2010年04月

【訂正】4月 アクセスの多かった日の記事

記事の書き直しはしない、と夕べ書いたばかりです。アクセス順位に間違いがあったので、別記事として投稿する次第です。2位の記事を見落としていました。お恥ずかしい。


1位 20日 
政権交代政権という卓袱台(ちゃぶだい)、ひっくり返していいの?
2位 19日 米軍基地、所在地も候補地も液状化させた政治家鳩山由起夫の功績
3位 27日 
ぼやいてみせる守屋サン
このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





4月 アクセスの多かった日の記事

記事をあとから書き直す、ということがあります。午前0時にアップすることにしているのですが、一夜明けて、「てにをは」をより適切にするとか、表現をより的確にするとか、主張を強めるために語を加えるとか。でも、主張の方向を変えることは、しません。ちょっと間違ったかな、と思っても、その記事を訂正することはありません。自分の過誤も事実ですから。

今月もっともアクセスが多かっただけでなく、これまででもっとも多かったのが、20日の記事でした。ワシントンポストの記事を、へたくそに訳してみたものです。ツイッターで広まりました。ツイッター恐るべし。

1位 20日 
政権交代政権という卓袱台(ちゃぶだい)、ひっくり返していいの?
2位 27日 ぼやいてみせる守屋サン 
3位 22日 
党首討論で「ワシントンポストが」なんて言わないで

少なかったのは、以下のとおりです。ちょっと残念なラインナップではあります。石原サンのことを褒めると、退かれてしまうのでしょうか。でも、そうでもありません。3月8日にも石原サンを褒めたのですが、そのときはアクセスが集中しました(「わーい、石原サンがカストロさんを見習った! 「首都を耕そう」)。誰がやってもいいことはいいこと、その方針でこれからもやっていこうと思います。

1位 4日 
1分に1人お母さんが死んでいる 国連人口基金キャンペーン
2位 2日 いいことするじゃん石原サン 東京でCO2削減義務化
3位 17日 上関危機 原発をつくる理由はないのに

南風椎さん、お返事遅れてほんとうに申し訳ありません。今月はなにかとぞわぞわかっかしてしまい、静かにパソコンに向き合えませんでした、とこれは言い訳です。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





辺野古沖桟橋方式は自然への冒涜です

キャンベル国務次官補が上機嫌で来日したり、鳩山さんが徳田虎雄さんをお見舞いして、徳之島移設を打診したり、政府があるひとつの方向に向かって走り出した感があります。

そのなかで、辺野古沖に杭を打ち、桟橋方式で飛行場をつくる、という案が取り沙汰されています。でも、埋め立てでなくても、広大な海面を覆えば、その下の珊瑚は日光を奪われて死んでしまいます。藻も育たないでしょう。藻を食むジュゴンは姿を消すでしょう。デリケートな動物です。基地から発せられる騒音に耐えられるでしょうか。さらには、無数の杭そのものが、珊瑚をばりばり壊して打ち込まれるのです。当然、潮の流れも変わり、漁場への影響は計り知れません。そんな工事が始まろうものなら、またしてもたくさんの人びとが連日カヌーで海に漕ぎ出して阻止する騒ぎになるでしょう。私も、機会を捉えて、短時間なりとまた浜の座りこみに参加すると思います。

徳之島案というのは、海兵隊が常駐するのではなく、有事の時に軍隊が来る、ということのようですが、この案をつくった人は有事法制をどうお考えなのでしょうか。有事の際には、自衛隊も米軍も、すべての民間空港をつかえることになっています。なのに、こと改めて徳之島にこのような話を持ちかけるとは、いったいどういうことでしょうか。

こんな無理筋の「政府案」、アメリカにたいする「せいいっぱいやりました」というアリバイづくりなのだ、と言う人がいます。金子勝さんとか。「やったけれど、だめでした、国外に移してもらうしかありません」と言うための策動だ、ということでしょうか。たしかに、そうとでも考えなければ腑に落ちません。鳩山さんが、自民党の徳田さんに直談判なんていう、やる前から「当たって砕けちゃう」のがわかりきっている手に出たのも、そうであって初めて納得できます。

そもそも、アメリカがアフガニスタンとイラクで大失敗をやらかした延長線上に、米軍再編計画は立案されました。金銭面をふくめてその一翼を担うというのなら、自衛隊が参戦したあのイラク戦争は果たして支持し、参加するべきものだったのかを検証するところから出発しなければなりません。すでに100人の国会議員がこれに向けて動きだしています。私たちは、アメリカの軍事行動とは、今後もあのように協力すべきものなのかどうかを、自分たちで判断する基準を、イラク戦争参戦という手痛い経験から学ばなければなりません。それをなおざりにして、アメリカの軍事計画にはとにかく協力するのが同盟国のつとめだとするのは、おおいに疑問です。無残な思考停止以外のなにものでもありません。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





ジャパン・ディッシング? アジアの沖縄としての日本?

dissing、手元の辞書には載っていません。英辞郎 on the Webによると、こうです。

diss
【名詞】 〈米俗〉侮辱、非難、酷評、無視、失望 ◆【語源】disregard,disrespect,disappointment の短縮形
【他動詞】 〈米俗〉侮辱する、非難する、酷評する、けなす、さげすむ、無視する、みくびる、軽くあしらう ◆【語源】disapprove, disregard, disrespect,disappoint の短縮形
・ Are you dissing me? (オマエは俺を侮辱しているのかよ?)

例文、私なら「オレをなめてんのか?」と訳しますけど。それはともかく、メディアが心配顔で、あるいはしたり顔で報じるところによると、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙に、「ジャパン・ディッシング」と題した記事が載ったそうです(こちら)。それで、dissing の意味が知りたかったのでした。記事は、マイケル・オースリンというアメリカン・エンタープライズ・インスティチュート(AEI)の日本担当の署名入りです。AEIは、ネオコンっぽい人も多い、共和党寄りの大手シンクタンク、と書けば、筆者が旧来の日米関係にノスタルジーを覚える人であろうことは、想像に難くありません。

記事によると、日米同盟は80年代から90年代初めのジャパン・バッシング、90年以降のジャパン・パッシングと続いて、今やジャパン・ディッシングとも言うべき新しい段階にきているそうです。それはひとえに、鳩山首相が連立政権を束ね、沖縄を説き伏せて、アメリカの望む基地を提供しないからだそうです。中国の台頭で、アジアの中小の国々が不安に駆られ、頼みの綱の日米同盟のゆくえを固唾をのんで見守っている、米軍基地は必要だが、日本を措いて受け入れる国はないから……。

ええっ、そうだったんですか? 米軍基地なんてもの、アジアのどこの国も自分のところに来るのはいやなんですか? 日本はアジアにとっての沖縄? 知りませんでした(沖縄の方、軽率な物言いではありますが、怒らないでください。基地の押しつけ先として沖縄をとらえることに、私は大々々反対です)。

中国への抑止は必要と言うのなら、それはアジアの国々のみならず、と言うか、オースリンさんは口をつぐんでいますが、まずはアメリカの国益のためにということでしょう。オースリンさんは、中国に睨みをきかせておかないとたいへんだ、と言いますが、それは秩序が失われるからではなく、新たな秩序への組み替えが起こることを、アメリカとしては阻止したい、ということなのではないでしょうか。

私だって、将来たとえば中国が横柄な国として幅をきかすようなことになったら、いやです。でも、それがアメリカならいいかというと、そうではありません。「ジャイアン国家」一般がいやなのです。

オースリンさんの言う「日米関係の危機」に戻ります。だったら、アジアで唯一、米軍基地を置いてくれるとアメリカが見ている、アメリカにとってそんなかけがえのない「同盟国」日本を、貴国は dissing していいのですか? できるのですか? できるのなら、ぜひしていただきたいのです。アジアのどこの国も米軍基地を受け入れたがらないとわかっているのなら、日本もそうなんだとの認識のもと、普天間にいる米海兵隊は、グワムなり北マリアナ連邦なり、アメリカの統治の及ぶところに移していただきたい。そして、今年償還予定の米国債30兆円、耳を揃えて返していただきたい。オースリンさんには、新俗語まで動員したdissing なんて苦しい語呂合わせに悦に入る前に、アメリカには固めるべき覚悟があると、貴国の政府に進言していただきたい、私はそう思います。高飛車に出るなら、その前に貸した金返せなんて、われながらえげつないとは思いますが、外交ってそういうものでしょう。

そうでなければ、これはただの脅しです。口先だけの恫喝です。オースリンさんも日本専門家なら、そういうものが通じない時代なのだと、これまでとは異なり、脅しが通じない政権を、日本の市民は選んだのだということを踏まえ(わかっておられますよね、鳩山さん)、軍事だけでなく政治経済全般を総合的に勘案して、両国の良好な関係のためにその豊富な知恵を絞り、世界の平和に資するような建設的な提言をしていただきたいと思います。

もっと冷静になってください。日本には、窮すれば鈍する、ということわざがあります。じたばたするのはみっともない。ここは民主主義の「大国」の面目を保ってください。




ああ、こういう啖呵(たんか)を英語で切れたらなあ……!

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





ぼやいてみせる守屋サン

きのうは、4・25沖縄県民大会の興奮の余韻にひたっていました。私の胸の黄色いリボンは、誰も「それなあに?」と聞いてくれなかったので、ちょっと残念でした。

神保哲生さんが主催する「ビデオニュース・ドットコム」先週号は、長年沖縄の基地問題にとりくんできた守屋武昌・元防衛事務次官でした(
こちらに要旨があります)。これが面白かった。この番組を県民大会にぶつけたタイミングに、神保さんの報道センスがうかがわれます。

なにが面白いと言って、かつての「防衛庁の天皇」がすっかり弱気な声でぼやいているのです。沖縄の人は交渉上手で、自分は手玉にとられっぱなしだった、と。このぼやきを額面どおりに受けとめるかどうかは措くとして、驚いたのは、辺野古沖案は沖縄の政財界から防衛庁の頭越しに米軍に提案され、ワシントンから東京に伝えられた、という裏話です。

沖縄には、中国(清)の封冊をうけたまま日本(薩摩藩)に実質支配され、そのような両属制をとって生き延びた、という歴史があります。二重支配の痛みのなかで、その外交感覚はどれほど繊細に研ぎ澄まされたか、どれだけ想像力を働かせても足りないくらいです。そして今は、日本とアメリカの横暴に苦しんでいる。沖縄交渉達者説もうなづけます。

けれど、守屋サンがきりきり舞させられたには、別の要素もありそうです。守屋サンの話を聞くと、この方は沖縄の政治的指導者や財界人の声にしか耳を傾けてこなかったのではないか、と思えるからです(場所はゴルフ場とかでしょうね、きっと)。そうした人びとから、いくら「米軍基地はここがいいですよ、地元はわたしが説得しますから」なんて吹きこまれても、そうかな、と立ち止まって市民に尋ねれば、ぜんぜん別の意見が聞けたのに、今ごろ「手玉にとられた」なんてぼやくこともなかったのに、と思いました。結局、エリートの守屋サンは、沖縄のエリートとしか話をしなかったのではないでしょうか。そんなことでは、民意にしてやられること、目に見えています。私たちは、エリートとは異なる思いで動きますから。

でも、少しは反省してもいるようです。要約によると、「沖縄には基地で潤う人と基地に苦しむ人がいて、これまでは主に基地で潤う人が沖縄を動かしてきたと守屋氏は言う。しかし、氏の試算では年間6000億円を超えるという公共事業等を通じて彼らに配分してきたお金を、これからは基地で苦しんでいる個人に直接手渡すような政策が必要だと守屋氏はいう」。

沖縄振興のためにつかわれた税金は、ひとつまみの人たちの懐に消えたのですか。こんどはそれを「基地で苦しんでいる個人に直接手渡」せばいい、というのが守屋サンが思いつけるたったひとつの対案なんですね。わかってないなあ、とため息が出ます。問題はもはやそういうことではなくなっていること、いくら札束で市民の頬ぺたを叩いたって、基地容認とはいかないということが、この期に及んでもまだおわかりでない。

守屋サンは、沖縄に米軍基地は必要なのだ、と10年1日のごとくに繰り返します。その理由は、経済的繁栄が見込まれるこの地域で、政治的軍事的になにかが起こっては、その影響は世界経済にも及ぶから、なのだそうです。それも眉唾ですが、百歩譲っても、成長するアジア経済圏のただなかというすばらしい立地でありながら、沖縄の経済だけが広大な基地のためにおいてきぼりになり、人びとは基地被害にさらされ続けてもいい、ということになりますが、守屋サン?

この時代遅れの方が外交や政治の表舞台からお引き取りくださっているのはほんとによかった、私は強くそう思いました。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





2010年4月25日 沖縄 市町村の呼びかけ

北のほうから行きます。見落としている市町村サイトもあるかも知れません。適宜省略しています。市町村それぞれのサイトを見ていただいたほうが、意気込みのほどが伝わってきますが、記録のために、ここに転写しておきます。

きのう、国際通りでは、黄色いリボンが配られたそうです(沖縄タイムズ「黄色の波 心を結ぶ 県民大会職場でも『参加』 身につけアピール」)。私も、きょうは黄色いリボンをつけています。ご成功を。


『米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会』への参加についてお知らせいたします……名護市でも「4.25県民大会」名護市民実行委員会を立ち上げ、市民の皆様に参加を呼びかけています。多くの市民の参加をよろしくお願いします。名護市民実行委員会では交通手段の無い方のために送迎バスを用意します。」(
名護市

4・25県民大会に参加しましょう! 沖縄市民のみなさん! 『米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会』に参加しましょう! ……沖縄市では、当日、送迎バスを5台用意いたします。送迎バスを利用したい方は、お手数ですがお住まいの自治会にお申し込みください。」(
沖縄市

4・25県民大会に参加しましょう! うるま市では、「4.25県民大会」うるま市実行委員会(実行委員長 島袋俊夫)を結成いたしました。市民のみなさまの多数のご参加により、大会を成功させましょう。なお、当日は送迎バスを準備いたします。」(
うるま市

4・25県民大会に参加しよう! 無料バス運行……県民大会宜野湾市実行委員会では、4.25県民大会へ多数の市民を参加してもらうため、当日、宜野湾市役所及び宜野湾市立博物館より会場までの無料バスを運行いたします。」(
宜野湾市) 

私達は、これまでにも米軍基地の整理縮小、早期返還を訴えてまいりましたが、この度、県民総意のもとに4月25日に開催される県民大会に向けて、町内各種団体で構成する北谷町実行委員会を立ち上げました。
大勢の大会参加者とともに北谷町民の想いを伝え、普天間飛行場の早期閉鎖・返還を実現させるために県民大会に取り組んでまいりますので、多くの町民の皆様が参加されますようお願い申し上げます」(北谷町

4・25県民大会へみんなで参加しよう! 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し国外・県外移設を求める県民大会」が来る4月25日に開催されます。嘉手納町においても大会の主旨に賛同し、4月20日に町内23団体で嘉手納町実行委員会を結成、宮城町長が実行委員長となって町民の皆様に大会への参加を呼びかけていくことを決定いたしました。現在、町実行委員会を構成する各団体においては大会の成功を期して、一人でも多くの町民に参加してもらうため力を入れて取り組んでいるところです。町民の皆様のご協力をお願いいたします。10万人の県民の結集で、大会を結集させましょう。町実行委員会では、県民等へのアピールも兼ねて国道58号を読谷村の会場まで徒歩で移動することにしています。(雨天決行)……。(但し、体調や都合により徒歩での参加が無理な方は実行委員会が手配した送迎バス〔役場駐車場から午後1時30分出発〕又は自家用車等をご利用下さい。)」(嘉手納町

町民のみなさまへ 『米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会』へ参加しましょう! 西原町実行委員会で無料バスを準備しております。」(
西原町

4・25県民大会で鳳バスが臨時運行します。読谷村は平成22年4月25日(日)に行われる「4.25県民大会」においてコミュニティバス「鳳バス」を臨時ダイヤで運行させます。時刻表は下に掲載しております。」(
読谷村

4・25県民大会に参加しましょう 「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し国外・県外移設を求める県民大会」開催のお知らせ 平成22年4月25日(日)午後3時より読谷村運動広場において「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会(略称:4.25県民大会)が開催されます。本市においても、多くの市民が参加するように呼びかけます。その一環として、会場への移動手段の確保が難しい浦添市民を対象に、市内各中学校区ごとに会場までの無料送迎用バス一台(定員:52名)をご用意しております。」(
浦添市

4.25 行こう!県民大会 普天間飛行場の早期閉鎖と代替施設の県内移設に反対する県民の声を、日本政府に示す絶好の機会であります。多くの市民の皆様が参加してくださいますよう、ご案内申し上げます。 また、市では下記の通り15台の送迎バスを用意し、市内6ヶ所から大会へ参加する市民のみなさまを送迎いたします。※当日会場にお越しできない方は、県内移設に傾く政府に対し“イエローカード”を突き付ける意味で車のサイドミラーや自宅の軒先に黄色の布をつるしたり、黄色のスカーフやハンカチを身にまとって外出するなどして、県内移設に反対する意思をアピールしましょう!」(
那覇市

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





「普天間移設先は北マリアナが最適地と上院が可決」って、あなた!

