますか?平成22年7月15日朝方に厚狭川氾濫、全国ニュースになりました。

 今のようなゲリラ豪雨という言葉ができる前の先触れのような状況でした。
 幸いけが人やなくなった方はおられませんでしたが、家屋の床上浸水で川西地区は大被害を受けました。

 当時の山口県の対応は素早く、激甚災害の認定も受け河川改修、橋のたてかえなどが行われました。
 時間はかかりましたが川は広く、橋も立派に架け変わりました。

 今回も台風の後の豪雨が心配されましたが堤防下3mくらいで水位は収まりました。以前の堤防ではまた同じような被害が出ていたかもしれないと少し安堵した次第です。

 古い石垣の方が趣があってよかったのですが、やはり安全第一、現在の堤防も石張となっており、これは工事をした県の配慮があったのでしょう。

最初の説明会からいろいろと注文をつけたり文句を言ったりしていましたが、多くの方の努力で完成した工事、改めて感謝したいと思います。

...

 今年は西日本が洪水で大きな被害を受けています。
 厚狭川洪水のあとも青空の広がる暑い日が続きました。
 多くのボランティアに助けられて汗をかいたのを昨日のように思い出します。

今回被害に会われた方が1日も早く普通の生活に戻られることを願っております。


・・・・・転載ここまで・・・・・・・・・・・・・・・




あれからもう8年も経ったのですね。

このブログも少しだけ当時の町を写しています。アーカイブの2010年7月をご覧ください。

興味本位で撮っては良くないと、一時はブログも休止していました。
鴨ノ庄でゴムボートで救出される様子を見て、私の大好きな厚狭が~~~~ととても悲しかったし、直後からの断水も辛かったです。


当時はまだ「杜のまち」は生まれてはいませんでしたが、この水害後の町の復興を願い発生し、まさか私がその会に入れてもらえることになるとは!今でも信じられません。
このブログがきっかけです。


今年の熱波は異常です。私は早くも2度目の熱中症をやってしまいました。
この夏の私の三種のなんとかは、梅干しと塩飴と麦茶です。

皆様もお気を付け下さい。






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(山陽小野田市 厚狭)

街道筋の同祖神~猿田彦

今日のふるさとの窓はこちらです。

まだ旧山陽道の山野井です。

熊笹やシダの生い茂るちょっと広く平坦な場所にポツンとあったアメノウズメらしき小祠から目と鼻の先に少し小高くなったところのてっぺんに猿田彦の同祖神が建っています。

最初に見た時は これは何?と興味津々で石碑の文字を読みました。
「猿田彦」の文字を初めて見つけた日のことです。

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神話に登場する猿田彦は、天孫降臨で天津神を高千穂までの道の道案内をしたという伊勢の大地主の国津神。
天狗のモデルとされ、妻のアメノウズメはお多福のモデルとされ、2者で夫婦和合として同祖神として祀られ、街道を行く旅人の安全を守る神です。

また祭礼の神輿の前を天狗の面を被った猿田彦が先導役を勤めることもあるそうです。

猿田彦はアメノウズメとセットで建立されるのが普通だと判ったのはつい最近のことです。

下の絵は天孫降臨での二神の出合いの場面です。

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以前書いたブログはこちら
http://blog.livedoor.jp/iimati2/archives/1028485211.html


厚狭にはふと目を止めると、結構面白いものが転がっています。





どこにでもある風景だけど
     ここが故郷の人には ここは思い出の場所
    
        このブログは“ふるさとへの窓” 
 (山陽小野田市 厚狭) 


厚狭の景色を画像で残しておきたい
そんな気持ちで黙って撮った画像の数々 どうぞご容赦を!
ご協力があればこそ!お陰様でこのブログが続けられます。
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寄合報告 2018.7.8

