2010年05月

結局負けるのはアメリカ&5月 アクセスの多かった日の記事

政権が交代しても留任された大臣は、継続中のことがらを前政権の方針どおりに進めるよう、指示されるはずです。大臣は、新たな最高指導者に忠誠を誓い、これまでしてきたことに意を強くして、これまでにも増して職務に励むでしょう。

アメリカのゲイツ国防長官のばあいがこれにあたります。オバマ政権は、アフガニスタンやイラクといった継続中の戦争政策を、ブッシュ前政権から引き継いだわけです。在日米軍基地問題は、それらに比べればごくちいさな問題だったでしょうが、それも、ブッシュ政権と自公連立政権のあいだで進められてきた方針を踏襲することにしたわけです。つまりは、辺野古埋め立て新基地建設です。

それが通って、ゲイツ長官はブッシュ大統領にたいして点数を稼いだかたちになりました。けれど、ひとつ疑問があります。アメリカは、地元の合意を基地建設の条件に挙げているはずです。そして、沖縄の、辺野古の合意はけっして得られないというこの事態を、アメリカやゲイツさんはどう見ているのでしょう。亀井さんが福島さんに言ったように、どうせ辺野古には基地などつくれっこないというこの状況を、オバマさんはどの程度知っているのでしょう。いつの日か、ゲイツさんがオバマさんから「よくも実現不可能なプランで糠喜びさせてくれたな!」と怒られるのが落ちです。最後に負けるのはアメリカ、私はそう思います。


今月のアクセスは異次元でした。軍事的な話題になると、そういうことに関心のある方がたからのアクセスが殺到するのです。しかも、このたびは私が間違った情報をお伝えし、次いでそれを訂正したので(とは言え、29日には懲りずにまた「異論」をご紹介していますが)、その方がたは快哉を叫んでいました。戦争に詳しい方がたは、戦争をやめること、撤退することの難しさをよくご存じだからでしょうか、軍事サイトには私が間違いを認めたことを評価してくださる書き込みも見受けられました。恐れ入ります。

もう一つ、特記すべきことがあります。5日の記事へのアクセスが途絶えることがないのです。それも沖縄から。こんなことは初めてです。すこしでも沖縄の方がたの琴線に触れることができたとしたら、これに勝る喜びはありません。今月のアクセス累計では、この記事が断然1位でした。

1位 24日 
沖縄の黄色いメディア&米原潜「コロンビア」はうるま市で抗議を受けていた
2位 22日 米原潜コロンビア未だ帰還せず 韓国軍艦沈没の闇
3位 5日 悪いけど鳩山さん、負ける気がしないんです

アクセスの少なかったのは、以下のとおりです。

1位 2日 
やっぱりガセネタ! 「米国防省が日米安保解消を研究というサンケイ情報」  
2位 4日 
「そろそろカヌーに乗る準備」 辺野古浜通信
3位 1日 南風さん

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おばけの名前はヨクシとキョーイ

アメリカは日本を守り、その代わり日本はアメリカに基地を提供する、それが日米安保条約なのだと、この50年、ずっと説明されてきました。日本の立場からすると、米軍基地がある、ただそれだけで日本は安全を確保している、ということになります。在沖米軍基地存続を願う人びと、石破茂サン、岡本行夫サン、森本毅サン……ほぼすべての人が、そう言います。いっぽうアメリカの立場からすれば、日本に自分たちが基地を置いていること自体が日本を守っているのであり、その先、つまり日本の基地を何に使おうが、それは日本の関知するところではなく、自分たちのそのつどの必要に応じて使っていい、ということのようで、これは方便でもなんでもなく、とくに現場の司令官などは心からそう信じているようです。だから、世界情勢の変化にともなって、古くは朝鮮戦争、ベトナム戦争の出撃拠点とし、今は世界をテロから守るためと、沖縄からアフガン・イラクに出て行くのでしょう。

これを、アフガンやイラクの人びとが見たら、その目に日本や沖縄はどう映るのでしょうか。先ほどの説明をなぞれば、「日本は米軍に基地を提供し、そこから来るアメリカ兵が私たちを殺している、日本の安全は米軍によって私たちにもたらされるおびただしい死を担保としている」ということにならないでしょうか。友誼や公正を重んじるイスラムの人びとは、こうしたことを知ったら、激昂するのではないでしょうか。日本は人道支援だ、復興支援だと言ったが、もとはと言えば、日本がアメリカに協力したからこそもたらされた破壊であり、社会の崩壊なのに、日本はいい人面して耳障りのいいことを触れて回っていただけなのか、と。

沖縄にいると、そういうことが肌で感じられるようです。前にも書きましたが、
「ここから出ていく米兵が人を殺す、あってはならないことだよ」という沖縄の方がたの言葉がそれを表しています(5月7日「保守主義の島 沖縄」)。

しかも、基地を提供する、ということには、その維持費負担も含まれているわけです。維持費の70%も。そんな国は日本だけです。かつて、日米安保条約を結ぶ際、占領が終わっても米軍の駐留が続くことに反発する閣僚がいました。きわめて健全な感覚です。それにたいして吉田茂は、「番犬だよ、番犬が悪ければ番犬様だ、しかもエサ代はあっち持ちだ」と言い放って不敵に笑ったそうです。それから50年、いつのまにかエサ代までこちら持ちになってしまった番犬様は、いつも犬小屋を空っぽにしています。アフガンやイラクでの喧嘩が忙しく、また訓練のためにあちこち出かけているからです。それでも、りっぱな犬小屋があることが日本の安全に欠かせないというのが、従米派外務・防衛人脈の論調です。

軍事専門家を任じる人びとは、抑止とは相手が抑止と考えれば抑止なのだ、という心理学を採用します。犬小屋や「猛犬注意」のステッカーを空き巣除けに誇示するようなものです。けれど、押し入る人がいるとしたらの話ですが、それは流しの空き巣ではなく、周到に犬小屋情報を収集しているだろう、特定の「容疑者候補」です(これを特定しないことには、防衛業界はあがったりなので、かれらが北朝鮮だ中国だと特定します)。いつ犬小屋が空になるか知られているのに、空き巣対策は万全だと安心しているのは、まさに軍事ボケではないのでしょうか。

抑止と対をなすのが、脅威でしょう。こちらも、相手が脅威とみなせば脅威になるという、抑止と鏡像関係にある心理的な何かです。心理の次元で、抑止と脅威というおばけがどんどんふくらんでいる、それが現実だ、私はそう疑っています。韓国海軍艦の沈没も、おばけのふくらし粉として活用されたのだ、と。

27日の全国知事会の際、石原東京都知事は、「米軍が抑止になっているのかどうか、政府は調べて報告しろ、それがないならナンセンスな会合だ」と言いました。的を射た発言だと思います。テレビニュースの中には、前半をカットして「ナンセンスな会合だ」だけを流しているものがありました。なぜナンセンスと石原さんが考えたのかを伏せて、鳩山さんの企図を貶(けな)したことだけを伝えた、きわめて意図的な(悪質な)報道でした。

抑止だ、脅威だと、言葉に踊らされずに、ここは私たち一人ひとりがきちんと考えるべきだと思います。アメリカの国防省や国務省は、東アジアに軍事的脅威はない、と認めています。北朝鮮のことは、公式には歯牙にもかけていないというわけです。鳩山さんは、米海兵隊基地を沖縄に置く理由として、国民にみずから国を守る気がないから、というようなことをちらっと漏らしました。ほかにも、そういう議論が出てきています。その人びとは、鳩山さんを含めてみなさん言葉をのみこんでいますが、憲法改正を見越しているのでしょう。その思考の道筋は理解できますし、近所の人たちが犬の吠え声に悩まされ、子どもたちが噛まれて大けがをしても、りっぱな新品の犬小屋や高級ドックフードは遠く離れた親戚の安全のためになる、とする考え方よりも、私はまだましだと思います。ましな分、論破するのは、空の犬小屋信奉者よりも難しいと覚悟しなければなりません。ゆめゆめ「お花畑」なんて言われないように、武力によらない平和の理論を深めなければなりません。

今回のことは、私たちの目に沖縄、日米安保、米海兵隊、抑止力、脅威などがそのあからさまな実像を見せたということで、いい勉強になったのではないでしょうか。勉強したら、さあ次は反転攻勢です。

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韓国海軍コルベット(哨戒艦)「天安」はやっぱり……?!

5月10日22日24日に続いて、韓国の「天安」沈没のことです。ほんとうは、米軍基地問題について書きたいのですが、夕べの鳩山首相記者会見でも、この事件が北朝鮮のしわざということが触れられていたように、それが既成事実としてさまざまなことが動いています。ですから、やはりこれについて、さとうまきこさん情報をお伝えしておきます。

軍民国際合同調査団に加わりながら、「天安」は北の魚雷攻撃ではなく、座礁したのちになんらかの事故(おそらくは潜水艦との接触)で沈んだ、という説を主張したために、解任どころか名誉毀損で訴えられているS.C.Shin(辛?)さんとおっしゃる方の、クリントン米国務長官宛の書簡です。米軍ヘリと、韓国の特殊潜水隊の第3地点での遺体収容を報じたKBSも名誉毀損で訴えられているし、李明博政権は名誉毀損を連発しているかっこうです。

コルベット(哨戒艦)が沈んだのは、なんらかのひじょうに恥ずかしいドジのためで、それを糊塗するために北のせいにしたという説は、どなただったか(田岡俊次さん?)、となえておられました。それと一致する見解です。もしも万が一そうであるなら、事故を事件に仕立ててきな臭い方向にもっていくという、戦争好きな人びとのいつものシナリオということになります。その露払いが日本の辺野古新基地建設という決意だった、なんて歴史の本に書かれないようにしなくては。まあ、そんなことにはならないと、私は思います。沖縄に新しい基地など、つくれるわけがありません。私も、きのうも黄色いリボンをつけて過ごしました。

以下、さとうまきこさんのメールです。一部、文字が赤くなっていましたが、色を使うと一部の携帯電話では読めないということを教えていただいたので、「 」(かっこ)でくくりました。サイトには、S.C.Shinさんの英文の手紙とその和訳が載っています。ぜひお読みください。



(転送・転載歓迎) 

市民の皆様へ  お知り合いの国会議員に知らせてください。 昨日の昼から韓国のサイトに登場していました。

http://nobasestorieskorea.blogspot.com/2010/05/urgent-fwd-from-korea-letter-to-hillary.html

 

政治家の皆様、どうか経済制裁を軽々しくしないでください。ロシアも調査団を送ったそうです。

「イラク戦争何だったの?」を考えようとしている代議士の方たちは、この事件も「何だったの?」と疑問視してください。

さとう-anatakara.com/petition/index2.html-

 

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(調査官Shin Sang-Chul氏のクリントン国務長官への手紙と調査結果)

 

親愛なるヒラリー・クリントン国務長官


ようこそ韓国へ。長官が朝鮮半島を含む東アジアにおける平和を話合う好機を得られるよう望みます。


私は沈没した天安号のため韓国国会によって推薦された民間調査員、S.C.Shinです。ここ韓国における真実そのものを長官にお知らせしたくこの手紙を書いています。


私は韓国海洋大学を1982年に卒業し、航海および砲術士官として2年間海軍に在籍、その後、韓進海運で航海士として数年間極東と米国西海岸の定期航路貨物船に乗船勤務し、さらに現代、サムスン、大宇、韓進重工のような韓国大企業の造船所で7年間、造船検査業務を経験しました。


私は136,000トンのばら積貨物船3隻、2,000〜4,000トンのコンテナ船10隻の建造で、船体構造、船用機械と装備、塗料と航行システムを含む航海器具を担当しました。


私は韓国軍本部の結論に合意しませんでしたので、現在名誉毀損により訴えられています。


この状況がおわかりでしょうか?私は当局に反対の立場にたった唯一の人間です。それが私が訴えられた唯一の理由です。私は世界の中の民主主義国家において、どうしてこのようなことが起こったのか理解できません。


それで私は自分の意見をあなたに述べたいと思いますが、さらにこれがあなたを韓国でのあの不幸な事故の真相へと導く、有意義な情報であるかもしれないと考えます。

 

ご存じのように、この事件は世界の平和に貢献する朝鮮半島の平和にとりあまりに重要な問題ですので、あなたとあなたの国は熱意をもって完璧(な調査)にしようと追求しています。韓国軍当局は「魚雷の爆発」によって天安号が2つに割れて沈んだという結論に達しました。


しかし私の意見はそれとは全くことなります、なぜなら私は「爆発」を示すものはかけらも見つけることができず、反対にその船の「座礁と離礁」を示すいくつもの証拠を見つけることができたからです。


私は、真実をもとめる小さな声が予期せぬ災いを防ぎ、「朝鮮半島にいる7,000万人の人間の安全」を確実にするということを、あなたに十分に理解して欲しいと思います。

 


これから、ベンニョン島の位置する環境、特にこの付近での船舶航海にとって重要な自然環境を含む地理学的(*訳注:英語は「幾何学的」だが不自然と思われるため、地理学、とします)背景について話します。


(あとは下記サイトにて)

 

http://www.anatakara.com/petition/no-explosion-no-torpedo.html

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祝オタクのガラパゴス スコット・マーフィー讃

「はい、タケコプター!」に不覚(おぼえず)涙ぐんでしまいました。歌とは、音楽とは、幸せのおすそ分けなんだと、改めて思いました。





歌とは、絶望の歌も、悲痛な歌も、全身全霊をこめてうたうものです。つまり、元気いっぱいにうたうものです。うたいたい歌をうたいたいように、元気いっぱいうたう、それが聞く人の心をぐっとつかむのです。このばあいは、「どらえもん」をロックで歌いたいからロックで歌った。スコット・マーフィーは、日本のアニメが大好きなのです。そのサウンドは、メロコア(メロディック・ハードコア)と言うのだそうですが、私は90年代で時間が止まってしまっているような印象をうけます。

最近、日本はガラパゴス化している、と言われます。携帯電話に始まって、家電も車も、独自の進化を遂げて世界にも稀な珍種がさきわっている、と。その技術力にものを言わせ、使いこなせないほどの高機能を満載して、需要を考えない、と。まあ、そうなんでしょう。世界の潮流に置いていかれつつあるのでしょう。

でも、それも悪いことばかりではないような気がします。きのう、秋葉原でJRから地下鉄に乗り換えたのですが、混み合う駅の構内にすでにメイド姿の若い女性があちこちにいて、ビラ(フライヤーというのですね)配りをしていました。ほんとにいるんだ、と感心してしまいました。おおきな紙袋を両手にぶらさげ、じつにうれしそうな笑顔を浮かべた外国の若い男性もたくさん歩いていました。音楽や漫画やアニメなど、このくにが育んできた若者文化が世界に「オタク」を生んでいます。今や秋葉原や中野ブロードウェイは、世界中のオタクの聖地です。

オタク文化ではありませんが、若い女性のファッションにしても、このくにの若者はいいものを生みだしています。たとえば今はやりのチュニックにレギンスは、少々脚が短くてもそれがむしろかわいいという独自の優れた美意識を表現して、アジア中の女の子たちから、かっこいい、と思われています。あるホテルのエレベーターに、超特大のスーツケースを押してきた若い女性2人組と乗り合わせました。「大きなお荷物ですね」と声をかけたら、台湾から買い物に来ていたのでした。恥ずかしそうに、「みんなお洋服」と片言の日本語で言っていました。

アニメソングを含む日本のポップスをロックでカバーするスコット・マーフィーは、オタク文化の華です。アメリカ人が超絶的にうまい発音で日本語の歌をうたう、それにたいして、政治的文化的に優位にある国の人が劣位にある国の文化を称揚してくれているなどという卑屈なありがたがりは、今の若者には理解できないでしょう。ただ同じものが好きな同士として、「かっこいい!」と叫ぶだけです。日本以外でも同じです。youtubeには、「歌詞の意味は分からないけどいい歌だ」という英語やドイツ語の書き込みがあります。

スコットのいでたちからしてオタクです。信じられないほどダサイ格子柄のシャツとか、イケてないTシャツとか、美的でない長髪とか、貧弱な体躯とか、はにかんだ笑顔とか。そんなスコットが、体中から喜びを発散させながら歌うのです。次の曲は「埋め込み」ができないそうなので、クリックしてからyoutubeに飛んでください。


 

「どんなときも、どんなときも、僕が僕らしくあるために、好きなものは好きと言える気持ち抱きしめてたい」というのは、まさに高らかなオタク宣言です。こんなにいい歌詞だったのか、音だったのかと、オリジナルの槇原敬之はまったく聞かないアーティストですが、スコットのカバーには心から感動してしまいました。

こんなすばらしい歌を聴いてしまった以上、日本は世界中からオタクが庇護を求めてくるオタクのガラパゴス島になったらいいと、私は本気で思いました。そうやって、このくにはニッチで生きていけばいい、と。イギリスの凋落が著しくなり、「イギリス病」という言葉が取り沙汰された頃、あのくにからはビートルズが生まれました。そんな文化の爛熟を予感させるスコット・マーフィー。「パスポート」などの英語の単語も、ちゃんと日本語で発音している、ほんとに日本の歌が好きで、日本語が好きで、日本語で歌うのがうれしい、そんな心躍りがつたわってくる、と私は思います。
youtubeで聴いてないで、スコットをリスペクトするためにCDを買おうと思う私は、かなり変わっているのでしょうか。オタク度が進んでいるのでしょうか。しかも、この映像を選んでしまうということは、けっこうな鉄子さん?




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スービック米軍基地をなくした人びとが指し示す希望のありか

91年6月、ピナツボ火山が大噴火を起こし、スービック米海軍基地とクラーク米空軍基地に甚大な被害が及んだために、アメリカは両基地を放棄した、という説明をうのみにしていました。また、フィリピン政府が基地の地代を上げたら、米軍基地が出ていった、という説明にもうなづいてきました。

けれど、スービックの地元オロンガポ市には、粘り強くかしこい反基地運動がまずあったのだ、と知りました。それが政府を動かしたのだ、と。マルコス大統領がピープルズ革命で失脚し、代わって政権の座についたアキノ大統領は、当初は基地撤廃を唱えていたのが、就任後に基地存続に転じたのだそうです。どこかで聞いたことのあるような話です。けれど、それが全国的な人びとの反発を招き、それに押されて議会が新基地協定を否決し、米軍はそそくさと出ていった、となると、羨望のため息が出てしまいます。

火山噴火は天助ではあったでしょうが、基地はいらないという人びとの意志こそが、ひとつで沖縄県の基地すべてを合わせたほど広大なこの基地をアメリカに放棄させたのです。以前このブログに、「
法的には、わたしたちがいらないと言えば米軍基地はなくなる」という記事を書きましたが(12月19日)、そのとおりのことがフィリピンでは19年も前に起こっていたのでした。

そのあたりを追った「
米軍基地は必要か〜フィリピンの選択〜」という16分の番組を、OurPlanetTVが配信しています。91年に失効する基地協定に代わる新たな協定案は、フィリピン憲法に違反していたことを、反基地の理由のひとつに挙げた政治家の言葉にはっとしました。反基地に立ち上がったのは、最初は少数だった、基地協定改定時期をにらんで、ラジオに30秒のさまざまなスポットを流して理解を広めたなどという言葉は、「日米合意」間近という今この時、干天の慈雨のように心に沁みます。ラジオは、今ならインターネット、とくにツイッターなどでしょうか。

スービック基地があった地域は、今なお健康被害や環境汚染に苦しんでいるということも、この番組から知りました。また数日前には、経済特区で雇用は増えたけれど、基地ではたらくよりも収入は減っている、基地があったほうがよかったと考えている人が過半数を超える、というテレビニュースもありました。それでも、子どもたちが爆音から解放されてよかった、と静かに語る学校の先生の表情に、最後は価値観なのだ、なにを大切に思うかだ、と思いました。

5月23日の岩国大集会の動画(9分ほど)を続けて見たのですが、スービックの反基地運動と重なって見えました。この岩国の動画の続きを、米軍基地のない世界への歴史を、私たちがつくらないでどうする、と思えてなりません。希望はじゅうぶんすぎるほどあるのですから。フィリピンの人びとの、日本はフィリピンよりもアメリカへの依存度が低いのに、なぜ基地を容認しているのか、基地を追い出せないわけがない、といった言葉に、元気をいただきました。そして、きのうの琉球新報の社説、「アメリカに問う/民主主義の王道を 普天間海外移設に舵を切れ」の、真っ向からの立論に勇気をいただきました。

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口蹄疫は治るのに、「しめしがつかないから種牛も殺処分」の意味

宮崎で猛威をふるっている口蹄疫を食い止めるために、発症地域の家畜の全頭殺処分が進んでいます。21日には、畜産農家のみなさんの疲労、心痛はいかばかりかと推察して、そのような記事を書きました(「『旦那様のお出ましーっ』 殺処分に思う」)。

連日の報道によると、種牛も殺処分するのだそうです。なんとかならないか、との地元の切実な訴えも空しく、農水副大臣は、例外を認めては「しめしがつかない」と言いました。防疫は専門的すぎて、しろうとが口を挟むことではないかも知れません。が、この「しめしがつかない」という言い方にはひっかかるものがありました。