きょうも、南風椎さんへのお返事が書けません。気持ちがぞわぞわしてしまっては、あの静謐なブログの主に向けて、ひとことも書けないのです。

ぞわぞわの理由は「世田谷通信」、「きっこのブログ」にときどき現れるニュース記事です。きっこさんのすばらしい情報網がとらえる内外のニュースには、いつも唖然呆然愕然とさせられます(きっこさん、「政権交代政権という卓袱台、ひっくり返していいの?」をツイッターで広めてくださってありがとうございました)。

おととい22日のニュースときのう23日のニュースにもびっくりしました。

北マリアナ連邦の上院が、米海兵隊基地の誘致に全会一致で賛成した、というのが、おとといの「世田谷通信」です。「上院」を、アメリカ合衆国の上院かと早とちりしたのは、きっこさんのいたずらに引っかかったのかも知れません。上院は9人、それが9人とも賛成したというのです。

これは政治家のみなさんの意思表示であって、市民のみなさんの意志はまた違うかも知れないということを踏まえた上でも、このニュースを「何故か中央のマスコミがまったく報じない」(きっこさん)のは、まさに「開いた口がふさがらないコイノボリ」(きっこさん)です。

沖縄タイムズと琉球新報はちゃんと伝えています(こちらこちら)。ところが、米海兵隊基地問題を考えるのに重要なこの情報を、中央メディアは提供していません。これでは、沖縄とそれ以外で、私たちの判断が食い違う虞(おそれ)があります。これは恐ろしいことです。決議は日米の政府に伝えるそうです。鳩山さんにはもう伝わっているのでしょうか。平野サン、まさか握りつぶしてなんかないでしょうね。

全文を貼りつけます。適宜、改行しました。


「普天間移設先は北マリアナが最適地と上院が可決」(世田谷通信)

サイパン島、ロタ島、テニアン島など14の島からなる北マリアナ連邦の上院議会は、16日、北マリアナを普天間飛行場の移設先の最適地として検討するように求める誘致決議を全会一致で可決した。

上院議会の決議の内容は、普天間飛行場と在沖米海兵隊の移転先について北マリアナを「最適地」とし、「移設を心から歓迎している」と強調している。「最適地」とする理由については、

(1)東南アジアにおける防衛戦略上、地理的に優位

(2)自然環境が豊かで近代施設、娯楽施設も提供でき、在沖米海兵隊員や家族の生活に適している

(3)テニアンは1999年、土地の3分の2を米国防総省と賃貸契約を結んでいる

(4)志願兵の割合が高いなど米軍に対する協力体制ができている、

などを挙げている。当初は上院と下院が同時に決議する予定であったが、下院議会の決議が27日に変更になったため、当初から北マリアナ移転案を主張して来た社民党の照屋寛徳議員(沖縄基地問題対策プロジェクトチーム座長)は、下院議会の決議後、官邸に対して北マリアナへの移設を本格的に検討するように重ねて求める方針。

照屋氏は「北マリアナの皆さんがテニアンへの移設を強く望んでいることの表明です。より現実的で実効性のある案として真摯に受け止め、政府は移設先として本格的に検討してほしい」と話した。(2010年4月22日)


つぎに、きのうの「世田谷通信」です。


米軍の準機関紙がテニアン移設案を好意的に報道」(世田谷通信)

米軍の準機関紙である「スター・アンド・ストライプス紙」が、21日付で、普天間飛行場のテニアン移設に好意的な内容の記事を掲載した。

記事では、初めに「日本ではすべての場所が海兵隊普天間飛行場の移設を受け入れられないと言っているが、テニアン島では議員らが誘致のための推進運動をしている」と書かれ、北マリアナ諸島の上院議会で「沖縄の米国海兵隊航空部隊の移転先としてテニアンが最善の場所である」という決議を全会一致で可決したことを報じている。

そして、テニアンの3分の2の土地がすでに米国防総省に賃貸されていることや、第二次世界大戦の時にテニアンがB29爆撃機の主要飛行場として利用されていたこと、海兵隊の司令部が置かれるグアムからわずか80マイルの距離であること、北マリアナ諸島の人々にとって海兵隊の誘致が大きな経済的利益につながることなどをあげている。

一方、日本国内に関しては、当初の案であった辺野古が住民の反対によって実現不可能になったことや、水面下での政府案とされていた徳之島も住民の反対によって実現不可能になったことなどから、日本国内で移設先を探すことは極めて難しくなったと書かれている。(2010年4月23日)


グワムからテニアンまで80マイルとありますが、これは130キロメートル弱です。アメリカ側が主張する、人員と輸送機は120キロ以内に位置しなければならない、という条件にぎりぎりで合致します。米海兵隊基地国外移設の、アメリカ側のお膳立てはもう整っている、ということです。

米軍に近い筋が、テニアンにすくなくとも拒否反応をしていないということを、私たちは知る必要があります。なにもあくせくして国内だ、県内だと、「移設先」を捜すことはないのかも知れないのですから。

基地受け入れ先探しより、地元の合意があり、人員と輸送機を近くに置ける基地の用地など、県内にも国内にもないのに、なぜアメリカはそういうことをこの期に及んで言ってくるのかを考えたほうが、実りあるかも知れません。なぜ無理を承知でそのような条件を出すのか、と。私は、アメリカは海兵隊基地を日本に置くことをとっくに諦めて、かわりにお金をせしめるつもりなのではないかと、勘ぐっています。

週末、国会議員のみなさんは、選挙区に帰って、国会報告会などを開くのですよね。その席で支持者に、米海兵隊基地を受け入れる可能性はあるかどうか、訊いてみてはいかがでしょう。そして週明け、その答を鳩山さんのところに集約するのです。結論は、「受け入れを容認するところはひとつもありません」でしょう。鳩山さんは、これを対米交渉を後押しする材料として、民主主義国の首相として、自信をもってオバマさんに伝えればいいと思います。「鋭意捜しましたが、わが国のどこにも、貴国が出した条件にみあう場所はありませんでした」と。


このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





「米国防省が日米安保解消を研究」というサンケイ情報

ほんとうは別のことを書きたいのです。

さきおとといの20日、アクセスの集中豪雨に驚いて、管理ページの「リンク元」を覗いてみました。URLの中に greeting とあるのがあって、たどってみたら、南風椎さんのブログでした。私が『1000の風』のことを書いた記事(こちらこちら)への返礼として、南風さんは14日に記事を書いておられたのでした(
こちら)。一読、じわーんとうれしくなって、どきどきしました。きっと20日以前にも、多くの方が南風さん経由でこのブログを訪れてくださったのでしょう。

それで、即刻、南風さんの返礼への返礼を書きたいのですが、きのう、「
米軍、日米同盟解消の研究を開始」と、つい口走って、ではない、指走ってしまったら、「なんだそりゃー?! ネタ元を示せ!」というメールを何通もいただきました。それで、きょうはこの話題です。

南風さん、ごめんなさい、お返事、もうすこしお待ちください。


さて、きょうのテーマです。「ペンタゴンで対日政策を担当するM・シファー国防次官補代理の側近A氏。軍備管理の専門家で、米軍基地再編の中心人物」から加藤昭サンというジャーナリストが聞いた、という情報です。

かいつまんで言うと、「辺野古の米軍基地は、中国の軍事力強化という脅威に立ち向かうために必要なのに、鳩山政権はなにもわかっていない。インド洋アラビア海域での給油をやめたのも、岡田外相がワシントンで核の先制不使用を迫ったのも、国防省としては許せない。日本は同盟国としてふさわしくない。そこで国防省は、米韓軍事同盟を強化し、東アジアの米軍の拠点をハワイとし、沖縄の海兵隊はグワムに移し、米中安保条約を結ぶ、その際、日米安保条約は破棄する、という報告書を作成した」というものです。

加藤サンは、これで日本は滅びる、と言っています。でも、わたしはすばらしい構想だと思うのですが、いかがでしょうか。

また、A氏の言うことは、矛盾していると思います。海兵隊がグワムまで退(ひ)くと、「極東有事の際、海兵隊の現場急行に時間がかかるのが弱点だが、第七艦隊でフォローできる」そうですが、その母港は、グワムのほかは横須賀と佐世保です。アメリカは、この2港は手放さないつもりでしょう。そうでないと、アメリカの言ういわゆる有事に間に合いません。だったら、「日本切り捨て」はしたくてもできない相談です。

とくに横須賀は、アメリカ国外のたったひとつの空母の母港です。アメリカは世界一の海軍大国ですが、かつてのイギリスのように、そういう国はいったん手に入れた国外の海軍基地をおいそれとは手放しません。キューバのグヮンタナモ、インド洋のディエゴガルシア島と並んで、横須賀は米海軍にとって欠くべからざる軍事的要衝です。これらの港がなければ、どんなにたくさん戦艦をもとうが、世界ににらみをきかせることはできません(視点を変えれば、横須賀は米海軍の、ひいてはアメリカの弱点、つまりは日本の攻めどころということですが、これはまたこんど)。

さらには、中国の脅威を言いながら、米中安保条約を結ぶと言っているのも、おかしな話です。安全保障条約とは、共通の敵に備えるものです。米中の共通の敵、私には想像できません。米中不戦条約、あるいは米中平和友好条約の間違いではないかと思ってしまいました。経済のグローバル化のいいところは、あらゆる国が依存し合う結果、戦争が不可能になったことなのですから。

米国防省、つまりオバマ政権の一角が、「使い慣れた」自民党政権に、独自の対米関係を構築しようとしている民主党連合政権が取って代わったことにあわてふためき、感情的反撥をしていることは、これでよくわかりました。それだけの話です。また、ごく正常な反応です。米中「安保」、結んでいただこうではありませんか。日米安保は日米平和友好条約へと「発展的解消」させようではありませんか。そして海兵隊には、米国防省のご希望どおり、グワムに行ってもらいましょう。

でも、加藤サンの情報が正しいとすると、ペンタゴンは「常時駐留なき安保、普天間基地は国外へ」の鳩山首相と、かなり同じようなことを考えていることになりませんか? 「第七艦隊があればいい」の小沢幹事長とも。A氏によると、中国も同じ見通しなのだそうです。

上記のことが実現すれば、東アジアはずいぶん安定するでしょう。軍事的脅威は限りなく弱まるでしょう。加藤サンは、このシナリオを亡国の道とおっしゃいますが、それは加藤サンがサンケイという、日米の旧政権の関係から利益を得ている勢力を代弁する媒体に記事を提供するジャーナリストだからなのではありませんか?

これが元記事です。あなたはどう思われますか?

解消に向かう日米同盟 上
解消に向かう日米同盟 下

付け足すと、岡田外相が核の先制不使用という、オバマ大統領の新しい核政策の根幹のひとつに賛意を示したことは、おおきいと思います。これまで、オバマさんの「核なき世界」政策の足を引っぱろうとしてきた米政権内勢力(つまりペンタゴン)は、「同盟国が不安がっている」ことを、最大の理由としてきました。そして、その同盟国とは日本のことです。

これまで日本の外務省は、米政府にたいして、「核の先制攻撃はしないなんて言わないで、ミサイルはどんどん先に撃ってほしい、また、核兵器は核攻撃への報復だけにつかうなんて言わないで、生物化学兵器による攻撃への報復にも気前よくつかってほしい」と、猛烈なロビイングをしてきました。米国防省と日本の外務省は「つるんでいた」のです。その日本メディア向けの広告塔が、マイケル・グリーンとかリチャード・アーミテージといった、「知日派」という、日本人には耳に心地よいレッテルをメディアによって貼られた人びとでした。それをせっせと広めていたのが、日本のおおかたのマスメディアでした。去年の夏には、アメリカから「憂慮する科学者同盟」の代表が来日して、「日本がオバマの核政策をぶちこわそうとしている、日本の市民はなんとかしてほしい」と訴えたほどです。

それが、岡田外相になって、そうではなくなった。これを朗報と言わずしてなんと言うのでしょうか。

これについて、過去に書いた記事をいくつか挙げておきます。お時間のある方は覗いてみてください。

国是としての核廃絶反対?!(09年7月30日)
外務省に縛りをかける方法(09年7月31日)
NHKは世論操作をやめて! 普天間・辺野古(09年12月9日)
日米の対立点? NHKの「コラム」(09年12月11日)


このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





党首討論で「ワシントンポストが」なんて言わないで

「メディアの評価を見まして愕然としました。ワシントンポストであります」

きのうの党首討論、谷垣さんがそう切り出したとたん、また、それをうけて鳩山さんがこう応じたとたん、

「たしかに、ワシントンポストの言われるように」

このくにの政治家はいったいどのような情報にもとづいて国家運営をしているのだろう、と暗澹としてきました。何度でも言いますが、あれはワシントンポストの社説でも記事でもなく、たまたまそこにコラムをもっている、ちょっと不躾なコラムニストの文章です。谷垣さんが飛びつく気持ちはわかりますが(それでも軽率のそしりは免れませんけど)、鳩山さんが、あれはコラムだ、と切り返さなかったのは意外でした。

