過日は創立○○周年のたいせつな日にお呼びくださり、ありがとうございました。私は、これからは地域がフロンティアだと思っているので、地域での地道な活動、とくに子どもたちのことに心を砕いておられる青年会議所のみなさまのご活動には敬意を表したいと思います。

このたびも、みなさまの表現をお借りすると「記憶から記録へと」切り替わっていく戦争について、真正面から取り上げ、その上で子どもたちの育ちと学びについて考える、というご趣旨に賛同して、伺ったような次第です。冒頭お話しした保守主義については、このブログにも書きました。講演では言葉が足りなかったかも知れませんので、こちらもお読みいただければ幸いです。

上映されたみなさまの自主制作映像は、古代から人間が引き起こしてきた戦争を振り返り、とくにこのくにの先の戦争について考えさせるものでした。それについて、申し上げ損ねたことを書きます。

冒頭に、聖徳太子の十七条憲法から第十五条、「私欲に背いて公を尽くすのが、臣下たるものの道である……私心を捨てることである」が引かれ、「日本人はその昔から『私心』と『公心』の精神があったのです」とのコメントが続きました。

「私心」は原文では「私(わたくし)」です。「私する」という言葉があるように、「公のものを自分のもののように用いる」という意味です。私物化、ですね。ここで注意していただきたいのは、「臣下たるもの(原文では「臣」)」という言葉です。十七条憲法は、全文が臣下、官僚の心得を説くものです。当時の臣下は豪族たちでした。その力は古代国家をしのぐ虞もあるほどで、聖徳太子はかれらを束ね、権力を国家に集中させることに腐心しました。官僚である豪族たちが、国家運営を自らの勢力拡大に利用することは、それまでなら当然の行為でした。ところが聖徳太子は、この憲法を示すことで、ゲームのルールが変わったことを宣言したのです。

公務の目的を自らの富の増大に置くことをいましめる、そんなねらいがこの憲法には切実なほどに表明されています。この第十五条もそうです。それは、中央集権的な国家運営をめざす立場からは当然だったでしょう。いえ、今でも事情は同じでしょう。官僚の天下りや官房機密費問題に明らかです。

でも、現代の私たちは、古代国家の官僚(臣)ではありません(ほとんどは現代の官僚でもないわけですが)。私たちは、豪族・官僚への統治者の指示ないし願望である十七条憲法を私たちの「精神的伝統」として、たとえその比喩としてであっても、そのままうけとめる立場にはないのです。

そして、言葉は時代により意味内容が変化しますから、「官僚が立場を利用して蓄財する」という意味で用いられている十七条憲法の「私(私心)」を、そのまま今私たちが用いている、「プライベート優先」というような意味で理解することにはむりがある、と思うのですが、いかがでしょうか。

続いて引用されたある兵士の恋人に宛てた遺書には、心を打たれました。「お前を愛している」と言いながら、「お前よりも大切なもの……それは、お前のような優しい乙女の住むこの国のことである……静かな黄昏の田畑の中で、まだ顔もよく見えない遠くから俺たちに頭を下げてくれた子供達……のためなら、生命も決して惜しくはない……俺達にとって死は疑いもなく確実な身近の事実である」

この若者は、国と言いながら、それを恋人や田園で見かけた子どもたちという具体的な存在に置き換えています。人間というものは、抽象的なもののためには死ねません。国家も、そしてこの時代なら国体も万世一系も、抽象概念です。そういう抽象概念のために死ぬことはできないのだということが、そういうもののために死ぬしかなかったこの若者がそれを恋人や子どもたちという具体的なものに置き換えて自分を納得させていることから読みとれると、私は思います。その苦悩、葛藤はいかばかりだったでしょう。先日、このブログにある特攻隊員の遺書を紹介しましたが、彼は国家主義者ではなく、保守主義者だったと思います。そしてこの兵士もそうだと。

ここに今一度まとめますと、保守主義とは、理性を過信せず、悲劇の記憶を共有し、身近な共同体の過去現在未来に責任をもって関与し、それをおびやかすものには弓を引く覚悟を秘めている、そういう態度のことです。

みなさまが繰り返し強調していらしたように、私たちにはこの平和をしっかりと次世代の子どもたちに引き渡す義務があります。それは、このような遺書を二度と若者に書かせてはならない、ということです。そう言ったからと言って、この若者の心情を否定しているのではありません。逆です。「自分だって、戦争さえなければほんとうは愛するお前と生きたかった」というその深い思いを汲みとり、せめて未来に生かすということです。

それぞれの持ち場で、そのためのつとめを果たしてまいりましょう。またお会いして、みなさまの思いを伺えたら、と思います。このたびはありがとうございました。

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