2010年06月

6月 アクセスの多かった日の記事

ほんとうはNHKスペシャル「密使 若泉敬 沖縄返還の代償」について書きたいのです。が、時間がなくて、7月に持ち越すことになってしまいました。

6月、アクセスの多かったのは以下の記事です、と言うのはやや語弊があるでしょう。14日の記事へのアクセスが、連日、続いたのです。今も続いています。3日で2万アクセスというのは、このブログを始めてちょうど1年になりますが、まさに異次元の出来事でした。この「14日集中」がなければ、10日の「菅さんが官僚の術中に陥った瞬間を憶えておく」が、確実に2位、3日の「東京メディア発 沖縄への涙 升味佐江子さんin『パックインジャーナル』」が3位でした。後者は、知久寿焼さんがご自身のサイト(こちら)で紹介してくださり、知久さんのファンのみなさんが見てくださったのが大きかった。

1位 14日 1965年沖縄 「少女轢殺」 報道写真家姫野京子の証言
2位 15日 【動画】「われわれは好きなところに好きなだけ基地を置く それが日米安保だ」
3位 16日 抵抗のオペラ6 抵抗しないという政治

アクセスの少なかったのは、以下のとおりです。

1位 27日 抵抗のオペラ7 引きこもり王子の反逆
2位 26日 消費税が上がると輸出産業が儲かる
3位 25日 お相撲の好きな女の子

7月からは、ブログ2年目に突入します。これからもよろしくご指導お願いいたします。

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【訂正】消費税のカラクリ、私にはお手上げです

26日に「消費税が上がると輸出産業が儲かる」を書きました(こちら)。ところが、そこでご紹介した「非国民通信」さんの見方にたいし、複数のMLに異論が出されました。ずいぶん前に経済学者が同様のことを書いていて、そのとき私はよく理解できず、「非国民通信」さんの説明に、そういうことだったのか、と膝を打ったのですが……。

異論のうち、東本高志さんのご意見を転載します。私は、東本さんが2番目に紹介されている説明に、なるほど、と思いました。それを頼りに、今現在、理解していることで言いますと、たとえば輸出する車でも国内販売する車でも、自動車会社は同じ部品を調達するのですが、部品を納入する下請け業者は親会社からつねに値下げ圧力を受けていて、消費税をちゃんと上乗せできずに身を削って苦労している、けれど自動車会社は輸出分にはゆうゆうと消費税の還付を受けている、ということが問題なのではないかなあ、と思います。

無責任なんですけど。みなさま、以下をお読みになってご自身でご判断くださるよう、お願いします。


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本ML上では「ニラ茶でわかる消費税のからくり」という「非国民通信」さんの論考が紹介されただけで、その論考上の計算は、仕入れ価格にかかる消費税の納税義務者と実際の消費税の支払者とを混同した上での計算となっており、それゆえ仕入税額控除の計算も、輸出企業に対する消費税の還付金の計算も前提を誤った上での計算となっており誤算になっている、という反論は紹介されていませんので反論の論考を抜粋して紹介しておきます。

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私は、政官財癒着・無駄遣い政権によるいかなる税制の「改革」にも反対の立場ですが、「非国民通信」さんの説明は違っているので、それをここに明らかにしておかなくてはと思い、筆をとりました(古い表現ですけれど)。市民運動の方たちの中には時々そのように誤解する人がいますが・・・

まず、トヨタは、受け取った消費税と支払った消費税の差額を国庫から還付してもらっているだけです。トヨタが消費税の還付を受けているとしたら(実際、受け取っていると聞きますが)、海外輸出が多いので、国内市場相手の通常の企業より、消費税付で販売する機会が総体的に低く、(材料調達時などで)支払う消費税と受け取る消費税の差額があれば、これが国庫から還付されるということであると思います。

例えば、材料購入時、材料代金正味10兆円として、これに支払う消費税は5000億円です。さて販売です。トヨタの販売先が国内・国外それぞれ7兆円、13兆円だったとしましょう。全部で20兆円です。国内向け7兆円には、他に3500億円の消費税の受取が発生します。海外向けの販売ではどこからも消費税を受け取りませんから、結局、支払った消費税5000億円、受け取った消費税3500億円です。従って、差額1500億円が国庫から還付される、というわけです。キャノンなど輸出型企業はすべてこの傾向があります。

トヨタの例と逆のケースでは・・・A社とします・・・材料費支払い10兆円、これに伴い支払う消費税は5000億円、これはトヨタの場合と同じ。販売。国内販売13兆円、海外販売(輸出)7兆円としますと、受け取る消費税6500億円。消費税の納付は差額の1500億円となります。

トヨタもA社も売上20兆円(正味)、仕入10兆円です。人件費には消費税は付きませんが、これを5兆円としますと、簡単に言って、原価15兆円、売上20兆円で、A社もトヨタも5兆円の利益となります。消費税に関してはA社もトヨタも得も損もしていないのいです。

以上消費税についてのよくある誤解についてでした。ひょっとしたら「非国民通信」さんの主張を私が取り違えているのかもしれませんが、税制に関することなど、専門家の認識をチェックした方がいいことってありますよね。
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某ML上で上記の反論についてさらなる再反論がありましたが、以下はその議論を読んでの私の意見です。

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「非国民通信」さんの論考は仕入税額控除の計算も、輸出企業に対する消費税の還付金の計算も前提を誤った上での計算となっており誤算である、という認識では合意が得られているように思います。

いま議論になっているのは、消費税の輸出企業に対する巨額な消費税還付金をカラクリと見るべきか、単に商取引にともなう相殺勘定と見るべきかの違いのように思いますが、それぞれの論は視点の置き所を異にしていて噛みあっていないように私には見えます。すなわち、視点の置き所によっては、相殺勘定と見ることもできるだろうし、カラクリと見ることもできるだろう、というのが私の見るところです。要は視点の違いの問題だろう。土俵が違うところで議論しても相撲=議論は成立しないだろう、と。

ところで、この間の議論では「仕入税額控除方式」の仕組みという重要な着眼点が見落とされているように思います。すなわち、消費税は、年間売上高に5%をかけた額から年間仕入高に5%をかけた額を引いて納税されますが、輸出戻し税は年間売上高に5%ではなくゼロ%をかける。そのため仕入に入っている消費税分が常に還付される、という仕入税額控除方式、あるいは輸出戻し税の仕組みという着眼点が見落とされている、ということです。

(1)国内取引に関わる消費税の計算=年間売上高×0.05−年間仕入高×0.05
(2)輸出取引に関わる消費税の計算=年間売上高×0.00−年間仕入高×0.05

注:上記(2)では「年間仕入高×0.05」分の還付金が必ず生じます。しかし、輸出取引に関わる消費税は単純に免税とすればよいことで、上記(2)のような計算式を駆使して国内取引によって発生した消費税を還付する必要はまったくないはずです。

年間売上高に5%ではなく「ゼロ%をかける」という仕入税額控除方式、あるいは輸出戻し税の仕組みは、大企業に利益を還元するために官僚によって創出された数式のカラクリ以外のなにものでもない仕組みというべきものだろう、と私は思います。

仕入税額控除方式、あるいは輸出戻し税の仕組みについては下記の関東学院大学法科大学院教授の湖東京至さんの考察をご参照ください。

■大企業上位10社で1兆円超の消費税環付金
http://www.zenshoren.or.jp/zeikin/fukouhei/071203-01/071203.html
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「日本の消費税は高い」という「日刊ゲンダイ」の主張

「日刊ゲンダイ」が新党日本代表の田中康夫さんの連載を売りにしているとは知りませんでした。ともあれ、面白い、そして頼もしいメディアです。ちなみに、私は新党日本支持者ではありませんが、田中さんのベーシックインカム論にはおおいに興味があります。

その「日刊ゲンダイ」のウェブ版Gendai.Net6月26日号に、「『日本の消費税は低い』は大ウソ」という記事が載っています(
こちら)。「投票9」の野田隆三郎さんから教えていただきました。単純な比率で比較するのではなく、生活必需品や教育・医療などが非課税か、政府の税収の直間比率はどうかを見なければいけない、という明快な論です。「。税収(国税)に占める消費税の割合を比べると、日本の36.3%に対して、イギリスは38.4%。日本の2倍の消費税(10%)のオーストラリアは26.8%だから、日本国民の消費税負担が極端に軽いワケではない」というのです。

日本で買い物をするのは日本人だけではありません。たとえばお隣の中国からの観光客は、ショッピングがお目当てです。家賃がン百万の超高級マンションに住む外国のビジネスマン(たぶん所得税は母国に払っている)も、お買い物はします。そう考えると、治安のよさを含むこの社会のインフラを利用する人に等しくその費用を少しは負担していただくために、消費税はいい仕組みかも知れません。けれど、非課税品目を設けるとか(アメリカ・カリフォルニア州では家の売買も非課税!)、輸出産業のおかしな還付金(
こちら)をなくすとか、所得税の最高税率を上げるとか、逆進性の強いこの税金の税率を上げる前に、やることはあると思います。さもないと、税による所得の再配分をした後のほうがじつは格差が広がっている、所得の再配分が、持たざる者から持てる者がさらに巻き上げるしくみに成り下がっている、まともじゃないこのくにが、ますますまともでなくなります。

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抵抗のオペラ7 ひきこもり王子の反逆

新日本フィルハーモニーの定期演奏会プログラムに連載していたエッセイ、「抵抗」の第7話は、昔話が下敷きの、けれど思い切りシュールで愉快な物語です。なじみのない話のはずなのに、どこかなつかしい物語でもあります。そのわけは……。


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プロコフィエフ「三つのオレンジへの恋」

オペラの原作はカルロ・ゴッツィの寓話劇。プッチーニの名作「トゥーランドット」も、この18世紀イタリアの作家の原作だ。こちらには、にこりともしない冷血の姫が出てくる。笑わぬ姫という、昔話におなじみの物語だ。
 
ところが、おなじく昔話をもとにしているのに、「三つのオレンジへの恋」では、王子が笑わない。昔話由来の物語としては珍しい設定だ。この王子、生活習慣病と思われるさまざまな症状をかかえ、そのうえ鬱病なのだという。王子が今生きていたら、「ひきこもり青年」とみなされるだろうか。ひきこもっていれば運動不足になり、いきおい生活習慣病にもなりやすい(よけいな忖度だが、この役は太めのテノール歌手でも安心して演じられるだろう)。
 
謎や秘密をもっている、笑わない、病んでいる、眠っている、あるいは魔物などに囚われているというのは、いずれも不活性な状態の、昔話流の表現だ。そこからいかにして脱出するか、脱出させるかをテーマとする昔話は、世界中におびただしい。日本にも、病気の娘を治して婿におさまる「わらしべ長者」など、枚挙に暇がない。
 
こうした一群の伝承を、死と眠りの季節から生と豊饒の季節へ、つまり冬から春への移り変わりを説明しようとする、いにしえ人の自然観の表現と見る向きがある。あるいは、語ることによって自然に働きかけ、四季の巡りをうながす呪術としての機能を見る向きもある。ギリシア神話では、豊饒母神デメテルは、半年間冥界の王ハデスに囚われていた娘コレを取り戻すと、母娘ふたりで森を駆け回ったという。ふたりが通り過ぎたあとには、木々が芽吹き、春の花が咲き乱れ、獣の子が生まれた。自然、とくに大地を女性に見立てる発想は人類に共通しており、この神話のコレのように、主人公は眠り姫や笑わぬ姫、あるいは囚われの姫ということになる。それで、笑わぬ王子とは珍しい、といったのだ。
 
デメテルとコレは、森を駆け抜けながら哄笑した。そう、笑いこそは生命力のもっとも典型的な表出なのだ。「三つのオレンジへの恋」でも、笑いがひきこもり王子を救う妙薬とされている。ところが、陰謀渦巻く宮廷の常で、かれを笑わせたくない、むしろかれが徐々に衰弱して死ぬことを望む勢力が存在する。かれらが後ろ盾として頼むのは、魔女のファタ・モルガナだ。魔女は、王子を笑わせるために開かれた、ゆかいな宴にまぎれ込む。魔女がいる限り、王子にだけは笑いは訪れないはずだった。はずだった、というのは、ファタ・モルガナその人がぶざまに転んでしまい、それを見た王子が大笑いしたからだ。
 
なんという皮肉。面目を失ったファタ・モルガナは腹立ちのあまり、「おまえは三つのオレンジに恋をすることになろうぞ」と王子に呪いをかける。王子はたちまち恋に目覚め、恋しい三つのオレンジを求めて旅に出る。
 
オレンジに恋をする。しかも三つのオレンジに。じつにナンセンスでシュールな設定だ。ゴッツィが下敷きにした民話では、まだ見ぬ美女を求めて旅立った王子が、旅の道すがら三つのオレンジを手に入れることになっていた。これをオレンジそのものへの思慕に変えたのは、ゴッツィの茶目っ気だ。
 
一転活動的になり、勇んで旅立とうとする王子を、年老いた王は引き止めようとする。「前途には危険が待ちかまえているのだぞ、おまえをなくしたら王国はどうなる」と。なんのことはない、父親が過保護だったために、息子はぬくぬくとひきこもりを決め込んでいたのだ。しかし、もはや王子は父王のいうことになど、聞く耳を持たない。おそらく、王子は生まれて初めて、あれをするなこれをするなと縛りをかける親に抵抗したのだろう。人は親に反抗して初めて、自分自身のものとなった人生にその第一歩をしるす。かくして王子は旅に出た。
 
また、視点を変えればこうもいえるだろう。春には冬が先行するように、人が活動し始めるには、それに先だって長い充電期間が必要なばあいもあるのだ、と。それがひきこもりと現象することもあり、ひきこもることはその人にとっては不可欠の、通過すべき段階だったのだ。
 
ところで、この物語には母后が出てこない。これはどういうことだろう。昔話では、母や父そのものではなく、母的なあるいは父的な存在が母性や父性を象徴することがある。この物語では、父王と匹敵するキャラクターで母性を象徴しうる存在といえば、魔女のファタ・モルガナしかいない。この「母」も、溺愛のあまり子どもの独立を阻んでいた父王とはまた別の思惑で、王子の生命力を抑えていた。両親がそろいもそろって、子どものすこやかな成長をじゃましていたのだ。
 
しかし、王子がそんな「母」のふるまいをこっけいに感じ、笑い飛ばしたとき、「母」の脅威は霧散し、その呪縛はあっけなく解ける。生命力を閉じこめていた殻を笑いが破る、劇的な瞬間だ。しかも、対象はともかく、王子を恋へと導いたのはこの「母」だ。恋こそは、人が親を離れて独り立ちし、新たなユニットをつくるきっかけなのだから、「母」ファタ・モルガナは、王子の成長を逆説的にだれよりも力強く後押ししたといえる。
 
ところで、ファタ・モルガナはイタリアの伝承に広く流布する名前だが、彼女は「モーガン・ル・フェイ」あるいは「モリガン」という名前でケルト神話に君臨し、人間の死を司る運命の女神であって、このオペラにあるような邪悪な魔女ではなかった。メソポタミア文明の太古から、この世に命をもたらし、はぐくむのが母性なら、命をあの世へと運び去るのもまた母性だと考えた人類は、命にかかわるこれら三様の神性を乙女、母、老婆の姿で表した。その老婆にあたるのが、ファタ・モルガナなのだ。死は忌み嫌われるために、いつしかファタ・モルガナは死の呪いをかける恐ろしい女神、ひいては邪悪な魔女へと転落させられてしまった。魔術で人を惑わすところから、「ファタ・モルガナ」には蜃気楼という意味もある。
 
伝承は旅する主人公を好むが、伝承そのものも旅をする。果物や木の実や花など、植物のなかに美しい娘が宿るとする伝承の広がりは、たどればイタリアから東のほう、イランやインドを通ってチベットへと至る。話のありようから、ここが源流のようだ。この話はチベットから東にも伝わった。日本にも「瓜子姫」がある。偽の花嫁が登場するところまで、「三つのオレンジへの恋」とそっくりだ。もしかしたら、竹の節から生まれるかぐや姫もこれらの姫たちの姉妹かも知れない。

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消費税が上がると輸出産業が儲かる

サッカーのワールドカップ、うちではきのうの早朝も若い人たちが集まって大騒ぎしていました。ウルグアイとかスロバキアとかセルビアとか、小さな国が地域で勝ち上がって出場しています。富裕国が強いとほぼ決まっているオリンピックと違って、いいなあと思います。ウィンターボトム監督の「イン・ディス・ワールド」は、アフガニスタンから難民の少年が命がけでイギリスまで旅する、ドキュメンタリータッチの壮大なロードムーヴィーですが、通り過ぎる各地の風景の中に、子どもたちがサッカーをするシーンがさりげなく、でも必ず挿入されています。最初はボロ布をくくったものを蹴っていたのが、西へ行くにつれてぼろぼろのボールになり、それがちょっとずつましになっていきます。ボールがひとつあればできるサッカーは、インターナショナルなスポーツなのですね。

ところで、風が吹くと桶屋が儲かりますが、消費税が上がると輸出産業が儲かります。また、ニラ茶ってご存じですか? 体にいいそうです。ブログ「非国民通信」さんが、「ニラ茶でわかる消費税のからくり」で、消費税のこともニラ茶のことも、明快に説明してくださっています(
こちら)。ぜひお読みいただきたいと思います。22日に「税を払わない人」のことを書きましたが(こちら)、こんどは「税をもらう人」です。

消費税制にはこうした不備があって、そのおかげでトヨタが純利益の17%、キャノンが20%をまかない、すべての輸出企業のそうした「消費税プレゼント」は、2兆円まで積み上がるのだそうで、これは消費税のおよそ1%分です。短絡かも知れませんが、私たちが払う5%の消費税のうち、1%は輸出企業の懐に入り、本来の税収となるのは4%というわけです。

だとしたら、もしも消費税が10%になったら、輸出企業には2%が自動的に流れこむのでしょうか。トヨタの純利益は117%に、キャノンは120%に伸びるのでしょうか。よくわかりませんが、とにかく消費税が上がって法人税が下がったら、輸出企業は笑いが止まらないことは確かです。そして、キャノンは外資系企業ですし、トヨタの大株主も外資です。この社会は、ノミやシラミにたかられているのか、吸血鬼にとりつかれているのか、このまま血液を吸われ続けたら、貧血症は進むばかりです。社会に回るべきお金がどんどん失われていきます。働き口が減り、地元商店がつぶれ、教育や医療や社会保障や福祉がますます痩せ細ります。ニラ茶を飲んでも追いつかないほどに。

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お相撲の好きな女の子

大相撲賭博問題、まったくフォローしていないので、「野球の選手は相撲賭博してるのかな」ぐらいの感想しか出てきません。ぶん殴られそう。

思い合わされるのは、ひとりの相撲が大好きな女の子が、今後しばらくは観戦に行けなくなるのだろう、ということです。赤坂に住んでいる、このくにのいちばん古い神主さんの家柄のお子さんです。