まずおさえておくべきは、口蹄疫は治る病気だということです。にも拘わらず殺処分するのは、感染力が高いから、そして病気の牛豚の肉は誰も食べたいと思わないからです。畜産は産業であり、そこには冷徹な経済法則がはたらいていることを思い知らされるのですが、だったら、種牛は食用ではないのですから、厳重に隔離して予防のためのワクチンを打ち、万一感染したら治療すればいいのではないでしょうか。ワクチンや治療薬を投与された牛の精子にまで拒否反応をしめす消費者はいないと思うのですが、いかがでしょう。

一般に、そのつどみんなの納得をえるよう説得すること、社会の合意形成に努力することが、民主主義社会の政治家の役目です。が、「しめしがつかない」というのは、そういったこととはやや異質な感じがします。人びとのそのつどの判断よりも上位の、ゆるがせにできない絶対的な規範があって、政治家の役目は規範の代理人として人びとをそれに従わせることだ、という思想が感じられるのです。まるで、家族の思いがどうであろうが、実情に合おうが合うまいが、家訓をもちだすお父さんのようなもので、そんなお父さんはほぼ絶滅しているにも拘わらず、永田町には棲息しているようです。

そんなふうに、上から目線でおせっかいをふりかざすことを、パターナりズムといいます。「お前にはわからんだろうが、これはお前のためなのだ、黙って言うことを聞け」というのが、パターナリズムの典型的な表出です。が、こういうせりふを吐いていたかつてのお父さんは、権威があるように見えて、じつは家の外で自分より上位の規範に膝を屈することによってその権威のおすそ分けにあずかるという、けっこう情けない取り引きをしていました。その地位は、この権力ピラミッドの最低部に年下の新参者が次々と参入することで、ほぼ年功序列的にあがっていきます(これを「マチスモの権力トリクルダウン構造」といいます)。

まあ、そこまで言わなくても、「しめしがつかない」発言からは、決まり至上という発想が感じられます。法令遵守、コンプライアンスが言われてすでに久しいのですが、これが企業内に萎縮した雰囲気をもたらしている、という声を聞くことがあります。法律なんか無視していいのだ、と言うつもりはありませんが、「しめしがつかない」がやたら横行するところでは、なにか行動する前に、それどころか発想する前に、前例の検索や右顧左眄にエネルギーを費やさなければなりません。みんながお公家さんになってしまう、そんなことがあってはよくないと思うのです。だいいち、仕事が面白くないでしょう。

農水副大臣の「しめしがつかない」発言は、防疫の専門家が検討して出された結論を、市民にわかりやすく発信したものなのかも知れません(わかりやすく、というのがすでにパターナリズムであり、私たちを半人前扱いしているのですが)。種牛は、畜産改良事業団のほか、個人の農場にもいるし、種牛候補として育てられている若牛もいるし、線引きが難しいのかも知れません。こういう緊急事態には、しろうとは黙っているべきなのかも知れません。けれど、私は納得できません。しろうとなりの思いがあり、異見があります。「しめしがつかない」の「がんこ親父のひと言」で引っ込む気にはなれません。もっとていねいな説得と説明を求めたいと思います。これもまた、私たちが民主主義のプロセスを通して「新しい公共」空間をつくりあげていく、重要な試練のひとつだと思うからです。

これからの困難な時代、社会の合意形成はますます難しくなっていきます。その時、政治家が古めかしいパターナリズムを掲げて説得という手間を惜しんだら、政治家は楽できるかも知れません。私たちもその言うことに従順を決めこめば、それもまた楽ちんですが、そんなことをしていたら、社会はどんどん活力を失っていきます。経済成長期にはパターナリズムがまだ通用したかも知れませんが、低成長期にふさわしいのは熟議にもとづく民主主義です。

今回のことから、そんなことを考えました。そして、やはり書いておきます。私は、種牛は殺処分すべきではないと思います、と。

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「アメリカにたいする根源的な卑屈さ」 内橋克人さんのメディア批判

本題に入る前に、牛久のその後です。

難民支援に尽力なさっている魚住さんによると、10日から続いていた
牛久の入国管理センターでの被収容者のハンガーストライキは、21日、一時中止となりました。「早くも仮放免者が増えてきているようで、一定の成果は出ているようです。ただし収容者は、今後の対応が変わらなければまたハンストに入ると宣言してい」るとのことです。中止の2日前、「牛久入管収容所問題を考える会」がセンター側と話しあいをもち、それが中止につながったようです(毎日新聞茨城版5月20日)。

また、14日には参院決算委員会で、藤田幸久さん(民主党、茨城選出)が、この件について千葉景子法相に質問しました(
議員のサイトに質疑が載っています)。その中で千葉法相は、今年に入って自死した2人について、収容が精神的圧力になったことを認め、仮放免は積極的にやっていくと約束しました。それが、仮放免者増加に表れているわけですが、指摘され、表沙汰になるとしばらくは「いい子」するのは入管の体質です。千葉法相の改善約束が空手形にならないよう、このブログでもときどき情報を提供しますので、みなさま、その時は電話・ファックスアクションなど、よろしくお願いします。きょうは藤田さんが牛久の入管を視察します。国会議員は被収容者が入れられているところまで入ることができるので、しっかり見ていただきたいと思います。


さて、内橋克人さんは、そのご著書に感動する稀な経済評論家です。効率一辺倒の経済は持続できないことを、早くから警告なさってきました。20日に、NHKはBSや教育など、主流からはずれたところでいいことをやっている、と書きましたが(
こちら)、ラジオを忘れていました。そのNHKラジオで、内橋さんが最近のメディアについて、痛烈な批判をなさっています。

今、ジャーナリズムが衰退している、その根っこにあるのは、アメリカにたいする根源的な卑屈さだ、報道人に鋭い洞察力と奥行きの深い報道力が欠けている、政権交代の真意を深めるような報道をしてほしい、それには、組織内ジャーナリスト1人ひとりが、まず社内で言論の自由を獲得することが重要などなど、噛んで含めるような穏やかな口調で語られるのはしかし、マスメディアの現状への痛烈な批判です。聞き手のアナウンサーは、さぞ耳が痛かったことでしょう。

「ジャーナリズムを峻別するきびしい目」をもたねばならないという、私たちへの叱咤も。10分のごく短い番組です。下のURLからどうかお聞きください。今、私にしても沖縄の米軍基地問題で政権への信頼は揺らぎに揺らいでいますが、こうした流れの行き着く先に今があることを思い起こし、たらいの水といっしょに赤ん坊も流してしまうことにならずに、でも在沖米軍基地にかんしては政権の方針を改めさせるにはどうしたらいいか、頭を冷やして考えたいと思います。

内橋克人「ジャーナリズムはこれでいいのか」
http://bit.ly/9gJIvi

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沖縄の黄色いメディア&米原潜「コロンビア」はうるま市で抗議を受けていた

最近、黄色に敏感です。沖縄の基地反対のシンボルカラーだからです。人前に出る時は、1着しかない黄色いワンピースを着るようになりました。何年も前に買った服なので、外見の経年変化著しいこのごろでは、やや派手なのですが。

きのうの日曜日は朝からテレビをつけて、鳩山さんが沖縄県庁に入るようすに見入っていました。県庁の反対側の歩道には、幟旗、赤い傘、赤で「怒」と書いた黄色い紙、バナーなどなどを掲げた人びとが押し固められていました。黄色いTシャツも目立ちます。県庁側は警備の人びとで立て込んでいて、市民の姿はありません。黄色い腕章やチョッキをつけた警備の人びとは、その色に内心どんな思いかな、と考えて、不謹慎ながらおかしくなりました。お仕事柄、こっち側に立ってはいても、道のあっち側の人びとと思いは同じという人も多いのではないか、と。

県庁側に位置するカメラのすぐ前を、鮮やかな黄色のカリユシかアロハを来た人が横切り、おやっと思ったら、メディアのものらしい紺色の腕章が見えました。黄色いタオルを首に巻いたカメラマンもいます。

私は日頃、ウェブで沖縄新報や琉球タイムズをチェックし、最近はそれらの新聞に載った論説を教えてくださるサイト「地元紙で識るオキナワ」さんにも、更新通知していただけるよう登録しています。紙面の写真もあるので、まるで現物を読んでいるような臨場感があります。そうした情報に接している限りでは、沖縄のメディア論調は真っ黄色です。もちろん、センセーショナリズムをおしたてたイエロージャーナリズムという意味ではありません。挙げて基地反対なのです。

だから、黄色を身につけて取材に当たるメディア関係者がいるのだ、私はこの方がたが書いた記事を読み、撮った映像を見てきたのだ、そう思うと、胸が熱くなりました。私たちのメディアがここにある、と。

続けて、テレビカメラは知事室に入りました。前回の黄色と打って変わって、鳩山さんのカリユシは青灰色、ほかの人びともまるで墨流しのような色彩で、張りつめたとげとげしい雰囲気です。1人、鳩山さんの斜め後ろに座った県庁の方でしょうか、鮮やかな黄色がいやでも目につきます。冒頭、仲井真知事が短く発言しましたが、政府の決定を「報道からしか知り得ない」と、3度口にしていたのが印象的でした。次いで鳩山さんの発言ですが、「断腸の思い」という表現で辺野古という地名を挙げました。「日米合意」だとか、「昨今の朝鮮半島情勢」だとか、「安全保障環境」だとかの言葉を、私は半ば呆然としながら聞いていました。

と、そこでコマーシャルに切り替わってしまい、あとはスタジオのコメントです。あわててチャンネルを変えても、NHKまでが別の番組をやっていました。こうしたメディアしか、わたしたちはもっていないのだということを、思い知らされました。本来、政治家の重要な発言は、そのまま最初から最後まで、私たちは知るべきです。知事室の外からは、ときおり抗議の声がかすかに聞こえていました。

岡田外相も北澤防衛相も、北朝鮮のしわざとされた韓国軍艦船沈没を引き合いに出して、「やはり沖縄」「やはり辺野古」と主張しています。政権がこの事件にすがっているような印象は拭えません。漠然とした不安にたいするに、漠然とした抑止力。ある雰囲気がつくられ、気分を根拠にものごとが進められているような気がしてなりません。

ところで、申し訳ないことに、おとといの記事を訂正しなければなりません。米原潜「コロンビア」は、「天安」沈没後の4月にホワイトビーチに入港し、うるま市から抗議をうけていたことを、週刊オブイェクトさんが教えてくださいました。その後、5月3日にはパールハーバーに帰還している、と(こちら)。DMで教えてくださった方もいます。ありがとうございました。このブログが悪い意味のイエローになってしまうところでした(「ジャーナリズム」なんておこがましいことは言いません、もちろん)。

また、調査団はアメリカ、イギリス、オーストラリア、スウェーデンが参加した国際的な軍民合同の調査団だったのですね。おとといは「
国際調査団を組織するべきではないでしょうか」と書いてしまいました。こちらも、お詫びして訂正します。が、「まずは中国のような北関与説に慎重な国も入れた国際調査団」と書いたことは、間違っていなかったと思います。中国も入っていれば、国際的な説得力がうんと違っていたのではないでしょうか。

きのうの朝見ていたのは、テレビ朝日系列の「サンデー・フロントライン」です。番組は、首相の沖縄入りのライブ中継とあっちこっちしながら、韓国哨戒艦(ではなく、正しくは「コルベット」というのだそうです。これも週刊オブイェクトさんに教わりました)のことを伝えていました。

解説にあたっていた森本毅さんは、しきりと首を傾げていました。「調査団の報告書には、沈没した『天安』の航路など、事故に至る経緯が一行も一字も書かれていない、生存者の証言もない、『天安』は優秀なソナーなどを備えていたはずなのに、乗組員はなにをしていたのか……」専門家も、軍事常識に照らして、この調査報告書には釈然としないものを感じているようでした。

封印されたKBSスクープの謎は依然残るとはいえ、米原潜との同士討ちという説は、私も今はほぼ潰えたのだろうとは思います。が、だからと言って、北朝鮮の小型潜水艦が魚雷を発射し、「天安」の真下で爆破させた、とする説にもまだ納得できません。公開されたスクリュー、ずいぶん腐食し、貝殻がついているように見えましたが、1ヵ月半であそこまでになるのでしょうか。なるのかなあ。また、魚雷は本来、船体に当てるものです。船の数メートル下で爆破させてその衝撃波で破壊するより、じかにぶつけたほうが効果があると思うのですが。

機雷説もありました。かつて海底に敷設された機雷が作動したのだ、と。それなら、しろうとにもわかりやすい。海底で上を通る船体の金属を探知して爆発し、衝撃波によって損傷を起こす機雷なら、今回の調査の結果と一致します。そして、「天安」乗組員が見張りを怠った、という批判もなりたたなくなります。あのスクリューは漁網にかかったそうですが、かなり離れた海域だったのは、海流の関係などでありうると推測できます。でも、この海域は北と南が異なる境界を主張していて、何度も小競り合いめいた海戦がおこなわれたところです。だったら、魚雷の断片なんて、いくつ沈んでいてもおかしくないのではないでしょうか。そのひとつが、今回たまたま漁網にかかった……。

とまあ、頑迷なしろうとはなかなか納得しないのですが、週刊オブイェクトさん、また教えてください。もしも機雷だとしたら、国際調査団がそれを曲げて、不十分な調査報告書で北朝鮮の小型潜水艦が発射した魚雷だと断定する、何か理由があるでしょうか。考えられるのは、「天安」が演習海域を200キロも外れた問題海域にいた理由が明らかにできない、ということ、艦長以下乗組員がそこで何をしていたのか、明らかにできない、ということ、ぐらいでしょうか。それに国際調査団も同意して、機雷事故だったのを、北朝鮮の魚雷のせいにした。北朝鮮も、これまでけっして褒められたものではないふるまいをしてきたことは確かなのですが。

でも、そうだとしても、北朝鮮とへたに事を構えて、その結果、北朝鮮が崩壊などしたら、いちばん困るのは韓国のはずです。また、韓国の経済も対中貿易頼みですが、中国は北朝鮮の後見役をひきうけ(させられ?)ていて、中国としたら、韓国が北朝鮮と険悪になって支援をやめなどしては困る、と韓国に圧力をかけるでしょう。そのようなリスクを背負ってもなお、真相をゆがめてまで北朝鮮のせいにする動機が韓国にあるのかどうか、疑問です。すくなくとも、来月の統一地方選挙では、李明博大統領に有利にはたらくでしょうが。

陰謀論が苦手なので、なにがなんだかわからなくなりました。ともかく、北朝鮮犯行説にいのいちばんにとびついたのが、辺野古に米海兵隊基地をつくろうとする勢力だったことは、憶えておきましょう。そして、今一度、繰り返しておきたいと思います。「悪いけど鳩山さん、負ける気がしないんです」と。この5月5日の記事は、今なおアクセスしてくださる方がたが毎日何人もいらっしゃいます。それも、多くは沖縄から。私も力を尽くします。自信をもってまいりましょう。

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牛久入国管理センター ハンスト参加者からの手紙

Carlanさん(ハンドルネーム)は関西にお住まいで、被収容者のために尽力なさっています。そのCarlanさんから、牛久のハンスト参加者の手紙が届きました。

BOND(外国人労働者と共に歩む会)の支援要請と牛久からの手紙、なにも付け加えずに転送します。が、ひと言だけ。牛久の入管センターには、職員や来訪者のためのビュッフェ式食堂があり、種類も豊富で味もよく、もちろん温かいものは温かく出てきます。



【以下転送大歓迎】--------------------------

皆さま、

5月10日から始まった東日本入管の収容者のハンストは10日が過ぎ、支援団体が20日、入管に対し、被収容者の要望を聞き入れるよう申し入れを行いました。と、同時に私たちのほうにも支援要請が届いています。

どうぞ、被収容者の声を聞くように東日本入管のほうへ、FAXや電話、手紙などを送っていただくようお願い申し上げます。

抗議・要望の送付先:東日本入管センター
 〒300-1288茨城県牛久市久野町1766番地
 TEL:029-875-1291
 FAX:029-830-9010

以下支援要請、ハンスト参加者からの手紙です。

******************************

     支 援 要 請
                       2010年5月20日

                  BOND(外国人労働者と共に歩む会)
                   
gaikokujinrodosya@yhoo.co.jp
 
5月10日(月)、東日本入国管理センター(以下、「東日本」。〒300-1288

茨城県牛久市久野町1766番地)において、約60名の被収容者がハンガーストライキを開始しました。東日本の脅し、体調悪化による離脱、一方で新たな参加者の拡大などありながら、ハンストは10日目を過ぎた今日も続行しています。
 
ハンストをおこなっている各ブロックは、それぞれで入管に対して要求書を提出していますが、共通の要求は以下の通りです。

一、 半年を越えて収容されている者については仮放免せよ。
一、 収容期間にかかわらず、体調不良者は仮放免せよ。
一、 高額な仮放免保証金の納付を請求するな。
一、 未成年者は収容するな。即刻仮放免せよ。

長期収容や再収容などによって心身を痛めつけられ、人権侵害もはなはだしい東日本において、この要求は本当に最低限の要求でしかありません。応急処置しかしない医療体制のもとで被収容者の抱える病気は日々進行しており、外界と遮断された密閉施設で風の通らない狭い部屋は被収容者のストレスを高進させています。

東日本入管では、収容期間が1年・2年と長期化しており、東京入管での収容期間が半年を越えている者は、通算1年半・2年半以上の収容生活となっています。人権などという言葉の通用しない場所で長期の収容を強いられているのです。今回のハンストが始まってから私たちも知りましたが、あるブロックで結核患者が見つかり周囲の被収容者に対して保健所が健康診断をおこないました。Mさんは「陽性(結核感染を疑う)」と診断結果が出て、受診するよう保健所から通知を受けました。Mさんは東日本に対して受診を要求しましたが、1カ月以上たった現在も受診できないままです。この事実は、収容主体責任・義務の放棄であり、私達国民は、収容主体としての責任・義務を果たせない入管に収容権を認めるわけにはいきません。収容所において人間の命がいかに軽んじられているのかを示す端的な事例です。

また、難民申請者でも50万円から100万円という高額な仮放免保証金が要求されます。日本人の配偶者でもこのような高額な保証金を用立てることができません。やっと母国での迫害を逃れてきた難民が、どうしてそんな高額の保証金を支払えるでしょうか。保証金を支払えなければ当然にして難民への仮放免許可はキャンセルとなります。不許可にするための許可という、茶番のような嫌がらせが繰り返されています。実際の許可ではない、口先だけでの許可です。それで仮放免許可をキャンセルされた難民は、絶望のどん底に突き落とされます。母国に帰れば、逮捕・拷問、せっかく逃れてきた日本でも期限のなき長期収容なのですから。

上記の要求は、そうしたなかでの最低限の要求ですが、それすら、東日本入管が受け入れ、実行するかどうか定かではありません。被収容者はいつになったら人間扱いされるのかわかりません。そうした状態での一日一日が、一刻一刻が、被収容者の心身を蝕んでいくのです。
 
皆さまにお願いします。ハンスト者の命をかけた闘いに支援・協力をお願いします。ハンスト者の身体は、耐えることのできない期間を過ぎつつあるなか、一定の段階で収拾せざるを得ません。ハンスト中であれ、ハンスト後であれ、全国の皆さまから東日本に対して抗議と要求の声を集めていただき、要求の内容が実現できるようにしていただきたいとお願いするしだいです。

同センターの住所は上記の通りであり、電話番号は029-875-1291、ファックス番号は029-830-9010です。全国から、抗議と要求の手紙・葉書、電話、ファックスを集めていただきますよう、お願いいたします。

あるハンスト者から全国の皆さまにあてた手紙の日本語訳を添付させていただきます。

                              以 上

******************************

2010年5月17日

みなさまにご挨拶のほど申し上げます。わたしはいま東日本入国管理センター(茨城・牛久)に収容されている者です。この手紙を差し上げたのは、わたしたちが入管収容所内で日々直面している問題について知っていただきたいからです。

わたしたちが日本にやって来たのは、出身国での迫害から逃れるためです。ところが、難民資格を申請中であるにもかかわらず、わたしたちは入管に収容されてしまいました。そしてこの施設では適正な扱いを受けていません。


《収容所内の劣悪な環境》

収容所での食事は非常に粗末なものです。冷たい米とまずいおかずが出されます。朝食には二切れのパン、かたいゆで卵、200mlのミルクまたはジュースが出され、それが毎朝続きます。昼食や夕食で出されるのは、腐りかけの魚、かたい肉、脂ぎったもの、ほんの少しのわかめが浮いているだけの塩味のスープ、といったものです。まずくて食べられないので、残す人が多くいます。少しでも食べやすくするために、スープの蒸気で他の食品が温まるようビニール袋に包んでみたら、袋は何に使われるか分からないので危険だといって、取り上げられてしまいました。そうやって、収容所内での生活を少しでも改善しようとすることさえ邪魔して、わたしたちの希望をくじくのです。

このように栄養状態が悪いので、健康はすぐに損なわれます。収容所の医師は、きちんと診断もしないで痛み止めや抗ストレス剤をでたらめに出すだけです。ことしのはじめに、収容所内のあるブロックでは結核が流行しました。これが所内の粗末な医療環境のせいであるのは言うまでもありません。所内の空気も暑苦しくじめじめしています。まるで拷問を受けているような気分です。所内の施設・環境の全般が、わたしたちの生活状態を悪化させるものです。

所内を自由に移動できる時間は、午前9時半から11時半と、午後1時から4時半までしかありません。それ以外は房のなかに動物のように閉じ込められたままです。房の畳は古くほこりまみれで、肌荒れや呼吸のアレルギーを起こします。

寝るためには4つの毛布しか与えられないので、体が痛くなります。ロッカーや棚などまったくなく、紙袋があるだけです。ヒーターが午後10時に止まり、しかも冬だからといって毛布が追加されることはないので、冬には寒さに震えながら寝ることになります。

所内には売店がありますが、出される食事が口に合わず、また差し入れも所内の売店で販売しているもの以外は許可されないので、売店の値段が割高な食べ物を買わされることになります。また、被収容者は文書のコピーをとるのに一枚300円も取られます。わたしは2008年から収容されていますが、そのように長期収容されていて日本に身よりもない人には300円がどれだけ高額かお分かりでしょう。コピー一枚になぜこんなにお金がかかるのでしょうか。


《家族との別離、未成年者の収容》

わたしは日本に妻とたったひとりの息子がいます。わたしは2008年から収容されていますから、約2年も息子から引き離されているわけです。息子は7歳で小学2年生になりますが、わたしは息子とながらく会っていません。

未成年者の収容も日本の入管では行われます。未成年者は社会的に保護されるべきでしょう。わたしたちのなかには、17歳で収容されたネパール出身の少年もいます。かれは約1カ月まえにストレスで精神状態を崩しました。不眠症になり、落ち着いていることができず、突然叫び出すようになってしまったのです。ところが、かれは医者に見てもらうどころか、独房に移送されてしまいました。こんなことが解決になるのでしょうか。これでは病状は悪くなるばかりでしょう?

