池田香代子ブログ

『夜と霧』、『ソフィーの世界』、ケストナー、グリム兄弟などの翻訳、『世界がもし100人の村だったら』シリーズの著述をしている池田香代子の公式ブログです。「感じた 動いた 考えた」をキーワードにできるだけ毎日更新します。

”やねだん”に行ってきました

いろいろなところに行きますが、これだけはちょっと言い触らしたい誘惑に抗しきれません。

やねだんに行ってきました。漢字で書くと柳谷。鹿児島からフェリーで小一時間かけて大隅半島に渡り、そこから路線バスでまた小一時間で鹿屋へ。そこからはタクシーで30分。鹿児島からだと、ぼけっとフェリーやバスを待つ時間を入れて、3時間はみないとたどり着けません。

そこは、収穫の終わったやねだん5芋畑や、きらきら光る牧草畑や、11月末だというのに青青とした飼料用トウモロコシ畑の向こう、柳谷川にかかる橋をわたったところから始まる集落です。なにがあるわけでもありません。ご多分にもれず、過疎と高齢化に悩む、住民300人、110世帯ほどのちいさな集落です。

でも、すごいんです。ここに住む人には、ボーナスが出るんです。休耕田で集落ぐるみでサツマイモを作り、それで「やねだん」という銘柄の焼酎をつくって、そのもうけが、年およそ500万円。ボーナスはそこから出されます。
やねだん4
















空き屋を「迎賓館」と称して、若い写真家や画家、陶芸家に住んでもらっています。5軒ほどもあったでしょうか。わたしがおじゃました日には、若い男性の画家さんが、集会所の隣の、一段高い地所の大きな土留めのコンクリ壁に、巨大な鳥の壁画を描いていました。

川っぷちには広場があって、大声をはりあげて遊ぶ子どもたちが、「こんにちは」と声をかけてきます。広場には、どこかとぼけた味わいの、手作り感あふれるいろんなものが点在していました。地下水があふれるパイプから小川が流れ、「めだかの池」に流れこんでいます。無人のやねだん2休憩所に入ってみると、むっとするしょうゆの臭い。この古いプレハブ小屋では、かつて実際にしょうしょうゆをつくっていたのかもしれません。

片隅には「かけそば」などのメニューが貼ってありますが、ほんとに食堂なのか、寄せ集め感いっぱいの古ぼけたテーブルなどからは、ちょっと想像できません。壁一面の新聞の切り抜きのほうが目を引きます。いろんなメディアがここを取り上げているのです。

小屋の表には、いつどんな賞をもらったかの看板。あまりに多くて、その重みで、看板を打ちつけた壁が倒れるのではないかと思うほどです。「日本計画行政学会計画賞最優秀賞地域づくり日本一」「政府農村モデル選定」「半島地域活性化優良事例賞(国土交通省)」「MBC賞(南日本放送)」「南日本文化賞地域文化部門」「県民表彰社会活動部門」「あしたのまち・くらしづくり活動賞内閣総理大臣賞」「地方自治法施行60周年記念総務大臣表彰」……看板は毎年のように増えています。

やねだんは、行政に頼らない地域づくりのお手本なのです。張り出された記事に「内閣総理大臣小泉純一郎」という名前がなんども出てくるところから、小さな政府論を思いやねだん1合わせて、そんな文脈で優等生になってどうする、と冷笑的になりたくなるかもしれません。でも、とわたしは思います。市民力、地域力ってこういうことではないでしょうか。自分たちは地域をどんなふうにしたいのか、あれがないこれがないと嘆く暇があったら、自分たちで考え、行動してしまう。

やねだんは、もちろんもうけ仕事だけでなく、地域のさまざまなニーズをみずからとりあげ、みずからの力で解決しています。意気軒昂なのです。たとえばこの集落は、生ゴミを一切出さないそうです。自然の循環のなかにある落ち着いた美しさ、心豊かなつつましさ。そして静けさ。

集会所には、そんな話しあいの日だったのでしょうか、おそろいの黄色いブルゾンを着た人びとが50人ほど、びっしりと詰めかけていました。真剣な雰囲気に、声をかけるのもはばかられて、だらだらと下る坂道を歩いてみました。両側から木々が迫る、狭いメインストリートです。

ゆったりと並ぶ家々の垣根が美しい。よく手入れされた庭木もみごとです。この季節、このあたりではまださまざまな花が咲き乱れています。ときおり、家のなかから尋常な話し声が聞こえてきます。それほど静かなのです。人も車も通りません。家はすべて平屋で、黒い瓦屋根が統一感をかもし出しています。

あるお宅では、はしごに昇って庭木を剪定していた若者がこちらを振り向きました。ときには、視察団に混ざって物好きな観光客も来るのでしょう、奇異なものを見るまなざしではありませんでした。軽く会釈をして通り過ぎます。おばあさんがバイクでゆっくりと追い抜きざま、にこにこしながら「こんにちは」。

牛の鳴き声に混ざって、ときおり鶏の声がします。養鶏場のそれではなく、庭で地飼いされている数羽の声です。ほんのり家畜の臭いも漂います。でも、異臭ではありません。やねだんは土着菌をつくり、それをつかって悪臭をおさえているので、ごく自然ないきものの臭いです。土着菌は、さつまいもなどの栽培にもつかいます。それで、化学肥料などが必要なく、味がいいのだそうです。やねだん特産の土着菌は、しょうゆ臭い小屋の前でビニール袋1袋300円で売っていました。

集落の尽きるあたりから左に折れ、とちゅう腰を下ろして青空をながめたり、鳥の鳴き声を聞いたり、赤い木イチゴの実を食べたり、のんびりともう一本並行している道を戻っても、30分もかかりませんでした。最後に、「やねだんギャラリー」という、迎賓館の住人たちの作品を売っている、集落唯一の店で、ちいさな焼き物の杯を買って、やねだんをあとにしました。集会所の集まりは、まだ続いていました。

やねだん3





ピンぼけ写真、さいしょの2枚は柳谷川の橋。竹でつくったろうそく立てが並んでいます。欄干は焼酎「やねだん」を象(かたど)っています。

次の2枚は広場の「水源」と、てっぺんに焼酎瓶を戴(いただ)いた用途不明の小屋。

5枚目の、焦点がちょっとましな1枚は、散歩のとちゅうで見つけた柴の束。青竹を割いたものでくくってありました。





このくにには強制収容所があります

その正式の名称は「入国者収容所」、ふだんは入管センターと呼びならわされ、牛久(茨城)、品川(東京)、茨木(大阪)、大村(長崎)の4カ所にあります。牛久と品川は一体的に運営されています。そこに入れられているのは、このくにが存在を認めない外国籍の方がたです。たまに報道されるケースもありますが、ほとんどがあえて社会から見えなくされている、としか思えません。さまざまなくにからやってきた方がたが、強制送還を前提に、お先真っ暗ななか、無為のまま、知る人もいない大部屋に何カ月も何年も、長い方だと5年も6年も押し込められています。その状況をbrain torture、「脳の拷問」と表現した方もいます。

そこでは3食、冷たい弁当があてがわれます。わたしが知っているのは、ごくふつうのご飯のコンビニ弁当のようなもので、それぞれに異なる食文化は無視されていて、宗教に根ざす食のタブーへの配慮も不十分です。医療も行き届いていません。ある収容所ではある年、自殺未遂が22件ありました。Tシャツを裂いて首を吊ったりするのですが、過密状態なのですぐに発見され、命をとりとめる。それが、未遂に終わる皮肉な理由です。

このくにの国籍をもっている人と結婚している人もいます。外で救出に奔走する配偶者も悲痛です。個人的に存じ上げている方もいますが、このくには偽装結婚だと言い張るのです。このくにで生まれた子どもが、両親に在留資格がないということで収容されていたこともありました。

難民申請者もたくさんいます。たとえば今年8月、牛久に収容されている難民申請者で、わかっているのは157人。人数も出身国も、公式の発表がないので、支援者たちが面会に行っては、1人ひとり、情報をじかに被収容者から聞き出して集計するしかありません。

スリランカ33人、イラン21人、ビルマ18人、パキスタン13人、バングラデシュ10人、ネパール7人、ナイジェリア7人、トルコ国籍クルド人6人、インド6人、ウガンダ6人、ベトナム5人、ガーナ4人、エチオピア3人、中国2人、タンザニア2人、セネガル2人、アフガニスタン、コソボ、コロンビア、アンゴラ、ギニア、コンゴ、コートジボワール、カメルーン、ジンバブエ、ブルンジ、エジプト、キューバ各1人。

難民申請者はなるべく強制収容しない、というのが国際ルールなのですが、このくにはそれを無視し続けて、恬として恥じる気配もありません。人びとは絶望し、心身の変調をきたし、不条理への憤りに夜も眠れないでいます。何年も、何年も。

弁護士さんたちが手弁当で、そういう方がたを解放するために、書類を整えます。それはたいへんな労力を要する作業です。書類が整ったうえで、保証金を差し出し、ようやく仮放免という解放が実現します。保証金は逃げたら没収です。政府に難民申請しているのに、なぜ逃げる必要があるのでしょう。文句を言っていてもしかたないので、「100人村基金」が潤沢だった時には、何人もの保証金をお立て替えしました。なにしろ、少ない方で25万円、多い方で200万円もの現金を、難民の方がもっているはずがありません(金額の決め方も、なにがなんだかわけがわかりません)。

そのひとつ、茨木の強制収容所に入れられている人びとの支援グループRAFIQなどが、署名活動をしています。今年後半、仮放免の準備書類が整っても仮放免しないという傾向が強まり、支援者たちが危機感を募らせて、広く社会に協力を求めよう、ということになったのです。なかなか仮放免が認められない傾向は、牛久も品川も同じです。

千葉法務相の視野には、この問題が入っているようです。大臣が信念にしたがってよりよい施策を打ち出せるよう、その背中を押すことにご協力ください。わたしは牛久と茨木と品川に行ったことがありますが、牛久の、顔見知りになった現場の若い男性職員さんがある難民申請者のことを、「ああいう方をこんなところに入れているのって、個人的にはおかしいなあって思うんです」と、ぽつりと言っていたのが、強烈な印象として残っています。


【以下、転送歓迎】
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…西日本入国管理センターに収容されている方の仮放免を求める署名にご協力を…

私たちは、「長期収容は人権侵害である」との立場から西日本入国管理センター(大阪府茨木市)の被収容者について、以前より以下の方の早急な仮放免を求め、活動してきました。

しかし、今年の夏ごろから、これまでなら仮放免となるケースでも仮放免申請が不許可となり、誰一人として仮放免がなされていません。このままでは、収容1年、2年は当たり前という5,6年前の悲惨な収容所に逆戻りしてしまいます。

私たちは特に以下の方についての仮放免を要請し、外界と遮断され密閉の中で時間的・空間的感覚を失い、苦痛を与えている状態から解放してほしいと申し入れたいと行動します。この現状をどうぞ理解していただき、ご協力よろしくお願いいたします。

私たちは西日本入国管理センターで次の状態にある被収容者の仮放免を要請します。

1> 難民申請者及び訴訟を起こしている方
2009年9月現在、全国の入国管理センターに150名以上の難民申請者が収容されています。法務省は、難民申請者の陳述書を翻訳がないからとして受け付けないなど、およそ認定機関の体をなさない貧困な難民制度を強要する一方で、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)の「庇護希望者の拘禁は例外的措置にとどめるべき」との勧告や国会での2004年の付帯決議に反して、懲罰的、報復的収容あるいは難民としての立証を妨害するための収容を続けています。また退去強制取り消しの裁判を起している被収容者については、劣悪な収容施設での収容が長期化し、拘禁症状が現れ、心身ともに悪化しています。

2> 日本人の配偶者及び在留資格(定住、永住)のある外国人の配偶者家族の結合と保護は万人の権利です。人権規約でも「家族の結合権」は保障されています。しかし、真摯な結婚であるにもかかわらず、入国管理局は、保護すべき価値を否定し、「偽装結婚」として、多くの外国人配偶者を長期に収容されています。

3> 収容継続のままでは適切な治療ができない罹病者、及び収容設備では腰痛など身体に支障がでる者

西日本入国管理センターには、内科医1名のみが勤務しています。収容が3ヶ月を過ぎると多くの方が心身の疼痛を訴えています。その中には内科医のみでは対応できない「病気」の方もいます。

収容が3ヶ月を過ぎると多くの方が心身の疼痛を訴えています。その中には高血圧症、胆石、子宮障害、脂肪種等の持病をもつ方がおり、収容所では適切な治療が受けられません。また足や腰に痛みのある方は入国管理センターの畳の部屋での行動が苦痛を伴っています。

2009年11月

入管問題かんさい支援ネットワーク(かんさいネット)
 RAFIQ(在日難民との共生ネットワーク)
 (社)アムネスティ・インターナショナル大阪難民チーム
 西日本入管センターを考える会
 TRY(外国人労働者・難民と共に歩む会)
 日中友好雄鷹会大阪府本部
 日本ビルマ救援センター

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第1次集約日:2009年12月20日(日)
署名送付先:RAFIQ
        高槻市大手町6-24  FAX:072-684-0231

第1次署名提出日:2009年12月22日(火)
  「西日本入管センター一斉面会」を予定しています。

◆ 署名用紙をダウンロードしてください ◆

  署名呼び掛け(pdf)    
http://rafiq.jp/event/0911west_yobikake.pdf
  署名用紙5名連記用(pdf版) http://rafiq.jp/event/0912west_shomei.pdf
         (MS-Word版)http://rafiq.jp/event/0912west_shomei.doc

メール署名ここから-------------------------------------

要 請 書

2009年12月

法務大臣殿
西日本入国管理センター殿

2001年、当時の森山法務大臣は、長期被収容者について「仮放免を弾力的に運用するというようなやり方で柔軟に対応いたしております」と国会で答弁しています。

しかし、貴センターは、この間、難民申請者、日本人や在留資格のある外国人配偶者、さらには退去強制処分を不服として係争中の者などの仮放免申請を次々と不許可にし、多くの長期被収容者を生み出しています。

森山発言の背景には、長期収容は精神的、肉体的苦痛を被収容者に強いるものであり、「長期収容は人権侵害である」という批判が、日本社会において、また国際的にも高まったことがありました。私達は、長期収容の常態化というあの忌まわしい過去へ歴史を逆戻りさせることを容認することはできません。

私たちは、外界と遮断された密閉施設への長期拘禁は、人間の時間的、空間的感覚を奪い、大変な苦痛を伴うものであり、人道に反するという観点から、西日本入国管理センターに収容されている以下の方の仮放免を求めます。

1> 難民申請者及び退去強制処分を不服として訴訟を起こしている者
2> 日本人の配偶者及び在留資格(定住、永住)のある外国人の配偶者
3> 収容継続のままでは適切な治療ができない罹病者、及び貴センター収容設備では腰痛など身体に支障がでる者

入管問題かんさい支援ネットワーク
 RAFIQ(在日難民との共生ネットワーク)
 (社)アムネスティ・インターナショナル大阪難民チーム
 西日本入管センターを考える会
 TRY(外国人労働者・難民と共に歩む会)
 日中友好雄鷹会大阪府本部
 日本ビルマ救援センター

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 お名前:

 ご住所:


メール署名ここまで-------------------------------------

◆ メール署名のご案内 ◆

http://rafiq.jp/event/09west_shomei.html#mail

○メール送付先:rafiqtomodati@yahoo.co.jp (RAFIQ)
   件名:「西日本入管被収容者仮放免を求める署名」としてください。それ以外は受け付けられません。

○第1次締め切り:2009年12月20日着

メール編集画面に上記をコピーアンドペーストし、お名前・ご住所をご記入し送信してください。

※ メールでご署名いただいたお名前・ご住所は署名提出のみに利用させていただき、メールアドレスも含めて重複署名でないことの確認作業や直接お問い合わせのために利用させていただきます。
※ 署名はプリントアウトし、西日本入管センター以外の第三者には提出いたしません。
※ 個人情報はRAFIQが管理し、署名提出がすべて完了した時点で削除致します。

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【ここまで転送歓迎】





これっきゃないでしょ 在沖縄米軍基地始末

おおぜいの方に怒られてしまうかもしれませんが、ないことにできない現実から出発して、田中宇さんの言う官僚の権力の源泉を干上がらせ、基地が居座る町に1日も早く平穏な日々を取り戻すために、もっとも実現可能性のある方策はなにか、考えてみました。

普天間は、戦争中にアメリカ軍が村を占領したのがそのまま継続している、誰の目にも明らかな不法占拠です。しかもその危険性は、70年代から日米政府も認めていましたし、あのラムズフェルドも「こりゃひどい」と言いました(その裏にあった「陰謀」は今は措きます)。

土地使用の正統性があやしく危険というふたつの問題が、普天間にはあります。どちらが喫緊の問題かと言えば、もちろんその危険性です。よって、基地は今すぐ閉鎖、海兵隊はとりあえず嘉手納に移します(嘉手納のみなさん、ごめんなさい)。

岡田さんの嘉手納統合案にアメリカが反対するのは、有事の時に手狭になるからだそうです。
11月19日の東京新聞朝刊にも、一面トップで出ていました。だったら、当座は有事の時だけは普天間も使える、ということにしておけばいい。普天間の返還は先に延ばします(普天間のみなさん、ごめんなさい)。岡田さんの嘉手納統合案を、暫定・普天間返還先延ばしという条件付きで採用するわけです。

そうしておいて、日米政府には米軍基地、とくに海兵隊基地について、鳩山さんの言うように「日米合意を前提とせず」に、現実を踏まえて真剣に話しあい、早急に結論を出していただきます。いつまでに結論を出すかは、あらかじめ期限を切っておきます。事業仕分けのように、体育館で見物に囲まれるなかでやってくれたらいちばん望ましい、というのは冗談でもなんでもありません。

その際、有事をにらんでいろいろ協議したい向きには、そうしていただいてかまいません。でもじっさい、海兵隊が「活躍」できそうな有事なんて、このあたりには起きやしません。在沖縄米軍基地がにらむ周辺有事の筆頭は、台湾海峡有事だそうです。でも、とくに馬英九サンが総統の座に着いてからというもの、台北と中国各地を結ぶ定期航空便はいったい何路線あるのかと思うほど、中台関係は緊密になっています。また、北朝鮮が何かしたら、それはアメリカなり日本なり中国なりの外交の失敗ですから、これは自力で避けることができるし、避けること、外交交渉を失敗させないことが、各国の主権者が政治家につきつけている至上命令です。

アメリカは、中国との軍事交流をしきりにやりたがり、それをつうじて中国に、「戦うまいぞ」というサインを送っています。アメリカも日本も、勝手向きは火の車なのです。中国ともどことも、戦っているばあいではありません。中国だって、アメリカや日本に軍事的打撃を与えよう、などというばかげた提案をする人がいたら、一笑に付すでしょう。その実力もありませんし、そんなことをして緊張を高め、諸外国との通商のうえになりたつ今の経済成長路線を頓挫させるなど、そんな実利にあわないことを中国がするわけがありません。

鳩山さんは東アジア共同体と言い、オバマさんは太平洋国家アメリカと言う。両方けっこうなことです。けっして相反するビジョンではありません。東アジアが安定し、繁栄するには、たとえば遠い将来に共同体という夢を見据えた友好的な関係がたいせつです。鳩山さん好みに、友愛にもとづく関係、と言ってもかまいません。そして、アメリカが太平洋のかなたに望んでいるのは、やはり安定し、繁栄する東アジア経済圏です(個人的には、経済成長とか繁栄とかいうのはぴんとこなくて、「心豊かに食べていける」のほうがいいと考えますが、今それは措くとします)。

そこに日本が立ち位置を確固としたものにする、その目的で、鳩山さんは東アジア共同体を提唱したのでしょう。東アジアから政治的軍事的緊張を排除する仕組みこそが、ここで商売をしたいアメリカの望むところです。いままでアメリカは武器ビジネスに重点を置いていましたが、今回のオバマさんアジア歴訪を見る限り、非軍事の民生部門でもっとビジネスを展開したい、というように変わってきています。それは、中国も望むところでしょう。ですから、日本は東アジアの安定に向けて率先して努力して初めて、アジアにおけるアメリカのよき友たりうるのです。

日本とアメリカは、せっかく政権が交代したのです。両国とも、いままでの洗脳じみた冷戦的極東有事という想定をいったんご破算にして、現実を見据えたうえで、基地問題にかんして政権党の名に恥じない民主主義を実行してほしいと思います。そうすれば、米海兵隊基地問題の解決の出口は、ひいては、やれ冷戦だ、やれ反テロ戦争だと喧伝した勢力(日本では外務をはじめとする官僚機構)がいまだに後生大事に担ぐ日米安保条約、その「核の傘」の将来像も、誰の目にも明らかに浮かび上がってくると、わたしは思います。





追悼 田英夫さん

「だんだん戦争体験者が少なくなってきた。そういう中でもうそろそろ憲法改正していいじゃないかというような気持ちが総理を始め皆さんの中にあるとすれば、私は死ぬわけにいかない。いつまでも生きていかなくちゃいけませんよ。」

2003年6月5日、参議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会における小泉首相(当時)にたいする田英夫議員の反論です。これに対するに小泉サンは、「戦争をしなければ侵略されて、その国の独裁に任せれば戦争は起こらないかもしれません。それだったらもう奴隷の平和です」と切り返しました。田さんは、「全くあの戦争犠牲者たちの願いが分かっていない」と、つぶやきのようなことばを残して質問を終わりました。

わたしの母は、夫亡きあと、保険の外交で子どもたちを養いました。共同通信社も仕事先でした。わたしは8歳か9歳でしたが、夏休みなどには母につれられて、日比谷公園内にあった社屋に行っては、半地下の発送部で、学生服のお兄さんたちに遊んでもらいました。当時、共同通信では、発送部にアルバイト学生として入り、卒業と同時に正社員になるという就職のしかたがあったそうです。お兄さんたちは、まだ珍しかったコピー機で、千円札をいっぱいつくってくれました。わたしは、そこらじゅうにふんだんにあるざら紙と4Bのエンピツで、お絵かきをしたりして、上の階で仕事をしている母を待ちました。

外電用のテレックスはあったでしょうが、インターネットどころかFAXもなかった当時は、発送部に夜学の学生さんたちがおおぜい待機していて、紙に印刷された記事をバイクで各新聞社に運んでいたのです。雑然とした広いフロアの隅は衝立で仕切られていて、いつも10人ほどの学生さんがドイツ語の予習をしていました。今はなき東京都立大学の二部の学生が多かったそうです。都心にある、国立よりも授業料の安い公立大学の夜間部は、働きながら学ぶ若者にはもってこいでした。10年後にはわたし自身がそこに入学し、あのとき初めて見たドイツ語を学ぶことになったなんて、ふしぎな巡り合わせです。

そのころ、田英夫さんは共同通信の花形記者でした。その田さんが、母を通じて生命保険に入ってくださったのです。もしかしたら、ときには子連れで保険の勧誘にやってくる若い母に、同情してくださったのかもしれません。あるとき、田さんにそのことをお話ししたら、なんと、憶えていてくださいました。「おかげさまで、こんなに大きくなりました」と言ったら、眼を細めて、おもしろがっておられました。

そのきゃしゃな体型と控えめな物腰からは、南極越冬隊に新聞記者として参加したときの連載が熱狂的に迎えられたことも、ニュースキャスターの草分けとして絶大な人気を誇ったことも、ベトナム戦争中のハノイを取材して、時の政権からすさまじい圧力を受け、番組を降板したことも、そして参議院選挙の全国区でトップ当選したことも、まったく窺えませんでした。わたしの知っている田さんは、いつも静かに笑っておられました。

田英夫さん。享年86歳。気骨のジャーナリストとして、厳しい政界での平和の政治家として、じゅうぶんに生きられたのではないでしょうか。

2005年4月21日、参議院憲法調査会に、田さんは病をおして出席し、つぎのような発言をしました。議場は水を打ったように静まりかえりました。もうこのくにの国会では、元特攻隊員が議員として発言することはありません。田さん、お疲れさまでした。あなたの思いは、たくさんのわたし・たちによって受け継がれていくことを、お約束します。まずはあなたが間違いと断じたイラク戦争が、このくにでも市民の主導で裁かれることになったとご報告して、お見送りしたいと思います。合掌。

「私は、年齢的にもうお分かりのように、戦争をまともに体験した世代であります。特攻隊で生き残って帰ってきて、そしてこの憲法ができた。そのときは復学をして学生でありましたが、感動して読んだことを今でも覚えております。(中略)
 
この憲法ができたときの世界的な人間、人類の思い、これが結晶になったのは、実は日本が降伏する以前に既にできていたようでありますが、国連憲章、そしてそれを追うようにして日本の敗戦後にこの憲法が作られたわけですが、世界の人たちが共通に持っていたのは、このような戦争という悲惨なことは二度とやっちゃいけないと、こういうことだったと思います。
 
今、現実が合わなくなったから、それをやはりきちんと現実に合わせるようなものに変えなければならないという意見が、大手を振って歩いていると言ってはあれですが、多いわけですけれども、今の現実というのは、当時の国際社会みんなが感じていたことと全く違ったことを、特にアメリカのブッシュ政権が発足してからそれが顕著になっていると思います。今のイラク戦争は、正に国連憲章を踏みにじって無視して行われた戦争であります。戦争という行為、つまり武力行使で、武力で国際紛争を解決するということは禁ずると、国連憲章ははっきりと当時の世界の人々の思いをつづっているわけですね。そして、その国連憲章と同じ考えを基盤にしてできたのが日本国憲法だと、戦争から帰ってきたばかりの生き残った青年はそう思いました。
 
それが、つまり今のイラク戦争に象徴されるような、国際情勢の方が間違っているんだと言ってもいいんじゃないでしょうか。それに合わせるということは、間違った方に合わせるということになる。国際貢献の名の下に、日本がこの憲法を、むしろ違反すれすれのような状態で自衛隊をイラクに送る方が間違っていると、私はそう思えて仕方がないんですが。」





核燃料リサイクルのCMはJARO案件の誇大広告

毛穴のニキビ菌、歯周ポケットや手の雑菌、喉にとりつく「イガイガ菌」、空中のウイルスや匂いのもと、絨毯のダニ、衣類の汚れ……きれいにしてくれるという洗剤やアメや空気清浄機があって、それらのテレビコマーシャルがテレビに流れています。

雑菌やウイルスがさっと消えるイメージ動画では、かならず1個ぐらいは残っています。たしかに、エアコンごときで無菌室がつくれるはずはありません。過大広告にならないためのルールが守られているのです。

ところで、ばんばん流されている電気事業連合会のコマーシャルをご存じでしょう。父親と男の子がブーメランを投げる、あれです。原発、再処理、そしてMOX燃料をふたたび軽水炉でプルサーマル発電に利用と、ぐるりと回る円が示される。原発の燃えかす(使用済み核燃料)は、ブーメランのように戻ってきて、再度、原発の燃料になる、と言いたいわけです。

でもあれ、誇大広告ではないでしょうか。わたしのしろうとアタマで理解する限りでは、再処理されてMOX燃料になりうるプルトニウムは、原発から出る危険な燃えかすのたった1%です。それがあのコマーシャルでは、すべての燃えかすがMOX燃料に加工される「かのように」表現されています。しかも、MOX燃料はウラン9、プルトニウム1の割合で混ぜられます。9割は、あいかわらず海外から買わなければ、1割のプルトニウムも使えないわけで、エネルギーの安全保障にはなりません。

核物質をいじればいじるほど行く先のない高レベル放射性廃棄物が出ることにも、口をつぐんでいます。円の外側に、たとえば99個、いえそれ以上のドラム缶が遠心力で投げ出されるさまも加えなければ、現実に即しているとは言えない、つまり虚偽になるのではないでしょうか。

ニキビ薬のコマーシャルは正直で、たとえば100個のニキビ菌のうち99個も退治できるということを、この商品の「売り」としています。それにたいし、プルサーマルでは100個の原発の燃えかす入りドラム缶のうち1個しかリサイクルできないのは、たとえでもなんでもありません。しかも、1個のドラム缶を利用するにも、新たにたくさんのドラム缶が発生するのです。なのに、この99個以上のドラム缶をないことにしているあのコマーシャル、「広告に対する苦情や疑問点(ウソ、誇大、わかりにくさなど)を受け付け、審査する機関」であるJARO、日本広告審査機構は、レッドカードを出さなくていいのでしょうか。

それに、MOX燃料としてプルトニウムを既存の原発で燃やすというのは、電気事業連合会が「すごいだろう」と胸を張るような、本来の計画ではありません。プルトニウムは高速増殖炉で使うと言っていたはずなのに、それがいくら巨費を投じてもいつまでたっても技術的にうまくいかないので、窮余の策として、おそろしく危険で、どのくらい危険かも未知のMOX燃料にすることにしたのです。それをすばらしい核燃料リサイクルと強弁するのは、「ウソ、誇大」そのものです。

