【偉人録】郷土の偉人

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犬養毅(いぬかい・つよし)・岡山の偉人

備中国賀陽郡庭瀬村(岡山県岡山市北区川入)生まれ。

安政2年(1855)4月20日−昭和7年(1932)5月15日 77歳

政党政治家。
第29代内閣総理大臣。
首相在職期間:昭和6年(1931)12月13日(76歳)〜昭和7年(1932)5月16日(156日)

立憲国民党総裁、革新倶楽部総裁、文部大臣、逓信大臣、外務大臣、内務大臣などを歴任。
演説の巧さが際立っており、尾崎行雄とともに「憲政の神様」と称された。

犬養毅3
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)


号は木堂。

慶応義塾に学び、郵便報知新聞の記者として西南戦争に従軍した。

慶応義塾を中退し、東海経済新報記者をへて、一時統計院につとめたが、明治14年の政変で下野、ジャーナリズムに戻った。

立憲改進党創立に参画し、大同団結運動でも活躍した。

明治23年(1890)第1回総選挙で衆議院議員に当選、以後42年間代議士だった。

第一次護憲運動では尾崎行雄と並び「憲政の神様」と称され、第二次護憲運動でも革新倶楽部を率いて活躍。

大正13年(1924)加藤高明らと護憲三派内閣を結成、逓信大臣に就任。
大正14年(1925)には革新倶楽部を立憲政友会と合同させて政界を一時引退。

昭和4年(1929)立憲政友会第六代総裁。

昭和6年(1931)第29代内閣総理大臣となり、金輸出解禁を実施、満州事変処理をはかった。

翌年5・15事件で、有名な「話せば分かる」という言葉を残し、首相官邸において海軍青年将校の凶弾に倒れた。

犬養毅2
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)


旧犬養家住宅(岡山県岡山市北区川入102-1)

犬養木堂記念館(岡山県岡山市北区川入102-1)
旧犬養家住宅の西隣にあり、犬養木堂の遺品などを展示。

犬養毅墓所(青山霊園・東京都港区南青山)

犬養毅―党派に殉せず、国家に殉ず (ミネルヴァ日本評伝選)

犬養毅の世界―「官」のアジア共同論者

犬養毅 その魅力と実像


犬養毅3
(国立国会図書館・近代日本人の肖像より)
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