とにかくなにごともまっすぐに受けとめてしまう方のようです。先の言葉に続けて、「私は愚かな総理大臣かも知れません」と言って委員会室内をどよめきに包み、次いで「愚か」を「愚直」と言い換えたのが、鳩山さん流のレトリックだったのでしょう。「沖縄の方がたの負担をやわらげようと愚直に思ったのは間違いでしょうか」と。夕方の囲み取材では、鳩山さん、「愚直」という言葉を7回もつかったそうです。

でもそこには、たかがコラム、というおとなの「いなし」はありませんでした。あんなに肩に力の入った真っ向からの反論ではなく、ユーモアのひとかけらでもあったなら、また与野党の党首が、「高級紙ともあろうものが、よくあんな行儀の悪いコラムニストをほっておくものですねえ」と、ともにあきれて見せていたら、私の「愛国心」もすこしは満足したでしょうに。

これでは、マスメディアの思う壺です。メディアはあのコラムを大々的に報じるなかで、どこの局だったか、昨年末の「クリントン長官に『呼びつけられた』駐米日本大使」の一件を、映像入りで蒸し返していました。あれは呼びつけられたのではなく、藤崎大使のほうから「ちょっと立ち寄ってもいいですか」と連絡して出向いたのだということがバレて、一件落着のはずだったのに。わたしも去年の12月25日に「
嘘をついている人の顔 『呼びつけられた』藤崎駐米大使」として、この一件を伝える一部メディアの姿勢を批判しました。この期に及んで、藤崎大使が車から降りる映像を交えて核セキュリティサミットのてんまつを伝えたのは、もしかしたらやっぱりフジテレビ系だったかも知れません。

虚偽報道や歪曲報道を、バレても訂正しないどころか、しゃあしゃあと繰り返す。おととい、メディアは反省すべき時にきている、と書きましたが(こちら)、一部のメディアはもう救いようがないのかも知れません。私にかんしては、そんなメディアを信じなければすむことですが、メディアが世論を間違った方向にリードするとなると、看過もできません。

ずいぶん前にこのブログで、「社会の木鐸(ぼくたく)」という言葉をとりあげました(こちら)。「人びとに真実を伝えて警鐘を鳴らし、世論形成を助ける」新聞や新聞記者、「権力とは一線を画し、社会のあるべき姿を示すオピニオンリーダー」という意味でつかわれる言葉でありながら、史実によると、「木鐸は権力者の専有物……王の命令を告げるおふれ役人が、これを鳴らした」のであり、「わたしたちが権力の番人と思い込んでいた人が、じつは権力の意向を受けて、情報を選別し、あるいはあることないこと垂れ流してい」る昨今と、皮肉で意味深長な照応関係にある、というようなことを書いたのです。

引用しながら、ぞっとました。ここで「権力」と言ったのは、このくにの政府ではなく、その背後にのしかかる巨大なきのこ雲のようななにかのことだったのだ、と。一部マスメディアは、その目に見える陽動部分でしかないのだ、と。

いろいろ思うところはありますが、また書きます。ひとつだけ、鳩山さんが沖縄の米軍を「抑止力」と言ったのは痛かった。鳩山さんが「抑止」という言葉を使うようになったのは、昨年末あたりからだったでしょうか。岡本行夫サンが急接近した頃です。米海兵隊は「抑止力」なのか、「抑止」とはなにか、米軍は「日本防衛」にどのような任を負っているのか。もうすぐ、駐沖米軍の役割について、そもそも論から日米で検討が始まると聞きます。なのに、それに先立って首相が「抑止力だ」と断言してしまっては、せっかくの検討の意味がなくなるではありませんか。うれしいことに米軍は、日米同盟を解消するというシナリオを研究し始めているのに……これも、稿を改めて書きます。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





抵抗のオペラ4 公序良俗への抵抗、社会への抵抗

きのうのアクセスはすさまじかった。驚きましたが、へんなニュースのソースにそれだけ多くの方が接して、それぞれに受けとめてくださったと思うと、すなおにうれしい。マスメディアのおかしさを、なんの取材力も経験もない一市民が指摘できるのも、インターネットのおかげです。メディアは、こうした情報環境を踏まえて、そろそろ反省する時期にさしかかっているのではないでしょうか。

あまりのアクセス数に、ちょっと熱を冷ましたくなりました。そこで、きょうは新日フィル定期演奏会プログラム連載の「抵抗」です。これを載せると、アクセス数は減りますので。今回は4回目になりますが、プッチーニの「ラ・ボエーム」です。ここに出てくる新聞は、若者の信頼を集めていたようです。


プッチーニ「ラ・ボエーム」

 
フランス語でボエーム、英語でボヘミアン。ボヘミア人という意味だ。15世紀、ジプシー(ロマ)が現在のチェコのボヘミア地方からフランスに流れ込んだ。そこから、一所不在の、まわりとは異なる伝統や習慣を持ち、白い目で見られても昂然としている人びとがボヘミア人、つまりボヘミアンと呼ばれるようになった。
 
これが19世紀には、大都市で貧しさと引き替えに、社会のしがらみから解放されて奔放な日々を送る人びとを意味するようになる。その代表格が、売れない芸術家や作家だ。彼らはアルコールやドラッグ(恐ろしいことに当時はハッシシ)に親近性をしめし、新しいと称して、善良な市民の保守的な感覚からすればわけのわからない文章や絵や音楽を生み出し、悪ふざけを好み、ぎょっとするような独特の風体をしてひんしゅくを買った。
 
けれど、わたしたちにも思い当たる筋がある。前世紀の70年代、ヒッピーが一大ムーブメントを巻き起こしたのだった。彼らも、おとなの世代がつくりあげた市民社会の価値観に反抗する生き方を実践してみせた。安定した生活や公序良俗に背を向け、政治に異議を唱え、公然と大麻を愛し、新しい文学やロックミュージックや絵画や映画を世に送り出して、社会に大きな影響をあたえた。ボヘミアンは、あのフラワーチルドレンの19世紀版と考えればいい。
 
オペラの舞台は、1830年代のパリ、カルチエ・ラタン。いまは学生街として有名だが、昔はボヘミアンの町でもあったのだ。この少しあとの時代になると、ボヘミアンは大挙してモンマルトルに移動する。
 
1830年代といえば、ルイ・フィリップが王政復古をなしとげたころだ。しかし、この王は、中下層市民にも配慮した政治をおこなわざるをえなかった。なにしろ、48年革命はもうすぐそこまで迫っているのだ。オペラの幕開けに、しがない絵描きや詩人たちが床に転がったコインを指して、「見ろよ、ルイ・フィリップがひれ伏してるぞ」と言っておもしろがるシークエンスには、そういう時代の雰囲気を表現しようとの意図がこめられているだろう。言うまでもなく、コインには国王ルイ・フィリップの肖像が刻印されていた。彼らが読んでいるのは「立憲新聞」。王権の時代は確実に終わりつつあった。
 
こうした時代の潮目には、既成の社会規範をものともしない若者が存在感を増すらしい。自由奔放な若者たちは、それまでの体制や価値観に身をもって否をつきつける。安定したコースからからドロップアウトした若者たちの存在自体が、体制への抵抗なのだ。そういう意味で、彼らは時代の花だ。しかしこの若者たち、とにかくお金がない。それに牽引されて、ドラマは進行する。
 
オペラでは、彼らはアパルトマンの屋根裏部屋で、共同生活をしている。いま風に言うならルームシェア。彼らとは、先に挙げた絵描きと詩人のほかに、作曲家と哲学者の4人の若者だ。エレベーターがなかった時代、アパルトマンは上階ほど家賃が安かった。いまは、マンションにしろホテルにしろ、最上階に高値がつくが、昔は逆だった。ヨーロッパの都市の古い建物は、下の階ほど天井が高く、つくりも豪華だ。
 
原作はアンリ・ミュルジェールの『ボヘミアン生活の情景』(1849年)。貧しい若者たちのエピソードを集めた短編集で、オペラ台本はそれらをないまぜてひとつのストーリーをつくりあげている。作曲家は、ワーグナーのライトモティーフの手法を存分に生かして、いくつものアリアを効果的に繰り返し引用しているが、その一つひとつが一人ひとりのちいさな人物のささやかな物語に呼応して、短編集というオリジナルの姿を喚起するかのような効果をかもし出している。そこが、ワーグナーへのたんなる追随ではない、プッチーニ独自の発明だろう。
 
なかでも「わたしの名前はミミ」は、可憐でけなげな、いかにもプッチーニ好みのヒロイン像を浮き彫りにする名曲だ。いまでこそこのタイトルが一般的だが、かつては「わが名はミミ」だった。しかし、貧しいお針子が「わが名は」などと名乗るだろうか。「わが名」という大仰な言い方は、人物像や音楽そのものからはどうもしっくりこない。オペラが、わたしたちにとって上等舶来文化だった時代をしのばせ、いまの目で見ると異和感がある。タイトルの変化は、オペラが身近な文化の一ジャンルとして定着したことのあらわれかもしれない。
 
ミミは、同じアパルトマンの詩人ロドルフォと恋仲になり、同棲することになる。けれども、ミミは胸の病に冒されている。この時代、肺結核は死を意味した。貧しいロドルフォは、自分にはミミに治療をうけさせる経済力がないことに苦悩し、わざとつれなくして、ミミにも別れることを納得させる。
 
けれど、そんなことをしたら、病身のミミが路頭に迷う、それこそ治療どころではないではないか、とわたしたちは考える。ところが、ロドルフォと別れたミミは、ほどなく裕福な男の愛人の座におさまる。肺結核が空気感染することがまだ知られていなかった当時、結核患者の皮膚はすきとおるような美しさを帯びるということがあって、これを珍重する向きがあったのだ。不治の病と知って、死ぬまでのいっとき、愛玩の対象にする。残酷このうえない話だが、江戸時代の遊郭にもこうした悲劇はあった。

ロドルフォは、そうしたなりゆきを見越して、ミミと別れたのだ。だとすれば、愛しあうふたりの苦悩の深さはいかばかりか。別れて数カ月後、死期を悟ってロドルフォのもとへ戻ってきたとき、ミミは金持ちの世話になっていたことに、一切の言い訳をしなかった。ロドルフォも、恨み言ひとつ言うでもなく、よくぞ帰ってきてくれたと、恋人をかき抱く。抵抗感や嫉妬という、人間としてごく自然な感情すら封じ込めてしまう怪物の名は、貧しさ。その前でなすすべもない無力な恋人たち。こんど「ラ・ボエーム」を観るときは、こうしたことにも思いを馳せていただきたい。きっと、恋人たちの運命の哀切さが、ひとしお胸に迫ることだろう。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





政権交代政権という卓袱台(ちゃぶだい)、ひっくり返していいの?

卓袱台返し、若い方もけっこうご存じのようです。漫画からの教養なんですね。星飛雄馬のお父さんがひっくり返す、星飛雄馬のお父さんでなくても、お父さんが「こんなもの食えるかぁ!」とひっくり返す、折りたたみ式の脚のついた、丸や四角や長四角のちいさなテーブルです。

民主連合政権は、期待した料理(マニフェスト)を出さないということで、メディアはもう卓袱台に手をかけています。というか、私たちが手をかけている、とメディアはずいぶん前から言っています。もちろん、不足もあるでしょう。ビーフステーキかと思ったらメンチカツ、とか。つけ合わせが3種類かと思ったら2種類、とか。食べ飽きた料理がまだ出てる、とか。

だけど、マニフェストは4年かけて実現していく、ということでした。今はまだ、前政権が冷蔵庫に残していったものをやりくりして、ようやくここまで並べたところです。にもかかわらず、食べたこともない創作料理もいくつか出ています。ここで卓袱台をひっくり返すのは、早過ぎはしないでしょうか。こういうことを4年かけてやります、と約束した人に、じゃあお願いします、と言ったなら、こちらも4年は待つという約束をしたことにはならないでしょうか。

もちろん、これでは待ってもだめだ、と見切りをつけるべきばあいはあります。その兆候として、目下おおきな関心を集めているのが、普天間基地問題です。これをもって、もうだめだ、と言うメディアが多い。とくに、このあいだの核セキュリティサミットでの「非公式会談」について、ワシントンポスト紙のコラムを、これがとどめだとばかりに大騒ぎする。たかがコラムなのに、「ワシントンポスト紙は」と報道するのは歪曲です。悪意ある歪曲です。

そのアル・ケイメンという署名のある、4月14日の
コラムを見てみました。


  By far the biggest loser of the extravaganza was the hapless and (in the opinion of some Obama administration officials ) increasingly loopy Japanese Prime
Minister Yukio Hatoyama. He reportedly requested but got no bilat. The only
consolation prize was that he got an "unofficial" meeting during Monday night's
working dinner. Maybe somewhere between the main course and dessert?

  A rich man's son, Hatoyama has impressed Obama administration officials
with his unreliability on a major issue dividing Japan and the United States: the
future of a Marine Corps aor station in Okinawa.

  Hatoyama promised Obama twice that he'd solve the issue. According to a
long-standing agreement with Japan, the Futenma air base is supposed to be
moved to an isolated part of Okinawa. (It now sits in the middle of a city of more than 80,000.)

  But Hatoyama's party, the Democratic Party of Japan, said it wanted to
reexamine the agreement and to propose a different plan. It is supposed to do
that by May. So far,nothing has come in over the transom. Uh, Yukio, you're
supposed to be an ally, remember? Saved you countless billions with that
expensive U.S. nuclear umbrella? Still buy Toyotas and such?


英語は苦手ですが、訳してみます。


今回の核サミットの最大の敗者は、あわれで(複数のオバマ政権関係者によると)ますますクルクルパーぶりを発揮している日本の首相、鳩山由紀夫だ。報道によると、彼はオバマとの会談を希望して断られた。月曜の夜のワーキングディナーで「非公式」に会談できたのは、せめてものお情けだ。メインディッシュとデザートの間だったのか?

資産家の息子である鳩山は、米日の溝となっている主要な問題、つまり沖縄の海兵隊航空基地の今後について、まったく頼りにならないと、オバマ政権関係者をがっかりさせている。

鳩山はこれまでに二度オバマに、この問題の解決を約束した。長い年月をかけた日本との合意によれば、普天間航空基地は沖縄の辺鄙(へんぴ)な場所に移設されることになっていた。(現在は人口8万人以上の市の真ん中にある。)

しかし、鳩山が所属する日本の民主党は、この合意を見直し、別の計画を提案したいとしている。それは5月までに提示されることになっているが、いまのところはっきりとしたものは見えてこない。うーん、ユキオ、君は同盟国の首相だよね? 大枚かけたアメリカの核の傘の下でン千億貯め込んだんだよね? それでもまだ私たちがトヨタだのなんだのを買っているというのは、どうなんだろう?