また、ごく最近、あるフィリピン人女性が品川入管内で心臓発作を起こして亡くなりました。こういうことが起こるのも、所内で適正な医療や診断が行われないためです。


《精神的拷問、そして自殺》

所内では毎日のように、職員はわたしたちの精神をさいなむような扱いをします。それでわたしたちが怒り抗議すると、独房に閉じ込めるのです。これは日々少しずつ積み重ねられる拷問です。そうやって、わたしたちがこの国で平和な暮らしをかち取ろうとする意志をくじき、帰れば死ぬかもしれない出身国へと追い返そうとするのです。

最近、わたしは所持していた睡眠薬を取り上げられました。長期の収容のせいで、それがないと眠れないのです。以後、眠れないつらい夜をすごすことになりました。その薬の所持は規則違反であるとのことで、わたしは懲罰のために独房に入れられました。テーブルもテレビもない3畳間で、監視カメラが設置されていました。トイレにはドアがないというのに、部屋の窓は開きません。壁には自殺するぞという訴えの落書きがあり、以前この部屋に移送された人の苦しみが伝わってきました。食事のときには箸さえも渡されません。こんな環境でまともな精神のまま暮らすことが誰にできるでしょうか。

わたしはここに19カ月も収容されているので、最近こんなことに気づきました。所内のテレビではサイコホラーや戦争もの、暴力ものの映画がよく放映されるのです。こうしたものばかり見ていると、気がおかしくなります。数週間のサイクルで同じ映画が放映されます。平日にはBBCニュースが流されます。しかしその内容はよくわかりません。音声が英語から日本語へ、また逆へとひんぱんに入れ替わるからです。

自殺もまた、入管内ではよくあるできごとです。Japan Times紙は、2000年から2004年までに23人が入管内で自殺してしまったと報じています。2009年には中国人とブラジル人が自殺しました。2010年には、すでに2月と4月に自殺者が出ており、これも報道されています。それらの自殺のほとんどは、共通の理由によるものです。かれらには家族がおり、非常に長いあいだ家族から引き離されてしまったがゆえに、それに苦しんだのです。入管政策そのものが改善されることがないかぎり、今後も自殺は起きつづけるでしょう。

2月8日の自殺者は、ラファエル・ヨシモリというブラジル人でした。かれはすでにここ牛久に来る前に、1年半のあいだ刑務所に居ました。そのあいだにかれのビザが期限切れになったために、かれは自動的に牛久に移送されたのです。その3カ月後にかれは自殺しました。1年半の刑務所生活を送った人が、たった3カ月の入管収容所で自殺してしまったのです。入管収容所でわたしたちに加えられる精神的拷問がいかに耐えがたく危険なものか、このことがよく示しています。自殺するまえに精神を損なってしまい、医者にかからねばならない状態に陥る者さえいますが、その場合も医療を受けることはできません。


《仮放免手続きの問題》

最悪の問題は、仮放免申請の手続きにあります。手続きの結果が出されるまでに非常に長い時間がかかります。そして許可がおりたとしても、仮放免時には50万円から300万円という大金を身元保証金として払わねばなりません。現実上、収入がない人は収容所を出ることができないのです。
 

仮放免申請者が必要なものを揃えることができれば仮放免となりますが、しかし何度目かの仮放免許可の更新のさいにふたたび身柄を拘束され収容されることがほとんどです。収容者はみな同じ経験をしています。これは日本人の犯罪者が、なにも悪いことをしていないのに再び逮捕されるということがありましょうか。なぜ難民申請者にだけこんなことを? わたしたちが出身国での迫害から逃れてここに来たことが悪いのでしょうか。みなさんが日本人でわたしたちが外国人であるからそうなるのか。これは人種差別ではないのか。


《抗議のハンガーストライキ》

このような入管行政と被収容者への残酷な扱いに抗議して、わたしたちは今月10日にハンガーストライキを決行しました。当初の参加者は50から60人です。

これは納得できる合意が達成されるまで続けます。しかし当局は、このストを中止しなければ、仮釈放が取り下げられ、しかも大村収容所(長崎)に移送されることになるぞと脅しをかけてきました。食事をとらないだけのことが何の罪で誰を傷つけているというのでしょうか。暴力的ではないかたちで自分の感情を表現する権利すらないというのでしょうか。メディアやNGOや国連に手紙を書いてはいけないとすら警告されました。なぜかれらは内部事情を隠そうとするのでしょうか。

すぐにビザを出せとまでは言っていません。わたしたちは被収容者への公正で倫理にかなった扱いを求めてたたかっているのです。もちろん、難民申請や仮放免申請の審査も、いたずらに長期化し被収容者を苦しめることがないよう、もっと迅速に行われるべきですが。わたしたちは貴重な人生をなるべく価値あるものとしたいと思っています。出身国で迫害を受け、命を台無しにしたくはありません。

ハンストが始まってから、いく人かの報道関係者がわたしたちを取材しようと訪ねましたが、面会は許されませんでした。わたしたちの表現の自由とメディアの報道の自由が妨げられたのです。

一般の面会も、ストの翌日である11日から、もともと30分だったところが20分へと短縮されました。スト参加者が面会をするさいには、職員がひとり被収容者の横につくということすらなされています。ここは刑務所ではないし、わたしたちにはプライバシーや尊厳があります。真実が外に伝わることをそこまでして避けたいのでしょうか。

ハンストの5日目には、早朝に職員が房のなかにどたどたと入り込み、わたしたちを叩き起こして連れ出し、体重を計りました。5人かそれ以上で、わたしたちひとりひとりを取り押さえながらそうしたのです。まるでわたしたちが暴れたから取り押さえているかのようでした。なぜそんなことをしたのか。体重の減少を見せつけて、ハンストを考え直させるため? まるで職員がわたしたちをおもちゃにしているようでした。さもなければ、わたしたちがもっと悪い状態に陥ることを待ち構えているかのようです。わたしたちはこのハンストを死ぬまで続けることを決心しました。このハンストは、わたしたち自身のためだけでなく、これから収容されるかもしれない人のためのたたかいでもあるのです。他の人をわたしたちと同じ目にあわせたくはありません。

しかしながら実際、ハンストが長引くにつれて思うのは、わたしたちが決心した結果が本当に起きてしまうかもしれないということです。わたしたちはハンストを続けますが、日本の入管の人間たちにとってはわたしたちの命などたいした問題ではないということも分かっています。これまでに、遺書を書いて自殺をした人がでたときにも、入管の対応はそうでした。また、外部の医療機関で適切な治療を受けられなかったために、命を失った人もいるのです。どうか事態の改善のために、わたしたちを支援してください。最悪の結果がもたらされる前に、入管がわたしたちの状態について考え直すよう、働きかけてください。

日本は国連に加わっています。ならば国連難民条約に従うことは当然ではありませんか。その第三条にはこうはっきりと書かれています。「締約国は、難民に対し、人種、宗教又は出身国による差別なしにこの条約を適用する」。では、わたしたちの身の上に起こっていることは一体何なのでしょうか。日本は国連の一員として自国が果たすべき役割について考え直すべきです。

《4つの要求》
わたしたちの直面している状況について、わたしたちは4つのことを要求します。

1. 未成年者を収容するな。
2. 最長でも6カ月という限度を収容期間として設け、それ以上の収容を行うな。
3. 仮釈放時に払う保証金額を20万円以下とし、かつ収入のないものについては保証金そのものを免除せよ。
4. 仮釈放された者については、裁判所が難民審査の結果を出すまで、再収容を禁止せよ。

最後に、この東日本入管センターの被収容者を代表して、この手紙を読んでくれたことに感謝します。みなさまからの支援や働きかけを望みます。もし可能であれば、面会にも来てください。どなたでも歓迎いたします。

心をこめて、
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米原潜コロンビア未だ帰還せず 韓国軍艦沈没の闇

先月、米韓合同演習中に沈没した韓国の軍艦「天安」について、おとといの20日、韓国の「軍民合同調査団」は北朝鮮のしわざと断定し、回収したスクリューやハングル文字の書かれた機雷の残骸などを公開しました(記事はこちら)。アメリカも強い調子で北朝鮮を非難し、鳩山首相はその日の夜、「もし韓国が国連安全保障理事会に決議を求めるということであれば、日本として先頭を切って走るべきだ」と息巻いて見せました。けれど、北朝鮮の船を対象とする「臨検特措法」が衆議院で可決された、これだけでも私はとんでもない、臨検とは戦争状態の時にすることだ、と思うのですが、それがやはり同じ20日だったとなると、これは国会日程のつごうであって偶然でしょうが、やはり穏やかではありません。

私は5月10日に、「天安」沈没は米原潜との同士討ちの可能性があるという、田中宇さんの説をご紹介しました(「
島陰に沈む米原潜」)。そのときは、正直言って半信半疑でしたし、今もそうです。アメリカの原子力潜水艦が合同演習中に1隻消えたなら、隠しおおせるものではないのではないか、と思っていたら、13日現在、合同演習から母港のパールハーバーに帰還していない米原潜がある、その艦名は「コロンビア」だ、と「日刊ゲンダイ」が伝えていました(デヴィ夫人のブログで読めます)。これはどう考えたらいいのでしょうか。

韓国内には、北関与説への疑惑が出ているそうです。いわく、調査団の結論では、小型潜水艦が「重さは1.7トンで、爆薬装薬が250キログラムに達する大型魚雷」を発射したとあるが、そんな大きな魚雷は小型潜水艦には搭載できない、とか、最新式のソナーを備えた韓国の軍艦がいるところに、ばかでかい音を出す北朝鮮の旧式の潜水艦が潜入し、水深の浅い海域で「天安」の真下に魚雷を撃ち込むなどまさに神業だ、とか。

北朝鮮には動機がない、という異論もあり、日本ではテレビに出ている軍事や北朝鮮の専門家が、北朝鮮はなにをするかわからない、あのくには異質で理解不能なのだ、と断定していました。誰かを、あるいはなんらかの集団を異質で理解不能と決めつけることは、戦争への「心の準備」そのものだというのに。調査団の発表後すぐに北朝鮮が、無関係との声明を出しても、あのくにはいつもそう言う、で終わりです。そして、北朝鮮が過去に関与した事件を振り返ってみせる……おなじみのパターンです。

「日刊ゲンダイ」にコメントしている河信基さんは、韓国のメディアを読み解くブログを主催しています。それによると、6月に統一地方選挙を控えた韓国では、この事件が政争の台風の目になっているそうです。接触にしろ同士討ちにしろ、米原潜による事故だったとすると、反米の気運が高まって、親米の李明博大統領に不利に働きます。ということは、北朝鮮のしわざなら大統領有利です。河さんのこの事故(事件)関係のブログ一覧は
こちらです。米兵の遺体を収容するスクープ映像が抹殺されたこと、「天安」と司令部の交信記録に空白部分があること、携帯で家族や友人と話をしていた乗組員の通話内容が非公開であること、検出された火薬やアルミ片は欧米のものだということ、そもそも「天安」が演習海域から200キロも離れた、いつも小競り合いの起きている北朝鮮に近い海域にいたということ、謎は尽きません。一読、ご自身で判断してみてください。

中国が冷静に構える(あるいは当惑のあまり静観を決めこんでいる)いっぽうで、韓国、アメリカ、日本は次々と手を打って、北関与を既成事実としようとしているように見えます。これはあぶないのではないでしょうか。こういう時は、「先頭切って」などと言うものではありません。また拉致問題解決が遠のいたと、胸もつぶれる思いのご家族もおられるのではないでしょうか。

日米安保利権勢力はこれ幸いと「北の脅威」を唱え、だから海兵隊は沖縄にいなければいけないんだ、という結論にもっていっています。強引で情緒的で、軍事的合理性などおかまいなしです。

とくに、中韓だけを訪問する予定だったのに、合同調査団の発表と合わせるかのように、急遽、日本にもほんの3時間あまり立ち寄ることにしたクリントン国務長官のふるまい、そして共同記者会見での「日米は共通の危機に直面している」として在日米軍基地の重要性を強調した発言は、日本に「辺野古現行案」を飲ませるうえでこれを好機ととらえた、悪く言えばすかさずつけ込んだことの、あからさますぎる証左でしょう。

そんななか、おとといの「報道ステーション」は、古館キャスターが沖縄の米軍基地を空からリポートし、これだけの基地が必要なのかと問いかけるという、目先の出来事にふりまわされない、冷静で秀抜な報道をしました。これは評価すべきだと思います。

けれど、マスメディア全体としては、いやな感じになってきました。北関与説の疑問点などを検討している節は見えません。生活者に軍事のことはわかりません。だから説明しなくていいのではありません。ましてや、ミスリードなどしたら、それこそ繰り返された「戦争への道」です。正確で的確な情報とその分析によってしろうとの疑問に答えること、それがメディアの役割であり、社会の合意形成には欠かせません。

ところで最近、ベテランのジャーナリストたちが北朝鮮を訪問しました。何人かの方がたがネットに記事を書いていますが(たとえば田端光永さん岩垂弘さん)、デノミの失敗と言われる割には、北朝鮮の経済状態は確実によくなっているそうです。そんな北朝鮮が今ほんとうにこんな軍事的冒険をする必要があるのか、軍民合同と言いながら軍が主導し、米原潜との事故説をとなえた委員が解任された調査団の結論をうのみにするのではなく、こちらも判断の材料にしてください。

こうなったら、国連は「さらなる北朝鮮制裁」など決議せずに、まずは中国のような北関与説に慎重な国も入れた国際調査団を組織するべきではないでしょうか。

(お読みくださってありがとうございます。米原潜「コロンビア」が未帰還というのは誤報でした。訂正を24日に「沖縄の黄色いメディア&米原潜『コロンビア』はうるま市で抗議を受けていた」に書きました。併せてお読みいただければ幸いです。いまだこの記事へのアクセスがあるので、念のため、書き添えました。5月26日)

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「旦那様のお出ましーっ」 殺処分に思う

「牛が旦那様かえ?」
 怪訝な顔をするアカに、万治は言ったものだ。
「おう、牛をあばく場は天宮というてな、この世で苦役を務めた牛が天の御殿に旅立つ場所や、そこで死んだ牛は尊い神になるからな、最後のエサに苦しみを和らげるムルキムチを食わせ、赤い着物を背中に着せてな、旦那様のお出ましーっ、と言うて連れていくど」(村田喜代子『龍秘御天歌』より)


秀吉軍に強制連行された朝鮮人陶工が、北九州の地で「クニ」の伝統を守り通そうとする物語の一節です。アイヌの熊祭りを連想させる、いただく命への畏敬の念に満ちた風習です。若い方のためにひと言説明を加えると、ここで屠(ほふ)られるのは役牛です。昔は農耕や運搬につかう役牛(えきぎゅう)を食用にもしていました。明治期の日本もそうです。いきおい肉が固いので、薄切りにして食す牛鍋、すき焼きが発明されました。

宮崎で口蹄疫が猛威をふるい、テレビでは専門家が、まるで被告人席にでもいるかのように、表情もうつろに「こんなに広まるのが早いとは」と力ない声で答えています。とほうもない数の豚や牛が殺処分されています。

新聞に、畜産農家の思いが載っていました。「命を絶って命をつなぐのが、おれの仕事。出荷して殺されるのは何とも思わないが、このように殺されるのは見るに堪えない」(東京新聞5月19日夕刊)

鼻で餌をあさる豚は、鼻に水泡ができて血を流しながら震えている。授乳中の母豚だけが引き出され、処分される。それを見守りながら、農家の方が、「子豚も一緒に処分して一緒に埋めてくれ。かわいそうすぎる」と涙ながらに叫ぶ。「最後までおいしい餌を、おなかいっぱい食べさせてあげたい」と、出荷できないので餌の量を減らしていたのを、元に戻す……。

丹精こめて育てる牛や豚には情が移るでしょう。ましてや、手元で生まれた子牛や子豚は、かわいいと思うでしょう。どんな動物の赤ん坊もかわいいと感じる命のたくらみめいた仕組みが、私たちには埋め込まれていますから。それでも、いつかはその命をいただく日が来ることを、畜産農家の方がたは、当然のこととして受けとめているわけです。けれど、そうやって自分たちは農場を経営するのだ、と割り切るのではない、命と命の真剣な向き合いのなかで深化する、畏敬のような何かが、このたび伝わってくる悲痛な畜産農家の声から、おぼろげに像を結びます。経済的な打撃もさることながら、食肉になるのではない殺処分という現実の前に、畜産農家の方がたの自負や誇りが深く傷ついている……。

肉を食べるとは、動物の命をいただくことです。宮沢賢治の「よだかの星」で、よだかがカナブンかなにかを飲みこみ、その震えを喉に感じながら、切ない思いで飲み下す、あの畏怖を、私は肉料理を食べるたびに思い出します。ですから、肉や魚はぜったいに残しません。これからは、肉を食べるたびに、その肉を生産してくださっている方がたに、肉になってくれた牛や豚のまなざしに、私は思いを馳せると思います。これまでよりも、ずっと。

引用した小説に描かれる朝鮮の伝統では、屠蓄者は臨終の時、人払いをして、一声、牛のように啼くのだそうです。そして、かれは牛たちの待つ天宮に安んじて旅立つ。そこまで、魂の奥まで、かつて命をいただいた牛たちと同化している。同じ命、という了解がある。こよなく美しい心映えだと思います。

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平野貞夫さんの「西松事件は森前法相の指揮権発動」証言がyoutubeに

きのう、国会の議員会館に行きました。お会いした議員さんに、「きょうは指揮権発動の話題でもちきりなんでしょうね」と言ったら、「なあに、それ?」とご存じありませんでした。それで、ある議連の創立総会でお話をしたのですが、冒頭にこの情報をお伝えしました。15、6人の議員さんたちは初耳とのことで、会場にザワが走りました。議員さんは忙しくて、なかなかメディアチェックなどできないのだとお見受けしました。

おとといの朝日ニュースターの番組「ニュースの深層」に平野貞夫さんが出演し、官房機密費のことを取り上げたのです。その内容は、唖然とするものでした。「私はそうやって記者さんたちを堕落させてきた」という平野さんの懺悔は、なまなましく、強烈でした。

それもさることながら、冒頭、こんな爆弾発言が飛び出したのです。YOUTUBEは消される可能性があるので、急遽、きょうのブログはこれをとりあげました。





虚を突かれたキャスターの上杉隆さんが、「この放送は生放送なので、慎重にやらなければならないのですが」とあわてています。

平野さんは、この話を今月13日に聞いた、としています。「週刊朝日」5月11日発売の21日号には、機密費について、上杉さんが記事を書き、平野さんの談話が載っていて、この特集をめぐっておふたりに接触があったとしても、13日より前です。だから、この「指揮権発動による国策捜査」の話は出なかった。そのあとの13日、平野さんは財界人からこの話を聞き、3月の初め、石川議員逮捕の前日に同席した森さんの、強気で異様なご自身への敵意を思い出し、今こうした取材に応じていると、いつか政権が替わった時に何かが起きるかも知れないと身の危険を感じて、ほかならぬ上杉さんの生放送番組に急遽出ることになったのを奇貨として19日の証言となった、そう考えれば時間的心理的なつじつまは合います(ある国会議員が出演の予定だったところ、審議が終わらず、放送時間に間に合わなくなったので、平野さんが代わりにお出になったのです)。