いつか、テレビを見ていたら、この子が見物席にいました。ノートか何かを広げて、書き込むたびにうれしそうに母親を見上げる表情が、じつに生き生きとしていて、こちらまで幸せな気分になりました。好きなことをしてうれしくってたまらない子どもの姿は、まさに眼福です。だけどこれからは、ずらりと居並ぶお目付役たちが、しかつめらしい顔をして、「不祥事が起きている大相撲を見物に行かれるのはいかがなものでございましょう」とか言うんだろうなあ、と思うのです。

ある教育者の集まりに呼ばれた時、雑談の席でこの子のことが話題になりました。学校になじめなくて苦労している、という報道についてです。まず、先生たちの関心の高さにびっくりしました。そして、この子の好感度が抜群なことも、新鮮な驚きでした。先生たちは口々に言っていました。まとめると、だいたいこんなふうです。「ああいう子はいる、私も受け持っている、好きなことには熱中するけど、自分がぴんとこないことにはまったく無関心、だからやたら他人に愛想もふりまかない、あの子は芸術的な才能に恵まれているタイプだ、へんに無理強いせずに、あのままいいところを伸ばしてあげるのがいちばん、ほんとにいい子だ、かわいい」

時間も経っていることだし、創作的に再現することは控えますが、「ワー! キャー!」というミーハーな感じのたいへんなテンションで、先生たち、この子を話題にすることがうれしそうでした。子どもたちの成長に、そのために日々力を尽くすことに無情の喜びを感じている先生たちなんだなあ、と思いました。いろんな個性の子どもをたくさん見ている先生たちは、自分が接したあの子この子の面影を、その女の子に重ねたのだろうと思います。先生たちの認識のとおりだとしたらの話ですが、かく言う私も、小学校の低学年の頃は学校が何をするところかもわからない子だったので、長い目で見れば、学校になじめないなんてたいしたことじゃない、という意見です。もっと言えば、学校なんて行かなくたっていいとすら思います。それが何か問題のように言われているあの女の子、気の毒だと思います。

ここまで書いて、ふと思いました。あの先生たち、これを機に、自分たちが知っている、あの子と同じような子どもたちへの理解が深まるといいと願っていたのかも知れない、と。だとしたら、お目付役たちの役目は重大です。あの子の幸せをまず第一に考えて、きちんとした対応をして見せるべきです。マスメディアも責任重大です。そうしたことがうまく機能すれば、きっとこの社会はより懐の深い、より多くの人にとって居心地のいいものになるでしょう。なにしろ、社会的注目度ナンバーワンのファミリーなのですから、波及効果は計り知れません。

とは言え、そうだとしても、我知らずそんな大役を負わされているあの幼い女の子、ほんとに気の毒です。神主さんのお家柄については、直近の歴史的機能を別にすれば、今のところ私にとっては関心のとっかかりのない、つるつるしたテーマなので、どのメンバーも生身の人間として過酷な立場だなあと思うばかりです。すみません、この問題に関心をお持ちのミギの方にもヒダリの方にも、謝っておきます。

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沖縄 国連人種差別撤廃委員会が日本政府に勧告

きのうは沖縄慰霊の日でした。私は愛知県にいました。重苦しい気持ちで。と言うのは、私も6月12日にご紹介した東京新聞の「沖縄独立論」、それを読んだとおぼしい関西の男性から沖縄県庁に電話が入ったというのです(沖縄タイムス6月21日付社説)。東京新聞は名古屋に本拠を置く中日新聞と一体なので、愛知にいてこのことを思い出さずにはいられませんでした。

「独立しても米軍基地は持っていてください。申し訳ありませんが…」

異見を言う気にもなれません。ただひとつ、これが沖縄県外の人に広く共有されている気持ちだとだけは思いたくありません。とんでもない例外だと思いたいのです。思いたいのですが、先頃のあるマスメディアによる世論調査で、「米軍基地、沖縄、しょうがないんじゃないの」みたいな意見が50%をびみょうに超えていた気がして、暗澹たる気持ちです。

私が沖縄の米軍基地問題にこだわるのは、沖縄の人がかわいそうだからではありません。これは、なんら意味のない不合理な、害を及ぼすだけの戦争施設で、それが存在することは、沖縄に存在することは、普遍的な意味で不正であり、私がたまたまこのくにの主権者で、この不正をただすことのできる立場にいるおびただしい人びとのひとりだから、発言するのです。黙っていれば、不正の肩を持つことになります。不正を直接こうむっている沖縄の方がたに、こんどは私が不正を働くことになります。誇り高い沖縄の方がたに、そんな無礼が許されるものではない、だから発言するのです。

ところで、アメリカのオバマ政権にごく近いシンクタンクの研究員が執筆した中国についての論文に、沖縄だけでなく日本国中、そして韓国にある米軍基地は、so-called legacy bases、「いわゆる歴史の遺物である基地」とあるそうです。「フォーリンアフェアーズ」の最新号(こちら)に載っているそうです。これらはいずれ縮小し、グワムに移すべき、と。まだ読んでいないので、伝聞でお伝えします。田中宇さんのニュース(有料版)で知りました。アメリカにとって、沖縄や岩国の基地はその程度のものなのに、このくにはそれをめぐって首相が交代したり、おおまじめにヨクシだキョーイだと議論している……怒りを通り越して、悲哀すら感じます。

沖縄について、もうひとつ、重要な情報です。

国連が沖縄の米軍基地について、日本政府に勧告していることを、いつも貴重な情報をお寄せくださるさとうまきこさんが教えてくださいました(サイトは
こちら)。「軍事基地が他とは不釣り合いなまでに沖縄に集中してることが、その住民の持つ経済的・社会的・文化的な権利に悪い影響を与えている」ことは、いくら菅首相がお詫びしても、感謝しても(!)解消されません。


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国連人種差別撤廃委員会 第76回会議 2010年2月15日―2010年3月12日
 人種差別撤廃条約第9条に照らして各国から提出された報告への審査
 人種差別撤廃に関する委員会の審査結果 ― 日本


21. ユネスコが沖縄の特異な民族性、歴史、文化、伝統、並びに幾つかの琉球言語を確認した(2009)ことを強調し、同委員会は、沖縄の独自性を正当に容認するための日本政府のアプローチを遺憾とし、沖縄の人々が受けている、今なお変わらずに存続する差別についての懸念を表明する。

さらに、軍事基地が他とは不釣り合いなまでに沖縄に集中してることが、その住民の持つ経済的・社会的・文化的な権利に悪い影響を与えている、人種差別の現代的な型に関する特別報告への分析を繰り返す。

同委員会は、沖縄の人々の権利を促進し適切な保護措置と政策を確立するために彼らが受けている差別を調べる目的で、沖縄の代表と幅広い協議に取り組むよう、日本政府に勧告する。

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税金の話その2 税を払わない人 国際連帯税

税金のことを考えると、「私ってけっこう愛国者?」と思えてきます。もちろん、税金はなるべく少ない方がいいとは願うものの、潔く払ってきたと思うからです。

それには理由があります。かつてうちは貧しく、子どもたちは憮然として、「どうしてうちだけこんなに貧乏なんだよっ! オレはぜったいサラリーマンになるからねっ!」と言っていたほどでした。四六時中、机にかじりついている母親の背中を見て、どんなに勉強しても、翻訳とかいう仕事をしても、こんなに貧乏ではしょうがない、友だちの親はサラリーマンで、お金に困ってはいないようだ、だから自分も、と考えたのだろうと思います。自治体から就学助成金をもらって、とても助かった数年もありました。税の申告は還付金が目当てで、4月はそれを頼りに生活していたものです。所得税、払っていなかったのです。それで、初めて税金を払う立場になったときには、このお金でかつての私たちのような人たちが助かるのだと、感無量で納税書類をながめたものです。今は、「収入が低いので保育料が免除になっている」などと若い人から聞くと、「よかったねえ!」とわがことのようにうれしくなります。

支え合いというのが、私にとっての税金の意味です。単純素朴ですが、富の再分配と言い換えれば、ちょっと格好がつくでしょうか。それで税金は、わりとじたばたせずに、言われるがままに払ってきました。わりと、と言うのは、じたばたと言うか、税金のあまりの多さに周章狼狽して、専門家を質問責めにしたことがあるからです。私は過去2度、『ソフィーの世界』と『世界がもし100人の村だったら』というベストセラーを出して、「瞬間最大風速的お金持ち」になったことがあるのです。そのときのドタバタについては、また気が向いたら書きます。

そんなふうですから、高額所得者がこの社会に税金を払わないですませようとすることには、冷やかなまなざしを向けてしまいます。でも、サラ金大手の創業者の息子やファンド創業者が、税率の低い香港やシンガポールに住所を移していると聞いても、お金がすべてという価値観の人たちなんだ、と思うだけです。ちょっといただけないと思うのは、そうではない価値観を掲げて高所得を得ているにも拘わらず、税金を払いたくないとしている人びとです。

たとえば、人気のある小説を訳して巨万の富を得た人が、ヨーロッパのある国に住民票を移し、「私は個人的にこの国に特別の思いがある」と言っても、私には通じません。そこの所得税は日本より低いということにひっかかるからです。あなたは日本で本を売ってお金を稼いだのだから、そして日本の子どもたちに、物語を読むことの楽しさや、それが豊かな心を養うことについて発言しているのだから、それで得た収入のなにがしかが、税金をつうじて日本の子どもたちのために流れていくことを容認すべきではありませんか、と言いたくなります。その国に思い入れがあるのなら、別荘をおもちになったらいいでしょう、住所まで移すことはないのではないでしょうか、仕事のためにしょっちゅう日本にいるのだし、あなたの富は日本での仕事によるものなのですから、と。

またたとえば、高級国際公務員で、途上国の貧困問題を扱う開発経済の専門家が、カリブ海の島に住所を置いている、なんていうのも腑に落ちません。その島は税金のかからないタックス・ヘイヴンで、世界中の富裕層が集まるところですから。世界を飛び回って仕事をなさっているのだから、べつに日本に住んで日本に税金を納めなくてもいいけれど、せめてあなたを国を挙げて尊敬するいくつかの最貧国のどこかに住むという選択肢はなかったのでしょうか、と一度訊ねたい心境です。

富裕層の税金逃れには、どの国も頭を痛めています。上記の翻訳家は日本の国税庁と攻防があったと、新聞でも報道されました。大金持ちの囲い込みに、どの国もやっきです。それで、所得税の最高税率の下げ競争みたいなことをしている国々もあります。でも、そんなことをしていたのではいずれ共倒れになるということで、国々は協力し始めています。

とくにタックス・ヘイヴンは、国際連帯税の議論の中で問題になっています。国際連帯税とは、国際金融など、複数の国にまたがるのでこれまでどこの国も税金をかけてこなかった、けれど実体経済の数十倍のお金が移動する分野にごく低率の税金をかけて、それを世界の貧困撲滅に役立てようとするものです。たとえば、通貨取引に0,005%の税率をかけると、330億ドルのお金が生まれます。100万円につき50円です。FXに関係している人や企業には、どうってことない金額ではないでしょうか。だけど、日本の円がかかわるFX取引に限っても、これをやれば56億ドル、日本のODAの4分の3ぐらいは軽く調達できるのです。

話がずれているようですが、根っこは同じです。富裕層にしろ、国際金融を動かしている投資機関や多国籍企業にしろ、そういう経済強者ほどやすやすと税金を逃れるための情報と、それを実行に移す力をもっている、あるいはその経済活動にまったく課税されないのはおかしいと思うのです。お金のある人は、ない人のためになにがしかの貢献をすべきで、それがノブリス・オブリージュ、恵まれた者の義務だと、私は思います。それを近代国家は、税をつうじて曲がりなりにも実現させてきました。グローバリゼーションの今、それが世界規模でも喫緊の課題になっています。なぜなら、世界の格差は天文学的に広がり続けているからです。日本にも、「国際連帯税を推進する市民の会 ACIST」があります。寺島実郎さんもサポーターです。興味がおありの方はサイトをご覧ください(こちら)。

タックス・ヘイヴンについては、超富裕層の逃げ込み問題もさることながら、むしろ企業、とくに多国籍企業や投資機関がそこにペーパーカンパニーを置くことのほうが深刻のようで、それが巨額の投機マネーにわが世の春を謳歌させているのだそうですが、よく知らないことなので、パスします。

菅首相と民主党は、税制の見直しをすると言っています。だったら、1980年代から下がりっぱなしの、大金持ちの所得税は、もうそろそろ見直していただきたい。たとえば、所得税の最高税率が下がり始める直前と比べると、『世界がもし100人の村だったら』の税引き後の印税でつくった「100人村基金」は、千数百万円、得している計算です。高額所得者の囲い込みにも知恵を絞っていただきたい。お金持ちとは、金融資産をたくさんもっている人のことですから、分離課税も見直していただきたい。相続税も上げて、代わりに贈与税は下げることにすれば、贈与される人は、子育てや住宅にお金がかかる世代でしょうから、個人レベルではありますが、今すぐ必要とする人のところにお金が回ります。贈与されたお金はすぐに使われますから、市場も潤うでしょう。消費税のことは、そのあとです。

そして、国際連帯税についても、世界でリーダーシップをとるぐらいにがんばっていただきたいと思います。国会には、超党派の国際連帯税議連もあります(名簿はこちら)。このたび改選をむかえる参議院の議員さんもいますので、参考になさってください。これに限らず、政治家の中に、こうした票に結びつかないことにいっしょけんめいの方がたがたくさんいらっしゃるのは、心強い限りです。

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税金の話その1 税を払うとは、また払う人とは

いよいよ選挙です。菅さんは、「消費税率上げを含む税制の見直し」を呼号しています。自民党は、せっかくフェアに10%という提言をしたのに、「それはいい、ぜひごいっしょに考えましょう」なんて菅さんに抱きつかれて、ちょっとお気の毒です。でも、消費税だけに話題が集中することに、私はあやういものを感じています。税金については、ほかにもたいせつなことがあるのではないか、と思うのです。

納税は国民の義務である、と憲法は言います。私はこれに2つの点から異論があります。

まずは、異論というとおおげさで、かすかな異和感という程度ですが、「義務」にひっかかります。なぜなら、私たちは国家の主権者です。国家という社会システムを動かすにはもちろん費用がかかる、それは私たちこのシステムのオーナーが負担する、誰の世話にもなりません、というのが納税の趣旨なのではないでしょうか。つまり、納税がなぜ「義務」かというと、この国家のメンバーである私たちが払うべき会費だからなのですが、裏を返せば、これは国家にたいする私たちのパトロン宣言でもあると思うのです。

ここから導き出されるのは、私たちはどれほど納税者意識を高めても高めすぎるということはない、ということです。予算審議を伝えるアメリカのテレビニュースで、キャスターが連邦予算のことを「your money」と言っているのを、なるほどと聞いたことがあります。近年、政府の無駄遣いに関心が集まって、納税者意識もかなり高まっているようです。いいことだと思います。

次に、「国民の義務」にも異和感があります。税金を払っているのは、日本国籍をもつ人だけではないからです。外国の企業も払いますが、私が問題にしたいのは外国籍の方がた、とくに永住外国人と呼ばれる方がたです。言うまでもなく、この方がたには参政権がありません。ところで、「投票なくして納税なし」って、どこかで聞いたことありませんか? そう、中学や高校の教室で、世界史の授業の時に聞いたはずです。アメリカ独立戦争のスローガンですから。アメリカの人びとは、イギリスに税金はごっそりとられていたのに選挙権がなく、議会に代表を送れませんでした。そこで、これではやらずぶったくりだ、このイギリスの桎梏から逃れるには独立しかない、という気運が高まったのです。アメリカ独立の物語に感動する方は、永住外国人の地方参政権にも賛成しないと、つじつまがあいません。

民主党は、永住する外国籍の人びとにも地方参政権を認めていこう、と言っていたはずです。自由党時代の小沢一郎さんの
この文章に、その考え方がまとめられています。「投票なくして納税なし」は、普遍的な価値観だと、私は思います。ずいぶん昔、焼き肉屋を営むアボジ(と言いたくなるようなオッチャン)が、仲間のパチンコ屋さんが脱税で挙げられたことに怒って、「税金取られるだけ取られて、その使い道には何も言えないなんて、おかしい。ちょっとぐらいの脱税がなんだ、これは抗議だ」と息巻いていました。私は、「ちょっとぐらいのって……だけどそれりっぱなルール違反……!」とあせってしまいましたが、内心、一理あるかも、と思ったことも事実です。いまや永住外国人のほとんどは、この社会で生まれ育った人びとです。ともにこの社会をかたちづくっているのです。政治つまり富(税金)の分配のしかたの決定に関与できないなんて不自然だと、私は思います。

そして、朝鮮学校に子どもを通わせている方は、国籍は朝鮮、韓国、日本といろいろですが、子どもは社会で育てるというすばらしい理念に基づくこの給付を受けられずにいます。子どもは、将来にわたってこの社会で生きていくというのに。税金は払っているので、かれらは二重に不当な目にあっているのです。先にご紹介した、外国人参政権についての小沢さんの論法でいけば、誰しも社会からフェアにもてなされれば、その社会に好意的になるはずです。朝鮮高校生にもわけへだてなく給付をすれば、将来、「反日的」な人になどならないということです。なのに、その反対のことをしている。なんとも狭量で不公正で、賢明ならざる「民主主義国家」です。永住外国人地方参政権はこれからもっと議論を深めるとしても、この高校無償化朝鮮学校除外は、選挙が終わったら、即刻やめてほしいと思います。恥ずかしくって、外国にも行けやしません。(続きはこちら

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どうしてインドに原発を売るの?