最後の文のニュアンスがわかりません。「これでも読者のみなさん、まだトヨタだのなんだの買いますか?」でしょうか。こちらに、トバイアス・ハリスさんという方の、私の直訳よりこなれた訳がありました(語を付け足しすぎる気がしますが、きっと親切な方なのでしょう)。

ともあれ、いかがです? これが、アメリカの有力紙が鳩山首相を酷評した、と日本のメディアが騒いでいる元記事です。内容空疎でぞんざいな短文です。英語のニュアンスはよくわかりませんが、それでも、「資産家の息子」とか、「メインディッシュとデザートの間」とか、アメリカは核の傘にお金を使い、日本はそのおかげで儲けたとか、品性の賤(いやし)さはまぎれもないと思います。八つ当たり気味に不買運動を匂わせているのも、あさましい限りです。また、米政府筋がそそのかして書かせている節も見え隠れしています。つまり、米政府の利益を代弁しています。

こんな書き殴りの下品なコラムをさもごたいそうに取り上げて、「そら見たことか」と自国の首相への攻撃材料につかうメディアって、いったい誰のためのメディアなのでしょう。あなた方は米政府の側についているのですか、と問いたくなります。沖縄の人びとのために日米合意の再検討を提案している自国の首相を、ここを先途と後押しするのが、私たちの購読料でなりたっているメディアの役目ではないでしょうか。沖縄の新聞は、琉球新報も沖縄タイムズも、基地の桎梏(しっこく)からの解放を願う人びとの側に敢然と立って報道しています。なのに「中央」メディア(「全国メディア」とは敢えて言いません)ときたら。私は愛国心とか、あまり自覚しませんが、自分が愛国者なのではないかと思えてきました。

久しぶりにかっかしました。まだ本題に入っていませんが、それはまた書きます。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





米軍基地、所在地も候補地も液状化させた鳩山由起夫の歴史的功績

沖縄は県ぐるみで米軍基地県内たらい回し反対、徳之島も、きのう15000人集会を開いて、受け入れ反対の旗幟を鮮明にしています。今週末は沖縄の県民大会です。呼応して、全国各地で集会が開かれます。

この動きは、もとはと言えば鳩山さんが選挙中、米軍基地は「国外へ、すくなくとも沖縄県外へ」と主張したことに端を発します。この主張は、鳩山さんの政治的理念にもとづいています。「常時駐留なき安保」が、鳩山さんの年来の信念ですから。米軍がいつもいないというだけで、基地は残すつもりだろう、日米安保条約を日米平和友好条約などに切り替える気はないのだろうと、私は不満なのですが、それでも、基地返還、安保の見直しに向けておおきな一歩となる現実的な提案だと思います。

沖縄をはじめとする各地でこれほど米軍基地受け入れ拒否の声が高まっているのは、こうした理念を掲げた鳩山さんを押し立てた新政権が生まれた結果です。政権交代をうけて、長年「基地があるのはしかたない」としてきた人びとが、ホンネをぶちまけた結果です。政権交代によって、ホンネにのしかかっていた重石がとりのぞかれたのです。今や基地候補として名前が挙がった地域は、次々と基地反対へと液状化し、基地建設の杭一本打てない状態です。

これを、このくにの民主主義にとっての政治家鳩山由起夫の功績としないでどうします? 総理大臣鳩山由紀夫の責任を問うとすれば、「この問題は任せてください」と言いながら、総理の意向をまったく無視し、当初から沖縄県内に新基地を建設することしか念頭にない平野官房長官のクビを、いまだに切らないことにあります。「任せて」とは、鳩山さんの意を汲んで動く、ということです。国外の可能性を命がけで探るのが、かれの使命だったでしょうに。鳩山さんはいい人です。だから、信頼した人が自分を裏切っているなんて、思いたくないのかもしれません。でも、官房長官のような人を君側の奸(くんそくのかん)と言うのです。このままでは鳩山さん、「いい人」が「どうでもいい人」になってしまいます。

私は先日、鳩山さんに差し上げた本に、「あなたの初心を支持する」と書きました。「命どぅ宝」と書きました(写真はこちら)。その心は、「常時駐留なき安保」という政治家としての理念を思い出してください、沖縄の人びとの命がもうこれ以上基地被害によって失われることのないよう、沖縄から出撃する米軍がもうこれ以上各国の人びとの命を奪うことのないようにしてください、ということです。

25日の沖縄県民大会は、政権の強化につながり得ます。対米外交の強力なカードとなり得ます。もしも鳩山さんが緊急記者会見を開いて、こう発言すれば。

「本日、官房長官を解任し、新たに○○を任命することにいたしました。

新政権が発足してからこれまで、米軍基地にかんする沖縄のみなさまの負担軽減のために八方手を尽くし、検討をかさねてまいりましたが、その結果、沖縄、徳之島をはじめ、国民のみなさまが米軍基地を受け入れがたいと考えていることがよくわかりました。主権者たるみなさまの意志を踏まえ、わたくしは、国民の厳粛な信託によって国政をになう者として、日米の旧政権が交わしたSACO合意を見直すことを、オバマ大統領に提案することにいたしました。

大統領には、普天間基地はそもそも無条件に返還されるべきものであったことを、想起していただきます。当面は、基地運用の米国内法を適用し、普天間基地の運用を停止していただきます。民主主義の盟主であるアメリカの大統領は、この事の理(ことわり)をきっと理解してくださると確信します。

交渉には困難が予測されますが、アメリカ政府も基地の立地条件として、地元の受け入れを挙げています。これはもちろん、わたくしども日本政府の最大の条件でありますので、日米の考え方にいささかの径庭もありません。これから新官房長官を筆頭に、関係閣僚はみなさまの民意をうけて、ぞんぶんに働いてくれるものと信じています。

今後とも、日米関係は大切にしてまいります。一例を挙げますと、今年中に償還が予定される30兆円の米国債につきましては、わが国の財政はきわめてきびしい状態にありますが、できるかぎりの買い換えの交渉に、誠意をもって応じるつもりです。国民のみなさまからは、そんな金があるなら景気浮揚や財政立て直しに使え、とお叱りをいただくと思いますが、ここはぜひご理解をいただきたいと思います。

最後に、沖縄のみなさま、県民大会のご成功を心より念じております」

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





国際連帯税のこと考えてみませんか 4月24日にシンポジウム

いまやほぼ全世界がひとつのシステムのなかで経済活動をおこない、巨額のお金が国境をこえて飛び交っています。

ところが、このお金には税金がかかっていません。同じ経済活動でも、一国内でおこなえば課税されるのに、これはおかしなことです。この、現状にあっていない税制を公正なものに整えて、世界の貧困をなくすための財源とするのが、国際連帯税の考え方です。

たとえば、為替取引に課税することにし、その税率を0.005% とすると、1億円につき5 千円です。決して高くはないと思いますが、これだけで年に3兆円以上のお金が生まれます。どこの国にも税金を払っていない多国籍企業にも、もちろん課税します。

航空チケットには、すでにほんのちょっぴりこの税がかけられていることもあります。長らく夢物語と思われていた国際連帯税が、いま力強く動きだしています。これが実現すれば、おびただしい人びとが医療や教育やきれいな水を手に入れることができます。わたしたちは、この世から貧困をなくせる、人類史上初めての世代なのです。

およそ以上のようなことを、「国際連帯税を推進する市民の会」のパンフレットやサイトに書きました。来週、これについてのシンポジウムがあります。東京近郊の方に限られてしまって申し訳ありませんが、ご興味のある方、ぜひお越しください。

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□
   <国際連帯税を推進する市民の会(アシスト)発足1周年記念シンポジウム>
              今こそ国際連帯税の実現を!
          キックオフ「金融取引税キャンペーン2010」              
□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■

現在、地球に住む4人に1人が1日1.25ドル未満で生活し、極度の貧困に陥っています。また、6人に1人が栄養失調で生存の危機に直面しています。この状況を打破するため、国際社会は2015年を期限として、貧困と飢餓を半減するミレニアム開発目標(MDGs)を設定しました。しかし、今日その目標達成はきわめて困難と言われています。その大きな原因は圧倒的な資金不足にあります。一方、地球温暖化による悪影響も途上国で顕著に現れ、貧困化にいっそう拍車をかけています。途上国の温暖化対策にもばく大な資金が要ります。

このような中で、世界的に注目を集めているのが、国際連帯税です。国際連帯税とは、これまで全く課税されていない国境を越える特定の経済活動に課税して、貧困や環境、感染症などのグローバルな課題を解決するための資金を調達する手法で、すでに国際航空券税がフランスをはじめ十数カ国で実施されています。

現在、国際連帯税の中でとくに注目されているのが通貨取引税を含む金融取引税です。その税収の多さから金融取引税は強力な資金調達源となりえます。一方、主要各国政府も、主にリーマンショック以降の金融危機の社会的コストを金融機関に負担させるという観点から、金融取引税の実施可能性の検討をはじめています。ところで、この間の金融危機は、実体経済をはるかに上回る規模の投機マネーの暴走によるものですが、投機の抑制という観点からも金融取引税の実施が望まれています。

しかしながら、世界の経済・社会のあり方を変えていくためには、私たちのより多くの声が必要です。「国際連帯税を推進する市民の会(アシスト)」設立1周年を記念して、下記要項でシンポジウムを開催します。私たちは、これを契機として国際連帯税実現のためのキャンペーンを立ち上げます。地球上の人びとがともに暮らせる社会の実現を目指して、あなたの声を届けてください。そしてあなたの参加をお待ちしています。

■日時:2010年4月24日(土) 13時30分開会(13時開場)
■場所:青山学院大学11号館2階1123教室
    交通アクセス⇒http://www.aoyama.ac.jp/other/access/aoyama.html
■資料代:500円(アシスト賛同者は無料です)
◎参加申し込み先:
   お名前、ご所属、メールアドレスを明記して、下記までにお送り下さい。
   E メール:
acist.japan@gmail.com   FAX: 03-3834-2406

<プログラム>
○開会
○基調講演 池田香代子さん(『世界がもし100人の村だったら』編著者)
○パネルディスカッション
  パネリスト(予定):「動く→動かす」、環境NGO、国際連帯税推進協議会、
  国際連帯税創設を求める議員連盟、全日本自治団体労働組合、日本リザルツ、国
  際連帯税を推進する市民の会ほか
○「金融取引税実現に向けて」(アシスト事務局)
○閉会(16:00)

※アシスト第2回総会は、同日同場所で開催します。時間は 10:30〜12:00(開場は10:00)。
 ご関心のある方はこちらにも参加ください。

■主催:国際連帯税を推進する市民の会(アシスト) 
    〒110-0015 東京都台東区東上野 1-20-6 丸幸ビル3F
     Tel: 03-3831-4993  Fax: 03-3834-2406(オルタモンド)
     Tel: 03-6803-2114  Fax: 03-6803-2117(世界連邦運動協会)
 【メールアドレス】
acist.japan@gmail.com
 【ウェッブサイト】http://www.acist.jp/

■共催:青山学院大学人権研究会


このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





上関緊迫 原発をつくる理由はないのに

中電が原発をつくろうとしている上関で、おととい大きな動きがありました。

中電、柵設置へ120人態勢 上関、反対派抗議続く(中国新聞 4月15日)

中電の搬入、再び難航(中国新聞 4月15日)

中電、けさも作業に入れず 上関、反対派抗議続く(中国新聞 4月16日)

以下、転送を重ねている、田口さんという方の情報です(新聞のURLだけ、重複するのでカットしました)。

今朝9時から「仮桟橋の安全確保の為の安全柵設置」の為、合わせて100人を超えるであろうかという、中国電力の社員、工事作業員、警備員が、一斉に田ノ浦の浜に降りました。

初めは「お願いします」といっていましたが、そのうち強行的にテントなどの撤去を始めました。

地元の理解を得なければ、作業をしないで欲しいと、抗議の意を示しましたが、土嚢を崩し、テントの支柱を切り落とされました。

責任者は出てこず、話し合いを申し出ても出てこないような状況です。

中国電力は一方的に拡声器で退去を呼びかけるのみです。

現場は寒さの中、緊迫した状況です。

理解を得ないで作業をしようとする中国電力と、その行為を黙認する山口県に抗議の声をお願いします。

現地からの速報は以上です。

今後、現地から送られてきた速報は、twitter
http://twitter.com/takafumitomita)に流していきます。

以下は、中国電力の連絡先です。
TEL 082-241-0211
FAX 082-523-6185


現地ツイッターからは、写真も見ることができます。このくにには、もう一基も原発をつくる理性的な理由はないというのに。つくらない、ひいては廃止する理性的な理由なら、山ほどあるというのに。

いっぽうで、新潟・十日市の松之山温泉で地熱発電の実験が始まりました(記事は
こちら)。記事には、「100度以下の温泉による発電試験は全国初」とあって、100度以下だと難しい、ないし効率が悪いような印象をうけますが、昨今の技術ではそんなことはありません。環境問題の学者・活動家のレスター・ブラウンさんの試算では、このくにの電力需要はほぼすべて地熱発電でまかなえるそうです。すでに大分県では、2カ所の地熱発電所で、民生電力の30%をまかなっています。今のところ問題は、設置したい場所には国立公園に指定されているところも多いということです。地元の反対もあります。草津など、温泉の湧出量が限られているのに、発電にとられたのでは観光がなりたたない、としています。だったら、廃湯から熱を取り出す技術も磨けばいいのにと思うのですが。

アイスランドは、今、火山の噴火がおおきなニュースになっていますが、リーマンショックで通貨価値が半分になってしまいました。不幸中の幸いは、99%の電気を水力と地熱でまかなっていることです。価格が2倍にはね上がった石油を、発電のために買わなくてすんでいるのです。そして、その地熱発電の技術のかなりの部分は、日本のものです。

このように、エネルギーは生活も産業もひっくるめた社会全体の安全保障にかかわる問題だし、同時にその供給は既得権益でがんじがらめの政策市場でもあります。それは、政治的意志でなんとでも変わるものだし、政治的意志でしか、まず変わることはありません。そして政治的意志は、私たちのものだということを、私たち、忘れてはいないでしょうか。忘れさせられてしまってはいないでしょうか。

こちらの、09年10月16日の記事もご参考に。
六ヶ所も祝島も玄海も、鍵は規制緩和・構造改革!

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





4月17日、池上彰さんのラジオ番組に出ます

ラジオは好きです。狭いスタジオの、アットホームな雰囲気が好きなのです。それで、出演依頼があると、お断りすることはほぼありません。今回は、『日本がもし100人の村だったら』でごいっしょした池上彰さんがパーソナリティをつとめる『PEOPLE〜編集長お時間です〜』という番組に出ます。もうひとりのパーソナリティ中田美香さんとは、同じ半蔵門のスタジオで何年ぶりかの再会です。

5時からと、朝早いのですが、もしも日曜の朝早く目が覚めてしまったら、思い出してください。オンエアされるのは、いずれもFMで、青森、岩手、秋田、山形、福島、群馬、栃木、新潟、長野、富山、石川、福井、三重、岐阜、滋賀、fm-osaka、兵庫、山陰、岡山、山口、香川、徳島、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄の31局です。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





脱北を描く映画「クロッシング」 もうすぐ封切りです 

たまに、映画評をしたり、映画のプログラムに寄稿したりすることがあります。昔、字幕翻訳をしていたご縁です。

今回も、ある配給会社から依頼がありました。脱北を描いた韓国の作品だといいます。北寄りでも南寄りでも、また脱北者やかれらを支援するNGOを英雄的に描くものでも、とにかくなんらかの政治思想的な宣伝映画だったらいやだな、と思いました。観て、納得がいかなければ、寄稿はお断りしよう、そんなつもりで観ました。そして、憶測はみごとに裏切られました。描かれていたのは、人間の尊厳そのものだったのです。ここに、配給会社のお許しを得て、プログラムに書いた文章を転載します。

「クロッシング」は、4月17日からユーロスペース(東京・渋谷)で、5月1日からは銀座シネパトスとシネマート心斎橋でロードショーです。


映画パンフレット


映像に既視感を覚えたことに、不思議はありません。
 
大使館のフェンスを決死の覚悟で越えようとする脱北者たち、市場のぬかるみからなにかを拾って素早く口に入れるコッチェビ、強制労働にたずさわる収容者たちののろのろとした動き、国境の川を渡る脱北者。これらは、北朝鮮からもたらされた映像として、テレビのニュースで見たことがありました。それが映画のなかで、アングルから編集にいたるまで、なぞるように再現されていたからです。
 
映画なのだから、もっと効果的な映像表現は、望めばいくらでもできます。なのにあえてそれを封印し、言わばみずからの手を縛って、ドキュメント映像が存在するシークエンスは、それに限りなく近づけた。そこに、キム・テギュン監督のたくらみはある、と思いました。
 
なぜなら、ニュース映像を点とすれば、私たちはそれらをつないで、遠い世界でなにか非道なことが進行しているらしい、と漠然と想像するわけですが、私のばあい、その思い描いていた線が、映画を見終わったとき、もののみごとに消し去られていたからです。代わりに浮かびあがるのは、普遍的ななにかでした。自分の想像力のあさはかさも思い知らされました。ニュース映像の再現は、この作品、この監督に限っては、センセーショナルに感情にうったえる手っ取り早いテクニックなどではありません。そうではなく、いつか見たニュースという共有された視覚経験は、橋頭堡として、ニュース映像が暗黙のうちに私たちをつれていこうとするのとはまるで別の、意想外の方向に私たちを導くのです。
 
ところで、史実や記録にもとづく文学は、ノンフィクションあるいはルポルタージュと呼ばれます。作者は聞き取り取材に基づき、当事者が体験した現実を文章に再現します。けれど、言うまでもなく、その作品は作家性の強い創作物なわけです。
 
映画「クロッシング」は、体験者の聞き取りをふくめた綿密な取材をもとにし、そこまでやるかと思うほど徹底的な再現にこだわってみせました。ここに採られているのは、ノンフィクション文学に近い表現方法です。もちろん、現実の事件に材を取り、それをドラマティックなストーリーに仕立てあげた映画なら、星の数ほどあります。けれど、「クロッシング」は、それらとは一線を画しています。言わば、ここにノンフィクション映画という新しい映画のジャンルが誕生した、そんな驚きを禁じ得ません。
 
北朝鮮の村の家や市場のたたずまいの映像表現は、ノンフィクション作家の文章力に相当します。そうであるからには、ドア、窓の桟(さん)、棚板の質感といった細部を、キム・テギュン監督は魂をこめて表現します。そんなの、映画ではあたりまえではないか、と思われるのもむりはありません。けれど、違うのです。これは観ていただかなければ納得していただけないと思いますが、そうした細部がかもしだす空気感と、それに包まれた人間群像は、監督の思想を力強く発信しています。
 
それは、ひとことで言えば人間の尊厳への畏怖です。北朝鮮の人びとは、たしかに貧しいでしょう。その現実は理不尽に過酷でしょう。けれどこの映画は、これでもかこれでもかと人びとのみじめさを強調するのではないのです。それをしていたら、ただのあざといプロパガンダ映画に成り下がっていたでしょう。

全篇、墨流しのような美しい映像の底から立ち上がり、恐ろしいほどの満天の星空のもとで頂点にたっするのは、冷酷な現実を生きることを強いられた人びとが、幼い子どももふくめて、人間のもっとも人間たるゆえん、つまり生きる意志と心の気高さを最後の最後まで手放さない姿です。そこに、この作品の普遍性はあると、私は思います。
  
このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





1000の風 100人の村

きのうの続きです。

『残された人に 1000の風』の訳者、南風椎さんは、時代を超えて読み継がれているあの『日本国憲法』(小学館)にたずさわった方なのでした。それで、ご自身の「ポケット・オラクル・シリーズ」の1冊目が憲法なのだし、そのシリーズが『日本国憲法』同様、うつくしい写真を全ページに配したものなわけだと、納得しました。

『世界がもし100人の村だったら』の編集者は、本づくりにとりかかったとき、まっさきに小学館の『日本国憲法』を思い浮かべたそうです。とは言え、そのまま踏襲して写真で構成するなんて恥ずかしいことはできないというわけで、イラストにすることにしました。でも、5冊の『100人の村』を出したあと、そのスピンアウト企画の『日本がもし100人の村だったら』(池上彰)では、写真とイラストを組み合わせて、『日本国憲法』への遠いオマージュとしたのでした。

井上ひさしさんも、憲法の絵本を出していました。『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』(講談社)は、いわさきちひろさんの絵を配した、易(やさ)しい言葉の優(やさ)しいイメージの、けれど硬骨な本です。きのうの東京新聞の追悼記事は、憲法、平和であふれていましたが、おおかたのテレビニュースがこうした井上さんの憲法への思いに口を閉ざしているのは、その全体像を歪めることにならないでしょうか。久しぶりにこのちいさな本を書棚からとりだして、遺影のように机に飾っています。

きのう、作者不明のテキストは誰が訳したり紹介したりしてもいい、と書きました。それは『世界がもし100人の村だったら』にもあてはまります。それで、この機会にその出版のてんまつを書いておくことにします。

ご存じのように、あれは「ある学級通信」というチェーンメールを書き直したものです。それが私のパソコンに飛び込んだのは、2001年10月4日でした。911の大惨事をうけて、多くの人がこのインターネットのうわさ話に感じるものがあったのでしょう。その後たくさんの方から、自分も受け取った、という話を聞きましたから。

数日後、これを書き直して絵本にし、その印税を中村哲先生のペシャワール会に寄付しよう、と思い立ちました。1週間ほどで出版社も決まり、1カ月あまりでテキストも英訳もイラストもデザインも完成して印刷所に送られ、12月始めには刷り上がったという、まさに超のつく緊急出版でした。

問題は、元になったメールの出所(でどころ)です。たどっていくと、なかのひろみさんというカウンセラーが、その年の始めに英語のメールを訳して講演で紙資料として配り、それをある方が911のあと打ち込んでメーリングリストに投稿し、それが変化しながらあっという間に広まって私のところにも届いた、ということが判明しました。そのてんまつは、『世界がもし100人の村だったら 2』に書きました。なかのさんバージョンは、快諾をいただいて最初の『100人の村』に全文を載せました。

なかのさんが依拠した英文メールは、アメリカの環境学者ドネラ・メドウズさんの、1995年5月31に新聞に掲載されたエッセイが元になっている、ということもわかりました。それがネットの世界に投げこまれ、改編を重ねてさまざまなバージョンとなって世界に広まったのです。この事情は、『100人の村』と『100人の村 2』に書きました。

以上のことがわかった時から、出版社の法務部が動きだします。元のエッセイに著作権はあるのか、また、メールに手を入れた人がその部分の著作権を主張してきたらどうしよう、と。後者については、チェーンメールとして送信したとたん、それは広まることを旨とした行為なのだから、著作権を放棄したことになる、というのが法律家の判断でした。

前者については、メドウズさんの新聞エッセイは原案であり、原案権というものは存在しない、原案に著作権はない、という結論でした。けれども出版社は、原案者に敬意を払うべきだと判断し、「あとがきにメドウズさんの新聞エッセイを載せ、著作権料をお支払いしたい」と問い合わせました。そうしたところが、奇しくもメールをなかのさんが訳した2001年2月の末に、メドウズさんは永眠されていることがわかりました。メドウズさんは、「サステナビリティ・インスティチュート(持続可能研究所)」という財団を遺していて、財団によると、メドウズさんはすべての著作権を放棄して亡くなった、けれども財団は寄付でなりたっているので、寄付はありがたい、とのことでした。それで、出版社は新聞著作権料の何倍かを寄付しました。

メドウズさんの新聞エッセイは、『100人の村 2』に絵本のかたちで、晴れて全文を納めました。最初の『100人の村』のあとがきにも載せたかったのですが、著作権のことが解決していなかったので、メールとエッセイの違いを分析するなかで部分的に紹介しました。念のため、著作権がクリアになったばあいの、全文を引用したあとがきも用意したのですが、連絡や交渉が間に合わず、こちらはボツになりました。それほどバタバタの本作りだったのです。

『100人の村』のテキストは、メール「ある学級通信」とも、なかのさんバージョンとも、かなり異なったものに落ち着きました。統計にあたって数字を入れ替えたのは、もちろんです。この本にとりかかっていた1カ月間、私は書き直しては朝昼晩とメールで編集者に送って意見を仰ぐ、ということをしていました。つごう100回は書き直したことになります。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





1000の風は誰のもの? あるブログのブレイク

きのうは、夜来の冷たい雨が一日中降り止みませんでした。テレビのニュースで、井上ひさしさんの娘さんの気丈な会見を見ました。その昔、井上さんがエッセイに書かれていた、「松田聖子っていいよねえ、わざとらしくて」とみごとな批評をなさったのはこの方か、ととりとめもないことを思い出しました。尊敬するお父さまとしっかり生き、しっかり看取った方の、凛とした緊張のなかに輝く一種の晴れやかさに、救われる思いでした。そうだ、民俗学では人の死も「ハレ」、日常を意味する「ケ」とは異なる非日常のできごとなのだ、と思い至ります。私も、望むらくはこの世に遺していく子どもたちにあのハレやかさを贈りたい、そうなるように日々に心を籠めようと思いました。

ほかにも、テレビのニュースは井上さんの逝去を報じていますが、演劇界での受けとめ方に重点が置かれ、私が見た範囲では、「九条の会」については横並びで触れないという、ふしぎなことになっています。複数の局に、呼びかけ人の梅原猛さんが出ておられるというのに。

「九条の会」は、これで小田実さん、加藤周一さんに次いで、3人目の呼びかけ人をお見送りしました。失いました、ではないのは、亡くなっていよいよその平和への思いが強く私たちの心に、歴史に刻まれると思うからです。世界平和アピール七人委員会は、どなたかに後任の委員をお願いすることになると思います。そうやって、55年の活動をつなげてきました。

七人委のメンバーである宇宙物理学者の池内了(さとる)さんと、こんな話をしたことがあります。

「『千の風になって』という歌がありますが、あれ、科学的に正しいですよね? 以前読んだ新書に、私たちが1日に吸ったり吐いたりする空気には、プラトンだった原子が必ず入っている、過去の全人類を構成していた原子が入っているのだから、と書いてあったんです」

「正しいです。全物質を構成する原子の数は10の○○乗(聞き取れず)ですから……(理解できず)なんですよ。このコップの水にも、ニュートンの脳みそだった原子が入ってます。僕はいつも、『きょうはガリレオ・ガリレイにしとこうかなあ』なんて、やってます」

ガリレオの脳みそだった原子を飲むことにしよう、という意味です。池内さんは、それでその日はガリレオになったつもりにおなりなのでしょう。井上さんも、これからは風になり、水になって、日々私たちを包み、潤してくださるわけです。私たちが風や水になる日まで。

その「千の風になって」という歌をめぐって、あるブログが話題になっています。去年の晩秋から書き起こされた断続的な連続記事(第1回はこちらの11月11日。その日のページだけにリンクが張れないので、11月のページを示しておきます)が、先月に入ってツイッターによって燎原の火のように広まったのです。
ブログ作者南風椎(はえ・しい)さんの3月16日の記事から、そのアクセス数をご紹介しますと……。

  3/8(月)     1011
  3/9(火)      608
  3/10(水)    81411
  3/11(木)  128661
  3/12(金)   73629
  3/13(土)   17172
  3/14(日)   12788
  3/15(月)   14187

13万アクセスになんなんとする日もあるとは、なんともすさまじい。なぜこんなことになったかと言うと、新井満さんが翻訳・作曲した「千の風になって」には、南風椎さんの『あとに残された人へ 1000の風』(三五館、1995)という先行作品があることを、沈黙を続けていた南風さんがブログで公にしたためです。剽窃だ、と。ブログには、新井満さんが遅すぎたごあいさつのために、山のような『千の風』関連商品をもって南風さんのもとを訪れたてんまつも書かれています(
こちら)。

ネットには新井さんの主張が見つからないので、南風さんの思いにのみ寄りかかって思うところを書くと、私は南風さんのきちんとした怒りに打たれました。ブログ全体のうつくしくて静謐なたたずまいからも、この方に肩入れしたくなりました。

英語の原詩は、作者不詳とすべきもののようです。そうしたものを翻訳紹介するについては、作者がほんとうに不明であることを確かめなければなりません。確かめられれば、誰が翻訳紹介してもいいのですが、先行する訳文をいわば和文和訳してしまったとしたら、これは話が違います。あきらかにルール違反です。南風さんは、新井さんがこのルール違反を犯している、とおっしゃるのです。「A THOUSAND WINDS」は誰のものでもなく、誰のものでもあるけれど、「1000の風」は南風椎さんの表現であり、新井満さんが「1000」を「千」と表記したり、ディテイルを変えたとしても、全体として南風椎さんの訳を踏襲していることは明らかだ、空の雲の写真をつかった本の意匠も同様だ、と。関心をもたれた方は、南風さんの連続日記から、ご自分で判定してみてください。

ところで、あの歌が一大ブームになった頃、うちにも1冊の瀟洒な本があることを思い出し、ああ、あれか、と思ったものです。その南風椎さんの『あとに残された人へ 1000の風』がどのようないきさつで我が家にやってきたのかは、判然としません。私が購ったのではないことは確かです。私なら、「ポケット・オラクル」というシリーズ名を見て、スピリチュアル系かと思い、きっと手を出さないだろうと思うからです。だって、敢えて訳せば「掌中神託」というほどの、神がかった意味だからです。スピリチュアル系は苦手です。でも、このシリーズをスピリチュアル系と言い切ってしまっていいのかどうかは、わかりません。シリーズの第1弾は『日本国憲法 前文』なのです。奥付を見ると、2001年の7刷とありました。


1000の風


このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





井上ひさしさんを送る

今はもう井上さんが目覚めのない眠りについておられるなんて、実感が湧きません。治療はきびしいけれど、仕事に意欲を燃やしておられる、そんな伝聞を信じていました。信じたかったからだと思います。

あまりに急でした。井上さんもメンバーでいらした世界平和アピール七人委員会は、毎年11月にどこかで講演会をするのですが、去年は名古屋でした。翌年、つまり今年は名古屋で生物多様性条約会議があるので、そのプレイベントという位置づけの七人委講演会で、井上さんは米作りについてお話しなさることになっていました。それが、前日に体調を崩され、まさにドタキャンされたのです。それからまだ5カ月です……。

小説にも言えますが、井上さんのお芝居は、どんなに重いテーマを扱っていても、どこまでも下世話な地表を離れるものではありませんでした。そうやって、近現代史とか、戦争とか平和とか、まじめに向きあうべきテーマを、私たちの日常と地続きのものにしてくださった。井上さんの、軽演劇の香りのする、あっと驚く展開の人情喜劇のたくらみは、そこにあったのだろうと思います。かもし出される笑いは、社会への、世界への、そして弱い存在である私たち自身への批判を孕んでいました。これは、品のいい、心根の直(すぐ)な人にしかできないことです。

七人委でごいっしょするようになって、ほんの5年ほどですが、いろんなことがありました。会議の休憩時間に、喫煙コーナーに私のほうが先にたどりつくことは稀でした。いつも、すでに井上さんが、煙草を持った左手の肘を右掌で支えるようにして、ちょっと背をかがめて紫煙をくゆらせていました。そこで話をするのが、私の秘かな楽しみでした。会議には、いつも何かお菓子を差し入れてくださいました。それも、名だたる銘菓とかではなく、ご近所で購ったりした、でもおいしい「B級銘菓」なのでした。あれは、忙しくて欠席なさることもあったり、ぎりぎりに飛び込んだり、急いで次の予定に移動しなければならなかったりした井上さんの、照れ隠しだったのかもしれません。

サービス精神と好奇心のかたまりのような方でした。チャーミングな方でした。

「ねえねえ、池田さん、911陰謀説ってあるでしょう、あれどう思います?」あるとき、そうお訊きになってきたことがありました。私が当惑していると、同じく意見を求められた池内了さんが、「科学者の国際的なメーリングリストは、物体の自然落下についての計算式の投稿合戦みたいになってますよ」と、いつものちょっと醒めた、でも面白がっているような言い方で応じておられました。委員会には、陰謀説に熱を上げている人はいなかったので、子どものように意気込んでいた井上さんは、拍子抜けしたみたいでした。その後、井上さんから陰謀説を聞かなかったのは、すこし調べてみて、この仮説には脈がないと放擲してしまわれたからだろうと思います。

8日に鳩山首相にお手渡しした第102番目のアピールが、世界平和アピール七人委員会に井上さんがお名前をつらねた最後のものになりました。おそらくあれが、井上ひさしとしての社会への働きかけの最後になったのではないでしょうか。それが、核兵器廃絶への望みをつなげていいものだったことは、悲惨な戦争や停滞する国際政治への批判といった、ネガティヴなものではなかったことは、戦争を憎み、核兵器を憎んだ井上さんにとって、せめてよかったと言えるかもしれません。

人一倍お仕事をなさり、人一倍お忙しい中、ペンクラブや9条の会、そして世界平和アピール七人委員会と、人一倍社会貢献に骨身を惜しまなかった井上さん、お疲れさまでした。もっともっとごいっしょしたかったけれど、今はもう、ゆっくりお休みください。

合掌

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





イラク戦争検証に賛同する100人の議員名簿を首相に提出&核サミット

おととい4月9日、斉藤勁(つよし)議員と今野東議員は、イラク戦争の検証とそれを行う第三者委員会の設立を求める議員100人分(民主・社民・共産・無所属・みんな の超党派)の署名を、鳩山首相に直接手渡しました。鳩山首相は、「イラク戦争の検証は重大な課題。岡田外相とも相談していきたい」と語ったそうです。

イラク戦争の検証を求めるネットワーク」は、地道なロビイングを通じて、賛同してくださる議員を、党派を超えて募ってきました。8日に私が首相にお会いした時には80人と聞いていたので、そのようにお伝えしましたが、ほんとうは100人だった! これはすごいことです。そして、鳩山さんは、8日に私からイラク戦争検証の缶バッチを押しつけられたので(!)、2日続けてイラク戦争検証を求められたわけです。こうした流れが新しい動きにつながることを期待したいと思います。

8日の会見で私は首相に、国連で「唯一の被爆国」という間違った言い方をしなかったのはすばらしい、とお伝えしましたが、朝日新聞によると、9日、首相は記者団に核セキュリティサミットへの抱負を語るなかで、「日本は戦争で被爆をした唯一の国」と言ったそうです(記事は
こちら)。もしも前日の記憶があってそうおっしゃったのなら、チョーうれしい。

でも、会議への政府提言は、なんだか無難で踏み込みが足りないのです。その2本柱のひとつが、「将来、原子力発電所建設の構想を持つアジアや新興国の核技術者を日本に招き、東海村に新設する教育機関で安全な原子力の管理・運営のノウハウを伝える」だなんて、どうしてそこに原発ビジネスをくっつけるのでしょう。東芝がウェスティングハウスの原発部門を買収して、世界で最大級の原発企業になったことと「うるわしく」呼応して、そのメンテナンスというソフト部門でも、自前のものを世界基準にしたい、というもくろみでしょうか。

ともあれ、米露の新核軍縮条約も調印されました。これだって、核弾頭の配備数だけを減らすので、貯蔵核には触れていないとか、不足を言い出したらきりがありません。少しずつでも核のない世界が実現することを、私たちはこれからもねばり強く監視していくしかないのでしょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





鳩山さんへのプレゼントは写真に撮っておきました

首相官邸に行って、鳩山首相と会ったのに、おまえは何も話さなかったのか、ほかの人の発言はわかったけど、というご質問をいただきました。なにしろ短い時間です。長年、核廃絶にたずさわってきた小沼、土山、武者小路委員がアピールの趣旨や核廃絶をめぐる世界情勢を説明することが先決と、私はおとなしくしていました。そして、最後に短く、およそこんなことを言いました。

「総理は国連演説で、『唯一の被爆国』ではなく、『核兵器の攻撃をうけたことのある唯一の国家として』とおっしゃいました。これは、オバマ大統領のプラハ演説の、『核兵器の攻撃をしたことのある唯一の核保有国として』と呼応していて、すばらしいと思いました」

核実験による被爆国はたくさんあるので、「唯一の被爆国」は正確ではないし、他の被爆国への配慮を欠いた表現だ、と常々思っていたからです。ついでに言うと、鳩山さんの演説もオバマさんの演説も、先の引用は、「行動する道義的責任がある」としめくくられています。鳩山さんは、意識してオバマさんの言葉を踏まえて、言葉を選んだわけです。

こんなかっこいい言葉のやりとりを国際舞台でやった総理大臣が、かつていたでしょうか。外務省が書いたドラフトにちょこっと手を入れた原稿を読み上げるのではない、終始自分の言葉で国際社会に語りかけるリーダーは、今までいなかったのではないでしょうか。個々のことがらには異論もあります。たとえば、国連本会議場での演説のほうですが、CO2の25%カット、主要国の足並みが揃えば、という条件などつけずに宣言し、国際社会も国内産業も引っぱっていただきたかった。そうは言うものの、私は鳩山さんの国連での初めてのふたつの演説を、たいへん新鮮に受けとめました(こちらにもリアルタイムで書きました)。

そして、「岡田外務大臣と力を合わせて、このくにが核廃絶の先頭に立つよう、がんばってください」と言って、1冊の本をお渡ししました。


表紙


「有名な本ですよね」とおっしゃる鳩山さんに、「これはその日本版です」と説明しました。『世界がもし100人の村だったら』は5冊目の『完結編』までで、そのスピンアウトとして池上彰さんとつくったものです。巻末にふたりの対談が収録されています。対談したのが時あたかも政権交代直後とあって、今読み返してみると、新政権への熱い期待がページに封じ込められていて、ふたりで計ったわけではありませんが、政権交代政権がんばれ本になってしまいました。その扉には、このように書きました。


メッセージ


鳩山さんの初心を支持する、私は本気でそう思っており、それこそが鳩山さんにもっともお伝えしたかったことでした。そして、国会の所信表明演説で、「命を守りたい」と言った鳩山さんです。「命どぅ宝」と琉球語で書けば、お渡しした時にも外で座り込みをしていた沖縄の方がたの、基地撤去への思いを汲んでいただける、そう念じた次第です。

そして、イラクで小児ガンの治療を支援している
JIM-NETがチャリティで販売したチョコレートのうち、鳩の絵柄の台紙のものをさしあげました。


バッチ


「鳩です」と言ったら、「あ、ほんとだ、かわいいなあ」と、いっぺんになごんでむじゃきな声になってしまう総理大臣なのでした。パッケージには「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」の缶バッチもねじこみました。両手でちいさなチョコを顔に近づけた鳩山さんの目に、缶バッチはしっかりとらえられたはずです。私は、「『検証』の文字は『がんばらない』の鎌田實さんが書きました。80人の国会議員の賛同も得ています。総理もぜひ。そして、このこともよろしくお願いします」と言い添えました。


鳩山さん@官邸


核廃絶という、七人委員会の会見の主題を優先させるべき場では、個人的に今いちばん気にかかっていることとは言え、在日米軍基地問題とイラク戦争検証については、以上がせいいっぱいでした。

官邸を出て、議員会館でお昼を食べてからちょっとロビイングをし、座り込みのみなさんに鳩山さんとの会談のもようをハンドマイクでご報告して(ここにその写真があります)、この日の永田町行動は終了しました。


鳩山会見全体像

左から、橋本公さん(メディアアート作家)、武者小路公秀委員、池田、土山秀夫委員、小沼通二委員、鳩山首相、荒井聰首相補佐官。撮影は丸山重威事務局員。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





世界平和アピール七人委員会、官邸で鳩山さんと会見

世界平和アピール七人委員会は、核廃絶と平和を願って、55年前に湯川秀樹、平塚らいてうらによって発足しました。私も23人目の委員を務めています。きのう、委員会は官邸に鳩山首相を訪ねて、第102番目のアピールを直接お渡ししました。

鳩山さんは、30分の予定のところ40分近くも、私たちの話に熱心に耳を傾けてくださいました。人の目を見て話をするまじめな方、知ったかぶりをしない誠実な方だと思いました。鳩山さんと岡田さんのコンビなら、ちゃんとした情報さえあれば国際舞台で的確にふるまって、「核廃絶反対は日本の国是か」なんて、アメリカの核廃絶NGOからあきれられないようになる、と確信しました。来週ワシントンで開かれる核セキュリティサミット、がんばっていただきたいと思います。

首相とのやりとりを、小沼通二委員、丸山重威事務局員の記録をもとに、記録しておきます。【 】は私のコメントです。

まず首相から、「世界平和アピール七人委員会は、私の祖父が総理だった時代からずっと引き続いて活動されている由緒ある組織と聞いている。来ていただいてありがたい」との挨拶がありました。
 
核兵器禁止条約について、小沼委員は、「日本政府が主張してきたことと何ら矛盾しないにも拘わらず、日本は前政権時代から棄権を続けており、政権交代後の昨年12月も棄権してしまった」と説明【首相は瞬間、きびしい表情】。土山秀夫委員も、「核兵器禁止条約は、NPT(核拡散防止条約)と違って、核兵器を法的に規制しようとするものだ。NPT条約に加入しないインド、パキスタンや北朝鮮もこれには賛成している。いま核兵器がテロ組織に渡ったら大変だ、という危惧をみんな持っているが、それはパキスタンから流出するだろうとは、衆目の一致するところ。この条約なら全体が一致できるはずだし、パキスタンをインドとともに取り込むことができる。日本はその先頭に立ってほしい」と強調しました。

これらを受けて首相は、以下のように発言しました。「核セキュリティサミットには行くが、NPT再検討会議にはたぶん行かない【日程の関係だと思います】。米国のNPR(核態勢の見直し)で、NPTに入ってる国で、条約を遵守している国に核攻撃をしないと決めたことは、それなりにすばらしいことだと思う。これは完全ではないが 他の核兵器国も、思いを共有してもらいたいと思う。核セキュリティサミットでも、私からそう申し上げたい。核兵器禁止条約案については、しっかり勉強させてもらいたい【「知ったかぶりをしない人だ」と思った発言】。国連バン事務総長が、核兵器禁止条約案に対して踏み切っているとすれば、世界の流れに日本としても……【不明】ことはないと思う。ただ、核の傘の下にいるという現実をどこまで受け止めるか【私はひと言言いたかったけど!】」

また、武者小路公秀委員は、「コスタリカとマレーシアが、核兵器禁止条約の草案を出している。日本も同意見だと言っていただくことは、南北関係の上で大変意味が大きい」と、鳩山首相にアドバイス。武者小路委員は最後に、「生物多様性条約の締結国会議も重要。首相には頑張っていただきたい」と激励しました。

鳩山さんには、核の恐ろしさを表現したDVD3部作も、作者の橋本公(いさお)さんからじかにお手渡ししました。これは昨年末、オバマさんにもプレゼントしたものです。そのひとつ、「1945ー1998」は、ウィーンに本拠を置く国連のCTBTO(包括的核実験禁止条約準備委員会)のサイトで見ることができます(こちらの世界地図)。

今回のアピールの特徴は、NPT(核兵器不拡散条約)の取り決めを加盟国が実行すること、加盟していない国々に加盟を求めることと並んで、よりおおきな「非核の傘」になりうる核兵器禁止条約草案を真剣に検討することを求めるところにあります。アピールに出てくるハンス・ブリクスさんは、もうすぐ来日される予定です。

以下、どうぞ広めてください。


WP7 No.102J
核兵器不拡散条約再検討会議を前にして
核兵器禁止条約の採択に向けた早期交渉開始を求める

2010年4月8日

                               世界平和アピール七人委員会                                      
                    武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 井上ひさし 
                              池田香代子 小沼通二 池内了

核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議(2010年5月3−28日)と核セキュリティ・サミット(2010年4月12−13日)を目前にして、私たち世界平和アピール七人委員会は、2008年10月24日に国連本部で開催されたシンポジウムにおいて藩基文国連事務総長が行った基調演説「国連と核兵器のない世界の安全保障」を想起し、これを支持します。

ここで事務総長は5項目の提案を行いました。その中に含まれる以下の事項は、今日でも重要な問題として未解決のまま残されています。

(1) すべてのNPT締約国、とりわけ核兵器国が、国連で長年にわたり提案されてきた核兵器禁止条約の交渉検討を含めて、NPTに基づく軍縮義務を履行すること。
(2) 核兵器国は、非核兵器国に対して、核兵器による攻撃も威嚇もしないことを明確に保証すべきこと。NPT非加盟国は、核兵器製造能力を凍結し、独自の軍縮公約を行うこと。
(3) 包括的核実験禁止条約(CTBT)、核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)、非核兵器地帯、国際原子力機関(IAEA)との軍事利用されないための保障措置協定、追加議定書などによって「法の支配」を強化すること。
(4) 核兵器国が具体的情報に基づく説明責任と透明性を強化すること。
(5) 他の大量破壊兵器の廃絶、通常兵器の制限を含む、核軍縮の補完的措置を必要とすること。

私たちはこれらいずれの提案にも賛意を表しますが、とりわけ重要かつ緊急を要するものとして、核兵器禁止条約の早期交渉開始を各国、なかでも核兵器国に対して求めます。

その理由は2つあります。

1つは1996年(12月10日)から2009年(12月2日)まで毎年、国連総会で採択されてきた「核兵器による威嚇または使用の合法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見への補足」決議が、「全ての国家は、核兵器の開発、製造、実験、配備、保有、移譲、威嚇、使用を禁止し、廃棄を定める核兵器禁止条約の早期締結に導く多国間交渉を開始する義務を直ちに履行すること」を呼びかけていることが世界中で歓迎されると考えるからです。大量破壊兵器委員会(ハンス・ブリクス委員長)が2006年6月に国連に提出した報告書でも、核兵器非合法化のための準備を開始すべきことが提言されています。

他の1つは現行のNPTに加えて、核兵器の非合法性を明確化する法的規制が不可欠であると判断するからです。「核兵器のない世界」を目指す米国オバマ大統領は、繰り返しNPTの強化の必要性を表明しています。むろん私たちもその点には全面的に賛成します。しかし、それだけでは全ての国を核兵器廃絶に向かわせることはできません。なぜならば従来の経緯からみて、非加盟国、特にインド、パキスタン、イスラエルのNPT加盟を期待するのはきわめて困難だと思えるからです。私たちは、NPTを超えて、コスタリカとマレーシアが推進してきて藩基文国連事務総長も触れている核兵器禁止条約草案(モデル核兵器条約)に基づく誠実な交渉を、核兵器国を含む全国連加盟国が開始することが、より重要と考えます。

核兵器禁止条約交渉開始を含む「核兵器による威嚇または使用の合法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見への補足」決議には、国連の場においてインド、パキスタン、北朝鮮、イランも1996年以来一貫して賛成票を投じています。この事実は、核兵器禁止条約が、NPTを超えて核兵器を法の支配下に置き、核兵器が国家以外の組織に渡る危険性を防ぐ上でも有効かつ緊急の課題であることを示唆します。

結論として私たちは、核兵器国ならびにNPT非加盟国を含む全国連加盟国が、核兵器禁止条約の速やかな採択を目指し、直ちに交渉に向けて積極的な取り組みを開始されるよう強く要請します。

連絡先:世界平和アピール七人委員会事務局長 小沼通二
        eメール: 
mkonuma254@m4.dion.ne.jp
                  ファクス: 045-891-8386
                    URL:    
http://worldpeace7.jp

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





来週、鳩山さんとオバマさんが会わないのはいいことだ

だって、「トラスト・ミー」と言っちゃう方ですから、なんて言うつもりはありません。サンケイの記事によると、「普天間問題をめぐり日本政府内で対処方針が明確になっていないことから、首脳会談で混乱が生じるのを避ける狙いがあるとみられる」からだそうですが、きのうの記者会見でそのことを訊かれた平野官房長官、「邪推です」と一蹴していました。いつものように、ちょっとかわいくない言い方でした。ますます邪推したくなりました。

国連、IAEA、EUを含めておよそ50の国家と機関と地域が参加する核セキュリティサミット、アメリカと首脳会談をするのは、アルメニア、中国、ドイツ、インド、ヨルダン、マレーシア、パキスタン、南アフリカ、カザフスタンです。そのいっぽうで、たとえばカナダ、フランス、イスラエル、イタリア、韓国、ロシア、サウジアラビア、そしてイギリスの首脳はオバマさんと「さし」では会いません。核廃絶ですばらしいイニシアチブをとっているオーストラリアもです。

ですから、日本が首脳会談をしないことでその国際的地位がとか、対米関係がとか、心配することはまったくないと、私は思います。心配するのは、自信のない、ひがみっぽい、属国根性だと思います。

今は会わないほうが、おたがいのためです。そのほうが、のちのち在日米軍基地問題での合意にむけての最終段階で、日米の首脳が、政治家個人としてより自由にふるまえるからです。

どうも、アメリカの国防省と国務省には、在日米軍基地について、温度差があるような気がしてなりません。現行案をもっとも強硬に言い立てるのはゲイツ国防長官です。陸海空軍と海兵隊の利益を代弁する立場ですから、戦略的合理性から海兵隊をグワムに移すとしても、サブの基地と訓練場を辺野古に確保したい、いったん向こうがくれるといったものは、なにがなんでも手に入れるぞ、という意気込みです。それにたいし、クリントン国務長官は、役割分担なのでしょうか、現行案を主張しながらも、「日本の出方を見ています」と冷静です。オバマ大統領はそのふたりの後ろに控えていて、成り行きを見守っている、そんな気がしてなりません。アメリカ政府内部でも、いろんな意見や立場が入り乱れているのだ、と。

大統領には、国債償還を控える財務省や、牛肉輸入解禁を求める農務省からも、日本にたいする要望が集まっていることでしょう。それらすべてを勘案して、オバマさんは沖縄の基地問題をどのように決着するのがもっとも国益にかなっているのか、判断するわけです。在日米軍基地問題は、そのジグソーパズルのひとつのピースに過ぎません。

在日米軍基地問題、今ふたりが会ってどうなるものでもないということでは、私はサンケイの見解に賛成です。平野サンに「邪推」と言われようとも。そして、すくなくとも今この微妙な時期に顔を合わせる機会をとらえて、直接日本の首相に圧力をかけておこうというつもりが、これまでの大統領とは異なり、この大統領にないということは、はっきりしています。それは日本の民主主義に敬意を払ってのことだと、私たちは受けとめるまでです。受けとめて、外国軍の基地のない島、基地のない列島をしっかりと見据えて動くまでです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





CIAの娘が語る基地 そこから探る基地撤去  

彼女は、父親が軍属だったため、世界各地を転々としながら育ちました。父親からは、現地の子どもと友だちになってはいけない、家に連れてきてはいけない、と言われていました。父親は、軍に籍を置くCIA職員だったからです。

その彼女が言いました。

「元軍属の家族だから、横須賀とか、基地に入れるパスを持っていて、中のショップで買い物ができる。基地の中では、世界のどこかで何か起きると、どんなに遠いところの出来事でも、オレンジ色の警戒段階が2、3、4とすぐにはね上がる。基地には緊張が走る。なのに、一歩基地の外に出ると、日本人が、1年中ディズニーランドにいるみたいな顔して街を歩いている。どうかと思う。私たちアメリカ人が真剣に守ってあげているのに」

彼女が語る、このくにの私たちへの異和感に、私は異和感を覚えました。基地だから危険なのだ、基地は軍事的危険を未然に防ぐと言うけれど、むしろその呼び水になっているということはないのか、と。私が、「でも、基地の周りは米兵の事故や事件でたいへんということはどう思う?」と言ったら、彼女は言いました。

「ふるさとの家族と離れて、きびしい任務についている若い人たちは、さびしいんだと思う。日本は、米兵1人ずつにホストファミリーを提供して、いつでも遊びに行けるようにするべき。それをしないで迷惑とばかり言っている日本人は、恩知らずだ。日本人を守るためにがんばっている米兵がかわいそう」

たしかに、アメリカが海外基地を撤去する3つの理由のひとつが、兵士が家族と離れて異文化に囲まれることからストレスを溜めこみ、それが士気の低下や志願者減につながることです。でも、私たちがホストファミリーを用意しないから、米兵は犯罪を犯すのだなんて、筋違いな話ではないでしょうか。基地について、米軍関係者と私たちの認識のずれはここまで大きいのか、とため息のひとつもつきたくなりました。

米軍が国外基地撤去に踏み切る理由は、あとふたつあるわけですが、アメリカが基地維持の経済的負担に耐えきれなくなる、というのがふたつ目です。3つ目は、住民が騒音や多発する事件事故に業を煮やして、反基地でまとまったばあいです。これが基地撤退の理由に挙げられているということは、騒音は基地につきものであり、米兵は事件事故をしょっしゅう起こす存在だと、アメリカ自体が認めていることに他なりません。また、そういうことをどこまで住民ががまんするかを、アメリカは常時じっと注視している、ということでもあります(それはつまり、人のいい、がまん強い者がいつまでもばかをみるということでしょうかっ?!)

経済的負担という理由は、今のところは思いやり予算で「クリア」されています。今のところと言うのは、先月29日、ワシントンを訪れた岡田外相がゲイツ国防長官に、「1年後にこれについての取り決めが期限をむかえます。ついては、当方は今から全面見直しにとりかかりますのでそのおつもりで」と言い渡したからです(新聞記事はこちら)。

けれど最後の理由、住民の不合意は、ついに全県挙げて基地の県内たらい回しに反対の意思表示をした今このときの沖縄にあてはまるではありませんか。心やさしい、辛抱強いウチナンチュが、がまんもこれまでと声を挙げたのですから、これはおおきいと思います。沖縄では、米兵による事件事故があとを絶たないので、米軍は最後の手段として、兵士に18時以降の外出を禁止しています。先日、沖縄に行った時も、夕方、米兵らしい人にはほとんど出会いませんでした。昼間も、那覇の繁華街で家族連れの軍人らしい人たちを数組見かけただけでした。これでは、基地に閉じ込められた米兵は、ますますストレスを溜めていることでしょう。

かつてはお金を落として沖縄の基地経済に貢献してきた米軍ですが、米兵が遊びに出なくなった以上、飲食街の人びとの意識も様変わりしているだろうと思います。英語に代わって街を飛び交う、観光客の中国語や朝鮮語、それらの言葉による表記など、街の風景から見る限り、すでに沖縄は米兵がハッピーに闊歩できるところではなくなっています。アメリカの家族のもとに帰ることが、米兵にとってもハッピーなのです。

以前書いたように、私たちがいやだと言えば、法的には米軍基地をなくすことができます。従来の政権や防衛省・外務省筋、そして現政権の一部までが、「国全体の安全保障にかかわる基地問題は国が考えることで、一地域の住民の意向で決めることではない」と言い続け、世論はそれをうのみにしてきましたが、そんなこと、アメリカからするととんでもない嘘なのです。アメリカ側がこの嘘を敢えて訂正しないのは、私たちが自国政府の嘘に騙されていることがアメリカには好都合なのですから、当然です。私たちが気づくしかありません。気づいて声を挙げ、行動するしかありません。

きのうから、ウチナンチュの首相官邸前行動が始まっています。USTREAMでのライブ中継も試みられています。きのうの金城実さん(彫刻家)のスピーチと、請願書提出のもようは、こちらのユニオンチューブのサイトで動画が見られます。

あの戦争末期のように、沖縄だけにたたかわせてはならない、こんどこそ、どこに住もうが、私たちすべての問題として受けとめなければならない、と切に思います。65年を経て、沖縄戦のやりなおしをしませんか。こんどは平和のためのたたかいです。血の流れないたたかい、誰の血も流れることのない世界をめざすたたかいです。遅すぎるけれど、だからなおさら、今加勢しなければいつ加勢するのだ、と思います。

そうすれば、沖縄からこのくに全体が変わります。民主主義とは何か、人民主権とは何か、沖縄の人びとが身をもって私たちに教えてくれています。今、新しいこのくにのありかたを、沖縄が、その苦しみの果てにさししめしてくれているのです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





高すぎませんか このくにの女性の声

15年ほど前、女性の声と社会的立場の高さは反比例する、とエッセイに書いたことがあります。女性の社会的な地位が低いとその声は高くなり、男性の庇護が必要な弱い存在だということをアピールするものになる、というのがその趣旨でした。

けれど最近、あれは間違いだったのではないか、と考え始めています。この社会、女性の声がやたらと高いのです。その社会的地位は高いのに、と言いたいわけではありません。女性の声は高く、その社会的地位はあいかわらず低い。けれどそれだけではなく、女性の声の高さにはまた別の理由もからんでいるのではないか、と思うようになったのです。

その理由、まだ探り当てていませんが、キーワードは現代日本文化だろうと、ぼんやりと考えています。クール・ジャパンとか言いたい向きのある、この、今を生きる私たちの社会の文化です。アニメが重きをなすこの文化は、幼さを意匠として押し出しています。そして、その幼さは弱さや愚かさの現れではなかったりもするのです。

分析は措くとして、この女性の高い声に、私は困っています。歳をとるにつれて、高音が聞こえにくくなっているのです。これ、私だけではないようで、同年配やそれ以上の人びとからよく聞く話です。若者にしか聞こえない高周波のモスキート音というものもあるそうで、高音域は若い耳には聞こえるけれど、歳のいった者にはきびしい。

でもたとえば、女店員さんの言葉がきちんと聞き取れなくても、だいたい何を言っているのかは察しがつくので、不便はありません。そう、お店では私は聞こえたフリをして返事をしていることがあるのです。けれども、飛行機から降りてすぐ、まだ耳がおかしくなっているときなど、女店員さんの言葉がいつもに増して聞き取れず、がくっと疲れを覚えたりします。飛行機の客室乗務員さんが低めの声なのは、内耳の気圧調整がうまくいかない乗客への心遣いなのかも知れません。

とくに医療介護関係の若い女性が高い作り声を出すのは、問題ではないでしょうか。彼女たちと接する多くは、高齢者です。高齢者は、聞き取ろうと緊張して耳を傾けているのかも知れません。ついでに言うと、彼女たちの話し方、べたーっとして随所にたどたどしさの味つけがしてあり、どこか保育士さん風なのも気になります。

先日、ある大病院に行きました。そこの受付と会計では、女性事務員さんたちがスピーカーではなく生声を張り上げて患者さんを呼んでいましたが、その声にうれしくなりました。若い事務員さんも多いのですが、おしなべて低めなのです。声の高さは個人の生来のものと言うより、文化の要素がかなり左右するものだということを、改めて確認しました。この病院の文化では、声は低めと言うか、強いて高めにはしないのでした。意図してそうしているのかどうか、わかりませんが、私にはやさしい心遣いと感じられました。もちろん、園児扱いされている気になるような、保育士さん風の話し方でもありませんでした。

超高齢化社会が言われていますが、接客が欠かせない業種では、女性の声の高さについて、耳の聞こえの悪い高年齢層への対応を考える時期に来ているのではないでしょうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





米軍基地県内たらい回しを拒否するウチナンチュに賛同します@国会裏

最低でも県外──この、鳩山首相が去年の衆院選での約束を守ってほしい。知花昌一さんや真喜志好一さんが上京、議員会館前で座り込みをします。ヤマトンチュは賛同を求められています。条件は、1回でも座り込みの現場に足を運ぶこと。3日の記者会見によると、辛淑玉さんや鎌田慧さんも賛同者に名前を連ねています。私も賛同しました。あなたも、ぜひ!


以下転送可
+++++++++++++++++++++++++++++++++
BCCで失礼します。
Eメールやブログ、ツイッターなどを活用し、
友人・知人にPRを宜しくお願いします。

★[本土側呼応者]を募っています。
自薦他薦は問いませんが、期間中、「最低一回は現場に足を運ぶ」人に限らせていただきます。2日の記者会見前までに、50人を突破させたいと考えています。急いでいます。なにとぞ宜しくお願いします。


御案内(3月29日現在)

「県外移設」の不履行は絶対に認めない!