あのコマーシャルは、矢印が円を一周するたびに99個以上の高レベル放射性廃棄物入りドラム缶が円の外側に積みあげられていくイメージを補足しながら見ないと。やっぱり外から新たにウランのドラム缶がどしどしやってくるところも、補いながら見ないと。そして、図中のMOX燃料が燃やされている箇所には、ハザードランプが点滅し、緊急警報が鳴っていると想像しないと。

今このときも、六ヶ所の再処理工場では深刻なトラブルが続き、玄海原発では軽水炉でMOX燃料が燃やされています。





官僚の権力の源泉としての対米追従 田中宇さんの分析2

田中さんは世界情勢を、米英中心主義と多極主義の対立という観点から分析します。

米英中心主義は、冷戦体制やアメリカの単独覇権をよしとし、世界各地で紛争を起こすことで軍産政複合体が中心となって経済を回そうとする考え方で、旧来の対米追随外交派はこちらです。

多極主義は、さまざまな地域を経済成長へとリフトアップさせることで投資効率のいい地域をつぎつぎとつくり、そこを資本が移動することで利潤を最大化させようとする考え方です。これに「隠れ」がつく隠れ多極主義は、イギリスが陰で糸を引く米英中心主義の桎梏をのがれるために、イラクのようにわざと失敗するような戦争などをして、アメリカがみずから単独覇権体制を壊そうとする自滅作戦です。

田中用語の解説はこのくらいにして、核心の4箇所をあらかじめ引用します。これらを強固に結びつける事実と論理をたどりたい方は、どうか田中さんによる本文をお読みください。小沢・鳩山の驚くべきたくらみに、ぱっと目の前が明るくなることうけあいです。

鳩山さんの、普天間移転は「日米合意を前提にしない」というきのうの発言は、田中さんの分析とぴたりと符合します。岡田さんが県内移転を主張して、メディアは閣内不一致を喧伝しますが、もしかしたらこの齟齬は目くらましかもしれません。だとしたら、まじめ人間岡田さん、じつはかなりの役者です(岡田さんは、それとは知らずに役を引き受けているのかもしれませんが)。

 「東京の民主党本部が、沖縄県民に立ち上がってほしいと思っているというメッセージが沖縄の側に伝えられてきたという話を、私は今回の沖縄で聞いた。」

「小沢は何をしたいのか。(中略)官僚機構からの権力剥奪である。」

「鳩山政権は対米従属(日本が米国より弱い立場にある日米関係)をやめようとしている観が強い。対米従属の象徴は、不平等な地位協定を含む日米安保条約である。」

「日本が対米従属をやめて、日米安保体制も事実上破棄すると、米国の威を借りて日本を支配していた官僚機構の権力が失われてしまう。」

さあ、どうぞ。田中さんの分析、驚愕の後半です。



▼米軍買収策第2弾としてのSACO

 世界各国の政府の中には、米軍の駐留費を負担するどころか、逆に米軍から空港使用料を徴集している国もある。以前に沖縄選出の議員が国会で質問した、中央アジアのキルギスタン政府が同国駐留米軍基地の「空港使用料」を引き上げた話が象徴的だ。対照的に日本は、米軍に対して巨額の金を払って、わざわざ日本に駐留してもらっている。キルギス政府は「米軍を駐留させてやっている」という態度だが、日本は「米軍に駐留していただいている」という態度である。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a164281.htm
米軍基地使用料に関する質問主意書 照屋寛徳

 世界の中にはフィリピンのように、議会の決議で駐留米軍に出ていってもらったところがいくつもある。フィリピンは日本より米国への依存が強いにもかかわらず、米軍を基地から追い出した。しかも、米軍を追い出した後も、米国とフィリピンの関係は大して悪くなっていない。普天間の基地問題を解決するには、第3海兵遠征軍を日本国外(米本土)に移すよう、日本の国会で決議すれば良いだけである。フィリピンの前例を考えれば、海兵隊に出ていってもらっても、日米関係はさほど悪化しない。

 日本政府の「思いやり予算」の額は95年ごろから横ばいとなったが、それに代わって日本から米軍への出費として増加したのが、95年に日米両政府で作ったSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の関係予算である。日本政府はSACO事業に対し、1996年から昨年までの12年間に約3000億円を支出した。これも日本政府が米軍を引き留めておくための「買収工作」の一環に見える。

http://www.kasai-akira.jp/bt/updata/bt_20080327112334.pdf
在日米軍関係経費の推移

 SACOは、名目上は、米軍駐留にともなう沖縄県民の負担(騒音、墜落事故、訓練場からの実弾飛来など)を減らすために、日本政府が資金を出して米軍施設の移転を行い、普天間基地などを日本側に返還する計画である。しかし、米軍から見るとこの事業は、最新鋭の施設を新たに日本政府に作ってもらう代わりに、要らなくなった施設を日本側に返還するという、利得の多い事業である。日本政府は「基地を返還し、普天間の住民の心配を解消する」という、世論に受けの良い部分だけを強調し、実は日本の税金で米軍の施設や装備を強化してやる事業だという点をうまく隠蔽し、SACO事業に予算をつけることに成功した。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-86315-storytopic-86.html
SACO関連費は防衛費と別枠 首相が示唆 1996年12月12日

 日本政府は、辺野古沿岸(海兵隊の訓練施設などがある名護市のキャンプ・シュワブの周辺海岸ないし沖合)を埋め立てて、最新鋭の設備と、離着陸に制限のない状態を備えた新たな海上飛行場を建設し、海兵隊は普天間から辺野古に移り、米軍は普天間を日本側に返還する予定だった。辺野古移設の建設に関わる工事は沖縄の建設業界に発注され、日本政府はこの土建行政によって沖縄県民の不満を解消するつもりだったのだろう。しかし、この事業は県民の強い反対を受け、辺野古の埋め立てはできなくなっている。与党民主党は05年の沖縄ビジョンで「普天間基地の辺野古沖移転は、事実上頓挫している」と書いた。

http://www.dpj.or.jp/okinawavision/
民主党沖縄ビジョン

▼グアム移転費負担が最新の買収策

 日本政府による「米軍買収工作」のもう一つは「グアム移転」である。「米軍再編」の一環として、沖縄に約2万人いる海兵隊のうち8千人を米国領のグアム島に移転してもらい、その費用を日本が出す計画で、総額7000億円を予算と融資で出す予定だ。米軍再編とは、技術革新によって米軍の飛行機の航続距離が伸びた結果、海兵隊や空軍が、前線に近い沖縄ではなく米本土に近いグアム島やハワイにいても十分に力を発揮できるようになったことに象徴される、技術革新に伴う米軍の合理化、効率化、省力化の推進策である。2000年ごろから実施している。

http://www.gensuikin.org/gnskn_nws/0703_2.htm
こんなにある米軍再編関連経費負担の問題

 米軍は、再編によって以前より安上がりに運営できるようになる。だから、海兵隊が沖縄からグアムに移転するのに日本の金は必要ない。グアムの基地に新設備を作るのに建設費がかかっても、それはその後の米軍効率化によるコスト減によって相殺される。しかし、日本政府はお金を出したがっている。

 重要なのは、米海兵隊のすべてが沖縄からグアムに移転するのではなく、一部がグアムに移るものの、残りの米軍は今後も沖縄に駐留し続ける点だ。米軍は、効率化を進めたいので早く沖縄からグアムに引っ込みたい。しかし日本政府は、今後もできるだけ長く米軍に日本(沖縄)に駐留し続けてほしいので、金を出して米国を買収し、沖縄からグアムへの移転をゆっくりやってもらっている。

 米軍再編は軍のハイテク化をともなうので、米国の防衛産業には利益になる。防衛産業の代理人だった米国のラムズフェルド前国防長官は米軍再編の推進に熱心だった。彼は普天間基地も、代わりの辺野古基地も要らないと思っていたようで、2003年の沖縄訪問時に「辺野古(移設案)はもう死んでいる」と述べた。彼は「辺野古の海は美しい」とも言い、反対派の理論に依拠して辺野古移設案を潰し、引き留める日本政府を振り切ろうとした。しかしその後、日本政府による米軍再編への資金提供の追加買収作戦が効いたのか、ラムズフェルドは黙り、辺野古移設案は復活した。

 冷戦から10年経った01年に911事件が起こり、米国は長いテロ戦争に入り、単独覇権主義を掲げた。イラクが米軍侵攻で政権転覆され「次は北朝鮮への先制攻撃だ」とか「いずれ中国やロシアも米軍の先制攻撃で政権転覆される」と、日本の外務省は予測していた(私は外務省OBからそう聞いた)。日本政府が米軍を買収して日本に駐留し続けてもらったので、日本はテロ戦争の中で「勝ち組」に入れると、外務省は思っていたのだろう。

 しかし、実は外務省は不勉強で、ブッシュ政権の隠れ多極主義的なやり方に気づいていなかった(上層部は気づいていたかもしれないが、官僚組織が硬直化し、戦略転換できなかった)。イラクもアフガンも占領が失し、テロ戦争という言葉は使われなくなり、米政府は中国やロシアに対して融和策をとらざるを得なくなり、国際社会では中国が大きく台頭した。日本の対米従属は間抜けな戦略と化した。

▼米国の威を借りて自民党を恫喝した官僚

 私が見るところ、日本政府が米軍を買収してまで駐留し続けてほしいと思ったのは、日本の防衛という戦略的な理由からではない(急襲部隊である海兵隊は日本の防衛に役立っていない)。米国から意地悪されるのが怖かったからでもない(フィリピンの例を見よ)。

 日本政府が米軍を買収していた理由は、実は、日米関係に関わる話ですらなくて、日本国内の政治関係に基づく話である。日本の官僚機構が、日本を支配するための戦略として「日本は対米従属を続けねばならない」と人々に思わせ、そのための象徴として、日本国内(沖縄)に米軍基地が必要だったのである。

 対米従属による日本の国家戦略が形成されたのは、朝鮮戦争後である。1953年の朝鮮戦争停戦後、55年に保守合同で、米国の冷戦体制への協力を党是とした自民党が結成された。経済的には、日本企業が米国から技術を供与されて工業製品を製造し、その輸出先として米国市場が用意されるという経済的な対米従属構造が作られた。財界も対米従属を歓迎した。日本の官僚機構は、これらの日本の対米従属戦略を運営する事務方として機能した。

 この政財官の対米従属構造が壊れかけたのが70年代で、多極主義のニクソン政権が中国との関係改善を模索し、日本では自民党の田中角栄首相がニクソンの意を受けて日中友好に乗り出した。その後の米政は、多極派と冷戦派(米英中心主義)との暗闘となり、外務省など日本の官僚機構は、日本の対米従属戦略を維持するため冷戦派の片棒を担ぎ、米国の冷戦派が用意したロッキード事件を拡大し、田中角栄を政治的に殺した。

 田中角栄の追放後、自民党は対米従属の冷戦党に戻ったが、外務省など官僚機構は「対米従属をやめようと思うと、角さんみたいに米国に潰されますよ」と言って自民党の政治家を恫喝できるようになった。官僚機構は、日本に対米従属の形をとらせている限り、自民党を恫喝して日本を支配し続けられるようになり、外務省などは対米従属を続けることが最重要課題(省益)となった。

 日本において「米国をどう見るか」という分析権限は外務省が握っている。日本の大学の国際政治の学者には、外務省の息がかかった人物が配置される傾向だ。外務省の解説どおりに記事を書かない記者は外されていく。外務省傘下の人々は「米国は怖い。米国に逆らったら日本はまた破滅だ」「対米従属を続ける限り、日本は安泰だ」「日本独力では、中国や北朝鮮の脅威に対応できない」などという歪曲分析を日本人に信じさせた。米国が日本に対して何を望んでいるかは、すべて外務省を通じて日本側に伝えられ「通訳」をつとめる外務省は、自分たちに都合のいい米国像を日本人に見せることで、日本の国家戦略を操作した。「虎の威を借る狐」の戦略である。

 80年代以降、隠れ多極主義的な傾向を持つ米国側が、日米経済摩擦を引き起こし、日本の製造業を代表して米国と戦わざるを得なくなった通産省(経産省)や、農産物輸入の圧力をかけられて迷惑した農水省などは、日本が対米従属戦略をとり続けることに疑問を呈するようになった。だが外務省は大蔵省(財務省)を巻き込んで、方針転換を許さず、冷戦後も時代遅れの対米従属戦略にしがみつき、巨額の思いやり予算で米軍を買収して日本駐留を続けさせ、自民党を恫喝し続け、官僚支配を維持した。

 官僚機構は、ブリーフィングや情報リークによってマスコミ報道を動かし、国民の善悪観を操作するプロパガンダ機能を握っている。冷戦が終わり、米国のテロ戦争も破綻して、明らかに日本の対米従属が日本の国益に合っていない状態になっているにもかかわらず、日本のマスコミは対米従属をやめたら日本が破滅するかのような価値観で貫かれ、日本人の多くがその非現実的な価値観に染まってしまっている。

 今や日本の財界にとっても、米国市場より中国市場の方が大事であり、対米従属は経済的にも過去の遺物だ。だがこの点も、日本のマスコミではあまり議論検討されていない。外務省などによる価値観操作をともなった対米従属戦略は成功裏に続いている。

 ニクソンは沖縄を日本に返還し、日本の自立をうながしたが、日本の官僚機構は逆に、これを米軍基地の存続のために使った。米軍基地の存在は日本人の反米感情が高めかねないので、日本の中でも本土(やまと)と異なる文化を持つ沖縄に、復帰直前のタイミングで米軍の戦闘要員を移転してもらい、基地を本土から遠ざけ、本土の日本人に対米従属を意識させないようにした。「基地は沖縄だけの問題だ」という固定観念が作られた。

▼官僚支配を終わらせる日米関係の改定

 8月末の総選挙で、日本の政権が自民党から民主党に代わった。民主党政権は、鳩山首相がオバマ大統領の来日に際して何度も「日米同盟は日本にとって最重要」と繰り返し、黒幕の小沢一郎は、元大蔵省次官の斎藤次郎を日本郵政の社長に据え、財務省人脈を重用している。これらのことからは、民主党政権も自民党と同様に、対米従属と官僚支配の構図を変えるつもりがないかのように見える。

 しかし、これらはおそらく上っ面の化粧である。鳩山が「日米同盟重視」をことさら繰り返すのは、対米従属プロパガンダ機構と化しているマスコミからの攻撃を抑えるためだろう。小沢が財務省人脈を重用するのは、官僚機構の資金関係の諸権限を財務省に集中させ、小沢自身が財務省上層部を握ることで、小沢がかねてからやりたかったことをやるための布石だろう。

 小沢は何をしたいのか。私が見るところでは、恩師だった田中角栄を殺した官僚支配に対する仇討ちとしての、官僚機構からの権力剥奪である。個人的な恨みもあるだろうが、それよりも、官僚機構が田中角栄を殺して自民党を恫喝し、対米従属戦略を通じた官僚支配を確立した構造を解体し、日本を官僚主導から政治主導に戻そうとしているのだと考えられる。官僚は選挙で選ばれていないが、政治家は選挙で選ばれるので、官僚支配を破壊して日本を政治主導に戻すことは、日本の民主主義を取り戻すことでもある。

 鳩山政権が掲げているのは「対等な日米関係」「(日中を主軸とする)東アジア共同体」「普天間基地問題は沖縄県民の意志を尊重して決める(すでに県民の総意は県外国外移転で固まっている)」「日米地位協定も見直す」「日本への米軍の核兵器持ち込みについて調査して発表する」「官僚支配を終わらせる」などだ。これら全体を見ると、鳩山政権は対米従属(日本が米国より弱い立場にある日米関係)をやめようとしている観が強い。対米従属の象徴は、不平等な地位協定を含む日米安保条約である。鳩山は、日米安保体制を壊そうとしているという指摘が、すでに米国側から出ている。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/eo20091111a1.html
A good time to remember the ANZUS alliance's fate

 日本が対米従属をやめて、日米安保体制も事実上破棄すると、米国の威を借りて日本を支配していた官僚機構の権力が失われてしまう。だから、外務省などはプロパガンダ機能を全開し、マスコミは「オバマは素晴らしいが鳩山はダメだ」といった論調を展開し、鳩山政権を引きずり下ろそうとしている。

 これに対する鳩山政権の対抗策は「基地は要らない」とはっきり言い始めた沖縄県民の盛り上がりが本土に飛び火するのを待つことだ。だから鳩山は「普天間問題の解決には時間がかかる」と言いつつ、のらりくらりしている。これは、単なる私の推測ではない。東京の民主党本部が、沖縄県民に立ち上がってほしいと思っているというメッセージが沖縄の側に伝えられてきたという話を、私は今回の沖縄で聞いた。

http://tanakanews.com/091104okinawa.htm
沖縄から覚醒する日本

 普天間問題が解決しないまま時間がたつほど、この問題は「沖縄の問題」から「日本の問題」へと発展し、本土を巻き込んだ議論になる。マスコミも官僚の傀儡から脱しうる。マスコミは、時間稼ぎをする鳩山を非難しているが、これはマスコミが官僚傘下にあることを示す好例だ。本来は「良い機会だからじっくり在日米軍のことを議論しよう」という論調がマスコミに広がっても不思議ではないが、そんなことにならないのは、マスコミがプロパガンダマシンと化しているからだ。のらりくらりと揺れる鳩山政権は支持率が下がるだろうが、自民党はひどく壊滅してしばらく復活しそうもないので、支持率が下がっても政権の再交代にはならない。

 鳩山政権の思惑どおり、普天間の移設問題の議論はまだまだ続くだろう。そのうちに、日米関係そのものが再検討されていくことになりうる。米オバマ政権は隠れ多極主義なので、日本の自立とアジア協調策を歓迎している。日本が不平等な日米同盟を解消できれば、従来より対等な日米の協調関係が結べるだろう(縛りのある「同盟」にはならない)。来年にかけてドルの崩壊感が強まりそうなので、政治と経済の両面で、日本の国家戦略が問い直されていきそうだ。日本の国内情勢を分析することが、国際情勢分析の大事な一つの柱になってきた。


この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/091115okinawa.htm


★音声訳
http://www.voice-news.net/

筆者への連絡は
http://tanakanews.com/sendmail.htm
からお願いいたします。





Marines wanna go home  田中宇さんの分析1

田中宇さんのメルマガには、いつも教えていただいています。わたしのアタマには難しすぎる分析もありますが、なんとか食らいついて数年が経ちます。

とりわけおとといの記事は、どうしても多くのみなさんに読んでいただきたく、URLを紹介すればすむことではありますが、あえて2回に分けて転載します。沖縄の基地のことが、歴史的経緯や今後の展望をふくめ、いっきに理解できます。わたしは、自分がなんとなく考えていたことが、「根源的」という意味でラディカルに論じられていて、十二分に納得し、また意を強くしました。

1回目の要点は以下のとおりです。
・普天間の基地が危険なのは、戦争末期、そこが米軍に占領されたあと、朝鮮戦争が始まるまで放置され、その5年の間に戻ってきたもともとの住民が、しかたなくその周りに密集して住みついたため。
・普天間が海兵隊基地として本格的に機能するのは、71年の沖縄返還直前に、日米政府が沖縄に米軍基地を移動させたときから。当時はベトナム戦争の最中だった。
・85年、アメリカは冷戦終結を見越して、沖縄の基地、とくに危険な普天間を返還し、軍全体を徐々に引き上げようとした。
・日本政府はそれを阻止すべく、「おもいやり予算」を増額し始めた。米軍基地は、日本政府が買収して、いてもらっているというのが現実。
・在日米軍の駐留費の75%は日本が負担していて、それは世界の国々が負担している米軍駐留費の半分に達する。
・そもそも海兵隊は紛争が起こりそうな地域に常駐する部隊ではなく、加えて技術革新により沖縄はおろか米本土外にいる理由をとっくに失っている。しかも、アメリカはかつての仮想敵、中国とパートナーシップを結んでおり、日本をめぐる地政学的条件は激変している。

9月2日にも書いたことですが、米海兵隊は「おもいやり予算」があるから沖縄にいるのです。では、なぜ日本政府は米軍を引き止めてきたのか、驚愕の事実は2回目の転載に譲ります。一気にそこまで読みたい方は、田中さんのメルマガのURLをクリックしてください。


田中宇の国際ニュース解説 無料版 2009年11月15日
http://tanakanews.com/

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★日本の官僚支配と沖縄米軍
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 この記事は「沖縄から覚醒する日本」の続きです。
http://tanakanews.com/091104okinawa.htm

 前回、沖縄のことを書いた後、状況をもう少し知るために沖縄に行って来た。11月8日に沖縄県宜野湾市で開かれた「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民集会」に参加した。翌日は、米軍施設の建設を止める運動が根強く続いている現場である名護市の辺野古(へのこ)と、東村の高江に行った。11月8日の県民集会は、米軍海兵隊の普天間基地(普天間飛行場)の移設問題に絡むものだった。今回は、私の沖縄訪問について書こうと思っていたが、いろいろ調べていくと、私個人の経験談を書く前に、書くべき巨視的なことがたくさんあることに気づいた。今回は、普天間基地の問題を中心に、日米同盟の本質について、自分なりに考えたことを書く。

 すべての飛行場には、離着陸する飛行機が墜落しても周辺住民を死傷させずにすむよう、滑走路の前後に、畑や山林、空き地、水面など、人が住まない地域(クリアゾーン、利用禁止区域)を帯状に用意する必要がある。しかし、普天間基地の周辺は、クリアゾーンがほとんど作れておらず、ゾーン内に住宅密集地や小学校が含まれている。基地の周辺は、びっしりと住宅街になっている(私は原付を借りて基地の外を一周した)。

https://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/ginowancity_futenma_masterplan.pdf
宜野湾市上空写真×普天間飛行場マスタープラン図

http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/070813_mayor_comment_heriroute1.pdf
米軍機の場周経路・侵入経路(宜野湾市ホームページ)

 普天間飛行場は、1945年4月に沖縄本島に上陸した米軍が、日本本土決戦に備え、戦火で焼け野原になった宜野湾市中心部の台地に急いで滑走路を作ったのが発祥だ。日本の降伏後、普天間飛行場は戦後5年間、使われない米軍基地として放置され、1950年の朝鮮戦争とともに再び米軍が使い始めた。この5年間に、もともと基地内の土地に住んでいた市民が、戦火を逃れた避難先や収容所から戻ってきたが、自宅の土地は米軍に強制的に借り上げられていたので、代わりに基地の周辺に密集して住むようになった。

https://www.city.ginowan.okinawa.jp/2556/2581/2582/2008.html
普天間飛行場の概要

 普天間の北方には、米空軍の嘉手納基地がある。こちらは米軍が沖縄上陸時から、ずっと途切れなく飛行場として使い続けたため、避難していた地元住民が戻ってきたとき、飛行場の後背地を弾薬庫用地などとして広大に強制借り上げしてクリアゾーンを作った。しかも、嘉手納は滑走路の前面が海である。だが普天間は、米軍が基地として使わず放置していた間に地域住民が戻って家を建てたため、クリアゾーンがほとんどないままとなった。嘉手納と異なり、普天間の滑走路は海と平行している。米軍も、普天間は非常に危険な飛行場だと間接的に認めている。

http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/zone.pdf
普天間飛行場の事故危険性ゾーン資料

 日米両政府は、1971年の沖縄返還直前、駆け込み的に日本本土の米軍海兵隊のほとんどを沖縄に移動させる戦略をとったが、この時から普天間飛行場は本格的に海兵隊の基地になった。日本本土では、ベトナム反戦運動の影響で各地の米軍基地で海兵隊など戦闘要員の駐留に反対が強まったので、日本政府は、沖縄が米軍の占領下にある間に、本土の海兵隊を沖縄に移駐してもらい、本土復帰時に「沖縄は米軍基地の島」という既成事実ができているように仕組んだ。

 日本本土から沖縄に結集した海兵隊が普天間を拠点とした理由は、敵地への上陸・急襲作戦を任務とする海兵隊がヘリコプターを多用するので、クリアゾーンが欠如した普天間飛行場の使い道として、飛行機ばかりの空軍より海兵隊の方が良いという考えだったのだろう。しかし海兵隊も飛行機(固定翼機)は使う上、普天間は嘉手納を補助する役割も担ったため、飛行機の発着が多く、危険が残った。海兵隊を他の基地に移設し、普天間を閉鎖して土地を住民側に返還した方がよいという認識は、70年代から日米両政府にあった。

▼在日米軍を「買収」している日本政府

 米軍は、各基地の施設や設備についての計画を、数年ごとに「マスタープラン」としてまとめている。普天間基地については1980年と92年にマスタープランが作られた。これらは非公開文書だったが、92年計画を宜野湾市が入手し、公開した。その序文には「92年計画は80年計画を踏襲したものだが、それらとは別に85年にもマスタープランの草案が作られており、85年計画は草案が作成されたが採用されなかった」という趣旨が書いてある。

http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/123456789/6967/12/gabe2_02.pdf
MCAS FUTENMA, MASTER PLAN, June 1992

 これについて、沖縄の基地問題の専門家の間では「85年のマスタープラン草案は、普天間基地を閉鎖・返還する方向での施設計画だったのではないか」と推測されている。85年ごろ、海兵隊の司令官が地元の人々を招いて開いた宴会での挨拶で、普天間が危険な基地であることを認める異例の発言をしたことがあったという。

 当時の時代背景を見ると、米国のレーガン政権は82年にソ連と戦略兵器削減交渉を開始し、86年にはレーガンとゴルバチョフがレイキャビクで会談し冷戦終結に向けた話し合いが始まった。85年の段階で、米軍が冷戦終結を見越して、沖縄の基地を縮小する構想を持ち始め、一番危険な普天間基地の閉鎖・返還を考えたとしても不思議ではない。むしろ当然の話である。

 85年に米軍が普天間基地を閉鎖返還する計画を持っていたとしたら、なぜ91年の計画では再び恒久駐留の方針に戻ってしまったのかが疑問として残る。この疑問に対する私の答えは「思いやり予算」である。

 日米地位協定を根拠に、日本政府が米軍駐留費の一部を負担する「思いやり予算」は70年代に、基地で働く日本人の福利厚生や給料の一部を日本政府が出すことから始まったが、90年代に入って日本政府は負担を急増させ、米軍施設の光熱費や、施設の移転にかかる費用まで日本が負担するようになった。思いやり予算は、冷戦終結前後の10年間で4倍になり、年間約2500億円前後にまで増えた(95年以降は微減傾向)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%9D%E3%81%84%E3%82%84%E3%82%8A%E4%BA%88%E7%AE%97
思いやり予算  ウィキペディア

 米軍は、80年代に冷戦終結を見越して日本から撤退していく方向を模索したが、それを見た日本政府が「駐留費を負担してあげるから日本にいてください」と頼んだ疑いが濃い。日本は、米軍を「買収」して駐留を続けてもらっている観がある。

 思いやり予算を出す前から、日本政府は、米軍基地用地の地代(賃料)や基地周辺住民への対策費も出しており、思いやり予算と合わせた総額は、85年に年間約3000億円だったのが95年には6000億円強へと倍増している(その後は微増傾向)。全部で4万人強の在日米軍は、一人当たり年間1000万円以上のお金を、日本政府からもらっている。こんなに金をくれるのだから、当然、米軍は喜んで日本に駐留し続ける。米軍が「次はもっと日本から金をふんだくってやろう」と思って高く吹っかける傾向になるのも自然な流れだ。

http://www.kasai-akira.jp/bt/updata/bt_20080327112334.pdf
在日米軍関係経費の推移

 05年の米国防総省の発表によると、日本政府は、在日米軍の駐留経費の75%(44億ドル)を負担している。世界規模で見ると、米軍が米国外での駐留で必要とする総額は年に約160億ドルといわれるが、そのうち米国自身が出すのは半分以下で、駐留先の地元国が85億ドルを負担している。44億ドルを出している日本は、全世界の地元国の負担の半分を一国だけで出してる。日本は、米軍の米国外での駐留費総額の4分の1を出している。日本だけが突出して米軍に金を出しているのだから、日本政府がその気になれば激減できるはずだ。日本政府が米軍を買収している構図は、ここからもうかがえる。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-9173-storytopic-3.html
“思いやり予算”日本突出 負担率、世界の50%超  2005年12月8日

▼海兵隊は米本土駐留が最適なのに

 普天間基地を拠点とする米軍の海兵隊は「第3海兵遠征軍」である。米軍海兵隊は3つの遠征軍で構成され、第1と第2は米本土に本拠地がある。第3遠征軍は米国外に本拠地を持つ唯一の遠征軍であり、1988年に正式に沖縄(うるま市のキャンプ・コートニー)に司令部が置かれた。すでに書いたように、日本駐留の海兵隊は沖縄返還直前(71年)から沖縄にいたが、正式に沖縄駐留となったのは88年である。この88年の正式化も、日本政府からの駐留費負担を急増してもらうことになったため、米側が形式を整えたのだろう。

http://en.wikipedia.org/wiki/III_Marine_Expeditionary_Force
III Marine Expeditionary Force   From Wikipedia