平野証言が事実かどうか、上杉さんが呼びかけているように、森英介・元法務大臣のお話が聞きたいものです。そしてもちろん、国会でとりあげていただきたいと思います。なにしろ、この「指揮権発動」の効果は今なお強力で、世論は「指揮権発動」(だとしての話ですが)勢力の思惑どおりに推移しているのですから。

メディアにもがんばっていただきたい……けど、一部の例外を除いてむりかなあという気にもなってしまいます。平野さんのお話では、朝日新聞以外は、小料理屋、銀座のクラブ、女性同伴でホテルへ、というコースで機密費の饗応にあずかっていたそうなのですから。(朝日のほかでは東京新聞が、「こちら特報部」で、自社は接待をうけてない、と証言しています。)

また、平野さんは、前政権の最後の時期に機密費2億5千万円が消えたことについて、国会法が改正され、国会決議があれば開示を要求できるのに、民主党はそれをしない、と歯がゆがっていました。そういう手があるのなら、こちらもぜひやっていただきたいと思います。

それにつけても、報道番組にかんしては、地方局やケーブルテレビなど、テレビ放送の周縁ががんばっているように思います。中央キー局はねえ……NHKでも、まずがんばるのはおもに衛星や教育などの周縁で、それが総合チャンネルに波及する印象です。

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中国潜水艦、浮上航行の軍事的意味 「パックインジャーナル」より

CATV朝日ニュースターの番組「愛川欽也のパックインジャーナル」を、ときどきテープ起こししてくださる、マリネッリ恵さんという方がいらっしゃいます。今回も、とても重要な話を文字にしてくださったので、ご快諾を得て転載します。「中国、とくにその海軍力の増強は脅威だ。沖縄から海兵隊がいなくなったら、すぐにも尖閣を取りに来る。その証拠に、このごろは挑発行動をとっている」と煽る岡本行夫サンが、「軍事がわかってない」と言われる理由が、この一事だけでもわかります。

ブログに字数制限がある関係で、すこし省略しました。

*****ここから引用です*****

杉並区のマリネッリ恵です。

4月24日(土)、朝日ニュースターの「愛川欽也 パックイン・ジャーナル」を見ました。出演者は次の方々でした。


愛川欽也氏 (司会、俳優)

田岡俊次氏 (朝日ニュースター・コメンテーター)

郷原信郎氏 (弁護士、名城大学教授、元検事)

二木啓孝氏 (ジャーナリスト)

荻原博子氏 (ジャーナリスト)

横尾和博氏 (社会評論家)


4月10日に中国の潜水艦が沖縄本島沖の公海を浮上して通過していきました。これを受けて「中国は脅威だ」と騒ぎ立てている新聞を読んでも、それを鵜呑みにしてしまう人は私の友人知人にはあまりいません。しかしなぜ脅威でないかを上手く説明できる人は少ないかもしれません。

そこのところを専門家が説明して下さったので、興味深い部分をお伝えいたします。各氏の御発言はなるべく正確にお伝えしますが、文中や文末のですます調などは省かせて頂く場合があります。

=============================

愛川氏:  朝日新聞の社説に、とても中国の海軍が恐いと印象づけるような社説が載ってまして、なんでこういう風に載ってるのか田岡さんに訊いたら、「これ、事実が違う。ちゃんと知られてないのかな」というんで、二木さんに訊いたら、産経新聞はもっと大きく扱っていたと。


二木氏:  こういうニュースが出ると、新聞がどう扱うのか、ぼくら比較するんですがね。最初・・・産経新聞はもう、開戦前夜みたいに大きく書いてたんだけど、けっこう大きなスペースで。

最初は朝日新聞はべた記事だったんですよね。新聞の扱いで新聞がどう考えてるか、よく見えるんでね、いろいろ読み比べで分かるんですが。で、おやっと思ったのは、朝日新聞の社説だったんですが。


愛川氏:  でね、田岡さんにお尋ねするのが一番いいんだけど、産経新聞はもう独特の新聞ですから、もういま二木さんが、「開戦前夜!」。メディアが煽るっていうことに僕は・・・一番よくない事だと思うんですね。


田岡氏:  煽る・・・かねぇ、よく解かってないから恐怖を感じるのかもしれない。


愛川氏:  じゃあ、恐怖を感じる方がお書きになったのかもしれないけど、どうも読んでみると、中国の潜水艦が浮上して、通過していったと。しかしこれ、公海を・・・


田岡氏:  公海上です。


愛川氏:  公海を通過して行ったと。ちゃんと旗を立てて通過して行ったと。しかし、そういうことがあって、これが国際的に違法なのかとか、中国のそういうところを我々は考えて気をつけなきゃいけないというような、より強いメッセージの産経新聞から、それほどでもないけどやはりメッセージを持つこの朝日新聞の社説から考えて、田岡さんに訊いたら、どうも海上の約束事なんかについて御存じない方がお話しになってるんじゃないかと。

そうすと先ず、公海上を潜水艦が通った、浮上したって・・・、これはどこの国の潜水艦だって通ってるわけで?


田岡氏:  勿論そうです。全然かまわない。


愛川氏:  構わない。で、これを脅威と受け取るかは、その国の勝手で・・・


田岡氏:  これ変だなと思ったのはね、「潜水艦が異例の浮上航行をした。明らかな示威行為であろう」と書いてあるんだけど、浮上するということは潜水艦が無力化するわけだから・・・全く無防備状態になるわけ、潜水艦って、浮いてしまうと。だから寧ろね、礼を尽くしてるわけですよ。軍艦はね、他国の領海も通っていいわけ、無害航行で。


愛川氏:  潜水艦の場合は、領海のなかでも潜って通っていいと(そんなこと言ってない!)。


田岡氏:  いや、いけない! 領海のなかは潜っちゃいけない。領海を通る場合には、浮上して旗を揚げて通る。


愛川氏:  領海の場合は、浮上して旗を揚げることで国際法上認められる。


田岡氏:  そう。だからこの場合は浮上する必要ないわけ。だけども一応日本の勢力圏だから、何かトラブル起きちゃ困るから、一応礼を尽くして浮上して旗を揚げて・・・。敬礼してるわけですよ、旗を揚げてるということは。そうやって通って行ったというのが、寧ろ普通の見方であって。


横尾氏:  だからそれに対して今日の朝日新聞は、浮上して、旗を立てて、わざと示威行為をね、威嚇行為をしてるみたいなニュアンスで書いてるわけですよ。


田岡氏:  日本の潜水艦だって、外国に行って領海に入るような場合には当然、浮上して旗を立てて通るわけだから。


=== 中略 ===


田岡氏:  公海上だけど、一応領海を通るような姿勢をとったと。これはこういう事だと思うんですよ。2004年にね、石垣水道に迷い込んで、領海侵犯して通ったことあったじゃないですか。


二木氏:  ありましたね。


田岡氏:  あの時に問題になったわけ。「その場合は浮上して旗を揚げて通らなきゃいけない。潜ったまま通ったのはけしからん!」という話になったから。

今回ね、たぶん航法に自信がなくて、ひょっとして日本の領海かすめちゃ大変だから、「一応浮いて旗を揚げて通れよ」ということかなぁと、私は見ますけどね。


愛川氏:  だとしたらメディアはその事実を伝えてですよ、これはどこの国でも公海上をですよ、浮上して・・・、先ずその前にさらっと軍事評論家の田岡さんがおっしゃるには、潜水艦は浮上したら何にもならないんだっていったところで、こんな事すら我々は知らないんであって・・・


田岡氏:  浮上するということは、まるで手を揚げたような形ですからね。


横尾氏:  潜っているから効果があるんであって。浮いたら無防備で。


田岡氏:  つまり浮いてしまえばね、機関砲を撃って・・・、機関砲弾一発当たったら、潜水艦パーですからね。あれは隠れてるところに意味があるわけですから。


愛川氏:  旗を揚げて、しかも公海上で、寧ろ礼を尽くし過ぎてると言ってもいいくらいですね。


田岡氏:  そう、そう、そう。御丁寧なことでっていう話ですよ。しかもそれがね、大艦隊が出て来たっていうなら別の話だけど。今回ね、ロシアから買った中古のソヴレメンヌイという・・・まあ良くないけどわりと大きい駆逐艦が2隻と、フリゲート3隻と潜水艦2隻ですよ。あと面白いのはね、航洋曳船(えいせん)。この・・・外洋を引っ張れる曳船(ひきぶね)。それから潜水艦の救難艦が来てるわけですよ。

つまりね、おっかなびっくりで来てるわけですよ。ひょっとしたらエンジンが故障して動けなくなったりするといけないから曳船も持って来て、救難艦まで付けて。で、領海に入っちゃ困るから、ちゃんと浮上して旗を揚げて通ってると。

で、この規模というのはね、日本の・・・本物の・・・護衛艦隊とかの演習じゃなくて、地方隊、例えば舞鶴とか呉とか、ああいう所の地方部隊は4隻とか6隻ぐらい持ってますから、地方隊レベルの訓練であって。


愛川氏:  大したもんじゃない。


田岡氏:  海上自衛隊演習だと、だいぶ減りましたけど去年だって、艦艇30隻・航空機60機、それからアメリカがやっぱり20隻くらい出てる。多い時にはね、両方あわせて100隻くらい出て、2年に1回大演習してましたよ。

だからそういうのがプロの海軍の話であって、あと新人が・・・外洋に出て来る・・・なんかおっかなびっくり・・・救難艦連れて出て来るで。まあ・・・海上自衛隊の人と話してたら、「可愛いもんですなー」というようなもんで、全く示威行為になんかならない。


二木氏:  2004年ですか、迷い込んだのが迷走して、また出てったのがありましたよね。東シナ海のこの辺りっていうのは、けっこう中国の潜水艦、来てるんですか。つまり日本の潜水艦なんかは、ソナーで「あっ、来てるな」っていうの、常に監視してるもんなんですか。


田岡氏:  ええ、それはわかります。


二木氏:  それはやっぱり日本でも、来てることは判ってる。


田岡氏:  宮古島と沖縄の間がいちばん開いてるわけですよ、南西諸島では。だからチンタオ辺りの東海艦隊は、沖で訓練しようとしたら、一番広いとこ通って行くんで。この前のあの迷い込んだやつも、グアムに行く時にはそこを通ったわけですよ。で、帰って来る時に、おそらくあれ・・・ナビゲーション・ミスでね、石垣島と宮古島の間に入っちゃったと。


愛川氏:  問題はね、私たちに軍事的な知識がないことが罪だなんて思わないでほしいんですよ。それよりもこういう出来事で中国艦隊が或いは海軍が恐い、驚異的なものであると、その背景で私共も・・・って持っていくこのメディアのね、この宣伝の仕方に私は一番恐いものを感じますね。


田岡氏:  本来ならね、こういう事を考えるべきなんです。日中間でも連絡しようということになってまして、つまり連絡パイプを作ろうということで、昨年の9月にも梁光烈中国国防大臣が日本に来て、日本側と・・・日中防衛当局者の海上連絡メカニズムを早期に確立するということが決まってるわけで。そうすると、こういう事が起きても、どうかっていうことが直ぐに連絡できるし。

(中略 池田)

横尾氏:  ニアミス事故防止の協定を結ぶっていうことを社説で書けばいいのに、なんでこういう煽るような社説になっちゃうんですかね。


田岡氏:  しかもそれ、日中間で既に方向は決まってるわけですよ。そちらをエンカレッジするように持っていったほうがいいんで。

(後略 池田)

=============================

以上です。 [文責: マリネッリ恵]

今回の中国潜水艦浮上航行のようなことで、中国が脅威だと言いたがる人達は、「ほら、だからアメリカ海兵隊は沖縄にいてもらわないとね」などと色んな意味で間違ったことを言い出しかねません。そこでちゃんと反論できるようにしなくては。あれは中国が日本を威嚇したんじゃなくて、寧ろ御丁寧だったんだ・・・とか・・・

 

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平野サン、徳之島分断支配の野望

先月末、パラオ上院が、アンガウル島を米軍普天間空軍基地の代替候補地として推薦する決議を採択したそうです。米海兵隊に来てほしいなんて、その真意は測りかねますが、ともかくグワム・北マリアナに続く、海外代替地の「立候補」です。このニュース、メディアは報じたのでしょうか。グワム・北マリアナの動きすらじゅうぶんには伝えてきませんでしたから、伝えたとしてもほんのちいさな扱いだったでしょう。

グワム・北マリアナの知事さんと市長さんが、13日に来日して鳩山首相と会談したいと、せっかく申し入れてきたのに、官邸に阻まれたことは、どう考えても納得できません。「ゼロベースですべての可能性を探る」としてきた官邸ですが、その時期はもう過ぎた、ということでしょうか。でも、鳩山首相は最初、「国外、最低でも県外」と、国外移転を最優先していたはずです。その言葉に、沖縄の人びとも私たちも、一筋の光を見ました。その具体的な可能性が見えてきた、というか、そもそも米軍再編計画では普天間の海兵隊はグワムに行くことになっていて、これこそが本筋のはずなのに、その地の行政の長との会談を拒否したことが、納得できるはずがありません。

その官邸を取り仕切っている平野官房長官は、徳之島の、ちょっと話を聞いてくれると言っている町議さんや、基地容認派の企業主さんに会うために、東京と鹿児島を行ったり来たりしています。切り崩し作戦ですね。

これは罪が深いと思います。そうでなくても、徳之島は選挙で毎回激しいたたかいがくり広げられる土地柄です。開票をめぐって、暴力沙汰が起きたこともありました。知人が、徳之島の「うた」の調査に通っていたことがあります。「選挙が近づいたらフィールドワークはしないほうがいいの、信頼関係が壊れてしまうから」と言っていました。

そんな徳之島の人びとが、先月、1万5千人の基地反対大集会を開いたのです。人口3万人に満たない島で、日頃の対立を超えてこれだけの人びとが集まった以上、基地反対は島の総意と言っていいでしょう。

なのに、平野サンは徳之島のあの人この人に的を絞ってはたらきかける。普天間の一部を徳之島に、という自分のシナリオに反するグワム・北マリアナからの「雑音」はカットして。これでは、沖縄の基地問題を解決するのが目的ではなく、鳩山首相にさえ「黙っててください」と言って、権力を握った気になって我を通そうとしているだけだ、と映ってしまいます。沖縄の人びとのために、すべての市民のために働いているとは、とうてい見えません。ふしぎな人です。

ひとつだけ、合理的なことがあります。社会のほんのひとつまみの人びとを抱き込み、利益を供与してそのほかの人びとと対立させるのは、植民地での分断統治の常道で、植民地支配においては、それは合理的なことなのです。平野サンは、まさにそれをやっています。つまり、平野サンのふるまいは、中央目線で徳之島を植民地視していることの表れです。これまで、官僚や自民党の政治家が沖縄や六ヶ所を見ていたまなざしと、なんら変わりません。

ご自分の行為が、徳之島という、ただでさえ政治に熱い共同体にどれほど深い傷を残すか、平野サンは考えたことがあるのでしょうか。不幸です。徳之島の人びとも、沖縄の人びとも、私も不幸です。徳之島や沖縄に住んではいない私は、それらの地域の人びとを差別的に扱って私の安泰を保護してくれるよう、政府に頼んだ憶えはありません。自分さえよければ差別主義者でけっこうです、と言った憶えはありません。

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沖縄のみなさま、「ゆるさん独立(ちゅいだち)」、どうですか?

乱切りの人参と切り昆布、牛細切れ肉少々に水をたっぷり注いで火にかけ、人参がやわらかくなったらしょう油でごく薄く味をつけ、椀に盛っておろし生姜をひとつまみ、天に盛ります。名前は知りませんが、わが家の定番のお汁です。教えてくれた女性の当時の恋人は、あの沖縄国会で、傍聴席から爆竹を投げました。そのころ私はまったくのノンポリで、彼女の恋人のことを知りませんでした。知らないままに、おいしいお料理を教えてもらった、と喜んでいました。

このお汁、沖縄のどこかの島の、どこかのおばあが今もつくっているのか、そもそも沖縄料理なのか、いまだに知りません。豚ならともかく牛肉をつかうところが、ちょっと沖縄っぽくないかも知れないし。それでも、私の中では沖縄の料理です。いただくたびに、これを教えてくれた人の恋人が国会の天井桟敷から爆竹を投げた瞬間の切迫と火薬の臭いが、まるでそばにいたかのように甦ります。

かれら3人は裁判で、沖縄の「本土復帰」ではなく、独立をめざしているのだと主張しました。それは、今思えばですが、手順として正しくなかったろうと思います。米軍をどっさり抱えたまま「独立」したら、グワムや北マリアナ諸島のようなアメリカの信託統治、つまりは植民地支配を許したろうと思うのです。独立運動は、即座に軍事的につぶされたでしょうから。

けれど、やはり今思えばなのですが、主張としては、思想としては、限りなく正しかったのではないか。4月27日に、「
沖縄には、中国(清)の封冊をうけたまま日本(薩摩藩)に実質支配され、そのような両属制をとって生き延びた、という歴史があ」る、と書きました(こちら)。あいまいな帰属と言い換えてもいいでしょう。それが、日本的とも中国的とも言い難いこんにちの沖縄チャンプルー文化を培ってきました。

それをプラスに反転させて、あいまいな、ゆるい独立、「ゆるさんちゅいだち」という道を模索することはできないでしょうか。具体的には、米軍基地をなくし、その跡地を利用した思い切った大幅な経済特区化で、アジアの商の中心になるのです。その地理的条件にもっともふさわしく、中継貿易で栄えた本来の沖縄の姿に戻る、ということです。那覇の、返還された米軍住宅跡地が新都心として沖縄商業の中心になっているように。フィリピンの、返還されたスービック米軍基地跡地が繁栄しているように。

それは、「本土」からすれば、沖縄にたいする償いという意味合いをもつこともできます。薩摩支配への、琉球処分への、沖縄地上戦への、戦後の昭和天皇による沖縄長期租借申し入れ、すなわち、「米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望している……天皇の見解では、そのような占領は、米国に役たち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼および左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような〃事件〃をひきおこすことをもおそれている日本国民のあいだで広く賛同を得るだろうと思っている」(「『琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解』を主題とする在東京・合衆国対日政治顧問からの1947年9月22日付通信第1293号への同封文書 GHQ外交部」より)といった暗澹としてくる差別的思考への、そしてそのとおりに現在まで一貫して沖縄の人びとがこうむっている「占領」の苦しみへの、さらには日本政府にとっては公然の秘密だったアメリカによる核持ち込みへの、けっして過分ではない償いになる、と。

とくに、沖縄租借願望は、沖縄県外の多くの人びとがおおっぴらに唱え、あるいはひそかに考えてきたことではないでしょうか。「日本国民のあいだで広く賛同を得」てきた発想ではないでしょうか。だとしたら、それはいいかげん償われて当然です。発言者の昭和天皇ですら、「長期租借、25年ないし50年あるいはそれ以上」というように、25年刻みで考えていました。50年はとっくの昔に過ぎました。万一次の区切り、75年までに沖縄が復権していなかったら、沖縄県外の私たちは、植民者の堕落の汚名を歴史により深く刻むことになります。償い実現のために、沖縄県外の私たちは、全力を尽くして当然です。

沖縄経済特区が実現すれば、おそらく沖縄は、衰退していく「本土」を尻目に、風通しのいい、多文化のさきわう島になるでしょう。そうなるよう、私は心から願っています。

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○○青年会議所のみなさまへ

過日は創立○○周年のたいせつな日にお呼びくださり、ありがとうございました。私は、これからは地域がフロンティアだと思っているので、地域での地道な活動、とくに子どもたちのことに心を砕いておられる青年会議所のみなさまのご活動には敬意を表したいと思います。

このたびも、みなさまの表現をお借りすると「記憶から記録へと」切り替わっていく戦争について、真正面から取り上げ、その上で子どもたちの育ちと学びについて考える、というご趣旨に賛同して、伺ったような次第です。冒頭お話しした保守主義については、このブログにも書きました。講演では言葉が足りなかったかも知れませんので、こちらもお読みいただければ幸いです。

上映されたみなさまの自主制作映像は、古代から人間が引き起こしてきた戦争を振り返り、とくにこのくにの先の戦争について考えさせるものでした。それについて、申し上げ損ねたことを書きます。

冒頭に、聖徳太子の十七条憲法から第十五条、「私欲に背いて公を尽くすのが、臣下たるものの道である……私心を捨てることである」が引かれ、「日本人はその昔から『私心』と『公心』の精神があったのです」とのコメントが続きました。

「私心」は原文では「私(わたくし)」です。「私する」という言葉があるように、「公のものを自分のもののように用いる」という意味です。私物化、ですね。ここで注意していただきたいのは、「臣下たるもの(原文では「臣」)」という言葉です。十七条憲法は、全文が臣下、官僚の心得を説くものです。当時の臣下は豪族たちでした。その力は古代国家をしのぐ虞もあるほどで、聖徳太子はかれらを束ね、権力を国家に集中させることに腐心しました。官僚である豪族たちが、国家運営を自らの勢力拡大に利用することは、それまでなら当然の行為でした。ところが聖徳太子は、この憲法を示すことで、ゲームのルールが変わったことを宣言したのです。

