【偉人録】郷土の偉人

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小金井良精(こがねい・よしきよ)・新潟の偉人

越後国長岡藩(新潟県長岡市)藩士の子として長岡城下今朝白町に生まれる。

安政5年(1859)12月14日‐昭和19年(1944)10月16日 87歳

解剖学者・人類学者。
日本人初の解剖学教授。
人類学研究の先駆者。
祖父・小金井良精の記 下 (河出文庫)

産業基盤づくり (日本の『創造力』―近代・現代を開花させた470人)

人類学―日本人の起源を究明した小金井良精

日本人初の解剖学教授となった小金井良精は、頭骨の比較検証という角度から人類学へ興味を持ち始め、とくに北海道でアイヌ人の骨を観察して以来、日本人の起源を探ることが研究課題となった。
そして日本人は純粋民族ではなく、古代先住民、とくにアイヌ人との混合民族であるという結論を得るが、その根底には、戊辰戦争で賊軍となった越後長岡藩を生地とする彼の生いたちが、少なからず影を落としていることがうかがわれる。

戊辰戦争で長岡落城に伴い、当時9歳の良精は、母(小林虎三郎の妹幸子)・兄(権三郎・自由民権運動家で代議士)・幼い弟(寿衛造・陸軍少佐、日論戦争で戦死)・妹と会津・仙台へと逃げ回った。
産業基盤づくり (日本の『創造力』―近代・現代を開花させた470人)

父の小金井儀兵衛は経才があったので、家老河井継之助に信任されていた。藩の公用人の要職にあって、つねに藩主の側に勤めていた。
慶応四年(一八六八)五月十九日、長岡落城の日、母子は父の姿を発見し、ともに逃げようとすがった。
だが、儀兵衛は藩主の護衛を理由に、母子を戦野に置き去った。良精にとって、歴史の無情を痛切に知った出来事であったであろう。
明治3年(1970)に上京し、小林虎三郎の弟・雄七郎叔父のもとに同居し、医学を志した。

東京大学医学部を首席で卒業して、ドイツへ留学、ストラスブルグ大学で解剖学と組織学を学ぶ。
このとき、顕微鏡を駆使して解剖学を行う方法に感銘したという。

明治18年(1885)に帰国、帝国大学医科大学で解剖学の講義を始めた。本科学生に対する日本人による最初の解剖学講義であった。

翌年、27歳の若さで東京帝国大学医学部教授となる。

人類学研究にも専念し、明治21年(1888)〜明治22年(1889)に北海道を訪れアイヌ族の研究に没頭。

『アイヌ族の研究』は世界的評価を受けた。
アイヌ人の骨格データを調べ、日本人の祖先を探求、石器時代人は、アイヌ人であったとするアイヌ人説を唱えた。

明治26年(1893)から明治29年(1896)には帝国大学医科大学学長をつとめた。

明治26年(1893)に日本解剖学会を創設した。

定年後の昭和2年(1927)御前講演を行い、「本邦には先住民としてアイノが住んでいた。そこへ西南部に日本人が渡来した。接触が始まる。不和や平和を重ねながら、その間に混血がなされ、その接触線がしだいに、北へ進んでいった。現に北海道において、それが行われている。今日のアイノの中には、多くの日本人の血が混ざっており、それと同様に、日本人の中にもアイノの血が含まれている。」と述べている。

妻喜美子は森鴎外の妹で随筆家・歌人。
東京の中のにいがた―越佐ゆかりの史跡探歩

明治二十一(1888)年五月十七日、ベルリンに留学中の森鴎外(二十九歳)は、東京・本郷弓町の小金井良精に、妹喜美子と良精の縁談がまとまったことを喜ぶ手紙を送っている。
・・・
昭和三年十月、亡父の五十回忌、亡母の十三回忌の法要のため、良精夫婦は長岡に帰郷、喜美子は「越路の秋」を記し、「かの山を母はちひさき子等つれて 越えわびにけり六十路の昔」と歌っている。
昭和十九年十月十六日、良精は八十七歳で没し、喜美子は昭和三十一年一月二十六日に八十六歳で世を去り、ともに泉岳寺(港区高輪二ノ一一ノ一)の墓所に眠る。
娘婿は星製薬を設立した星一、SF作家の星新一は孫。
祖父・小金井良精の記 上 (河出文庫)

いずれにせよ、私は祖父が好きだった。幼年期、少年期を、私は祖父と同じ家に住んですごした。祖父の生まれたのは安政五年(一八五八)、私の生まれたのは大正十五年(一九二六)。
その年齢差は六八歳ということになる。祖父の名は小金井良精。
私の母の父であり、姓のちがうのはそのためである。子供のころ、それが不思議でならなかった。同じ家に住んでいながら、家族で姓のちがうことが。
家は本郷の曙町にあった。
・・・
人間の頭蓋骨がいつも三つほど置いてあった。祖父は東大医学部の名誉教授で専攻は解剖学と人類学。つまり、研究資料のひとつ。
奇異なことではなかった。それは幼年時代の私のオモチャでもあった。

小金井良精胸像(東京大学大学院医学系研究科・医学部解剖学教室蔵)


小金井家墓所(安善寺・新潟県長岡市神田町1-4-10)
小金井家先祖代々の墓、父母が眠る。


小金井良精墓所(泉岳寺・東京都港区高輪2)


帝国日本と人類学者―一八八四‐一九五二年
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