Adolf Hitler 03


「ヒットラーは自殺せず、南米に逃れて、最近まで生きていた」そう聞いてあなたはどう思うだろうか?「馬鹿も休み休みに言え。キチガイ!」とおっしゃる方も多いだろう。

Hitler 01

また「教科書でも記述されるアウシュビッツ収容所ガス室でのユダヤ人大量虐殺は無かった。ユダヤ人アンネ・フランクの日記は別人による偽作だった」と聞くに及べば、激怒される方もおられるだろう。ドイツでこんなことを言えば犯罪となって刑務所行きだ。

Adolf Hitler 06

結論から言えば、これらは全て、歴史の真実である。上記の事を聞いて憤る方は皆、お見事に国際金融資本家達によって洗脳が完成された人達である。ロスチャイルドやロックフェラーからお褒め頂けるかもしれない。では真実はどうだったのか?

Velasco 01

ヒットラーの絶大な信頼を得て1945年の3月以降ヒットラーのベルリンの地下官邸で勤務していたユダヤ系スペイン人スパイのベラスコ(写真上:ドイツにも日本にも、そして連合国にも自由に行き来できた。イルミナティ公認の超高級多重スパイ。イルミナティの描いたシナリオ通りに戦争が進んでいるかチェック。高位のメンバーでないとこの役割は与えられない。)と、ドイツ敗戦直前まで、総統秘書長、副総統、ナチ党官房長として絶大な権力をふるったマルチン・ボルマン(写真下)。彼等が語るヒットラーに関する真実は次の通り。

Martin Bormann 02

ヒットラーは、1945年4月30日にベルリン陥落に際して、愛人エバ・ブラウンとともに自殺したことになっている。しかし実際は、1941年4月21日、ヒットラーは、エバ・ブラウンと一緒にベルリンの地下官邸を後にした。替わりにヒットラーの影武者が連れて来られ、彼に毒薬を飲ませ拳銃で射殺。地下官邸のヒトラーをひとまずロタック・アム・エルヘンの要塞に移した。エバは地下生活中の投薬がたたって死んだ。ヒトラーとエバがガソリンを浴びて焼身心中したとする物語は、ボルマンの創作。世界中にその「嘘」を信じこませた。

Eva Brown 01

実際は、ボルマンが信用する部下数人を使ってロタック・アム・エルヘンの要塞から更にドイツ領土内を横断して船でヒトラーをノルウェーに移した。ヨーロッパからの脱出準備を2人の部下が整えるまでのあいだヒトラーをノルウェーの寒村に待機させる。連合軍はヒトラーの「自殺」に満足した。ボルマンは手際よく運んだと自慢気に語る。

U-Boat 01

終戦の翌年、1946年5月7日、ベラスコとナチス副総統、マルチン・ボルマンは、スペインの北西海岸の漁村、ビラ・ガルシアからUボートU-313に乗船。18日間の航海の後、U-313はアルゼンチンに到着。どのUボートにヒットラーが乗ったかは特定できないが、とにかく彼は潜水艦Uボートでアルゼンチンに渡る。

Hotel Eden in La Falda 01

上陸後、ホテル・ラ・フラダに宿泊。当時のホテルの女性従業員が、ヒットラーが何を食べたか、どんな音楽が好きだったかまで証言。彼女の名前は、Catalina Gamero。雇い主だったEda Einhornから、ヒットラーの世話をしたことを秘密にしておくように命じられた。ホテルは1960年半ばに廃業したが、現在は博物館として利用されている。

San-Carlos-de-Bariloche 01

ヒットラーは、ブエノスアイレスから1350 キロ離れた、バリローチェ(San Carlos de Bariloche)の近郊、ビラ・アンゴスチラに隠れ住む。アルゼンチンのビジネスマンが私有するこの土地には、船でしかいくことができなかった。ヒットラー、マルチン・ボルマン、ヨーゼフ・メンゲレ、アドルフ・アイヒマンらが、Uボートでアルゼンチンに上陸して後、1945~46年 頃から1957年まで、そこで生活していた。(後にアイヒマンはブエノス・アイレスで捕われた)

Footmark of Hitler 01

しかし、いつまでも同じところで生活はできず、ヒットラーたちは、Hacienda San Ramonという山間の農場に移り住んだ。バリローチェのヒットラーの農場を実際に訪れた日本人によれば、私有地なのに国家警察が警備に当たっていた。沖縄からアルゼンチンに移民した日本人社会では、ヒットラーの生存は、公然の秘密だった。

Mendoza 01

ヒトラーはチリの東200マイルに位置する、アルゼンチンの北西のメンドーサ(Mendoza)の町でナチスのSSとスファラジー・ユダヤのコミュニティーに守られて極秘に余生を送り、1985年12月、当地で亡くなった。遺体はメンドーサの南東30マイルに位置するパルメロ(Palmera)の共同墓地に埋葬される。アルゼンチンでのヒトラーは絵画が唯一の趣味で、多くの遺作が残されている。最近、東京で展示されている(急遽中止されたが)のは、ドイツ時代に描かれたもの。

Mendoza 02