【偉人録】郷土の偉人

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日本のひなた宮崎県(宮崎日日新聞・2015/6/7)

日本のひなた宮崎県

笠原英彦著「歴代天皇総覧」によると、日本武尊(やまとたけるのみこと)が登場した景行(けいこう)天皇の御代(みよ)は、皇族による支配を進めようという機運が強まった時代。天皇自身も九州遠征に出かけている。

天皇が九州に下って本県の辺りに入ると、高屋に行宮(あんぐう)を建て、住まいにした。ことごとく熊襲を平定すると、美人の聞こえ高い御刀媛(みはかしひめ)を召し、妃とした。妃は日向国造の始祖である豊国別(とよくにわけ)皇子を産む。ここから後が「日向」という地名の由来となった部分である。

今の児湯郡である子湯県(こゆあがた)の丹裳小野(にものおの)というところに遊んだ天皇は、東方を望んで左右の者たちに言った。「この国はただちに日の出る方に向かっている」。それでこの国を日向と呼ぶようになった(「みやざきの神話と伝承101」)。

県は、このほど農産品や観光地、移住受け入れPRで使用する統一キャッチフレーズと太陽をほうふつさせるロゴマークを発表した。温かい県民性や、豊かな農産物を生みだす太陽など本県の特徴を表現。市町村や企業などとも一体となって浸透させたい考えだ。

うたい文句の「日本(にっぽん)のひなた 宮崎県」は、本県が日向と称されていたことと「ひなた」とも読めることを掛け合わせた。PR材料として活用する場合、フレーズとロゴは合わせて使う。県民も申請すれば商用を含めて自由に使用できる。

旅人のマントを脱がせるゲームで北風に勝ったのは太陽だった。従わぬ者を討つような荒々しさは本県に似合わない。温かさがキャッチフレーズやロゴマークと一緒に浸透してほしい。名付け親の天皇も、そうそうとうなずかれるだろう。





日本のひなた宮崎県
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