【偉人録】郷土の偉人

郷土の偉人の志を引き継ごう!偉人の故郷、ゆかりの地の紹介。生誕地、記念館、史蹟、墓所、関連HP、関連書籍、ニュースの紹介。【郷土の偉人研究会】 人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 偉人・歴史上の人物へ
にほんブログ村

秋月左都夫(あきづき・さつお)宮崎の偉人

高鍋藩家老、秋月種節(あきづき たねよ)の三男として生まれる。

安政5年(1858)2月24日-昭和20年(1945)6月25日 86歳

明治・大正時代の外交官。


安政5年(1858)2月24日生まれ、藩校明倫堂出身、鹿児島医学校中退。

明治17年(1884)司法省法律学校卒、欧州留学、24年外務省入り、釜山領事、在韓国・フランス・ロシア公使館書記官を歴任。

明治25年4月三島通庸長女そのと結婚。

明治37年スウェーデン駐在公使、明治40年ベルギー駐在公使、明治42年オーストリア駐在大使。

駐ベルギー公使だった明治41年には、イギリスのボーイスカウト運動について日本に報告し、これにより日本にボーイスカウト運動が伝わった。

大正3年(1914)4月退官。

パリ講和会議の全権団顧問として西園寺全権を補佐。

昭和20年(1945)6月25日死去。86歳。(日本近現代人名辞典)


高鍋町総合福祉センター(宮崎県児湯郡高鍋町大字北高鍋300)一角に「高鍋の四哲」の碑がある。
江戸後期、高鍋藩の重臣・秋月種節の屋敷跡で、碑には種節の子「水筑弦太郎」「黒水長平」「秋月左都夫」「鈴木馬左也」の功績と魂が讃えられている。


秋月左都夫―その生涯と文藻 (1972年) [−]
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット