水のありよう

inuticミカミLMが水について書いているのであたくしも知っていることを書こうと思う(1月20日付)。
http://www.inutic.com/syatyou.html

ただしひとつだけ先に釈明といいますか注記の形で。震災後確かにLMにお水をお買い上げいただきまして、「森の水だより」という商品なのですが、これ一応コカ・コーラ社製のれっきとしたもので、おかしなものというわけではありません。そう読めるかもと心配して一応記しておきます。
http://www.cocacola.co.jp/products/lineup/morinomizudayori01.html

水には硬度があるということは知っていたけれども、地震後の混乱で初めて知ったのは赤ちゃんの粉ミルクを溶くのには軟水でなければいけないということだった。これがあったため、先の水もそうなんだけれども日本の水がけっこう売り切れた。ミネラルウォーターはやはり硬水が多いようである。

ただ軟水のミネラルウォーターもあって、これがやはり日本ではポピュラーなボルビックとクリスタルガイザーである。特にLMも記しているとおり、クリスタルガイザーというのはものすごく安い。

一方で地震後の水不足をビジネスチャンスと捉えた向きも多かったようだが、やはり失敗したところが多いようだ。

ある焼酎メーカー(九州)は大量に輸入ミネラルウォーターを仕入れたそうだが、あまり売れなかったようで無料で配っていた。

また、あたくしの住む地域にけっこう全国的に展開している水の会社があり、採水もそこでやっているのだが、とある全国規模で商品を卸している問屋が、いつもは特に関わりのないその水の会社に水を納入してほしいと願い出たらしい。

その当時、水工場はフル稼働だったようだがやはりそういう時は強気に出るものらしく現金即決、搬送もそちらが取りに来るように、とえらく高飛車というわけではないが、まあそういう態度で出た。問屋のほうもずいぶん水がなくて弱っていたらしいけれども、値段その他の折り合いがつかず、結局契約まで至らなかったそうである。

その後、一気に水不足は解消したためにその会社、大量の在庫を抱えてパート従業員を解雇したり別の会社に紹介したりして、かなり困った事態だと聞く。

これ、まったく噂話でありまして、とかく田舎者は噂が好きでという結論でもいいのだけれども、まあ本当に勝って兜の緒を締めよじゃないが(「じゃないが」じゃなく実際そうなのだが)気を引き締めてまいりたいと思うよなあ。

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昨日今日と酷い雪だ。明日も雪かきだろう。

親知らずを抜いた

親知らずを月曜日に抜いた。

親知らずがあることを知ったのは去年の三月で、実に地震の数日前であった。その後歯石だけは取って、親知らずは県立医大附属病院で抜いて下さい、紹介状書きますんでということだったので、地震後の水曜あたりに取ってもらった。歯医者やってんのかな、停電とかになったらどうしようと思ったことを覚えている。

でまあその後だましだましやっていたんだが、秋口あたりから歯に鈍痛を覚え、さらに強烈に肩が凝る、頭が痛いというのが続いて、こりゃ抜かなきゃならんかなと思い、手術を決めた直後、年末に背中から肩、首にかけて強烈な痛みが襲い、首が回らなくなってしまった。

車の運転もできないほどだったので近所の接骨院で電気ビリビリ、なんとか動くようにはなったけれども肩凝りはどうしてもとれなかった。

大学附属病院はさすがに立派で、待たされることなく年末の検査等も終えた。手術、といっても診察室の隅にいくつか並んでいる歯科医院の椅子みたいなところでやるわけだけども、それは対応してくれた若くてきれいな女性の先生がやってくれることになった。

けっこうありふれているらしいが、俺の親知らずは下の歯、左右ともに奥歯にがっちり垂直に生えて奥歯を押している恰好らしい。頭が出ていないので、歯茎を切り開いて削ったり砕いたりして抜きます、数日は確実に腫れます・痛みますときれいな先生はおっしゃる。

まあそういうものだろうなと思っていた。

まず先生が術前に「痛かったらご無理なさらず、手を挙げておっしゃって下さいね♪」なんて優しくおっしゃる。この先生は本当にまじめで優しい雰囲気の先生で、ははあーっという感じで俺は信頼してすべてお任せすることを決意し、まな板の上の鯉状態で口を開けていた。

麻酔の注射は痛いというが、まあこれはそれほどでもない。やっぱり上手なものだなと思っていると、どうやら歯茎を切り開き、歯を削ったり砕いたりし始めた。これもそれほど痛いということはなくて、むしろ振動が響く感じ。

