ドクターナゴーの「EBM Diary」

  • ブログの紹介
    「求められることに対してお役に立てることが医師としてのやりがい」をモットーに、Evidence-based medicineのあれこれなどを綴っていきます。 2011年6月に東京・西国分寺で開業。開業してから今まさに進行していることも紹介できればと考えています。
  • 著者プロフィール
    名郷直樹(なごう なおき) 1961年名古屋生まれ。86年自治医科大学卒。95年、作手村国保診療所所長、2003年地域医療振興協会地域医療研究所地域医療研修センター長、東京北社会保険病院臨床研修センター長を経て、11年武蔵国分寺公園クリニックを開院。著書に『EBM実践ワークブック よりよい治療をめざして』、『人は死ぬ それでも医師にできること』、『治療をためらうあなたは案外正しい』など。

EBM

海外のデータが日本人に使えるか?

私の連載記事に対する質問です。EBMについて話すと、最もよくある質問の一つです。

このブログでもはっきり答えておきましょう。


質問者は、海外データはそのまま日本人に使えない、ということを主張したいのでしょうか。
それに対し私に何の反論もありません。その通りだと思います。しかし、ことさら人種差を持ち出すというところに違和感があります。


人種差は個人差の一要素に過ぎません。男女でも違いますし、年齢でも違います。細かい病態も個人個人で違います。その一要素として人種を考慮することは重要です。

ただ、真っ先に人種差を問題にするというのはどうなんでしょうか。それはバイアスなのではないでしょうか。そう言いたいわけです。



これをもう少し一般化すると、情報の外的妥当性の吟味ということです。

そもそも研究結果は研究に参加した平均的な人たちに対するものであって、個別の患者に適応する際には、日本人のデータであろうが海外のデータであろうが、個別的な適応、つまり外的妥当性があるデータなのか検討する必要があります。

人種の問題は、そういう当たり前の問題にすぎません。
エビデンスは、しょせん目の前の患者とは異なる集団での平均値に過ぎないのです。



もう一つ別な視点から、この問題を考えてみましょう。

人種間のばらつきと人種内のばらつきのどちらが大きいかということです。太った乳房の大きい50歳の日本人と、やせた乳房の小さい30歳のアメリカ人では、欧米のデータということであっても、前者の日本人のほうがむしろ当てはまるかもしれません。

人種間のばらつきは、人種内のばらつきに比べればかなり小さいというのが普通です。人種をことさら問題にするのは、こうした視点で考えてもナンセンスです。




さらにもう少し付け加えるなら、日本だって日本人だけが住んでいるわけではないのです。これからその傾向は徐々に大きくなっていくでしょう。
そうなれば、我々の患者さんのかなりの部分が日本人ではなくなり、海外のデータが日本人に当てはまるのかというような問いは、自然と消滅するでしょう。



めんどくさくなってきたので、もっと端的に言いましょう。

こういうたぐいの質問に関して、「国なんてそんな重要なものか」、そういうことが、むしろ私の言いたいことなのです。


 

暑い夏で思い出したこと 「水飲むな」の時代を笑うな

私が小中学校の頃、つまり今から40年くらい前のことだが、運動部の練習中、「水を飲むとバテる」とか言われて、水を飲むのを禁止されていた。あれはいったい何だったのか。

「口を漱ぐのはいい」と言われて、漱ぐふりをして、ガブガブ飲んでいた。ほかのみんなも多分そうしていたと思う。そうでなければみんな熱中症でバタバタ倒れていたはずだ。教師の言うことなんか聞いてはいけないというのは、案外重要なことだった。そういうところで、自分で判断する力が養われたのかもしれない。

しかし考えてみるに、それに類することというのは、案外まだまだ転がっていて、傷の消毒とか、「乾かせ」なんてのも今や逆で、「消毒するな」「乾かすな」である。「熱がある時は風呂に入るな」というのも、今やどうでもいいことになりつつある。

こういうことで、今もって傷を消毒したり、乾かしているのは多少笑われても仕方がない。「未だに熱がある時は風呂に入れてはいけない」と言っている人もそういう面がある。ただ、みんなそうやっていたかつての時代を笑うことはできない。そこはかなり重要なとことではないか。

昔の人はほんとにバカで、水を飲むのを禁止していた、っていうんだけど、今私たちが当然のようにやっていることだって、今から何十年もすれば、同じように「あの時代はこんなバカなことを一生懸命やっていた」と言われているかもしれない。むしろ、それが当然のことで、進歩というのはまさにそういうことだ。だから、こういうことを笑ってはいけないのである。

かぜ薬なんてもの、「そんなの飲んでた時代があったな。バカみたい」と言われる時代がもうすぐ来るような気もする。しかし、それを「バカ」と言うのはやめよう。われわれはそういうバカなのだ。だからできるだけよく疑って、よく勉強して、より良い方法を求めていかなければいけない

だから、ディオバンをやたら処方していた人のことも、やはり笑ってはいけないのである。




EBMは無力か

「EBMの実践とその普及」ということは、いわば私のライフワークではあるけれども、
何でライフワークになるかというと、なかなか現場での実践は困難だし、
その普及となるといったい20年前と何が変わったのかという気もするわけで、
要は全然進んでいないから、ライフワークなのである


