前々週、「しあわせになれる脳」をつくる習慣の記事で、『脳によい習慣』をご紹介しました。

それは、「早寝・早起き・朝ご飯・適度な運動」!

やっぱり昔から言われている「こうしたほうがいい」は、みんなの知恵があつまったものなのですね。

 

今日はインドのヨーガの教典からご紹介します。

『盗まない』という戒律はどの宗教にも出てくると思いますが、実は人のものを勝手に自分のものにする、という意外にも、重要な意味が隠されていたのです!?

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いいことがたくさんやってくる!「言霊」の力(著:黒戌仁)より

p.108〜

この世というのは案外と単純なもので、決まったルールに則ってさえいれば、基本的に誰もが満足して、幸せに生きられるようにできています。

 そのルールというのは、すでにインドの『ヨーガ・スートラ』でも、仏教でも、あるいはキリスト教でもイスラム教でも共通して、ごく当たり前に「戒律」として定められているものです。

 たとえばヨーガの「ヤマ・ニヤマ」と呼ばれる戒律から紹介すれば、次のようなところにあると思います。

・人を傷つけない(自分を傷つける行為も行ってはいけない)

・ウソをつかない

・ものを盗まない

・分相応な暮らしを心がける

・必要以上にものを所有しない

 後は身体の清浄を保ち、整理整頓、掃除をする。適度に食べて、適度に運動して、人に優しく、今の自分が置かれている環境に感謝する。

 そして、あらゆる局面で心を乱さないようになるために、常に自分自身を高い位置において、目標を定め、努力を続ける……。

 

「なるほど、その通りだな」と納得するものばかりです。でも、なかなかうまくできない。

 どうしてかと言うと、こうした教えが生まれた時代よりも現代は複雑になり、「そんな建て前をいっても、現実は違うよね」という考えが、当たり前のように浸透しているからです。

 ただ、神様がつくったこの世の中のルールは、何も変わってはいません。

 神様も、神様のルールも何にも変わっていないのに、人が勝手にねじ曲げて、遠ざけて生きている。

 だから、僕たち人間の心には、不安が生じるのです。不満が沸き上がるのです。幸せを感じられないのです。

 自然のルールに逆らっているのですから、それは当然のことでしょう。

 

■何かを「伝える」ために人は人に出会う

 

「ヤマ・ニヤマ」の戒律で、特に注目したいのは「不盗」、つまり人のものを盗まないということ。これには、様々な意味が含まれます。

 人のものをうらやましがったり欲しがったりするのも「盗み」ですし、誰かの時間を奪うことも「盗み」。人を裏切ることもそうです。

 そしてこれが面白いのですが、自分の得た経験や知恵を人とシェアせずに、自分の中だけにため込むことだって、「ヤマ・ニヤマ」の戒律の中では「盗み」の定義に入るのです。

 21ページで、僕は「今まで学んできたこと、身につけてきたことをシェアしたい」と思い始めた、と述べましたが、これも「ヤマ・ニヤマ」の戒律から気づきを得たから。そう思えるようになったのも、結構、最近のことなんです。

 あなたが得た気づきや経験、知恵というのも、自分一人で見付けたものではなく、必ず誰か(もしくは何か)からもらったもの。

 だからこそ、言葉を使って、誰かとシェアしていかなくてはならないのです。

 

 そして、人と人をつなげているのは、言葉です。

 ですから、言葉をちゃんと「正しいもの」に直して、幸せになれるような生き方を選べる体質になっていけば、誰でも神様が決めたとおり、幸せになれます。

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自分の得た経験や知恵も、自分だけにとどめておいたらそれは「盗んでいることと一緒」。
そう考えると、自分だけのものなんか何もないと言うことですよね。
こうして生きていること自体が、誰かと何かをシェアすることで成り立っている…。

インドの昔の人は、「自分一人で生きていると思っている」その自分中心の心とあり方を「盗み」と考えたのでしょう。

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