そういうのがしばらく続いて、どうやら最後、骨とつながっているところを処置しているようだった。これはけっこう痛い。ぐりぐりしたりする。

まあでも、それほどでもないな、それよか顎が疲れたななんて思っていると突然。もの凄い痛みが。背中に汗がばっと吹き出し、つま先が痺れた。でも一瞬なので手を挙げることあたわず。

でまた削ったりしてるんだがさっきのもの凄い痛むのを何度もやる。耐え続けたがどうしようもなく、右手を挙げると先生はすぐ気づいて「あっ、ちょっと今の痛かったですねー」と優しく言ってまたぐりぐりやる。痛い!

素人の俺としてはもっと麻酔打つとかそういうことかなと思ってたら、ただただ「痛い」を確認すること、さらには「すごく痛い」のを「ちょっと痛い」に修正するための手続きであった。あれは痛いよ。

激痛の中施術は続き、しかし俺の強固なる親知らず、基底部においてどうも宿主の意志に反して粘っているらしく、なかなか離れない。ついにはなんか偉い感じ(顔にタオルが置かれているので声で判断)の先生まで出てきてもっとぐりぐりやる。

その先生が「これ痛い?」と聞くので「あがえげす」(痛いです)と訴えたが、すぐに「じゃあこれは?」と聞くので「あがえげす」、「でもこっちのが痛くないか」と先生は勝手に得心なさるが俺にはよくわからない。最後に「じゃあこれも痛いよね」って聞かれた時は俺も「えっえっ、あげえげす」と笑いながら答え、先生も「痛いよねえ」なんて笑っていた。笑っている場合じゃない。

なんとか偉い先生の指導もあり、女の先生も俺の親知らずを抜いて下さった。実はタオルをとった時涙が流れていたのだが、助手をしていたもっと若い男の先生にしか見られていなかったと思う。

そして帰宅して昨日・今日、莫迦な腫れ方と痛みである。こんなに痛いとは。しかしもう一本も抜くってあのきれいな先生に言ってしまった。どうしようと悩んでいる。

ところで術前にツイッテルで見た素晴らしい言い伝え。

下の親知らずは屋根の上に、上の親知らずは土に埋めると、その後も元気な親知らずが生えてくる。
Jan 16 via webFavoriteRetweetReply



抜いた歯(砕けたりして粉々だった)を前に、先生に優しい笑顔で「どうします?」と訊かれた際、「捨てて下さい、忌まわしい!」(『ブラックジャック』より、大意)と応じたが。

まったく、人間的に成長するほどの痛みであった。親知らず、みんなも抜こう!

世界は商売、商売

長くて百年そこそこという程度の人生で、さらに本やテレビやその他によって伝えられる歴史区分としての現代っていうのはまあやっぱり百年そこそこというあたりだろうか。

それで、ずいぶん昔から今あるような姿であり続けたものっていうのはそう多くないかもしれず、例えばそれは十年とか十五年とか二十年とか、自分がひとまずは見知ったような短いスパンでもそうである。

要するにまあ、例えば「CDが売れない」という物言いについて、あたくしらが若者序盤を過ごした90年代(ちなみに現在は若者時代中盤である)には確かに売れて売れてしょうがなかったようで、今から考えると確かに売れていたろうと想像する。

俺は素人だからあれなんだが、ここ数年、「今年はこの曲が流行ったよねー!まあどこへ行ってもこの曲が流れててねえ」なんていうことが、印象でいうわけだけども本当になかった気がする。これは音楽に限らず、流行語大賞なんていうのも昔にもまして「こんなの流行ってねえだろう」というものが増えて、好悪の評価は別として「確かによく耳にしたよね」なんてことばがなくなった。

その売れて売れての90年代の前は、今ほど売れないってことはなかったかもしれないけれどでもまあ売れていたのか、それとも売れていなかったのか。質的変化もあるだろうからわからないわけだけども、売れて売れてが特別な時代であったということはあるだろう。売れて売れてがその前の時代、そしてその後の現在に関係しているのかどうかもわからない。

わからない話ばかりなのだが、最近ツイッテルのティー・エルなどを眺めていて思うのはジャーナリストその他による有料メールマガジンが再び息を吹き返しているようだということである。

メールマガジンといえば90年代くらいにずいぶん流行って、発行するのも購読するのもポッピュラーになったけれど、やはりPCのモニターで長い文面を読むのが負担になったのだろうか、かなり少なくなったように思う。特に有料となればさらに厳しいものだったろう。