公務の目的を自らの富の増大に置くことをいましめる、そんなねらいがこの憲法には切実なほどに表明されています。この第十五条もそうです。それは、中央集権的な国家運営をめざす立場からは当然だったでしょう。いえ、今でも事情は同じでしょう。官僚の天下りや官房機密費問題に明らかです。

でも、現代の私たちは、古代国家の官僚(臣)ではありません(ほとんどは現代の官僚でもないわけですが)。私たちは、豪族・官僚への統治者の指示ないし願望である十七条憲法を私たちの「精神的伝統」として、たとえその比喩としてであっても、そのままうけとめる立場にはないのです。

そして、言葉は時代により意味内容が変化しますから、「官僚が立場を利用して蓄財する」という意味で用いられている十七条憲法の「私(私心)」を、そのまま今私たちが用いている、「プライベート優先」というような意味で理解することにはむりがある、と思うのですが、いかがでしょうか。

続いて引用されたある兵士の恋人に宛てた遺書には、心を打たれました。「お前を愛している」と言いながら、「お前よりも大切なもの……それは、お前のような優しい乙女の住むこの国のことである……静かな黄昏の田畑の中で、まだ顔もよく見えない遠くから俺たちに頭を下げてくれた子供達……のためなら、生命も決して惜しくはない……俺達にとって死は疑いもなく確実な身近の事実である」

この若者は、国と言いながら、それを恋人や田園で見かけた子どもたちという具体的な存在に置き換えています。人間というものは、抽象的なもののためには死ねません。国家も、そしてこの時代なら国体も万世一系も、抽象概念です。そういう抽象概念のために死ぬことはできないのだということが、そういうもののために死ぬしかなかったこの若者がそれを恋人や子どもたちという具体的なものに置き換えて自分を納得させていることから読みとれると、私は思います。その苦悩、葛藤はいかばかりだったでしょう。先日、このブログにある特攻隊員の遺書を紹介しましたが、彼は国家主義者ではなく、保守主義者だったと思います。そしてこの兵士もそうだと。

ここに今一度まとめますと、保守主義とは、理性を過信せず、悲劇の記憶を共有し、身近な共同体の過去現在未来に責任をもって関与し、それをおびやかすものには弓を引く覚悟を秘めている、そういう態度のことです。

みなさまが繰り返し強調していらしたように、私たちにはこの平和をしっかりと次世代の子どもたちに引き渡す義務があります。それは、このような遺書を二度と若者に書かせてはならない、ということです。そう言ったからと言って、この若者の心情を否定しているのではありません。逆です。「自分だって、戦争さえなければほんとうは愛するお前と生きたかった」というその深い思いを汲みとり、せめて未来に生かすということです。

それぞれの持ち場で、そのためのつとめを果たしてまいりましょう。またお会いして、みなさまの思いを伺えたら、と思います。このたびはありがとうございました。

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38年目の「沖縄なんちゃって返還」の日、返還やり直しのめどをつけよう

5月15日は、もちろん78年前の515事件の日ですが、62年前にイスラエルが建国を宣言した日であり、そして38年前に沖縄が「返還」された日です。

沖縄「返還」なんて、沖縄の現状をすこしでも考えたらちゃんちゃらおかしい、それを言うなら「なんちゃって返還」でしょう、と思っていたのが、政権交代で返還交渉の外交機密が明らかになった今、「沖縄なんちゃって返還、みたいな?」と言い換える必要が出てきました。ここで普天間をはじめとする基地問題の解決がその一歩を踏み出さなかったら、ますます虚偽性が強まり、「『沖縄なんちゃって返還、みたいな?』ってか?」となって、ドイツ語なら非現実を表す接続法第二式を三重につかわなくてはならず、そんな使用法こそ非現実で、頭がこんがらがってまさにルーピー状態になります(かつてドイツ語の単位で苦しめられた方、悪夢を思い出させてごめんなさい)。

もうこうなったら、沖縄米軍基地問題は、これを政治問題にした鳩山さんにけりをつけていただくしかありません。そのくらいのこと、中央メディアもそろそろわかってもよさそうなものです。

自民党の谷垣サンは、表向き、威勢よく鳩山さんが「5月末決着」という約束を破ったと糾弾していますが、もしも自分がこの交渉を引き継いだとしたら、と考えただけで輾転反側(てんてんはんそく)、眠れないのではないでしょうか。誠実な方のようですから。眠ってもはっと目が覚め、「落ち着け、安心しろ、オレはハトヤマじゃない」と自分に言い聞かせ……だって自民党は、今までどおり米軍基地をおもに沖縄に押しつける、という考えしかもってないのでしょう? そんなことを表明したら、沖縄でゼネストが起きます。

もはや日米関係は、自民党が生まれ変わらない限り担当できない、新しい局面に至っているのです。反基地の気運が、今や押しとどめようもなく高まってしまったからです。27日に鳩山さんの希望で開かれる全国知事会は、この流れを全国に氾濫させる、堤防決壊の破壊力を秘めています。そうだ、このタイミングで普天間基地存続を問う住民投票をなさってはいかがでしょう、宜野湾市の市長さん、近隣自治体の首長さん。

日本側は実務者協議に、射爆場としてつかわれている久米島・鳥島の返還をもりこみたい意向でした。それは叶わなかったようですが、代わりにホテル・ホテル訓練海域の一部返還と、日米地位協定への環境関係条項の新設を要求しています。

これはけっこう重要だと思います。このふざけた名前の海域は、沖縄本島の北東に広がる、本島が5、6個入るくらいの大きさで、漁船はここを避けて漁場に向かわねばならず、これまで莫大な燃料と時間をむだにしてきました。もちろん、本来なら漁場として沖縄の人びとを養うべき海域です。それが、いつ訓練につかうかもわからない、いつもは静かな海なのに、漁船は横切ることすらできません。沖縄の意をうけた日本側の要求はじつにつましいもので、漁船が通れるようにしてほしい、というものです。

地位協定の環境条項も、基地用地を劣化ウラン弾やジェット燃料その他の有害物質でどんなに汚染してもおかまいなしだったことを改めさせようということで、こんな大問題が今まで放置されてきたわけです。

普天間基地問題という、おいそれとはまとまりそうもないメインの協議事項に便乗するかのように、こうした切実な、でも一見地味な要求をもりこんだ、これは駆け引きとしてうまいと思います。アメリカには、日米関係を悪化させたくない事情があります。そうであるなら、暗礁に乗り上げた主要議題の脇で、とりあえず妥協できるところは妥協しておこう、という心理が働くのではないでしょうか。

アメリカの悪夢は、海兵隊という米軍の一部の軍隊の、そのまたごく一部の小部隊のための予備の基地である普天間問題がこじれて、日米関係そのものがゆらぐこと、ひいては日本を中国に接近させてしまうこと、その前兆として、11月償還予定の30兆円の米国債の借り換えを、それまで気前のよかった日本が財政難を理由に渋ることです。まさに、角を矯(た)めて牛を殺すということです。

11月には、オバマさんが来日します。そのときまでに、来年の春で切れるホストネーションサポート(駐留国支援)協定で両国が合意していなければなりません。私たち市民が、普天間基地だ、代替基地だとこだわるアメリカのやり方はあんまりだ、とうけとめたら、鳩山政権はこの米軍怨嗟の声をうけて、これまでどおりの「思いやり予算」をつけることに難色を示すことができるでしょう。今年に入ってすでに岡田外相はゲイツ国防長官に、「思いやり予算」見直しを通告して布石を打っています。ゲイツさんは去年さんざん岡田さんに、「外交機密をほじくるとろくなことはないゾ」と脅しをかけていましたが、岡田さんは屈しなかったどころか、こんな言い渡しもしているのです。きのうは、「クビ切れ四人組」に岡田さんも入れましたけど、これにかんしては剛胆なところを見せていると思います。さすが、原理主義者と呼ばれるだけのことはあります。

政府の粘り強い交渉に期待することが、今私たち市民がすべきことではないでしょうか、応援する、つまりお尻をひっぱたくことも含めて。いいかげんマスメディアも、この重要で困難な対外交渉をついに開始した勇気ある政府を後押ししたらどうですか。テレビのワイドショウは、政権末期モードに入っています。過去の首相も、末期になるほど「ぶらさがり取材」が短く、ぶっきらぼうになった、鳩山さんもそうだ、とか、鳩山さんの野党時代の政権批判を映像で紹介し、それは今の鳩山さんにあてはまる、「ブーメラン現象」だ、とか、嬉々としてやっています。「ルーピー騒ぎ」の時もそうでしたが、どこのくにのメディアかと思ってしまいます。

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押せ押せムードで NO BASE 「ルーピーマン」キャンベルさんの痛恨のミス

先月、核サミットで鳩山さんが渡米した時、オバマさんは、「今話し合ってもしょうがない」と、個別会談に応じませんでした(私は、この時期の個別会談はしないほうがよかったという意見です)。そしてようやく出てきた、くい打ち桟橋方式にしろ、徳之島訓練移転・九州訓練分散化にしろ、アメリカ側は、とうていのめないとしている案です。これで、アメリカとしてはますます「話し合ってもしょうがな」くなった、にも拘わらず、ワシントンで実務者協議が始まりました。

交渉ごと、それも外交交渉は、しろうとにはまったくわかりません。それでも考えられるのは、この時期に実務者協議を始めることは、形式的にしろ、日本にはプラスでしょう。日本には、なんとしても協議を始めなければならない事情がありました。鳩山さんが表明している5月末決着という期限が迫っていたからです。ですから、今回の実務者協議は、日本側の強い要請で開かれた、と考えるべきでしょう。裏返せば、アメリカが折れた、ということです。

アメリカが譲歩しなければならなかった理由はなんでしょう。まさに核サミットで飛び出したあの「ルーピー」発言が、キャンベル国務次官補のものだったことがわかり、クリントン長官らから叱責をうけた、来日もお詫びのためだったということがあった(日本のメディアはあくまでも、普天間移設について日本側をせっつくため、と報じましたが)との情報分析が、ネットに流れています(たとえばこちら)。もしもこれが事実とすると、アメリカは、失礼の段の埋め合わせに、実務者協議の日程にかんして日本のつごうを尊重した、という推測が成り立ちます。

今アメリカは、政権交代した日本はなんて頑固なんだ、これまではなんだかんだ言っても最後にはこちらの言いなりになったのに、と閉口気味なのではないでしょうか。向こうのつごうを尊重して開いた実務者協議にも、こちらがのめないとわかっている案を変更もせずに持ってきて、と。だとしたら、その認識は正しいです。そして、私たち市民は、こと米軍基地問題にかんして、鳩山政権以上に頑固です。それを鳩山さんによりわかってもらい、アメリカには徹底的な再考を促すためのアクションが、各地で催されます。たとえば、
沖縄は15、16日岩国は23日、京都はきょう14日です。東京も14日です。朝9時からは、桜井国俊さん(沖縄大学)が話をされる緊急院内集と記者会見も開かれます。

このくにの市民の頑固さかげんを思い知らせませんか。従来の政権下では、基地立地のアメリカ側の条件、「地元の合意」がこれほどクローズアップされたことはありませんでした。政権交代で、私たち市民は当事者なのだ、沖縄だけではない、岩国、九州だけではない、「全国で米軍基地負担を考える」という枠組みが新たに浮上したからには、どこに住もうが米軍基地問題はひとごとではないのだ、ということが明らかになったのですから。

私も、いちばん黄色い服を着て、国会前ヒューマンチェーンに参加しようと思います。以下に、東京アクションのお知らせを貼りつけます。東京地方の参加者のみなさん、私を見かけたらお声をおかけください。


NO BASE OKINAWA 5・14
国会前ヒューマンチェーンへ!

25日の明治公園でのキャンドル人文字アクションは大成功でした。

沖縄の9万人集会に連帯して、東京の市民の行動をつくり出すことができました。報道などを通じて沖縄の皆さんにも私たちの思いが伝わったと思います。 

つづいて5月16日には沖縄で「普天間基地包囲行動」が行われます。普天間基地の撤去をめざして、沖縄の人びとはあきらめずに、行動を続けています。

私たちもこれに連帯して、先の人文字行動に続いて第2波の「5・14国会前ヒューマン・チェーン」を行います。国会の前で沖縄に基地はいらないの人間の鎖を作りましょう。

キャンドル、ペンライト、リボン、プラカード、市民らしい意思表示のグッズを持って集まってください。その後、首相官邸前に移動したいと思います。(高田健/許すな!憲法改悪・市民連絡会)

日時:5月14日(金)18:30〜
場所:衆議院第2議員会館前路上(地下鉄永田町駅または国会議事堂前駅下車)を中心に
主催:「沖縄に基地はいらない」全国同時アクションTOKYO

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外国軍基地問題で首相交代、どこの植民地の話? 「入れ子植民地」です

週刊誌の中吊り広告、勇ましいです。地上波テレビ各局も勇ましいです。もはやこの国の総理大臣はサンドバッグ状態です。批判する気持ちはわかります。きのう発表の政府案に、「辺野古周辺」と明記してしまいましたから。けれど、自民党などの野党や中央メディアが鳩山さんを叩く理由はそこにはなく、「5月末までに決着」という約束を破ったと、官房長官らの発言から早々に決めつけて、それを叩いているようです。

そのいっぽうでテレビニュースの司会者は、平野官房長官の徳之島町議切り崩し工作や、訓練候補地に名前の挙がった九州の知事さんや地元住民の、容認に含みをもたせたコメント(だけ!)をとりあげて、「雰囲気が変わってきましたねえ」と、残念がっているのかほっとしたのかはわかりませんが、とにかくこれまでの嵩にかかった「どうする、どうする」調から一転、拍子抜けしたような当惑の口調でコメントしたりもしています。

政府は、アメリカ側と協議に入ったそうですが、その前に、あるいは並行してでもいいけれど、国会で徹底的に議論していただきたい。やる気満々の谷垣サン、期待しています。そこでは、抑止とは何か、海兵隊は何をする軍隊なのかといったことから始まり、安全保障とは、「日米同盟」とは何か、これからこのくにはアメリカを含めた近隣諸国とどのようなかたちでおつきあいしていくべきか、私たちに納得できるよう、議論をたたかわせていただきたいと思います。

安保委員会でも外交委員会でもけっこうですが、毎日開くことのできる特別委員会を新たに設けたほうがいいんじゃないでしょうか。そこではもちろん、沖縄をはじめとする九州の知事さん市長さん町長さんが参考人として発言します。岩国の発言も重要です。市長さんと前市長さん。このくにの学者さんたちも、防衛外交官僚のみなさんも、公開の場で意見をたたかわせます。そしてアメリカの、ジャパンハンドラーのみなさんだけでなく、この間、この問題に発言してきた政治家・軍人(元軍人を含む)・学者のみなさんも参考人招致します。グワムと北マリアナの知事さん市長さんにも来ていただいて、なぜグワム・テニアンは海兵隊を積極誘致するのか、説明していただきます。米軍基地に反対するチョロモ族の代表にも、もちろん思いの丈を語っていただきます。

その上で決めてもぜんぜん遅くはないと、私は思います。戦後ずっと、いかんともしがたかった問題のパンドラの箱が開き、いかんともする気のなかった勢力が政権の座からすべり落ちたこのくには、まさに一大転換期を迎えているのですから。

外国軍の基地問題で首相が交代なんて、みっともないと思います(と、突然「愛国者」発言)。そんなことになったら、このくにがアメリカの植民地だったことを、世界に改めて知らしめることになります。マクドナルドがテキサスバーガー、ハワイバーガーと続けて新発売した時に、アメリカの各州にちなんだ商品を出していくのだ、という噂を聞いて、ケンタッキーバーガーは鶏の唐揚げがはさまっているのかな、と思っていたら、3番目の商品は日本にちなんだものでした! やっぱりね、日本はアメリカのひとつの州だったのだ、と……納得するなっ、私っ!!

今や、みんなが知っています。国土の0,6%の沖縄に、米軍基地の75%が集中し、沖縄本島などはその面積の20%が米軍基地だ、ということを、数字までしっかりと。これだけでも、情けないことに、米軍基地問題については長足の進歩です。このくにはアメリカの植民地であると同時に、沖縄に米軍基地という、原発と並ぶ最大のニンビィ(NIMBY、Not in my backyard、「うちの裏庭にはごめんです」つまりたらい回しされる迷惑施設)を山梨県などから移して沖縄を植民地扱いしている、アメリカの植民地であるこのくにが沖縄を植民地にして、くに全体が入れ子状の植民地なのだ、とみんなが知ったということです。沖縄を、あの戦争では捨て石、戦後は踏み石にしてきたということが、共通認識になったということです。

宗主国が植民地の支配層を堕落させるのは、植民地支配の基本です。支配層を利益で釣って、「当面、自分さえよければ」という麻薬の中毒にしてしまうのです。そのきまりの悪い状態に自分がいることに、沖縄県外の人びとが、好むと好まざるに拘わらず気づいてしまった。よかったと思います。堕落の地獄に一本の蜘蛛の糸がおりてきた、そんな感じです。

それを可能にしたのは、沖縄の、基地利権につらなるみなさんの覚醒です。私の狭い見聞では、一般に沖縄の人は、自分だけ得することを考えません。基地の地代収入のある人や、基地や「振興」関連の公共工事で潤う人は、ことあるごとに親族や地域に利益をおすそ分けします。そうでないとばかにされる、「地域の実力者」にはなれない、そうした共同体の精神が生きています。目取真俊さんの芥川賞作品「水滴」でも、あることで村の人びとが盛り上がり、広場で歌や踊りが始まると、次の村会議員選挙に立候補をもくろんでいる人がすかさず山羊をつぶし、対立候補が負けじと酒を差し入れて、村のみんなにふるまった、というさりげないエピソードが笑いを誘っていました。

そんなふうですから、失業率も離婚率も全国でいちばん高くても、平均賃金がいちばん低くても、沖縄の人びとはなんとかやっていけるのです。都会のぎすぎすした感じの対極にある、あのおっとりとしたやさしさは、こうした伝統的なセーフティネットに身をゆだねる人びと特有のものだと、私は感じています。ということは、基地に依存しているばあいの多い「地域の実力者」は、多くの人びとを養う義務を背負っているので、おいそれと基地反対は唱えられないことになります。

けれどこのたび、そうした方がたがその桎梏をはねのけた。「県外へ」という新しいリーダーの言葉に鼓舞されて、だったらこれからは基地にぶらさがるのではなく、新しい何かに挑戦てみしようという気になった。その勇気が、多かれ少なかれこうした方がたの世話になっているためにホンネが言えなかった周囲の人びとを解放しました。ひいては、県外の私たちすべてを救いました。私は最大の賛辞を贈りたいと思います(2月18日「沖縄の土木・建設業者さん、基地を退かしてくださいませんか?」)。

国会論戦の前に、鳩山さんにはやっていただかなくてはならないことがあります。内閣改造です。「国外、最低でも県外」という指示に従って、その実現のために働くつもりなど最初からなかったことがはっきりした、官房長官、外務大臣、防衛大臣、沖縄担当大臣のクビをすげ替えてください。とくに官房長官は不届き千万です。グワム・テニアンに行った民主党議員団が、知事さんたちから手渡された親書には、13日のきょう、首相に会いたいと書いてあったのに、鳩山さんも会いたいと言っていたのに、拒否したというではありませんか(5月12日「きっこのブログ」)。クビをさしだすのは首相ではなく、担当大臣たち「四人組」です。

パンドラの箱から、不安や混乱が先を争って飛び立ったのち、最後におずおずと出てきたのは、希望という名の何かだったのですよね。

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牛久入国管理センターのハンスト

茨城県牛久にある東日本入国管理センターで、10日からスリランカやバングラデシュ出身の被収容者を中心に、50〜60人ほどの方がたがハンガーストライキに入りました。

ここは、大阪の茨木、長崎の大村と並んで、入国要件を満たしていない人びと、いわゆる不法入国者やビザの切れた人を収容しておく施設です(09年11月22日「このくにには強制収容所があります」)。難民申請者も、現在、全国でおよそ300人が収容されています。3月には、茨木の入管センターでハンストが行われました(3月11日「入管・西日本センターで集団抗議行動」)。

強制送還あるいは難民認定や特別在留許可などの措置が決まるまでの一時的な収容施設とは名ばかりで、このくにに滞在するための書類がそろわない人びとが、1年、2年ととどめ置かれます。私が知るもっとも長い方は、6年も入れられていました。「刑期が決まっている刑務所のほうがましだ」とは、被収容者から何度も聞きました。「ブレイン・トーチャー(脳の拷問)、わかるか?」とくってかかった方もいます。

日本も批准している難民条約は、難民申請者はなるべく強制収容してはならない、としていますし、つい最近も、国連の「拷問と品位を傷つける行為に対する委員会」から、期限のない収容はすべきでない、とする勧告がありました。07年の同委員会の勧告には、「多数の暴行の疑い、送還時の拘束具の違法使用、虐待、性的いやがらせ、適切な医療へのアクセス欠如」という項目もありました。政府機関が暴行に性的嫌がらせとは、穏やかではありません。けれど、このくにの政府には馬の耳に念仏のようで、政権が代わっても現状はまったくと言っていいほど変わっていません。千葉法務大臣は、記者会見を追う限り、問題がわかってない、わかろうとしないように見受けられます。