 海兵隊は、戦争が起こりそうな地域での恒久駐留が必要な軍隊ではない。軍人の生活上の利便性を考えれば、米本土に置くのが最良である。60−70年代のベトナム戦争、91年の湾岸戦争、03年のイラク侵攻のように、米国の方から戦争を仕掛ける場合には、米軍は何カ月も前から準備できるので、海兵隊を米本土から前線に送り出す時間は十分にある。

 50年の朝鮮戦争のように他国から同盟国が侵略された場合は、まずはその国の軍隊が応戦し、米軍は空軍戦闘機で援護し、その間に海兵隊を前線に空輸し、敵国によって占領されている地域に反攻的な急襲をかける。日本が他国から地上軍で侵攻された場合は、まず自衛隊が応戦する。そのために、北海道九州に陸上自衛隊が常駐している。そもそも、米国は世界中に諜報網を張りめぐらせているので、同盟国が攻撃される数カ月前に予兆を察知できる。米国は、ある日突然侵攻される状況になり得ない(わざと気づかないふりをして敵方の侵攻を誘発することは度々あるが)。

 このように考えると、海兵隊は日本国内に常駐する必要は全くない。特に、冷戦後はそうである。だから、沖縄の海兵隊は80年代に米本土に撤退を開始し、普天間基地を日本側に返還するつもりだったのだろう。それを日本が引き留め、駐留費を出して買収し、沖縄に駐留し続けてもらっている。海兵隊は、日本に金を出してもらえて、米国にいるよりも安上がりなので、沖縄にいるだけだ。

「地政学上の理由から、基地は沖縄になければならない」と「解説」する人がよくいるが、間違いである。米軍の現在の技術力からすれば、中国を仮想敵とみなす場合でも、沖縄に必要なのは、有事の際に使える港と滑走路だけであり、軍隊が常駐している必要はない(実際、米軍は冷戦後、沖縄本島より下地島の空港を有事利用したがった)。米国はここ数年、中国を戦略的パートナーとみなす傾向を強め、日本以上に中国を重視している。日本も、中国との東アジア共同体を作る方向に進んでいる。もはや中国は日米の敵ではない。これは地政学的な大転換であるが、米軍の沖縄駐留は必須だという人ほど、この地政学的な変動を全くふまえずに(意識的に無視して)語っている。茶番である。

http://tanakanews.com/b0605okinawa.htm
アメリカのアジア支配と沖縄





なんだかなあの大統領

疾風(はやて)のようにやってきて、疾風のように去っていく……月光仮面ではありません(って、少々古いのですが)。合衆国大統領オバマさんです。

そんなことはどうでもいいのです。よくない!と言いたげな人びとも、テレビの中には散見されました。「中国には3泊する」「中国では若者とのトーク集会もする」……。そうした声をなだめるための「くすぐり」が、サントリーホールでのスピーチにはちりばめられていました。さすがアメリカ、さすがオバマさん、よくわかっていらっしゃる。

米中が接近すると日本が袖にされるのではと懸念する人びとは、ずっと前からいました。そういうことを口にするのは、従来の日米関係しかないと思い込んでいる向き、つまり共和党のアメリカと繋がってきた自民党系の人びとやメディアと考えていいと思います。日本の政権交代で対米関係が悪化するとか言う人も、みんなこの部類でしょう。そういう目で見ると、昨今、新聞の論説委員やテレビのキャスターやコメンテーターの色分けが、今まで以上にわかりやすくて面白い。

極め付きは川口順子サンです。このあいだ国会で質問に立って、「これはアメリカ大使館がインターネットテレビで監視してるんですよ」と、えらい剣幕で鳩山サンに言い募っていました。

若い人たちがよくやる、けっして感じのいいものではないリアクションをまねすると、「ハアッ?」です。それがどうした、です。どこの大使館でも、暇なら任地の国会はテレビウォッチするんじゃないでしょうか。川口サンは、「わたしは外務大臣として国会答弁していたとき、このくにの人びとではなくアメリカを意識して、アメリカに叱られないように、望むらくは気に入られるようにしゃべっていました」と白状したようなものです。

川口サンに代表される人びとは、嫉妬深い。そして疑心暗鬼です。つまり、自信がないんですね。「こんなこと言ったら嫌われちゃうかしら」「こうしてあげたら褒めてもらえるかしら」と、そんな心配ばっかりしています。鳩山サンは、そうではない対米外交を打ち出したのです。問題は、今回のオバマ来日でその姿勢を貫けたか、今後も日和らずに貫くかということです。

オバマ・スピーチは、無理して感動している人もいましたが、内容に新味ははなかったと思います。注目すべきは、その日本向けレトリックです。アメリカは今、アジアから、とくに中国などの新興国から「愛されるアメリカ」に大変身する必要に迫られています。物を買ってもらうため、そして国債を買ってもらうために。その思惑はオバマさんのスピーチの端々に伺えました。それは痛ましいほどで、却って凄味すら感じました。中国についても、そうした実際的な関係を強調して、日本の一部の人たちをなだめるのにやっきでした。

「向こうはなにしろお金を持っているからね、それをちらつかせて無理難題をふっかけてくるかもしれないんだよ。君もお金を持ってるけど、君はそんなことしない。貢いでくれるだけだ。さすがぼくの見込んだ君だ。なにしろぼくたちのつきあいは長いからね、来年でもう50年だよ。同盟だ、信じ合う仲なんだ。こんどは向こうに3泊するけど、君はなにも心配いらない。難しい相手だから、これくらいしないとならないぼくのつらい立場、君はわかってくれるよね。ぼくが心から信じているのは君だけだ、誓ってもいい。だから、この同盟、ぼくたちのいちばん重要な絆なんだから、君もたいせつに思ってくれ。そのためにも普天間のこと、早く決着つけようよ」

なにやら、ほかの女君のところに出かける光源氏が言いそうなセリフですが、オバマさんが日本で言いたかったのは、結局これに尽きるのではないでしょうか。わたしは演説全文を読んで、そう思いました。

そこで鳩山サンが情にほだされて、アジアにおける紫の上の役割を引き受け、物わかりよくなってしまっては困るのです。そんなことになったら、旧態依然の従属外交派となんら変わらなくなってしまう。普天間問題については、高官レベルで協議をするそうです。だったら、軍事や外交についてだけでなく、民主主義の分科会も設けていただきたい。日米は同盟(なんだかこのことばが連発されて、わたしはそのたびに心の中がぞわぞわしますが)ではなく、なによりも民主主義という価値観を共有する関係なのです。主権者の意向をうけて初めて権力の正統性が生じるのが、民主主義です。沖縄の民意を尊重するにはどうすべきか、協議する高官たちは、民主主義を一からお勉強し直してほしいと思います。





「新しい人」に出会った友部 ある不登校シンポジウム

常磐線の友部駅、最近、何度か通過しましたが、そのたびに胸騒ぎがしました。5年ほど前、友部で不登校を考えるシンポジウムに出たのですが、そのときのことを思い出すのです。

心に残るシンポジウムでした。興奮冷めらやぬうちにあるところに書きとめたものをここに再録します。

不登校だった若者(22〜24歳、女性1、男性2)と、かれらと10年以上つきあってきた児童相談所の男性の先生とのディスカッションがすばらしかったのです。それぞれに感性豊かで、はにかみのなかにも表現力があって、「自分」があって、わたしはいつしか、大江健三郎の「新しい人」ということばを思い浮かべていました。涙も浮かべていました。

3人はそれぞれ、風邪で長期欠席、夏休みの宿題ができてない、クラスの1人から無視された、といったちいさなきっかけで不登校になり、とくに中学は、全員、行っていません。

不登校にたいする親や教師の態度が問題ということを、再確認しました。父親の身体的暴力で、おとなの男性への恐怖心を心に刻みつけた男性。母親と教師のことばの暴力に絶望した女性。引きずって学校につれていくといった教師の暴力に傷ついた男性。

みんな口々に、「待っていてほしかった」「不登校も悪くない」と言っていました。かれらはすぐれた教育者(児相の先生)と出会って、学校に行けるようになった、のではなく、不登校の時間を豊かに過ごすことができました。友だちをつくり、自分を見つめ、不登校の自分を十全に受け入れることができたおかげで、次のステップに進めた、ということでした。児相の先生は、謙虚でおだやかで、的確で魅力的。子どもたちをはじめ、町民や教師の絶大な信頼を集めているそうです。

女性は、本を山ほど読んでいました。将来どうするかはまだ決めてないとのことですが、ゆったりと楽観していました。楽屋では、かたわらでお母さんがにこにこしていました。

男性の1人(児相の先生「君は5年ぐらい、ずっと泣いてたね」)は、高校に行こうと思い立ち、遠い学校にしか入れなかったのに、なぜか皆勤賞をもらった、とはにかみながらおかしそうに言っていました。不登校中、暴力的な父親と取っ組み合いになり、胸ぐらをつかみ合ってにらみ合った瞬間、父親が「もうお前を殴らない」と言った、という過去を語ったときには、うれしそうで、誇らしげでした。いまは消防士になり、救急救命士をめざして勉強しているそうです。

もうひとりの男性は、16歳まで母親と離れるとパニックになっていたのですが、家が火事になり、引っ込んでいる場所がなくなったときに、「こうなったら外に出なければ」と考えた。就職の面談で社長さんに、「中学に行ってないなんて関係ない。まじめに働いてくれればいい」と言われて、そのときから8年、同じ職場で働いているとのことです。「でもぼくはまだマザコンです」とほほえんでいました。

「ひとりとして同じケースはない、処方箋も共通のものはない」と児相の先生が言っていたのが印象的でした。

「甘え」は悪くない、と3人が異口同音に言っていたことに感動しました。この日に出演するかどうかでも、各人に葛藤があったそうでした。そりゃそうです、200人以上の聴衆の前で、舞台の上で、自分を語るのですから。それもまたひとつひとつがドラマでした。児相の先生への信頼と、じっくりと培いつつある自信と勇気が、それぞれに感じられました。

会場からは、不登校の子どもをもつ親たちが、「安心して待ちます」「子どもと毎日を楽しみます」「うちの子はおかしくなんかないんだ」「元気が出た」と、半ば叫ぶように発言していました。

このシンポは、教組と地区労が中心になって、町や教育委員会、町のPTA連合、新聞社、地元企業が協賛・後援して開かれたものです。あのときで4回目。不登校というテーマと不登校経験者のディスカッションは、その前年、不登校していた若者が、やや現実からかけ離れた話をした基調講演者にやんわりとした異議申し立てというニュアンスで会場から発言したことを、主催者たちが重く受けとめて、決められたそうです。

若者たちと児相の先生のディスカッションを受けて、わたしはおよそこんな話をしました。即興で90分も話をしたのは、これが最初で、おそらく最後でしょう。用意した講演原稿がすっ飛んでしまうほど、若者たちの話に感動したのです。


不登校には2種類あって、「行きたいけど行けない」消極的不登校と、「行きたくないから行かない」積極的不登校があるような気がします。きょうのみなさんは前者のようです。

学校・軍隊・税制は近代の三大装置です。だから、現代民話から近代を分析しようとしている松谷みよ子は「現代民話集」の早い巻でこの3つををとりあげました。学校を受けつけない子がこれほど多い(茨城県でおととし2621人)ということは、近代の制度疲労にほかなりません。

近代、とくに男性が感性や感情を押し殺し、ハングリー精神で社会にうって出て孜々(しし)として働くことが、効率的進歩には欠かせませんでした。たとえば「泣くな男だ」は近代の徳目です。わかりやすい例が、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」です。語り伝えられた前近代の元の話では、親たちの子捨ての相談を盗み聞いたヘンゼルは「わっと泣き出しました」と語られます。ところが、ここに近代の価値観を移植したグリム兄弟は、泣くのは妹のグレーテルで、ヘンゼルはそれをなぐさめ、「ぼくがなんとかするから」と励ます、頼もしい存在に変えました。近代の男性は、どんな場面でも弱音を吐くことを許されないのです。

自分の感性や感情、からだの反応に正直な不登校の子どもたちは、近代の制度が無効になりつつあるこの時代の潮目を人一倍敏感にうけとめ、自己形成期のたいへんな苦痛を担保に、新しい時代をさししめしています。彼らは繊細で傷つきやすい。他者や外界にたいして無防備です。しかし、そういう感性こそが、次のあるべき時代を拓いていくのだと、わたしは思います。

社会が豊かになり、おとなが家のなかに子どもの居場所を作ったから、不登校も現象するのです。それはいい悪いの問題ではありません。近代化の帰結です。そんな今の子どもにハングリー精神をもとめるのが間違っています。がむしゃらにがんばるしかなかった貧しい時代のほうが、若者の自立は簡単でした。宮崎駿の「魔女の宅急便」は、豊かな社会にあってどんなに恵まれた出発をしても、若い人が社会の中に自分の居場所をつくるのはたいへんなことで、貧しい境遇から自立するよりもよっぽど難しいのだということを、共感をもって表現しています。

今の子どもに必要なのは、ハングリー精神ではなく、ある種のストイックさです。それはとても難しいことだということを、ハングリー精神しか知らない近代人であるおとなは見落としがちです。

不登校の子たちはユニークなキャリアを歩みます。しかし、どのみち人のキャリアはユニークなのです。右顧左眄(うこさべん)して身のふりを決める人には、ほんとうの意味で他者を理解する契機も、他者と心を通じあう契機も望めません。ひとりひとりがユニークで、思いのままに笑ったり泣いたりでき、それを受け入れあう社会が望ましいと思います。

「すべてには時がある」という旧約聖書のことばを思い出しました。大江健三郎の寓話『二百年の子ども』では、「新しい人」が眠ること、籠もることから、歴史に自覚的に、自分の感性を信じて、現実に批判的に、前を向いて生きていく力を得ます。そのたくましさは、あくまでも繊細さを内包しています。繊細でたくましいほうが、単にたくましいよりも上等なのはいうまでもありません。不登校も、一種の眠ること、籠もることなのかもしれません。

わたしはきょう、「新しい人」と出会い、その声を聞いたのかもしれません。ありがとう。


来月、友部を再訪します。いまから楽しみです。





オバマ大統領への手紙

きょう、世界平和アピール7人委員会は、来日中のアメリカ・オバマ大統領に、核廃絶についての手紙を提出しました。


WP7 No.100J

戦争なき世界に向けて核兵器廃絶のための具体的行動を呼びかけるアピール

アメリカ合衆国大統領 バラク・オバマ殿
                      世界平和アピール七人委員会
                 武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 井上ひさし
                    池田香代子 小沼通二 池内了

 われわれ世界平和アピール七人委員会はまず、2009年11月13日にあなたが訪日されることを歓迎し、あなたのノーベル賞受賞を心からお祝いいたします。

 2009年9月24日、国連安全保障理事会で決議1887が満場一致で採択されるに当たってのあなたのリーダーシップと、核兵器なき世界を目指し具体的措置を取ることを約束した2009年4月5日のチェコ共和国プラハでのあなたの演説を、世界の大多数の人々が歓迎したことは、われわれの歓びであります。また2008年7月24日のベルリンにおけるあなたのスピーチ、2008年8月25日の民主党大会に於けるあなたの「アメリカを革新する約束」も、われわれのよく記憶するところです。これらの場であなたは核兵器のない世界の平和と安全を求めるとの、アメリカのコミットメントを繰り返されました。

 2日前に、NHKテレビが 前日に行なったあなたの単独インタビューを放映しました。あなたは、今回は時間が取れないが、在任期間中に原爆の経験を持つ広島と長崎を訪問できれば光栄だといわれました。また両市の記憶は全世界の人々の心に刻まれているとも述べられました。これらの言葉は、核兵器のない世界を実現させることをあなたが確信していることを改めて示すものでありました。日本の人たち、特に被爆者、はあなたに共感し、具体的な前向きの行動を期待するものであります。

 国連の全加盟国は、国際紛争を国際の平和と安全と正義が脅かされない形で、平和的手段で解決すべきであるとの国連精神を、全ての人が想起すべき時が来ています。世界のすべての国民が恐怖と欠乏から逃れ、平和のうちに生存する権利を認めていることを明記している日本国憲法は、これと全く同じ考えに立っています。

 生物兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、対人地雷禁止条約はすでに発効しています。クラスター爆弾禁止条約も後を追っています。核兵器の役割は、すべての人類のために無条件でただちに否定されるべきであります。核兵器禁止条約は実現させなければならないし、実現させることができるのです

 ここで、われわれの組織について説明させていただきます。
 世界平和アピール七人委員会は1955年、国連創設10周年の機会に、国連の役割強化を訴えるとともに戦争の根絶を追求しようと、七人の影響力ある日本の知識人によって設立されました。それは「人間性を心にとどめ、ほかのことは忘れよ」と述べたラッセル・アインシュタイン宣言が発表されたのと同じ年でした。以来七人委員会は外部から独立した個人の資格で、平和、正義、人間性に立脚した国内・国際アピールを発表し続けてまいりました。われわれは創設の日から核兵器の廃絶を追求し、世界のいかなる紛争も平和的手段で解決されるべきだと信じてきました。核兵器の保有と「核の傘」理論は、いかなる国についても例外なく放棄されるべきだと、われわれは信じています。このメッセージは、われわれの発表した100番目のアピールです。

        連絡先:世界平和アピール七人委員会事務局長 小沼通二
                    URL:     
http://worldpeace7.jp





「殺人」へのまなざしが変わる

火曜日の「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」キックオフ院内集会は、議員13人、秘書6人をふくめ、キャパシティ70人の部屋はあふれるほどでした。院内集会は、議員さんの参加が、一瞬の顔見せもふくめて10人あれば成功なのですが、今回は予算委員会に出るために3人の議員さんが中途退席しただけでした。

NHKニュースのカメラも入っていました。が、夜の定時ニュースが中継をまじえてトップから延々伝えたのは、死体遺棄事件の容疑者逮捕でした。院内集会のニュースは飛んでしまいました。

言うまでもなく、殺人は異常な事態です。人心は動揺し、なぜ、という問いが人びとの心を突き刺します。いきおい、報道価値も上がろうというものです。

漠然と、殺人事件は増えている、と思っている方もおられるかもしれませんが、実際には減っています。しかも、もともと少ないうえに、減っているのです。殺人の犠牲、年間800人ぐらいを少ないと言うと、怒る方もおられるでしょう。ひとりだって殺されるなどという死に方をしてはならないのですから、当然です。

でも、先進諸外国と比べると、少ないとしか言いようがありません。2001年のばあい、ドイツは日本の2.7倍、イギリスは3倍、フランスは3.4倍、アメリカは、9.11の犠牲者を除いて4.7倍です。

こうした数字からはしかし、「自分は人を殺した」というただならぬ事態に立ちいたった人については、なにもわかりません。まず、わたしたちの通念を裏切るのは、すべての犯罪者のうち、殺人を犯した人はもっともよく更正する部類に入る、という事実です。また、殺人には相当のエネルギーが必要なので、殺人を犯す人はもともと生きるエネルギー値が高い、けれど、さしものエネルギーもこの異常な行動によって使い果たされてしまい、気が抜けたような、達観したような人格に変わってしまう人も多いのだそうです。それが、宗教的な境地にまで高まることもあるのではないでしょうか。

河合幹雄著『日本の殺人』(ちくま新書)は、殺人を犯すにいたる人びとにはふたつの条件が多く見られる、としています。第一に、社会的経済的に不遇である、第二に、生きるのに不器用である。著者は、ごくごく少数の凶悪としか言いようのない事例を除いて、殺人犯になってしまうほとんどの人から「悪」は抽出されない、と言いたげです。ほんとうに悪い人間がいるとしたら、かれらは殺人などというドジなことはしないのかもしれません。だから、「まさかあの人が」という近隣の人のコメントが事件のたびにニュースを彩り、それが事件の凄惨さと極端な対比を生んで、わたしたちの関心をいやがうえにもかきたてることになります。

先月、森達也さんがノルウェーの犯罪学者の話を聞く、というNHKの番組がありました。ノルウェーでは、犯罪を犯した人のほとんどは、貧しい環境や愛情の不足などが原因なのだから、いい環境と愛情と教育を提供するべきと考えられているのだそうです。もちろん、ごく少数の邪悪な犯罪者もいるけれど、罰を与えても意味はなく、治療の対象と受けとめられているそうです。ノルウェーでは、殺意をもった殺人は年に1件程度で、社会全体がゆったりとしている、という報告が印象的でした。

昨今、日本では厳罰化が進んでいると言われます。判決がどんどんきびしくなっている、と。確かにそのようですが、先の本によると、このくにの制度運営では、伝統的に、殺人を犯した人でもなるべく刑務所には入れない、入れても、長く実社会と切り離されているほど社会復帰が困難になるので、早めに出すことにしていて、それが他の先進国とは比べものにならないほどの成功を収めているのだそうです。更正がうまくいくのは、家族をもつ、仕事をもつ、そしてサポートしてくれる人といい関係をもつ、といった条件が満たされたばあいだそうです。つまり、ノルウェーと同じ方向を向いていると言えます。

なあんだ、と思わず拍子抜けしてしまいます。ましてや、犯罪を犯した人と接し、その更正や処遇に腐心している現場の人びとにしたら、厳罰化論議は戸惑いを覚えるものでしかないのではないでしょうか。世間は現実を知らないでおかしな議論をしているなあ、と。

殺人事件に関心をかきたてられるわたしたちに迎合するように、メディアは犯人像を異様に、異常に描き出そうとします。けれど、一般に殺人は、運の悪い人生を送っていた不器用な人が、不器用ゆえに追い詰められて犯してしまう、そうした知見を踏まえると、すべての殺人事件がまったく違ったふうに見えてきます。サスペンス小説やドラマが好む極彩色の、いわば悪の輝きをすっかり失った、「なんという愚かなことをしてしまったものだ」という白けきった、と言ったら語弊があるなら、わたしたちの日常と地続きの、真剣にとりくむべきケアの問題として立ち現れてくるのです。

このくにの殺人事件の7割が親族関係に起きていることなどもふくめて、被害にあわれた方の痛ましい心の問題や、厳罰化や死刑の存置についても、これからすこしずつ考えていきたいと思います。





あした明大前で森住卓さんとトークをします

ミツバチ@staff Blogにあるとおり、上関原発予定地にコンクリの塊が投入され始めました。現地は緊迫しています。ここで記録映画を撮っている鎌仲ひとみ監督は、急遽、すべての予定をキャンセルして、現地に向かいました。

キャンセルされた予定の中に、森住卓さんの写真展でのトークがありました。それで、代役を買って出た次第です。尊敬するふたりの映像作家にまとめて恩を売れる、ではありません、恩返しできる機会なんて、めったにありません。会場はうちから近いし(^_^;)v

お近くのみなさん、会場でお会いしましょう。そこから上関・祝島のみなさんや鎌仲監督にエールを送りましょう。みんなでつながっていきましょう。核廃絶にかんするホットニュースも、そこでご披露します。

以下、さきほど流れた森住さんの告知です。


このお知らせはBCCで皆さんにお送りしています。
重複して受信された方、お許しください。
転送歓迎です。

いよいよ明日日本ビジュアルジャーナリスト会(JVJA)写真展トークに「世界がもし100人の村だったら」の池田香代子さんが助っ人に来てくださることになりました。

会場:キッド・アイ・ラックホール(京王線明大前下車徒歩1分)
    東京都世田谷区松原2-46-11
    TEL: 03-33322-5564
日時:11月13日(金)午後6:30から8:30
入場料1000円
定員:40名予約先着順です。
予約連絡先:
office@jvja.netまたは090-6101-6113です。

出演が決まっていた鎌仲ひとみ監督が、上関原発の現場が急展開したために急遽取材に行かなければならず、そのお詫びを昨夜お送りしたばかりだったのですが、メールを見た池田さんがこの穴埋めに私ができることならばと、ありがたい連絡を頂きました。

池田さんとは2002年イラク戦争前夜、私の写真と記事で作った冊子 英語版「Children of the Gulf War」を衆参両院全議員にくばり、イラク戦争に反対するように説得をされた時からのおつきあいです。

池田香代子(いけだ かよこ)さんのプロフィール

ドイツ文学翻訳家 口承文芸研究家
世界平和アピール七人委員会メンバー
ESD−J「国連持続可能な開発のための教育の10年」推進会議顧問
2001年9月11日、アメリカで起こった大惨事。それを機にアメリカがアフガニスタンに侵攻したことを受けて、『世界がもし100人の村だったら』を出版し、人々の"平和を願う”意識を呼び起こし、ベストセラーとなる。その印税で「100人村基金」を立ち上げ、NGOや日本国内の難民申請者の支援を行っている。

『ソフィーの世界』をはじめとする翻訳家として活躍する一方で、1955年に核兵器廃絶と世界平和の構築を目指して発足された、世界平和アピール七人委員会のメンバーも務める。
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森住 卓
Takashi Morizumi<
takashi@morizumi-pj.com>





誘惑のオペラ4 パパゲーノの場合

新日フィル定期演奏会プログラム連載の4回目は「魔笛」、2回目の「ドン・ジョヴァンニ」に続いて、モーツァルトです。オペラに限らず、モーツァルトは大好きです。とくにこの「魔笛」が。そしてパパゲーノが。

パパゲーノ役は、サイモン・キーンリーサイドが最高だと思います。ルックスも身のこなしも上品で、しかもケンブリッジ大学で鳥類学を専攻したキーンリーサイドが、鳥刺しと言いながら鳥のような衣裳が伝統となっているこの役を演じるなんて、完璧です。もちろん、歌の実力も折り紙付き、しかも、この役に要求される歌手としての節度を守り、「どうだ!」とばかりに声を張り上げない。これはもう、並の知性ではありません。


パパゲーノは、沈黙を守れば伴侶をあたえる、と約束されていた。パパゲーノにしかけられた誘惑は、しゃべる、ということだったのだ。このモーツァルトのオペラ「魔笛」では、沈黙は毅然と忍耐を表しているらしい。

パパゲーノとは何者か。それは本人から聞くのが手っ取り早い。まずは、有名な名乗りの歌から。

おいら鳥刺しいつでも愉快 ごきげんハイサホプサッサ
おいら鳥刺しこの国じゃ どなたさんにも知れた顔
鳥を捕らせりゃ天下一品 笛を吹かせりゃくろうとはだし
鳥はみんなおいらがいただき だからいつでもごきげんなのさ
娘捕る網あったらなあ 片っ端から捕まえて
みんな篭に入れちまう 娘はみんなおいらのものさ

パパゲーノは鳥を捕ることをなりわいとし、笛の名手で、陽気で、まだ独身のようだ。のちに結ばれるパパゲーナが、自分は18歳で「いい人」は10歳年上だ、と言っているから、28歳ということになる。

お調子者で、やってもいない大蛇退治を自分の手柄と吹聴するが、嘘がばれ、罰をあたえられるとしゅんとなる。もっとも、反省はしていないようだ。ただ、いっとき悄気ただけ。危険な任務に赴く王子の供をおおせつかると、「やなこった」とにべもない。渋々引き受けても、「いざとなったら、おいらは命を大事にするよ」とうそぶく。じつに打算的な臆病者だ。

打算と言えば、暗い谷間で水とパンだけという境遇から抜け出るには、老婆のプロポーズを受けるしかないとなれば、「なら婆さんでもいいや。いつまでもあんたを愛すよ、代わりが見つかるまで」と、ご都合主義まる出しだ。

試練をのりこえれば英知と伴侶が手に入ると諭されても、「けんかは嫌い、英知もいらない。おいら、ありのままの人間だもん。食って寝てればごきげんさ」と受けつけない。ありのままの人間──このあたりがパパゲーノの真骨頂だろう。次の歌などは、このオペラで価値ありとされているものへの、巧まざる批判になっている。

かわいい娘がパパゲーノの 女房になってくれたなら
おいら なんにも言うことない
ふたりで食べればなんでもごちそう 王様の気分だろう
賢者のように心楽しく 毎日が天国だ

なにもあくせく苦労して英知を手に入れなくても、愛しあう人がいてごちそうがあれば、気分は王様や賢者と同じというわけだ。

パパゲーノは生きていることの喜びを野放図に体現したような人物で、その楽しみは食べること、飲むこと、愛しあうこと、そしてしゃべること。努力や精進、忠誠や忍耐は願い下げなのだ。パパゲーノは、伴侶のいない寂しさをかこつことはあっても、自分の生き方にとっくりと満足し、また彼を取り巻く世界もそんなパパゲーノをやさしく受け入れていた。
 
ところが唐突に、これからは禁欲によってしか近づけない高次の世界がいいのだとされ、筋の上からは主役の王子と姫は、試練を乗り越えてその世界へと参入していく。パパゲーノは、そんな新旧の世界のはざまでほんろうされる。ほんろうされても、パパゲーノは自分を見失わない。「ありのままの人間」でい続ける。晴れて結ばれたパパゲーナとともに、たくさんの子どもに囲まれる幸せな未来を思い描く。