それが今のように、お金を払ってでも読みたいという風になったのはなぜだろう。ひとつ考えたのはやっぱりスマー・フォなんかの普及で、移動中なんかに読むものとして重宝されるようになったのかなということだ。まあこれはあるだろう。

それとこれは主にツイッテルの影響かと思うけれど、ツイッテル界発の有名人とでも呼ぶべき人がぽこぽこ出てきたからではないか。テレビ発の有名人ほどの規模はないけれども、じわじわと有名になっていく感じ。もちろんそういう人がテレビに呼ばれたりもする。そういう人の独自のミーデイアとしてメルマガが調法だということもあるのかもしれない。まあでもわからない、素人だから。

で代表格はやっぱり津田さんという人で、よくツイッツしてるがメールマガジンの発行というのはけっこう大変な作業らしく、まあ確かに自分で作らなきゃならんからな。その手間と時間という点で、そんなに恰好良く稼げるというわけではないだろうと想像する。わからないが。

今のネット用語でいうところの「オワコン」そのものと思われていたメールマガジンが息を吹き返したように見えるわけだけれども、かつてはでかいところがガーンと作るもの、みたいなイメッジのあったものが、次第にこういうふうにこぢんまりと、個人事業主的な形で作られるようになるのかなと思うのだ。これはジャーナリストの文章に限らず、小説でも音楽でも映像でも、というのはよくLMが書いているからだいたいそうなのかなと思う。アイドルもそうかな。わからない。

一方で、考えてみれば時代劇なんかってのはまさしくこういう個人事業ではできないもので、でかいところが請け負う仕事だ。でもテレビ局も時代劇を作らなくなり、作るのは誰の目にも明らかなしょぼい映画ばかり、ということが起きている。

そんなしょぼい映画をけっこう名だたる企業が作っていたりして、どういうことなのかなと考える。この不況の折、「絶対成功させなきゃ!ちょっとでも失敗しそうなら作るのよそう!」ってなものじゃないのかと思うけれど、どうも見ているとそうでないらしい。

つまり、ぽしゃろうと何だろうと作るという姿勢があるようだ。もっといえばぽしゃってもそれほど痛がっている様子がない。ぽしゃっても儲かってるのじゃないか、と疑っているのだが。

企業の話なんかで、ふつうの考えではこんなに酷い状況できっと困っていように、なんて思ってるとむしろそういう悪い状態になったほうが儲かる、というタイプの経営があるらしい。わからない。しかしそういうのは、特に誰かのお金を借りて、なんていう商売をしている限りは酷いやり方で、悪いやり方だと思う。

映画なんかも「いいんです客が来なくても。作った時点で儲かってるんで」なんていう、何だか資本主義だかなんだかよくわからないような制作者はできれば去ってもらって、大きいところはやっぱり大きいなりの映画を作ってほしいし、小さいところは小さいなりの映画を作ってほしいと思う。

話題が広がっているわけだけども、要するにわからないなりに、どうやらいろいろと変わったことが起きているようだと考えた。

賀状御礼

年賀状くだすった方ありがとうございました。

年明けすぐに届くようにと思うと年末の忙しい時季に重なることが多く、俺などほとんど出さない人間でも億劫になりがちなもので、その点本当に感謝いたします。お忙しいところありがとうございました。

しかし年賀状というのは貰うと嬉しいもので、俺もある限り、チワワちゃんの写真付賀状を送りましたがいかがでしたか。かあいかったでしょう。

また来年もぜひよろしくお願いします。

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今日は朝から出初式で、夜中までかかる予定。

類型との距離について

少年期から青年期にかけて、もちろん個人差も大きいのだけれど、類型的とかベタであるとか、そういうことを恐れたり嫌悪したりということが起こる。

それでベタを避けようとして一生懸命非ベタ的・ユニーク・個性的というあたりを目指して腐心するけれども、それはやっぱり猿知恵的なものがあって、ベタの境界を突き抜けることというのは容易じゃない。二次的ベタになるのがほとんどだ。

これはまったく他人事ではなくて、かくいうあたくしも幾度も苦い経験をしている、正確には苦い経験をしていたことを後々になって知ったわけだけれども、まあざっくりとここはいわゆる黒歴史っていうやつでしょうか、思い出したくもないという記憶である。

次第におとなになるにつれてベタを恐れる必要はないんだとか、ベタでいいんだとか、そういう、まあ大げさにいえば悟りというか、そういう心境に至るけれども基本的にそれは諦めであって、でも良い諦めである。穏当であるともいえる。