インターネットに公表された民主党のマニフェスト、去年のと今年のを印刷して、ため息をつきながらちょうどホチキスでとめていた時です。宅配業者さんが今年のマニフェストを届けてくれました。民主党の議員さんと名刺を交換したことのある人に送ることにしているのでしょうか。重複しないよう、情報を一元管理するのはたいへんでしょうね。

表紙には、「報道・研究資料用」とあります。なるほど、選挙はまだ公示されていないので、マニフェストを配ることはできないのです(よく見たら、インターネット版にも「報道・研究用資料」とありました)。送り状には、「……つきましては、政策研究をなさっておられます各位に”調査・研究用”として送付させていただきます」とあります。あらま、私は政策研究をなさっておられることになっているようです。でも、「なさっておられます」って、尊敬語の二重使用で、却って慇懃無礼ですよ、と言ってあげたくなります。「”調査・研究用”」と引用符で強調して、選挙違反ではないと念を押していて、ますます慇懃無礼な感じです。

たしかに、表紙は代わりました。鳩山さんから菅さんへ。デザイナーは同じ人らしい。でも、代わったのは表紙だけではないようです。09年度版にあったわくわく感が、すっからかんに蒸発しています。きょうは、ふたつの民主党マニフェストの比較を書くつもりでいたのですが、以前からもやもやしていることがあって、そちらを書くことにしました。

前政権から留任した閣僚に、直嶋経産相がいます。トヨタ労組の出身、つまりは「基幹」・輸出・重厚長大産業、言い換えると、「これまでも今も政府の手厚い支援を受けて経済成長を担ってきたけれど、先行きはおおいに危ぶまれる」従来型産業と、そこに働く人びとの利益代表です。

この人の言動がなにかと気になっていましたが、5月末にインドで、「原子力発電の技術協力に向けてワーキンググループを立ち上げること」にしました(記事は
こちら)。なんと勝手な。これはフライングです。なぜなら、インドはNPTに入っていないので、そういう国とは、原発輸出の前提となる原子力協定を結んではいけないのです。しかもインドは核保有国です。なおさら、原子力の民生利用の技術を提供などするべきではありません。なのに直嶋サンは、「協定のほうは外務省お願いね」という考えのようです。こっちは先に進めているから、と。

日本はおととし、日印原子力協定をあわや結びそうになりました。反核市民団体や政策提言NPOなどの猛反発を重く受けとめた福田首相(当時)が、協定のために来日したインドのシン首相に直接、協定は結べない旨、伝えたのです。まさに首の皮一枚でつながった、という感じでした。私も、超党派の院内集会に参加したりして、はらはらしながら成り行きを見守っていましたが、当時与党の自民党の議員さんも、大反対の論陣をはっていました。この福田サンの「英断」については、去年の8月3日、「原爆忌(3) 幻の日印原子力協定」に書きました(
こちら)。いいことをした人は賞賛されるべきです。けれどその記事の最後を、私はこう結んでいます、「……政治家も官僚も業界も、そしてもちろん相手国インドも、日印原子力協定を諦めたわけではない、ということです。それは、政権が変わっても同じです」と。

その虞(おそれ)が現実化してきました。インドの膨大な原発需要には、アメリカ、ロシア、フランス、韓国が触手を伸ばしています。けれど、新聞記事にあるように、各国とも日本の技術移転なしには、自国企業の原発とはいえ、インドに売り込むのは難しいのです。そして6月に入り、鳩山辞任のどさくさのかたわらにそっとという感じで、アメリカとフランスが「おたくもインドと協定を結んで、いっしょにビジネスしましょうよ」と、日本に働きかけている、という報道がありました(記事は
こちら)。

経産省だって外務省だって、協定を結んで原発を輸出したいのはやまやまなのです。そこに、直嶋サンという物わかりのいい大臣がやってきて、ほいほい話を進めている、それが現状です。でも、NPTに加盟していない国には原子力平和利用技術は移転しない、というのは国際的な了解事項だったはずです。それをまずブッシュさんのアメリカが破り(それを踏襲するオバマさんのなんたる二枚舌!)、フランスが遅れてならじと後を追いました。「大国」ともあろうものが、貧すれば鈍するで、あさましい限りです。それまで自分たちがごたいそうに掲げていた国際ルールもあったものではありません。

北朝鮮にたいする、「核を放棄したら原発あげます」という説得も、正当性を失いました。これまでは、核開発をした北朝鮮が一方的に非難されていましたが、非難するほうも核兵器をもったままのインドに原発で商売しようというのですから、北朝鮮に足下を見られることうけあいです。韓国海軍の「天安」沈没事件と相俟って、北朝鮮はますます高姿勢に、ますますかたくなになるでしょう。拉致問題の解決も、さらに遠のきました。

以下は、私が考えた、直嶋サンとインドの担当大臣とのあるべき想定問答です。原発輸出を外交カードとしたこうしたかけひきを、なぜ5月のNPT見直し会議の前にやらなかったのでしょう。やっていたら、日本は会議でより存在感を示せたのに。あくまでも私は原発反対ですが、ここでは敢えてそれを棚にあげていることをお断りしておきます。


直嶋「貴国もNPTに入りませんか。そしたら、原子力協定を結び、貴国のエネルギー政策にご協力できますが」

インドの大臣「いやいや、NPTは不公平です。わが国は断じて受け入れるわけにはいきません。それより、わが国は15年前から『核兵器禁止条約』に、パキスタンともども賛成しています。貴国こそこちらに乗り換えませんか?」

直嶋「『核兵器禁止条約』は、イランも北朝鮮も賛成していて、NPTより包括的でけっこうですね。でも、NPTも、少しずつではありますが、せっかくここまで成果を積みあげてきたのです。ご破算にするのは得策ではないでしょう。『核兵器禁止条約』とNPT、車の両輪として進めていくというのはどうでしょう」

インドの大臣「なるほど、アメリカに配慮して『核兵器禁止条約』に棄権してきた貴国が賛成に回り、その見返りにわが国がNPTに加盟する、そして日印原子力協定を結んで、貴国の原発プラントをわが国が輸入する、それは名案ですね」

直嶋「貴国が率先してそのようにふるまえば、貴国がもっとも懸念している核保有国であるパキスタンも、同調せざるを得ないでしょう。そうすれば、貴国が核武装する意味の大半は失われるわけです」

インドの大臣「核廃絶が一気に進みますね」

直嶋「両国で核廃絶の流れを主導していきましょう」


書いていて、空しくなってきました。10年度版民主党マニフェストは、はっきりと原発推進を謳っていますし。メキシコ湾の深海底油田にしても、人類は取り返しのつかないことをし続けています……。

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沖縄独立論者、増殖中

沖縄独立論についてはこれまで、5月17日に「沖縄のみなさま、ゆるさん独立どうですか?」(こちら)と、6月12日に「国連総会 琉球臨時政府 加盟承認」(こちら)の、2本の記事を書きました。ところが最近、沖縄の独立を説く人というか、沖縄独立論者であることをカミングアウトする人が増殖中らしいのです。菅総理までが副総理時代、「沖縄はもう独立したほうがいい」と語っていたそうなのですから。聞いたのは、喜納昌吉議員。以下、ブログ「地元紙で識るオキナワ」さんの6月17日の記事(こちら)から引用します。


「2010年6月1日、民主党沖縄県連の喜納昌吉参院議員(62)の著書『沖縄の自己決定権 地球の涙に虹がかかるまで』(未來社)が発売された。7月の参院選に比例代表で出馬する喜納氏が、自身のこれまでの歩みと政治信条をインタビュー形式で語った本だ。

菅直人首相が2009年9月の政権交代後、沖縄の米軍普天間基地移設問題について周囲に『沖縄基地問題はどうにもならない』『沖縄は独立したほうがいい』という旨の発言をしていたと、喜納昌吉参院議員が自著の中で明らかにした。本当にそう発言したのかは不明だが、新聞で報じられるなど、大きな波紋を呼んでいる。

喜納昌吉参院議員の『沖縄の自己決定権』。 その中の『沖縄の自立に向けて』という章に、09年9月の政権交代後、当時副総理だった菅氏に会った際、米軍普天間基地移設問題について話し合った内容が書かれている。

喜納氏が『沖縄問題よろしくね』と言ったところ、菅氏は『沖縄問題は重くてどうしようもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない』と発言。最後には、『もう沖縄は独立したほうがいいよ』とまで言ったという。

以前から沖縄独立を提唱していた喜納氏はこれに『あ、菅さん、ありがとう!』と返したというが、著書の中で『半分ジョークにしろ、そういうことをいま副総理でもある、財務大臣でもある、将来首相になる可能性もある彼が言ったということ、これは大きいよ。非公式だったとしても重い』としている。

首相がかつて普天間問題に匙を投げ、沖縄独立を推奨するような言葉を漏らしていたということで、喜納氏のこの証言を2010年6月16日までに新聞数紙が報道。産経新聞は23日に首相が沖縄訪問を予定していることに触れ、『就任前とはいえ、国土・国民の分離を主張していたことは大きな波紋を呼びそうだ』とした。これを受けて同日午後、喜納氏はツイッターに

『菅さんは総理に就任して決定権を持った。菅さんなら、沖縄県民が望む未来像を描いてくれるかもしれない。一国ニ制度も含めて、沖縄の自立、独立を国民的に議論する時期がきたのだと思う』
と投稿している。

(中略)

『沖縄の自己決定権』には、喜納氏が03〜4年頃に、民主党の小沢一郎前幹事長に『いつか沖縄が独立したいと思えば独立させてくれますか』と聞いた場面も出てくる。小沢氏は『沖縄民族が独立したいと思うなら、ほんとうに歩けるような道筋を作ってからなら独立してもいい、それも考えてみよう』と回答したという。」


「よろしくね」「あ、菅さん、ありがとう」という喜納さんの声が聞こえてきそうです。喜納さん、ほんとうに愛嬌のある方です。ある時、参議院議員会館のお部屋におじゃまして、戸口で秘書さんと話をしていたら、奥から三線をもった喜納さんが現れて、「ぼくはあなたを知らないけれど、あなたの本は知ってるよ」。そして、「なんの用?」と私と話し込もうとする喜納さんを、秘書さんがあわてて、「先生、委員会がもうすぐ開催です」と押しとどめていました。喜納さんの愛嬌の陰には、沖縄への思いがふつふつと煮えたぎっています。

副総理時代の菅さんからは、沖縄の米軍基地問題についての発言がまったくと言っていいほど伝わってきませんでした。喜納さんの証言どおりだとすると、にっちもさっちもいかない問題、との認識あっての黙(だんま)りだったのでしょう。けれど総理になった今、そうはいきません。副総理時代の発言が事実で、沖縄は独立国の道を歩んだほうがいいと考えているのなら、菅総理は、国家主権をもってしかるべき地域に、それをねじふせる非正統的な政治権力を行使する立場に立ったことを自覚しているはず、ということになります。つまり、菅さんの意識の中では、沖縄は植民地であり、自分はそこを不当に支配している宗主国日本の元首です。

一般に植民地支配は、支配される側を傷つけるだけでなく、むしろより深刻に支配する側を堕落させます。菅総理が、米軍基地沖縄押しつけという堕落の毒杯をあおぐつもりなら、今からでも遅くはないからおやめなさい、と言いたいと思います。無理筋とわかって進めても、ろくなことはありません。辺野古に基地はつくれず、政権の命取りになります。外国軍基地のためにふたつ目の政権が飛んだら、それこそ無様です。

小沢さんの独立への行程、さすがです。そして喜納さんの一国二制度論も、現実味があります。菅さんには、「独立したほうがいい」発言は棚上げするにしても、まさに喜納さんの書名にある沖縄の自己決定権を、全力で擁護する総理になってほしいと思います。それがあなたの本意なのでしょう? 権力は、志を実現するための道具でしょう? 権力を固めるために志を曲げでどうするおつもりですか?

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政治の劣化 日本と韓国

韓国海軍のコルベット「天安」沈没問題については、5月10日22日24日29日と4回もとりあげました。またしても、なのですが、今回はちょっと違った視点から。

この問題は、国連安保理にもちこまれたところで、暗礁に乗り上げたかっこうです。安保理そのものが記録もとらない非公式のかたちで、もしもこれがほんとうに深刻な国際問題なら、こんなことはありえません。拳をふりあげた韓国の体面を重んじて、とりあえす安保理でとりあげたことにした、というのが実情でしょう。

アメリカの原子力潜水艦と衝突・大破、原潜も沈没、というシナリオはないとしても、北朝鮮の魚雷攻撃という合同調査団の結論には、いまなお異論が続出しています。中国とロシアは、この論争に巻き込まれたくなさそうですし、北朝鮮は異例の記者会見ででっちあげと主張し、独自の調査団を派遣したいと言って、韓国に断られています。

「独立系メディア『今日のコラム』」というサイトにいろんな異論がまとまっていますが(
こちら)、たとえば韓国系アメリカ人物理学者ソ・ジェジョンさんの疑義は説得的です(こちら)。けっきょく、「天安」はなんらかの表沙汰にするわけにはいかない後ろめたい行動中に座礁などの事故を起こしたか、やはり公表することがはばかられるほどのドジを踏んだか、あるいはその両方が重なって沈没した、というところではないでしょうか。調査団の報告書が、事故発生時からの記述しかないのが、それを裏付けているように思います。

海難事故調査では、事故にいたる艦船の動きを、位置・方向・速度など、事細かに跡づけます。おととし、海自のイージス艦「あたご」が千葉の漁船清徳丸とぶつかって沈没させ、吉清(きっせい)治夫さんと哲大(てつひろ)さん親子が亡くなった事故では、連日の報道が2隻の動きを詳細に伝えていたように、事故直前の船の動きをしめすデータは事故原因の究明にきわめて重要です。なのに、調査団報告には、それがそっくりないのです。これでは、報告を信じろというほうが無理です。「天安」には、事故までの動きを公表できないなんらかの事情があると見るしかありません。

なのに、李明博大統領は報告書を踏まえて、戦争記念館のようなおごそかな場所で、いかめしくも沈痛な演説をし、北朝鮮を強く非難しました。なにしろ休戦状態の朝鮮半島です。どうなることかと気を揉んでいたら、なんのことはない、直後の統一地方選挙に向けたキャンペーンだったらしいではありませんか。ところが選挙は、北との軍事的緊張を煽り、「断乎決断」の姿勢を見せて断然有利と見られていた与党のボロ負けでした。韓国の市民は選挙キャンペーンに乗せられなかったのです。戦争などするものではない、という健全で理性的な判断が、李大統領に「ノー」をつきつけた。おみごとです。そもそも「天安」沈没が大統領の選挙目当ての陰謀だった、などと言うつもりは毛頭ありませんが、事故ないし事件を政治利用して政局を政権有利に運ぼうとしたところは、911事件とよく似ています。「天安」沈没「事件」は、韓国の失敗した911だった、私はそう考えています。

韓国の市民社会が成熟度を示したのにひきかえ、日本はこの事故を北朝鮮の脅威と決めつけて、米海兵隊基地を辺野古に新設するという決定に利用しました。その行動のす早かったこと。鳩山さんなどは、まさに飛びついた、という感じでした。いやでもなんでも辺野古と言わざるを得ないところに追い詰められてしまったので、「北の脅威」はそれを正当化する恰好の口実に見えたのでしょう。それだけ、ご自身内心では辺野古案に納得していないし、忸怩たるものがあったのではないでしょうか。そして、閣僚たちがこの事故を何度も引き合いに出しては「北朝鮮のしわざ」とアナウンスすることで、既成事実化してしまいました。メディアも世論も押し黙っています。まるで、政府の判断に納得したかのように。新しい海兵隊基地を、自分のふところを痛めずに手に入れたいアメリカは、日本の政治家や市民社会のこのていたらくに、きっと陰でほくそ笑んでいることでしょう。

韓国では、政治家が突発事故を政治利用しようとしたのを、市民の成熟がはねかえしました。政治の劣化を、市民が選挙をつうじて却下したのです。それにたいして日本の社会は、北朝鮮のしわざという政治家の見方をまかり通らせてしまいました。政治の劣化をはねつける市民力が見あたりません。市民はその政治リテラシーにふさわしい政治しかもちえません。もうすぐ参議院選挙だというのに、うすら寒くなります。

今のところ私は、今回に限っては北朝鮮は濡れ衣を着せられたと考えていますので、北朝鮮としてはとんだ災難ということになるわけです。そんな北朝鮮が南アのサッカー世界大会で、強豪ブラジルから1点をあげました。北朝鮮チームにたいして、また鄭大世(チョンテセ)さんら、Jリーグで活躍する北朝鮮ナショナルチームの選手たちにたいして、おしなべて日本のメディアも人びとも純粋にあたたかい声援を送っているのはいい眺めだなあ、と思っています。ここには、スポーツを介して市民社会の成熟が見られる、と思いたいものです。

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【動画】「海兵隊はグワムへ行け」と簡単には言えない理由

米軍の計画では普天間の海兵隊はグワムに行くことになっている、グワムやテニアンの首長も誘致に積極的だ、だから海兵隊はグワムに行くべきだ、という主張がなされてきました。民主党を中心とする181人の国会議員さんたちが、鳩山首相(当時)に要請文を渡した、ということもありました。1カ月も前のことではないのに、なんだか遠い昔の出来事のようです。


海兵隊基地グワム移設要請議員リスト


けれど、どこかひっかかる。首長が誘致に動いていても市民はそうとは限らないという光景を、これまで沖縄を始めとする各地で見てきたからです。グワムのチャモロ族が基地に反対していることは、早い時期に伝わっていました。

アメリカの独立系テレビ「デモクラシー・ナウ」は、商業局からはまずお声のかからない紛争当事者やNGO活動家、ジャーナリスト、学者、政治家などの話をじっくり聞くという、貴重な番組を流しています。先日は、基地に反対するグワムと沖縄どころか、ハワイの市民や代弁者までが顔を揃えて、基地と自分たちの状況を語りました。CAテレビで放映されましたが、ネットでも見られます。

番組からは、アメリカが、太平洋をまるで自分の「湖」のように見ていることがよくわかります。アメリカの人はたぶん、太平洋の島々は、かつてはフィリピンも含めて、自分たちが血であがなった戦利品であり、所有する当然の権利があると思っているのではないでしょうか。期せずして、スピルバーグ監督とトム・ハンクスのコンビがつくった太平洋戦争ドラマ、その名も「ザ・パシフィック」が、もうじきwowowで放送開始だそうです。クライマックスは沖縄戦だとか。作品には、この地域にアメリカが主張する権利の正当性を、別段悪気のないアメリカ市民が気持ちよく肯定できるイデオロギーが、じょうずに仕組まれていることだろうと思います。

今アメリカが、アメリカも多大の犠牲を払った沖縄を、グワムなどと同等にとらえているであろうことは、想像に難くありません。アメリカ人の沖縄観は、沖縄をグワムやハワイと並べて見た時、初めてリアルに理解できるのかも知れません。その証拠に、沖縄の米軍基地内で、米軍兵士の家族や従業員といった立場の日本人を見かけると、「ここはアメリカの領土なのに」と不快感を示すアメリカの軍人・軍属がいるそうです。宮西香穂里さん(琉球大・文化人類学)の研究が明かしています(6月13日付沖縄タイムスの紹介記事は
こちら)。

「デモクラシー・ナウ」の5月21日の番組「沖縄からグアム、ハワイへ 太平洋米軍基地の拡大に反対する国際的連帯の呼びかけ」は、
こちらから見ることができます(動画を27分見る暇のない方のために、書き起こし記事もあります)。グワムは、第二次世界大戦中の2年ほど、日本軍に占領され、多くの犠牲者を出した、かててくわえて島を「解放」したアメリカ軍はそれより多くの島民を殺したという事実に、いまなお複雑な思いを抱いているグワムの方の話に考えこみました。ハワイは、オアフ島の4分の1を占める米軍基地によって独自の文化伝統を根絶やしにされ、真珠湾は環境汚染で漁業が成り立たないそうです。基地による環境破壊は、どこも同じなのです。

グワムには、日本の脅威(!)と米海兵隊の抑止力という構図で、市民に基地を受け入れさせようとする議論があるそうです。どこかで聞いた話です。いまさら日本がグワムの軍事的な脅威になるわけがないように、日本で喧伝されている国々の脅威もそれといい勝負の、荒唐無稽な話なのかも知れない、どこでも同じような見え透いたプロパガンダをするものだと、心底あきれてしまいました。グワムの「脅威と抑止」論からすれば、脅威である日本から政治家たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、抑止となる「米海兵隊を受け入れてくれるんですね?」なんて念を押すはずがあるわけがないでしょうに。

