「子どもたちよ。子ども時代をしっかりとたのしんでください。おとなになってから、老人になってから、あなたを支えてくれるのは子ども時代の『あなた』です」

児童文学者の石井桃子さんの言葉です。

 

子どものときの体験・読んだ本・出会った人がきっかけでその後の人生の方向が決まるということは多々あるでしょう。

今私たちおとなは、子どもたちに子ども時代をたのしめる土壌を作ってあげられているでしょうか?

 

無意味な学校教育、親をはじめとするおとなたちからの管理…

生物学的に進化していけばいくほど子ども時代は長くなります。

その最たる存在である人間の子ども時代は、豊かになれているのでしょうか?

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阿川佐和子・福岡伸一『センス・オブ・ワンダーを探して』より

P3

 人間にとっての子ども時代の意味。これは実は生物学の問題でもある。しばしばそのことを考える。

 機会があって、ロシアに旅した。ロシアといっても、シベリアの真ん中、ノヴォシビルスクという町である。ここにある生物学研究所で面白い研究が続けられている。それはキツネを家畜化しようとする試みである。本来、野生のキツネは人間に慣れない。檻に閉じ込められたキツネは人間が近づくと、吠えたり、威嚇して噛みつこうとする。あるいは人間を恐れて後ずさりし、逃げようと後ろ脚から檻を駆けのぼったりする。

 ところが研究所が選抜して家畜化したキツネたちは全く違う。人間を見ると尻尾を振り、近寄ってくる。興味を示してじっとこちらを見る。指を近づけると甘噛みをし、檻を開けて撫でると腹を見せて横たわり、あげくにそのまま人間に抱かれても平気なのだ。まるで飼い犬同然である。

 研究者たちは、野生のキツネを「訓練して」このように飼い馴らしたのではない。このキツネたちは、生まれつき人間を恐れないのである。

 研究者たちは、たくさんのキツネの中から、いくつかの条件をつけて、人間を恐れない傾向を示すキツネを選び出した。それを掛け合わせ、さらに選抜を繰り返した。

 世代を重ねるうちに不思議なことが判ってきた。「人間を恐れない」という性質に付随して、キツネの内外にある特徴がみてとれるようになったのだ。白い斑紋が毛皮に出る。尾が巻く。耳が垂れる。顔が平たくなる。これらは一体、何を意味しているのか。それは「子どもっぽい」という事だった。



 ネオテニー(幼形成熟)という生物学用語がある。外見的な形態や行動のパターンに、幼生や幼体の特徴を残したまま、動物が成熟することを指すことばだ。

 一時、テレビのCMで取り上げられ、かわいいと人気になったウーパールーパーが典型例である。ウーパールーパーとは俗称で、本当の名はアポロートルといい、カエルやイモリと同じ両生類の仲間。両生類は水中に産みつけられた卵から孵ってまずおたまじゃくしとなる。オタマジャクシは魚と同じく水中でエラ呼吸する。

 オタマジャクシはやがて変態していく。足が生え、手が生え、カエルの場合だったら尾がみじかくなっていく。そして両生類のもっとも大きな変化は、エラ呼吸が肺呼吸に切り替わることだ。体内に肺が形成され、空気中の酸素を吸うことができるようになる。これによって成体は水からあがり、陸上でも生活できるようになる。両生類という名の由来もここにある。

 ところが同じ両生類でもウーパールーパーは特殊だ。エラ呼吸が肺呼吸に切り替わらない。頭の両側についているフリルのようなひらひらはエラで、姿かたちも幼体のオタマジャクシの雰囲気を残したまま成体となる。だからこそ幼い感じのかわいさが温存されるわけだ。そのかわりウーパールーパーは陸に上がることなく、一生を水の中で過ごす。

 なぜこのような不完全な変態をするのかはわからない。幼体から成体に体を変化させるとき働くホルモンのタイミングが滞るようなことが起こったのかもしれない。子どもの期間が長く、子どもの特徴を残したまま大人になる。

 

 実は、これと同じようなことがヒトにもいえる、という説がある。ヒトとチンパンジーの遺伝子を比較すると九十八パーセント以上が相同で、ほとんど差がない。では一体何がヒトをヒトたらしめるのか。それは遺伝子が働くタイミングの差だというのだ。特に、脳でスイッチがオンになる一群の遺伝子は、チンパンジーよりヒトで、オンのタイミングが遅れる傾向が強い。事実、ヒトは、チンパンジーの幼いときに似ている。体毛が少なく、顔も扁平だ。幼さを残したまま、成体になる。ネオテニーである。つまり、ヒトはサルのネオテニーとして進化したというのだ。

 しかしネオテニーは外見以上に、意外な要素を含んでいる。子どもの期間が延びるということは、それだけ柔軟性に富み、好奇心に満ち、探索行動が長続きするということである。つまり学びと習熟の時間がたっぷり得られることになる。一方で、性成熟が遅く攻撃性が低いということも、知能の発達に手を貸すことになった。とても興味深い仮設である。

 キツネの研究でも面白いことがわかっている。ヒトを恐れず、むしろヒトに好奇心をもち、人に馴れるようになったキツネは知性的なのだ。ヒトの言葉を理解し、指示に従う。わざと隠したものを探すような課題をやすやすと解決する。

 

私たち生物にとって子ども時代は文字通りそのような揺籃期としてある。(中略)かけがえのない子ども時代。私たち人間は、それをことさら長引かせるようにあらかじめ与えられている。

 

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>子どもの期間が延びるということは、それだけ柔軟性に富み、好奇心に満ち、探索行動が長続きするということである。

自分の子どもを見ていると、小学校に入る前は上記のような感じでも、学校に入るとがっちりと思考の枠にはめられてしまって、可能性発ではなくて規範意識(○○しなくちゃ)という思考が子どもにも親にも顕著な気がします。

 

生物としてもっとも可能性を膨らませられる子ども時代の過ごし方を、もっと社会全体で、いろいろな分野からの提案をもらいながら考えたり実行していったらもっと面白くなるのかも、と思います。

生物として可能性をかけてきた、子ども時代のあり方をもっと考えたいですね!

 


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