● 4月6日(火)〜9日(金)沖縄県民(ウチナンチュ)が
官邸前へ集結し、鳩山政権に対して「非暴力」で公約遵守を求める意思表示をします。

● 民主党支持者を含め、「県内落着」はおかしいと考える市民(ヤマトンチュ)のみなさん、集まった沖縄(ウチナ)県民(ンチュ)に温かい声をかけるとかカンパをするとか、「非暴力」で彼らを応援してください。3000人以上の市民が足を運んでくださることを期待しています。

● ただし、組織的動員はご遠慮ください。どういう組織・団体に所属されていてもけっこうですが、誰かに指示、
命令されてではなく、個人の意志、責任で応援してください。

● 4月6日(火)の午前10時30分からスタートさせる予定です。

● スタートに先立って4月2日(金)に沖縄で記者会見を行います。

● 呼びかけ人
 安里英子(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)
 安次富浩(名護市民)
 金城 実(彫刻家)
 知花昌一(読谷村議)
 真喜志好一(建築家、「琉球国・建設親方」)

● 本土側呼応者
 足立満智子(千葉県成田市議)
 今井 一(ジャーナリスト)
 島田清作(元東京都立川市議)
 鈴木 耕(編集者、ライター)
 (3月29日現在)

[お問合せは]
  090-1873-7211(知花昌一の携帯)
  090-3036-0450(今井一の携帯)
   Hajime Imai <
hai@vega.ocn.ne.jp>
このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





1分に1人お母さんが死んでいる 国連人口基金キャンペーン

先日、電車やバスの中で席を譲ることについて書きました(こちら)。ご高齢の方について書いたのですが、席を譲られていい方がたは、ほかにもいます。ちいさな子ども、赤ちゃんを抱っこしたお母さんやお父さん、そしておなかの大きな女性です。私の兄嫁は妊娠中、乗っていたバスがおおきく揺れ、とっさにおなかをかばおうとしてポールで上腕を強く打ち、そこが悪性腫瘍になって亡くなりました。幼い子どもを遺して。

私自身、30年以上前になりますが、妊娠したとたん、ちいさな子どもを連れて歩くようになったとたん、社会の冷たさが身に染みました。この社会は女性に冷たい、とくに子持ちの女性には……その頃、頭の中で自動無限リピートしていた「呪文」です。今、少子化が心配されていますが、こんなに子どもや母親に冷たく当たる社会が、子どもが減ってあわてても、それは自業自得でしょうと言いたくもなります。子ども手当は、子どもや子育てへの冷淡さを改めて、より好ましい方向に社会の意識をもっていくための、インパクトのある政策だと思います。けれどそれだけでなく、助産師さんや産科のお医者さん・看護師さんへの厚遇、保育園不足の解消、ゼロ歳児保育や病児保育の充実、学校以外でも子どもが成長できる機会の提供などなど、子どもや子どもを育てる人びとにもっともっとあったかい施策が必要です。

それでも、赤ちゃんやお母さんを死なせないということでは、このくには長足の進歩を遂げました。妊産婦や新生児の死亡率の低さは世界で1、2を争うほどです。産科小児科の危機がもろに数字に反映して、それも危ういのが現実ですが、ともあれ、戦争直後には48人に1人のお母さんが、今ならどうということもない出産事故で命を落としていたことに比べたら、まさに隔世の感です。私もその頃の生まれですが、クラスに1人や2人はお母さんのいない子がいました。

江戸時代は、おそらく出生10万人あたり500人とか、そのくらいたくさんのお母さんが亡くなっていたでしょう。粉ミルクなどなかった時代です。もらい乳は珍しいことではありませんでした。子育てが近隣の助け合いなしにはありえなかったというのは、今考えればいいことでもあったでしょうが、それが母の死を前提にしていたのは、やはり悲しいことです。遺された夫の再婚も、幼い子どもたちの養育のためという面がおおきかったのです。

子どももよく死にました。7歳までは神の子と見られていて、産土神(うぶすながみ)がかわいいと思った子どもを手元に引き取るのだとして、子どもの死という悲しい体験を受け入れていました。ですから、子どもが死んでも、地域によってはお寺の墓地には葬りませんでした。七五三は、3歳5歳の節目にお宮に参って、子どもを取り上げないよう神さまにお願いする、7歳になったら子どもを人間社会に引き取るにあたってのお礼参りをするという行事でした。

家族が死ねば、人はもちろん悲しみます。けれど、いつまでも悲しんで仕事もしないのでは、生きていけません。それで、人は気持ちを切り替えます。「子どもはまたつくればいいんだ、女房はまたもらえばいいんだ」と。その気持ちの切り替えを少しでも楽にするために、常日頃から「女子ども」という言い方に明らかなように、女性や子どもの命を、人格を軽んじたのです。「女子ども」という言い方には、悲しい心のトレーニングという合理的な機能があったのです。

子どもや女性が人権を軽んじられないためには、ですから、まずは死なないことが重要です。それだけでは必要十分ではないことは、この社会を見れば明らかですが、それでも、とにかく死なないことがたいせつです。ところが途上国では、出生10万人あたり450人のお母さんが亡くなっています。100年前、イングランドとウェールズの妊産婦死亡は355人、スコットランドは572人、アイルランドは531人でした。21世紀になったというのに、途上国では100年前のイギリスと同じくらい、あるいはそれ以上にたくさんのお母さんが亡くなっているのです。サハラ以南のアフリカはさらに深刻で、統計すらない国も多く、統計がある国々を見ると、ガーナが560人、チャドが1500人です。

じつに1分に1人、年間536,000人のお母さんが、幼い子どもを遺して死んでいます。遺された子どもの死亡率は、10倍にはねあがるそうです。こうした現実に呼応して、途上国では「女子ども」の人権は羽毛のように軽く、女であり子どもでもある少女ともなると、水汲みにはじまる家事に追い立てられる存在でしかないこともしばしばです。

そんな現状をなんとかしようと、国連人口基金が、「
お母さんの命を守るキャンペーン」を展開しています。私もサポーターです。「サポーターのひとこと」に書ききれなかったことを、ここに書きました。あなたも、よろしかったらサポーター登録してください。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





ゆうちょ銀行預け入れ限度額2000万円ですと?!

見直しもありうる、という条件がついたものの、というか、上限を2倍にするという「本筋」を真っ向否定する但し書きをつけるといういかがわしいかたちで、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額は2000万円ということで決着がつきました。

私が見たテレビでは、「今後も増えるだろう国債の受け入れ先として、ゆうちょ銀行の資金が潤沢になるのはいいことだ」というような解説をしている人がいました。いつからそういう理由づけがされるようになったのでしょう。もう、わけがわかりません。

亀井担当相は、それに加えて、銀行業務で儲けを出して、それを郵便などのユニバーサルサービス維持に役立てる、と言っています。国債でそんなに儲けが出るのでしょうか。ゆうちょ銀行に集まる分、地域の信組や信金に集まるお金が減り、そこから地域の小規模な事業所に貸し出されるお金も減って地域の経済がますます痩せ細り、税収が減り、国債発行が増え……という悪循環が生まれないでしょうか。

それより、亀井サンが買うと言っている国債は、はたして日本国債でしょうか。蒸し返しで恐縮ですが、思い出してください。亀井サンはアメリカに行って、「ゆうちょ銀行資金で米国債をダイナミックに買う」と宣言したのです(
こちら)。亀井サンは、郵政民営化は郵便貯金を外資にくれてやることに外ならないと言って、猛反対したのではなかったでしょうか。反対したことを、今度はご自分がやると言っているのです。

半ば国営化され、預け入れ額が2000万になって、何も知らない人たちが、こんなに安全な預け先はないと、信組や信金からお金をおろして預け入れたお金をアメリカに献上するなんて、地域で循環するはずのお金を戦費というおおきな穴が空いたアメリカの財布に注ぎ込もうなんて、悪夢以外のなにものでもありません。この理解不能ななりゆき、いったいどんな「裏」があるのでしょうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





いいことするじゃん石原サン 東京でCO2削減義務化

準備は02年からですから、用意周到に進めてきたものです。

東京都は、1100棟のおおきなオフィスビルと300カ所のおおきな工場に、02年から07年まで毎年、CO2の排出量と削減計画を出すよう求め、このたびそれをふまえて排出枠を割り当てたのです。そして、排出量を20年までに17%削減する義務を課しました。達成できなければ、その分の1.3倍の排出枠を、達成してあまっているところから買わされる、それをしないと罰金50万円を払ったうえに事業所名が満天下に公表されるというきびしい制度が、4月1日、東京でスタートしました。

上限を決める(キャップ)、義務や罰を科す。この2つがそろって初めて、キャップ・アンド・トレードというCO2排出権取引制度は機能します。トレード(取引)、つまりお金で片をつけるだけではだめで、本気でCO2を減らすつもりなら、キャップ(排出枠)が重要なのです。

国もこのあいだ、地球温暖化対策基本法案をまとめましたが、そちらは「総量規制を基本としつつ」と言いながら、「原単位方式」も加味するかも知れないという、いいかげんなものです。総量規制は、事業所ごとに排出枠を割り当てる東京都のやり方で、確実にCO2を減らすことが見込まれます。それにたいし、原単位方式は、たとえば車1台つくることで出るCO2に上限枠を設けるものです。そうすると、生産台数が増えれば、総量としてCO2排出が増えてもかまわないことになり、排出量規制としては大甘なものです。

経営側も労組も、挙げて民主党についているというのは、こういうばあい困ったものだと思います。とくに、経済成長期からCO2を盛大に排出してきた産業分野の大企業では、経営への負担がおおきいとか、雇用や賃金が心配だとか言って、労資どちらも総量規制には大反対なのですから。それを押して、とにもかくにも「総量規制を基本としつつ」と、総量規制に重点を置いた基本法案ができたことには、これではCO2の25%削減なんて夢のまた夢とは思いますが、それでも、やはり旧政権とはひと味もふた味も違う新政権の気概と努力を感じます。

東京の話に戻ります。対象となる施設から出されるCO2は、都全体の排出量の20%ですから、この新制度がうまくいくと、20年には東京から排出されるCO2が3〜4%カットできることになります。

東京は国を尻目に、CO2カットの王道を行くのです。かっこいい! 国の基本法案にちょっともやもやしていたので、すかっとしました。石原サンは、オリンピック誘致やら築地移転やら漫画やアニメのキャラクターの素行監視(!)をもくろむやら、とんでもないことをいろいろやってくれますが、これは快挙です。すなおに拍手です。大きなオフィスビルや工場で働くみなさん、たいへんでしょうが、この世界でも第3番目に導入される制度に、誇りをもってチャレンジしてください。応援しています。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





迷子の案内人 映画「NINE」を見る気はないけど

だって、フェリーニの「8 2/1」のリメイク・ミュージカルの映画化でしょう? フェリーニ命の私としては、いかにフェリーニへのオマージュとしてつくられた作品であろうと、パスです、パス。

「8 2/1」は、フェリーニ9本目の長篇劇映画ですが、映画がつくれない、という監督自身の絶不調をそのままテーマにしています。そんなテーマを映画にすること自体、天才の名に恥じないと思うのですが、この風変わりなタイトルには、1本に満たないできそこないという意味がこめられています(若い方向けの老婆心的解説です)。このたびのミュージカル映画は「NINE」ですから、完結した1本という自負があるのでしょうか。フェリーニを踏まえているというのに、なんとおこがましい。

今回の映画でも、主人公である映画監督の名前はフェリーニ作品と同じ、グイドです。イタリア人という想定で。アメリカ人に変えてもよさそうなのに、なぜか原作に律儀で、そこが気になります。もしかしたら映画館に確かめに行くかもと、パスすると言った舌の根も乾かぬうちに口走っています。でも、やはりパスです。

ともあれ、主人公のグイドという名前には、れっきとしたわけがあると思います。今からちょうど1000年前、イタリアに実在した聖歌隊長、グイド・ダレッツォという修道士にちなむ名前だと思うのです。

グイドは、ドレミファという音階名を発明したことで有名ですが、楽譜の創始者でもあります。もっとも、グイドが考案したのは五線譜ではなく二線譜でしたが、それにしてもこれは文字の発明くらいすごいことです。音楽、つまり音の高さや長さを記号で表す、という発想は、グイドのものなのです。それまでは、聖歌隊長が歌ってみせ、聖歌隊メンバーはそれを耳で憶えるしかありませんでした。また、音楽を記譜すれば、演奏家なしで持ち運ぶことができます。これは、当時の教会音楽の飛躍的な普及に役立ち、バチカンによる支配強化におおいに寄与しました。

さらにグイドは、左手の関節ひとつひとつに音階名をあてて、そこを右手で示して聖歌隊を指導しました。この教え方は効果抜群、グイドはスーパー指揮者の誉れをほしいままにしていました。これが、mano guidoniana「グイドの手」と呼ばれるもので、ドレミや楽譜とともに、ヨーロッパ中に広まりました。グイド・ダレッツォは、きわめて優秀な音楽指導者だったのです。グイドから派生したguidone「グイドーネ」という言葉は、「案内者、指導者」を意味しました。今はつかわれていませんが、英語ではguide「ガイド」となり、こちらは現役です。

指導者は、映画なら監督です。だから、「8 2/1」や「NINE」の主人公はグイドという名前なのだと思います。ガイドが迷子になった物語というわけです。ロベルト・ベニーニ監督主演の「ライフ・イズ・ビューティフル」で、強制収容所の中で幼い息子にすべてはゲームなのだと思い込ませるために命がけの嘘をつく父親の名前がグイドなのも、気になります。こちらは、道案内が成功した例です。

この説、亡くなった恩師、種村季弘先生にご披露したことがあります。先生、「嘘だろう!」と声が裏返っていました。映画評論でも名を馳せた、フェリーニ作品について論じた文章も多い先生の意表を衝くことができて、私は内心にんまりでした。

映画はともかくとしても、現実で道案内人が道に迷ったのでは、シャレになりません。このくにの道案内人は、普天間基地問題では道に迷っているフリをしていると、私は相変わらず思いたいのですが、どうでしょうか。きのうの党首討論、鳩山さんは本気で国内に代替地を捜し、そこの市民に理解を得るつもりのようにも聞こえました。そして、政府案をまとめると言っていた3月末は、なにごともないままに静かに過ぎてしまいました。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote





プロフィール

ikedakayoko

おしらせ
「引き返す道はもうないのだから」表紙180


「引き返す道は

 もうないのだから」
(かもがわ出版)

・このブログから抜粋して、信濃毎日新聞に連載したものなども少し加え、一冊の本にまとめました。(経緯はこちらに書きました。)
・かもがわ出版のHPから購入していただけましたら、送料無料でお届けします。
かもがわ出版 注文ページ

記事検索
アーカイブ
リンク





このブログの更新をメールでお届けします。 アドレスをご入力のうえ[決定]ボタンを押してください。

記事通知ブログパーツ「読んでミー。」