やねだんに行ってきました。漢字で書くと柳谷。鹿児島からフェリーで小一時間かけて大隅半島に渡り、そこから路線バスでまた小一時間で鹿屋へ。そこからはタクシーで30分。鹿児島からだと、ぼけっとフェリーやバスを待つ時間を入れて、3時間はみないとたどり着けません。
そこは、収穫の終わった
芋畑や、きらきら光る牧草畑や、11月末だというのに青青とした飼料用トウモロコシ畑の向こう、柳谷川にかかる橋をわたったところから始まる集落です。なにがあるわけでもありません。ご多分にもれず、過疎と高齢化に悩む、住民300人、110世帯ほどのちいさな集落です。でも、すごいんです。ここに住む人には、ボーナスが出るんです。休耕田で集落ぐるみでサツマイモを作り、それで「やねだん」という銘柄の焼酎をつくって、そのもうけが、年およそ500万円。ボーナスはそこから出されます。

空き屋を「迎賓館」と称して、若い写真家や画家、陶芸家に住んでもらっています。5軒ほどもあったでしょうか。わたしがおじゃました日には、若い男性の画家さんが、集会所の隣の、一段高い地所の大きな土留めのコンクリ壁に、巨大な鳥の壁画を描いていました。
川っぷちには広場があって、大声をはりあげて遊ぶ子どもたちが、「こんにちは」と声をかけてきます。広場には、どこかとぼけた味わいの、手作り感あふれるいろんなものが点在していました。地下水があふれるパイプから小川が流れ、「めだかの池」に流れこんでいます。無人の
休憩所に入ってみると、むっとするしょうゆの臭い。この古いプレハブ小屋では、かつて実際にしょうしょうゆをつくっていたのかもしれません。片隅には「かけそば」などのメニューが貼ってありますが、ほんとに食堂なのか、寄せ集め感いっぱいの古ぼけたテーブルなどからは、ちょっと想像できません。壁一面の新聞の切り抜きのほうが目を引きます。いろんなメディアがここを取り上げているのです。
小屋の表には、いつどんな賞をもらったかの看板。あまりに多くて、その重みで、看板を打ちつけた壁が倒れるのではないかと思うほどです。「日本計画行政学会計画賞最優秀賞地域づくり日本一」「政府農村モデル選定」「半島地域活性化優良事例賞(国土交通省)」「MBC賞(南日本放送)」「南日本文化賞地域文化部門」「県民表彰社会活動部門」「あしたのまち・くらしづくり活動賞内閣総理大臣賞」「地方自治法施行60周年記念総務大臣表彰」……看板は毎年のように増えています。
やねだんは、行政に頼らない地域づくりのお手本なのです。張り出された記事に「内閣総理大臣小泉純一郎」という名前がなんども出てくるところから、小さな政府論を思い
合わせて、そんな文脈で優等生になってどうする、と冷笑的になりたくなるかもしれません。でも、とわたしは思います。市民力、地域力ってこういうことではないでしょうか。自分たちは地域をどんなふうにしたいのか、あれがないこれがないと嘆く暇があったら、自分たちで考え、行動してしまう。やねだんは、もちろんもうけ仕事だけでなく、地域のさまざまなニーズをみずからとりあげ、みずからの力で解決しています。意気軒昂なのです。たとえばこの集落は、生ゴミを一切出さないそうです。自然の循環のなかにある落ち着いた美しさ、心豊かなつつましさ。そして静けさ。
集会所には、そんな話しあいの日だったのでしょうか、おそろいの黄色いブルゾンを着た人びとが50人ほど、びっしりと詰めかけていました。真剣な雰囲気に、声をかけるのもはばかられて、だらだらと下る坂道を歩いてみました。両側から木々が迫る、狭いメインストリートです。
ゆったりと並ぶ家々の垣根が美しい。よく手入れされた庭木もみごとです。この季節、このあたりではまださまざまな花が咲き乱れています。ときおり、家のなかから尋常な話し声が聞こえてきます。それほど静かなのです。人も車も通りません。家はすべて平屋で、黒い瓦屋根が統一感をかもし出しています。
あるお宅では、はしごに昇って庭木を剪定していた若者がこちらを振り向きました。ときには、視察団に混ざって物好きな観光客も来るのでしょう、奇異なものを見るまなざしではありませんでした。軽く会釈をして通り過ぎます。おばあさんがバイクでゆっくりと追い抜きざま、にこにこしながら「こんにちは」。
牛の鳴き声に混ざって、ときおり鶏の声がします。養鶏場のそれではなく、庭で地飼いされている数羽の声です。ほんのり家畜の臭いも漂います。でも、異臭ではありません。やねだんは土着菌をつくり、それをつかって悪臭をおさえているので、ごく自然ないきものの臭いです。土着菌は、さつまいもなどの栽培にもつかいます。それで、化学肥料などが必要なく、味がいいのだそうです。やねだん特産の土着菌は、しょうゆ臭い小屋の前でビニール袋1袋300円で売っていました。
集落の尽きるあたりから左に折れ、とちゅう腰を下ろして青空をながめたり、鳥の鳴き声を聞いたり、赤い木イチゴの実を食べたり、のんびりともう一本並行している道を戻っても、30分もかかりませんでした。最後に、「やねだんギャラリー」という、迎賓館の住人たちの作品を売っている、集落唯一の店で、ちいさな焼き物の杯を買って、やねだんをあとにしました。集会所の集まりは、まだ続いていました。

ピンぼけ写真、さいしょの2枚は柳谷川の橋。竹でつくったろうそく立てが並んでいます。欄干は焼酎「やねだん」を象(かたど)っています。
次の2枚は広場の「水源」と、てっぺんに焼酎瓶を戴(いただ)いた用途不明の小屋。
5枚目の、焦点がちょっとましな1枚は、散歩のとちゅうで見つけた柴の束。青竹を割いたものでくくってありました。




