おはようございます!

 

先週、阿川佐和子さん・福岡伸一さんの対談集『センス・オブ・ワンダーを探して』をご紹介しました。福岡伸一さんはご存じのとおり『動的平衡』などたくさんの著書がありますね。

 

動的平衡とは以下のように定義されます。

>絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのにブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。(リンク

動的平衡自体はもともと一個体の生物内のことをさしましたが、上記にある通り正しく人間社会とか組織について言っているように感じます。

福岡さんが社会への見方を語った記事をコチラより引用します。

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生物は自らを「破壊」し続けることで生きている

 

福岡:ビジネスの世界では数々の制約条件の中で、最適なパフォーマンスをあげることが期待されていますよね。上場企業であれば1年、四半期ごとに成果が問われますよね。

 

福岡:一方、生物学で扱っている時間軸はビジネスの世界と違います。ビジネスの世界では四半期、1年間で「変化がない」ことは評価できないかもしれません。でも生物は生まれてから38億年です。1年で変化がなくとも何百万年、何千万年単位でみると目覚ましく進化しているわけです。評価の尺度を数秒単位から億単位まで、自在に変えながら観察していかないと分からないことが多い。

 

ですからビジネスの視点から見ると不思議なことが起きています。そもそも細胞は「合理性」「成果」だけを求めて動いていません。Aという行動をとりながらも、全く矛盾するBという行動をしたりする。CDという順番ではなく、逆のDCという順番でも動く。さらに、こうした相反する行動を同時にやったりします。 その行動の目的も、新しいものを創るためだけじゃなく、いま作ったばかりの細胞を「壊す」ことだったりする。細胞は作るよりも、壊すアプローチの方が多く、「壊す」ために生きているとも言えるほどです。しかもそれを平気でやるのです。

 

尺度が違うと不思議に見えることが多いですね。

 

福岡:例えば私たちが、100年以上も浸食や風化に耐える頑丈な建物を建てようとしたらどう考えますか。地下深くに基礎を打ち込み、 頑丈な素材を用いて堅牢に作ろうと発想しますよね。修繕しながらならば、100年以上も耐えられる建物ができるかもしれません。

 

でも、1000年、1万年後はどうでしょう。おそらく風化に耐えられず、朽ち果てて何も残らないでしょう。私たちは宇宙の大原則である「エントロピー増大則」に支配されている以上、築き上げたものは崩れ、秩序あるものは無秩序化する。1つの場所で止まっていることはできず、分散していきます。整理整頓したはずの机の上はぐちゃぐちゃになっているし、淹れたてのコーヒーは冷める。熱い恋愛も冷めるんです(笑)。

 

でも、38億年も生きながらえてきた生物はどうやって朽ち果てることに抗ってきたのでしょう。生物は堅牢になることを諦め、自分で自分の細胞を壊すことを選んだんです。「エントロピー増大則」が襲ってくる前に、先回りして自分で細胞をどんどん壊す。壊し続けることで、結果的に常に新しい細胞が生まれる状況を維持しているんです。

 

「壊し続ける」ことで状況は不安定になりますが、それゆえに、次の「合成」のプロセスが立ち上がるんです。これは不思議なことではなく、人間が歩いている行動がそうです。片足を前に差し出すことで、体全体のバランスを崩しています。その不安定な状態を解消しようとして、もう一方の足が自然と前に出るんです。最初に「分解(エントロピーの増大)」があり、「合成(自己組織化)」が起きるというサイクルを、絶え間なく繰り返し続けていることで、高次元の「安定」をつくり続けている、これが「動的平衡」の考え方です

 

(中略)

 

Singularity is never here. AIは「パラパラ漫画」だが人間は違う。

 

「動的平衡」の考え方を理解することで、生物以外の現象、例えば、社会の見方が違ってくる予感があります。今回の著書では、芸術など異分野を取り上げられていました。「動的平衡」的な考え方をもつ先生には、いま社会がどう見ているのでしょうか。

 

福岡:近代社会は分断の社会です。あらゆる物事を分解・分断し、細かくなったピースに「名前」を着け、役割や意味づけをすることで、とにかくロジカルに理解しようしてきた。ロゴス(論理)を重視した社会であり、そのロゴス的思考の究極のものがAIなんです。