新旧の世界のはざまと言った。そう、このオペラは、メルヒェンの衣をまとってはいるが、前近代と近代が激しくぶつかる時代の潮目を描いたものだと思うからだ。

前近代、「宵越しの金は持たねえ」のは、なにも日本の前近代の申し子である江戸っ子に限らなかった。「明日のことは明日煩え、今日の苦労は今日一日でたくさんだ」という新約聖書の教えを地で行っていたのが、ヨーロッパの前近代だった。
 
そのクライマックスに花開いたロココ、その大輪の花であるモーツァルトが生み出した、もっともロココ的で魅力あふれる人物がパパゲーノだとしたら、彼が禁欲や努力を尊ぶくそまじめな近代の価値観を御免被るのは、いわば当然なのだ。今日食べるものがあればいい、それがごちそうならなおけっこう、いまが楽しいことがすべてというのが、前近代の真情だった。
 
たあいのないおしゃべり、これはまぎれもなく生きる楽しみのひとつだ。稀代のおしゃべり男パパゲーノの楽しい減らず口を聞いていると、それがしみじみと納得される。この「ありのままの人間」の喜びを奪われることに、パパゲーノは抵抗しなかった。抵抗するまでもなく、おしゃべりの誘惑にそのつどいそいそと乗った。誘惑に抗うという、誘惑につきもののダイナミクスは、パパゲーノに限っては生じようもなかった。パパゲーノが黙るのは、その口がごちそうで封じられるときだけだ。なんとも理路整然としている。前近代の論理に照らして、理路整然としている。
 
この理路が無惨にもうちくだかれ、退場を余儀なくされるのが、オペラのたてまえの筋だ。パパゲーノの同類とおぼしい、夜の女王の侍女たちは、女王ともども「永遠の夜」に堕ちる。あとには近代の光が白々しくみなぎり、わたしたちは快楽を得る前には禁欲と忍耐を旨として働かねばならないというモラルを、自明のように生きている。





オキナワのMARINEちゃん

パチンコには不案内です。でも、テレビにコマーシャルが流れるので、「海物語」という機種が人気で、マリンちゃんというビキニの女の子が主人公で、シリーズの最新バージョンは沖縄篇だということは知っています。

マリーン、Marineは「海」ですが、これにCorpsがつくと「海兵隊」になります。沖縄にいる、あのアメリカの海兵隊です。海兵隊だから海のある沖縄にいるのだ、と早合点するのは禁物です。海兵隊発祥の地はイギリスです。イギリスは島国なので、外国を攻撃するには海からということになりますが、海軍は上陸作戦を実行する軍隊ではありません。戦艦どうしが大砲を撃ち合ったり、陸に向けて艦砲射撃をしたり、ミサイルを発射したりするのが海軍です。それにたいし、海兵隊は海から上陸する斬り込み専門の部隊です。

アメリカは、イギリスにならって軍を整備したので、斬り込み部隊の名前は「海兵隊」になりました。でも、アメリカの海兵隊は、かならずしも上陸作戦をこととする部隊ではありません。海からであるとないとに拘わらず、先陣を切って突撃するための地上軍隊として発達したのが、アメリカの海兵隊なのです。

ここまで読んで、あなたは疑問に思いませんか? 米軍は日米安保条約にのっとって、日本防衛のために基地を提供されているはずなのに、敵地に攻め込む海兵隊がなぜ基地を、しかも米軍の海外基地としては最大級の基地を沖縄にもっているのか、と。「日本有事」に、海兵隊はいったいどこに攻め込むのか、と。かつてこのくにの首相は、「このくにはアメリカの核の傘と第7艦隊に守られている」と言いました。百歩も千歩も万歩も譲ってそうだとしたら、では敵地急襲部隊である海兵隊は、「日本防衛」にどのように位置づけられるのか、と。

「日本防衛」に、海兵隊はなんの役割も担っていない、というのが事実ではないでしょうか。周辺地域で戦火があがったとき、駆けつけてアメリカ人を救出する、という任務はあるでしょう。でもそれは、日米安保条約に規定された日本防衛とは関係ありません。それよりも、ラムズフェルド構想によって沖縄は「不安定の弧」の東の端と位置づけられ、中東にまで伸びるこの「弧」に出ていくための足場と位置づけられている、それが沖縄海兵隊のすべて、基地のすべてです。だから、海兵隊は当然のようにここで訓練をし、ここからイラクに出兵していったのです。日米安保条約とはまったく関係なく。

わたしは、そもそも日米安保条約に反対ですが、ここでも万歩譲って今はこの条約があることを前提にしても、そこから海兵隊が沖縄にいる大義名分は出てきません。沖縄に海兵隊基地がある理由は、どこにもありません。

普天間基地を嘉手納基地に統合することにも、辺野古に移すことにも、わたしは沖縄の人びとといっしょに反対していきたい。そもそも普天間は返還が本筋だったはずです。沖縄に似合うのは、海兵隊ではありません。ビキニのマリンちゃんです。


ここからは余談です。海兵隊は、訓練も厳しければ、隊員の気性も荒い。また、プライドも高いとされています。

2003年初頭、わたしはある元海兵隊員を招くアクションに参加しました。スコット・リッターという方で、除隊後は国連イラク大量破壊兵器査察官として長くイラクに滞在し、「フセイン政府にもっとも嫌われた男」という評判をとった方です。そのリッターさんが、イラク攻撃の迫るなか、「イラクの大量破壊兵器の95%は、自分たちが工場ごと潰してきた、今イラクには、世界の平和を脅かすような大量破壊兵器はない」と主張する本を出したのです。そうなると、こんどは「ブッシュがもっとも恐れる男」と呼ばれ、これはリッターさんの本の日本語版、『イラク戦争 元国連大量破壊壁査察官スコット・リッターの証言 ブッシュ政権が隠したい事実』(星川淳訳 合同出版)の帯文にもなりました。

その方に語っていただくことで、イラク戦争を回避したい、このくにがイラク攻撃についてアメリカを支持することを押しとどめたいと考えて、超ご多忙のなか、来ていただいたのでした。共和党支持の元海兵隊員は、「自国が間違った戦争をすることに、愛国者として反対する、日本はアメリカの友人なら、友人が間違ったことをしようとしているのだから、止めるのが友人というものではないか」と主張しました。

リッターさんは、すべての民放局の夜のニュースに出演し、ワイドショーの取材もうけ、もちろん新聞雑誌も大きく取り上げました。徹夜の分刻みのスケジュールもものともしないその姿に、スケジュール係としてついて回っていたわたしは胸が熱くなりましたが、「海兵隊員の体力は人間を超えてるんだよ」と教えてくれる人もいました。

もうひとり、海兵隊出身の方を知っています。沖縄在住の政治学者、ダグラス・ラミスさんです。強靱な論理力で平和の論陣をはっておられることは、たくさんの方がご存じでしょう。わたしは、ラミスさんとはPTAつながりがあるので、それを利用して『世界がもし100人の村だったら』の英訳に関わっていただきました。そのラミスさんに、年来の疑問をぶつけたことがあります。

「ラミスさんもリッターさんも、それからアレン・ネルソンさんも、反戦に大きな役割を担っておられますが、3人とも元海兵隊員ですよね。これは何か関係ありますか?」

「海兵隊員は、戦争のもっとも激しいところに投入される。戦争のもっとも悲惨な、もっとも非人間的な面を知っているのが海兵隊員だ、だから平和運動家が出るのだと思う」というのが、お答えでした。

海兵隊で、そうした目覚めをした人は幸運だと思います。兵士として、不安で荒んだ日々を送り、いきおい基地周辺で事件を起こしもし、多くは除隊後も精神を病んで社会復帰できず、もちろん負傷し、劣化ウランの後遺症に悩んでいます。命を落とす人が多いのも、海兵隊です。

そして、海兵隊に志願する若者のなかには、経済的に恵まれず、したがって学校でも思うような成果をあげられず、将来の展望が開けないなか、「軍のエリートである海兵隊員にならないか」とリクルートされて入隊する人が多い。そういう若者もまた犠牲者の側面をもつことを、忘れるわけにはいきません。





人為の果ての核兵器と自然 名古屋で話したこと

世界平和アピール七人委員会はこのたび名古屋で、来年この地で開かれる生物多様性条約会議(COP10)に関連した集まりを、各委員の出前講演をふくめて、9回、もちました。わたしは、きょうの津市立瀬尻小学校での「授業」を最後に、帰京します。

委員会が先週金曜日に発表した「いのちを大切にする世界を目指して 生物多様性条約第10回締約国(2010年)に向けてのアピール」にちなみ、自然と人間のかかわりについて、わたしは名古屋でおよそこのような話をしました。


地名には、人と自然のかかわりが標(しる)されています。

ドイツには、パッサウ、ハーナウ、そしてナチの強制収容所のあったダッハウなど、「アウ」で終わる地名があります。「アウ」は、「川が蛇行して肥沃な土が堆積した場所」です。氷河に削られ、全体に地味(ちみ)が悪いヨーロッパでは、このような場所は貴重で、古くから人が農耕をいとなみ、住みついてきました。

ドイツの中世以来の歴史は、開拓の歴史です。ブーベンロイト、音楽祭がひらかれるバイロイトなどの「ロイト」は、「開墾」という意味です。「ブーベン」は若者という意味なので、ブーベンロイトは「若衆新田」といったところでしょうか。次男坊三男坊が開拓団をつくって村を出ていく情景が目に浮かびます。「バイ」は英語とほぼ同じ意味なので、バイロイト音楽祭は「脇墾田音楽祭」です。

ドイツで目立つのは、「インゲン」で終わる地名です。刃物で有名なゾーリンゲン、大学町のゲッティンゲン、やはり音楽祭がひらかれるシュヴェツィンゲン、ロートリンゲン、テュービンゲンなど、たくさんあります。この「インゲン」は、森が後退する、という意味です。人びとが原生林を切り開いて人間の領域を広げていったことを刻印する地名です。

昔、人間の技術力は、自然と共生するしかない水準でした。けれど、時代が下ると状況は変わります。北ドイツのリューネブルクのそばに、リューネブルガーハイデという場所があります。地平線の彼方まで、見渡すかぎりヒースや灌木しか生えない、ぬかるんだ荒れ地です。ルール地方の石炭が使えるようになるまで、製鉄にはドイツでも木炭を使っていました。ここも豊かな森だったのですが、すべて切り出して炭に焼いてしまいました。ここまで破壊されると、自然は自然の力だけでは復元できません。何百年たっても不毛の地です。その気になれば、植林技術で森の再生も可能なのですが、ドイツでは、この自然破壊という負の遺産を、教訓のためにあえて保全しているのです。観光地になっていますので、もしも北ドイツに行かれる機会があったら、立ち寄ってみてください。

「ハイデ」は、辞書には「原野、荒野」とありますが、このように、人の手が加わっていないという意味での原野ではないのです。「荒野」が適当かと思います。

人間は、行き過ぎた開発だけでなく、戦争によっても自然にダメージをあたえます。この季節、ドイツからアウトバーンでフランス国境を越えると、いきなりみごとな紅葉が広がります。ドイツの紅葉は貧しいのです。第二次世界大戦末期、連合国はドイツの都市だけでなく、森林にも徹底的な空爆を加えました。ドイツの森というと、もみの木が前へならえをしているような印象がありますが、それらはすべて戦後植林されたもので、ドイツの森には、かつては落葉広葉樹がうっそうと生い茂っていました。そうでなければ、そこだけはもともと針葉樹が多かったことから生まれたシュヴァルツヴァルト、「黒の森」という地名はありえなかったはずです。

わたしがドイツに暮らしたのは、30年ほど前ですが、当時は冷戦まっさかり。旧東西ドイツは全土にアメリカとソ連の核ミサイルがびっしりと配備されていました。まるで2匹のハリネズミです。なにかがあれば、それらがいっせいに発射され、ドイツは滅びる、と本気で考えられていました。若者たちはとほうにくれ、捨て鉢になっていました。それから20年もたたないうちにベルリンの壁がなくなり、冷戦体制が終わるなど、当時は想像もできませんでした。

冷戦が終わったいまもなお、世界には27,250発の核兵器があります。オバマさんがなくそうと呼びかけた、このとほうもない数の核兵器が、わたしたちだけでなく、すべての生命と自然を脅かしています。これをなくすことは、すべてのわたしたちの責務だと思います。

このあと、27,250個のBB弾を核兵器に見立てて金属板に落とす、「OVERKILLED」という、橋本公(いさお)さんのDVD作品を上映しました。すさまじい音といつまでも終わらないのではないかとすら思えてくるBB弾の洪水から、ご覧になったみなさんは強烈な印象を持ち帰ってくださったのではないかと思います。





二人の少年は何を書いたか&わたしのエシカルファッション

10月29日にご紹介した二人の少年の作品が、グリーンピース・ジャパンのサイトにアップされました。「グリーン&ピース賞」のウェブ上発表です。

ここ
をクリックして、ぜひお読みください。二人の写真もあります。

わたしも写っていますが、原稿の読み上げを間違ってはいけないので、老眼鏡をかけています。そして、グリーンピース・ジャパンにふさわしいエシカルファッションです(「こういうときだけかい!」ではありません)。

タイにすむ日本人デザイナーが、伝統的な手織り職人に「春の曙」とか、「夏の夕暮れ」とか、イメージを伝えて、あとは彼女たちの想像力で自由に織ってもらった布でできています。もちろん、伝統的な自然素材と自然染料をつかっています。その布をもちいて、かれが日本人向けにデザインして縫製も現地でおこない、日本でフェアトレードのお店が販売しています。2万円台と、手織りにしてはリーズナブルですし、わたしは、服はすり切れるまで着ることにしているので、長持ちする服は、結局、安あがりです。しかも、この服は村の経済を豊かに支えています。このくにの、フェアトレードをビジネスとして成り立たせようとがんばっている若者たちにとっても、心強い商品です。

服は、女性用と男性用が半々です。写真では、モデルのせいもあってよくわからないとは思いますが、もちろんとてもセンスがいい。フェアトレードのお店に行かれたら、尋ねてみてください。ちょっと宣伝でした。

追記
10月5日の記事、「検証『イラク戦争何だったの!?』を訂正しました。賛同人が増えたためです。10日の院内集会、つごうのつく方、ご参加ください。





世界平和アピール7人委員会@名古屋

名古屋にいます。心なしか、夕闇の迫るのが、東京より遅い気がします。

11月はわたしも参加している世界平和アピール7人委員会の誕生月にあたるので、毎年、各地で講演会などを開いています。今年は名古屋です。来年この地で生物多様性条約会議が開かれるので、そのプレイベントという位置づけです。

委員会は、会議に向けてアピールを発表しました。

きのう6日(金)は、名古屋学院大学でお話をし、ボランティア活動をしている学生さんたちの頼もしくも明るい報告を拝聴しました。市民の方の参加も多く、開かれた町の大学、という感じがとてもすてきでした。キャンパスの隣にそびえるのは、国際会議場、来年の生物多様性条約会議の会場です。

きょう7日(土)は午後と夜、2回の講演があります。くわしくは、
7人委のサイトをご覧ください。参加は申込制ですが、受付で「池田のサイトを見た」とおっしゃっれば、入れると思います、というか、入れるよう、池田が駆けつけます。

あした8日(日)は、
金山アスナルでのイベントに参加します。モアイ像をつくるなど、お子さんも楽しめるプログラムですので、お近くの方はぜひ。





日本ハム・ダルビッシュって面白い

投げているところを見たことはありません。写真ぐらいしか。かっこいいですよね。高校生のころから、実力も人気もたいしたものだとか。わたしはプロ野球に疎(うと)いので、そのくらいのことしか知りませんが、でも、「日本ハム・ダルビッシュ」とは面白いことばの組み合わせだなあと思います。

まず、球団名の日本ハム。このくにの伝統食では、肉食は特例的だったので、ハムという保存食は明治以降に入ってきて、戦後しばらくしてから一般に広まりました。「日本」と「ハム」は出会って日が浅いのです。

そして「ハム」と「ダルビッシュ」です。ダルビッシュ選手のお父さんはイラン人、つまりイスラム教徒です。選手は有(ゆう)さんという名前ですが、ほんとうは「あり」と読み、これはイスラムの聖人「アリー」にちなんだ名前だそうです。ですから、選手本人はもしかしたら豚肉からつくるハムを食べるかもしれませんが、名前からすると、食べないことが前提になっている。「ハム」と名前としての「ダルビッシュ・アリー」は交わらない。

たがいになじみの浅い、あるいはなじまない「日本」と「ハム」と「ダルビッシュ」が合わさって、あの長身でハンサムな若きプロ野球選手ができあがり、ファンの声援を集めています。面白いと思うのはそのことです。

この列島に生きてきた人びとは、他者を否定せず、なんとか折り合いをつけることで、混淆のなかから生活様式を編み出してきました。「折り合う」は、古くは「居り合う」と書いたように、異質を前提にした集団がひとところで生きるためにおたがい妥協することでした。自然信仰や祖先信仰の地付きのカミも、記紀の外来のカミも、そして仏も、すべて折り合いがつくとしてしまう過激なほどの多文化共生が、この列島の真骨頂なのでした。

島国根性と言いますが、島国なら大海原にひらかれていますから、人びとはそれを前提にさまざまなことがらを発想しました。真の島国根性はあけっぴろげなのです。幸は海のかなたから流れ寄るものでしたし、海の向こうにはすばらしい世界がある、あるいは死後はそこに行けるとする観念は、沖縄からずっと黒潮の流れに沿って広がっています。また近世、ヨーロッパから列島にたどりついた何人もの人びとが書き記しているのは、わらわらと浜辺に集まってくる大人や子どものほほえみと、控えめで礼儀正しいふるまい、そして質素だけれど清潔な衣服です。人びとは、海からやってくる「異人」を撃退するのではなく、歓待したのでした。

それがおかしなことになったのは、万世一系の貴い家系があって、すべての人はその分家だという、コテコテ内向きの純血イデオロギーでこの列島をまとめようとした、近代以降のことではないかと、わたしは疑っています。当時の世界情勢からは、まとめる以外に選択肢はなかった、だからそこには一定の合理性はあった、という見方はありうるでしょう。

でも、もういいかげんそうしたイデオロギー、つまりは物語ないし共同の幻想は、存在理由を失っていると思います。みんなそれを心の深いところで知っていて、いつのまにか列島の本然に戻っている。だから、ダルビッシュ有選手に、日ハムファンだけでなく、女性たちも夢中になるのだと思います。これこそこの列島にいにしえより培われてきた正統な伝統です。いい光景です。





検証「イラク戦争何だったの!?」

答弁に立った大臣が、間違えて野党の議員に「大臣」と呼びかけるといった、新鮮でおかしな場面があったり、野党の大物がふんぞり返って恫喝し、却って虚勢がばればれになったり。試運転中みたいなところもある国会ですが、さまになってきたと感じたのは、きのう衆議院予算委員会に石破元防衛相が登壇したときでした。じつに堂々とした野党っぷり。安保防衛や憲法解釈について、意地悪さも加味しつつ、いつもの独特の調子で持論を展開していました。政府の面々は、それを理詰めでよく押し返していたと思います。

そのなかで、鳩山首相は何度か、イラク戦争は誤りだった、と発言しました。当時の野党として自衛隊派遣に反対したことも、改めて確認していました。空自の情報開示に続いてまたひとつ、わたしたちは政権交代の果実を味わっています。

けれど、戦争そのものも自衛隊を出したことも誤りだった、そう首相が国会で表明しただけでは不十分だと、わたしは思います。なにがどう誤りだったのか、このくにはその誤りになぜ、どのように誤った関与をしてしまったのか、きっちりと検証しないことには、また同じ誤りを繰り返しかねません。

政府は、アフガンに自衛隊を出す気はありません。その論拠をより強めるためにも、イラク戦争とそれへのわたしたちの関わりを専門家の目で検証することは、避けて通れない作業だと思います。市民が国会や政府を動かして、戦争への関与を検証させるくにだということを示せば、来週来日するオバマ大統領は、アフガン支援にしても沖縄や岩国などの基地のことにしても、このくにの政権の決定に一目も二目も置かざるを得なくなるでしょう。

なんと言っても、わたしたちはイラク戦争に関わってしまったのです。混迷を深めるイラクの現状にたいし、今そこで苦しむ人びと、これからもずっと苦しむことになるであろう人びとにたいし、わたしたちはクリーンハンドではありません。わたしたちの政府が、わたしたちの税金をつかって、イラク戦争という巨大な愚行に深く関与してしまったのですから。

このたび、イラク戦争の検証を求める市民グループが旗揚げしました。10日にはキックオフの院内集会が開かれます。東京地方の方、ぜひご参加ください。


〈イラク戦争何だったの!?ーイラク戦争の検証を求めるネットワーク〉

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イラク戦争何だったの!?
―イラク戦争の検証を求めるネットワーク キックオフ集会

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 このたび、イラク戦争の検証を求める市民グループが旗揚げしました。政権交代に伴い、日本の外交や国際貢献のあり方が論議されていますが、イラク戦争支持・支援が問い直されないままでは、私達は前に進むことができないでしょう。むざむざと殺されたイラクの人々の無念を晴らすためにも、民主主義国家としてのアカウンタビリティーを示すためにも、政府が調査委員会を設立するよう求める、国民的な運動を広げていく。10日のキックオフ院内集会は、その第一歩となります。是非、多くの方々にご参加いただければ幸いです。

【日時】11月10日(火)14〜15時(13時半開場) 
【場所】衆議院第二議員会館第四会議室
【主な内容】
13:30 開場
14:00 挨拶・趣旨説明
14:05 呼びかけ人から
   (池田香代子、高遠菜穂子、谷山博史、野中章弘)
14:25 国会議員から
14:45 今後の行動について
14:50 メディア質疑応答
15:00 閉会・撤収      

*当日は議員会館ロビーに案内係がいます。
*本件についてのお問い合わせは、
regretiraqwar@gmail.com  
または 090-9328-9861 090-9328-9861(志葉)まで。


イラク戦争何だったの!?
―イラク戦争の検証を求めるネットワーク 設立趣意書

 この度、私たちイラク支援やイラク報道、反戦運動に関わった者たちは、旧政権によるイラク戦争支持・支援の検証を新政権に求め、広く呼びかけていくことにしました。

 2003年3月、世論調査で8割の人々がイラク戦争に反対していたにもかかわらず、小泉純一郎首相(当時)はこれを無視し、国連安保理決議を得ていない米国の攻撃を支持しました。しかしその後、開戦の最大の根拠であった「イラクは大量破壊兵器を保有している」という情報も誤りであったことが判明し、ブッシュ元米大統領もそれを認めました。にもかかわらず戦争は拡大され、イラク市民・多国籍軍兵士の死者数はさらに増えていきました。日本は「人道支援」の名目で自衛隊を派遣しましたが、2009年10月、防衛省の情報公開により、イラクにおける航空自衛隊の活動の大半が米軍などの多国籍軍の兵員・物資の輸送であったことが明らかとなりました。
 

 イラク戦争は、最悪レベルの人道危機をもたらしました。WHO(世界保健機構)の推計は民間人15万人が殺されたとし、ジョンズ・ホプキンス大学の調査のように数十万人単位が殺されたとする推計もあります。そして現在もなお、使用された劣化ウラン弾やクラスター爆弾などによる被害は後を絶ちません。治安も安定せず、毎日10人以上の市民が、攻撃や爆弾テロ等で命を失う中、イラク国民の約6人に1人が国内外で避難生活をおくり、その多くが極度の貧困にあえぐなど、状況はむしろ深刻化しています。  

 これを直視するか否かは、平和国家・民主主義国家としての日本のあり方が問われる問題でしょう。既に英国では、イラク戦争参戦の経緯や軍事攻撃の合法性について検証する独立調査委員会が設置されました。今後、私たち日本の市民の平和的生存権が尊重され、戦争への加担を繰り返さないためにも、殺されたイラクの一般市民の無念を晴らすためにも、日本においてもイラク戦争支持・支援の是非の検証が行われるべきです。そのために、私たちは以下のことを求め、活動していきます。


1)「イラク戦争支持の政府判断に関する見直し」「自衛隊イラク派遣の判断の是非」「イラク復興支援への日本の関わり」の3点を検証する、独立の第三者委員会を政府が設立すること。同委員会が、事実関係についての情報開示や調査を行い、個人も含めた道義的・法的な責任の所在を明らかにすること。

2)調査委員会による検証や、そのプロセス、最終報告などが、最大限公開され、誰にでもアクセスできるようにすること。

3)検証による最終報告を受けての、日本政府としての見解を国内外に発表するとともに、必要とされる人道支援、被害者支援を行うこと。


呼びかけ人:
池田香代子(翻訳家/世界平和アピール七人委員会)
鎌田實(医師)
川口創(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会)
佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク事務局長)
高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)
谷山博史(日本国際ボランティアセンター代表理事)
野中章弘(アジアプレス代表)
志葉玲(ジャーナリスト)

賛同人(09年11月5日現在、敬称略・50音順):
相澤香緒里/相澤恭行(NPO法人PEACEON)、足立力也(コスタリカ研究家)、池住義憲(自衛隊イラク派兵差止訴訟の会)、石田きみえ(今とこれからを考える一滴の会)、石塚淳(Chance! pono2)、伊藤和子(弁護士)、 岡林信一(市民社会フォーラム)、Cazman(Chance!pono2)、鎌仲ひとみ(映像作家)、きくちゆみ(グローバルピースキャンペーン)、清末愛砂(島根大学専任講師)、小原美由紀(ピースウォーク金沢)、佐藤博文(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会)、園リョータ(憲法カフェ)、高田健(World Peace Now)、寺中誠(人権活動家)、七尾寿子(イラクチョコ募金の会)、西方さやか(イラクホープネットワーク)、西谷文和(イラクの子どもを救う会)、nob(Chance! pono2)、星川淳(作家/翻訳家)、原文次郎(日本国際ボランティアセンター)、布施祐仁(ジャーナリスト)、細井明美(イラクホープネットワーク)、増山麗奈(LAN TO IRAQ/『ロスジェネ』編集委員)、 山縣忍(セイブ・イラクチルドレン名古屋)、遊牧民(自衛隊イラク派遣差止名古屋訴訟原告)





「すげーうめー!」

先日、ある教育者とお話をしました。先生は、若者のことばの乱れを憂慮しておられるような印象をうけました。

乱れとは、ある標準や基準があって初めて認識されるものです。日本語には共通語とされるものがあって、それはそれで便利です。遠方に行くと、相手の方のお話が半分もわからなくて往生することがたまにあって、共通語の便利さを改めて噛みしめたりします。

江戸時代、共通語は武士の間や花魁(おいらん)とのやりとりぐらいにしか存在しませんでした。ですから、伊賀と江戸のことばしか解さなかったであろう松尾芭蕉が、宿のふすま越しに漏れ聞こえてくる越後の女たちの話を理解できたはずがないと、わたしは思います。あれは創作。松尾芭蕉という文学者の嘘です。

それはともかく、ことばの乱れを嘆く心性は、国家が一糸乱れず統一されているのをよしとする心性とどこかでつながっているようで、どうも苦手です。それはいわゆる上から目線でなされる取り締まりの色合いを帯びています(「目線」という語の多用も気になる現象ですが、それはまたこんど)。

かつて、「ら抜きことば」が話題になったころ、それを翻訳に使ったというので、やり玉に挙げられました。『ソフィーの世界』でのことです。NHK教育の番組で、ゲストの「識者」に「困りますねえ」なんて言われてしまいました。こういうのは、こちらに反論の機会がないので、それこそ困ります。

「ら抜き」は名古屋地方などでは古くから使われているれっきとした活用です。「られる」だと、可能か受け身か尊敬か、とっさの判断が要求されるので、聞く者に緊張を強います。「ら抜き」なら可能の意味しかないので、わたしは合理的だと思います。

ことばには、時代を経るにつれて合理的に、シンプルになっていく傾向があります。インド・ヨーロッパ語族のなかで、確認できるもっとも複雑な文法をそなえているのは、現存する最古の文書に使用されたヴェーダ語で、もっともシンプルなのは英語です。英語で「三単現のs」と言ってしまえる活用の法則は、ヴェーダ語だと厚さ2、3センチの本になります(そのドイツ語の本はもっていますが、トホホなことに読んでいません)。シンプルさをめざすのは、ことばに内在する生理のようなものです。

そうは言っても、わたし個人は話しことばでも「ら抜き」は使わないし、書きことばで使うときも、「ら抜き三原則」を定めています。それは、
・可能か受け身か紛らわしい(尊敬は区別できます)
・複合動詞である
・原則、話しことばである
たとえば、「狐が……入って来れないように、垣根を直したんだよ」というようなばあいなどです。

ことばは変化する生き物です。自分は「着れる」「食べれる」とは言わない、という方針を立てるのはいいとしても、「ら抜き」を使う人に眉をひそめるのは、わたしは僭越だと思います。「ら抜き」どころか、このあいだは音便まで否定する方に会って、面食らいました。その方はたとえば「すいません」が許せない、「すみません」でないとだめだ、と言うのです。書きことばなら不適切な場面もあるでしょうが、話しことばで「すいません」がだめだなんて、厳しすぎるとわたしは思います。

