「この課題をしなければならないけれど、やる気がでない

職場でそういう若手に向かって、先輩がこう言いました。

「やる気なんか最初からあるわけがない。やっているうちに出てくるものだよ」

だからさっさと、四の五の言わずにまず取り組んでみなさい、と。

 

学校教育の影響で、私たちは「やる気がなければいけない」、さらに過激に「やる気がないものにとりくんではいけない!?」くらいに思いがちです。

でもやる気って、行動する前からあるものなのでしょうか?

 

池谷裕二著『脳には妙なクセがある』より引用します。

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池谷裕二『脳には妙なクセがある』より

p.327

 

何事も始めたら半分は終了!?

 

脳には入力と出力があります。いや、身体感覚(入力)と身体運動(出力)の二点こそが、脳にとって外部接点のすべてです。ですから、入力と出力はともに重要です。

しかし、入力と出力、あえてどちらが重要かと問われれば、私は躊躇なく「出力」と答えます。感覚ではなく、運動が重要ということです。

 

理由のひとつは、第13章で書きました。脳は出力することで記憶すると。脳に記憶する情報は、どれだけ頻繁に脳にその情報が入ってきたかではなく、どれほどその情報が必要とされる状況に至ったか、つまりその情報をどれほど使ったかを基準にして選択されます

 

このことは、第11章で書いた「笑顔」の効果とも関連します。笑顔に似た表情を作るだけで愉快な気分になるという実験データです。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい、つまり、笑顔という表情の出力を通じて、この行動結果に見合った心理状態を脳が産み出すのです。やはり出力が先です。(中略)

 

「やる気」も同様です。やる気が出たからやるというより、やり始めるとやる気が出るというケースが多くあります。年末の大掃除などはよい例で、乗り気がしないまま始めたかもしれませんが、いざ作業を開始すると、次第に気分が乗ってきて、部屋をすっかりきれいにしてしまったという経験は誰にでもあるはずです。

 

「何事も始めた時点で、もう半分終わったようなもの」とはよく言ったものです。私たちの脳が「出力を重要視する」ように設計されている以上、出力を心がけた生き方を、私は大切にしたいと思っています。それがコオプト(本来は別の目的で機能していたツールを他の目的に転用すること)を基盤とする脳との自然なつきあい方だからです。

 

すでに述べたように、ローマの詩人ユウェナリスは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という名言を残しています。この言葉が象徴するように、昔のヒトは身体を脳の上位においていたにちがいありません。

ところが、後年にデカルトやフロイトなどのように精神の重要性に気づく人が現れ(そして、精神を協調しすぎたがゆえに)、現在では、脳を身体よりも上位においてしまう奇妙な錯覚に至ったのでしょう。そんな今だからこそ、心は身体から派生することを、あえて念頭に入れておくことが大切だと私は思うのです。

 

人間の肉体は一つの大きな理性である  ニーチェ

 

身体運動を伴うとニューロンが10倍強く活動する

 

最後に、米デューク大学のクルパ博士らの研究を紹介します。ネズミのヒゲにモノが触れたときの大脳皮質の反応を記録したものです。次のページを見てください。点の数が神経細胞の活動の強さを表しています。

 

左のデータは、実験者がネズミのヒゲにモノを接触させた(入力〔感覚〕重視)ときのニューロンの反応です。右のデータは、ネズミが自らヒゲを動かして(出力〔行動〕重視)、モノに触れたときの反応です。つまり、受動的に教えられる状況が左で、積極的に学びに行く状況が右です。


このグラフから、身体活動を伴うとニューロンが10倍ほど強く活動することが読み取れます。同じモノがヒゲに触れ、同じ感覚刺激が脳に伝わっているにもかかわらず、脳の反応がこんなにも違うのです。

私が本章で一貫して伝えたかったメッセージは、このネズミの脳の反応に集約されている気がします。稚拙な文章を連ねるより、脳が語る真実のほうが雄弁なようです。

 

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「同じモノが触れ、同じ感覚刺激が脳に伝わっているにもかかわらず、脳の反応が10倍ほども違う」。

逆に言うと、身体を動かすことで脳のスイッチを入れられれば、やる気も学習効果も段違いにあがるということですね!

 

現代人は、学校教育で知識ばかり蓄えているせいで、心や頭で考えたり思ったりすることが先だったり重要だったりと勘違いしがちです。

生物史の歴史を通じて得た肉体の可能性をもっと活用したいものですね!

 

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