そして、さまざまに市民の権利がないがしろにされていることも共通しています。結局、太平洋地域は琉球弧を、さらには日本列島を含めてアメリカの実質的な植民地なのかも知れません。このくにの政府(もちろん官僚組織を含む)・一部の学者・マスメディアのふるまいは、常に植民地のそれだということが、このたびの「政権交代」で白日の下に晒されてしまいました。そこから少しでも脱しようと試みた政治家たちは、あるいは孤立無援にされ、あるいは法律違反の疑いをかけられて失脚したことから目を逸らすわけにはいかないと思います。

太平洋地域の人びとと力を合わせて、米軍基地はアメリカ本土に引き揚げてもらうしか、最終的な解決はない、そのほうが、ふるさとを遠く離れて異邦の人びとを殺すことばかり考えなければならない兵士や、実質破綻している国家財政を考えれば、アメリカの人びとにとってもいいのではないか、そんなことを考えました。その国際的な連帯は太平洋地域を超えてもう始まっている、そしてアメリカの海外領土に独立を選択する権利を保証する「プエルトリコ法」が成立した(アメリカはこんないいこともするのですね)といった、明るい材料もあることを知りました。

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抵抗のオペラ6 抵抗しないという政治

新日本フィルハーモニー定期演奏会プログラムに連載していた、「抵抗」のテーマでオペラを論じるという趣旨のエッセイは、10日に1度ぐらいのペースでここに転載する予定でした。それが1カ月以上、記事はほぼ政治のことばかりで、オペラの出る幕はまったくありませんでした。それで、きょうは久しぶりにオペラエッセイにしたのですが、なんの因果か、政治がらみのオペレッタの出番でした。ちょっと斜に構えた作品です。肩の力を抜くのにいいかも知れません。


     **************************


ヨーハン・シュトラウス二世「ウィーン気質(かたぎ)」

「会議は踊る、されど進まず」と言ったのは誰だったか。オーストリアのリーニュ将軍か、それともフランスのタレイラン外務大臣か。それぞれをひいきする向きが主張をゆずらないままに、かれこれ200年になる。会議にふさわしい後日談だ。会議とは1814年のウィーン会議、ナポレオン失脚をうけて、ヨーロッパの旧勢力つまり諸王国が事後処理を話しあった。
 
議題の多くは、ナポレオンが占領した領土を各国が回復することで、大きなものだけでもざっと12もの国境線を新たに定めなければならない。ナポレオンはなんと派手に暴れまくってくれたことか。国境線の引き直しは、いまでももっともデリケートな国際問題だ。会議は長引き、結論は出ない。
 
各国は、会議に何十人もの使節団を送り込んでいる。ウィーンはさまざまな国からやってきた貴顕や政府要人であふれかえった。彼らは暇をもてあます。そこで「ウィーン」が活躍する。現代でも外交にパーティはつきものだが、ウィーンという街にはホストとしての才能があった。連日のパーティ、色恋沙汰、そこに欠かせないダンス、とくに当時おめみえしたばかりのワルツ。会議は踊った。
 
随行員の全員が踊り暮らしたわけではなかった。暇を幸い、民俗学的フィールドワークにいそしみ、昔話を聞き書きした人もいる。グリム兄弟の兄ヤーコプは、ヘッセン侯国の随行員だったのだ。その成果は兄弟のメルヒェン集に反映している、というのはまた別の話。
 
会議が進まなかったのは、議長国オーストリア帝国の首相メッテルニヒが無能だったためではなく、彼が各国を操って思い通りの結果を出そうとした高等戦略だった。事実はともあれ、少なくともウィーンっ子はそう考えている。足かけ2年のあの会議を、ウィーンならではの快挙とするのだ。それから80年あまりあと、ヨーハン・シュトラウス二世が最後のオペレッタの題材にとりあげたのも、ウィーンがあの空転会議の時代を誇りに思い、なつかしんでいたからにほかならない。奇妙といえば奇妙な街だ。
 
オペレッタの主人公は、ドイツの架空の小国からやってきたツェドラウ伯爵。妻も愛人もウィーンっ子だ。ごく最近、伯爵が熱を上げている町娘も、もちろんウィーンの産。伯爵はすっかりウィーンの水になじんでいる。この三角関係ならぬ四角関係をめぐるドタバタが、オペレッタのすべてだ。そこに、ヨーハン・シュトラウス二世が生涯かけてつくりあげた数々の名曲がはめこまれ、物語はこよなくウィーン風に進行する。ウィーン風とはつまり、なにごとにも抵抗しないということ。世界政治も世の中もなるようにしかならない。人の心もまた。伯爵は歌う。

意志がなんの役に立つ
誘惑がドアをたたくと モラルなどどこへやら
明日からは謹厳実直だ 今宵限りと思いはしても
いつも同じことの繰り返し
明日が来れば最初からやり直し

この心情は、私たちにもなじみ深い。「わかっちゃいるけどやめられない」という流行歌があったではないか。これを歌った人の父は浄土真宗の僧だが、開祖親鸞の教えそのものだ、と評価したという。「わかっちゃいるけどやめられない」のが人間だといううすら悲しい洞察を、親鸞はもっていたというのだ。ならば、歌のタイトル「スーダラ節」の「スーダラ」は「シュートラ」、「修多羅」ではないのか。「教典」という意味だ。
 
けれど、私たちの文化に深く根づいているらしい「わかっちゃいるけどやめられない」とウィーン風には、決定的な違いもまたある。伯爵の歌詞にある「意志がなんの役に立つ」は、シニシズムにほかならない。ウィーンの無抵抗はこのシニシズムに裏打ちされているのにひきかえ、親鸞は「わかっちゃいるけどやめられない」自分と戦った。抵抗を試みた。
 
ウィーンは、この「だめな私」といううすら悲しい自己認識に、ほほえみを覆いかぶせた。勇ましいところはみじんもない。けれど、ごまかしたのではない、ずるいのではない、と言ってあげたくなるのは、この作品をはじめとするウィーンが生んだ数々の音楽の魅力に、私が降参してしまっているからだろう。諦念を笑って肯う成熟を、ウィーンは描いてやまない。喜びは悲しみを内に含んでこそ味わいを深めるということを、ウィーンの文化は教えてくれた。
 
ところで、現実のウィーン会議はどうなったか。エルベ島に追放されたナポレオンが島を脱出したとの一報がはいると、それまで自国の利益を最大化することに腐心していた各国代表は、あわててばたばたと議定書を締結した。それまでの角の突き合わせはなんだったのかと言いたいくらい、妥協はあっけなく成立した。

時が熟せばなるようになる。なるようにしかならない。まさに「意志がなんの役に立つ」だ。ウィーン会議のてんまつに、ウィーンっ子は自分たちの世界観の正しさを改めて確信したことだろう。オペレッタのほうも、最後はおさまるところにおさまった。宰相メッテルニヒは歌う。

それを会議と言うのです 
もう政治なんてうんざりだ
さあみなさん ご一緒にヒルツィングへ 
世界情勢を忘れましょう

ヒルツィングは祭が開かれていた郊外の地名だ。やれやれ、と思うか。ばかばかしいオペレッタの世界のことだと思うか。それは各自の自由だ。けれどこのウィーン風は、いつまでも人の心にひそやかな慰めをあたえ、ウィーンという街への愛惜をゆるぎないものにした。たとえば往年の名画「会議は踊る」が、このオペレッタの遠い直系にあたるように。

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【動画】「われわれは好きなところに好きなだけ軍隊を置く、それが日米安保だ」

本題に入る前に。

おととい13日の「小沢さんってそんなに悪い人なんですか? 沖縄関連報道のまとめ」には、たくさんのアクセスをいただきました(記事はこちら)。その中で、掲示板「阿修羅」に集うみなさまから、ご紹介したツイッター記事について、懸念が表明されました。DMをくださった方もおられます。このツイッターの主の書くことをうのみにするのは危険だ、と。「県外国外移転を求める181人の署名、大半が小沢系議員」という内容に、ほう、と思ったのですが、これも「ガセネタ」だということなのでしょうか。だとしたら、うかつなことをしました。申し訳ありません。事実かどうかはペンディングということにさせてください。ネットに飛び交うさまざまな発言から、真に意味のある情報を見極めるのはむつかしいものだと、改めて痛感しました。ご忠告くださったみなさま、ありがとうございました。

さて、本題はもちろんサッカーのワールドカップ、ではありません。ゆうべは拙宅でも、若い人たちが集まってテレビ観戦していましたが、このくにで今、これに熱狂している人びとのエネルギーの数倍、数十倍のエネルギーが、50年前のきょう、政治に、このくにの行く末に注がれました。

日米安保改訂です。それにちなみ、きょうは今月初めに行われた、ジャーナリストの岩上安身さんによる孫崎享さんインタビューをご紹介します。あたらしい首相が所信表明演説で、日米安保体制を当然の前提として、辺野古に新しい基地をつくると表明しているこのくにで、6月15日に想起すべき言葉はこれしかないと思います。ひじょうに興味深い内容で、すべて見ていただきたいのですが、せめてこの部分だけでもご覧ください。

以下にその一部を、私の主観と語感で要約します。

孫崎「1951年、旧安保条約を締結した時、『われわれは好きなところに好きなだけ軍隊を置く、それを日米安保で達成する』というのが、(後に国務長官になった)ダレスの方針だった」

岩上「今回も、(日米合意を)とにかくぜったい守らせる、辺野古に基地をつくることに軍事的合理性があろうがなかろうが、おれたちの言うことを聞けと、立ち上がって頭を殴りつけるように、やった。ダレスによってうち立てられた日本隷従構想を現代日本にたたき込み、思い知らせた。そのためには、ひとつの政権をふっ飛ばし、ひとりの首相の首を飛ばし、民主主義的政権交代を流してしまってもかまわないという印象だ」

孫崎「森本毅がとあるテレビ番組で、『今回すばらしかったのは、アメリカが1インチも動かなかったことだ』と言った。外国基地政策は、相手国の国民の意向と自分たちの戦略にどう折り合いをつけるかが基本なのに、1インチも動かなかったことがほめ言葉になるような感覚の、日米の安全保障関係者たちのメンタリティに驚いた」

いかがです? このくにの現状には、これくらいの「罵倒」がお似合いだと、私は思います。




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1965年沖縄 「少女轢殺」 報道写真家嬉野京子の証言 

沖縄の「今」は、この一瞬の延長線上にあり、この一瞬からさかのぼれば、沖縄戦があり、琉球処分があり、薩摩侵攻がある、そんな一瞬をとらえた報道写真家・嬉野京子さんの講演の書き起こしを、筆者の芳沢章子さんのご厚意で転載します。改行などを変更しました。

沖縄では、米軍関係者による事件・事故が年におよそ1000件、日に3件近く起こっていることは、保坂展人さんのブログ情報で広く知れ渡ることになりました(こちら)。COCCOさんの言葉(こちら)、「基地とやっていくためには、受け入れて諦めなければならないことがいっぱいありました……諦めることに慣れていって……『しょうがないさ』が口ぐせっていうのもほんとはほんとです」にある受け入れなければならないこと、諦めなければならないこと、しょうがないことが、この1枚の写真に凝縮されていると思います。政治家、官僚、学者、市民……立場に拘わらず、ここに問題の原点があることを知ったうえで、沖縄の人びとに「米軍基地を受け入れ」ろと言ってほしいと思います。


     *************************


昨年12月13日、京都呉竹文化センターで、「未来につなぐ愛・平和・命」と題し、米軍占領下の沖縄で、左の写真(DAYS JAPAN 2006年9月号で再版)を撮った報道写真家・嬉野京子さんの講演がありました。「ピース12・13実行委員会」「憲法を守る婦人の会」主催です。第一部を飾ったケイ・シュガーさんの歌も磨きのかかった芸術性の高いものでした。

以下は講演の要旨です。(文責 芳)

 
1965年に私が沖縄に行ったのは、沖縄で米軍がやっていることを知らせるためでした。 25歳の時です。米軍占領下の沖縄のことは、本土では全くわかりませんでした。米軍が統制していたからです。

沖縄が日本でないことをまず思い知らされたのは、飛行機の中でした。沖縄本島が眼下に見えはじめると、スチュワーデスが「カメラをしまって下さい」。撮影が禁止されました。一人でも写真を撮るものがいると、フライト自体が許されないのです。

4月中旬、私は祖国復帰行進団といっしょに、本島最北端の辺戸岬に向かって歩いていました。中部の嘉手納基地にさしかかった時、行進団の人に、「持っているだけで逮捕されるし、行進団にも弾圧がかかるから」と、カメラを預けるように言われました。

4月20日、宜野座村に入りました。小学校で休憩に入ったとたん、「子どもがひき殺された!」。なんと行進団の目の前で、小さな女の子が米軍のトラックにひき殺されたのです。手に通園用のバッグを持ったまま。死んだ女の子の側に突っ立っているだけのアメリカ兵。しかし驚いたのは、駆けつけた日本の警察でした。米兵を逮捕するでもなく、軍用車がスムーズに走れるように交通整理をはじめたのです。

これを目の前にして何もしないわけにはいきません。「撮らせてほしい」と懇願しました。「生きて帰れないよ」と言われましたが、引きさがれませんでした。「わかった、見つからないようにぼくの肩越しに撮ってくれ」、一人の男性が肩を貸してくれ、たった一度押したシャッターがこの写真です。


少女轢殺


フィルムは行進団の手に渡り、数日後には地下ルートで東京に届き、「赤旗」に掲載されました。その新聞を見た時は怖かったですねえ、自分に何かおこりそうで。でもすごい衝撃でした、これが沖縄なんだと。

1967年、再度渡航しました。人民党(復帰前、瀬長亀次郎を党首とする沖縄で最も先進的な政党)の機関紙編集部に、協力をお願いしました。

アメリカは1953年に土地収用令を出し、沖縄全土で農民の土地を次々取りあげました。伊江島の人たちは戦後2年間、島を離れて本島や他の島に収容されていました。帰島した時、肥沃な農地はすべて米軍基地となっていました。やっと耕作を始めると今度は、朝鮮戦争に伴う新たな土地収用が進められ、米軍はブルドーザーで家を押しつぶし、作物を焼き払いました。島の63%が米軍基地になりました。

土地を奪われた農民たちは、阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんを中心として、抵抗の砦「団結道場」を建てました。その起工式の準備を撮影に出かけたところ、嘉手納基地から来た米軍の憲兵が、私の目の前で島の人たちを逮捕していくのです。4人の憲兵が1人の農民に掴みかかり、まるで荷物のようにトラックに放り投げて。

夢中でシャッターを押していると、パッとカメラを取り上げられ、フィルムを抜かれました。3台カメラを持っていましたが、2台は取り上げられ、最後の1台をかばって私はしゃがみこみました。私の突然の行動に驚いた憲兵たちは、私を囲んで突っ立っていました。

その時、憲兵の足の間から、一人のおじいさんがひょこひょこ、こちらに向かって来るのが見えました。島の人たちが「何事か」と集まってきたのです。私は抱えていたカメラをそっとおじいさんに手渡しました。一瞬でした。おじいさんは、さっとカメラを隠して遠ざかってくれました。

農民の逮捕に抗議する集会が基地のゲート前であり、私も駆けつけました。カメラは、島の人が農具を入れる麻袋に入れて運んでくれました。しかし、集まった農民をかき分け、11人の憲兵隊が、まっすぐ私に向かってきました。基地に連行されました。

憲兵大佐の質問は、「あなたは伊江島の人ではないですね」。次に「あなたは沖縄の人ではないですね」。そして「あなたは嬉野京子さんですね」。

これはだめだ。生きて帰れない。もう怖くて、怖くて。どうしよう。生き延びるために必死で考えました。頭が痛くなるほど考え「尋問に答える義務はない」と言ったのです。そのとたん、憲兵大佐の態度がガラッと変わり、「沖縄にいる限り、生殺与奪の権利は我々が持ってるんだ」と、スチール製の机の引き出しをバーンを蹴とばし、私は釈放されました。

人民党からは島を離れるようにとの指示が出ました。これ以上島にいると危険だし、党首の瀬長さんにも迷惑がかかるかも知れない。指示に従うことにしました。しかしフェリーは米軍に押さえられ、憲兵は港に張り付いています。何とか漁船をチャータ−してもらい、船底に隠れ、本島に逃げ帰りました。

電話は盗聴されるので使えず、人民党からの指示を待つだけ。たまたま届いた夕刊を見たところ、なんと私が指名手配された、という米軍発表がでかでかと。理由は、米兵に暴力を働いた、というのです。伊江島では山狩りが始まりました。辺鄙な場所の、ドヤ街のような地域の家に隠れました。とにかく沖縄から出なければ。弁護士を依頼し、各政党、団体を回り、「助けて」と訴えました。

何とか取ってもらった他人名義のチケットを持って、空港に向かった私の後ろには、各政党の三役クラス、全軍労や民主団体のそうそうたる面々がつきました。出国の係官はその人たちを見て、黙って私を通してくれました。もし私を逃がしたことがばれても、その人たちが守ってくれる、との信頼があったのです。

沖縄は本土に復帰しました。しかし米軍基地はそのままです。いえ、それ以上です。そして米軍基地を75%も抱えさせられた沖縄の人々は、一度も憲法9条の恩恵にあずかっていません。そして米軍の魔の手はじわじわと本土をも侵食しています。

みなさんは沖縄に行って、自分の目で、ぜひそれを確認してほしいのです。そして憲法を守るということは、本当はどういうことなのか、それを考えてほしいのです。

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小沢さんってそんなに悪い人なんですか? 沖縄関連報道のまとめ

内閣支持率、V字回復だそうです。「脱小沢」が評価されてのことだそうです。小沢さんって、そんなに悪い人なんでしょうか。私はよくわかりません。政治資金問題は、黒と決まったわけではないのです。なのにこうした「世間」の受けとめ方、まるで「推定有罪」ではありませんか。蒸し暑い梅雨を迎えるというのに、そぞろ寒気がしてきます。

私は、少なくとも沖縄米軍基地問題については、小沢さんは首尾一貫、沖縄の立場に立って、まっとうなことを言い続けてきたと思います。もしかしたら、それが失脚の原因だったのでしょうか。

6月10日の記事でも触れましたが(こちら)、小沢一郎さんが、普天間基地を沖縄県内に移設することなど決めたら、「選挙にならない」と言っていることが報道されたのは、3月8日のことでした(
こちら)。参議院選挙に勝つことだけを考えている、という報道がほんとうなら、小沢さんらしいコメントです。

以下も、選挙をにらんでの発言と片付けてしまう向きもあるでしょうが、これら昨年末に報じられた発言には、それにとどまらない本気の何かを、私は感じます。いずれも、
青山貞一さんのサイトから転載しました。


「民主党の小沢幹事長は、衆議院外務委員長の新党大地・鈴木代表と会談し、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題について、『沖縄県民の声を聞いて対応すべきだ』と述べたうえで今の日米合意にある、名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸への移設には否定的な考えを示しました。

この中で小沢幹事長は、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題について、『普天間基地の危険を除去するために、沖縄県民の声をしっかり聞いて対応することが重要だ』と述べました。

そのうえで、鈴木代表が、今の日米合意で名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸が移設先となっていることに対する考え方を聞いたのに対し、小沢氏は『あの青い海を埋め立ててよいのか』と述べ、今の日米合意にある、名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸への移設には否定的な考えを示しました」(NHKニュース09年12月28日)