かく言うわたしも、最近の若者ことばで気になることがあります。それは、女性のぞんざいな物言いです。「めし」「くう」「すげー」「うめー」など、おとなの神経を逆なでにすることを意図しているのなら、まだわかるのです。女ことばと男ことばに違いがあるなんておかしい、という異議申し立てですし、社会批判だからです。若者の反抗は、反抗される側としては受けて立つ覚悟を固める以外ありません。さあ、どこからでもかかってらっしゃい、というわけです(反論の根拠は「お姉ことば」の効用にありますが、これもまたこんど)。

ところが昨今は、そういう意識もなく、これらがぞんざいなことばだという認識もなく使われているようなのです。テレビでかわいらしい女性タレントが、「うまい」なんて言っているのを聞くと、古い人間としてはどう反応していいのかとほうに暮れ、虚脱感を覚えます。





貧困ビジネスとしての激安ジーンズ エシカルファッションのすすめ

ユニクロの990円に始まって、西友の850円、そしてついにドンキの690円。激安ジーンズの話題が続きます。30代の人が言っていました。

「どうかと思うんだよね。そんなに安いの買わなくてもよさそうな人まで、ノリで買ってる」

たしかに、うわっと思う値段です。興に乗って1本買ってみる、ということはおおいにあるでしょう。わたしも、3人の子どもたちがちいさかったころなら、理性を働かせてこの価格の誘惑に勝つことができたかどうか……。

これらは、工賃の安い中国で縫製し、流通のむだを徹底的に省いて、製造から販売までを自社でコントロールすることで実現する価格帯だと言います。一般に商品価格には製品の置き場所、つまり倉庫代がばかにならないそうです。工場からお店へ、その中間の滞留をいかに短くし、しかも店頭での品切れをいかに防ぐかに、各社の担当はエキサイティングな毎日を過ごしているのではないでしょうか。

それでも、です。ジーンズを縫っている人びとは、満足な賃金を払われているのだろうか、健康を害するような環境や労働時間を強いられてはいないだろうか。気になります。原材料の綿花は、もっとも農薬を投入される農産物だそうです。口に入らないものなので、いきおい減農薬の契機も弱く、綿花はまさに大地をあとさき考えずに収奪汚染して得られる工業製品として、超大量生産されているのが現状です。

水も大量に使います。1960年代までは世界で4番目に大きな湖だったアラル海が、おもに綿花栽培のためにいまや消滅の危機にあることは、よく知られています。テレビで見ましたが、砂漠のまん中にうち捨てられた漁船、朽ち果てた巨大なカンヅメ工場、ゴーストタウン、肺結核に苦しむ、取り残された人びと。悪夢のような光景がどこまでも続き、ここにかつて太ったチョウザメの群れが躍り、ペリカンなどの渡り鳥の大群が飛来し、周辺には果樹園がひろがり、威風あたりを払う大型のトラが徘徊していたなど、信じられません。その北岸は、インド・ヨーロッパ語族発祥の地と言われるように、自然がとくべつ豊かな恵みを人類にあたえてくれたと言うのに。

690円のジーパンを素肌に穿くことに、自分の健康を思ってだけでなく、恐れのようなものはないのでしょうか。これを縫った誰かの人生を痛めているかもしれないという、グローバル経済の負の面にたいする、そして綿花農民の健康と大地を蝕んで得られたものだということにたいする恐れはないのでしょうか。

国内の縫製業は、それでなくても壊滅に近く、中国やベトナムなどからのいわゆる研修生の廉価な労働力でようやく命をつないでいます。デニム地も同様で、四国でデニムの糸を作っていた大手の工場も、今年閉鎖されました。その結果、職を失い、あるいはもっと条件の悪い仕事に流れ、ジーンズに690円しか出せない層がますます増える。デフレの典型です。貧しい人びとが、生きようとすればするほど自分の首を絞めることになるのが、野放図に経済合理性だけを追求するグローバル経済の、先進国での姿です。激安ジーンズは貧困ビジネスが100円ショップや格安衣料品チェーンの枠を超えて、いよいよ流通一般にあふれ出したことの象徴かもしれません。それが抵抗なく受け入れられている、それどころかもてはやされている。

ときに、あなたは1本のジーンズを何年ぐらい穿きますか? Tシャツは? イギリスのあるメーカーは、Tシャツは平均30回洗濯したらお払い箱になる、としています。そんなに短命なのかと、驚きましたが、あるイギリス人が、「そんなばかな、自分はもっと着る」と言っていますから、まあ、メーカーの希望的観測の入った数値と受けとめておきましょう。

安い衣料がお店に溢れているのは、ありがたいことです。でも、安いからと言って、気分に任せて買うのは、もうそろそろやめにする時が来ているのではないでしょうか。すこし高くても、ほかでやりくりすれば購(あがな)えるのなら、健康にも環境にもいい、そしてつくる人への気遣いのこもったオーガニックコットン製品を買う、そして長く着る。そのためにも、ほんとうに好きだと思えるものを選ぶ。着終わったあとのことも考えられれば最高です。アウトドア製品で有名なアメリカの「パタゴニア」のように、着なくなった服を持ち込めば、引き取って再生コットンにしてくれるメーカーもあります。

極端に安いジーンズが、その背景への想像力によってシラケられてかっこ悪いということになり、「環境や社会に配慮した工程・流通で製造 された商品を選択する」、エシカルファッションこそがかっこいい、という大きな波が来ることを願ってやみません。ほら、小林武史さんたちがもうとっくに始めているじゃないですか。





車中政談 アフガン

電車の中で、30代か40代の男女が、熱中して話していました。こんなところで政治の話なんて、珍しい。かなりの大声だったこともあり、わたしは本を読むふりをして、思わず聞き耳を立ててしまいました。

「岡田外相が会ったとき、カルザイ大統領は、インド洋の給油のことは、延長してくれともなんとも言わなかったんだって?」
「そりゃそうよ、なんたって弟が麻薬王なんだもの。アラブ海域の艦船は、麻薬取引も見張ってるんでしょ」
「クリントン長官も、延長するかどうかは日本が決めることだって言ったんだって?」
「そりゃそうよ、カルザイ兄弟はCIAのエージェントで、かれらの麻薬取引をアメリカが知らないはずはないもの。本気で取り締まる気なんて、初めからないのよ。万が一、とっつかまえた麻薬密輸船にカルザイの弟が乗ってたらえらいことになる」
「まさか」
「冗談よ。でも、弟の麻薬取引とCIAのことはニューヨークタイムズに出てた」
「それは民主党系の新聞だろ? オバマ大統領がアフガンに増派しようって時に、なんでそんな足を引っぱるような報道するんだ?」
「さあ……軍からは4万人増派を言ってきている。それでも勝てるかどうかはわからない。1万人増派っていうのは中途半端で、失敗するのは初めからわかりきってて、この作戦で住民にも米兵にも相当の犠牲者が出る。失敗の原因をカルザイになすりつけるために、腐敗ぶりをリークしといたんじゃないのかな」
「オバマは失敗するってわかってる作戦に、兵士をつっこむのか」
「怖いよねえ、権力者のやること」
「プレデターって無人機の攻撃を、ブッシュ政権は最後のころに、それまで『目標』がいる確率90%以上に限ってたのを50%に下げた。オバマになっても、同じペースでパキスタン領を攻撃してる。今年に入ってから41回だそうだ。民間人もたくさん殺しているのに、米政府は『合法的』だと言い張っている」
「めちゃくちゃじゃない。アメリカはいつパキスタンに宣戦布告したのよ。オバマに変わっても、結局アメリカは変わらないんだろうか」
「最近のオバマはくらーい顔してるよね。あの顔で日本に来るんだろうか」
「その前に、ブッシュが来るね。3日に後楽園球場で日本シリーズの始球式に出るんだって?」
「日本シリーズのチケットを手に入れるような日本人は靴なんか投げないって踏んでるんだろうね」
「なめられたものね。『靴をもって集まろう』って呼びかけてる人たちもいるらしいけど」
「普天間のことでは、鳩山は思いっきりもたもたするのがいいと思うな。アメリカが財政難で沖縄の基地を維持できなくなるまで」
「それは、恨みを抱く口実を相手にあたえてしまうから、得策ではないかもしれないよ」
「でも、『思いやり予算』はカットするって、来日前のオバマにブラフをかけてる。やるじゃん、鳩山」
「やってもらわないと困るよね。基地の中のマクドナルドの従業員の給料まで、日本の税金で払ってるんだから」
「ええーっ、そうなの? じゃあ、マックは人件費払わなくてすんで、丸儲けじゃないか」
「そういうばかなことがほかにもいろいろあるらしい」

ここまで聞いて、あるいは盗み聞きして、わたしは電車を降りなければなりませんでした。ほかにもいろいろって、気になります。続きが聞きたかった。





「あっ、コノヤロ!」の街頭インタビュー 電気料金とメディアリテラシーと原発

数日前、テレビのニュースで、街角で呼びとめられた人びとが答えていました。

「高くなる? 困ります、困ります」
「条件に恵まれた一部の人が得するってのはなんだかねえ……」

あなたも、何のことだかわからないまでも、そりゃそうでしょう、と思われたのではないでしょうか。質問は以下のようなものだったようです。ようです、と言うのは、質問者の声はカットされていたからで、じっさいの質問はナレーションからの想像の域を出ません。

「太陽光発電のあまった電力の買い取り料金が2倍になって、その費用はすべての消費者の電力料金に上乗せされることになりますが?」

「高くなると言っても、世帯あたり100円とかでしょ? みんなが月100円出せばクリーンな発電が増えるなんて、いいんじゃないですか」なんていう「太っ腹な」答えは皆無だったのかどうか、紹介されませんでした。負担は月100円程度という情報自体、質問に含まれていたかどうかわかりません。含まれていなかったとしたら、マイクを向けられた人がたまたま情報通でもないかぎり、こうした答えは期待できません。また、「うちもこの際、太陽光やろうかなって考えてるところです」と言う人も、ひとりぐらいいてもいいと思うのですが、いませんでした。

ニュースは、一見いいことのようでもマイナスの側面もある、と伝えたかったのでしょうか。いえ、そんな公平性や目配りの問題ではなくて、隠された質問のしかたそのものにある意図が隠されており、その意図に沿った「町の声」が選ばれたのだ、とわたしは勘ぐってしまいました。もちろん、わたしたちの側にも、問題はあるかもしれません。不意をつかれた時はとくに、期待される受け答えをしてしまう、相手がマスメディアならなおさらという、弱気や迎合の心理です。

料金上乗せということ自体、わたしはふざけた話だと思います。それでなくても、このくにの電気料金はべらぼうに高いのです。それは、発電にかかった費用にたいする利潤率が、法律によって保障されているからです。お金のかかる発電をすればするほど、電力会社はもうかる仕組みです。

どれほど高いか、ちょっと古い数字ですが、エネルギー庁によると、2001年の電気料金は、日本を100とすると、アメリカが45、原発大国のフランスは52です。注目すべきは、自然エネルギーへの切り替えが着々と進んでいるドイツが66だという事実です。

巨大電力会社が国家に守られながら地域を独占して、発電から送電まで引き受けているこの光景は、異常です。「六ヶ所も祝島も玄海も、鍵は規制緩和・構造改革!」に書いたとおりです。電力の小売り自由化は、始まってかれこれ10年になりますが、あまり普及していません。いろんな発電事業者が出てくれば、電気を買うとき、安いとか、発電方法がクリーンだとか、選ぶことができます。選択の余地があれば、クリーンな電気を望む人は多いでしょうから、クリーンで再生可能なエネルギーを使うちいさな発電所が増え、地域に適した発電のしかたを工夫する地場産業が生まれ、雇用が増え、技術開発が進みます。太陽、用水路の水、風、波、バイオマス、そして地熱を組み合わせて電気がまかなえれば、石油にしろ石炭にしろウランにしろ、すべて輸入に頼っているこのくにのエネルギー安全保障の面からも、いいことづくめです。

CO2の25%カットオフなんて、あっさり実現します。原発が増えるとそのバックアップのために火力発電所もその発電量も増えることを、電力会社も政府もメディアも触れたがりませんが、CO2の10数%は、原発併設をふくめた火力発電所から出ているのです。

鳩山政権が原発推進の政策をとると表明したことに、わたしはさして失望しませんでした。それは民主党マニフェストで織り込み済みだったからです。でも、暮らしをおびやかし、将来に禍根をのこす原発は、廃止へと向かうべきだと考えるなら、電気料金上乗せはおかしな話ではありますが、月100円で未来を買うのだと割り切ってくださる方が、テレビのインタビューに反してじつは多いことを、わたしは願っています。

テレビを見るとき、新聞を読むとき、それはコマーシャル枠にかぎらず、すみずみまで広告主の息がかかってることに注意を払うべきだと思います。その筆頭は電力会社です。だって、ガス会社が部分的に競合する程度なのに、なぜあんなに大量のコマーシャル枠を買う必要があるのでしょう。なんとしてもクリーンエネルギーによる分散型小規模発電を普及させずに原発利権を守りたい電力会社が、マスメディアをつうじてわたしたちを毎日せっせと洗脳していることを、しかもその広告料はわたしたちの電気料金から出ていることを忘れずに、マスメディアを色眼鏡で見る技を、わたしたちは磨く必要があると思います。

電力買い取り価格倍増に続いて、来年からはあまった電気だけでなく、発電した電気をすべていったん電力会社に買い取らせる制度が始まりそうです。きのう、菅直人副首相がそう発言しました。高速スタートを切ったさしもの新政権も、思うように削れない予算という分厚い壁にぶち当たって動きが鈍ったかと思いきや、またしても次の手を打ってきました。この動きを原発廃絶につなげることができるのは、原発推進の民主党ではなく、わたしたちの意志にほかなりません。





アクセスの多かった日の記事 10月

ブログを始めてから、4カ月がたちました。あっというまの4カ月でした。「笑いながら怒っているブログ」との評を複数いただいています。竹中直人さんの「笑いながら怒るオジサン」という至芸みたいで、ちょっとうれしい。

いえ、よろこんでいるばあいではなくて、それはこの右上の笑っている写真の効果でしょう。これは5年ほど前のものです。アラ還の5年の経年変化には、大きなものがあります。近日中になんとかしたいと思っています(写真を近影に変える、ということです)。

今月になって、管理ページのアクセス解析で、1時間単位のアクセス数がわかることを知りました(トロい話です)。朝の3時台4時台に、パソコンから、携帯電話からアクセスしてくださっている方がた。どんな方のどんな生活の一齣(こま)なのだろうと、ちょっと胸が熱くなります。

朝7時から10時に1回目のピークが来ます。パソコンを立ち上げたときに覗いてくださる方がたがいるのだろうかと、うれしいとともに責任感のようなものを感じます。

わたしは、いままでは印刷物に文章を発表してきました。そこでは当然、いつ何人の方が読んでくださったかということはわかりません。ところがブログに書くと、インターフェースの向こうにアクセスしてくださっている方がたが刻々リアルに感じられ、これは新鮮な経験です。また、紙媒体だと、「文壇」「論壇」とも言うように、壇上から発言しているような趣があるのかな、とも気づきました。それにたいして、ネットは平場です。そういうところもいいなと思います。

これからも、アタマや心の風通しをよくしたり、考えるとっかかりを提供したりできるような記事を書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。

よく、「いつ書くのか」とのお尋ねをいただきます。朝、筆慣らしならぬ指慣らしにざっと書き、一日なんとなく考えていて、夜、投稿予定時刻の前に見直す、というのが一般的です。また、「あんなに長いものをよく書く」とも言っていただきますが、長いのは推敲がじゅうぶんではないからです。本業があるので、あまり時間をかけることができないためです。読んでくださる方には申し訳ないので、なるべく短くと心がけてはいるのですが、なかなかうまくいきません。

さて、今月もっともアクセスの多かった日の記事です。

1位 8日  
緊迫する祝島「ちょっとくらいの放射能」
2位 7日  政権交代「劇的ビフォーアフター・情報公開篇」自衛隊はイラクで何を運んだか
3位 14日 政権発足4週間 記者クラブはどうなった?

1位の祝島の記事には、携帯電話からのアクセスが殺到しました。若い方が読んでくださったのでしょうか。おとといの明け方も、中電は不意打ちでブイを設置。このことは改めて書きます。2位は、近藤ゆり子さんが開示要求によって入手した資料の映像をご紹介したのが、圧倒的支持をいただきました。3位の記者会見問題ですが、じわじわと公開する省庁が増えています。これも、いつかまとめて経過をご報告します。

もっともアクセスが少なかったのは、以下のとおりです。

1位 24日 
風邪をひきました
2位 18日 あと1週間で丸7年 ある政治家の死
3位 22日 41度目の正直「東京モーターショー」

1位は、そりゃそうだ、です。2位の石井紘基さんお命日は、政権交代を期に、「埋蔵金」や天下り公益法人の闇に単独で挑んだ方の非業の死を、ひとりでも多くの方に思い出していただきたく、書きました。

3位については、わたしの不明を指摘くださった方がいます。自動車産業において、「モーター」は一般的な発動機という意味で使われ始めたのではなく、GM(ゼネラルモーターズ)もフォードモーターズも、創業時は電気自動車を念頭に置いていたので、まさに電動機を意味する「モーター」を社名に掲げたのだそうです。それが、T型フォードの成功と、テキサスでの油田発見によって、あっというまにガソリンエンジンが主流になったのだそうです。知りませんでした。自動車産業は、初心に戻ったわけですね。教えてくださった方、ありがとうございました。


ついでに。
きのうの国会、鳩山首相の胸には赤っぽいリボン。あれは、児童虐待防止キャンペーンでしょうか。それとも、エイズ防止キャンペーン? 長妻厚労相もつけていましたが、どちらも長妻さんの担当ですので、判断の決め手にはなりません(厚労相は忙しすぎ、なんとかならないのでしょうか)。いろんなキャンペーンがありますから、これからもいろいろおつけになるのでしょうか。キャンペーンに関わっていらっしゃる方がたは、「つけて」ってプレゼントしたらいいかもしれません。
 





「いきなり公助」 国会で思想の対立点が見えてきた

いかりや長介さんを尊敬する新人お笑い芸人、「いきなりこうすけ」ではありません。公助は「こうじょ」です。

野党党首として代表質問に立った谷垣さんが、子ども手当について言いました。「鳩山政権の政策は、各家庭にまんべんなく巨額の支給をするなど、いきなり公助ありきの社会をつくろうとしている」と。

谷垣さんによると、自民党は「自助・共助・公助による絆社会」をめざすそうです。この3点セットは、阪神淡路大震災のあとあたりから言われるようになった、防災や災害時の危機管理の考え方で、それが町づくりなどに広く応用されて今日に至っている、わたしはそう理解しています。

3つの項目は、三本脚で暮らしを支えるのではありません。まず自助があり、足りないことは近所や地元のNPOなどがカバーし、それでも手に負えない部分を国をはじめとする行政が受け持つという、いわば三重の同心円をなすものとして位置づけられています。谷垣さんが国の事業である子ども手当を「いきなり公助」と受けとめた根拠は、ここにあると思います。子育てはまず自力でやるもので、次に地域、そして国が乗り出すものだろう、というわけです。

対する鳩山さんは、所信表明演説でこのように言い、谷垣さんへの答弁もおおむねこれをなぞっていました。

「子育てや教育は、もはや個人の問題ではなく、未来への投資として、社会全体が助け合い負担するという発想が必要です。」

ここには、子育てをどうとらえるかという、社会思想的な対立があります。自助・共助・公助の考え方は、おそらく誰も反対はしないでしょう。対立点はそこにはない。けれど、なにが自助で共助で公助なのかということは、時代によって変化します。自助から共助、公助へと移動するもののあれば、その逆もあります。たとえば、車のチャイルドシートは、かつては高価だったので、市町村が補助金を出すなど、公助の対象でしたが、いまは安く普及しているので、個人が買うなりレンタルするなりしています。公助から自助への例です。

対するに、介護は自助から公助へとシフトしました。そして、鳩山内閣は、子育ての経済面も自助から公助へとシフトさせようとしています。いままでは公助の割合が低すぎた、と。子どもの貧困は、いつのまにか目を覆わんばかりになっています。専門家によると、貧困は、よく言われる学力だけでなく、もはや体格にも現れているそうです。これは、自助で解決できるものではありません。自分の置かれた経済的苦境を、子どもがなんとかできるはずがありません。

誰だって、ときには助けを求めることがあるとしても、基本としてはしっかりと自分の力で生きていきたいと願うでしょう。その力が育つ過程で、親の条件によってダメージを受ける社会は好ましくないと、わたしは思います。そうした事態は社会の考え方次第で食い止めようと思えば食い止められるのだとしたら、やるしかないのではないでしょうか。先進各国は、とっくにそのように問題をとらえなおして、実施しています。

鳩山政権は、子ども手当に限らず、傷んでいるところをどうするかという発想で、社会のあり方、つまり国家予算を組み直そうとしているのだと思います。めざすのは「新しい公共」。谷垣さんの「絆社会」と、おそらくそれほど径庭はないでしょう。そこにいたる手法を裏付ける思想が異なるのだと思います。

ところで、鳩山さんの答弁には具体性が欠ける、という批判があります。けれど、全体の目標を語り、約束(マニフェスト)は守ると言い、「最後は自分が判断する」と付け加えて、各論については担当大臣たちの働きを励ますというスタイル、いまのところいいんじゃないのかと、わたしは思います。閣内の不協和音とか言われますが、一枚岩なんて、むしろ怖い。

谷垣さんは、予算規模にしろ米軍再編にしろ、つっこんでも「こうなったのは誰のせいだ」と切り返され、ちょっと分(ぶ)がないように見えます。つっこみどころやつっこみ方を変えるのではなく、態勢を立て直して、党として今後なにをめざすのかを、論戦の中でもっとはっきりと示していただきたい。「自助・共助・公助」はいいとしても、これまでは自助の部分があまりにも強調されてきたと思います。その結果、「自己責任」という恫喝的な言葉が横行し、それが不況による倒産や、法改正によるワーキングプアの増大といったきびしい状況への開き直りとして機能し、圧倒的多数の人びとの明日を見えなくして、社会の人気(じんき)を荒(すさ)んだものにしてきました。「絆社会」と言うのなら、そのへんを真剣に見据えて洗い直していただきたいのです。

おとといは、自民党のヤジに苦言を呈しましたが、与党のヤジも相当に品位を欠いていたようです。有権者はそういうことを望んではいないことを、国会議員のみなさんは思い知っていただきたいと思います。

ついでに、鳩山さんの胸の青リボン、おとといまではついていて、きのうの参議院ではついていませんでした。いまのところ、国会以外の場でも、つけると2、3日はそのまま、ということのようです。もうおやめになったら?





二人の少年

一人は高校生。見上げるほど体格がよく、きちんと詰め襟のホックを留めて、紅潮した顔に汗すら浮かべています。むりもありません。世界各地から来た人びと、国会議員(自民党の丸山和也さん)、有名なロックンローラー(サンプラザ中野くんさん)が満員電車状態でひしめきあう中で、かれはある賞をうけるのです。

「山仕事でたいへんなのは、山は斜面だということです。ぼくは何百回も転げ落ちました」

かれの受賞の言葉の一部です。かれは東京のど真ん中に生まれ育ち、スピーチしているのは原宿のとあるビルの中。若さとはまぶしいものです。ふとしたことから林業に目覚めたかれは、北海道に行き、千葉の山に入り、山仕事の先達たちに導かれながら、植林した山の草刈りをします。そうやってからだを動かす中で考えたことを、鎌を研ぐ音や草いきれや息づかいが迫ってくるような、すばらしいエッセイにまとめた、それが最優秀賞に輝いた。

もう一人は、きゃしゃな中学生。長く日本に住む両親に参政権がないのはおかしいと、作文に書きます。ところが、そのことを母親に言うと、「よけいなことを」と言われてしまう。すると、身の回りの小さな幸せをたいせつに思っている母の立場はわかる、とこの中学生は言うのです。親の意見にすなおになるのがむつかしい、この年頃の少年が。でも、「多数のために少数が犠牲になるわけにはいかない」、自分は政府に参政権を要求し、この社会に参加して、「幸せになるつもりである」。

こんな美しい言葉に、わたしは久方ぶりに出会いました。ほんの短いエッセイですが、美しい心から出た言葉の一つひとつが重く、涙なしには読めませんでした。「受賞してうれしいです」、おおぜいの大人に囲まれて、かれはようやく言いました。

ジュニア対象のアワードではありません。おびただしい応募作の中からもっとも優れた作品を選んだら、たまたま二人の少年が受賞したのです。選考の基準は、「環境・平和・人権について、身近なところで行動する中から構造的な問題を発見し、その解決を見出そうとする作品」。主催団体はグリーンピース・ジャパン。20周年を記念して、この賞が設けられました。受賞作は近々GPのサイトにアップされます。そのときはお知らせします。岡部憲和さんと李珍京(イ・ジンギョン)さんの作品、ぜひ読んでいただきたいと思います。こんな若者がいると思うと、そしてきっと増えていくのだろうと思うと、胸が熱くなることうけあいです。

わたしは、総評と賞状などのプレゼンターをつとめました。二人とも、満面の笑みのやさしそうなご両親がいっしょでした。「親の顔が見たい」と思っていたわたしは、4人の親御さんたちを思い切り祝福して、こちらまでこぼれ幸いをいただきました。





「国民の国民による国民のための『へこみ国家』」鳩山さん所信表明演説(2)

おとといの夜遅い民放テレビのニュースが、このところの歴代首相の所信表明演説で「国民」ということばが何度使われたかを数えていました。ちゃんと見ていなかったので、わたしも独自に数えてみました。とにかく鳩山さんは多いのです。

小泉 25回
安倍 17回
福田 23回
麻生 25回
鳩山 42回+アルファ

「+アルファ」としたのは、「国民皆年金」「国民皆保険」といった制度をあらわすもの、「諸国民」という、外国の人びとをしめすもの、そして「国民新党」という政党名は省いて、一義的使用が42回だったということです。

ネットは便利ですね。こういうことがささっと調べられる。

過去の首相所信表明演説にざっと目を通し、懐旧の情をもよおさずにはいられません。「かしこくもギョメイギョジ」と始まって聞く側をのけぞらせ、民主党を口汚くののしった麻生演説、「格差問題」の頭に「いわゆる」とつけ(やがっ)たお役人の作文のパッチワーク、福田演説、甲高い声と独特の滑舌しか印象に残らない、空疎なウヨク的妄想でぱんぱんにふくらんだ安倍演説。そして、「改革なくして」の小泉演説が「米百俵」の逸話で締めくくられていたことは、あのころから文教予算がばっさばっさと切られていったことと思いあわせると、あれは人を騙しいたぶる愉快犯の所業だったとしか言いようがありません。

同じ「国民」でも、5人それぞれでニュアンスが異なります。たとえば小泉サンのばあいは、はっきり上から目線です。あのころ、「国民」は総マゾヒストになっていたのでしょうか。わたしは当時、しきりと「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日だ!」と、心の中でつぶやいていました。自分たちを痛めつけることになる独裁者を、熱狂して選んだフランスの事例を、するどく分析したマルクスのまなざしを思い出したのです。それにたいし、鳩山さんの「国民」は主権者という意味が明らかです。

国会だから「国民」なのでしょうが、このことば、あんまり好きではありません。これといった代案はないのですが、参政権をふくめて外国籍の人びとの処遇を改善しようという民主党連立政権が登場したのですから、なにかいい言い換えはないものでしょうか。「国民」でなくたって、つまり参政権はないのに税金を払っている納税者として、国会の論戦におおいに注目している人はたくさんいます。100人村風に言うと、「そういう村人は、100人のうち2人です」。社会の構成員という意味で、「市民」あたりが順当か、とも思いますが。

それにしても、自民党のみなさんは気が立っていたのでしょうか。本会議前に党の集会があって、前日の2戦2敗に終わった補欠選挙のことなど話しあい、すさんだ雰囲気だったそうです。それを本会議にひきずっていたのか、きのう書いた、息子さんを自死でなくした青森のおばあさんのエピソードに、「そんなのどこにでもいるぞ!」なんてヤジは、なにがなんでもあんまりです。所信表明演説にヤジはつきものですが、ヤジにはウィットがなければ、ヤジを飛ばした人の品位が疑われるだけです。眠る人といい、国会の本会議場って、傍聴に行ったことがありますが、想像以上に狭いのです。よくはしたないヤジなど飛ばせる、お昼寝ができる、とむしろ感心してしまいます。

そう言えば鳩山さん、「唯一の被爆国」って言っちゃいましたね。国連の安保理ではそうではなかったと褒めたのに、残念でした(記事は
こちら)。

そしてぜひ書いておかなければならないのは、外からどのように見られるくにであるべきか、という件(くだり)です。大災害に際して、と鳩山さんは言います。

「世界中の人びとが、特にアジア近隣諸国の人びとが、日本を何とか救おう、日本に暮らす人びとを助けよう、日本の文化を守ろうと、友愛の精神を持って日本に駆けつけてくれるような、そんな魅力にあふれる、諸国民から愛され、信頼される日本をつくりたい」