1997年、名古屋での第1回EBMワークショップの感想がいまだにWeb上に転がっている。
http://cochrane.umin.ac.jp/seminar_etc/nagou971207.htm

それを読んで、何だか複雑な気持ちになる。
当時、まだ私自身36歳であった。何か信じられない気持ちである。



これ以降、年に50回くらい講演やワークショップをやっているので
何百回と同じことを繰り返している



EBMの5つのステップ
 
・PECOによる問題の定式化
・情報源の紹介と利用法
・情報の批判的吟味法
・情報の患者への適用
・上記のステップの評価



上記の形式はゆるぎない。
内容は大きく変わった面もあるが、相変わらず高血圧や糖尿病、高コレステロールがネタの中心である。
そして現実の医療も、やはりあまり変わり映えしない
これらの日常的な病気に対し、EBMはいったい何をもたらしたのか




値段が安く効果が高い低用量の利尿薬は徐々に普及しつつあるかもしれないが、
値段が高くさして効果が高くないARBはいまだ断トツのシェア
 
論文捏造が明らかになった後もあまり変わる気配もない。


低リスクに対する高コレステロールに対する治療は多少控えめになってきたかもしれないが、
閉経前の女性が少しコレステロールが高いからといって、
「一応薬を飲んでおきましょう」、みたいな医療も相変わらずである




糖尿病に対する厳しい治療も、どれだけエビデンスが積み重なっても、
とにかく血糖を正常化したいという信仰にはまったく歯が立たない

無力感、と言っていいだろうか。
しかし地道にやり続けるしかない。


100年経てばその意味が分かる



真のアウトカム

ある新聞に医療情報に関する連載をしているのだが、どう読まれているのかちょっと心配だ。
以下の記事を読んだ人からの電話がクリニックにかかる。

「〇〇茶の名前を教えてほしい。飲んでみたいので」

〇〇茶は血圧を下げるというところまではわかっているが、脳卒中を予防するかどうかはわからないので注意が必要、という内容なのだが、困ったもんだ。

血圧は代用のアウトカム、脳卒中は真のアウトカムということだが、もうとにかく血圧を下げることが重要と、すでに洗脳された頭にはもう何を言っても通じない、そういうことか。



真のアウトカムという概念を伝えるのは相当難しい。再びそれを実感する。
 
今から20年前、CAST研究や前回取り上げたUGDP研究を知り、「こういう考え方があっという間に医療界に広がるのではないか」と思ったが、いまだ全然普及しない。
いまだ代用のアウトカム全盛時代が続いている。
いったいどうすればいいのか。正直言ってどうすればいいのかわからない。
真のアウトカムで評価した論文以外取り上げない、というCMECジャーナルクラブもなかなか普及しない。

根気よくやるしかないか。またこれからの10年も。



そこでまた話は変わるんだが、円安とか株価というのは真のアウトカムか、代用のアウトカムか。
まあ代用のアウトカムというところだが、ここでもやはり同じことが起きていると思う。
経済学では、代用のアウトカムや真のアウトカムという概念はどう整理、概念化されているのだろうか。
ちょっと勉強してみたい気がする。



 

2型糖尿病についての最初の大規模臨床試験:UGDP研究

糖尿病学会が厳しい糖質制限に対して見解を出したという記事(毎日jp)
を見て思ったこと-
「そんなことに見解を出す暇があったら,こっちだろう…」。



2型糖尿病についての最初の大規模臨床試験は、今から40年以上前に発表された。

2型糖尿病患者に対し、トルブタミド群、一定量のインスリン群、血糖の値によって量を調節するインスリン群、プラセボ群の4群に分け、心血管疾患による死亡をアウトカムに行われたランダム化比較試験である。

その結果は衝撃的なもので、プラセボ群で最も心血管疾患による死亡が最も少なく、トルブタミド群に至っては、プラセボの3倍ほど心血管疾患死亡が多かったのである。
しかしさらに問題なのは、こうした研究結果にもかかわらずトルブタミドは使われ続け、今もって保険薬の1つであるということである。



この研究は決して過去の研究ではない。

2008年に発表されたACCORD研究
でも、厳しい血糖コントロールで死亡が多いことが示されている。
いまだホットな話題なのである。



ネット(「糖尿病ネットワーク Diabetes Net. - 生活エンジョイ物語」)上で、このUGDP研究が発表された当時の新聞記事を見ることができる。
この記事にある共同特派員は今どうしているのだろうか。この後の動きについて、ぜひ聞いてみたい。

43年前、この記事と時期を同じくして日本糖尿病学会が行われていたようだ。その時の学会に参加していた医者は若くても70歳近いだろう。
誰かこの時の様子を教えてくれる人はいないだろうか?



このUGDP研究については、臨床疫学で有名なフレッチャーの教科書で詳細に取り上げられている。古本でしか手に入らないが、ぜひご一読をお勧めする。