2020年10月15日

5分で分かる中国の歴史と、それをもとにした作品

 世間では「幕末」「戦国時代」が流行しておりますが、歴史大好きな私でありながら、個人的にはあまり興味がありません。

 日本史といえば、邪馬台国の存在は中国の史料から推測されるのみ、場所は諸説ある状態。「空白の4世紀」という言葉があり、約150年も歴史に穴がポッカリ空いたまま。それから千年以上経過し、1582年の本能寺の変で明智光秀が織田信長を殺害した理由すらいまだに謎。逆にさまざまな解釈を空想することができるという利点とも言えますが、なんだか日本史は寂しいと個人的には思うのです。

 最近私が勉強しているのが中国の歴史。悪く言えばドロドロした権力争いに権謀術数、目を覆うような残虐な殺戮なども登場しますが、中国人はとにかく歴史を残すことに熱心な民族と言われており、紀元前から細かい史料がいくつもあるのです。壮大なロマンがあります。

 ということで、タイトル通り「5分で分かる中国の歴史」を超ザックリと書かせていただきます(中華民国の成立まで)。

◇ 紀元前1900年ごろ〜前771年 夏・商・周時代

 史書に記された中国最古の王朝が夏(か)で、資料により差がありますが紀元前1900〜2000年ごろに開国された模様。日本の縄文時代に、中国ではもう王朝が成立していたわけですね。

 この時代について書かれた作品に「封神演義」があります。小説・漫画・ゲームなど、さまざまな分野で楽しむことができます。

◇ 紀元前770年〜前221年 春秋戦国時代

 春秋(しゅんじゅう)戦国時代は、約500年にもわたる長い戦乱の時代です。孔子・孟子・老子などに代表される「諸子百家」は、こうした戦乱の時代をどう生きるかを説いた人物で、現代にも影響を及ぼしています。

 紀元前221年に中国史上初の全国統一を成し遂げたのが秦の始皇帝です。始皇帝が重要人物として登場する「キングダム」という漫画は、個人的にドハマリしました。1巻を読んだら、もうやめられない止まらない。女性のファンも多い名作漫画です。

◇ 前221年〜後280年 秦・漢・三国時代

 しかし秦はわずか15年後に滅亡し、その後の時代を描いた作品が「項羽と劉邦」で、これは中学校の図書室で読破しました。劉邦により漢が建国されるわけですが、皇帝の相次ぐ早逝などが原因で皇帝の権力が衰え、戦乱の世の中になっていきます。これが三国時代です。

 魏(ぎ)呉(ご)蜀(しょく)の三国が争う時代と、その少し前の戦乱の時代を含めて「三国時代」と呼ぶのが一般的です。小説・漫画などの「三国志」は、もはや説明不要な名作中の名作。

 ちなみに横山光輝「三国志」では、「魏の国力は蜀の3倍」と出てきますが、実際は7〜8倍と言われています。そんな小国を率いた諸葛亮孔明の苦心を思うと、涙が出てきますね。

◇ 280〜589年 (魏)晋・南北朝時代

 魏は三国時代の中で最大の国。265年に晋(しん=西晋)が成立して魏が滅亡します。ここは三国時代に含まれますが、時代区分上は「魏晋南北朝時代」と呼ばれることが多いので、本稿でも採用しています。

 280年、約百年ぶりに西晋が中国を統一して三国時代が終わるわけですが、それからわずか三十数年で西晋は滅亡します(313年に事実上滅亡、317年に完全に滅亡)。304年から「五胡十六国時代」と呼ばれる、国ができては滅び、皇帝や皇族らが次々に殺されるという血みどろの時代が百年以上続き、439年からそれよりは少し安定した「南北朝時代」が150年ほど続きます(この時代も皇族の殺し合いなどが頻発しますが)。

 ちなみに、前述の「空白の4世紀」が生まれたのは、ご覧の通り中国が戦乱状態で日本と関係を持っている暇がなかった、というのも理由のひとつです。詳しい日本史が登場するのはこの後の隋の時代となります。この頃の日本の歴史は、中国側の資料頼みなのです・・・。

◇ 589〜960年 隋・唐・五代十国時代

 遣唐使でおなじみである唐の時代は、中国のみならず中央アジアまで一大帝国を広げようとする時代で、これまでの時代とはまた違ったロマンがあります。751年、タラス河畔の戦いで唐軍はイスラム帝国のアッバース朝に大敗し、このことも原因となって少しずつ衰退が始まっていきます。

 894年に日本で遣唐使が廃止になったのは、唐の衰退が一因になっています。このあたり、日本とクロスして勉強すると面白いと思います。唐滅亡後の戦乱の時代は「五代十国時代」と呼ばれています。

◇ 960〜1368年 宋元帝国

 960年に宋が再び中国を統一しますが、その後の南宋と区別するために北宋と呼ばれます。北宋は軍事力ではなく文治主義によって発展を遂げますが、11世紀後半あたりから内部抗争が激化し、反乱も頻発します。「水滸伝」はこの頃の時代背景をもとにした創作の物語です。

 1126年に北宋は滅び、南部に逃れた皇族らによって南宋が成立します。その南宋を1279年に滅ぼしたのが、モンゴル帝国の後裔の一国である大元(元)です。モンゴル帝国自体は世界を震撼させましたが、元は軍事的に成功したとは言えません。

 義務教育で学んだ通り、1274年の文永の役と1281年の弘安の役で日本の鎌倉幕府に敗れ、さらにベトナム・ビルマなどへの侵攻も大きな成果はありませんでした。1300年代に入ると後継者争いや反乱が頻発し、国を維持できなくなったモンゴル人たちは中国を退去して北に逃走することになりました。

◇ 1368〜1912年 明清帝国

 1368年に漢民族王朝の明(みん)が建国され、北伐を行い元の残存勢力を追い払います。再び中国を統一しましたが、15世紀中ごろから衰え始め、1644年に滅亡しました。代わって満洲族による中国・モンゴルにまたがる清(しん)が建国されました。表向きは明から禅譲されたという形を崩さなかったため、民衆の支持も得られたそうです。

 当初は外征にも成功して清帝国の版図は拡大しますが、19世紀に入ると衰えます。軍備などの近代化の遅れ、さらに急激な人口増加などさまざまな課題を抱えましたが、清の旧態依然のシステムではとても対応できるものではなく、近代化を果たした諸外国に屈することになります。

 1840年のアヘン戦争でイギリスに敗北、1883〜1885年に清仏戦争でフランスに敗北、1894〜1895年に日清戦争で日本に敗北など連戦連敗を続け、国内では太平天国の乱など次々に反乱が勃発し、1911年の辛亥革命を経て清は滅亡。1912年に中華民国が建国されることになりました。