 

AIは「第3次ブーム」といわれるように、突然現れたものではありません。以前から人工知能はあったし、突然大きなイノベーションが起きたわけではありません。ロジックでつくられたアルゴリズムを超高速に廻し続けているコンピュータです。人間とAIが違うのは時間の捉え方です。AIの中で流れている時間は「点」でしかありません。蓄積された過去のデータをもとに、論理的に選んだ現在という点があり、さらにその現在も、過去のデータとなり、計算された最適な未来の(点)を捉えている。

 

「パラパラ漫画」ってありますよね。1枚1枚に微妙に変化をつけた絵を連続で見るとまるで動いているように見える漫画。アニメーションです。AIがみている世界がこのパラパラ漫画なんです。瞬間瞬間の一枚の原画を取り出し、そこに描かれた世界の因果関係や仕組みをロジカルに理解することはできます。ところが、自然現象や人間は「パラパラ漫画」じゃないんですね。ロゴス(論理)だけでは捉えきれないことが起きています

 

先生はロゴスに対して、「ピュシス」(自然)という言葉を使っていますね。

 

福岡:はい。人間が捉えている時間は点ではありません。「過去」があるからこその「今」であることを理解しているし、数秒後を予想した上での「今」なのです。だから時間は点ではなく空間のような厚みがある。その空間の中に、過去も未来が入り込んでいるのが「今」なのです。

 

こうした厚みがある時間の中で、生き物は、創ること、そして自らを壊すことを同時にやっている。人間の脳の中も、矛盾したことを考えているし、まったく関係ないもの同士をつなげたりしている。決してロジカルではないんです。偶然もあるし、カオスなんです

 

AIは今後も、「計算機」としての進化はあるでしょうし、それによって一部の仕事を代替することはできるでしょう。しかし、成り立ちが違う以上、人間のそのものを代替するものにはなり得ないのです。その意味で「シンギュラリティ」は来ない。The Singularity Is Near」じゃないし、「TheSingularity Is Here」でもない。「Never Here」なんです。

 

「種の保存」よりも「個人の自由」を優先する人間の行き着く先は?

 

我々Future Society 22では、未来の社会がどうなっていくのかをいろんな専門家の方々にお伺いしています。福岡さんは未来をどう見ていますか。もしくはご関心があるポイントはどこにありますか?

 

福岡:ベストセラーになった『サピエンス全史』、かつて岸田秀先生が言ってきたように、近代社会の人間は「社会」という虚構をつくりあげ、そのルールの中で生きるようになりました。それよりも大きな変化は、他の生物が「利己的な遺伝子」に従い、自らの種を残す目的で生きているのに対し、人間は種を残すよりも「個の自由」を優先するように生きるようになったことです。この「個の自由」を優先する社会が今後どうなるのか…。今後は人為的な努力も必要になっていくでしょう。社会学者ではないので、具体的なアプローチとなると手に余るお話ですが。

 

(中略)

 

福岡:ええ。細胞と同じように人間は周囲の人たちとエネルギーも情報も物質もエントロピーも交換しあっています。その関係性が次のレベルであるコミュニティに影響を与え、さらに高い次元の「社会」にも影響しあっています

ですから、周りに壁を立てて、局所的な幸せや効率、富などを求めると結果的に高い次元では「損をする」「全体の不幸を招いている」という現象が起きるんです。これは、私たちに生物学が長い歴史を通じて教えてくれたことです。

 

種の保存が守られている状態においては、個人の自由の追求に意識が向く余裕がありますが、種の保存が守られなくなる危険性が出てくると、そうはいかなくなるのが必然。私たちが生物である以上、その本質的な法則は忘れてはならないですね。

 

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生物進化は、その歴史の中でも一個体の中でも、「積み重ねでなく塗り重ね」で今生きていくのに必要な様々な可能性を実現していると考えられますね。

そう考えると、現状維持自体が絶滅への安易な道。つねにつねに新しく実践することを組織全体で喚起していきたいと思います!

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