これも他人事ではなくて自らへの戒めとしていうんだけれども、おとなになってもベタを忌避するというタイプがいて、実際にベタを突き抜けることとなればそれはそれとしてめでたいことで、いやむしろ手を叩いて喜びたいと思うくらいのことである。

しかし少年と同じような二次ベタ止まりでうろうろしているのを見ると舌打ちしたくなるような片腹痛さがあったりする。「もういい加減、そんな子どもっぽいベタ逃れよしたらいいのに」とおせっかいながら思う。

ベタにはベタなりの、ベタ内での踊り方というものもあろうから、非ベタを目指して結局いつか見たことのあるようなベタにとどまるよりも最初からベタでいいじゃないのと思うのだ。

まあそういうわけで、俺はベタを恐れずに「あけましておめでとうございます、今年もよろしく」と類型的に書く。

歳の暮れ

まあ平気で一ヶ月でも放っておくのでこういうことを書くのは無意味かもしれないけれど、ひとまずこのエントルリでブログ書き納めということ。

今年はなんつっても地震がつらい年で、地震・津波、原発事故、コミュニケーションと一次的・二次的・三次的……というくらい、いろいろと救われない気分になることが多かった。

コミュニケーションというのはどういうことかというと、特に原発問題に絡んでひどい物言いがずいぶん流れたということで、そのたびに怒ったり呆れたりしたのだが。

がれきの受け入れの問題に関して、ニュースで流れていた映像の中で電話対応する被災地職員の手元にこういうメモがあった。

「放射能に汚染されたがれきを全国にばらまかず、福島県内で処理してほしい。その作業が仕事を失った人の雇用対策にもなる」。

この言い草には本当にはらわたが煮えくり返ったし、今も後味が悪い。奴隷を飼っているつもりなのだろうか。

一方で放射能が怖いというのはよくわかるし、さらに幼い子どもをもつ親というのは人ごとでない。この方面への罵倒や冷笑という態度にも、だから距離をおきたい気分だ。

「木綿のハンカチーフ」の「毎日愉快に暮らす街角」というフレーズを最近特に思い出す。俺は「都会」で暮らす人間ではないけれども、この歌詞がどうも心に溜まって消えない時が多い。

ま、たまに忘れちゃう、「変わってく僕を許して」というところは正直、申し訳ないことに事実としてあるんだけれども、上に引いたような、どうも「そちらでうまくやってくれよ」的な物言いや態度になっていないかというのは来年以降も続きましょうね。

てなわけで、みなさん、どうも。

酒席の閑談

押し迫ってまいりましてというわけで、なんだかんだと忙しい。

ちょっと仕事でお魚屋さんに顔を出すことになり、顔見せだけでもなんだってんでなにかないかなと思って見るともなく魚屋の中を見ていると正月のおせち用の酢だこが山と置いてある。

おせち料理の常で、酢だこってのもあまり美味いものでないがまあ縁起物だということで次に行ったときにこれ、ひとつお願いしますと注文して帰った。

翌日たこをもらいに行くと、あのプラスチックの透明な容器に入った酢だこを用意してくれていた。

見ると容器の蓋に「ムトウ」と書いてある。あたくしの苗字はムトウでありますから、ああ気を遣ってくだすったのか、あるいはこういう時期で慌ただしく、注文も多いだろうから予約分は間違えないように名前を貼ってくれてるんだなとすぐにわかった。

他にも「ムトウ」と書いてあるたこがたくさんあり、人によってはそういうものをお歳暮に仕うというおうちもあろうから、へえと思ったけども魚屋の大将に「ああどうもすみません、わざわざ名前まで入れてもらって」なんてお礼を言った。

そうしたら大将、ぽかんとしていて、まあどうも忙しいとはいえあんまりことばが通じないのも困るねと思って、蓋を指さしてほらこれと言うと、魚屋のおやじは「そうじゃねえだわ、頭が入ってないたこって意味」という。

今度は刹那、こちらがぽかんとしたけれど、要するに頭の入っていないたこ、つまり「無頭」という意味で「ムトウ」と書いてあるのだそうだ。顔を赤らめた。何のようにとはいわないけども。