驚きました。危機に瀕しては助けてやろうと思われるくにでありたい、と言ったのです。同情され、愛されるくにでありたい、と。強いくにでも、頼りにされるくにでもなく、ときには弱さをさらけだすくにがいいのだ、と。これは、なかなかの思想だと思います。それが、憲法前文の「国際社会において名誉ある地位を占め」るということだ、と付け加えていたなら完璧でしたが、そう言えば憲法の引用は一切ありませんでしたね。

とにかく、真に勇気がなければ言えないことです。とんがるのではなく、へこむのだと。そのへこみに、困難の時には愛が、鳩山さん風に言えば友愛が自然に流れこんでくれるよう、日ごろから努力するのだと。こんなことを言ったこのくにの首相はいなかったでしょうし、世界にもこんなことを言う首相も大統領もいないのではないでしょうか。わたしは意表を衝かれ、そして深く感動したことを白状します。

きょうからいよいよ国会の論戦です。新政権の政策の、さまざまな問題の所在も明らかになってきました。実りある応酬を、すべての国会議員のみなさんに期待しています。





胸の青リボン! でもとにかく及第点 鳩山さん所信表明演説(1)

きのう10月26日、鳩山首相の所信表明演説をテレビで見ました。

登壇したその胸には青いリボン。誰がつけるよう進言したにせよ、つけたのはご本人です。痛いなあ、というのが第一印象でした。拉致問題についてなにを言うかは、もう聞かなくてもわかろうというものです。

「北朝鮮をめぐる問題に関しては、拉致、核、ミサイルといった諸懸案について包括的に解決し、その上で国交正常化を図るべく、関係国とも緊密に連携しつつ対処してまいります。」

ほらね、「包括的解決」でしょ。「その上で国交正常化」でしょ。それは、「何もしません」というのと同じです。拉致と核・ミサイルは別次元の問題だって、鳩山さんの言う「関係国」も前々から言ってるじゃないの。青いリボンは、対内的には何もする気がないことへの、あるいは打つ手がないというホンネへの埋め合わせとしての「やる気」ポーズ、対北朝鮮的には「話しあいなんかしません」というサインです。青いリボンは、残念なことにすでにそういう意味合いを帯びてしまっています。総理大臣には内外にたくさんの課題があるのに、中井担当相や原口総務相でもあるまいし、このキャンペーンバッジ「だけ」をつけて初めての所信表明演説に挑むなんて、鳩山さんの政治センスにけっこう期待していただけに、がっくりです。

とはいえ、とくに冒頭からの10分ほどは心を動かされました。まず、政治の停滞は政権党だけでなく野党にもあったとして、鳩山さんは言いました。

「ここに集まられた議員のみなさん。私たちが全力を振り絞っておたがいに戦ったあの暑い夏の日々を思い出してください。みなさんが、全国の町や村、街頭や路地裏、山や海、学校や病院で、国民のみなさまから直接聞いた声を思い出してください。議員のみなさん、みなさんが受け止めた国民一人ひとりの願いをたがいにかみしめ、しっかりといっしょに実現していこうではありませんか。政党や政治家のためではなく、選挙のためでももちろんなく、真に国民のためになる議論を力のかぎり、この国会でぶつけあっていこうではありませんか。」

与野党双方に語りかけ、対立を煽ったり、居丈高にこれまでの政権をこき下ろしたりしないフェアネスぶりは、もしかしたらオバマさんの就任演説への共感から発想されたのでしょうか、好ましいものでした。「議員のみなさん」という呼びかけが新鮮でした。そして、国民のほうは「みなさま」。

社会の新たな連帯を育むことのたいせつさ、それを官がじゃまをしないこと、応援すること、アイヌ民族や、ブラジルなどの外国籍の人びとをふくむ多様な一人ひとりの尊厳が守られること、そうしたすべてをひっくるめて「新たな公共性」と名付けたことは、友愛というふわふわしたことばの内実を、わかりやすくご自分のことばで説明していたと思います。希望的なバイヤスがかかっているかもしれませんが、市民自身がNPOなどを組織して、現場や地域からこのくにのシステムを組み直すことを行政が後押しし、政治家は新しい共同体をはばむ制度や組織の贅肉を、責任をもってごっそりこそげ落とすということか、と受けとめました。この部分が、わたしは演説の白眉だったと思います。

自殺の話が印象的でした。失業がもとで命を絶った息子をもつ青森の老婦人が、選挙遊説の鳩山さんの手を握って離さなかったエピソードでは、その手の感触が聞く側にも伝わってくるようでした。その件(くだり)でタイミングよく福島瑞穂担当相にカメラが切り替わると、ああ、この内閣はわたしたちの痛みをわかっている、きっとなにかやる、と、カメラの演出にのせられたかと思いながらも、期待する気になりました。

8年前の小泉サンの演説に出てきた長岡藩の米百俵にしろ、過去、所信表明演説には、故事や偉人が引きあいに出されてきました。でもアインシュタインを別として、この青森のおばあさんや、身障者を多数雇ってリーディングパンパニーに成長したチョーク会社の社長さんやその知人の和尚さんなど、鳩山さんは、自分が教えられたと感じた市井の人びとを、演説に登場させました。すなおに、やるじゃん、と思いました。いつもそういう演出をするアメリカの大統領の演説を、ちょっといいな、と思っていたからです。

郵便局を地域のインフラとして生かす、と言ったときには、亀井担当相が気持ちを込めて「うん、うん」と何度も大きくうなずき、そのあまりの勢いに、隣の福島さんが思わずそっちに顔を半分向けたのはおかしかった。

そのときにも拍手はしばし鳴り止みませんでしたが、いちばん大きな拍手は、鳩山さんがこう言ったときに起こりました。

「在日米軍再編につきましては、安全保障上の観点も踏まえつつ、過去の日米合意などの経緯も慎重に検証した上で、沖縄の方がたが背負ってこられた負担、苦しみや悲しみにじゅうぶんに思いを致し、地元のみなさまの思いをしっかりと受けとめながら、真剣に取り組んでまいります。」(拍手、拍手、大拍手)

一国の首相が、「苦しみや悲しみ」といった感情に踏み込んだ強い共感を示したことは、とても重要だと思います。「普天間の県外移設は選択肢にありえない」なんて言った岡田サン、ひな壇にいたんですから、ちゃんと聞いたでしょうね。このあいだの選挙、沖縄の民意は県外移設ということで民主党を勝たせたことを、ゲーツという恫喝役の露払いと会ったぐらいで忘れてもらっては困ります。ぶれない岡田サン、復活してください。

対ロシア外交については肩すかしでした。

「日ロ関係については、政治と経済をクルマの両輪として進めつつ、最大の懸案である北方領土問題を最終的に解決をして、平和条約を締結すべく、精力的に取り組んでまいります。またロシアをアジア太平洋地域におけるパートナーと位置づけて、協力関係を強化してまいります。」

「最終的解決」とは何を指すのか、よくわかりません。それで平和条約を結ぶというのなら、2島返還でしょうか。それとも、絶交宣言にひとしい4島返還のことでしょうか。ほんとにロシアとなかよくするつもりなのか、これだけではわかりませんでした。鳩山一郎サンが聞いたら、「孫の気合いはイマイチだなあ」と言ったかもしれません。 

スマトラ沖地震にこのくにの国際緊急援助隊が一番乗りをした、との件(くだり)で、カメラはとぼけた顔でコキコキと首の運動をする小沢一郎サンを映しました。さすがNHK(?)、よくわかっていらっしゃる(記事は
こちら)。

最後のほうは、あまり気持ちが伝わってきませんでした。50分以上の長丁場に、聞いているわたしが疲れたのかもしれません。環境問題については、このくにの高い科学技術力が打開するということが強調されていましたが、制度や税制にかかわる政治のイニシアチブのほうがよっぽど重要だし、政治的意志が発揮されてこなかったことが昨今の深刻な事態を招いているのであって、政治家なんだからそっちを言うべきなのに、なんだかずれてるんじゃないのかなあと思いました。

演説が始まったとたんに、森喜朗サンが眠り込むところも(見事なほどの反射神経!)、谷垣サンが終始苦虫をかみつぶしているところも、共産党の面々が演説の紙資料に赤ペンを走らせてチェックを入れているところも(お勉強熱心な党!)、与党の前列を占める若い、ほんとうに若い議員さんたちの高揚した表情もよくとらえられていて、テレビを小一時間、楽しんでしまいました。

雑ぱくに印象をつらねましたが、ともあれわたしは及第点だと思います。財政立て直しや年金問題には時間がかかるということも、伝えていました。ありうべき未来を示せた演説ではなかったでしょうか。世の中が、見通しが、すこしでも明るくなるといいのですが。

まだまだコメントしたいことがあります。あしたもまた、この話題かもしれません。





いとしい吸い殻

ある医科大学の学園祭に行きました。もちろん、キャンパスはすべて禁煙です。医師を養成する大学が、そこに学ぶ若者に喫煙の習慣を奨励するわけはありません。喫煙はいまやWHOのお墨付きをえた、健康にたいする極悪非道の悪役ですから。

ところが、キャンパスの通路に、タバコの吸い殻がひとつ、落ちていました。不心得者はどこにでもいるものだと、わたしはなんだかうれしくなりました。

うれしくなったなんて、おかしいですか。よくないことをみんなでやめよう、というのはいいことです。あたりまえすぎて、書いていてばからしくなるほどです。でも、どんなにいいことでも、また、みんながやっていることでも、なぜか背を向ける人間はいるものです。わたしは、そういう人間をいないことにしてしまおうとするのは、怖いと思う者です。

全体の足並みを乱す不心得者をも包みこむ社会、そういうのがいいなあと、タバコへのイントレランス(非寛容)がますます進むこのくにの現状を思って見ると、吸い殻がなんだかいとおしくなってきました。

ついでに言うと、タバコがここまで悪者になったのは、人間の寿命が延びたからでしょう。昔は、タバコに由来するガンや心臓病を怖れる前に、人は感染症などで命を落としていましたから。長生きがタバコ悪役論の根拠だと書くと、逆説めいてきますが、そういうことです。

帰りの新幹線のぞみ、驚いたことに喫煙車がありました。700系でないのぞみもまだ走っているのですね。シートに体を沈め、感慨を込めて一服しました。

はい、わたしは喫煙者です。





「北方領土」 前原さん、わけがわかりません

10月17日、前原北方相が「北方領土」を海から視察して、語ったそうです。

「不法占拠だ。そのことは言い続けていかなければならない。4島の返還を求めていく。日本国民として望郷の念を新たにした。昨日、今日と伺った(元島民ら)皆さんの声を内閣に伝え、悲願達成のため努力したい」(YOMIURI ONLINE

領土問題とは、相手国となかよくしたくないときに持ち出される政治的なイシューです。わたしたちは、政治やメディア、文化だけでなく、じつにさまざまな分野でじわじわとこのイシューを意識に染みこまされていきます。たとえば、このくにには現在、3つの領土問題があるとされていますが、そのうちの2つ、竹島と尖閣列島については、改訂学習指導要領(08年)は教えなくていい、としています。韓国と中国とはなかよくしたいからです。

対するに、「北方領土」についてだけは、「現在ロシア連邦によって不法に占拠されていることや、我が国はその返還を求めていることなどについて触れるように」と、強調しています。ロシアとはなかよくしたくないからです。

でもこれは、前政権下でつくられた学習指導要領です。自民党は、冷戦体制なればこそ存在理由がありました。ですから、ロシアとの関係をすくなくともよくしないことで、冷戦などとっくに過去のものになっても、「冷戦体制もどき」を保っておきたかったのです。中国とは、もうどうしようもなく経済的なつながりができていました。

そして、政権交代が起きました。その首相は、1956年に日ソ共同宣言を結んだ鳩山一郎首相の孫です。ロシアとの関係も、冷戦イデオロギーを引きずっていたこれまでとは異なる展開を見せるか、と期待したのは、このくにの人びとだけでなく、経済が行き詰まっている感のあるロシア政権も同様だったのではないでしょうか。

なのに前原さんは、「不法占拠」「4島返還」と、前政権の言い分をそっくり継承しています。これは、「交渉する気はありません」と言っているようなものです。「それを言っちゃあおしめえよ」なことを、のっけに言ってしまった。

北方領土問題は、日ソ共同宣言に立ち戻って、そこに明記された歯舞色丹の2島返還をまず実現し、友好条約を結んで、あとはその後の交渉に託すという、東郷和彦・東亜局長(当時)と鈴木宗男衆議院議員が提唱し、動きもし、ロシアも応じそうになったあの解決法しかないと、わたしは考えています。そして、2島先行返還論を許さない勢力によって排除された鈴木さんは、みごと衆議院外交委員長に返り咲きました。ですからわたしは、鳩山内閣は2島返還論に戻るのではないか、と思っていました。アジアでの多極外交をめざすというのだから、まずは祖父が友好の道を切り開いた隣国との関係をよくしようとするのだ、と。

わたしの見通しは甘かったようです。それにしも、どうして「冷戦の仕掛け」がいまこのとき持ち出されたのでしょう。ロシアとアメリカが核兵器削減交渉をしている、いまこのときに。わけがわかりません。前原さんは、元島民の2世3世の意を汲みつつも、もうすこし違ったシグナルを発することはできなかったのでしょうか。でも、こんな極端な発言をするということは、できなかったのではなく、する気がなかったとしか思えません。

前原さんはまた、「日本国民として望郷の念を新たにした」とも言ったそうです。個人的にはなんのゆかりもない土地への「望郷の念」は、前原さんが正しく「国民として」と限定したように、近代国民国家の成立とともに現れた、倒錯した情念です。望郷の念、ふるさとに帰りたいという思いは、本来、一人ひとり異なるゆかりの土地への思いでしかありません。ところが、国家主義的な体質の人は、安達太良山だろうが阿蘇山だろうが北方領土だろうが、自分に属するものとして、なつかしがるのです。おかしいとは思いませんか? ひいては、いっそあつかましいとは?

横道に逸れますが、国家主義は本来、保守主義とは相容れない思想です。保守主義者はふるさと、つまり地域共同体を国家に優先させます。国(くに)より郷(くに)なのです。ふるさとを守るためなら、ときとして国家権力に弓を引く、それが真正保守主義者です。

前原さんの今回の北方領土発言は、政治的外交的に、どう考えても賢明とは思えません。なんとか修復できないものでしょうか。





風邪をひきました

新型インフルエンザではなさそうですが、ここ数日、回らない頭がますます回りません。手洗いなど、まめにやっていたのですが、ついにかかってしまいました。講演が控えているので、休んでもいられませんが、講演後に本にサインするときはマスクをかけなければならないかもしれません。なんだかなあ、ですが、しかたありません。

ときに、いつまで「新型」インフルエンザと呼ぶのでしょう。豚インフルエンザではなかったのでしょうか。メキシコの養豚場で発生したとされているのですから。あの養豚場はアメリカ合衆国の企業の所有で、USAもメキシコもアメリカ大陸の国なのですから、「豚インフルエンザ」を採用しないのなら、「アメリカインフルエンザ」としたらいいのではないでしょうか。

その養豚場は、過密飼育や屎尿の垂れ流しで以前から問題になっていたそうで、生産された豚肉は日本にも輸出されていました。「メキシコ産」と表示してある豚肉は、もうとっくにわたしたちにおなじみです。あのなかには、この問題の養豚場由来のものもあったわけです。

だとすると、安くたくさん肉を食べたいというわたしたちの欲望が、この新型インフルエンザ発生の遠因だったことになります。経済的な強者の行動が、自分たちだけでなく多くの国の人びと、とくに経済的弱者の命を危険にさらしている。もうこういう消費のしかたは、考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

そう言えば、スペイン風邪もアメリカで発生しました。第一次大戦でヨーロッパに渡ったアメリカ兵が持ち込んで、蔓延したのです。けれど、各国は交戦中なので、報道管制がしかれていたために、新型インフルエンザのニュースもおさえられていました。スペインは参戦していなかったので、その流行は報道され、しかも王室から死者が出たので、「スペイン風邪」ということになってしまったのです。ほんとうは「アメリカ風邪」だったわけです。

ブログをお休みしても、見に来てくださる方の数はなぜか減りません。申し訳なくなって、きょうはとにかく「書きました」。

みなさん、風邪にはじゅうぶんお気をつけください。





41度目の正直「東京モーターショー」

土曜日から、第41回東京モーターショーが開かれるそうです。わたしは1度だけ、高校生のときに行ったことがあります。べつにクルマに関心があったわけではありませんが、何人かでなんとなく「行こうか」ということになって。当時、1966、7年ごろには、そんなノリで学生でも「高嶺の花」を見に行ったわけです。

今年は不況の影響というよりも、日本市場がたんなるローカル市場になってしまったことがはっきりして、規模も参加社も展示車も最盛期の半分、中国のモーターショーの10分の1の規模だそうです。

まあ、よろしいんじゃないでしょうか。というのは、国内各社とも、目玉はエコカー、とくに電気自動車(EV)なのだそうですから。量より質なら東京モーターショー、という評判が定まればいいのだと思います。

ところで、モーターショーと言い、モータースポーツと言い、エンジンで走るのになぜモーターなのか、これまでうっすらと異和感を覚えながら、この疑問をほったらかしにしてきました。このたび英和辞典で調べてみたら、なんのことはない、「モーター」はもちろん「電動機」という意味ですが、電気で動くものに限らず「発動機」という意味もあって、そこには「エンジン」もふくまれるのだそうです。それなら、ガソリンエンジンで走る「モーターカー」に、なんら不都合はなかったわけです。

それがここへきて、電気で駆動する正真正銘の、と言うか、狭義の「モーターカー」がこれからの自動車のなかに大きな比重を占めるようになるという。ハイブリッドカーも、半分は電気で走るわけですし。三度目の正直ならぬ、41度目の正直です。

ほんとうのモータリゼーションはこれから始まるのですね。そのために、原発や火力発電を増やすなんて話にならないことを願っています。言うまでもなく、走るときにCO2を出さなくても、電気をつくるためにCO2を出したり、危険な放射性物質を蓄積したりしたのでは、環境の観点から本末転倒です。





どうなった 核不拡散・核軍縮に関する国際委員会

核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)は、08年に来日したオーストラリアのラッド首相が福田首相(当時)に提案して、08年9月、国連の際に会談した両国首相(当方は麻生首相に代替わり)が設立を発表したもので、核軍縮と核不拡散について、10年5月の核拡散防止条約(NPT)検討会議の前に、具体的な核廃絶プログラムを織りこんだ報告書を提示することになっています。これまでシドニー、ワシントン、モスクワと会合をひらいてきましたが、今月17日から20日、広島で最終会合が開かれました。

そこでは、核兵器「廃絶への具体的な行動計画で委員会が正式合意……25年までの核兵器削減目標数でも合意」されたとのことです(記事はこちら)。20年核廃絶を目標としてきた広島や長崎をはじめとして、これでは怒りと落胆が広がるのではないでしょうか。けれど、明らかになっている内容は、ウェブを見た限りでは、いまのところあまりくわしくはありません。

21日の朝刊には出るのでしょうか。

やきもきするのは、この委員会の共同議長のひとりが、川口順子元外務大臣だからです。イラク戦争をめぐる国会討論では、外務官僚のマリオネットとして、まったく心のこもらない、なんらの信念もない答弁をして、国連安保理でのスペイン代表とともに、スカートをはいていても平和への意志をもちあわせないことがあるという、考えてみれば当たり前のことを証明して見せました。

この人には、もうひとりの共同議長、オーストラリアのエバンズ元外務大臣も失望し、いらいらしていました。彼女が、核の先制攻撃をやめようと提案することに反対し続けたからです。彼女のバックには、もちろん日本の外務省がついていました。

川口サンはこの13日にも、あろうことか長崎の原爆資料館で、「核保有国(つまりはアメリカ)が核の先制不使用を宣言などしたら、世界(つまりは日本)の安全保障が危険にさらされる、すでに宣言している中国とインドは信用ならない、北朝鮮も核をもっているし」というような発言しました(記事はこちら)。外務省のマリオネットの面目躍如です。世界は、核廃絶に欠かせない国際的な信頼醸成に向かっているというのに、この流れをまったく理解していません。

これには、長崎の反核諸団体が怒りました。共同議長の首をすげ変えろ、と岡田外相と鳩山首相に要望しました。当然です。岡田さんも鳩山さんも、そしてアメリカのオバマさんも、核先制不使用政策に踏み切りたくて、踏み切らせたくて、その条件を整えるのに腐心しているのですから、それに抵抗する外務省に牛耳られていた前政権が決めた人事は見直すべきだと、わたしも思います。

そしてきのう20日、ふたりの共同議長が広島会合の閉幕をうけて、記者会見したのです。来年1月に発表される報告書には、核保有国が核の先制不使用政策をとるよう求めることでも「大筋合意」したそうです。この「大筋合意」が曲者です。どこまで実効性あるものができたのか、気になってしかたありません。

川口という人がこれまでどんな発言をしてきたか、一度、列挙してみたいと思うのですが、いまはその余裕がありません。ひとつだけ挙げてみます。02年4月8日、川口外相は、「そういった貧しさ、貧困、様々な問題というのが例えばテロの温床になっている」と言い切っていたのに、03年9月30日には、「テロの根源や背景が何であるかということは非常に難しい」とごまかすようになります。この間に何があったか。イラクに自衛隊が派遣されたのです。貧困がテロの原因なら、テロをなくすために自衛隊が出ていくというのはつじつまが合わないから、「非常に難しい」なんちゃって、答弁がもごもごになってしまわざるをえなかったのです。北川れん子議員は、衆議院本会議で、「テロをなくすために、貧困をなくすんじゃなかったんですか」と、これまでの川口答弁を逆手にとって追求しました。技あり一本、です。

この、外務省のいいなりになって言を左右にする女性を、共同議長として委員会に送り込んだ外務省が、その最終報告書をどんなふうに形骸化したか、あるいは各国の総スカンをうけて形骸化できなかったのか、とても気になるのです。





誘惑のオペラ3 マックスの場合

久しぶりのオペラ談義、新日フィル定期演奏会プログラム連載の3回目は、ヴェーバーの「魔弾の射手」です。「狩人の合唱」という曲をご存じの方は多いでしょう。あの合唱曲は、このオペラのなかで歌われます。

この作品の背景には、封建制における臣と民の違い、ひいては対立が横たわっていること、オペラ解説者はあまり指摘しませんが、わたしの関心はついそういった社会的な関数に向きがちです。

今までは2回に分けて投稿してきましたが、今回からは1回で全文を掲載します。一般に記事が長くなってきたので、バランスをとるためです。



誘惑は色恋のそれに限らない。さまざまな誘惑がわたしたちを待ち受けている。なかでも悪の誘惑は、つねに悩ましいドラマを引き起こす。ヴェーバーのオペラ「魔弾の射手」では、主人公の若き狩人マックスがこの誘惑に負け、永遠の破滅の寸前までいった。

この経緯には、もうひとりの狩人がからんでいる。マックスの魂を手に入れさせてやると悪魔と約束をかわし、見返りに百発百中の「魔弾」を得たカスパールだ。だが、こちらはとりあえず措いておこう。はなから薄汚い小悪人として描かれている、歳ももう若くはないらしいカスパールは。

それよりも、輝かしい青春のさなかにあって、将来を嘱望され、上司である森林官クーノから、娘アガーテの婿がねにと見込まれたマックスが、なぜ悪魔との取り引きなどという恐ろしい所業におよんだのか。

マックスは、領主の御前で獲物をしとめ、狩猟の腕前を証明しなければならない。それをもって、森林官は領主に、マックスと娘が結婚する許しを請うという寸法だ。その日は近いというのに、マックスはひどいスランプに陥っている。御前での射撃披露の前日には、村人もくわわった射撃競技がおこなわれるが、マックスはそこでも村の若者キーリアーンに優勝をさらわれる。

鉄砲撃ちをなりわいとする狩人が、日頃は農作業にいそしむ村人に負けたのだ。これ以上の屈辱があるだろうか。それにしても、負けたマックスをあざ笑う村の娘たちの合唱「ヘ、ヘ、ヘ」にこめられた悪意の深さは異常なほどだ。それにますます気をよくして、居丈高に言いつのるキーリアーンには、マックスならずとも胸をかきむしられる。

狩人さんよ 射撃王はおれだな
何か不服が ありますかい?
帽子を取って くださいよ
ねえ どうなんですかい?
聞いてるんですよ!
的も花も おれのものだよ
ほらね この通りだ
あんた 目は確かかい?
いったい何を 撃ったんだい?