今回のハンストの要求から、この方がたが置かれている状況の一端がうかがえます。

1.難民申請者、帰国できない人の収容は、6カ月を限度とする。
2.刑務所を出所して直に収容所に送られてきた人については、とくに長期収容はしない(これについては後述します)。
3.日本の入管は数々の国際法に違反しているので、国際法を遵守すること。
4.医療、医師の質の改善。
5.18歳以下の収容、および子どものいる親の収容をやめる。
6.保証金の金額が高すぎる。低めに設定すること。

保証金とは、仮放免が認められた人が政府に預けるお金のことで、逃げたら没収。逃亡予防のためなのですが、政府に難民認定を申請している人のばあい、なぜ逃げると考えるのか、まったくもって失礼な話です。その額は人によって異なり、どうやって決めているのかわかりませんが、今の「相場」は10万〜80万円。私の知る最高額は200万円です。

持病を悪化させる方、拘禁ストレスから鬱を発症する方があとを絶たず、自殺や自殺未遂も多発しています。牛久では2月に日系ブラジル人が、4月に韓国人が自殺しています。

入管側は、ハンストの参加者は大村に移送する、仮放免申請は全員不許可処分にする、再申請しても結果を出すのを遅らせるなどと脅しているそうです。リーダー格の人を懲罰房に入れる、というのは入管のいつものやり口で、被収容者はこれをたいへん恐れています。

長崎の大村収容所などに移されたら、それまで生活基盤があった関東から遠くなり、家族や知り合い、支援者や弁護士の面会はほとんど不可能になります。牛久だって、鉄道の駅から遠く、たいへんに行きづらいところです。家族や支援者は、1日仕事を休んで面会にあてざるをえません。

面会時間も、きのうからこれまでの30分から「当分」ということで20分に短縮されました。面会は、これまではたとえば5人いっしょに呼び出してもらって話をする、などということができましたが、今はハンスト参加者とそうでない人いっしょの面会は認められず、ハンスト参加者の面会には職員が立ち会っているそうです。

入管は、バブル期には過密収容状態が続いていましたが、今はそれほどでもないとのことです。代わりに、長期収容や再収容が増えた、難民申請者もこれまでに増してどんどん収容されるようになった、とくにクルド人とスリランカ人にこの傾向がある(特別在留許可も出さない)、これは入管が「事業仕分け」されないための方策なのではないか、というのが支援で通っておられる方の感想です。

このくにで難民として認められるのは至難の業です。去年も、1000人を越す人びとが難民申請をしましたが、認められたのはたったの30人。世界的に難民が増えているのに、このくには難民鎖国を続けるつもりのようです。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)も、以前から苦言を呈しています。

いっぽうで、鳴り物入りで始められた第三国定住による難民の受け入れ、今年はテストケースとして、近隣国に逃げている30人のビルマ難民を受け入れることになっていますが、その定住事業6カ月分として、1億5000万円の予算がついています。1人につき半年500万円ものお金、いったいどこに消えるのでしょう。

入国管理はきちんと行われるべきこと、言うまでもありません。それにしても、不運にもこうした施設に収容されてしまった人びとが訴えるのは、収容中は人間的に扱ってほしい、その後の処遇は納得のいくものであってほしい、ということです。

外国の方がた、とくに難民の方がたは、このくにを選んでくださった、という言い方もできると思います。その方がたが、入管の処遇を経験して、深い恨みを抱いて失意の帰国をしています。これでいいのでしょうか。3月には、強制送還されたガーナ人が成田空港で抵抗したため、口にタオルを詰めこまれて窒息死した、という事件がありました。先進国は千人、万人の単位で難民を受け入れています。移民はもっとです。このくにもいいかげん「ふつうの国」になるべきだと、私は思います。

ある新聞記事を転載します。ハンストの要求の中に、刑務所を出た人について、というのがありましたが、外国の人びとは、それぞれたいへんきびしい、複雑な状況にあるのだということをわかっていただきたいと思います。


『茨城新聞』4月4日より
入管で自殺の日系ブラジル人、出国なら?戻れない?
http://www.ibaraki-np.co.jp/main/weekly52.htm
『茨城新聞』週間ニュース
http://www.ibaraki-np.co.jp/main/weekly.htm
 
一家離散、いじめ… 家族求め、さまよう
 
今年2月8日、法務省東日本入国管理センター(牛久市久野町)の施設内で、入管難民法違反(不法滞在)で摘発され、強制送還処分を受け、収容されていた日系ブラジル人男性(25)が自殺した。男性は5歳の時に、母親に連れられ来日。ポルトガル語の読み書きはできず、母国に知人は1人もなく、頼るすべもない。母親(43)と妹(23)、妻(33)の家族3人が話す男性の生涯は、夢を求めて来日した日系ブラジル人の悲哀を浮き彫りにする。
 
▼来日後に両親別居
 
男性は1984年7月、ブラジル・サンパウロ州生まれ。先に日本で働いていた父親の「家族一緒でないと寂しい」という求めに応じ、男性は90年1月、母親と当時3歳の妹と共に来日。当初は三重県に住み、両親は自動車部品の工場で働いた。その後、愛知県内に転居したが、両親は不和になり別居。
 
中1の終わり、男性は家に帰らなくなった。
 
「ポルトガル語を話すだけで殴られていた」と妹。男性は不良たちにいじめられていた。それでも、男性は不良たちと一緒にいることを望んだ。妹は「兄は家族のようなものを求めていた」と振り返る。
 
男性は中学卒業後、バイクの無免許運転で繰り返し逮捕された。
 
20歳のころ、後に妻となる女性と暮らし始めた。しかし、2006年9月、男性に道交法違反容疑などで逮捕状が出た。女性の背負わされた借金を返すため、男性は姿を消したが翌年、同法違反と覚せい剤取締法違反などの疑いで逮捕された。
 
▼ビザ更新できず 
 
男性は約2年の服役中、ビザの更新を申請したが受理されなかった。09年7月、刑務所を出た後、東京入国管理局横浜支局(横浜市)に収容。男性は、このまま出国すれば二度と戻れない「現実」を知り、特別在留許可を求めて訴えを起こす一方、10月に結婚した。
 
男性は11月、牛久市の東日本入国管理センターに移送。午後4時半に居室の鍵を閉められる。落ち込んだ男性は、電話で妹に「家族って大事だと分かった」と話したという。
 
2月8日午後4時ごろ。男性は死亡する直前に妻と電話で話した。男性はもうろうとし、ろれつが回らなかった。施設内で精神安定剤などを常用していたという。
 
その夜、男性は首をつった。
 
▼「幸せになって」
  
「自分が死んだら、自分を忘れて、幸せになってください。愛しています」
 
牛久に着いた家族に、同センターは男性の死亡の状況などについて説明。メモが家族の写真に張られていた。同センターは「中にいるのに疲れた」などと書かれた入管側にあてたメモもあったとも説明した。
 
母親は今も「入管がちゃんと見ていれば、自殺を防げたのではないか」と嘆く。
 
「もし、わたしがブラジルに帰れと言われたら…。ポルトガル語の読み書きもできない。どうやって生活したらよいか分からない」と妹は話した。
 


最後に、被収容者を支援する市民のサイトを2つご紹介します。

牛久入管収容所問題を考える市民の会
http://www011.upp.so-net.ne.jp/ushikunokai/

在日難民との共生ネットワーク RAFIQ(大阪)
http://rafiq.jp/index.html


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「沖縄だけは必ず勝ちます」 ある特攻隊員の遺書

父上様母上様御一同様

愈々明日出撃です。もう準備萬端整ひ防空壕で寝台に臥せり乍らこの便を書いています。

一昨日の攻撃に出陣する筈でしたが、飛行機の整備が悪く、残念にも取残されました。岡部中尉、森少尉、福田少尉、中村少尉は戰死されましたが、黒崎少尉、伊東少尉、西野少尉私の四人は明日一緒に征きます。昨日も出發する予定で飛行場に行き、既に飛行機に乗ってゐたのに急に中止になりがっかりしました。然し明日は出られますので断然張切ってゐます。明鏡止水といふ所です。

明日こそは必ず必ず見事に命中して見せます。目指すは正規空母です。敵機動部隊の眞只中に櫻の花を咲かしませう。

明日一緒に征く連中が皆夫々里へ便りを書いたり作戰を練ったりしてゐます。美しく勇ましいそして静かな光景です。皆偉いです。しかし皆に出来る事が私にだけ出来ない筈はありませうか。やるぞ断乎やる。

さて、二十四年間の私の生活は実に幸福なものでした。良い家族で良い両親と良い兄弟に包まれ、自由に楽しく過して来ました。本当に満足して死ねます。お父様には筑波で会へるし、お母様は苦労して遠い所を訪ねてくださいましたし、二晩もゆっくり話をして、私の氣持も私達の生活もよく知って戴きましたし、実に幸運に恵まれてゐます。最后迄この幸運が続いてうまく命中する様祈る許りです。

佐々木にも会ひました。彼は少々遅れるので口惜しがってゐます。

鹿屋荘には二度程行きました。西野と福田と三人で雛一羽と玉子十ケをもって飲みに行き、風呂へ入り、一晩ゆっくり語りました。とても有意義な一夜でした。明日征ったら、森や福田が一升さげて待ってゐる事でせう。また皆で痛飲します。

今日迄何の孝行もせず申訳なき次第ですが、お役に立った事をもって許して下さい。時岡家の長男として父祖代々の家をつげず、残念といふより申訳ありませんが、国なくして家もなしですが、その代わり沖縄だけは必ず勝ちます。安心して下さい。

(中略)

福田の恋人の○○○子さんが林田区東尻池○丁目○○ノ○○石井様方宛で便が付きますから、福田の元気だった様子でも知らせてあげて下さい。

今十一時、もう寝なくては明日の出撃に差支へますから止めます。

感謝しつつ征きます。死を知らんとす、また楽しからずや

そうそう藤田少尉の奥さんが家に来られたかも知れません。藤田も一緒に行きます。佐藤はまだ當高にゐます。

では皆様、いや、おばあさん、お父さん、お母さん、○子、お元氣で頑張って下さい。○○の宛名がわかったら知らせて下さい。

頑張って、張切って、行きます。さよなら

五月十三日午后十一時十九分

                                     鶴夫拝

お祖母様
お父様
お母様
○子様(良い奥さんになれよ、我儘禁物)


65年前の遺書です。鹿屋航空基地から投函された、神風特別攻撃隊第六筑波隊海軍少尉時岡鶴夫さんの絶筆。24歳とは思えない、女性的な細やかな達筆、夜が明ければ死ぬ若者とは思えない落ち着き。最後のほうで2カ所だけ、書き直しの跡が見られます。「行って来ます」の「って来ます」が二本の線で消され、「きます」と。「行って来ます」だと「行って(帰って)来ます」、往還を表すようでふさわしくない、と思い直したのでしょうか。胸を衝かれます。そして、「十一時」の右にちいさく「午后」。もう夜遅いんだ、と言いたかったのでしょう。はたしてこのあと、かれは眠れたでしょうか。

遺書は、今年4月の鹿屋の慰霊式で読みあげられたそうです。うらうらと暮れてゆく五月の夕方、打ち込みながら、今がこの方の犠牲の上にあるなどと嘯(うそぶ)いて納得する気には、とうていなれませんでした。大本営がいかに沖縄を捨て石としか見ていなかろうが、上層部は特攻の戦術的効果など信じもせずに送り出したのだろうが、沖縄に押し寄せるアメリカの大艦隊を食い止めるために死ぬのだと信じた、信じようとした若い人の「沖縄だけは必ず勝ちます」は、私が死ぬまでふさがらない心の傷口です。

ここには、国のためとか、天皇のためとかの言葉は出てきません。かろうじて「お役に立」つという言い方で、国家が意識されています。けれど、なんの役に立つのか、文字にしない、今この時自分がこの手を動かして文字にするのは別のことだ、この特攻隊員の、切迫した言外の思いが伝わってくるようです。敢えて書かなくても暗黙の了解があるから書かないのだ、という解釈もあるでしょう。けれど、その人個人にとってきわめて重要なことであれば、人はやはり書きます。時岡さんが、「皆様、いや、おばあさん、お父さん、お母さん、○子」と、改めて一人ひとりに呼びかけているように。最後の手紙を終えようとしているこの時、そのすぐあとにもう一度、末尾の呼びかけを書くことがわかっているのに。

また、「国なくして家もなし」という言葉も、国を前に押し出してはいます。けれど、「国」は「家」、つまりは家族の存続のためという理由があって初めて正当化されています。これが、この時代に理不尽な死を義務づけられた若者の、煩悶の末のぎりぎりの納得だったのでしょう。「しかし皆に出来る事が私にだけ出来ない筈はありませうか」と、必死に自分を鼓舞している24歳の若者の内面を思うと、命のさかりにみずからその命を擲(なげう)つところに追い詰められたこの若者の取り返しのつかなさに、何十年たった今でも、私は狼狽します。

クリント・イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」に、「戦うのは国のため、でも死ぬのは友のため」というせりふがあります。個人にとって戦うことと死ぬこと、どちらが一大事かと言えば、もちろん死ぬことです。つまり、具体的で身近な人間関係が国家という抽象的なものの上に位置づけられているのです。それは保守主義的です。時岡少尉は保守主義者です。「お母さん」と言って死んでいったおびただしい兵士は、みな本来の意味での保守主義者です。

親孝行ができなかったと詫びるのは、こうした遺書に特徴的ですが、そこには、自分だって生きたいのだ、生きて孝行したいのだ、という思いがこめられているでしょう。この時代、孝行とは、まず働き、家族をもつことです。自分の人生を生きるということです。生きたいと言うために謝る。残酷です。

ここに名前が挙がっている人びとの教官、と言ってもすこし先に任官されたため、すぐ下の後輩たちの指導にあたり、すべて見送ってから自分も特別攻撃に出ることになっていたところ、終戦を迎えて奇しくも生き延びた木名瀬信也さんという方がいます。長年、大学で英文学を教えておられました。その木名瀬さんと電話で話をしていて、NHKの「日本海軍400時間の証言」が話題になりました。私が、「戦後何十年もたって、『あの作戦は失敗だったね』『残念だったね』と言ってわははと笑っている人たちのために、叔父たちは亡くなったんですね」と言ったら、電話の向こうから木名瀬さんの「うっ」という嗚咽が聞こえました。

筑波海軍航空隊1-2時岡鶴夫さんの遺書にある福田少尉は、私の叔父なのです。福田喬(たかし)、享年22歳。早稲田の学生でした。野球部だったそうです。昔のぶかぶかのユニフォーム姿で、バットを杖のようにしてしゃがんだ写真があります。野球が好きでたまらない、といったくしゃくしゃの笑顔です。大好きな写真なのですが、今手元にありません。右は、「愛機」の前の叔父です。










このたび公開された時岡さんの遺書で、叔父に好きな人がいたことを初めて知りました。動揺が収まるまで、数日は木名瀬さんに電話をかけられませんでした。戦後、ずっと筑波航空隊の特攻隊の資料を収集し、遺族の世話にあたってきた木名瀬さんも初耳だそうです。林田区は、今の神戸市長田区です。祖父の一家は、東京に越す前は須磨に住んでいたので、この住所に縁のある方がいたというのは、おおいにあり得ます。

ここはしかし、大空襲があったあたりではないでしょうか。神戸は、大規模な空襲を3回うけていますが、その1回目の3月17日には、市西部の旧林田区が狙われました。309機のB29が2300トンの焼夷弾で襲いかかり、死者2598人、負傷者8558人を出しています。そのことを、時岡さんはご存じないままに遺書を書いたのかも知れません。

去年、やねだんに行ったのは、鹿屋を初めて訪れたついででした。友部に行ったのも、叔父たちが木名瀬さんと過ごした航空隊跡を、知り合いの方がたに案内していただくためでした。その、以前講演に呼んでくださった方がたのひとりは、今は病院になっている元航空隊司令部の建物に、偶然、ついこのあいだまで勤めておられました。現存する唯一の司令部建築を保存する運動を始めようか、と言ってくださいました。

きょうは、沖縄海域で亡くなった叔父の、65回目の命日です。65年前のこの日も、神戸は92機のB29によって炎に包まれました。叔父の恋人、○○子さんはご無事だったでしょうか……。

筑波海軍航空隊1-1

後列右が時岡鶴夫さん、中列左が木名瀬信也さん、前列右が叔父
『筑波海軍航空隊 青春の証』(友部町教育委員会生涯学習課 2000年刊 木名瀬さんの資料・文章を中心に編まれた。すでに品切れだったところ、友部の知人が八方手を尽くして入手してくださった1冊)

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島陰に沈む米原潜

その島の陰には、海底深く、アメリカの原子力潜水艦がひそんでいました。ずっと前から。日本政府にも自衛隊にも知らせずに。

この島のある海域で、毎年恒例の、海上自衛隊と米海軍の大規模な合同演習がおこなわれます。そのさなか、一隻の自衛艦のソナーがこの原潜をとらえます。当然、そんな潜水艦は演習計画のリストにはありません。自衛艦は即座に敵性国家のものと判断、ミサイルを発射します。原潜もただちに迎撃、同士討ちで双方の艦は沈みました。

自衛艦の沈没は大ニュースとなり、国内に驚愕が走ります。潜水捜索が続くさなか、海自の特殊潜水部隊の隊員が次つぎと倒れ、うち1名が潜水病で死亡します。テレビは、総理大臣、防衛大臣をはじめとする政府高官や、アメリカ大使や駐留米司令官などの米高官が列席した海上での「海猿の英雄」追悼式のもようを、リアルタイムで延々と報じます。

事故現場での式典を追っていたNHKのひとりのディレクターが、疑問を抱きます。自衛艦が沈没したとされる場所はここではなかったはずだ、と。自衛艦はまっぷたつになり、潮流に流されたので、そのふたつの沈没現場は6キロ以上離れているのですが、その中間の、平たいいびつな二等辺三角形の頂点にあたる第三の位置、島のすぐそばで、追悼式典は行われていたのです。

最高度の技術を誇る特殊潜水部隊が、潜水病を出すなどという初歩的なミスを犯した。しかもこの部隊は、46名の死者・行方不明者が出ているふたつの自衛艦沈没海域には展開していません。そちらでは、委託をうけた民間のサルベージ船が捜索にあたっています。これは明らかに軽視ですし、第三地点には民間業者を近づけるわけにはいかない軍事機密があるのではないか。

NHKは独自の取材を進めて、式典がおこなわれた第三地点の海底に沈む米原潜の存在をつきとめます。原潜には、米兵100人以上が乗り組んでいました。米軍ヘリによるなまなましい遺体収容のようすも報じられます。いくつかの新聞雑誌の報道が続き、国内は騒然となりました。

ところが、政府はこれらの報道を事実無根と断定し、「誤報」を打ったNHKを名誉毀損で訴えます。その後は、どのメディアもNHKのスクープを後追いせず、事故当時には同士討ち疑惑を報じていた新聞各紙も沈黙します。NHKのサイトのこの部分は削除されます。そして、外国製の機雷の火薬が沈没した自衛艦から検出された、という調査結果が発表されると、街には「敵性国家に報復せよ」と叫ぶ街宣車やデモ隊が繰り出し……。

驚かせてごめんなさい。フィクションです。でも、「日本」を「韓国」に、「自衛隊」を「韓国軍」に、「NHK」を「KBS」に、「総理大臣」を「大統領」に置き換えれば、これは事実だというのです。3月26日に起こった韓国軍艦「天安」沈没事件を、田中宇さんが、そのように読み解きました。田中さんは、この間の韓国メディアを分析して、韓国もアメリカもひた隠しに狂奔している米原潜沈没のストーリーをあぶり出して見せたのです(「
韓国軍艦『天安』沈没の深層」)。

田中さんの説によると、米原潜は、北朝鮮の電波を傍受し、またなにかあればすぐに出撃できるこの位置に潜んでいた、だからアメリカはその沈没を必死に隠蔽しようとし、韓国政府に命じて韓国軍に強引に遺体の収容にあたらせた、なにしろ原潜だし、核ミサイルを搭載していた可能性もある、危険すぎるので自国軍は出さなかったのだ、そして韓国軍に犠牲が出た……。田中さんの言うとおりだとすれば、死因はほんとうに潜水病だったのか、疑問です。気を失ったとされるほかの潜水隊員も、被曝したのではないでしょうか。この島、ペンニョン島に住む5000人の人びとは漁業をいとなむと思われますが、今後、被曝被害は出ないでしょうか。海産物は放射能に汚染されていないでしょうか。

ここから、私たちはいくつもの教訓を引き出すことができます。こちらから攻撃はしないという憲法の規定がなければ、あるいはそれを現場が破れば、韓国同様、こうしたことはいつ起きてもおかしくない、ということ。海自の海猿も海保の海猿も、米軍から危険な秘密任務を有無を言わさずおしつけられ、いつ「英雄」に祭り上げられないとも限らない、ということ。政府も、頭に血がのぼったアメリカの強引な圧力に膝を屈して、アメリカのために一芝居打ち、自国の報道機関の優秀で誠実な報道にいわれなき非難をくわえ、報道管制をとらざるを得なくなる、ということ。原潜から漏れ出した放射性物質で汚染された魚介類を、私たちは知らずに口にするかも知れない、ということ。「アメリカの抑止力」をありがたがり、自衛隊が米軍の弟分(あるいは子分)として処遇されることに嬉々としている限りは。