このあたり、最近誰かと飲むたびによくするお話でした。

相撲のこと

相撲が好きだ。スポーツの中で一番好きかもしれない。これはもう何度も書いた気がする。これから先のことも何度も書いた気がするが、構わず書く。

それぞれ、スポーツに限らず自分の好きなことをテレビなんかで見ていて(テレビが好きというメタ論的視点があるのだが、これは措く)、ああ、自分だったらこうやるのにとか、自分だったらどうしようとか、俺の場合相撲で考える。

いわゆる共感というのか、「力が入る」というやつだ。落語なんかを見ていて、ああこんなくすぐりはよして、こうしたらいいのになんて考えることはある。音楽のライブの映像なんか見ていてそういうことを感じたことはない。感心するだけ。

一番力が入ったのは何年か前、朝青龍と白鵬が優勝争いをしていた時期で、あれは本当に手に汗握る勝負だった。千秋楽が単なる終わりではなくてまさに五分と五分の勝負の行方、というのはもうしばらくないし、これからもしばらくないだろう。

特に朝青龍があんな辞め方・辞めさせられ方だから、誰が優勝しても昇進しても「朝青龍がいたらどうだったろう」なんていうことばかり考えてしまう。やはり横綱は全盛期を過ぎて衰えて土俵で無様に転ばされて引退していくのが正しい道なのだ。

それはともかく、これは素人考えだけれども力士の調子の良さ悪さというのは体つきに出る。これについてはよく言われそうだけれど、俺は自分にはその調子の良さ悪さがわかる、と信じているものである。

特にこれは腹なんだけれども、きれいに張っている時は調子が良い。朝青龍の引退直前も、やはり全盛期ほどの張りはなかった。現在の白鵬、星としては盤石だけれどもこれまた数年前よりも腹の張りが良くないのではないだろうか。

ラジオは週末、競馬中継を流しているのだが仕事中それを聞くともなく聞いているとパドック中継というものがある。記者の人とかが「ぱっとしない」とか「悪くない」とか言っていて、なんだ適当なことをと思うときもあるんだけれども、俺の力士の調子は腹の張り説を鑑みるに、意外としっかりとした馬観があるものなのだろう。ま当たり前か。

ただ相撲もそうなんだけれども、見た目が即勝ち負けにつながらない。白鵬はの腹は全盛期の張りを失っているが、しかし白鵬は勝っている。これは勝負ごとだからやはり難しい。競馬もそんなものなのだろう。よく知らない。

で一番いいたいのは力士が取組前、時間いっぱいになった時にタオルでごしごし顔をこするんだけれども、あんなに強くこすって乾燥したりしないものかなということだ。俺は肌が弱い。鼻の下が痛い季節だ。

成り行き

立川談志が亡くなった。つい先日立川談志『人生、成り行き―談志一代記―』(新潮文庫)を読んだばかりだったので特に衝撃を受けた。

死後さまざまなところで引用されているけれども、ちょっと軽妙なあたりというか笑ったところをいくつか引用する。聞き手は吉川潮。

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談志 [中略]
[先代柳家小さんに入門することを決めたことについて]噺も面白いし、清潔な感じがしました。外見だって清潔というか、毛むくじゃらだとか吹出物があるとかじゃなく、つるつるしてたからね。あの顔、つるっとして栗みたいでしょ。前座名が栗之助、当人はイヤだったみたいで、おれには「クリクリして可愛かったから栗之助とつけられたんだ」と言っていたが、嘘だい、栗に似てたからだろ。それが証拠に、小さん師匠が軍隊にいた頃、上官にいきなりひっぱたかれたんだって。「まぬけな顔してやがる、この野郎」って。小さん師匠、「あれには驚いた」と言ってましたネ。
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<清潔な感じ>というのもおかしいが、もちろんこの顔と口調を思い出すと笑える。


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談志 [中略]面白くなくても、人気なくても、それほど巧くなくてもネ、噺家の世界って、突っ張ってたら<保(も)つ>ところがあるんです。[中略]彦六の正蔵師匠なんて、それで保った部分がありますからね。
 ――ははあ、そうでしたか(笑)。
談志 「あたしは許しません!」とか、論理も何もなく突っ張ってるんだ。一緒にNHKに出て、「どうせあたしは巧くない」って言うから、あたしが「そうです」つったら「オイよせよ」。あの返事は早かったネ。
--

<彦六の正蔵>は先代林家正蔵、のちに林家彦六。木久扇がのちに弟子入り(最初の師匠が死去したため)。木久扇による「林家彦六伝」が有名。
http://www.nicozon.net/watch/sm3099375

