【偉人録】郷土の偉人

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秋月種殷(あきづき・たねとみ)・宮崎の偉人

江戸時代後期の日向国高鍋藩主

文化14年(1817)6月9日-明治7年3月18日 58歳


江戸時代後期の日向国高鍋藩主。
文化14年(1817)6月9日、江戸上麻布百姓町の藩邸で生まれた。

父は秋月種任、母は脇坂安董の女。幼名松之助。佐渡守。

天保14年(1843)種任隠居の後をうけ藩主となり、翌弘化元年(1844)法令六十八条を定め藩政を刷新し、時局に備え兵賦局を置いて兵制を改め、細島湊などに砲台を築造して海防を厳重にし、備荒米の貯蔵、部分林の奨励、砂糖の製造などを行った。

文久3年(1863)にはみずから上洛して天機を奉伺し勅書を賜わった。

明治2年(1869)版籍を奉還して高鍋藩知事を任ぜられたが、同4年の廃藩で上京、同7年3月18日東京で没した。年58。麻布崇巌寺に葬る。


参考文献 『高鍋藩本藩実録』(『日向郷土史料集』6・7)、『高鍋藩藩尾録』 (日本近現代人名辞典)





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