「民主党の小沢幹事長は、社民党と国民新党の幹事長等と会談し、沖縄のアメリカ軍普天か未知の移設問題を巡り、名護市辺野古沖を埋め立てて移設する現在の案に反対する考えを改めて示しました。

『「辺野古の海はきれいだね」というのは、私の心に残る言葉でした』(社民党・重野幹事長)

会談で小沢氏は、普天間基地移設問題を巡り、『辺野古の海はきれいだ。きれいな海を埋め立ててはいかん』と繰り返し述べて、名護市辺野古の沿岸部を埋めたてて移設するとした日米合意に基づく現行案に反対する考えを改めて示しました。こうした発言に、出席者からは異論は出なかったということです」(TBSニュース09年12月29日)


12月は、自公政権下で海兵隊基地を辺野古に新設するために動いてきた岡本行夫サンが、鳩山さんにぐっと近づき、鳩山さんが「抑止」という言葉を口にし始めた頃です。小沢さんは、政府がいよいよ辺野古案に傾きつつある中、さまざまな友党の幹部と会い、辺野古埋め立て反対を口にして、それをニュースに流すことにより、年末のぎりぎりまで、強く抵抗感を示したのでしょう。

読売新聞によると、3月25日には、「首相も県外移設、約束した感じ」と述べていますし、記事はさらに、「県内移設に懸念を示すような小沢氏の発言は、今後の作業に影響を与える可能性もある」としています。メディアが取り沙汰してきた二重権力の図式です。が、それはなかったのですね。小沢さんは影響力を失いつつあったのでしょうか。けれど、4月に高速道路料金改定で政府・党が混乱した時には、小沢さんのひと言で収まったと記憶しますが、「小沢裁定」は時と場合によって利用される程度のものになっていたのでしょうか。あるいは、こと米軍基地問題にかんしては、小沢さんの影響力をしのぐ、より大きな力がはたらいているのでしょうか。

小沢さんは、5月20日にもまだ、「『地元(沖縄)が反対集会を開いてここまで反対しているのに、すんなりいくとは思えない』と述べた。『(鳩山政権の)発信や決断の仕方もどうかなあ』とも語った」そうです(記事はこちら)。

基地の県外・国内移設を求める民主党沖縄県連にたいしては、「党沖縄県連が米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の県外・国外移設を目指すよう政府と党に求めていく方針を決めたことを説明。これに対し、小沢氏は『事情は分かる。しっかりやってくれ』と応じた」(時事ドットコム6月1日)と、最後まで後押ししていました。

「マニフェストを変えてはならない」と言い、「社民党との連立を解消してはならない」と言い続け、あくまでも県内移設に反対する福島党首に「鳩山総理よりも、君の言うことの方が筋が通っている」と言った小沢さん。かねてより、「在日米軍は(海軍の) 第7艦隊で十分」との持論を表明していた小沢さん。わたしには、どれもしごくまっとうな意見に思えます。

最後に、ツイッターの記事を1本、ご紹介します。

「普天間に関しても小沢側近議員に直撃。どら『川内さんの県外国外移転を求める181人の署名、大半が小沢系議員ですが、小沢さんはもう鳩山さんを見切ったんですか?』」(元記事は
こちら
 



ゆうべはなぜか記事のアップがうまくいかず、段落が前後したり、お見苦しいものをご覧になった方もいらっしゃると思います。すみませんでした。願わくば、その方がたがもう一度、これを読んでくださることを願って、重要な情報を付け足します(6月13日9:20)。

11日、鳩山さんが辞任後初めてテレビで語った、というのです。 記事はwebでは読めなくなるので、貼りつけます。きわめて貴重な証言だと思いますので。こんな思いでいらしたのなら、どうして小沢さんとがっちり力を合わせて乗り切らなかったのだ、と無念でなりません。

「もっとリーダーシップがあれば――鳩山由紀夫前首相は11日、辞任後初めてBS朝日の番組に出演し、退陣の一因となった米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について自らの指導力の欠如に「反省」の弁を述べた。

鳩山氏は、移設先を同県名護市辺野古周辺とすることで米国と合意したことについて『米は辺野古で非常に固かった。外務省も防衛省も今までの経緯があるものだから、「最後はここ(辺野古)しかないぞ」という思いがあった』と述べ、鳩山氏が目指した県外移転には、米国だけでなく、外務、防衛両省も非協力的だったと明かした。

そのうえで、『政府の国家戦略局ががっちりできていれば、もっと指導力を発揮できたと思うが、そうなっていなかった』と官邸機能が弱かったと反省。『本当は、みんなを説得するぐらいの肝が据わってなきゃならなかった』とも述べた。

また、昨年末に普天間移設の決着期限を『5月末』としたことについては『沖縄県民や米国のことを考えると1年は無理。せいぜいその半分だと思って5月末と申し上げた』と説明。『今から考えれば、半年で結論を出すのは短かった』と振り返り、認識が甘かったと認めた。(村松真次) 」(asahicom.6月12日

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「国連総会 琉球臨時政府 加盟承認」 

それにしても、長いばかりでつまらない首相所信表明演説でした。「友愛」でも、あるいは「米百俵」でもいいのですが、目の前がぱっと明るくなるようなひとことが見あたりませんでした。そういうこと、菅さんはむしろお得意だと思っていたのですが。現実主義を言うのはいいのです。が、それは理念がないということではないでしょう。好ましい展望が開けそうだと期待させる、政治家の言葉がほしかったと思います。鳩山さんに平田オリザさんがいたように、菅さんにもスピーチをブラッシュアップする有能な日本語遣いが必要なのではないでしょうか(もしもすでにいらっしゃるなら、ごめんなさい)。

前政権が「政治と金」、普天間問題で信頼を失ったことを謝っても、それらにたいするなにか具体的な提言があるかと言うと、皆無です。「沖縄の負担に感謝」という件(くだり)は、「日米合意を実現するためにこれからも負担してもらうから前もって感謝しておく」としか聞こえませんでした。あとは、各省の官僚が持ち寄った箇条書きの羅列のようで、谷垣サンが「自民党時代みたいな役人の作文」とコメントしていたのは正直の極み、思わずくすっと笑ってしまいました。

さて、きょうのタイトルは、4月25日付の「琉球タイムス」(=(琉球新報+沖縄タイムス)÷2)号外の大見出しです。読谷村で開かれた県民大会で配られたそうです。6月10日付「東京新聞」の「こちら特報部」が、沖縄独立論を取り上げた中で紹介されました(こちらの志村建世さんのブログに映像があります)。

リードにいわく、「菅直人首相は普天間問題日米共同声明の見直しをためらいもなく否定した。怒りの火が燃える沖縄では今、数十年来一定の支持者を持ち続けてきた『自立・独立論』が、勢いを増す気配を見せている。『国家』とは−。『主権』とは−。日本人が目を背けてきた大きな問題が、現実感を持って目の前に現れた。」(
こちら)。

ウェブ版では本文が読めないのは残念ですが(と思ったら、辺野古浜通信さんに載っていました)、独立論を唱える地域政党「かりゆしクラブ」の屋良朝助代表や琉球大学の林泉忠准教授、作家の佐藤優さんらに取材して、沖縄独立という考え方を紹介しています。それによると、独立を望む県民はつねに2割はいて、独立論は、米兵による少女暴行事件(1995年)や、集団自決をめぐる教科書検定問題(2007年)など、沖縄にとってゆゆしい事が起きるたびに、人びとの意識に浮上するのだそうです。

去年の9月には、「識者や経済人が中心の『沖縄道州制懇話会』が『沖縄を「特例型単独州」として自治を強化』とする提言をまとめ……県民の多くから賛同が集ま」ったそうです。たとえば、「中国との関係が深かった琉球時代の経験を生かし、東アジアの平和外交に重要な役割を担っていける」という「琉球自治州の会」共同代表・大村博さんの評価は、なんと私の「沖縄ゆるさん(あいまいな)独立(ちゅいだち)論」といっしょです(こちら)。ちょっとうれしい、と言うか、私が考えたことなど、沖縄ではとっくに熟議されてきたのですね。

懇話会座長・仲地博沖縄大学教授の、「自己決定する沖縄にしたい、という意識の表れ」という言葉には、おおきくうなづきますし、喜納昌吉・参議院議員の「まずは『一国二制度』で、沖縄を地方分権の先行モデルとする」という提言となると、一気に現実味を帯びてくるではありませんか。

「祖国復帰」前、日本国憲法のいまだ及ばない沖縄で、高校の先生たちがその第8章(第92条から第96条)「地方自治」を読みこんでいたというエピソードが、大江健三郎『沖縄ノート』にあったことを思い出しました。憲法第3章「国民の権利及び義務」がいつまでたっても実現しない沖縄が、この憲法を空文にしてしまった日本国、日米合意を楯に沖縄の自己決定を阻止する日本国を見限る日が、ほんとうに来るのでしょうか。

おととい、メディアは沖縄の基地問題への関心を失った、と書きましたが(こちら)、失礼しました。東新だけは意気軒昂です。岩岡千景記者、鈴木伸幸記者、ありがとう。

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沖縄の人はすぐこれだ COCCOの肝苦(ちむぐ)りさ

六ヶ所のことを知らなかったからといって、謝ることはありません。今はなにも言えないからと、なにもできないからと、謝ることはありません。「青森の女」は助けてほしいと言わないのに、自分は誰かに、「日本の人」に助けてと言ってきたからといって、謝ることはありません。

類型化はよくないと知りつつも、沖縄の人はすぐこれだ、と言いたくなります、肝苦(ちむぐ)りさです。

雪の青森で、ステージ衣装とはいえ沖縄の夏を思わせるいでたちの、手紙を握りしめるか細い腕はしかし、しなやかで勁(つよ)そうです。この動画を教えてくださった
辺野古浜通信さん、ありがとう。そしてCOCCOさん、私を泣かすものではありません。「アメとムチ」というのはね、あなたの言うように、ムチを受け入れる代わりにアメももらう、という意味ではありません。でも、沖縄のあなた、沖縄の目で六ヶ所を見たあなたの実感では、そうなんですね。

「ここに、いるか? 知代、いるか?」

知代さんはコンサートに来ていた。知代さんには、マイクを外して生声で話しかけていましたね。ステージのミュージシャンとしてのあなたから私的なあなた自身へと、完全にではなく微妙にずれたところで、知代さんに語りかけたあなたの声、しばらくは思い出すたびに涙ぐむと思います。


 

「この映像は是枝裕和監督の『大丈夫であるように』の一部分で」、今夜8時から、テレビ朝日系「ミュージックステーション」にCOCCOさんが出るそうです。みるきい@金沢さんに教えていただきました(9:27)。

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菅さんが官僚の術中に陥った瞬間を憶えておく

おとといの深夜、NHKの閣僚記者会見を流しながら仕事をしていました(政府インターネットテレビの番組はこちら)。各閣僚にほぼ共通して投げかけられた質問は、「政治と金」でした。それぞれの答は、鳩山さんではなく小沢さんとの距離を陰に陽に表現していて、さても権力闘争とはすさまじいものだ、と思いました。

いっぽうで、普天間基地問題は閣僚のほうから触れられる、それも鳩山内閣頓挫のもうひとつの原因として、枕詞のように触れられるのがせいぜいでした。担当大臣のひとり、前原さんが典型的で、「政治と金」は終止符が打たれた、普天間は前内閣の方針に間違いはない、という論調でした。「沖縄の負担軽減」がお体裁のように付け加えられるのも共通していました。そこには「国外、最低でも県外」と言った鳩山さんも、県民大会を重視し、県内たらい回しでは「選挙にならない」と、渋い顔をますます渋くしていた小沢さんも表舞台から退場し、これからは日米合意を絶対的なものだと安んじてアナウンスすればいいのだとの安堵感、一件落着感が漂っていました。

マスメディアにしても、このところ沖縄の米軍基地問題をとりあげていたのは、沖縄のことをすべての人が真剣に考えるべきだと受けとめてのことではなく、鳩山政権を追い詰めることが目的だったのだ、鳩山さんが退陣した今は、もう報道価値がないのだと、苦い思いを噛みしめました。

けれど、これで終わったと思ったら大間違いです。閣僚のみなさんは、沖縄の人びとに説明する、納得してもらうとしか言いません。説明で納得するくらいなら、もうとっくにそうしているということが、なぜわからないのでしょう。今や、宜野湾や名護の市民だけでなく、沖縄の圧倒的多数の市民が、さらには全国の心あるおびただしい市民が、沖縄に米軍基地があり続けることに納得できないと、はっきりと言っているのです。8月までに、辺野古のどこにどんな方法でつくるのかを詰める作業が控えていますか、政府が何を言い出そうが猛反発をくらうこと、火を見るより明らかです。

ところで、菅さんは社民連時代の80年代、石垣島新空港建設にたいして、白保の珊瑚礁を守る立場から反対運動に加わっていました。菅さんは、スキューバダイビングが趣味なのです。だったら、辺野古の珊瑚礁を台無しにする総理にはなれないと思うのですが、いかがでしょうか。

市民派で政策通で、出処進退や攻め時攻めどころの見極めに鋭い勘をもちあわせ、なにより官僚との対決も厭わないといった評判の菅さんですが、財務相時代は、うつむいて官僚が書いたペーパーを棒読みする姿ばかりが目立ちました。野党時代のあの舌鋒鋭くまくしたてた菅直人はどこへ行ったのか、と思わざるを得ませんでした。

その謎の答は、今年1月26日の国会答弁にあります。子ども手当にまつわる消費性向と乗数効果を質問されて、立ち往生してしまったのです。官僚が、参考資料をつくらなかったのです。官僚の典型的なサボタージュです。財務大臣がこれしきの質問に答えられないというのは、たしかに問題ではありましょう。けれど、自分たちが仕える大臣の、経済理論にかんする認識に弱点があると察知したら、フォローするのが官僚の仕事です。それをあえてさぼった。財務大臣になって19日目、菅さんは衆人環視のなかで恥をかかされ、それ以来、官僚のペーパーをひたすら読み上げるようになりました。ほかのいろんなことでも、財務官僚の言いなりになってしまったのではないでしょうか。

財務省は今、自分たちが牛耳ることに成功した元大臣が総理大臣になったのですから、笑いが止まらないでしょう。これで、菅内閣のもとで悲願の税制改革(消費税率上げ)ができるのです。以下に問題の答弁映像を引用するのは、菅さんには申し訳ないけれど、役人はこういうことをするということを忘れないため、ただでさえ見えにくい官僚組織の動きに、今後私たち市民が少しでも監視の目を光らせることができるようになるためです。そして、これから菅さんが官僚の旧体質とたたかいつつ、本来の公僕としてその力を発揮してもらおうとするなら、それにかんしては応援を惜しまないと申し添えておきます。

でも、しつこいようですが、沖縄の米軍基地問題は別です。菅さんは、総理就任記者会見でニコニコ動画の記者さんの質問に答えて、「奇兵隊内閣」と言いました(首相官邸サイトの動画はこちら)。kiheitai の最初の i(アイ)が ai(アイ)になったら怖いと思いました。なにしろ「海兵隊内閣」ですから!




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沖縄大使

以下に引用するのは、鈴木宗男さんが政界復帰後、おびただしく提出した質問趣意書のひとつにたいする政府答弁書の一部です(全文はこちら)。


「平成十九年十月十九日受領
答弁第一〇三号

内閣総理大臣 福田康夫

衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員鈴木宗男君提出外務省における特命全権大使の役割に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

(中略)

五について
平成十九年十月十五日現在、沖縄担当にある者は今井正であり、関西担当にある者は山崎隆一郎である。

六及び九から十二について
 平成九年から待命中の特命全権大使を沖縄担当に任命し、沖縄に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下「合衆国軍隊」という。)にかかわる事項等についての沖縄県民の意見及び要望を聴取し、これを外務省本省に伝えるとともに、必要に応じ、合衆国軍隊等との連絡・調整を行う等の事務に従事させている。昭和五十六年から待命中の特命全権大使を大阪担当(平成十七年十一月に関西担当に名称変更)に任命し、関西方面における外国公館、地方公共団体等の関係者との連絡、関西方面における国賓、公賓、その他外国要人の接遇等の事務に従事させている。いずれの者も、在外公館の長としての職務に就いている訳ではないが、待命中の特命全権大使にある者として、その経験と知見をいかすべく、外務省本省の事務に従事させているものである。

 昭和五十五年から待命中の特命全権大使を北海道担当に任命し、北海道民の政財界、報道関係者及び北海道民の国際問題についての理解を得るための事務に従事させてきたが、北海道だけではなく国内の都道府県を対象に我が国の外交政策及び国際情勢に関する国内広報活動を強化することとしたことに伴い、平成十年に北海道担当を廃止した。」


答弁書からは、国内にも日本国の大使という役名の人がふたりいて、ひとりは「関西大使」、もうひとりは「沖縄大使」であること、かつては「北海道大使」というポストもあったことがわかります。「関西大使」の役割は、答弁書どおりなのでしょう。阪神には外国の領事館なども多いので、そことの連絡事務は必要でしょうし、外国要人の関西訪問のサポートというのも理解できます。

それとは趣を異にするのが、あとふたつの「大使」ポストです。今はもうない「北海道大使」の役割、「北海道民の政財界、報道関係者及び北海道民の国際問題についての理解を得るための事務」、これはちょっと眉唾です。もっぱら「国際問題」、つまりは旧ソ連との「北方領土」問題や漁船の拿捕事件などを扱うためのポストでしょう。設置されたのはまだ冷戦体制が続いていた時で、それが終わったあとに廃止されていますから。

そして「沖縄大使」です。「沖縄に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下「合衆国軍隊」という。)にかかわる事項等についての沖縄県民の意見及び要望を聴取し、これを外務省本省に伝えるとともに、必要に応じ、合衆国軍隊等との連絡・調整を行う等の事務に従事」というのは、額面どおりに受けとめていいと思います。沖縄県民と米軍と外務省の間に立って、いわば御用聞きをするのでしょう。あるいは、「沖縄県民の意見及び要望を聴取」とはインテリジェンス、つまり諜報活動も含んでいるのかも知れません。沖縄の対米軍世論の動向を観察する。米軍にたいして不穏な動きがないか、自国民をスパイするということです。

それにしても、ごていねいなことです。アメリカにとって沖縄は、ケント・カルダーさんがずばり言っているように、「その位置が重要なのではなく、『おもいやり予算』と防衛施設庁の手厚い住民対策があるから」、ありがたい在外基地なのに、さらに外務省までがお世話してくれるのですから、まさに至れり尽くせりです。普天間基地問題で政治が大揺れしている今、「沖縄大使」はどんな仕事をしているのでしょう。税金ではたらいているのですから、忙しいのだろうと思いたいのですが、誰のために忙しいのかと考えると、暗澹としてきます。

北海道では、道外を「内地」と呼ぶことがあります。沖縄でも県外は「本土」です。北海道と沖縄、蝦夷地と琉球の人びとにとって、国家の成員としての記憶の層の浅いところでそこがいまだ「外地」であり、「本土」ではない何かであることを、国家が「内地」「本土」に限った「国益」に照らして固定化しようとするのが、「日本国大使」という役職であり、また「沖縄および北方対策担当大臣」という閣僚ポストだ、私はそう感じます。そして、どちらも軍事的に外部と対峙する最前線として位置づけられてきたことは、屯田兵の北海道と「本土防衛の捨て石」沖縄に、自衛隊基地の集中する北海道と米軍基地の集中する沖縄に明らかです。

外務省では、地域担当を「大使」というのが習わしなのかも知れません。だとしても「沖縄大使」はきついです。特命全権大使とは、国家そのものを体します。国家を体現する大使を自国内であるはずの沖縄に置く国の、いやおうなしの「国民」だということは、異和感を超えて、胃に鉛のかたまりでも入っているように重苦しく、自分の吐く息が毒気を帯びているような気がします。

ある幻想が、なにかの折にふとよみがえっては消えながら、しつこくつきまといます。沖縄大使配下の、外交機密費で雇われた人たちが、深夜、宜野湾や名護の町中にはりめぐらされたポスターを破いて回っている、そのひとりが今しも手をかけたポスターには、ファルージャの橋に吊り下げられたアメリカ人傭兵の、幾体もの死体の写真……いけない、いけない。きょう、私は荒んでいます!

