皆さん、こんなことってないですか

ただ言われた通りにやるってなんかダメな気がする
とか、言って、結局何もやらなかったり

1年生ってことを言い訳にしたくないとか言いつつ、
そもそも1年生としての必要な姿勢が足りなかったり

自分以外の人がやった方がいいんじゃないかとか言いつつ、
誰がやった方がいいと思ってるのかがあいまいで、
そもそも、なんだか全然謙虚じゃなかったり


これって、全部、結局

できていない現実を受け入れられていない

うまくできなかったらかっこ悪いとか、応えられるか不安とか
そういう、自分がどうかばかりに目がむいてるからこそ、
出てくる言葉なんです

じゃあ、続いて、どうしたらいいのか
考えてみます

                         

るいネットにこんな投稿がありました

>自らの存在を現実に実現してゆこうとすれば、常に現実の対象世界が立ち現れる。
そこでは、まず対象世界の構造を把握し、自己を実現し得るような対象的基盤を獲得してゆかなければ、何も実現することはできない。
だが近代思想は、このような対象世界の実現の構造を何ひとつ見極めようとせず、むしろ常に対象から目を背け、現実から逃避して、頭の中でだけ「現実」を否定し「自己」を美化し続けてきた。
いま求められているのは、<自己から対象へ>の認識ベクトルの転換である。<http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=211366

この視点で、さきほどの事例を見てみると、

そもそも、自分で何も生み出せないから、アドバイスしてもらっている現実にさえ気づけてなかったり、そこから逃げて頭の中だけの自分で考えたらできるハズって、幻想にしがみついているということが見えてきたり

同じように、1年生扱いされたくないっていう、美化した自分像にしがみついているだけなんだということが見えてきたり・・

本当に自分以外の人がやった方がいいって思ってるなら当然出てくる、
○○さんにしてもらった方が、こんな風によくなりそうとか、
○○さんに、こんな風にできるようになって欲しいとかっていう、
具体的なイメージもなく、ただ、自分はやりたくないって、自己中になっているだけ

というのが見えてきます。


求められるのは、自分ではなく、いかに現実の対象(世界)を
対象化できるか

そうでなければ、対象不在の総括になってしまうし、
何も実現できなくなってしまうんですね


何かを実現しようとすれば、必ず対象(相手や競合etc)が立ち現われる。
だから、まずはとことん対象を見極めて、それに対して、どうする?と動いていくこと!

〜だから、できませんでした。
〜が苦手で・・
〜していきます

といったできない言い訳を並べただけの、内面だけを見つけた対象不在の総括、頭の使い方になっていないかな?と考えて見てくださいね         
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