マックスの自制心が失われるのは、この恥辱の一件からだ。それには、これがたんなる敗北ではない、という事情がある。現代からは理解するのがむつかしいのだが、この物語が想定している30年戦争のすぐあと、17世紀の後半という時代、狩人と農民の身分にはそれこそ雲泥の差があったのだ。

農民は、生まれると領主の財産として記録され、死ぬまで村に縛りつけられた。つまり、農奴ないし半農奴だ。かたや狩人は領主の家来に準じる存在で、森林官ともなれば領主直属のれっきとした家臣だった。その名が示すとおり、森林官は官職だったのだ。

森林官の地位は世襲で、領主から屋敷をあたえられた。森林官は、領地の森の管理を任され、そこで捕った獲物を領主に献上した。ときには領主の狩りの手筈をととのえ、供をした。狩りは、王侯貴族の特権どころか、一種の国事だった。

いっぽう、農民には、森の動物を捕ることは固く禁じられていた。野獣や野鳥の肉を口にできるのは、王侯貴族とその家臣だけだった。いまでも狩猟動物の料理は、鹿のメダイヨンなど、高級感があるとされている。ほんとうは、長い歴史をへて食肉用に改良された豚のほうが、猪より美味なのだが、人の満足感には一筋縄ではいかないものがある。

農民の密猟を取り締まるのも、森林官の役目だった。森の木の伐採も、森林官によってきびしく監視され、禁を破った者への処罰は苛烈をきわめた。許可なく木を切り倒したら、切り株に伐採者の首を斬って置いた。木の幹を傷つけたら、下手人の腸を引き出し、その箇所にまきつけた。そうした処罰も、森林官の役目だった。

そんなわけで、狩人と農民は、近接したところに暮らしながら、きびしい敵対関係にあったのだ。農民からすれば、狩人は怨嗟の的だった。その狩人に、しかも次代の森林官と目された狩人に、農民が射撃試合に勝ったのだ。日頃のうっぷんが「ヘ、ヘ、ヘ」という嘲笑になって爆発した。

これで、マックスの屈辱の深さがおわかりいただけただろうか。さらには、森林官とそれに仕えるただの狩人とでは、まるで身分が違う。屋敷をもち、狩猟の酒宴では領主と席をならべ、何人もの狩人を従えた森林官になれるのは、息子や弟子のうちの腕を見込まれたただ一人だ。世襲の地位とはいえ、狩猟という特殊な職掌であるからには、技量も問われた。

その森林官になれるかどうかの瀬戸際で不運が続いたとなると、マックスが絶望にかられるのもうなずける。その絶望に、魂と引き替えに必ず命中する「魔弾」を鋳るという、禁忌破りへの誘惑がつけいった。悪の誘惑は、追いつめられた人間の懊悩を、狙い定めて刺し貫くものらしい。そして、それで懊悩が消えるかというと、そうではない。いやしくも良心があれば、新たな懊悩が彼を襲う。悪の誘惑に負けた、という懊悩が。悪の誘惑はたちが悪い。

ときに、マックスをそんな状況に陥れたもうひとりの狩人カスパールだが、彼の懸念は自分の魂を悪魔にとられないことに尽きる。ほかの誰がどうなってもかまわない。悪はカスパールを誘惑しないだろう。良心を欠き、のっけから悪の側にいるのだから、その必要はないのだ。良心をもちあわせた人間のみが、悪の誘惑に遭遇する、という逆説がなりたつような気がしてきた。





前福島県知事の「無形の犯罪」 

欲望をまっさらにしてしまった地点から見える現実は、あきれかえるほど猥雑です。現実とは、無数の欲望のみからなる猥雑そのもの。わたしはここ半年、歯医者さんに通っていますが、これは、ちゃんとした歯がほしいという欲望ですし、掃除をするのは、気持ちよく過ごしたいという欲望です。それらの欲望が、猥雑でいきいきとしたわたしの日常をなしています。

理不尽への怒りや卑劣への蔑みを感じる限り、人を失った悲しみにうちのめされる限り、わたしの欲望はまっさらではないことを知ります。世界はすこしでもまっとうであってほしい、愛する人たちといつまでも生を楽しみたいという欲望を前提にしているからこそ、怒りも蔑みも悲しみも、湧き起こるのですから。

けれど、人はいざ知らず、わたしの欲望にはまっさらの地点が、除去しようもなく居座っています。ちょうど、網膜の盲点のように。あなたはいかがですか。盲点からは視神経が伸びて脳に繋がり、そこで初めて、光は意味あるものの像として「見える」。それと同じように、欲望のまっさらの地点は、欲望をいとおしい、肯定すべきものとして映し出し、わたしに見せてくれます。欲望のいとおしさをつい忘れがちになるわたしに。

けれど、許せない欲望もあります。それは、権力による、手段を選ばない保身と利権維持への欲望です。

去年の夏、あるところで講演をしました。その後、その団体の創立周年記念パーティがあったのですが、わたしは移動の関係で、そちらは失礼するつもりでした。ところが、パーティにはある方が出席するという。ある裁判で係争中の方です。

「あなた個人はどう思われます?」わたしは、アテンドしてくださっている方に尋ねました。その方は、「ものすごく潔癖な方です。わたしたちは全員、知事がそんなことなさるわけがないと信じています。ですから、きょうの記念パーティにぜひお越しいただいたのです」ときっぱりと言いました。すでに「前知事」のはずですが、「知事」と呼んだ声には力がこもっていました。

やっぱり、と確信を強めたわたしは、ぜひご挨拶がしたいと頼み込んで、その方、前福島県知事・佐藤栄佐久さんとお話をすることができました。わたしは、「あなたの潔白を信じています。きびしい現実が待っているでしょうが、がんばってください、応援しています」と、声を励まして言いました。そして、1冊の本をお渡ししました。拙訳のフランクル『夜と霧 新版』(みすず書房)です。

佐藤さんは、見知らぬ女が意気込んで話しかけてきたので、ちょっとひるんだようすでした。「おお、学生時代に読みましたな、ありがとう。応援よろしく頼みます。ほんとうにひどいことになっておりましてねえ、でも、わたしは負けませんよ」

当時の新聞や週刊誌の見出しは、まっ黒な事件像を見る人の目にたたきつけていました。いわく、クリーン標榜する知事の犯罪、ダム工事受注に天の声、土地の不正売買つうじ巨額の賄賂、弟の会社を使った巧妙な手口、5期目腐敗の構図……。知事の汚職が相次いで発覚していた時期でしたから、またか、というのがおおかたの受け止め方だったでしょう。だから長期政権、とくに保守系のはだめなんだ、とも。

けれどわたしは、これはどこかおかしい、と感じました。はっきりとはわからないけれど、この「ストーリー」は宮城県や和歌山県の知事の犯罪とはなにかが違う、という感じがしたのです。

というのは、佐藤さんは、東電のトラブル隠しに端を発して、保守系の知事として初めて、国の原発政策に厳格で慎重な運営を求め、福島の「原発銀座」浜通にさらなる原発をつくることやプルサーマルに反対していたのです。また、当時全国を席捲していた市町村合併の嵐の中で、それに応じない県下のちいさな自治体を応援する姿勢をみせていました。郵政民営化にも、はっきりと疑義を呈していました。

国策捜査という、はやりのことばが思い浮かびました。知事は、時の権力の逆鱗に触れた結果、狙われたのだ、と。

その佐藤栄佐久さんに、14日、東京高裁での二審の判決が下りました。東京新聞では、「二審も有罪」という大見出し、けれどもうひとつの見出しは「土地差額のわいろ否定」、そして異例のことに、「渡辺恵一・東京高検次席の話」として、「検察官の主張がいれられず遺憾」とあります。まるで、検察が敗北したようなコメントです。

判決から浮かび上がる「事件」は、工事は競争入札でダムに実績のある大手が順当に受注し、土地は適正価格ではないとは言えない、というものです。宗像紀夫主任弁護人は、「実質無罪」「首の皮一枚で検察の顔を立てた判決」「薄氷の有罪」と意気軒昂、佐藤さんはもちろん上告の構えです。

でも、一審より量刑は軽いとは言え、なぜやはり有罪なのか。土地を換金するにあたり口利きをしたということが、「無形の賄賂」なのだそうです。そんなことで犯罪は成立するのでしょうか。まったく売れる当てのない土地を急いで売りたがっていたなら、そういう理屈もあるいはなりたつかもしれませんが、まさか立件はしないでしょう。ましてや有罪とは。しかも、問題の土地は商業地として一等地、現にその後、買い手は時をおかずにより高値で売って、利益を得ています。

ことの顛末は、佐藤さんがビデオニュース・ドットコムに緊急出演して語っておられます。

「マル激トーク・オン・ディマンド 第445回(2009年10月17日) 「物言う知事」はなぜ抹殺されたのか」

司会の神保哲生さんのほか、郷原信郎さんが元検事の立場から東京地検特捜部の堕落、醜態、情けない保身を衝き、飯田哲也さんが脱原発の立場から、佐藤知事が国の原発推進政策を阻止する上でいかに大きな存在だっかを解説しています。河野太郎さんの電力自由化論に続いて、またもやマル激をご紹介することになりましたが、この有料配信ニュース、月500円は安いと思います。この際、購読を始めて、全篇をご覧になることをお勧めします。

佐藤さんからは、ときどきお手紙をちょうだいします。お元気です。ご著書、『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』(平凡社)の淡々とした、しかし筋の通った剛胆な著述には、お人柄がよくあらわれています。





あと1週間で丸7年 ある政治家の死

2002年10月25日、衆議院議員だった石井紘基さんが亡くなりました。自宅前で、一人右翼を名乗る男に刺されて。家賃の工面を断られたからという、とうてい信じられない理由で。

石井さんは、特別会計や天下り会社、特殊法人、公益法人に消える巨額のお金を追求していました。いわゆる虎ノ門の闇です。よく知られているように、虎ノ門には、そうした組織が蝟集しているのです。石井さんは、国会質問の書類を提出するために持って出たところを殺されました。

いま、石井さんがたったひとりで立ち向かった、わたしたちのお金が消えていく巨大な闇に、政権を奪取した人びとによって追求の光が差し込もうとしています(……ですよね?)。これを石井さんが知ったら、どんなことをおっしゃるでしょう。

参議院議長江田五月さんは、石井さんのもっとも近しい政治家です。わたしはその江田さんと、翌26日を丸1日ごいっしょしました。車で移動しながら、あちこちでふたりで講演のようなことをしたのです。車内の江田さんは沈痛そのものでした。口を横一文字にむすび、厳しい面持ちで前方をにらんでいました。その心中、察するにあまりあります。わたしは、どう接したらいいやらとほうに暮れて、つまらないことをのべつしゃべっていたように記憶します。まったく、肝の据わらない、ヘタレそのものです。江田さんは、そんな下らない話にも、律儀に耳を傾けていました。そして、会場に着いて人びとを前にすると、満面の笑みで力強く政治の希望を語り、車に戻るとまた腕を組んで黙り込む。壮絶な政治家の一面を見た思いでした。














わたくしごとですが、年下の友人が死を選びました。わたしのすべての日常の時間が立ち止まってしまい、先をたどることができません。自分より若い人の死は、どう受けとめたらいいかわかりません。どう悲しんでいいか、わかりません。

いつか、わたしが倒れたとき、いっしょに救急車に乗って、病院までつきそってくれたね。「だいじょうぶですよ、ぼくも何度も救急車で運ばれた」と、「だいじょうぶですよ、だいじょうぶですよ」と、点滴の枕元で、わたしを落ち着かせるようにというより、客観的事実を述べるように繰り返していたね。やさしいUすけ。人なつっこい笑顔がかわいかった。子猫を2匹もらって、よろこんでいた矢先じゃないの。

「ねえ、香代子さん、犬か猫を飼おうと思うんですよ、どっちがいいかなあ」
「そりゃ、猫でしょう、Uすけ君は留守が多いんだから。猫は犬より勝手に自分でやってるよ」
「そうかあ、猫かあ」

もう猫を手に入れたように、むじゃきによろこんでいたね。

病気だったのだ、薬があわなかったのだ、と納得しようとするのですが、かれがどんなにさびしかったかと思うと、たまりません。Uすけ、わたしの半分あまりしか生きずに死んでしまうなんて、それはないよ……。





六ヶ所も祝島も玄海も、鍵は規制緩和・構造改革!

こういうことを書くと、ブログを読みに来てくださる方がどっと減ってしまうかもしれません。でも、脱原発をめざすなら、さらなる規制緩和・構造改革が必要なんだと知りました。河野太郎さんが、言っていました。「また河野太郎?」とおっしゃるかもしれませんが、まあ聞いてください。

「マル激トーク・オン・ディマンド 第444回(2009年10月10日) 河野太郎の自民党復活計画」

「無駄のない、効率的な小さな政府を作り上げ、非効率な政府のくびきからこの国の経済を解き放ち、健全で公正な競争環境をつくりあげることにより、この国の経済をしっかりと発展させ、その果実を社会保障につかう。それが健全な保守主義政党」

前半のようなことは竹中サンも言っていて、あまり耳を傾けたいとは思いませんでした。「健全で公正な競争環境」ったって、現実には派遣切りに代表される、わたしたちが食べていけない経済の「繁栄」のことでしかないじゃないの、と。なのに、竹中サンは、規制緩和が足りないからこういうことになったのだ、と言い張るばかり。説明がない。

それにたいして河野太郎さんは、やり足りない規制緩和・構造改革とは何かを、ずばり指摘しています。それは、電気事業。

「規制緩和は、経済コストを削減するのだから、国の関与の強いところ、事業者の規模のでかいところをまずやるべき。たとえば電気や空港や港湾事業を徹底的にやってコストを下げるべきなのに、中央官庁や族議員の抵抗にあってできなかった。タクシーやお酒の小売りやガソリンスタンドといった、弱小の、経済コストの小さなところでしかできなかったから、規制緩和イコール悪になってしまった。構造改革を貫徹できなかったから、痛みだけが出てしまった」

そこでわたしは、そうだったのか、と膝を打った次第です。巨大な電力会社が発電も配電もうけおっている。こんなのは、このくにだけです。この地域独占をやめさせ、小規模な発電会社が各地域にたくさんできれば、電気エネルギーが地産地消でき、地域の雇用が増えます。小規模発電は自然エネルギーをつかいますから、石油、天然ガス、ウランといった、環境負荷の大きい、そして輸入に頼るしかないのでエネルギーの安全保障上問題含みの資源を大幅に節約できます。

エネルギーこそは地産地消でなければなりません。東京が消費する電力を新潟や福島でつくって、ロスを生みながら送電するなんて、非効率もいいところです。そうではなく、地域にちいさな発電会社が増えれば、送電ロスは減らせますし、大規模な火力発電所や原発は、その重要性が薄れていきます。そう、原発なんてつくる理由がなくなります。核燃リサイクルもプルサーマルも無意味になります。

従来の電力会社を発電会社と配電会社に分割・自由化し、送電線は社会インフラとして公共が持つ、そういう先進国がどこでもやっていることを、このくにもすればいいのです。いえ、すべきです。このくにのCO2排出の数10%は発電から出ていますから、自然エネルギーを利用した地域の小さな発電会社が増えれば、CO2はなんなくカットできます。

すでに、国交相は電力自由化をにらんで動きだしたようです。去年、農業用水路などを活用した小型水力発電の許可申請手続きを簡略にして、ちいさな自治体や中小企業やNPOが発電事業に参入できるよう、検討を始めたのです。このくにの将来を真剣に考えている官僚はいるのですね。

太郎さんの言う、「非効率性を排して健全で公正な競争環境をつくりあげる」とは、たとえば電力会社の独占を排するという意味だったのです。空港については、すでに新政権が手をつけています。だったら、次は電気事業をやっていただこうじゃありませんか。わたしたちは大いに注視し、民主連合政権にあたらしい政策を要求していこうじゃありませんか。現政権にできなかったら、新生自民党が捲土重来してやってくれても、わたしはいっこうにかまいません。どの政権でもいい、わたしたちの電気料金である宣伝費を湯水のように使ってマスメディアを牛耳っている巨大な電力会社を退治していただきたい。そして、原発を1日も早くこのくにからなくしたいものです。

希望が出てきました。六ヶ所、祝島、玄海はじめ、すべての原発の地元で反対運動をなさっているみなさん、電力が自由化されるまで、ごいっしょにもう一踏ん張りですよ。





やった! 教員免許10年更新制・全国学力テスト廃止 

「政治に躍動感がある」とメールをくださった方がいます。ほんとうに、弾みがついたが最後、あっちでもこっちでも、ものごとがめまぐるしいほどのスピードで変わっていきます。

きのうは、文部科学省がやってくれました。頭の上から重石がとれたような気分です。わたしも、国会裏でトラメガでどなった甲斐がありました。

教員免許更新制の廃止。この制度は今年始まったばかりです。先生のなかには、この夏休み、大学で開催された更新講習に通った方もおられるでしょう。ところが、とくに教科別の講座に人が集まらず、496大学8540講座の大半が定員の4割以下と大幅な定員割れ、228講座は中止になったそうです。

そりゃそうです。理科に「素粒子物理学」とか、社会科に「社会科に関する学問の歴史」とか。日々の授業や指導に腐心している、超多忙な小中学校の先生がうけたいと思うでしょうか。教授会で講師を押しつけられたやる気のない大学教師が、自分の専門でお茶をにごそうとしたとしか思えない、非良心的なメニューです。

講師は専門外のことで、貴重な研究の時間である夏休みを奪われて不機嫌で、受講生の身になって役立つ講義をしようなどという気はさらさらない。そういうことは、受講者にはびんびん伝わります。受講するほうは、最初から、お仕着せの更新講習なんてうけている暇があったら、もっと役に立つ自主研修や研究会に参加したいと思っていますから、もちろん不機嫌です。みんな不機嫌で、そこでは子どもたちのことなんて、これっぽっちも考えられていない……。

これは、「不適格教師の排除」という目的を掲げた自民党内のウヨクさんたちが強硬に主張して導入された制度です。とすると、どういうことが「不適格」と断じられるかは、説明するまでもないでしょう。ところが、聞くところによると、当初、文科省は乗り気ではなかったそうです。目的にかなった手段かどうか疑問だし、不適格教師の排除ならすでにその制度はあってちゃんと機能している、というのが文科省の見解だったとか。ですから、今ごろ、省内はほっとしていることでしょう。

でも、受講料は個人持ちなんですよね。「あの3万円返せ!」と叫びたい先生たちがいるわけ。同情します。でも、こんな下らない制度が1年で廃止になったことで、もって瞑すべし、というわけにはいきませんか? いかない? ですよねえ、3万円は痛い。

この出来の悪い制度をなくす代わりに、これからは大学院卒でないと教師になれないそうです。北欧並み。これはいいことなんじゃないでしょうか。でも、奨学金制度はしっかり整えてほしいと思います。

そして、全国学力テストの廃止です。このおかげで、さまざまな狂騒曲が全国でくり広げられました。点数のかんばしくない答案を抜いて問題になった学校、挙げて過去問題集にとりくんだ県、成績が振るわないとかっかしていた知事さん。結果を公表しろと、裁判に訴えたところもありました。みんな、成績や順位にぴりぴりしていました。

すべての子どもたちに受けさせるから、こういう騒ぎになるのです。地域の学力を調べるには、抽出方式でじゅうぶんです。むしろ、そのほうが、分析に値する科学的な結果を得られます。成績を気にしてズルをする動機が生じませんから。どのようにサンプルを選べばいいかを研究するのが、統計学です。それにしたがって、参加校を選べばいい。

これからもテストをするのなら、注文があります(個人的には、国レベルでテストをすること自体、疑問なのですが、それは措くとします)。注文はいろいろありますが、とにかくもうすこし良問と言えるものを出していただきたいのです。ある年の中学の国語、「手紙の書き方」だったそうです。拝啓、敬具、相手の名前、日付、自分の名前……はどこに書くか、とか。ある中学の子どもたちの感想をまとめたものを、いただきました。

「あれは常識テスト。あんなもので学力がわかるのかな」
「先生はいつも授業で、自分の頭で考えろって言うけど、あんまり考える問題じゃなかった」
「おれら、ずいぶんナメられてるんだってわかった」

鋭い。ごもっとも。こんなにしっかりとものごとを見ている中学2年生を前にして、おとなとして赤面するのは、わたしだけではないでしょう。もうひとつ注文をつけると、文科省には結果分析にもっと力を入れていただきたい。自民党の無駄撲滅PTでも、分析の浅さにクレームがついていました。

このくにの教育の唯一最大の問題は、お金をかけなさすぎること、つまり文教予算の7割は人件費ですから、教師の数が少なすぎるということです。来年度予算の概算要求に、文科省は教員を5500人増やすための予算をもりこむことにしたそうです。おととしの夏に閣議決定された教育振興計画の素案に、25000人増とあったのに、財務省に蹴られてしまった、ということがありました。少人数クラスは、教師のみならず、文科省の悲願でもあるのです。25000人には遠く及ばないとはいえ、増員はいいことです。たいせつなお金は、下らないテストに無駄使いせず、こういうことに使っていただきたいと思います。





政権発足4週間 記者クラブはどうなった?

新政権発足から、きょうで4週間です。もう4週間、でしょうか。まだ4週間、でしょうか。わたしは後者です。

テレビを含め、仄聞したいろんな省庁の閣僚たちの噂をランダムに並べてみると……。

・知り合いの副大臣、久しぶりに会ったらガリガリに痩せていた。

・大臣副大臣政務官、徹夜で仕事した翌朝8時に、ある専門家に質問の電話をかけてきた。

・「夕方6時から8時、役所で会いたい」と電話があったので、時間帯からして場所を間違えたかと、「料亭ではなくて?」と確かめると、「はい、役所で」。大臣室に入ると、ソファでなくテーブルに、大臣副大臣政務官、記録係が待ち構えている。用意した質問を立て続けにぶつけてきた。お茶が一杯出ただけ。終わっても、「食事でも」と誘える雰囲気ではない。全員、仕事に戻る気配だった。

・昼は300円の蕎麦をすすり、徹夜で仕事している。

・ある大臣は、深夜まで官僚のレクチャーをうけるのではなく、深夜まで官僚をレクチャーしている。

・自民党の元議員が電話で、「こんなことができるのか!」と言っていた。

なんともすさまじい仕事ぶり、真面目ぶりです。しかもできるところを見せつけました。「政権担当能力があるのか」というのが、政権を渡したくない側の言い分で、政権交代を支持する側は、「一度やらせてみよう」と反論するのがせいいっぱいだったついこのあいだのことを考えると、やはりうれしい拍子抜けです。

仕事は山積です。暫定予算切りから、息継ぐ間もなく来年度予算概算要求。そのほかの個別案件もどっさり。どなたも倒れませんように。

例の、民主党の公約だった
記者会見オープン問題は、どこまで進んだでしょう。ビデオニュース・ドットコムのサイトによると、10月7日の時点で次の通りです。このページで、記者クラブ問題を追求している神保哲生さんの映像が見られます(聞き手は宮台真司さん)。

・外務省:既に会見を開放。
・金融庁:記者クラブと非記者クラブ、会見を2回実施。
・法務省:従来から、一定の条件を満たせば記者クラブに加盟していない記者の参加を認めている。
・総務省、環境省、国家公安委員会、防衛省:各記者クラブとも、開放を検討中。
・官邸:首相会見だけ一部の雑誌と海外メディアに開いた(官房長官会見は開かず)。
・文部科学省:「省側から要求があれば検討する」と記者クラブ。
・財務省、厚生労働省、農水省、経産省、国交省:開放されておらず、検討もしていない。

金融担当大臣の亀井静香さんは、つくづく面白い方です。あのモラトリアム法案にしろ、カゲキなことをぶち上げて、落ち着くところに落ち着かせ、みごと実現させました。記者クラブ問題も、その手でいくのでしょうか。ある日の記者クラブでの会見、25分ぐらい経つと、「次があるから」と腰を浮かせたとか、その「次」、つまり非記者クラブ会見でだけ、すべての参加者にコーヒーが出たとか、通例の会見の講義スタイルではなく、大テーブルを囲んでのなごやかな雰囲気だったとか、未確認ですが、そんな情報もあります。

記者会見も、宮台さんの言うように、追い追いすべてオープンになるのでしょう。「暴れん坊静香ちゃんの当てつけ的えこひいき」も、その突破力になったりして。「まだ4週間」、この問題も今後の展開が楽しみです。





電撃って? 岡田外相アフガン訪問

このブログ、7月に始めたときは、オペラや映画や本の話、旅先で出会った人びとのことなども書く、全体としてはのどかなものにするつもりでした。

ところがここ数カ月、政治がおもしろくてたまりません。いきおい、そうした話題ばかりになっています。きょうも政治です。

岡田外相がカブールに飛びました。電撃訪問だそうです。電撃って、よく使われることばですが、だれにとっての電撃なのでしょうか。まさか、カルザイ大統領をびっくりさせたわけではないでしょう。鳩山さんはご存じでしたでしょう。おそらく閣内も。記者クラブメディアが知らなかった、あるいは知らなかったフリをするよう頼まれていたということでしょうか……いえ、たとえそういうことが今まではあったとしても(あったかどうか、知りませんが)、もはやありえません。岡田さんは会見をオープンにしましたから。わたしたち市民には正真正銘、寝耳に水ですが、アメリカは? これまでの政権なら必ず事前に伝えるでしょうが……。

岡田さんは、カルザイ大統領に抱っこされた男の子(男の子、迷惑そうでした)の口にワクチンを垂らし、「子どもたちをはじめとする、アフガンの人びとに役立つ援助を」と言いました。そして、カルザイさんとの会談では、アラブ海域での給油は話題にならなかったそうです。そういう情報を出したのは、野党と国際社会、とくにアメリカにたいして、あんなの役立つ援助じゃないと双方が一致した、とアナウンスする意図があったのだと思いたい。

たった7時間足らずのカブール滞在だったのに、水たまりにしゃがんで子どもと話をしたり、青い地球のようなボールを手に子どもたちに囲まれたり、学校の教室で子どもたちに話しかけたりするところをしっかりニュース映像におさめさせた岡田さん、なかなかの発信力です。

アフガンの3%しか掌握していないカルザイ政権、8月の大統領選挙もいかがわしいもので、選挙をサポートする国連機関のトップ2人が「不正」をどう評価するかで対立したカルザイ政権への援助ってどうなの、という素朴な疑問もありますが、支援は民生分野、とくに電力などの社会インフラ、職業教育、農業だそうです。さすが、何度も中村哲先生をお呼びしてレクチャーをうけた民主党の外務大臣です。

在京のアフガン難民の方が言っていました、「アフガンでは仕事がないから兵士になる、戦争をする」と。中村先生も、元兵士をたくさん雇っています。タリバンだろうがなんだろうが、食べるために兵士になるのであって、主義主張のために命をなげうつなんて人はごく少数でしょう。

日本は8月までの半年間、8万人の警察官のお給料およそ100億円を肩代わりしました。計算してみました。アフガンでは、警察官の月給は2万円ぐらいなんですね。これは、カルザイ政権にも国際社会にも評判がいい。ペシャワール会ですら中村先生以外のスタッフを撤収した、治安の悪いアフガンでは、日本人が現地で支援することは難しいでしょうから、警察官の給料をひきつづき負担するのも、いい選択肢として考えられているのではないでしょうか。なんといっても、警察は治安維持が任務です。

とにかく、今のアフガンの最大の問題は治安です。治安さえ安定すれば、アメリカ軍やISAFのヨーロッパ各国軍が撤収する口実になります。ところが、外国の軍隊がいるから治安が悪くなるという絶対矛盾のドツボにはまって、各国はにっちもさっちもいかなくなくなっています。ホンネでは、どの国も軍隊での治安維持という作戦が大失敗だと気づいていて、1日も早く早く軍を退きたい。ですから、かつてはお金しか出さないと揶揄されたこのくにのやり方が、すぐに軍を出す国々を助けることになります。これこそまさに、9条のくにならではの国際貢献です。

きのうは東京で、キャンベル米国務次官補が長島防衛政務官と話しあいました。次官補の来日は、新政権が普天間やアフガンをどう考えているのか、大統領来日前に情報収集するためです。長島さんもアメリカに飛ぶそうです。がんばって、新政権の立場を説明してきてください。

岡田外相は、パキスタンのザルダリ大統領やギラニ首相とも会い、こちらではアラブ海域の給油継続をお願いされてしまいまいましたが、「新法をつくっている暇がない」と、つまり限りなくノーに近い受け答えをしました。岡田さん、信頼感安定感ばっちりです。アフガン支援の中身は、11月のオバマ米大統領訪日のあとに詰めるそうで、これは、アメリカともちゃんと相談して進めますのでよろしくね、というアメリカへのメッセージ。なんとあざやかな段取りでしょう。岡田さんに拍手です。





今さらながら平壌宣言がまぶしい 日中韓首脳会談

鳩山由紀夫総理が北京で温家宝首相、李明博大統領と握手をしているのを、テレビで見ました。この方が出てくると、金色のネクタイのせいばかりでなく、画面がぱっと明るくなる。とてもいいことだと思います。

温さんは、平壌に行ってきたばかり。金正日総書記から、「多国間協議」に参加するのはやぶさかではない、との言質をとってきた。それで、鳩山さんと李さんに、「この好機を逃してはなりませぬぞ」と念を押した。鳩山さんは同意して、金さんが条件にしている米朝協議も、「よろしいんじゃないでしょうか」と言った。

金さんが言う「多国間協議」、つまり六カ国協議では、核の問題が話しあわれます。鳩山さんが同意したということは、金さんがいやがる拉致問題は、その席ではとりあげないことを了承した、ということでしょう。それは日朝でやります、と。

日本が拉致問題を持ち出すことは、北朝鮮が六カ国協議に応じない口実のひとつに利用されてきました。おかげで今やあとの4カ国も、日本を「困った国だ」と冷たい目で見る。外交は内政だとは、よく言ったものです。今までは、六カ国協議の場で拉致の問題を声高に唱えなければ、政治家も外務官僚も国内に「顔向けができない」状態でした。この問題にかんしては、強硬な声ばかりが国内に充ち満ちていたからです。それが結果として、北東アジアの安定化を遅らせてきたことは否めないと思います。

7年前のあの「……生存、……死亡」という驚愕と沈痛のニュース、悲痛な家族の方がたのお顔、声、今もなまなましく思い出されます。どうして、その情報を平壌で告げられて、「そうですか」と受け入れてしまったのか。政治家も外務官僚もメディアも、軽率の誹(そし)りを逃れられないと思います。「それはこの時点での情報としていったん受けとめはするけれど、これだけでは国民は納得しません。本格的な調査などは国交正常化してすぐ始めましょう」となぜ言えなかったのか、思えばふしぎななりゆきでした。

そう、あのときすぐにも国交正常化の実務手続きが始まると、わたしは単純に思っていました。
日朝平壌宣言にそうあったからです。そこには、戦時賠償に代わる経済援助をする、という約束もありました。北朝鮮の、核に「関連するすべての国際的合意を遵守する」という約束は、NPT(核拡散防止条約)に復帰する、ということではなかったでしょうか。北朝鮮の核兵器開発という深刻な問題について、小泉さんは国際社会にたいへんな朗報をもたらしたはずでした。

ところがそれから、拉致問題はこじれにこじれ、日本も北朝鮮も約束を守ることはありませんでした。国交正常化は着手されず、日本は経済援助しないどころか、波状的に経済制裁を強化し、北朝鮮は核実験や「飛翔体」発射実験をくりかえしました。

たとえばあのとき、ほかの約束は守る、つまり国交正常化手続きに入るし、経済援助もする、しかも大幅に前倒しして実施するから、帰国した拉致被害者の方がたを戻さないことだけは認めてほしい、と交渉できなかったのでしょうか……と書いて、できなかったわけに思い当たりました。

そんなことをしたら、地球上に最後に残った冷戦体制が終わってしまいます。冷戦が終わったら、「防共のためのアメリカの出城(でじろ)、ニッポン城主」自民党の存在意義が失われてしまいます。だから、自民党は、なかでも「ウヨク」体質の党内グループは、拉致問題を楯に、どうしても冷戦的対立の構図を温存したかったのだろうと思います。そのためには、拉致問題を永遠に解決させない必要があったのだと思います。つまり、かれらは拉致被害者やそのご家族の味方のフリをして、自身の反共感情を気持ちよく表出していただけでした。

考えても詮ないことですが、もしもあのとき国交を正常化して、北朝鮮を国際経済のネットワークに組み込んでしまえていたら、拉致被害者の調査や原状復帰は、今ごろかなり進んでいたのではないでしょうか。北朝鮮も、今のような国ではなくなっていたかもしれません。

今、平壌宣言を読み直すと、植民地時代への謝罪にはじまって、そこで言われていることのまっとうさ、北東アジア地域の平和構築への意志がまぶしい。そこに署名しているのが小泉純一郎だろうがなんだろうが、まぶしいものはまぶしい。

これが実現したら自民党は消滅するのですから、小泉さんの「自民党をぶっ壊す」は、もしかしたらこの宣言に最高の表現をえているのかもしれません。なぜ、このような文書が、自民党政権と対米追従勢力が牛耳っていた外務省から出てきたのか。そして、小泉さんはなぜ、バリバリのウヨクである安倍さんに拉致問題を任せ、次の総裁に引き立てたのか。わたしのようなしろうとが外から見ている分には、奇々怪々としか思えないなりゆきが、解き明かされる日が待ち遠しい思いです。