昨今、抑止力論者は、たとえ空っぽの米軍基地でも沖縄(なぜ沖縄かには答えないのですが)にあるだけで抑止の効果があるのだ、と言います。つまり、張り子の虎でも効き目はあるのだ、と。そのとおりだとして、明示的存在こそが抑止になるのなら、島陰の海底にじっと隠れている、政府も、ましてや「敵国」の政府も知るよしのないアメリカの原潜が、抑止とどんな関係があるのでしょう。このように、軍隊とは、いったん動きだしたら最後、軍事的合理性のみを追求し、抑止だなんだといった一般向けのタテマエなど、一顧だにしないものなのです。なにかあったら即攻撃だ、という軍事的メンタリティのみが、かれらの行動を支配しています。

わたしたちがこの危険きわまりない現実から解放されるには、軍事バランスが地域の平和には必要なのだという倒錯した神話の呪縛を断ち切るしかありません。そして、私たちはもっと韓国のことを知るべきです。同じようにアメリカにたいして従属的な立場に置かれた者同士として、韓国の人びとと問題をわかちあい、気持ちを分かりあい、これからどうしていけばいいのか、話しあうべきです。韓国のメディアが黙らされたら、こちらのメディアが代わって報じるくらいの強い連帯を、両国のメディアは育むべきです。

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抵抗のオペラ5 男の悲劇としてのマチスモ

柄にもなく政治のことばかり書き続けて、ちょっと疲れました。というわけで、きょうは新日フィル定期演奏会プログラム連載の「抵抗」の5回目、ヴェルディの「リゴレット」です。この中で歌われる「女心の歌」は有名ですが、それがどんな作品のなかで、どんな人物が歌うのかは、あまり知られていないのではないでしょうか。


ヴェルディ「リゴレット」

ロミオはなぜバルコニーのジュリエットと愛を語らい、バルコニーからジュリエットの部屋に入るのだろう。答えは、当時イタリアの身分ある女性の部屋の扉は、夜は外から鍵をかけられたから、だ。外との連絡も出入りも、バルコニーからするしかなかった。
 
当時とは、「ロミオとジュリエット」なら14世紀。ルネサンス華やかなりしイタリアの、巨匠の手になる美しい肖像を残しているあまたの貴婦人は、そんな囚われ人の暮らしをしていたのだ。
 
では、なぜ女性の部屋には外から鍵がかけられたのか。「リゴレット」は16世紀、いまだ女性の部屋に鍵をかけていた時代が想定されているのだが、このオペラのあらすじをご存じの方ならおわかりだろう。そう、女性を誘拐者や闖入者から守るためだ。娘や妻や姉妹の部屋に鍵をかけるのは、父や夫や兄の義務であり、権利でもあった。
 
視点を変えれば、当時のイタリア男たちは、自分の保護下にある女性たちの部屋にしっかり鍵がかかったことを確かめると、いそいそと出かけたということだ。もちろん、他家の女性を誘惑しに。「自分の女」は誰にも指一本ふれさせたくないが、自分は他人の女を「ものにしたい」。まさにダブルスタンダードだ。いずれにしても、女性は所有物であり、また「ものにする」対象だった。まさに「もの」として扱われていたのだ。
 
マントヴァ公爵に仕える道化のリゴレットは、このダブルスタンダードを生きていた。好色な公爵の女漁りをけしかけ、妻や娘を手にかけられて怒りに燃える廷臣たちをあざ笑うのが、道化リゴレットの表の顔だ。そしてもうひとつ、そうやって稼いだ金をつぎこみ、男手一つで育てた愛娘ジルダを守り抜こうとする父親の顔を、リゴレットはもっていた。
 
だがしかし、こんな虫のいいことはいつまでも続かない。虎の威を借る狐としての道化に、次第に廷臣たちの憎悪が集まっていく。本来なら、恨みはかれらの妻や娘や愛人に手を出したマントヴァ公爵その人に向かうべきだが、権力がそうした悪感情をはねつけている。それで、身代わりとして、道化のリゴレットが一身に恨みを買うことになる。
 
リゴレットはわかっていた。かれは歌う。

 道化の娘が辱められたら みな大笑いだ
 
道化の娘とは、怨嗟が渦巻く荒んだ宮廷では、きわめて危険な立場なのだ。それで、リゴレットは娘がいることをひた隠しにしている。ところが、それが裏目に出る。娘をリゴレットの伴侶と勘違いした廷臣たちが、誘拐して公爵に進呈し、リゴレットにたいする日頃のうっぷんを晴らそうとしたからだ。そのために、廷臣たちはバルコニーにはしごをかけるのだが(そう、バルコニーだ)、あろうことか、別の貴婦人の誘拐だと嘘をついて、リゴレットその人にはしごを押さえさせる。リゴレットは道化に徹し、おもしろがって手伝った。かれの人生の矛盾が、はしごの上と下でぶつかりあう。なんという残酷な図柄だろう。
 
事の次第が明らかになると、リゴレットは道化の仮面をかなぐり捨て、公爵にたいして復讐を誓う。公爵に刃向かったために破滅させられた老伯爵の前例があるにもかかわらず、その老伯爵が、自分をあざ笑った道化リゴレットに呪いをかけたにもかかわらず(呪いは必ず成就するのが、物語の鉄則だ)、リゴレットの復讐は、娘を略奪した廷臣たちではなく、娘を「ものにした」公爵を、権力の頂点をターゲットにするのだ。
 
リゴレットは、一世一代の抵抗に立ち上がる。だが、そこに思わぬ抵抗が、こんどはリゴレットに立ちはだかる。娘ジルダの、公爵への愛だ。しかし、公爵はうそぶく。

 女は気まぐれ 風に舞う羽根のよう 
 ことばも心も ころころ変わる(「女心の歌」)

この有名な歌は、公爵の裏切りをジルダに明らかにし、さらには公爵暗殺が失敗したことをリゴレットに思い知らせる。魅力にあふれた明るいメロディに残酷きわまりない機能を担わせる、作曲家のたくらみはみごとだ。
 
しかし、これに先立ち、公爵はこうも歌っていたのだった。

 あれもこれも こうして見れば
 女はどれも 似たようなもの
 今日はあの女に 惹かれるが
 明日は別の女が 心をとらえる

 
気まぐれなのはむしろ男で、「女心の歌」では、女は男の鏡像であって、濡れ衣を着せられているとわかるよう、オペラは仕組まれていたのだった。そして、「あなたと愛を交わせたら 世の男たちの羨望の的」という公爵のくどき文句からは、女性が男性にとって展示価値しかもたないマチスモ社会が、くっきりと浮かび上がる。そこでは、男たちはいい女を「ものにする」ことを競い、自分の女がほかの男の「ものになる」ことを極度の屈辱とする。気にするのはほかの男たちの目、男社会での自分の面目であって、女性の内面は一顧だにされなかった。ついでに言うと、女性の純潔が過大な価値をもたされるのも、こういう社会の特徴だ。
 
リゴレットも、このマチスモという価値観から自由ではなかった。それにたいする痛烈な批判が、ジルダが最後まで貫いた、公爵への純愛ではなかったか。原作者はヴィクトル・ユーゴー。社会の非人間性を暴き、人間の魂の奥深くまで描ききっている。伊達に文豪の名をほしいままにしてはいない。ヴェルディは、原作とがっぷり四つに組んで、みごとな勝負をしてみせた。

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谷岡郁子にクシニッチ、米は変化の兆し メディアは論調を変えよう

きのうは、保守主義という言葉を使ったら、アクセスが減りました。でも、懲りずにその続きです。

全国地方自治体の女性議員さんの集まりで、「普天間問題は雲の上の話、でも子ども手当は」と、まるで私たち主権者は(もしかしたら女性議員の支持者に多いと目されている女性主権者は)目先のことしか考えていないような認識を得々と述べて、沖縄の市議さんから怒りの抗議をうけ、その場で陳謝撤回した民主党幹部の山岡サン、陳謝と言いながらその脂ぎったニヤニヤ顔には、他者への共苦(肝苦りさ)は薬にしたくてもありませんでした。

地方議会のみなさんは、地域に責任を負うという意味で、保守主義者の面をもっています。心ある議員さんは、「ほんとうの選択肢は、沖縄・徳之島か、自分の地元かだ」と知っています。地元のあの顔この顔を思い浮かべ、賛同など得られるはずがない、だったら沖縄・徳之島も同じだろう、ということは国外しかない、と知っています。そうした民意に耳を傾け、束ね、最強の外交カードに仕立てるのが、政権政党幹部の仕事でしょうに。

党幹部がダメダメなパフォーマンスをしているいっぽうで、鳩山首相の命をうけ、単身ワシントンに乗りこんでオバマ政権の対日外交を真っ向批判した、参議院議員なりたての方がいます。その方は
谷岡郁子(くにこ)さん。そのワシントンでの講演内容が、米政府に大きな影響力をもつForeign policy誌web版(5月4日)に紹介されています。キャー、かっこいい。その背景を含め、「すみっち通信」さんが解説してくださっています。すみっち通信さんは前段に、アメリカの「淡々と」した日本報道からアメリカ市民が抱くであろう疑問を列挙しています。行頭の「・」は私がつけました。

・米政府が現行計画から譲歩しない理由は?

・日本政府がいったん合意した事柄を反故にしたいという理由は?
・米軍基地の施設地をなぜ日本政府が探すのか?
・米国が赤字にまみれてる状況で、誰が新基地を作る費用を出すのか?
・9万人という人間が基地にNOといってるのに無理強いするのか?

こういう疑問に答える報道はなされていないというわけで、そこで谷岡さんの講演です。読点を微調整しました。

核安保サミットでの非公式会談について「(普天間問題が米政府にとって)深刻な問題ならばきちんと協議していたはず。深刻な問題でないならば(協議は必要ないと)そう表明すべきだった」と指摘した。鳩山首相への対応は、同盟国の首相へのものとは思えないと訴え、現行計画の厳守を主張し、代替地の模索を日本政府に丸投げした米政府のやりかたは「君たちの問題だから自分たちで解決しろ、という態度にも等しい」とオバマ政権の対日外交政策を厳しく批判。そして「妥協を許さないという米政府の強硬 姿勢が日本を中国へシフトさせる可能性もあると懸念している」と述べ、オバマ政権の対応が日米同盟へ影響を与えていると主張した。

勇ましいったらありません。
こちらの主張を伝えて情報面で同じ舞台に相手を引っ張りこみ、批判すべきところはきちんと批判する。私たちは、こういうクールで肝の座った政治家を待望していたのではないでしょうか。

そもそも谷岡さんがこのたいへんな時期にワシントンで講演する機会を得たのは、去年10月、政権奪取したばかりの鳩山さんが、谷岡さんをワシントンに送り、人脈をつくらせた。そのなかにケビン・メア元在沖総領事がいて、谷岡さんが、「海兵隊基地の県外移設を協議したい」と持ちかけたところ、「決まった話だ」と一蹴した、谷岡さんが食い下がると、メアさんは激怒し、この無礼な日本の政治家のことをワシントン中に言い触らした、そこでForeign policy誌が谷岡さんに接近した、ということのようです(すべてすみっち通信さんの受け売りです)。メアさん、ありがとう。

メアさんが怒ったのは、そんな「物言う」日本の政治家なんて、初めて見たからだそうです(もちろん官僚にもいなかった)。怒ったのではなく、動顛したのでしょう。従属国家主義的保守主義が長らく政権の指針だった日本は、したがってアメリカの植民地同様で、自分はいわば宗主国から遣わされた総領事だったという慣れ親しんだ自己認識が音立てて崩れ落ち、自分が前にしているのは、主権国家の有権者の支持を背景に、すっくと立っている政治家だったのです。しかも、Foreign policy誌の写真にあるのは、かわいらしい麦わら帽子をかぶったにこやかな女性です。まさか、メアさんと会った時は、このカジュアルなお帽子はかぶってなかったでしょうけど。ちらとお見かけしたことがありますが、小柄な方です。

すみっち通信さんは、「普天間に関する米メディア論争の幕」が上がった、と書いています。ようやくですか、と皮肉のひとつも言いたくなります。でも、そのとおりです。ボールはアメリカに「も」投げられている、というのがほんとうのところだと、私も思います。米政府はなぜかたくななのか、米国内から疑問の声が挙がって当然です。草の根の民主主義、身近な共同体を国家の上に置く保守主義の伝統を誇るアメリカならば。

心配なのは、日本側の情報発信力です。二の矢三の矢で、アメリカのメディアを、シンクタンクを、政府を問いつめなければなりません。沖縄の、日本の情報を共有し、アメリカはともに出口を捜すべきだ、と説得すべきです。政治家のみなさん、陸続と谷岡さんに続いてください。外務・防衛官僚のみなさん、もういいかげん、宗主国の使い走りでおこぼれにあずかる植民地の買弁(ばいべん)の殺伐から、ご自分を解放してあげてください。

メディアのみなさんも、ここらで鳩山さんや政権を批判するばかりではなく、アメリカへの問いかけに論調をシフトしませんか。鳩山さんに「どうする、どうする」と女浄瑠璃の客みたいな掛け声をかけるだけでなく、その掛け声をアメリカにも向けていただきたいのです。元大統領候補のクシニッチ下院議員もあたたかい、そして熱いメッセージを寄せています。ローレル元国防副次官の「ハトヤマ、やっとわかったか」なんて談話とってないで、この4・25沖縄集会に合わせて発表された声明を受けてのクシニッチ・インタビュー、一番乗りはどちらのメディア? そして、谷岡さんを最初に出す局はどこ?

以下、きのうの「辺野古浜通信」から転載します。クシニッチさんの声明からは、アメリカの人は、ちいさなホームタウンが力ではとてもかなわない政府の理不尽にたいして勇敢に立ち上がり、自分たちの暮らしを守るという、すぐれて保守主義的なストーリーが好きなんだ、ということがびんびん伝わってきます。


デニス・J・クシニッチ連邦下院議員声明
『日本の人々への連帯メッセージ 在日米軍基地をめぐって』
2010年4月25日

沖縄の人々は長い間、在沖米軍基地再編に反対を表明してきました。彼らのその強い意志は、本年初旬の稲嶺進氏を市長に選出した選挙での圧倒的な票に明らかです。稲嶺氏は名護市に米軍基地を建設しないとの公約で選挙運動した候補者です。

先週、私は米下院歳出委員会防衛小委員会の委員長に手紙を送り、普天間基地に駐留する米軍海兵隊の名護市への移転計画についての私の懸念を表明しました。海兵隊がその部隊を名護市へと移そうとするに際し、その議論には地元住民の視点がまったく存在していないのだ、と。

稲嶺市長の選出は、自分達の環境と暮らしを守ろうとする地元の人々の勇敢なる闘いにおける重要で象徴的な勝利でした。沖縄の人々の懸念が考慮されなければなりません。基地移転への彼らの強い反対、そして新たな軍事基地建設から生じるであろう環境上、経済上の損害を脇に押しやることはできません。その地の海洋生物に自然の生息地を提供してきた脆弱な珊瑚礁は、地元漁民の経済的基盤と共に脅かされています。

私は沖縄の人々の懸念が米国連邦議会の中に確実に伝わるよう沖縄の人々の闘いを支援し、彼らの土地と環境の擁護する努力を続けます。

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保守主義の島 沖縄

きのう、5月6日は保守主義が誕生した日でした。アイルランド出身の哲学者にして政治家、エドマンド・バークが、イギリス議会でフランス革命について演説をしたのが220年前の1790年5月6日で、それが長く保守主義の原点とされてきたのです。

理性を過信したフランス革命の大混乱のように、人間は時として過ちを犯す、今あるものはそんな不完全な人間が失敗の積み重ねの中から長い時間をかけて選びとってきたものであって、思い上がった一握りの者たちの机上の空論にとって代わられるような軽々しいものではない、私たちには、過去から受け継いだふるさとの伝統や自由や平和を未来へと引き渡す義務がある、それと利害が必ずしも一致しない外部の力、つまり国家とは一線を画し、事と次第によっては国家に弓を引くことも厭(いと)わない……保守主義は人により時代により、いろんな定義があって、ひとくくりにはできませんが、本来はこんなところです。

アメリカのばあいは、合衆国憲法修正第二条が、「事と次第によっては国家に弓を引く」保守主義の表明です。いわく、「(人民の武装権) 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」。ここで言われている「国家」は a state、「州」です。United States、「合衆国」ではないのです。人びとが武器をもつのは、いざというときに(起草時に想定されていたのは旧宗主国イギリスの武力侵攻)ふるさとを守る民兵組織にはせ参じるためであって、いかに全米ライフル協会が強弁しようとも、個人の防衛権など、合衆国憲法は保障していません。

明治期の日本では、「伝統を守れ」は、地域が国家にたいしてではなく、列強国にたいしての「ニッポンの伝統を守れ」だったので、保守主義は対立するはずの国家主義と融合し(後発の国民国家一般の特徴です)、戦後は社会主義に親和的な革新勢力への対立項として立てられたところまでは本来の保守主義と言えますが、そのうしろ盾に戦勝国アメリカがいたので、戦前からの国家主義に戦後の従米がのっかった日本型保守主義という、かなりの珍種ができあがりました……とまあ、私が理解する範囲ではこうなります。

こう見てくると、辺野古に座り込みを続けるおじいおばあが、ふるさとを国家から守るという、本来の意味での保守主義者です。米軍基地たらい回しに県ぐるみで反対している沖縄の人びとが、宗主国気取りのアメリカの意向を気にする日本型ではない、本来の保守主義者です。沖縄の人びとはよく、環境にたいする次世代への責任、ということを言います。18世紀には環境という考え方はありませんでしたが、21世紀ならこれももちろん保守主義の重要な項目です。環境ということを考えると、本来保守主義が備えている未来志向がよく理解できると思います。アメリカ先住民の、木を切る時には7代先の子孫のことを考えよ、という格言が、保守主義的未来志向の典型です。

ようするに、本来の保守主義は地域の過去現在未来に責任をもって関与する、というものであり、国家とはなかなか相容れないものなのです。先ほど、明治期の日本には、国家に対立するような地域主義的保守主義はなかったように書きましたが、ごく初期にはありました。それが、明治国家が課してくる租税や兵役や学制にたいする激越な抵抗運動へとつながった例もたくさんありました。けれど、急速に影をひそめ、1905年の日露戦争の頃には、すでに表向きのっぺりとした「近代日本国家」がかたちづくられていた、というのが私の印象です(ですから、今なぜNHKがドラマ『坂の上の雲』をやるのか、いぶかしく思っています)。

美ら海を守り、ヤンバルを守って、子や孫に引き継ぎたい。軍用機の事故や爆音に脅かされず、演習の流れ弾にびくびくせずにおだやかに暮らしたい。戦場や訓練地からやってきた、気の立った兵士の犯罪被害などこうむりたくない。県の経済のたった5%でしかない基地経済はいらない、基地に奪われている広大な自分たちの土地を自分たちで使い、そこで働き、糧を得たい──こうした、誰が考えてももっともな意思を通そうとする沖縄の人びとの前には、戦後65年間、つねに日本国家がたちはだかってきました。沖縄は、国家が奉じる日本型従属国家主義的保守主義と、本来の地域主義的保守主義のはげしくぶつかるところでした。その果てに、ふるさとの平和を守るためなら、事と次第によっては国家に弓を引くことも厭わない、その時を、今、沖縄は迎えています。

ところでアメリカは、なにしろ憲法に保守主義が埋めこまれているのですから、これに沿って国家運営がなされます。米軍基地は在外のものも含めて、地元の同意がないところにはつくらない、というのもそうです。軍事基地の設置という国家の事業でも、地域の意思を尊重する、それが形式的なものであることもあるでしょうが、ここでは国家と地域が対等です。アメリカでは、民主主義と保守主義は、コインの表裏と捉えられているのです。日米安保のためとか、抑止のためとかの理由を挙げて、「安全保障は国家の専権事項、一地域の意向に左右されるものではない」と高飛車に言い続けた日本型国家主義的保守主義とは大違いです。

沖縄保守主義は、このアメリカ保守主義に理解を得られるのではないでしょうか。すでにそのような議論も出てきています。キーティング前米太平洋軍司令官は、この4月に、「海兵隊基地はどうしても沖縄でなければならないということはない。関東平野のどこかが受け入れてくれればそれでもよい。費用の点で、現に今ある沖縄から動かせないだけだ」と語りました(asahi.com4月15日)。またとくにこの、5月5日のweb版琉球新報に載った「『県外』協議本格化を 米外交問題評議会スミス上級研究員」という記事を、地域主義的保守主義の文脈でお読みになってみてください。地域に根ざす民意を表す「草の根」という言葉が、アメリカでは特権的な響きをもっている、ということも、頭の隅に置いて。

