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足尾鉱毒被害を後世に 太田に展示資料室、根絶運動の貴重資料39点(産経ニュース・20150528)

太田市学習文化センター(同市飯塚町)で27日、日本の公害の原点とされる足尾鉱毒の被害と根絶運動を後世に伝える「太田市足尾鉱毒展示資料室」がオープンした。「渡良瀬川鉱毒根絶太田期成同盟会」の運動の足跡、鉱毒被害など同盟会所有の1千点以上から貴重な資料39点が展示されている。

足尾鉱毒は、明治時代初期から群馬県と栃木県の渡良瀬川周辺で起きた足尾銅山(栃木県)の公害事件。鉱毒が渡良瀬川に流出し、県内では流域にある旧毛里田村(現太田市)の農作物に被害をもたらした。

被害農家971人は昭和47年、鉱滓(こうさい)による農作物被害の損害賠償を求め、国の中央公害審査委員会(当時)に調停を申請。49年、原因企業の古河鉱業(現古河機械金属)に農地汚染の責任を認めさせて調停が成立した。

その立役者となったのが渡良瀬川鉱毒根絶太田期成同盟会の運動の先頭に立ち、昨年12月に93歳で亡くなった板橋明治氏だ。

資料は、中央公害審査委員会に対して提出された農作物被害の損害賠償を求める同盟会所有の調停申請書の写しや被害を受けた稲や麦、同盟会から市に寄贈された「足尾鉱毒の図」などが展示されている。

オープン式典には板橋氏の妻、茂子さん(87)も出席。茂子さんは「資料室開設は主人の長年の念願だった。ありがたい」と述べ、清水聖義市長も「板橋さんは、資料室を作ることに命をかけていた。生きているうちにオープンしたかったが、鉱毒資料を展示できるというのは感無量だ」と話した。

また、同盟会の薗田丑雄(うしお)会長(90)は「この展示施設を通じて、幅広く鉱毒事件を知ってもらいたい」と語った。入室料無料。午前9〜午後4時半。月曜休室。

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