・・・・・・「厚狭杜のまち」Facebooより転載・・・・・・・・・・

寄合例会です

7月25日厚狭天神夏祭り花火大会が行われますが、賑やかしとしてギャラリーでも店を出します。

ことしはパンやジャム、飲み物の販売がメインとなりそうです。
またさくらほっとパークの譲り合い観覧席の設置もやります。
花火鑑賞には絶好の場所です。

昨年は心配したゴミもあまりなくて一安心しました。今年もきれいに使って欲しいものです。
それと、「譲り合い」という意味合いも考えてもらいたいですね。

梅雨が明けました。厳しい暑さ、皆様ご自愛くださいませ。

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・・・・・転載ここまで・・・・・・・





信じられない災害が起きています。

厚狭川は橋の架け替え工事や護岸工事が終わり、最後に鴨橋の初期の親柱がさくらほっとパークに飾られて工事がフニッシュとなった直後の今回の大雨でした。
川は危険水位も越えたものの何とか持ちこたえ無事でした。工事が完了していて本当に良かったです。
(1カ所、東下津付近の浸水はありましたが・・・)


このブログの読者様方におかれましては、被害はございませんでしたでしょうか?。
全国の被災された方々には心よりお見舞い申しあげます。





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(山陽小野田市 厚狭)

駕籠立場周辺の小祠の謎

いつもこのブログを訪問してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

さて、今日のふるさとの窓はこちらです。

また旧街道シリーズに戻ります。
まだあの杉木立の中をうろうろしています。
杉木立の中、街道らしい雰囲気が今も残るこの道が大好きですから・・。

ここから先の一帯を「駕籠立て場」と言われています。
狭い杉木立の道から少し空間が広がった場所で、旅人が駕籠や馬から下りて一服した場所ということでしょうか。

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そんな中、ポツンと草むらの中にある小さな祠が嫌でも目に止まります。

地元の方はこれを街道の謂れとは「関係ない」と仰るらしいが、見なかったことにはできません。
最初にここに来た時も、これは何?と一番気になったものでしたから・・。

ここはもっとしつこく調べてみましょう・・・じっくりと調べました。


コンクリートブロックの基礎の上のモルタル塗装?の小祠。
なにかを祀ったもののようです。お墓ではないようです。

千木がありますから、お地蔵さんでもありません。神様です。
一里塚でもありません。一里塚なら千木が付くのは変です。
千木の内削ぎの容から女性を祀ってあることが見てとれます。


神話でのいろんな女神はありますが・・近くにある猿田彦の同祖神が関係あるかも・・と調べました。

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実は、前々回の「杜のまち」の寄合で、冗談で「近くに猿田彦の同祖神があるから、もしかしたら奥さんが祀ってあったりして・・千木のカタチから女神だし・・」とふとそんな言葉を漏らしました。
ごく自然な発想です。
猿田彦の妻は、アメノウズメ

その後の調べで、
伊勢の猿田彦神社の境内に、猿田彦神社の本殿と向かい合うように佐瑠女(さるめ=アメノウズメ)神社が建っており、アメノウズメはそこで芸能の神として信仰されている。
(アメノウズメが天岩屋戸の前で踊ったことでアマテラスが岩戸から顔を出しました。あのときの踊り手、日本最古の踊り子、神楽の始祖)


猿田彦神社境内にあるアメノウズメが祀られた佐瑠女神社の建物がこれ。
カタチが良く似ています。
千木の切りこみも同じです。

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最後にこういう記述を見つけました。

「全国各地で塞の神・道祖神が「猿田彦神」として祀られている。

この場合、妻とされる天宇受売神(アメノウズメ)と共に祀られるのが通例である。」

ということで、猿田彦の石碑とこちらの小祠はペアではないかと思われます。
むしろ、ペアでないと不自然。でなかったら他の女神の誰を祀りますか?。

建てた時代は違うかもしれませんが・・・時代が違うからと否定はできません。
最初は木製だったかもしれません。
篤志家が、後からこういう形にしたのかもしれません。


これで 以前からの謎が解けたようで、スッキリしています。
こういう謎があるお蔭で、少しだけ勉強させてもらいました。



今日のブログをアップするのはとても勇気が要りました。
没にしようかとも思いました。
私ごときが偉そうに説を述べることも致しません。

あくまでも個人の見解で、「この説はどうでしょう?」と皆さんに問いたい気持です。
そうではない!と反対論の方はご遠慮なくコメントにお書きください。
私も もっと勉強したいので、是非、お教え下さい。お願い致します。