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内閣頓挫、犯人捜しはしたくない、けど喜納昌吉さんの意見

菅内閣の組閣人事が進んでいるというのに、私はまだ鳩山内閣が頓挫したことにうじうじとこだわっています。

閣僚の失言は、内閣が信頼を失っていく要素のひとつですが、今回はあまり目立ちませんでした。何が失言かは、受けとめ側の価値観によりますし、それ以前に、メディアの取り上げ方(文脈からの切り取り方やあげつらい方)によって問題化されるわけですが、今回は、たとえば久間元防衛相の「原爆しょうがない」失言に代表される、安倍内閣閣僚たちの無残なばかりの失言に次ぐ失言の記憶の前には、軽微な印象なのです。

GDP統計の数字を発表前に言ってしまった直嶋経産相や、円相場の水準に言及して為替や株価を混乱させた菅財務相の失言は、官僚のサポートを廃した初心者的なミスだったのでしょう。中井国家公安委員長・拉致問題担当相は、北朝鮮にかんして二度も、私からすれば「わかってないなあ!」と思うような問題発言をしました。サッカー女子代表の入国を拒否したことと、高校授業料無償化に朝鮮学校は除外するべき、と発言したことです。「国連の制裁措置を受けている国」「国交がない」がその理由でした。

ついでに、中井サンは議員宿舎の鍵を交際相手に渡していたことや、福島沖地震が起きた時、この女性となのかは知りませんが、デートを続行したことも、なんだかなあ、という感じでした。素行が問題視された閣僚は、あと赤松農水相の「外遊」でしょうか。口蹄疫発生後とあっていかにもタイミングが悪かったし、行動でメッセージを発する政治家としてそのふるまいはどうなのだろうとは思うものの、非難に値するかどうかの判断は保留しておきます。

党役員では、山岡国対委員長が、党の女性地方議員の会合で、沖縄の米軍基地問題を、一般の人には「雲の上の問題」と言って、その場で沖縄の市議さんから猛抗議を受けていました。このくらいしか思い出せません。もちろん、子どもの国籍による差別というような深刻な内容も含んでいますが、全体に軽微、と感じる次第です。

なんと言っても、総理・外務・防衛・沖縄担当大臣と官房長官の、米軍基地問題をめぐる発言のばらばらさ加減が、この内閣の致命傷になったのではないでしょうか。この人たちは、またその部下である官僚たちは、情報や意見の交換をしていなかったのでしょうか。それがまたどんどん表に出る。市民の立場から見ていると、やはりこのあたりにこの内閣が信を失った原因があるように思います。

つまりは、ガバナンス(統治の形)をどう組み立て、機能させるかという問題です。個人の資質の問題というよりは、システム構築の問題ととらえたほうが、私は建設的だと思います。菅内閣は、そのあたりを反省して体制を固めてください。菅さんは辺野古基地建設に向けてがんばるのだそうですから、束になってかかってらっしゃい、ということです。あらかじめ申し上げておきますが、この問題は方向転換しない限り、またしても内閣の命取りになります。外国軍基地の問題で2代続けて内閣が倒れたとしたら、日本は不可解な国、という見方が定着するでしょう。

そのばらばらだった前閣僚たちの動きを、沖縄選出の立場から腹立たしく見ていた喜納昌吉さんは、岡田外務大臣と平野前官房長官に憤懣やるかたないようです。それを吐露したトークショウのようすが、youtubeにありました。鳩山内閣とは何だったのかを考えるためのひとつの見方として、引用しておきます。




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「聞く耳辞任」

5月13日に、「外国軍基地問題で首相交代、どこの植民地の話? 『入れ子植民地です』」と題して、「みっともない」と書きました(こちら)。それが現実となり、苦い思いが日々つのります。先の記事では、宗主国の意向を実現できずに首相が交代する、つまり辺野古案が不可能になって、その責任をとって鳩山さんが辞める、というシナリオを思い描いていて、それはみっともない、と書きました。そのばあいの責任とは、もちろんアメリカにたいしての責任です。

ところが、実際には、辺野古案を明記した日米合意を、「辺野古のみなさん、沖縄のみなさん、すべての日本のみなさん、ごめんなさい、辞めますからご了承ください」と、鳩山さんが退いたかたちになりました。身を挺して沖縄の意思を守ったのではなく、アメリカの意向を通した。そのことが重苦しい、不愉快な後味を残しているのです。

けれど、辞任の理由としては、米軍基地問題もさることながら、鳩山さんの自意識では、これと並んでもうひとつ挙げた理由のほうが大きかったようです。すなわち、「政治と金」の問題です。両院議員総会の辞任表明演説をじっくり読んでみて、そう思いました(
こちら)。鳩山さんはほんとうに自分の政治資金問題は青天の霹靂(へきれき)だったようだ、と私は受けとめました。クリーンな政党でクリーンな政治をしたかったのに、それを台無しにしたのがほかでもない自分の資金管理の不手際だったという無念は、だから辞めるのだという決意は、掛け値なしにそのとおりなのでしょう、鳩山さんの中では。だからこその、小沢さんも小林さんも辞めてほしい、なのだと思います。

6月1日の鳩山首相・小沢幹事長・輿石民主党参議院会長の話しあいで、鳩山さんは(おそらく)輿石さんから、もはや民主党が何を言おうが「国民が聞く耳持たなくなっている」と言われました。いいことをいろいろ実現させているつもりなのにわかってもらえない、それが鳩山さんはショックだったようで、何の時だったかテレビカメラの前で短く話した時、二度も「国民が聞く耳持たなくなった」と言いました。一度目にはちいさな声で、「と言われました」と付け加えていたのを、私は確かに聞きました。両院総会での辞任演説でも、このフレーズを使っていました。

けれど、一般に「聞く耳持たない」とは失礼な言い方です。頑なであるとか、感情的になっているとかの否定的な評価が前提になって、「あの人はこれについては聞く耳持たない」となるわけです。自分について言う時は、信頼を失っているという、相手への否定的な評価を踏まえて、「そんなこと言われても、私は聞く耳持ちません」となるので、もしも鳩山政権に愛想をつかした市民の誰かがそう言ったとしたら、それは正しい語法です。今回のばあいは、「主権者が、民主党連立政権の言うことに耳を傾けてくれなくなった」と言うべきです。鳩山さんは、「てにをは」をふくめてときどき言葉の使い方を間違えます。今回もそのケースなのでしょうが、まずはそういう言い方をした輿石さんという方の横柄な「国民」観に、私はレッドカードです。鳩山さんは、ショックのあまり、持ち前のずれた語感のままに、この言い回しを何度も繰り返したのでしょう。

鳩山政権は、それまでの3代の政権と異なって、選挙で選ばれたのですから、正統性をそなえていたはずでした。その政策を進める正統な政治権力をもっていた、ということです。その政治的正統性を殺いだのが、鳩山さんと小沢さんの金銭スキャンダルだったわけです。この筋書きは自然の流れではない、この政権が力を持っては困る勢力、つまり検察(官僚)とマスメディアがつくったものだ、と私は思っています。鳩山政権はこのことにせっかくの時間と力を費やし、見る見る正統性を失っていきました。

この政権をつぶした勢力、まったくなんということをしてくれたのだ、と私は思います。もちろん、米軍基地問題にかんしては、辺野古案に舞い戻ったと、いくら鳩山さんが言われたくなかろうが事実はそうですし、私はぜったいに支持できません。辞任演説の北朝鮮に触れた件(くだり)は、その週末に韓国市民が統一地方選挙で示した意思、つまり事を荒立てるのは反対という冷静で賢明で成熟した意思と較べて、あまりにおそまつでした。それでも、全体としては思いのこもったいい演説だったと思います。鳩山さんがひとりで考えたものだそうです。確か原稿もありませんでした。機会があったら、この演説をよく分析してみたいと思います。とくに、米軍基地問題について、ぶれたとか、裏切ったとか言われていることが、鳩山さんの主観ではどうもそうではなかったと思われる節があるからです。時間軸に沿って、きちんと説明するということが果たされなかった、それが「政治と金」問題にエネルギーを奪われてのことだっので目もあてられないのですが、とにかくアナウンスがまずかったことは否めません。

そうは言っても、追い追い米軍基地を沖縄からもどこからもなくすために今は辺野古に新基地建設、というのはむちゃくちゃですし、自主防衛論(「私はつまるところ、日本の平和、日本人自身で作り上げていく時を、いつかは求めなければならないと思っています。米国に依存し続ける安全保障、これから50年、100年続けていいとは思いません」)も首肯できません。これについても、稿を改め、腰を据えて論じたいと思います。

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沖縄 チャルマーズ・ジョンソン氏の悲憤と慚愧

911直後から活動しているTUP(平和のための翻訳者集団)の山崎久隆さんが紹介してくださった、チャルマーズ・ジョンソンさんの5月6日付ロサンゼルス・タイムズ記事を転載します。

読むだにつらいのですが、アメリカの、しかもタカ派で鳴らした元CIA顧問の、沖縄を蹂躙してきた当事者としての、沖縄の人びとにたいする慚愧の思いがまっすぐ伝わってきます。その思いを、沖縄県外のすべての人びとは改めて噛みしめるべきだ、なぜなら沖縄県外の人びとの当事者性はチャルマーズ・ジョンソンさんに勝るとも劣らないのだから、そしてそれを受けて菅首相はじめ次期閣僚のみなさんは、ジョンソンさんの慚愧の思いを千倍、万倍にして引き受け、沖縄にこうべを垂れるべきだ、そうしたとき初めて、このくにはほんとうに変わることができる、私はそう思います。

菅さんは、『琉球処分』という本を読み進めている、と打ち明けました。いいことです。読んでいることも、それをおおやけの場で表明したことも。薩摩侵攻からちょうど400年目に誕生した政権の第2ラウンドで総理大臣になった人が、その数時間後に『琉球処分』という書名を挙げた、私たちはそういう総理大臣のオーナーになった、これは憶えておきます。そして、この総理大臣が沖縄にかんして何か言う時もする時も、このことを思い出すことにします。そして、菅さんが『沖縄処分』から何を読み取ったのかを検証することにします。


     ***************************


LAタイムス

「もう1つの沖縄の闘い 
度重なる抗議にもかかわらず、米国は沖縄に新しい軍事基地建設計画の推進を強く要求している」

チャルマーズ・ジョンソン

2010年5月6日

米国は沖縄への軍事基地建設にまつわる紛争で同盟国日本との関係にダメージを与える寸前にある。沖縄県、この島には日本にあるすべての米軍基地の75%が集中している。ワシントンの連邦政府は生態系が繊細な地域に、もう1つの基地を建設することを求めている。沖縄県民は激しくそれに反対しており、先月も何万もの人々が基地反対のために集まった。東京の政府はその真ん中に挟まって、日本の首相がまさに米国の要求に屈服したように見える。

地球上に張り巡らされた海外の米軍基地群、第二次大戦後その数は130カ国で700カ所にも上るが、私たちが沖縄で作った悲しい歴史は他の地域で見ることはほとんど出来ない。

1945年当時、日本は当然ながら敗戦した敵国の一つであり、どこに、どのように基地を配置するかについての発言権はなかった。日本の主な島では、我々は単に日本軍の基地を接収した。けれども沖縄は日本が1879年に併合するまで独立した王国であり、日本人にとってこの島は今も米国とプエルトリコのような関係として捉えられている。沖縄本島は太平洋戦争最後の大きな戦闘で破壊され、米国は欲しいと思った土地をブルドーザーでならしたり、住民から奪ったりし、また人々をボリビアに強制移住させた。

沖縄の米軍基地は1950年から1953までは朝鮮戦争を戦うために使われ、1973年までの1960年代では、ベトナム戦争のために使われた。単にそれらは兵站補給処と飛行場の役割を果たしただけではなく、基地は兵士が休養と余暇を楽しんだ場所でもあり、バーなどのサブカルチャー、売春婦や人種差別主義を生み出した。いくつかの基地の周辺では黒人兵士と白人兵士の間で命に関わるような争いが絶えず、それぞれを相手に営業する地区が別々にできていたほどだった。

日本の占領は1952年の講和条約で終わったが、沖縄は1972まで米軍の植民地のままであった。20年間、沖縄県民は日本からも米国からもパスポートを与えられず、公民権も無い、本質的に国籍がない人々だった。日本が沖縄に主権を取り戻した後でさえ、米軍は基地内の管轄権や沖縄の空の管制権について、支配下に置いたままだった。

1972年以来、沖縄県民が自らの未来について主張することは拒絶されてきたが、これには日本政府とアメリカ軍が共謀していた。しかしこれもゆっくりと変化をしてきた。たとえば1995年、2人の海兵隊員と一人の水兵が12歳の少女を誘拐し、レイプしたことで告発された後に基地に反対する大規模なデモが行われた。米国は1996年に、宜野湾市の町の真ん中にある普天間基地について、日本が別の場所に代替基地を建設することを条件に土地所有者への返還合意に達した。

それは名護オプションとして1996年に成立した(しかしこの米日協定は2006年まで公式なものにはならなかった)。名護市は沖縄本島の北東部にある小さい漁業の町で、ここには珊瑚礁が広がり、フロリダのマナティーに似た海棲哺乳類で絶滅危惧種に指定されているジュゴンの生息地だ。要求通り巨大な米海兵隊基地を建設するためには、サンゴ礁をつぶし、杭を打つか埋立てをして滑走路を建設しなければならないだろう。環境保護活動家は以前からずっと反対運動をしており、2010年の始めに名護市民が選挙で選んだ市長は、いかなる基地建設も町には認めないことを公約して立候補していた。

鳩山由紀夫、2009年に日本の首相となった彼は、普天間海兵隊飛行場と海兵隊員を完全に沖縄から撤去するよう米国に求めることを公約して選挙に勝利している。しかし、火曜日に彼は沖縄を訪問して深々と頭を下げて謝罪したものの、住民に対しては我慢してくれと頼んだに等しい。

私は鳩山のふるまいが極めて臆病で、そして卑劣であると思うが、しかし私はこの深く屈辱的な行き詰まりに日本を押しやってきた米国政府の、このうえなく傲慢きわまりない態度が残念でならない。米国は軍事基地により帝国を維持することに取りつかれているが、私たちには維持する財政的余裕すらなく、多くのいわゆる「受け入れ国」も、もはや望んでいない。私は強く提案する。米国が放漫な態度を改め、米国に普天間海兵隊員を帰国させ基地を移転し(私の住んでいる近所のキャンプ・ペンデルトンのようなところに)、そして65年もの間、忍耐を強いられてきた沖縄県民に感謝することを。(了)


チャルマース・ジョンソンの著作には「ブローバック(日本語題名 アメリカ帝国への報復 集英社)」や近々出版予定となっている「帝国の解体:アメリカの最後の最上の希望」などがある。

記事へのリンクについて
チャルマーズ・ジョンソン氏による本稿初出は、2010年5月6日のロス・アンジェルス・タイムズ紙の掲載です。リンク先が無効になっている可能性があります。

http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-johnson-20100506,0,4706050.story

http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-johnson-20100506,0,187650,print.story

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菅政権でどうなる在沖米海兵隊基地問題

これは、ある方のサイトからの転載です。さて、どなたが書いたものでしょうか?