--
 ――人形町末広はあの古ぼけた佇まいも良かったじゃないですか。下足番もいて。
談志 そうそう。
 ――それに比べると、池袋演芸場は美学のかけらもないでしょう(笑)。一番前に座った客の靴下がにおってくるような高座で、あれは冬だったんだな、連日「芝浜」だ「文七」だ「鼠穴」だ、冬の噺で大ネタばかりやったんですよ。
談志 だからあの頃のまくらでね、吉川さんは覚えてるだろうけど――女の子に「今度、日生劇場行かない?」なんて訊くと「いつ?」って言われるけど、「池袋演芸場行かない?」なんて誘ったって、女の子は「何、それ」「いや、池袋にある寄席だよ」「どこにあんの」「どこ……だから西口の……あの……ピース座ってエロ映画の三本立てをやってる映画館の上(三階)」。来ないよ、それじゃ。
 ――そうそう、下がピース座でした(笑)。そのまくら、みんな同感でしたよ、確かに若い女性は誘いづらいなって。
談志 十日通ったやつは、ラジオ体操みたいに判子押してやる、ってネタもあったね。「どうでえ、おれは、鈴本や新宿末広亭じゃない、池袋なんて汚ぇ寄席に十日通ったぞ」つって自慢できるぞ。でも、もっと偉いやつがいて「おれはこん平のトリで十日通った」。
--

--
談志 [中略]
 [師匠の先代柳家小さんの夫婦について]しかし、あすこの夫婦喧嘩は凄かったよォ。[中略]小さん師匠に聞いたけど、喧嘩して押さえつけたら、おかみさんが下からツバキを噴きかけてくるって。凄いわな。まあ、もう夫婦のスタイル、システムが出来あがっているから可能な喧嘩なんでしょうが、吃驚(びっくり)しましたよ。
 ――でも、小さん・談志の師弟が取っ組み合いの喧嘩をした時は、おかみさん、さすがに亭主の味方をしたんでしょう。談志師匠を箒(ほうき)か何かで叩いたとか。
談志 蹴飛ばしたんだよ。師匠の丸い顔にヘッドロックかけたら、おかみさん、後ろからおれを蹴飛ばしたね。嗚呼、夫夫婦なる哉、と感心した。
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最後に談志についての話題を二つばかり。

石原都知事“盟友”談志さんとの秘話明かす (サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111126-00000031-sanspo-ent


実際上に挙げた本にも、政治家時代など幾度も石原の名前が出てくるし、対談の数も多かった。しかし四代目三木助の死の時に小朝が言ったことばじゃないけど、いくらでも作ってやる時間はあったろうに。談志と語るときの石原の微妙にべらんめえ調がまざるふるまい、あれは自らの傲慢の由来と談志の傲慢の由来の微妙な違いを、意識的、あるいは無意識的に石原自身は感じていたのではないか。

立川談志さん死去・柳家小三治さんインタビューを掲載します | NHK「かぶん」ブログ:NHK http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/800/102201.html#more


何とも厳しい、小三治らしいコメントで、これを「実際には認め合っていた」とかそういうふうに好意的に受け取るのも正確でない気がする。理屈っぽいと言われた二人だけども、理屈をさらに固めて思想を固めていった談志と、黙った小三治。先代円楽や志ん朝ではなくて、談志と対になるのは小三治だったんだなと思う。

ご不浄本

前にも書いて尾籠な話なんだけどもご不浄にご本を置いている。短くてすぐにやめられ、あまり難しくないのがいい。

昨日までで筒井康隆『漂流 本から本へ』(朝日新聞出版)を読んだ。これは朝日新聞の日曜の読書面に連載されたもので、ネットで読んでたけれども買った。けっこうおもしろい。さすがに食傷気味らしく、断筆宣言周辺はほとんど触れられていない。

その感想はまあいいんだけども、そういえばこの本はピッコさんのご結婚式の時、さんざっぱらルパンさんとの待ち合わせに失敗して、最終的に指定された本屋で買ったのだった。その後やっとのこと会えて、なんとか会場まで連れていってもらった。ルパンさんどうもありがとう。

奥付を見ると今年の一月の初版本で、そうだ、ご結婚式の次の日に俺は消防の出初式があって、などといろんなことを思い出す。まあいろんなことったってその程度だけども、しかし今年の一月がずいぶん昔のことのようであります。

先日も近所でけっこうな事故があり、俺は前の日というか朝まで仲間と痛飲していたこともあり気づかなかったのだけれど、何事についても本当に、お身体にお気をつけになってくださいな。風邪とかも。あと最近は火事も。
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