言い忘れましたが、保守主義の定義には、悲しみの歴史を共有する、という一項があります(バークのばあい、悲しみとはフランス革命でおびただしい人が命を落としたことでした)。まさに沖縄の人びとは、戦争の悲しみを共有し、だからこそ、自分たちの島から出撃する米兵や、その向かう先の人びとのことにまで「肝苦(ちむぐ)りさ」と言うのです。私は、沖縄で何度も聞きました。「ここから出ていく米兵が人を殺す、あってはならないことだよ」と。

先の4・25県民集会に、イラクのファルージャ大虐殺を生き延びた若者が参加しました。「あのときの米兵がこんなにきれいな島からやってきたなんて、想像もできない」と言ったそうです(
こちら)。こんな言葉を聞くのは、もうたくさんです。私も、私の地域の保守主義者として、沖縄の保守主義者のみなさんに共感します。今はできる限りのことで、沖縄の保守主義者のみなさんを応援しようと思います。

まずはその一歩。きのうの「辺野古浜通信」から転載します。


【転載歓迎】署名のお願い「米海兵隊は撤収を」

今日も辺野古では静かに座り込みが続いています・・・

第一次集約を5月20日に行います。
どうぞ多くの方に広め、署名へのご参加お願いいたします。(辺野古浜通信)

一般署名
http://form1.fc2.com/form/?id=501657
英語署名
For the Withdrawal of the US Marines
(Second) Statement on the Futenma Replacement Problem
If you agree with this statement, please sign below and send us by May 20th,2010.
http://form1.fc2.com/form/?id=539738

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沖縄の肝苦(ちむぐ)りさ 「本土」のガゼル

神浦元彰さんのツイッターによると、「今日の鳩山首相の沖縄での発言。今月号(5月号)の月刊文春の岡本行夫氏(外交評論家)の寄稿の内容にピッタリ」なのだそうです。「今日」とは5月4日。「鳩山首相の家庭教師が外務省出身の岡本氏になれば、首相の案が現行案帰りになるのは必至。また軍事オンチの岡本氏の対米追随外交に振り回される。イラクのサマワに陸自を派遣したように。

私も、鳩山さんに抑止論を吹きこんだのは岡本サンだと常々思っていて、昨日もそう書きましたが、やっぱりね。「文春」、買っておこう。寺島実郎さんの悪口をまきちらして(「寺島さんというのは、あんまり仕事はやらないんだよな」)、鳩山さんに寺島さんを遠ざけるよう仕向け、代わりに岡本サンを総理の近くに送り込んだ陰湿な勢力、ずばり外務省主流は、今ごろ私たちの税金で祝杯をあげていることでしょう。

ついでに言っておくと、陰口で人を貶めるのは女の特技と、男の人たちは言いたがってきましたけど、それは権謀術数の汚れた空気が渦巻く、風通しの悪い組織における人間の通例の行動パターンであって、これまでそういう組織をおもに取り仕切ってきた男性のほうが、この「お公家さん技」に長けています。でしょ? 組織内男性のみなさん。


その日も、東京のJRは人身事故のためにダイヤが乱れていました。ホームの両側にドアを開けたままの電車が停まり、上りも下りもいつ動くとも知れません。駅のアナウンスが同じことを時々思い出したように繰り返します。乗客は、足早に行き来する駅員にくってかかるでもなく、状況を知らせる携帯電話をかけるでも、メールを打つでもなく、静かに時をやり過ごしていました。またか、といううんざり感でしょうか、焦らず、何も考えないでいるのがいちばん耐えやすいのだという悟りでしょうか、晴れた連休の昼下がり、風はときおり車内を吹き抜け、穏やかに時は流れていました。

自ら死を選ぶ。それは、私たちの誰に起こってもおかしくないほど、ありふれた出来事になって久しい昨今です。薫風薫る5月の真昼、銀色に光る車輪とレールにからだを寸断されるか、その電車のシートに座っているかは、まさに電車の床板一枚の運命の差と言えるかもしれません。その出来事に見舞われたのが、きょうのところは私ではなかった。私はまだだいじょうぶ、安全地帯にいる。恵まれている。だったら、心静かに文庫の行を追うのが賢明なのだ……。

文庫や携帯ゲームに目を落とす人びとを眺めているうちに、心の底から異和と不穏とともにゆらゆらと浮かび上がったのは、ガゼルの群れ、という言葉でした。岩陰づたいに忍び寄ったライオンが、群れに躍り込む。ガゼルたちは恐慌をきたして逃げ惑う。そのうち、弱った一頭が猛獣の爪を逃げ切れず、あっというまに取り押さえられ、やわらかい腹に牙が食い込み、近くに潜んでいたさらに数頭のライオンに襲いかかられる。それを合図とするかのように、ガゼルの群れは落ち着きを取り戻し、いつしか仲間が餌食になっているすぐそばまで戻ってきて、まるでなにごともなかったように、再び草を食(は)み始める。はらわたを喰われる仲間の後肢が、空(くう)を蹴るように揺れている、そのすぐそばで。

これと同じことが、沖縄と沖縄以外、あるいは徳之島を含めた琉球圏とその圏外に起きてはいないでしょうか。ライオンの餌食にならずにすんだなら、慌てず騒がず草を食むのだと、そこまでしか考えず、あるいは考えもせずになりゆきに忍従する、そんなガゼルの群れの中に、「本土の私たち」はいないでしょうか。鳩山さんが沖縄に行って、深い落胆と怒りを引き起こした、その不手際の責任を、中央メディアはここぞとばかりに責め立てます。けれどメディアの批判という壁に守られて、自分の地元に米海兵隊基地が来たらなどとは一瞬たりとも想像しないでいいのだとする私たちがいるとしたら、私たちはガゼルなのではないでしょうか。

ガゼルなら、許すも許されるもありません。けれど、私たちは人間です。仲間の流した血だまりにいてもたってもいられないことが、人間とガゼルを截然と区別するのではないでしょうか。

沖縄には「肝苦(ちむぐ)りさ」という言葉があります。他者の苦しみに自分の内蔵がかき回されるような痛みを覚える、というほどの激しい意味で、同情などという、ある意味いい気な、微温的なものではありません。英語の「シンパシー」が、「共感」どころか「共苦」とでも訳すべきであったのと通じます。沖縄の人びとは、基地の苦しみをどこにも味わわせたくない、そんなことは「肝苦りさ」と言いながら、現に自分たちこそが基地に苦しみ、その苦しみが去ることを心の底から願っています。どうして「肝苦りさ」が沖縄の言葉にはあって、「本土」の言葉にはないのでしょう。「肝苦りさ」という言葉をもつ沖縄の人びとが、それをもたない「本土」の私たちに、「基地を沖縄以外のどこかに押しつけるなんて肝苦りさ」と言っているのを、「本土」の私たちはいつまで聞こえなかったふりをし続けるのでしょう。私たちが、わが身の安泰に草を食むガゼルであっていいはずはありません。

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悪いけど鳩山さん、負ける気がしないんです

黄色いカリユシの鳩山さん、「県民のみなさんのご理解を賜」るなんて、無理だったでしょ? 鳩山さんに「日米安保や抑止の重要性」を吹き込み、辺野古桟橋方式と徳之島一部移転という結論を固めさせたあなたの側近って、沖縄や徳之島の人びとの反撥を呼び覚ますことがわからないほどにトンチンカン揃いなのでしょうか。鳩山さんが、「国外移設というのは私自身の、党代表としての発言、民主党の公約ではない」と言うのなら、私たちは鳩山さんを民主党から守らなければならなくなるではありませんか。

中国や北朝鮮ににらみをきかせるというのが抑止の意味ならば、いつもイラクやアフガンに出払っている海兵隊が、どうして抑止になってきたのでしょう。今後、大半がグワムに移る海兵隊が、どうして抑止になるのでしょう。

岡本行夫サンによると、「沖縄から米海兵隊がいなくなると、中国が尖閣諸島を取りに来る、韓国が竹島実効支配を強める」のだそうです。岡本サンは、去年末に鳩山さんに「抑止論」を吹きこんだときも、そういう説明をしたのでしょう。でも、そもそも日米安保条約とは、アメリカが日本に基地を置いて日本の管轄地を守るという「約束」です(もっとも、防衛の第一義的義務は自衛隊にあるとされているんですけど)。

ところが96年ごろからアメリカは、「領土問題では日中どちらにもつかない」とはっきり言っています。万が一、中国が尖閣諸島に海軍をさしむけても、沖縄の米軍は1ミリも動かない、ということです。また、08年にブッシュ大統領は、「独島(竹島)は韓国固有の領土」と言いました。ですから、韓国が竹島になにをしようが、こちらも沖縄の米軍は微動だにしない、ということです。岡本サンの「抑止論」は、アメリカの現実政治の前に破綻しているということ、これは私たちをたぶらかすことだけが目的の嘘だということ、私みたいな一介の市民にもバレバレなのに、鳩山サンは丸め込まれてしまったのでしょうか。

そもそも(ってもう一度言います)米軍再編は、冷戦後イラクやアフガンで大失敗したアメリカが、態勢を立て直してなおも「唯一の超大国」として世界戦略を推し進めるためのものでしょう。そんなダメなことばっかりやっているアメリカにどこまでおつきあいするのですか。イラク戦争検証もしないで。

そもそも(ってまた言います)日米安保は、今アメリカが言っている国際的安全保障に資するなんてこととは関係なかったはずです。あの岸信介サンにしてからが、アメリカが示した安保条約案の極東条項、つまり日本周辺だけでなく、もっと広い範囲での軍事行動を在日米軍に許すことに、いちおう難色を示しはしたのです。それが、昨今のイラク・アフガンへの出撃のように、世界規模に在日米軍の活動範囲を認めたうえでの米軍再編への全面協力、その具体的なかたちとしての岩国基地増強、さらには沖縄県内に新基地提供、徳之島にも基地提供なんて、悪い冗談にもほどがあります。

沖縄に基地を置きたいアメリカの思惑は、後にも先にもこの世界戦略にあります。しかも沖縄の位置ではなく、日本の思いやり予算が沖縄に地政学的価値をもたらしているとは、ケント・カルダーさんも言っています(
こちら)。米軍は、日本やその周辺地域の「抑止力」になろうなんて考え、とっくの昔に捨てています。なにしろ、この地域に軍事的緊張はないと、ブッシュ政権時代からずっと現職にあってアメリカの軍事を仕切っているゲイツ国防長官本人が認めているのですから(こちら)。抑止がどうのなんて、鳩山さんが言っているのを、アメリカは陰で嗤(わら)っていますよ。しかも、徳之島案は今、市ヶ谷で始まった日米実務者協議でも、のっけにアメリカが「そんな遠いとこいやだ」と言っているではありませんか(アメリカの勝手もいいとこなのですが)。

鳩山さん、これまで我慢に我慢を重ねてきた、心やさしい沖縄の人びとが、我慢もこれまでだ、と言っているのです。これは重いです。今からでも遅くはありません。国外移設をアメリカに提案してください。それしか道はありません。だって、沖縄に基地を居座らせ、私たちの税金をむさぼるアメリカにたいして、私たち市民、今度という今度は負ける気がしないんです。その最大の根拠は、もちろん沖縄の人びとのホンネの爆発です。

 
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「そろそろカヌーに乗る準備」 辺野古浜通信

辺野古のことを知りたければ、「辺野古浜通信」です。ああ、これがきょう、辺野古の浜に座っている人が見た海だ、と、毎日のようにアップされる海の写真をながめます。

その辺野古浜通信、とくにここ数日は読んでいて涙がにじみます。「鳩山っ、信じたい」「鳩さんお迎え行動」「第11管区海上保安庁……本来、人命を守るための職であったのに、世界中でもっとも市民を殺している軍隊を守ることになってしまった隊員の方たちには同情しますが、彼らの本来の仕事のためにも私たち市民ががんばりましょうね」「あの4・25県民大会で示された静かで力強い意思を再結集し、沖縄の歴史の転換点にふさわしい、新しい未来をひらくためのアクション」……こうした言葉に凝縮された、深い思索、やわらかい心、そして強い思いに打たれるのです。5月1日の日記から、転載します。私も飛んでいきたい。


鳩山を批判してマスコミや自民党に利用されるのではない、日米の問題をもっと悩み、考えた上で、「対等な日米関係」のために、SACO日米合意の見直し、地位協定の改定、思いやり予算削減へと動くことを求めたい! でも、どうしても基地を持ってくるというのなら、すべての基地の撤去を求める徹底的な抵抗するまでだ!


*****以下、転載、転送歓迎!*****

★5/4(祝)
「普天間基地の危険性除去/負担軽減」を掲げて鳩山首相が来沖!

黄色を身につけて県民大会を再現!
鳩山総理の日程
9:30県庁 みんなでお迎え!(9時集合)
→12:10 ラグナガーデンホテルにて基地所在市町村長と意見交換
→13:45 普天間第二小屋上から基地を視察。
→14:05 対話集会、1時間予定、同小体育館にて、参加しよう!(13時集合)
→16:00 辺野古視察(15時に辺野古テント集合)
→17:15から17:30 名護市長と会談名護市民会館には集合です!
直接思いを届けよう!

※注意※
鳩山首相の来沖にあたり、平和を求める市民の皆さんと、改めて阿波根昌鴻さんの非暴力の精神を共有したい。
「相手は何も分からない子供だと思って教えてあげなさい」
今はまだ怒る時ではなく、伝える時。

KEN子  


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やっぱりガセネタ! 「米国防省が日米安保解消を研究というサンケイ情報」

4月23日にこの情報をお伝えしながら、なんだかアヤシイと思ってつらつら書き連ねました(こちら。それでも、素人の憶測だけでは安心できなかったので、軍事評論家の神浦元彰さんに質問しました。神浦さんは、メールでの質問にご自身のサイトでていねいに答えてくださるのです。そのお返事を以下に貼りつけます。神浦さん、沖縄の県民大会にお出かけになる前のご多忙の中、ありがとうございました。


とんでもないデタラメ情報です。ウソもウソ、よほど日米安保に偏見を持っている方の見方です。

日本とアメリカの同盟関係は、経済発展する中国を睨んだ太平洋の最重要軍事同盟です。アメリカが普天間飛行場の問題で破棄できるような同盟ではありません。

そのようなインチキを流す人がいるから、このHPの軍事情報が重要だと思います。

そんなデタラメで一番困るのはアメリカです。日本がアメリカと同盟関係を破棄すれば、中国と同盟を結ぶことは確実です。そんな悪夢をアメリカが許せる訳がありません。

これからは軍事同盟に限らず、他の分野でも日米関係は重要になります。日米が対等の関係で、より親密な同盟関係が必要になります。


この、「デタラメ情報」を報じた加藤昭サンというサンケイ系のジャーナリストは、「よほど日米安保に偏見を持っている方」だと、神浦さんは切って捨てます。どんな「偏見」なのかはおっしゃっていませんが、私は、加藤サンは旧政権と外務省が後生大事にしてきたかたちでの日米安保を至上のものとしていて、こちらがいささかでも逆らうとそれを解消されてしまう、そうしたら日本は滅びるしかない、と信じているか、あるいは信じているフリをしているので、こうした脅しをかけたのだ、と思うのですが、いかがでしょうか。

神浦さんのご意見では、日米安保はアメリカにとって欠くべからざるもので、普天間の一事でフイにできるものではない、ということのようです。私は、日米安保なんていいかげんやめてほしいのですが、それはさて措き、だったらこちらはアメリカに強気で出ることができる、ということです。

鳩山さんは、オバマさんに言えばいいのです。「普天間の代替地をほしいなんて、それも海兵隊が統合運用でき、しかも住民が受け入れ賛成の代替地を沖縄にほしいなんて無理難題をふっかけるのでしたら、SACOどころか、安保の見直しについてもお話し合いをさせていただかなければなりませんよ。沖縄に行ってきましたが、米軍基地にはお引き取り願いたいという沖縄の人びとの思いは固いと受けとめました」

そして鳩山さん、デリー持続可能な開発サミットでリーダーシップ賞を受けられたあなたが、米紙に「世界の政治指導者25人」に選ばれたあなたが、たかが在日米軍の一遠征軍の、もっとも小規模で、ローテーション部隊であるためにいつもはほとんど留守にしている一師団の一基地ごときの問題で総理の座を擲(なげう)ったら、あなたを選んだ私たち全員が世界の笑いものです。

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南風椎さん

南風さん、

先月の13日と14日に、私が勝手に書いたブログ(こちらこちら)に、心のこもった記事をありがとうございました。ようやくお返事をお書きします。

矢も楯もたまらなくなりました。毎日、ブログは拝見していましたが、4月28日に沢田としきさんが亡くなられたことを書いていらしたからです(
こちら)。沢田さんには、1度だけ、絵本をつくっていただきました。伊藤美好さんと書いた、『11の約束 えほん教育基本法』という本です。2005年の春、教育基本法が変えられてしまうかも知れない、という危機感のなかでの出版でした。国家は人を型にはめてはいけない、ということをきちんと言っていた、今や旧のつく教育基本法を、生活の言葉で語りなおした絵本です。


11の約束


沢田さんは、私たちの意図を十分に汲みとった、いえ、それ以上の表現をしてくださいました。この表紙にしてからが、怒った顔や泣きべその顔を出してくるなんて、心地よさだけを描けばいいと思い込んでいる凡百の絵本作家には考えもつかないことです。それに、この黄緑の地。ふつう、本はこの色を敬遠しますよね。沢田さんは、ご自分の表現に自信があったのだと思います。仕事で、ご葬儀には伺えませんでした。ご病気だとは聞いていましたが、こんなに早くとは。まだお若いし。もっともっと沢田さんのお仕事が見たかった。残念です。

南風さんとは、『世界がもし100人の村だったら』の原案の、「村の現状報告」でもご縁があったのですね。ダネラ・メドウズさんともきちんと連絡をおとりになった(わたしは「ドネラ」と表記してしまいました)。私が字幕を担当した「ベルリン・天使の詩」もご存じだった。もっと驚いたのは、勝新太朗さんのお話です(
こちら)。ついこのあいだ、春日太一さんの『天才 勝新太朗』(文春新書)を一気に読んだところだったので、南風さんが紹介されている、繊細で含羞を含んだ勝新太朗像が心に沁みました。

10年以上も昔になるでしょうか、「ブロードキャスター」という番組があって、そこに出ていた時、勝さんがお父さまの納骨式でお骨にかぶりついた、という話題が取り上げられました。みなさん、相変わらずとんでもないことをするお騒がせな人だ、というようなコメントをしていました。私は思わず、「あれは由緒正しい行動で、地域によってはお葬式を『骨噛み』と呼ぶ。国文学者の折口信夫の一周忌には、そのお骨を混ぜたお酒を弟子たちが回し飲んだ」と言ってしまいました。場違いな発言だったようでした。

でも、お骨にむしゃぶりつく勝新太朗の映像に、心の深いところから感動、と言っては月並みですが、根源的ななにかがわき上がってくるのを、抑えることができませんでした。あれは、人目を意識した外連(けれん)などではない、勝新太朗という天才の中の始原的ななにかが躍り出た瞬間だったと言いたかったし、今もそう信じています。

でもこれは、「1000の風」の対極にある民俗的心情ではありますね。「1000の風」の話ですけど、盗作や無断借用、私も経験があります。人がそれにたいして戦うのをすぐそばで見ていたことも、私自身がされてしまったことも。そういうことをする人は、なかなかその事実を認めません。すぐにその事実を認め、謝罪し、活動を自粛した上で作品を書き直した立松和平さんなどは、希有な例外ではないでしょうか。あの騒動のさなか、複数の編集者が立松さんに「こんど仕事しましょう」と連絡したそうです。立松さんのお人柄がなせる技です。私も立松さん、好きでした。あの方もこのあいだお亡くなりになりましたね。その1年ほど前に、たしか出雲行きの飛行機で偶然ごいっしょしたのが最後でした。

盗作したほうは認めようとしない。そのことに、盗作されたほうは、さらにいやになってしまう。いやな気分で過ごさなくてはならない理不尽さに、なおいっそういやになる。たまりません。親しい友人に、「立場が逆でなくてよかった、私が盗作した側だったら、もっと耐えられないと思うわ」と言ったら、「そういう人は、初めから盗作なんかしないのよ」と笑われてしまいました。

南風さんも、心の隅でいやな思いをなさりながら、日々を過ごしておられることでしょう。でも、どのような決着がつくにせよ、たくさんの人びとが虚心にこの顛末を受けとめていると思います。それはきっと、南風さんの宝物になっているのではないでしょうか。

お返事にもなりませんが、こうして南風さんとお出会いをした、なにかご縁があるのでしょう。人はある年齢になると友だちの友だちにしか会えない、と言ったのはブルデュー、フランスの社会学者です。きっとそういうことだろうと思います。風になった何人もの人びとが、そうかもしれないね、とほほえんでいる気がします。

筍パーティ、すてきですね。わたしも畑、やってるんですよ。

(ご本の映像、きれいでなくてすみません。きょうの沢田さんの本の映像とともに、こんど入れ替えます)


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「引き返す道はもうないのだから」表紙180


「引き返す道は

 もうないのだから」
(かもがわ出版)

・このブログから抜粋して、信濃毎日新聞に連載したものなども少し加え、一冊の本にまとめました。(経緯はこちらに書きました。)
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