「……民主党の基本的考えは『沖縄の米軍基地の整理縮小のため、国内外への移転を含め積極的に推進していく』と、基本政策に述べている。そして沖縄の米軍基地の人員でも面積でも半分以上を占める海兵隊基地が『国内外の移転を含め』整理縮小の検討対象にになることは当然のこと。民主党の沖縄政策の中では『アメリカの東アジア戦略構想を再考し、米海兵隊の他地域への移駐を積極的に議論する』と明記されている。

実際に民主党の中で海兵隊の米国内への移転は有力な意見として何度も議論されてきた。私の参院選挙中の沖縄での発言はそうした背景のもと行われたもので、その場の思いつきでもリップサービスでもなく、民主党の基本政策と矛盾してはいない。基本政策より多少踏み込んだ表現があるとしても、それは政治家としての私の責任で述べたものである。

私自身3年程前民主党の代表として訪米した折にも、アメリカの当時の国防次官にこの主張をぶつけたことがある。国防次官は厳しい顔でメモを見ながら『北朝鮮に対する誤ったシグナルになるから沖縄から海兵隊は撤退はするべきでない』と反論してきた。その理屈も一部理解はできるが絶対ではない。実際には海兵隊基地を米国に戻すより日本に置いていたほうが米側の財政負担が小さくてすむという背景もある。北朝鮮の状況や日米の財政状況が変わってきている中で、沖縄にとって重い負担になっている沖縄海兵隊の日本国外移転について真剣な検討が必要。」

鳩山前首相ではありません。菅直人首相の、2001年8月19日付の文章です(
こちら)。ところが、その菅さんが今月3日に党代表選に向けて出したペーパーには、こうあります(こちら)。

「沖縄の普天間飛行場移設問題でも多くの皆さんに失望を与えてしまった。日米合意を踏まえつつ、これからも沖縄の負担軽減という目標に向かって大きな息の長い努力が必要だ。」

うーん。前者は911でアメリカの政軍産勢力が猛々しく前面に躍り出る直前、9年前の言葉とはいえ、後者は大幅後退どころか、180度の方向転換のように読めますが、どうなんでしょう。なにしろ、「日米合意を踏まえつつ」なのですから。

この10年、民主党がじわじわと私たちの心を捉えていき、政権交代にまで至ったのは、対米盲従・霞ヶ関主権で回っていた戦後のこのくにのあり方を、その副作用として蓄積されていったさまざまな深刻な問題をその現場から考え直し、対策を一つひとつ積みあげてがらりと様変わりさせようという、まじめな努力の結果だったろうと思います。55年体制勢力は、最後に小泉政権で行き過ぎた対米盲従を演じて、燃え尽きるろうそくの炎が一瞬燃え上がるようにその正当性を使い果たしました。その象徴が、任期の最後にアメリカを訪問した時、エアギターでプレスリーのまねをするという、かれを選んだ主権者としては顔から火が出るような元首相のパフォーマンスでした。当初マスメディアには、政権交代はあくまでも敵失に助けられた結果だ、という論調が優勢でしたが、そればかりではなく、対米盲従勢力の自滅と必然的な表裏一体をなすように、自公政権の陰で的確に問題を拾いあげてきた民主党のまじめな営為が評価されたのだと、私は思います……思っていました。

したところが、菅さんの「日米合意を踏まえつつ」です。9年前のまじめな、ということは党名を裏切らない民主主義の政党としてアメリカではなく自国の市民の意向を汲もうとしていた野党時代には、沖縄の「重い負担」を看過できないとして、「海兵隊の米国内への移転」を真剣に議論していたのに。海兵隊基地が日本にあるのは、その「ほうが米側の財政負担が小さくてすむ」からだと、正しく把握していたのに。アメリカに意見を言い、北朝鮮のことを持ち出されても、それは「絶対ではない」と踏ん張っていたのに。抑止のよの字も言わなかったのに。

自民から政権交代して民主中心の鳩山政権へ、そして菅政権へと代わる中で、「普天間返還は辺野古新基地建設と抱き合わせ」という従来案が、一瞬揺らいだだけで元通りにおさまり、アメリカと対米盲従勢力にとっての雨降って地固まるになってしまっては、私たちがこのくにの真の主権者になる日は、100年待ってもやってきません。断言します。

菅さんは、このくに初の市民運動出身の総理大臣です。弱小な党で苦労しながら主張をつらぬいていた頃から、いつの日にか総理大臣になると公言してはばからなかった菅さん、当時私はまさかと思っていましたが、失礼しました。野望を果たしましたね。おめでとうございます。鳩山さんという、保守政界と財界の閨閥出身の前任者は、民主党が真の意味で市民の党となるためのステップだったのでしょう。労組出身でもない菅さん、市川房枝さんに恥じない、市民の立場をなにより重んじる政治をしてください。時あたかもアメリカは、海兵隊のグワム移転費用の70%を予算から削り、移転を先送りして、みずから「日米合意」をひっくり返したところです。そんな「合意」を踏まえるなんておかしいと、私は思います。ここは仕切り直しですよ、とアメリカに通告するのが筋というものだと、私は思います。

おとといの記事「
東京メディア発 沖縄への涙 升味佐江子さんin「パックインジャーナル」は、たくさんの方が読んでくださいました。ありがとうございます。テープ起こしした甲斐がありました。ツイッター族のみなさんと並んで、とくに知久寿焼さんのサイトから飛んできてくださった方が多かった。知久さん、ありがとう。なかなかライブにおじゃまできませんが、今度行ったら、「VIP用パイプ椅子」を出してくださいね。なにしろ歳なので、ずっと立っているのはつらいのです。沖縄にも、いつもすれ違いですが、こんどはいっしょに高江に行きましょう。

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「宮崎の家畜はなぜ殺される」

原田和明さんは、メールマガジン「世界の環境ホットニュース[GEN]」をつうじて、これまで枯れ葉剤、水俣病、毒入りギョウザ、豚インフルエンザについて、徹底した情報収集と精緻な情報分析を続けてこられました。これらは、疾病というより、行政や法律、報道といった現代社会のさまざまなしくみのはたらきかたが絡みあった、複雑な社会問題なのだと教えられ、考えるヒントをいただいてきました。

その原田さんの、口蹄疫についての連載が始まりました。口蹄疫については、私も気になって、これまで2本の記事を書きました(『旦那様のお出ましーっ』 殺処分に思う」「口蹄疫は治るのに、『しめしがつかないから種牛も殺処分』の意味」)。原田さんの連載は、私のもやもやにストライク、です。最初に発生を見逃したとされる獣医の「不手際」も、メディアが指弾するようなことではなく、無理からぬことだったかもと、私は受けとめました。
 

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     世界の環境ホットニュース[GEN] 753号 10年05月21日
         ご意見・ご投稿 → このメールに返信

         宮崎口蹄疫騒動を検証する(第1回)

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宮崎口蹄疫騒動を検証する               原田 和明

第1回 宮崎の家畜はなぜ殺される

宮崎県の口蹄疫騒ぎが一向におさまらない。殺処分の対象となる家畜は 5月25日までに約14万8千頭(全体の9割が豚)にのぼると伝えられています。現行の家畜伝染病予防法でもすぐに殺処分すべき県の種牛49頭について“助命”を訴えていた東国原 英夫・宮崎県 知事も、特措法成立を目前にした 5月27日夜、「当然、手順を追って やらねばならない」と述べ、殺処分にも 理解を示した(産経ニュース 2010.5.27 23:31)とのことです。ところで、宮崎の牛や豚はなぜかくも大量に殺されるのでしょうか?

私たちは連日聞かされる「強い感染力」という言葉にだまされていないでしょうか? 日経新聞(2010/5/23付)に次の記載があります。(以下引用)

口蹄疫はウイルスが感染して発症する。ウイルスのタイプから牛や豚などの偶蹄(ぐうてい)目の動物しか感染せず、人間や馬はかからない。ウイルスは口の中にある粘膜やひづめの間の皮膚などの細胞に感染して増えて細胞を壊し、水疱(すいほう)をつくる。人間でいえば口内炎のような軽い症状。そのままでも2〜3週間で症状は治まる。それでも感染した牛を殺処分するのは、病気になると食欲不振になり、家畜として満足な肉牛に育たないからだ。(引用終わり)

「人間でいえば口内炎のような軽い症状」で、感染した牛や豚ばかりでなく、同じ農家の農場で飼育されていたというだけでなく、そこから10km以内で飼育されていたというだけで、宮崎の牛や豚は感染していなくても皆殺しにされているというわけです。何かおかしくないですか?

いくら感染力が強くても、症状が軽いのであれば、口蹄疫に感染しても何も問題はないのではないか?と思えてなりません。「病気になると食欲不振になり、家畜として満足な肉牛に育たないからだ」というのは、どの期間をさしているのか不明ですが、病気の期間なら食欲不振なのはあたりまえです。治癒すれば食欲も回復するでしょう。それとも、一度発症すれば、障害食欲不振になるとでもいうのでしょうか? NHK 5月29日放送の「追跡!A to Z」(口てい疫“感染拡大”の衝撃)では、口蹄疫と判定された牛が殺処分の順番待ちの間に回復して?モリモリ飼料を食べている映像がありました。

同じようなことが90年前にもあったようです。(東大名誉教授・山内一也:霊長類フォーラム第116回「口蹄疫との共生」2001年4月24日=日本獣医学会ホームページより以下引用)

1920年代に起きた発生では、殺処分対象の動物数が多くなりすぎて、順番が回ってくる前に回復する動物が出始めて、農民は殺処分に疑問を持つようになりました。殺処分するか、それとも口蹄疫と共存するかという議論が起こり、議会での投票の結果、わずかの差で殺処分が勝ったと伝えられています。これが現在まで続いているわけです。

1951〜52年の大流行では殺処分の費用が30億円に達しました。これが議会で取り上げられ、チャーチル首相がフランスのようにワクチン接種を中心に防疫を行った国の場合よりも、はるかに低い金額であると弁明したと伝えられています。

1957年、国際獣疫事務所(OIE=家畜のWHO)は口蹄疫予防のための国際条約を作り、これをきっかけとして殺処分方式が国際的に定着してきたとみなせます。(引用終わり)

山内先生の説明では、殺処分にする科学的根拠は希薄だということがわかります。すると、口蹄疫陽性と判定された牛、豚は全体のほんの一部だけですから、本当にあのような皆殺しにする必要はあるのでしょうか?「法律でそう決まっているから」という答えもありましょう。ウィキペディア「口蹄疫」には、口蹄疫が恐れられる理由が次のように説明されています。(以下引用)

この病気は高い伝播性、罹患した動物の生産性の低下、幼獣での高い致死率という特徴を持つ。感染が確認された場合、他の家畜への感染拡大を防ぐため、罹患した患畜は発見され次第殺処分される。また他地域の家畜への伝播を防ぐため、地域・国単位で家畜の移動制限がかけられることから、広い範囲で畜産物の輸出ができなくなる。これらによる経済的被害が甚大なものとなるため、畜産関係者から非常に恐れられている病気である。(引用終わり)

畜産関係者にとって、口蹄疫という病気が怖いのではなく、(科学的根拠もないのに)口蹄疫を口実にして公権力から財産である家畜を皆殺しにされるなど生活を脅かされることが怖い、つまり、凶暴なのは口蹄疫ではなく、家畜伝染病予防法ということのようです。家畜伝染病予防法では次のように規定されています。(以下引用)

(と殺の義務)
第16条 次に掲げる家畜の所有者は、家畜防疫員の指示に従い、直ちに当該家畜を殺さなければならない。ただし、農林水産省令で定める場合には、この限りでない。

 1.牛疫、牛肺疫、口蹄疫又はアフリカ豚コレラの患畜
 2.牛疫、口蹄疫又はアフリカ豚コレラの疑似患畜

前項の家畜の所有者は、同項ただし書の場合を除き、同項の指示があるまでは、当該家畜を殺してはならない。家畜防疫員は、第1項ただし書の場合を除き、家畜伝染病のまん延を防止するため緊急の必要があるときは、同項の家畜について、同項の指示に代えて、自らこれを殺すことができる。(引用終わり)

要するに、殺処分の対象は「患畜」及び「疑似患畜」のみです。なぜ、今回は大量の殺処分となったのでしょうか? 新型インフルエンザ騒動では、関西大倉高校の生徒なら診察せずに新型インフルエンザと診断してよいという厚労省の通達がありましたが(GEN717)、今回、農水省でも「検査前に口蹄疫と断定」との事例が見つかりました。さらには、「検査せずに口蹄疫と判定」との事例は多数にのぼります。「検査前に口蹄疫と断定」は13例目です。(平成22年5月1日農林水産省プレスリリースより以下引用)

宮崎県児湯(こゆ)郡川南(かわみなみ)町(10例目の農場から北約200m)養豚経営 3,882頭(繁殖371頭、育成41頭、子豚897頭、種豚28頭、交雑種繁殖候補豚1,063頭、肥育豚1,482頭)

(1)4月30日(金曜日)朝、獣医師から、宮崎県に対し飼養豚の乳房の水泡及び蹄のびらんを確認したとの届出があったことから、同日宮崎県が当該農場に立入検査を実施し、検体を(独)農研機構動物衛生研究所に持ち込みました。

(2)本日、PCR 検査の結果、1頭で陽性を確認し、口蹄疫の疑似患畜と判断しました。

(3)なお、感染拡大防止のため、発生豚舎内の豚については 動物衛生研究所へ検体を送付した段階で、疑似患畜として殺処分しました。(引用終わり)

検体を東京に送付した段階(当然、検査前)で、当該豚だけでなく、発生豚舎内の豚をすべて殺すとはなんという大胆さでしょうか? 家畜伝染病予防法では家畜防疫員が「殺すことができる」とされていますが、当該豚が検査の結果、もし「陰性」だったら補償問題になっていたでしょう。家畜防疫員は検体を送付した段階で、検査結果が「陽性」であることを知っていなければできない行為です。もちろん、家畜防疫員個人の判断とは考えにくい。農水省からの指示は当然あったでしょう。つまり、検査は形ばかりで、「陽性」とすることが農水省の中で事前に決まっていたと考えられます。

すると最初の発見も怪しくなってきます。まず、ホントに口蹄疫だったのか?という問題があります。朝日新聞(2010年5月19日 7時5分)に、最初の感染牛発見の経緯が紹介されています。(以下引用)

宮崎県で口蹄疫感染の疑われる牛が確認されるまで何があったのか。関係者の話から再現する。

宮崎県 都農(つの)町。3月下旬、ある農場で水牛が下痢になった。モッツァレラチーズを作るために飼われていた42頭のうちの1頭。往診した獣医師は、31日に県の宮崎家畜保健衛生所に届け出た。

県も 立ち入り検査したが、口蹄疫にみられる 口の中や蹄(ひづめ)の水疱(すいほう)、よだれがない。便なども検査したが、下痢の原因となる菌やウイルスが見つからず、結論が出ないまま下痢は治まった。これが最初の異変だった。

この農場から 南に 約 600メートル離れた別の農家で、次の異変が起きた。「口の中に軽い潰瘍(かいよう)のある牛がいる」。4月9日、衛生所に別の獣医師から連絡があった。2日前に往診したところ、1頭の牛が前夜から発熱し食欲がなく、口からわずかによだれがあったのだという。

県の口蹄疫防疫マニュアルでは「(口の中の)水疱は発病後 6〜8 時間以内に現れ、通常24時間以内に破裂する」と記載されている。

9日の往診で、口の中に直径3ミリほどの潰瘍は見つかった。しかし水疱ではなく、かさぶたのような状態。すでに発熱から4日がたつ。仮に口蹄疫なら、水疱や激しいよだれが見られるはずだ。獣医師から相談を受けた衛生所は農場内のすべての牛を調べたが、口蹄疫の可能性は低いと判断した。発熱は1日でおさまっていた。

口蹄疫ウイルスの潜伏期間は、牛の場合で約1週間。獣医師は12日まで毎日往診したが、異常のある牛は見つからなかった。獣医師は振り返る。「教科書通りの口蹄疫とは異なる初期症状。まったく想定しなかったわけではないが、この症状からは診断できなかった」

4月16日夕、別の2頭に同じような症状が見つかった。最初の牛の隣にいた牛で、何らかのウイルスによる感染と考えられた。この段階で最初の牛はほぼ完治していた。翌日、衛生所が改めて立ち入り検査し、感染症の鑑定を行ったが、19日までに出た結果は陰性だった。

ただ衛生所は19日、念のために検体を国の動物衛生研究所(動衛研)海外病研究施設(東京都小平市)に送った。このとき初めて、県は国と連絡を取った。20日早朝、口蹄疫の陽性反応が出た。(引用終わり)

この記事を見る限り、現場での観察は 2週間ほど毎日続けられており、その結果、水疱もなく、発熱は1日でおさまり、「最初の牛はほぼ完治」、「感染症の鑑定も陰性」ですから、「口蹄疫の可能性は非常に低い」と考えた宮崎県の獣医師、衛生所の対応、判断に問題はなかったように見えます。その判断をひっくり返したのが、国の動物衛生研究所(動衛研)での遺伝子検査だったということです。つまり、現地・宮崎での所見・鑑定と東京での遺伝子検査の結果が異なっていたというわけです。

通常このような場合、口蹄疫ウイルス以外のウイルスの誤認、あるいは検体の輸送から検査までの間での汚染、つまり検体容器や、動衛研の施設内でのウイルス付着の可能性などもないわけではありませんから、少なくとも動衛研では検体の再検査が行なわれていなければなりません。

あわせて、宮崎ではとりあえず当該家畜を隔離して経過観察するとともに、農場での感染拡大を確認するために、当該家畜に近接していた複数の家畜からの検体採取を行い、動衛研ではそれらの検査を行って、検査結果の検証が慎重に行なわれるのではないかと思われます。口蹄疫が確認された場合、マスコミから対応の遅れだの、情報隠しだのと批判されるかもしれませんが、矛盾する結果がある場合、検証は欠かせません。

しかし、農水省のプレスリリース(4月20日付)には、「本日 未明、宮崎県の農場の飼養牛について、動物衛生研究所で口蹄疫に関する PCR検査(遺伝子検査)を行ったところ、陽性が確認されました。この陽性が確認された牛については、専門家の意見を聞き、家畜伝染病予防法に基づく殺処分等の防疫措置の対象となる口蹄疫の疑似患畜と判断しました。」とあり、動衛研での再実験はおろか、宮崎での所見・鑑定結果との整合性を検証しようとした形跡はまったくみられません。どうも、最初の発見も、「PCR 検査で陽性」は最初から決まっていたシナリオとの疑いがありそうです。

「検査せずに口蹄疫と判定」は68例目など多数です。(農水省 5月11日プレスリリース「宮崎県における口蹄疫の疑い事例の68例目について」より以下引用)

「また、この農場の関連農場(この農場から北東約1.5km、肥育牛11 頭)において、この農場と同一の飼養管理者が飼養管理を行っていたことが確認されたことから、当該農場の飼養牛全頭を疑似患畜とみなし、殺処分を行います。」(引用終わり)

なんと、ここでは検査もせずに、「当該農場の飼養牛全頭を疑似患畜とみなし、殺処分」との決定がなされたことになります。この農場では 2頭の肥育牛が涎(よだれ)をたらしていたため、宮崎県が検体を採取、そのうち 1頭が(独)農研機構動物衛生研究所で陽性と判定されたというものです。つまり、もう1頭は検査の結果、患畜ではないことが証明されたにも関わらず、農水省によって「疑似患畜」とされてしまったというわけです。同じ農場で飼育されていた他の16頭や、同じ農家が経営していた別の農場の11頭は検査されないままに、農水省によって「疑似患畜」にされてしまいました。

こういう例はこれだけではありません。166例目(5月20日、西都市)でも、よだれをたらしていた飼養牛 3頭中、2頭が陽性でしたから、1頭は陰性と証明されているにも関わらず、農水省は陰性だったその1頭を含む200頭すべてを擬似患畜にしてしまいました。

この「擬似患畜」とは何でしょうか? 家畜伝染病予防法第二条(定義)に、「この法律において「患畜」とは、家畜伝染病(腐蛆病を除く。)にかかっている家畜をいい、「疑似患畜」とは、患畜である疑いがある家畜及び牛疫、牛肺疫、口蹄疫、狂犬病、鼻疽又はアフリカ豚コレラの病原体に触れたため、又は触れた疑いがあるため、患畜となるおそれがある家畜をいう。」とあります。農水省が「疑い」をもてばそれで黒と判定されてしまうということです。

このような拡大解釈も、一度 感染すれば 重症化あるいは死亡が免れない、人にも感染の可能性が高いというならわからないでもありません。しかし、牛や豚にとっても口内炎程度の軽い病気で、人に感染する可能性もないというなら、こんな大騒ぎする必要もないし、むやみやたらと「疑似患畜」を拡大解釈する必要もないでしょう。つまり、宮崎県で起きている口蹄疫騒動は、感染が拡大しているのではなく、農水省が検査結果を捏造したり、「疑似患畜」を水増しして感染拡大を演出している「疑い」があります。どうも、豚インフルエンザ騒動に続く、官製パニック第2弾であるかもしれません。

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東京メディア発 沖縄への涙 升味佐江子さんin「パックインジャーナル」

CATV朝日ニュースターの「愛川欽也パックインジャーナル」は、専門性の高い出演者たちが2時間たっぷりさまざまな問題を議論する、にも拘わらず肩の凝らない番組だと思います。なかなか見ることができませんが、私にとってはチェックしたい番組のひとつです。

その「パックインジャーナル」に5月31日に出演した弁護士の升味佐江子さん(番組サイトの写真、向かっていちばん右)が、番組冒頭、辺野古新基地建設について話し出したとたん、何度も涙で絶句し、そのあと気を取り直して一気呵成にまくしたてました。いつも情熱的でありながら冷静でユーモアを忘れない升味さんを見慣れている私は、驚くとともに、思わずもらい泣きしてしまいました。以下、その部分です。再放送を録画して、聞き直しました(どなたかyoutubeにアップしてくださらないでしょうか)。