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明治4年の鴨橋の親柱が帰ってきました~

・・・・「厚狭杜のまち」Facebookより転載・・・・・・・・


古い鴨橋の親柱が公園に生まれ変わった橋のたもとに帰ってきました。

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本日立ち会いとして現場に行ってきました。

県の仕事なので基礎も頑丈です。
埋め込みの高さについて、側に書いてある字が見えるようにと注文をつけて修正していただきました。
工事の方すみませんね。

 厚狭川の橋は「鴨橋」と呼ばれていますが、一番古い柱には「賀茂橋」とあります。
さて、歴史の好きなひとなら一くさり、二くさりありそうですね。

 本日6/28中には設置されると思われますので興味の或る方はお尋ねになってみて下さい。
一つの歴史の証人です。


・・・・・・転載ここまで・・・・・・・・




観光協会サイトより

「鴨橋は、厚狭川を渡る旧山陽道にある橋です。天保末年(江戸時代後期)には、幅6尺(1.8m)、長さ26間(約50m)の板橋であったとの記録があります。
 
 当時は8月から1月の間だけ橋が掛けられ、それ以外の時期は橋が除かれ渡し船が置かれていました。
 2月から7月までの間は流水量が多く洪水などで崩壊の恐れがあったため、渡し船を定置して橋に替えていたのです。


 現在の橋ができたのは明治48月で、橋の建築工事には400人を超える人たちが従事しました。その結果、常設橋として季節に関わらず渡ることができるようになり、橋の名は鴨神社にちなんで鴨橋と名付けられました。」



板を渡しただけの橋は2月に取り外し8月に掛ける。その間は渡し舟が定置。
明治4年にようやく1年中渡ることができる常設の木造の橋が架かったということで、この親柱はその時のもので、鴨橋の初代の親柱で貴重なものです。


鴨橋が架かった頃の絵図です。
旧街道や枝道が赤の線。
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鴨橋の名前は鴨神社にちなんでつけられた名前らしいです。
厚狭川は「賀茂川」と書かれた場合もあり、「麻川」と記された文書(温山紀行)もあり、文字に関しては昔は当て字も多く、あまり詮索できないのではないかと思います。


それがなぜ、土の中に埋められたのか?分かりませんが・・・今回それが姿を現したのです。
今までどこにあったと思われますか?。
今は「杜のまち」が管理する「さくらほっとパーク」、以前は吉武医院だった場所に埋まっていたのが河岸工事で発見されました。

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つまり、親柱は埋められていたのと同じ場所、このさくらほっとパーク(写真の右手の奥)に建てられました。
建てられた現場にはまだ行ってないので写真はありませんが・・。



ちなみにこの場所の角には昔から街道を行く旅人のために道標が建ててありました。
(埴生方面と美祢市の厚保方面への道を示し、今も旧街道を行く街道巡りの人には目印になっています。・・ここで90度曲がるので、この道標は重要なポイントなのです。)

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この「さくらほっとパーク」は河川改修でできた狭いエリアの管理を市から「杜のまち」に任せられ、「杜のまち」が呼びかけて募金を募り ここに河津桜の木を植えベンチを設置し憩いの場所を作りました。
杜のまちでは3つ目のポケットパークです。




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厚狭杜のまち 寄合 2018.6.24

・・・・「厚狭杜のまち」Facebookより転載・・・・・・・・・・・

今宵の寄合はにぎやかに

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 今回の話題は 夏の市に向けて。来月25日天神花火大会に合わせてお店を出します。
 今年はギャラリーにてパンの販売や射的などの夜店を考えています。

 武家屋敷の活用プロジェクトも年末には開始できそうな感じになってまいりました。お楽しみに。   

 ところで、メンバーが多少お疲れの様子なのわかりました?
 寄合の前にポケットパークの草取りをやってきました。梅雨の合間の天気は良かったのですがやはり暑い。

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今回は小さなお手伝いさんも加わって10名の参加、人数が多いと楽ですね。


・・・・・・転載ここまで・・・・・・・・




会場のまちなかギャラリーの前にあった鉢植えの紫陽花がきれいだったので撮りました。

まちなかギャラリーの大家さんの原田さんが特別の肥料を施し育てた鮮やかで濃い色の八重の額の紫陽花。
色が素敵でした。

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鴨庄の武家屋敷の活用の話が浮上しています。
まだまだこれから話し合いで決まって行くのですが・・・楽しみです。

今年の天神花火大会(7・25)は水曜日です。
「杜のまち」関連の出店が具体的に決まりましたら、又お知らせします。





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