それはともかく鳩山さん、こういうふうに金さんに持ちかけるわけにはいかないものでしょうか。政権が代わったのですから、言いやすくなったはずです。そして民主党は、外交面ではポスト冷戦の世界を踏まえているはずですから。

「この7年、不幸なことに貴国との関係は停滞していました。ここで一度、平壌宣言に立ち戻って、お互いにとってもっともいい方策を探りませんか」





これまで悪すぎ直近最悪、で、オバマにノーベル平和賞

8月1日2日、オバマさんのプラハ演説にたいして、かなり斜に構えたことを書きました。

「核のない世界を」なんてほんとかしら、という素朴な気持ちと、在任中は核を手放さないというのは聞き捨てならないと思ったのと、あれはチェコにMD(ミサイル防衛)用のレーダー基地を置くことをチェコ市民に飲ませるためだと勘ぐったのと、おおざっぱに言って3つの理由からです。

ところがその後、オバマさんはチェコのMDレーダー計画を取り下げました。また、アメリカの大統領として初めて国連安保理の議長を勝って出、核のない世界をめざすという決議案を採決にかけて、全会一致の採択にこぎつけました。世界が注目する大舞台であの議長の木槌を一打する映像によって、国連を軽視する核保有大国というこれまでのアメリカ像をみごとに打ち砕いたのです。歴史に残る政治的パフォーマンスだったと思います。

ワシントンでは核政策、とくにアメリカだけがとり続けている核の先制攻撃政策をめぐって、熾烈な暗闘がくりひろげられている、そんな気がします。オバマさんはこの政策を変更したい。しかし、そうはさせじと抵抗する旧勢力の頑強な抵抗に遭っている。そこで、国際政治の舞台でつぎつぎと従来の核政策を否定するような発言や行動を重ね、世界世論を味方につけることによって、政敵たちの外堀を埋めようとしているのではないでしょうか。

案の定、ノルウェー議会はオバマさんに、ノーベル平和賞という最強のエールを送った(ノーベル賞のうち、平和賞だけはノルウェー議会に任されています)。オバマさんは、一騎当千の味方をえてワシントンでのたたかいを有利に進めることができるようになった、のでしょうか。そうだといいのですが。だいいち、今世紀に入ってからカーター、ゴアと、大統領副大統領経験者の受賞が相次いではいますが、ノーベル平和賞がアメリカ市民にどのくらい評価されているのか、よく知りません。ですから、ワシントンで核政策の綱引きをやっている人びとが、ノーベル平和賞にたいする市民の反応をどれだけ気にするかは、わたしのようなしろうとにはわかりません。

ともあれ、オバマさんは「核のない世界」政策へ、ますます引っ込みのつかないところに押し出されました。もちろん、望むところではあるでしょう。けれど、こんなに早く、ノーベル平和賞という「最強カード」が配られるとは、思ってもみなかったでしょう。国内での政治闘争のなかでこれをどう生かすか、バラク・オバマという優れた政治家の手腕が試されます。

わたしたちとしては、その背中を後押しするにはどうしたらいいのか。11月の来日時には、時間的制約という理由で被爆地を訪れないそうですが、訪れてほしい、という声は受賞を機にふたたびあがってきています。わたしも8月1日に、初めての来日時かどうかはともかく、オバマさんは被爆地に立つべきだと書きました。

けれど、今このときのオバマ大統領の被爆地訪問がいいことかどうか、わたし個人としてはわからなくなっています。医療保険問題で、この大統領は支持率を70%から50%へと、一気に落としました。ヒロシマナガサキへの原爆投下を肯定する声は、いまだアメリカには強い。そんな今、オバマさんがそのどちらかでも行こうものなら、アメリカ国内での大統領の政治力はさらに低下しかねない、と懸念するのです。いくら世界が期待を寄せても、オバマ政権の命運を制するのはアメリカ市民です。いわばわたしたちは外野席の観客です。おおいに声援をおくることはできても、アメリカ国内の民主主義の政治過程に参加することはできません。

アメリカが唯一の超大国として唯我独尊のふるまいをしていたのは、ついこのあいだのことです。世界は頭をおさえつけられたような、陰惨な空気に満ちていました。その、今までは war president、戦時大統領だったアメリカの大統領が、核廃絶を言った。そのあまりにあざやかな対照ぶりに、世界中の人びとはひさかたぶりに深呼吸し、希望に胸をむくらませた。ノルウェー議会も、その大統領にノーベル平和賞を授与して、peace president、平和の大統領の称号をあたえた。

だからといって、11月の初来日のときに被爆地に行ってほしいと性急な注文をつきつけ、それをまるで踏み絵のように考えて行った行かないで一喜一憂するのは、このくにのなかだけで通用する、感情のゲームでしかありません。

もちろん、財界人とのパーティをすっぽかして夜行列車に飛び乗り、広島を見に行ったチェ・ゲバラさんが、キューバ危機のときかっかしていたカストロさんに、「核戦争はぜったい回避すべき」と助言した、という説があります。政治指導者が被爆地を訪れることには、計り知れない意味があります。いつかはいい機会をとらえて、オバマさんにもヒロシマナガサキを見てほしい。でも今は、それを無理強いしてオバマ政権のアメリカ国内での政治力を殺ぐようなことがあっては元も子もないと思うのです。





緊迫する祝島「ちょっとくらいの放射能」補遺と声明

おとといの記事の「ちょっとくらいの放射能」、この発言をした人物は、中国電力本社広報のOさんという方でした。

Oさん、どのような会話の中でおっしゃったかはわかりません。でも、どのようなやりとりにせよ、この発言は電気事業者への信頼を損ねます。こんな心構えで原発をつくり、動かされては、たまったものではありません。

報道を俟つまでもなく、地元の方がたの怒りはなおさらだとは、想像に難くありません。生きる糧である海を奪われるだけでなく、「むきになる」ほどでもない「ちょっとくらいの放射能」にさらされて子々孫々生きていくことを、誰が受け入れるでしょう。Oさん、あなただったら、ご家族とともにそういうところに暮らすことを容認しますか?

鎌仲ひとみ監督が声明を出しました。深い怒りのなかにも冷静さを失わない、肝の据わったことばに、勇気づけられる思いです。まさに、たたかいはこれからです。


今日、中国電力は埋め立て工事に必要な海に浮かべるブイを設置してしまいました。

田名埠頭では朝から台船が出て9基のブイを持ち出す構えを取りながら、実は朝早く他の港から別のブイを運ぶ陽動作戦でした。

9月10日からずっと阻止行動をしてきた祝島の人々、応援に駆けつけた人々は肩すかしを食ってしまいました。

およそ一ヶ月近く続いた阻止行動は、今日、別の局面を迎えました。

ブイは設置されても、地域の理解を得ないままに埋め立てをする理不尽さは変わりません。たとえ、着工が期限内にできたとしてもその課題に中国電力を向き合うべきです。そこを見つめたいと思っています。

取り急ぎ、ご報告させていただきます。

鎌仲 2009/10/7





自衛隊はイラクで何を運んだか 補遺と声明

おとといの記事に、前政権下の黒塗り「開示」資料と、現政権下の開示資料の2つの画像、拡大して並べるとサイコーと書いたら、そうしてくださった方がいます。インパクトありますねぇ。ヤマボウシさん、ありがとうございました。

きのう東京弁護士開館で開かれた会見での声明を、ここに記録しておきます。

声明に言われているように、今回の開示ははじめの一歩に過ぎません。アメリカ側の情報とつきあわせることにより、自衛隊機から降り立った米兵が、おびただしい市民を地獄の底に突き落としたファルージャ攻撃などにどのようにかかわったか、恐ろしい事実がつきとめられ、わたしたちはそれと向きあわねばなりません。

派遣隊員の被害にPTSDも挙げられていることで、思い当たることがあります。

自衛隊員の自死率が高いことは、前から言われてきました。10万人につき、全人口だと23人という数がそもそも異常なのですが、自衛隊員は50人と、じつにその2倍以上です。そして、イラクとアラブ海域に派遣された自衛隊員は21,380人、そのうち23人が自死に追い込まれています。10万人換算だと108人、全人口と比べるとなんと5倍近くにもなる計算です(毛利正道『平和的生存権と生存権が繋がる日 イラク派兵違憲裁判から』による)。

いったいなにが起きたのか、いまなお起きているのか、隊員そしてご家族のために、国会できっちり解明していただきたいと思います。

そういえば、サマワへの第一次派遣隊が成田に帰ってきたとき、ある上官が新聞のインタビューに答えて、こう言っていました。

「自分たちがサマワでしてきたことがほんとうに国益に叶ったのか、国会できちんと議論してほしい」

自衛官のこうした発言は、なかなか聞けません。自分の言葉で取材に答えたこの自衛官は、りっぱだと思います。取材した記者も、記事掲載を決めたその日のデスクもりっぱだと思います。新聞は讀賣新聞です。記事は切り抜いてありますが、今すぐ出てきません。出てきたらご紹介します。

たぶんこの自衛官は、強い使命感をもってサマワに行ったのでしょう。ところが、基地に籠もりきりという「任務」にプライドを傷つけられた、わたしはそう想像します。なぜこんな愚劣なことが「国益」のためになるのだ、ばかばかしい、自分たちは政治パフォーマンスのただの駒ではないのか……。

わたしは、おそらくこの自衛官がもっていたであろう使命感に賛同する者ではありませんが、それでも政治には、国会には、こうした自衛官の思いに応える義務があると思います。そうしてこそ、「文民統制の自衛隊」だ、と。いまはまだ自衛隊が存在する以上、せめて文民統制は外してはならないわけですから。

イラクの空自は戦闘地域で戦闘行為に加わっているとした名古屋高裁の違憲判決を、「現地の思いは『そんなのカンケイねえ』だ」と言い放ち、文民統制を否定した田母神某のような、あるいは、「現地で外国軍が武力衝突したら情報収集名目で出かけ、意図的に巻き込まれるかたちで発砲するつもりだった」と当然のように言って参議院議員になった佐藤某のような人びとの出る幕をなくすためにも、国会での検証は不可欠です。


イラク派遣航空自衛隊「週間空輸実績」の情報開示は、第一歩にすぎない。
改めて全面開示と「イラク戦争支持」「自衛隊派遣」の徹底検証を求める。

2009年10月7日
自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議

1.イラク派兵差止訴訟の元原告らが請求していた航空自衛隊「週間空輸実績」の情報開示に対し、防衛省はこの間一貫して不開示としていたが、本年9月24日付通知で不開示決定に対する異議申し立てを認め、先日、全面的に開示された。
  内容を見ると、多国籍軍の軍人18,700名、うち米軍17,000人で、兵士輸送が全体の7割を超え、さらに銃を5400丁運んでいるなど、人道復興支援という国民向け説明と全く違い、米軍が主導する軍事作戦への支援だったことが明らかになった。

2.全国11地裁に14訴訟を提起した自衛隊イラク派兵差止訴訟は、「人道復興支援」の美名で遂行された自衛隊派遣が、真実は、米英が始めた国際法違反の戦争に加担するものであり、憲法9条と日本国民の平和のうちに生きる権利を侵害するものであると主張してたたかった。私たちは、被告国に対し、情報を開示し、原告らの主張に対して反論するよう求めたが、遂に最後まで明らかにせず反論もしなかった。

3.その結果、昨年4月17日、名古屋高裁は、航空自衛隊の空輸活動は憲法9条1項が禁ずる武力の行使にあたるとする画期的な違憲判決を下した。判決は、「政府の情報不開示と政府答弁」として、「国民からなされた行政文書開示請求に対しても、顕微鏡・心電図・・保育器などの医療機器を空輸した1件以外は、全て黒塗りの文書を開示するのみで、航空自衛隊の輸送内容を明らかにしない」と厳しく批判した。
全国の差止訴訟が終結した今年4月には、私たちは、首相に対して「イラク戦争支持判断の検証とイラクでの空自による輸送活動内容の十分な開示を求める」要請を行なっている。今回の全面開示は、こうした全国の訴訟の継続的なたたかいと、憲法を護り民主主義の伸長を求める国民世論の画期的な成果である。
  
4.しかし、今回の開示は、第一歩に過ぎない。空自基地だったクウェ−トのアリ・アルサレム空港での活動、空自の輸送活動と米軍の掃討作戦等との関連性、陸上自衛隊の宿営地サマワでの諜報活動や警備活動の実態、派遣隊員の負傷やPTSD、劣化ウラン弾による放射能被害、1000億円を超えた派遣費用の具体的な使途、イラク反戦運動を情報収集し「世論工作」を行なった情報保全隊の活動など、国民に情報開示し、検証すべき問題はたくさんある。自衛隊がわが憲法の下で初めて本格派兵され、憲法違反であるとする司法判断が確定しているのであるから、当然のことである。

5.私たちは、「人道支援」「復興支援」などの美名に惑わされ、国民に隠して戦争支援が行なわれるような政府の過ちを二度と許してはならない。
そして何よりも、誤まった政策の最大の被害者はイラクの人々である。私たちは、戦争加害国の主権者としての責任を決して忘れることなく、今後ともイラク戦争支持と自衛隊派遣を徹底的に検証すべく、全力を挙げて取り組む決意である。





緊迫する祝島「ちょっとくらいの放射能」

なま温かい風が小刻みに強まったり弱まったりして、霧吹きで吹きつけたような小雨を揉んでいます。そこに、今年初めての香り。台風が接近するこんな夜、金木犀が匂い始めたのでした。

西日本はだいじょうぶかな、そして夜も明ければ中部も東日本も。果樹園が心配だなあ、と思いながら帰宅して驚きました。この台風の中、祝島でとんでもないことが起こっていました。

祝島のたたかいについては、
以前も書きました。中電が作業をしないよう、連日のようにカヤック隊が海に出ています。強い台風の接近をうけて、中電はきょうの作業中止を伝えてきた、カヤックを出すのは危険と手をこまねいていた人びとがほっと安心、台風に備えて作業していたら、中電が埋め立てを始めたとの急報が(中国新聞のウェブ記事はこちら。山口放送のニュース動画はこちら力のこもったいいニュースです。中国電力上関原発準備事務所の岩畔克典所長のエグイ会見が見られます)。

完璧なだまし討ちです。県の埋め立て免許の着工期限が21日に迫っていたための暴挙です。

ある方が中電に抗議の電話をしたら、こう言われたそうです。鎌仲ひとみ監督に教えていただきました。

「昔、核実験の時、放射能がいっぱいばらまかれたんだから、ちょっとくらいの放射能でむきになることはないではないですか」

中電は、こんな認識なのでしょうか。発言者、出ていらっしゃい。名前と所属と肩書きを名乗りなさい。


追記です。
かっかしながら考えました。まず、中電に電話やFAXをしようと思いました。
電話:082−241−0211
FAX:082−523−6185
http://www.energia.co.jp/

そして来年の参議院選挙です。

民主党は、CO2の25%削減と抱き合わせで、原発建設を推進するでしょう。国民新党は、態度を明らかにしていません。社民党は、原発反対です。

もしも、民主党が単独で参議院の過半数をとれるほどに勝ったら、連立をかなぐり捨てるでしょう。そうでなくても、原発反対の社民党の発言力は弱まるでしょう。民主をあまり勝たせないこと、社民の議席と得票率を増やすこと、それが乾坤一擲、原発をとめられるかどうかの最後のたたかいになる、強まる雨音を聞きながら、そんなことを考えました。






政権交代「劇的ビフォーアフター・情報公開篇」自衛隊はイラクで何を運んだか

_空自開示資料(黒塗り)1まずはこれ。画像をクリック。別ウィンドウが開いたら、もう一度画像をクリックしてください。文字がはっきり読み取れます。→                               



_空自開示資料(空輸実績)1そしてこれ。同じようにクリックして拡大してください。→



呼び出して拡大した2つの画像を並べるとサイコーです。





同じ書類ですよねっ、ねっ、ねっ?! 空自はイラクで何を運んだのか、イラク派兵違憲訴訟の名古屋原告団の近藤ゆり子さんが、何度も情報公開を求め、そのたびに、1つめの画像のようなまっ黒の空輸週報が「開示」されてきました。近藤さんは、「こんなものが情報開示とはおかしい」と、これまた何度も異議申し立てをしてきました。

そして、ついにこの7月、政権交代直前に申し立てた異議にたいし、10月に入って、黒塗りなしの空輸週報がどさっと郵送されてきたとのことです。

このこと、東京新聞はきょうの一面と
社会面にトップで報じています(中日新聞も)。毎日新聞にも載っています。TBSもきょうのニュースで伝えました。朝日新聞も、讀賣新聞も、共同通信も、時事通信も。NHKも夜の定時ニュースで取り上げました。

日経新聞は共同配信(でお茶をにごしている?)。産経新聞は出遅れているのでしょうか、ネットでは確認できません。その系列のフジテレビは、最終ニュースでも取り上げませんでした。ということは、出遅れの問題ではないのかもしれませんね(フフフ)。

ご説明するまでもありません。航空自衛隊が運んでいたのは、ほとんどが米兵をはじめとする多国籍軍兵士と、禁じられていたはずの武器でした。

自公連立小泉政権がいちはやく支持し、参戦までしたイラク戦争、そして名古屋高裁が違憲判決を出した空自の活動。公開された情報をふまえ、国会はその是非を早急に検証してください。アメリカもイギリスも、とっくにやっていることです。その結果は、いずれもクロでした。開示資料が黒塗りだったのは、その中身がクロだったからだとの明確な結論を出して、きっちり落とし前をつけてほしいと思います。きのう書いた拉致問題に続いて、お忙しいことですが、鈴木宗男衆院外交委員長、よろしくお願いしますよ。

これが政権交代の果実なのだと、このうれしいニュースを、山梨の旬の葡萄をおいしくいただきながら味わいました。果実はまだまだあるでしょう。楽しみな秋です。

きょう10月7日17時から、東京弁護士会館5階509号室で、イラク訴訟全国弁護団連絡会議の記者会見が開かれます。開示資料の現物が示されることでしょう。メディアのみなさん、どうぞお越しください。うー、わたしも見物に行きたい!





「拉致」が明かない話

「すごいことになっていますよ」と教えていただきました。どれどれ、とサイトをのぞいてびっくり。強いことばがびっしりと並んでいます。

「すべての手段を使って反対運動を展開する」とか、「政治家、学者、ジャーナリストなどの主張に対し様々な方法で戦う」とか。

文面にたちこめる、どこかなつかしい雰囲気。40年前、若者たちの戦いの最後の日々、こうした激越なことばが氾濫していたっけ……なんて、のんきに懐古の情にひたったのもつかのま、わっ、わたしも「様々な方法で戦」いをしかけられるのかっ!と身が引き締まりました。わたしは政治家でも学者でもジャーナリストでもないけれど、この方がたが反対している主張に賛成だからです。

この方がたとは、北朝鮮による拉致被害者家族会と救う会。つまりわたしは、拉致問題の解決は話しあいによるしかない、とことあるごとに言いふらし、このブログにも書いたので、この方がたから見たら、戦う相手の片割れになってしまうのです。

冒頭に、「認定未認定にかかわらずすべての拉致被害者の救出が我々の目的である」とあります。まん中に「待っている」と大書きされ、そのまわりが小さな顔写真に埋めつくされたポスターを思い出しました。

でも、「すべて」ってどういう意味でしょう。「認定未認定にかかわらず」ですから、「まだいるはずだ」「この人も拉致されたはずだ」と主張し続ければ、永遠に決着はつきません。これはもう、永久闘争宣言と見るべきです。この方がたには、その自覚がおありなのか、どうか。

お気持ちはわかります。「救出停滞の大きな理由は確認なしに「死亡通告」を受け取り平壌宣言にサインしてしまったことだ」というご主張ももっともだと思います。たしかに、そこからボタンの掛け違いは始まった。

それでも、こんなおどろおどろしい「運動方針案」は、読むのもつらい。個々人が語られるべきところで、なんというか、天下国家が前面に出すぎている。もちろん、それに言及することは、ことがらの性質上、避けようがありません。が、ここまでくると、当事者やそのご家族の胸の内を思い、痛々しいとしか言いようがありません。

わたしはやはり、解決には話しあいしかない、と言いたいと思います。強硬な主張を唱えるのは痛快かもしれませんが、手段の選択の幅を極端に狭めます。したがって不利です。しかも、その方針でこれまで埒が明かなかったのですから、合目的的ではありません。

そして、北朝鮮だけでなく、中国もアメリカも韓国も、話しあい再開にじわりと動こうとしている今、このくにもそこに参加するにせよ、「六カ国協議」の体裁をととのえるためでしかなく、ひとり浮いた存在になってしまう、そんな危惧を覚えます。

政権交代で、政策の修正はやりやすくなりました。これを、今までのやり方でよかったのかどうか検証し、この時点でもっとも効果的な方法をみんなで改めて考える好機ととらえ……そうだ、衆議院外交委員会の委員長は鈴木宗男サンです。馬力があります。あの方に、対北朝鮮交渉の洗い直しをしていただきませんか。


「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」サイトより
「今後の運動方針案 家族会・救う会合同会(21.10.04)」






橋下さん、見た? Nスペ「セーフティーネット・クライシス Vol.3」

きのうのNHKスペシャル「セーフティーネット・クライシスVol.3」は、「しのびよる貧困 子どもを救えるか」でした。

朝、保健室に直行する子どもたち。夕べからなにも食べてない、熱があっても、骨折しても医者に連れて行ってもらえない。親から身だしなみに気を配ってもらうなど、望むべくもない。出された牛乳を一気に飲み、お菓子を食べ、顔を洗うよううながされて、「かわいなったわぁ、めちゃ美人になったやん」と、養護の先生からやさしい声をかけてもらう。

高校では、バイトで授業料を出すどころか、家にもお金を入れなければならなかったり、中退を余儀なくされたり、大学などへの入学が決まっても、お金を用意できずに辞退しなければならなくなったり。

経済悪化で雇用が不安定になり、親が経済的にも精神的にも追い詰められているのです。ある町の先生が言っていました。「家庭訪問、この時間帯にあの子の家に行くわけにはいかない、親が覚醒剤をやっているからとか、親に会いたければパチンコ屋に行かなければならないとかで、毎日夜の10時頃まで駆けずり回っている」と。

もちろん、必死で働いて、それでも生活がなりたたない親のほうが圧倒的に多い。でも、なかには自暴自棄になってしまった大人もいるのです。そして、その大人たちには幼い子どもがいたりもするのです。先生の話を聞いた町では、さまざまな消費者金融の看板がいたるところにあって、異様な光景をつくりだしていました。

町全体の経済活動がぴたっと静止し、親の生活が崩壊している、そのしわよせが子どもに来ている。子どもの貧困ということが、ようやくこうしてマスメディアでも大きく取り上げられるようになりました。子どもは、社会や政治にたいし、直接自分で声を挙げることが、まずできません。それで、置き去りにされているうちに、子ども7人に1人が貧困という、危機的な状況がわたしたちにつきつけられている。(ここで言う「貧困」とは、生活費が平均の半分以下の状態を指します。その社会の多くの人が享受している衣食住などを享受できない、「相対的貧困」のことです。)

去年、「親の貧困は子の自己責任」論者の橋下サンは、全国学力テストで大阪府の成績がふるわなかったと、カッカしていました。成績のいい秋田県から先生を招いたり、実績を上げた「とされている」民間出身の公立中学の元校長を東京から招聘したりして、今年はすこし上向いた。「やればできるじゃないか」と、またはっぱをかけていましたね。

でも、学力のふるわなさは生活保護世帯の多さと、もっともきれいな相関関係を示すとは、多くの教育学者が言っていることです。生活保護世帯が多い大阪府の知事をなさっている橋下サンも、ご存じだと思うのですが。番組が取り上げていたのも、大阪の学校でした。

民主党連立政権が掲げる月26,000円の子ども手当と高校授業料実質無償化を満額実施しても、国家予算における子育て予算の割合は、OECDの平均にやっと届くかどうかです。これを社会の共通認識にしたうえで、子どもたちのむごい今を、社会全体でなんとかしないと。これは、個人の責任に期すべき問題ではないし、個人の力でどうにかなることでもないと、わたしは思います。

補足です。

子ども手当、政府は現金支給にこだわっています。それは、経済を刺激するためにも重要だということはわかります。来年度からの半額実施はそれでもいいでしょう。でも、再来年度から満額実施するとき、半分はバウチャー制にするなどして、子どものニーズにだけ使えるようにするという、きめ細かい配慮も必要だと思います。





一冊まるごと「平和」の育児雑誌

ややマットな紙質に、おさえた色調の写真やイラスト。レイアウトも楽しい、センスのいい雑誌です。「フォー パパママ&キッズ」とあるように、子育て雑誌です。子どものファッション雑誌の一面もあります。そしていつも、「おおっ! やりますねえ」と思わせる特集は、たとえば「パパ、ママ、時間ってなあに?」「家族で楽しむ星のてびき」「おばあちゃんに会いに行こう!」などなど。

その「MAMMOTH マンモス」mammoth19誌No.19は、特集「平和をつくろう!」。ピースメーカーとして紹介されている方がたの中には、ヴァンダナ・シヴァさんや、われらが星川淳・グリンピースジャパン事務局長、半農半歌手のYaeさんなど。ピースな絵本(わたしが訳したケストナーの『動物会議』も)にピースなDVD、そして憲法のこと、9条のこと。

出色は、綴じ込みのかたちで、沖縄本土復帰前の本土と沖縄の子ともたちの詩が、ダウン症や自閉症の子どもたちの絵とともに掲載されていることです。

まるで、ちいさな詩画集です。なぜ今40年近く前のものを、と疑問を抱いたら、編集者の思う壺。読めばわかります、という声が聞こえてきそうです。

わたしも、「平和っていったいどんなこと?」というエッセイを書かせていただきました。

子どもたちへの最高のプレゼントは、平和への意志なんだ、と改めて思いました。わたしも、孫がいたら息子の家に送るのに。

書店になければ、ここからの定期購読がお勧めだそうです。





高速病院船があったなら 海の彼方の大地震

9月30日、サモアでマグニチュード8以上の大地震がありました。翌日には、4年前に続いてまたスマトラで大地震。このくにとはさまざまに関係の深い地域の人びとが、今、苦しんでいます。

政府は、インドネシア政府の要請にこたえて、地震が発生した1日夜にも、国際緊急援助隊を派遣しました。でも、サモアやトンガには行ってないようです。政府レベルの要請がまだないのでしょうか。トンガと言えば、ひところはお相撲さんがたくさんやってきました。そこがたいへんなことになっているのに……。

国際緊急援助隊は、海外で大災害が起きると、各地の消防や警察から機材や優秀な人材を集めて、臨時に編成されます。4年前のスマトラ沖地震のときも、派遣に異論もあった自衛隊どころか、その先遣隊より早く現地に入りました。なにしろ、要請があってから24時間以内に出発することになっているのです。ひとり残された小学生の男の子といっしょに、海岸で家族を捜索していた鮮やかなオレンジ色のジャケットの人たち、あれが国際緊急援助隊員です。

ヘリコプターも出動することがあります。そのヘリは、ふだんから救助活動をしているので、目立つように赤く塗られています。各国が被災地に送るのは軍隊ですので、ヘリも迷彩色です。そこへ、まっ赤なヘリがやってくると、人命救助専門のヘリだということは、すぐにどこの国の人にもわかるので、地上で救助を待つ被災した人びとは、感動で異様な興奮状態になるそうです。それで国際緊急援助隊は、別名、レッドエンジェルと呼ばれています。

このくに、じつはそんなすばらしい国際貢献をしているのです。

この、各地の消防・警察をネットワークで結んで国際貢献に生かすことを構想したのは、弱冠43歳の自治大臣、小沢一郎でした。まずは消防から発足し、警察がそのあとを追いました。この一事をとっても、やはり並の政治家ではありません。自衛隊の国連枠での海外派遣を唱え始めてからは、消防や警察の国際緊急援助隊にはさっぱり関心をなくしてしまったようなのが残念です。小沢サン、思い出して……。

つとに水島朝穂さんは、
自衛隊をこうした国際救助隊に生まれ変わらせよう、と提案しています。名付けてサンダーバード大作戦。わたしも大賛成です。そして、1隻
1300億円もするイージス艦より、高速病院船をたくさんつくったらいいと思います。被災地に急行して沖合に停泊し、艦載ヘリでけが人を運んで、高度の外科手術をする。もちろん、救援物資もヘリでピストン輸送する。海水から水をつくって供給もする。あたたかい食事もつくる。病院船は、近い将来このくにでも起きると言われている大地震にもおおいに役立つでしょう。

今、高速病院船があったら、サモアにもトンガにもスマトラにも、数日で駆けつけることができるのに。税金はそういうことに使いましょう、と主権者・納税者としては言いたいと思います。





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