きのう、鳩山さんが辞意を表明しました。そこに至るまで情勢を突き動かしたのは、参議院選挙でも、政治と金の問題でもありません。升味さんの無念の涙、怒りの涙が代弁している、鳩山さんの登場によって火がついた私たちの、「米軍基地はいらない、どこにも、まずは辺野古にも普天間にも」という思いを、ほかならぬ鳩山さん自身が裏切ったことへの怒りだと、私は思います。


「政権交代をするということに価値があるから、民主党勝ってよかったなあと思っていて、民主党にはもともと幅があっていいかげんな人も多いからどうなるかなと不安をもっていたらやっぱりそうなっちゃったと思っているんですけど、私は理屈は別として、ずっと東京で生まれ育った人間として(絶句)、沖縄にたいしては非常に(絶句)、いろんな意味で申し訳ない(絶句)、できることがあるわけじゃないけれども、なんとかしなきゃいけないと思ってたんです(やっとという感じで一気にここまで)。

それを、なんとかしようとしてくれる、できるかどうかは別ですよ、沖縄の立場で初めて日本を代表してアメリカと話をしてくれる総理大臣になってくれると思ってたんです(声は依然ふるえている)。できないかも知れないけど、たとえば沖縄戦の時の白旗の少女の写真を持ってでも、あるいは1995年の少女暴行事件の時のアメリカのジャーナリストのレポートがあるんです、法廷の。通訳が、暴行された少女について、失神して倒れている少女にたいして、米兵3人がどんな卑猥な冗談を言ったか、翻訳できなくって泣き崩れたっていう、そういうレポートがあるぐらい。そういう状態なわけよね。他国の軍隊が、平和なところと近接して存在していて、そこに来る兵隊さんたちは戦場に行って帰ってきてて、だからぜんぜん価値観の違う状態で行き来している、そういう軍隊が同じ都市の中にあって、しかもそれが支配的に存在しているってことがどういうことかっていうことが、きっとわかってくれる人じゃないかなと思ってたんです。だから、そのことについてものすごく失望している。

これがたとえ今この結論になったとしても、政権ができた時に、岡田さんと一緒に、この件はなんとかしなきゃいけないから、どうなるかわからないけれども、とにかくアメリカと話をしたいと、沖縄の占領の歴史のところから、あの占領の状態の中で、でも日本に帰りたいと言ってあれだけの復帰運動をしてくれた県民にたいしてね、その代表者としてこういうふうにしてほしいということを、なぜ言ってくれなかったのか。何度もワシントンに行ったり、クリントンさんが来た時にもそれこそ膝詰めで話をし、けっこう鳩山さんて目が潤んだりする人だけど、目が潤んででも話をしてくれてね、その結果やっぱり今の情勢だとこういうふうにしなきゃいけないんだと、それをひとつのステップとして、まあかれもちょっとは言ってるけども、出発点として話を始めるっていうようなことで今こうなっているんだったら、まだいいと。なんにもないじゃないですか。

この政権になってから、1人でしゃべってあれですけど、鳩山さんと岡田さんは最初の頃わりと一所懸命かなっていう印象もあったけど、他方で北澤さんとか平野さんとか、わりとしらーっとした印象が、わたしはテレビを見ているだけですけど、あった。なんでそれをまとめきれないのか。国家戦略を考える会議はいったい何をしていたのか。非常に怒ってるんだけど。怒ってどうしていいかわからない」


4分近く。この番組でこんなに長い発言に接したのは初めてです。いつも誰もがどんどん口を挟むからです。川村晃司さんも愛川欽也さんも田岡俊次さんも、珍しくじっと聞き入っていました。吉岡忍さんの、「自民党政権はアメリカの代理人だった、それでは回らなくなったので交代した民主党もアメリカの代理人なのか、私たちにはオルタナティヴがないのかということが、私たちの失望だ」という沈痛な発言に、私もあやうく失望するところでした。

いえいえ、失望している暇も理由もありません。辺野古に基地はつくれないし、普天間は即時封鎖、これしか出口はないのですから。吉岡さんも言っていました。「福島さんの罷免はよかった。かろうじてあそこにオルタナティヴがある、もう一つの選択肢があるかも知れないという希望をつなぐことができる」と。

きのう、イスラエルという国家は一線を越えてしまっている、と書きました(こちら)。けれど、升味さんの涙に、考えてしまいました。日本という国家も、とっくに越えてはならない一線を越えていたのではないか、それが常態となって、空気のように意識されなくなって久しかったのではないか、と。ある地域に暮らしているというただそれだけのことで、その人びとは集団で人権を剥奪されている、その他の地域の人びとの「安全」を保証するために、ということならば。私も、升味さんと同じ東京生まれ東京育ちですので、陰惨な気持ちになります。

国防や安全保障を説きたがる人びとは、国民の命と財産を守ることは国家の至上の任務だ、と言います。そのための米軍基地なのだ、と。百歩も千歩も譲って(譲るつもりはさらさらありませんが)そうだとしても、その米軍基地が人びとの命や財産を、尊厳を蹂躙しているという事実を、私たちはどう考えたらいいのでしょう。どう考えたらもなにもありません。この現実は、即座に否定するしかありません。見て見ぬふりしていていいわけがないという思いを、鳩山さんが立てた波風が、全国津浦々に運んでくれました。やっぱり、失望している暇も理由もない、私はそう思います。

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ガザ支援船をイスラエル軍が攻撃 抗議・要請先

シュロモー・サンド『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』を読み終えたところです(500ページ近い翻訳物を読み通すのはしんどい!)。そして、ナチスと瓜二つの、とうに過去の遺物となった似非科学である人種主義を掲げて、根拠のない国家アイデンティティをむりやり信奉しているこのイスラエルという国家は、とっくに一線を越えてしまっている、との感を強くしました。ガザ支援船団をイスラエル軍が急襲し、死者が出ている、というニュースに接したためです。

サッカーワールドカップの南アフリカ大会を控えて、NHKBSは何週間もすぐれたドキュメンタリーを放映し、アパルトヘイトを克服して公正な社会を実現しようとしているこのくにの過去現在の努力を伝えています。けれど、アパルトヘイトは過去のものではありません。パレスチナでは現在進行中です。その、イスラエルによって封鎖されているガザに、セメントなどの建築資材や医療品を積んだ国際的な支援船団が向かいました。それにたいして5月31日、イスラエル軍が襲いかかり、6隻すべてが拿捕され、死傷者が出たのです。死者は20人以上とも伝えられています。

ガザは、2008年12月26日から翌年にかけて、イスラエル軍のすさまじい攻撃にさらされました。ご記憶の方も多いでしょう。けれど、それで終わったわけではなく、ガザは今なおイスラエル爆撃機による散発的な空襲と完全な封鎖に苦しんでいます。それを見捨ててはおけないと、国際的な支援運動が広がって、今回の支援船団派遣になったのです。

乗船している支援者700人あまりの国籍は50カ国ほどにおよびますが、多くはトルコの人びとで、有名な作家や国会議員も複数ふくまれているそうです。アルジャジーラは、かなり前からこの支援船団についてトップで伝えています。私も、盛大な見送りの中、トルコの港を出港するようすを見ました。日本では、じつはどちらもできれば戦争なんかしたくないと考えている韓国と北朝鮮の「緊張」がしきりと取り沙汰されていますが、すでに武力が行使されているこの件の報道は手薄のような気がして、歯がゆくてなりません。

南アのアパルトヘイトが廃止されたには、海外でのボイコット運動もおおきく貢献しました。商品の不買や、スポーツの国際大会への出場停止などです。ドキュメンタリーを観て、それが功を奏したことを振り返って感動するのもいいのですが、そこから、今起きているアパルトヘイトに目を転じるべきだと思います。私たちの関心が、この非道をやめさせる力になるのですから。以下のAFPの記事には、衝撃的な写真も多数掲載されています。

支援船団、まもなくガザ接近か イスラエルは阻止の構え(5月31日10:38)

ガザ支援船をイスラエル軍が強襲、10人以上死亡 トルコ強く抗議(5月31日17:40)


以下に、ジェンダーの視点からパレスチナ問題の研究にとりくむ清末愛砂さんのメールを転送します。ガザの状況がわかりやすくまとめられています。

………………………転送・転載歓迎/重複失礼…………………………

友人のみなさま

こんにちは
清末愛砂@島根です。

すでにニュース等で耳にされておられる方もいるかもしれません。本日の未明、ガザ包囲に反対し、ガザ住民へ支援物資を運んでいたガザ・フリーダム運動の6艘の船(世界中の市民活動家約600人が乗船。1万トンの支援物資を運ぶ途中)が、イスラエル軍(海軍)に襲われました(公海上)。複数のニュースによると、10人以上の市民活動家が殺され、60人以上が負傷している模様です。フリーダム・ガザ運動は今回、アイルランドから船を出し、その後、ギリシャとトルコで他のフリーダム・ガザ運動の船と合流し、ガザに向かう途中でした。陸から64キロ離れた地点で起きたようです。亡くなった心ある、勇気あるシャヒードを心から追悼したいと思います。

イスラエルによる厳しい封鎖により、ガザには正式なルートでは物資が入らず(トンネル経済が動いていること自体、その異常性を示している)、また、人がガザを出入りすることも厳しく制限されています。2008年年末から2009年初頭にかけてのガザに対する攻撃から約1年半。ガザはいまだに封鎖され、人々は窒息状態にあります。世界がこのような状況を許しているなかで。90%にものぼるガザ住民が貧困線以下の生活を強いられ(それはあまりにも屈辱的なこと)、国際機関からの援助に頼らずには(その物資にも大幅な制限がかけられている)生活が成り立たないなかで、フリーダム・ガザ運動は物資を届けようとしたのです。

5月26日にもガザでイスラエル軍による空爆がありました。ガザでは、散発的にイスラエルが軍事攻撃をかけています。封鎖した上に攻撃をするという信じがたい卑劣な行為を繰り返しているのです。今にいたっても。

ガザだけではありません。ヨルダン川西岸地区も壁や入植地やユダヤ人専用道路や検問所や道路ブロックやトンネルにより、小さく小さく分断され、人々はその分断された中で生きることを余儀なくされているのです。ヨルダン川西岸地区内のヨルダン渓谷は、95%にも及ぶ土地を完全にイスラエルの支配下に置かれているのです。西岸には完全にアパルトヘイト体制が確立されたといっても過言ではない状態です。渓谷の住民たちは家を破壊され、土地を奪われ、水源を奪われ、テントや小屋ですら壊されている状態におかれているのです。

イスラエルによって勝手に併合された東エルサレムも同じです。入植地の建設が進むと同時に、パレスチナ住民は激しい家屋破壊の被害にあっています。

イスラエル政府はさっそく、今回のフリーダムガザ運動への攻撃に対し、いろんな言い訳を始めています。「活動家たちが斧やナイフや棒で襲ってきた、船の中から武器が見つかった、フリーダム・ガザ運動側が実弾を発した、挑発してきた」等。そんな見え透いた言い訳が通るはずがありません。覆面をして船に乗り込んできたイスラエル兵たちの映像を観るだけで、挑発うんぬんの言い訳が嘘だということがはっきりするにもかかわらず、ここまで厚顔な言い訳をするとは。

イスラエル政府は世界で徐々に盛り上がってきているBDSキャンペーン(ボイコット、イスラエルからの資本の引き揚げ、イスラエルへの制裁を求める運動)に敏感に反応し、脅威に思っています。そのなかで今回の攻撃が起きたと考えるのが自然でしょう。占領者はそれに反対する人々を怖がっているのです。脅威に思うのなら、さっさと占領をやめればいいのです。

今回の事件を含め、私(たち)は、イスラエルによる国際人権法・人道法にすら違反する不正義(犯罪)をただし、責任をとらせるよう、動かなければなりません。

一刻も早くガザに対する封鎖が解かれるようイスラエルにプレッシャーをかけるだけでなく、パレスチナが解放されるよう、運動を進めていかなければならないと思います。

そうしなければ、占領下で殺されたシャヒードも、ガザ・フリーダム運動に参加して亡くなったシャヒードたちも浮かばれることはありません。

ロンドンでは緊急抗議デモが予定されています。ヨルダン川西岸地区でも各地で抗議行動が計画されています。ヨルダン川西岸地区の壁の建設によって大きな影響を受けているビリン村の人民委員会の委員長から世界中で抗議行動を行うようにと呼びかけるメールが届きました。

パレスチナで起きていることを多くの人々に知らしめるとともに、イスラエル大使館、イスラエル政府に抗議することが求められています。また、同時に日本政府にもイスラエルの占領や軍事攻撃に抗議するよう呼びかけていきたいと思います。

今こそ連帯を。パレスチナ解放を求めて。

長いメールになりました。失礼します。
清末愛砂 拝


●======【抗議・要請先】======●

イスラエルには強烈な抗議を!
外務政務三役・外務省にはイスラエルに抗議するよう要請を!

◇イスラエル大使館
 [FAX(広報室)] 03-3264-0832 (03-3264-0792)
 [TEL(同)] 03-3264-0561
 [E-mail(同)]
information@tky.mfa.gov.il

◇外務省・外務大臣
 [TEL] 03-3580-3311
 [FAX] 03-5501-8430
 [ご意見メールフォーム]
 
https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html

◇岡田克也(外相)  [FAX] 03-3502-5047
◇福山哲郎(外務副大臣) [FAX] 03-5512-2614
◇西村智奈美(外務政務官) [FAX] 03-3508-3884

<こちらもご参照を>
http://palestine-heiwa.org/misc/kougi.html
イスラエルの政策に関する抗議・要望先一覧(パレスチナ情報センター) 



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沖縄から炎上しているこのくにで、政権とりたい人なんているのでしょうか?

・米海兵隊基地辺野古移設に反対84%、賛成6%
・米海兵隊の沖縄駐留は不要71%、必要15%
・日米安保条約は平和友好条約に55%、破棄14%、維持7%

毎日新聞と琉球新報が28日から30日にかけて、沖縄でおこなった世論調査の結果です(記事は
こちら)。

辺野古に基地をつくるには、埋め立てを沖縄県知事が認可しなければなりません。仲井眞さんは、認可したら次の県知事選をたたかえないでしょう。知事になってほしいとの呼び声の高い伊波・宜野湾市長は、もちろん認可しないでしょう。辺野古の海を埋め立てる許可を出す知事など、沖縄の人びとは許しません。

そうである以上、辺野古に新基地をつくるなど不可能なのですが、そればかりか沖縄の人びとは、ヨクシとキョーイというおばけにも、「沖縄の地政学的重要性」というまやかしにも惑わされません。前にも書きましたが、何度でも書きます、ケント・カルダー『米軍再編の政治学』にあるように、沖縄は米軍にとってその位置ではなく、「おもいやり予算」と防衛施設庁の手厚い住民対策があるからこそ、意味をもつのだ、と。これは、「おもいやり予算」と防衛施設庁の住民対策さえあれば、沖縄である必要はない、ということでもあります。ただ、現に基地が沖縄にあるから、日米とも財政逼迫の折、基地は沖縄に置き続けるのが合理的なのだ、とうだけの話です。

さあ、どうする、辺野古に舞い戻らせた外務省・防衛省の官僚のみなさん、アメリカのみなさん、そして次期政権を狙う勇気ある政治家のみなさん! こんな状態で政権を担うとは、まさに火中に栗を拾うことにほかなりません。自民党の谷垣サン、内閣不信任案を提出するのはけっこうですが、万が一(と、失礼ながら言ってしまう)政権に返り咲いたら、この沖縄の状況にどう収拾をつけるのか、「腹案」は早いとこ練っておいたほうがいいと思います。「やっぱり辺野古」は、どう考えても「なし」ですからね。

しかも、収拾をつけるべきはもはや沖縄だけではありません。私は、舞台に大きな日の丸が掲げられているところでもお話をします。最近は、「辺野古のおじいおばあこそがふるさとの暮らしを守るほんものの保守主義者です」と言うと、会場いっぱいにうんうんとうなづく動きが、まるで突然のさざ波のように起こります。今や沖縄の心が広く共有されている証です。そのたびに私は、気持ちはいっしょなんだ、と胸が熱くなります。

ブログ「地元紙で識るオキナワ」さんは、ぜひ多くの方に読者登録していただきたいブログです。日々そこに紹介される地元2紙の論評からは、沖縄の怒りがひしひしと伝わってきます。沖縄にはジャーナリズムがある、と思わざるを得ません。おとといの沖縄タイムズには、「今年は2月にタイでの共同訓練があり、グアムで訓練した4月にかけて、普天間に残っていたヘリコプターはたったの2機しかいなかった(宜野湾市の目視調査)」との件(くだり)がありました。ほんとうに、番犬小屋は空なのです。沖縄の方がたがヨクシおばけに騙されないはずです。

宜野湾市では、職員が基地を見張っているのですね。だったら、昔、別府の高崎山で、野生の猿が山を下りてくるのを、観光客向けに「ただいま○匹」と知らせたように、市のサイトで知らせてくださるといいのに、その費用を捻出するためのふるさと納税を呼びかけてくださるといいのに、と思いました。ヘリ部隊が帰ってきて、ここで訓練している時は、「きのうは何時何分にタッチアンドゴーで騒音がどのくらい」とかも。 イタリアにある米軍基地では、昼寝の時間も離発着訓練はしないそうです。なのに、このくにでは深夜早朝もおかまいなしだということを、広く知らせればいい、と思います。

民主党にしろ自民党にしろ、次期政権にとっての秘策は日米合意見直し、これしかありません。その暁には、自分たちが積み上げてきたことを反古にされてたまるかという、骨がらみの官僚体質に縛られて、鳩山政権の担当大臣たちを籠絡し、「国外、最低でも県外」という鳩山さんの思いの実現にまったく協力しなかった外務・防衛の官僚のみなさんは、このたびのやりすぎ、成功のしすぎのために命脈を絶たれることになります。霞ヶ関の従米勢力を無力化する、そのくらいのことをしなければどんな政権も保たない、それほどに、鳩山首相が提起した普天間基地問題は、私たちの目を覚ましてくれました。今のところ鳩山さんには、「適任の」政治家を見極め、その力を結集し、官僚を動かして目的を達成する、という手腕や技術に欠けていたと言わざるを得ませんが、そのおかげで私たちの目に外務・防衛官僚組織(と中央マスメディア、と付け加えたいと思います)の発想と行動があからさまになったのは、このたびの騒動のこぼれ幸いでした。

米軍基地整理に舵を切らなければ、このくにはかれら、疑似冷戦体制を温存することで既得権を得ている勢力によって、早晩つぶされます。

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「引き返す道はもうないのだから」表紙180


「引き返す道は

 もうないのだから」
(かもがわ出版)

・このブログから抜粋して、信濃毎日新聞に連載したものなども少し加え、一冊の本にまとめました。(経緯はこちらに書きました。)
・かもがわ出版のHPから購入していただけましたら、送料無料でお届けします。
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