内閣支持率、V字回復だそうです。「脱小沢」が評価されてのことだそうです。小沢さんって、そんなに悪い人なんでしょうか。私はよくわかりません。政治資金問題は、黒と決まったわけではないのです。なのにこうした「世間」の受けとめ方、まるで「推定有罪」ではありませんか。蒸し暑い梅雨を迎えるというのに、そぞろ寒気がしてきます。

私は、少なくとも沖縄米軍基地問題については、小沢さんは首尾一貫、沖縄の立場に立って、まっとうなことを言い続けてきたと思います。もしかしたら、それが失脚の原因だったのでしょうか。

6月10日の記事でも触れましたが(こちら)、小沢一郎さんが、普天間基地を沖縄県内に移設することなど決めたら、「選挙にならない」と言っていることが報道されたのは、3月8日のことでした(
こちら)。参議院選挙に勝つことだけを考えている、という報道がほんとうなら、小沢さんらしいコメントです。

以下も、選挙をにらんでの発言と片付けてしまう向きもあるでしょうが、これら昨年末に報じられた発言には、それにとどまらない本気の何かを、私は感じます。いずれも、
青山貞一さんのサイトから転載しました。


「民主党の小沢幹事長は、衆議院外務委員長の新党大地・鈴木代表と会談し、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題について、『沖縄県民の声を聞いて対応すべきだ』と述べたうえで今の日米合意にある、名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸への移設には否定的な考えを示しました。

この中で小沢幹事長は、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題について、『普天間基地の危険を除去するために、沖縄県民の声をしっかり聞いて対応することが重要だ』と述べました。

そのうえで、鈴木代表が、今の日米合意で名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸が移設先となっていることに対する考え方を聞いたのに対し、小沢氏は『あの青い海を埋め立ててよいのか』と述べ、今の日米合意にある、名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸への移設には否定的な考えを示しました」(NHKニュース09年12月28日)


「民主党の小沢幹事長は、社民党と国民新党の幹事長等と会談し、沖縄のアメリカ軍普天か未知の移設問題を巡り、名護市辺野古沖を埋め立てて移設する現在の案に反対する考えを改めて示しました。

『「辺野古の海はきれいだね」というのは、私の心に残る言葉でした』(社民党・重野幹事長)

会談で小沢氏は、普天間基地移設問題を巡り、『辺野古の海はきれいだ。きれいな海を埋め立ててはいかん』と繰り返し述べて、名護市辺野古の沿岸部を埋めたてて移設するとした日米合意に基づく現行案に反対する考えを改めて示しました。こうした発言に、出席者からは異論は出なかったということです」(TBSニュース09年12月29日)


12月は、自公政権下で海兵隊基地を辺野古に新設するために動いてきた岡本行夫サンが、鳩山さんにぐっと近づき、鳩山さんが「抑止」という言葉を口にし始めた頃です。小沢さんは、政府がいよいよ辺野古案に傾きつつある中、さまざまな友党の幹部と会い、辺野古埋め立て反対を口にして、それをニュースに流すことにより、年末のぎりぎりまで、強く抵抗感を示したのでしょう。

読売新聞によると、3月25日には、「首相も県外移設、約束した感じ」と述べていますし、記事はさらに、「県内移設に懸念を示すような小沢氏の発言は、今後の作業に影響を与える可能性もある」としています。メディアが取り沙汰してきた二重権力の図式です。が、それはなかったのですね。小沢さんは影響力を失いつつあったのでしょうか。けれど、4月に高速道路料金改定で政府・党が混乱した時には、小沢さんのひと言で収まったと記憶しますが、「小沢裁定」は時と場合によって利用される程度のものになっていたのでしょうか。あるいは、こと米軍基地問題にかんしては、小沢さんの影響力をしのぐ、より大きな力がはたらいているのでしょうか。

小沢さんは、5月20日にもまだ、「『地元(沖縄)が反対集会を開いてここまで反対しているのに、すんなりいくとは思えない』と述べた。『(鳩山政権の)発信や決断の仕方もどうかなあ』とも語った」そうです(記事はこちら)。

基地の県外・国内移設を求める民主党沖縄県連にたいしては、「党沖縄県連が米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の県外・国外移設を目指すよう政府と党に求めていく方針を決めたことを説明。これに対し、小沢氏は『事情は分かる。しっかりやってくれ』と応じた」(時事ドットコム6月1日)と、最後まで後押ししていました。

「マニフェストを変えてはならない」と言い、「社民党との連立を解消してはならない」と言い続け、あくまでも県内移設に反対する福島党首に「鳩山総理よりも、君の言うことの方が筋が通っている」と言った小沢さん。かねてより、「在日米軍は(海軍の) 第7艦隊で十分」との持論を表明していた小沢さん。わたしには、どれもしごくまっとうな意見に思えます。

最後に、ツイッターの記事を1本、ご紹介します。

「普天間に関しても小沢側近議員に直撃。どら『川内さんの県外国外移転を求める181人の署名、大半が小沢系議員ですが、小沢さんはもう鳩山さんを見切ったんですか?』」(元記事は
こちら
 



ゆうべはなぜか記事のアップがうまくいかず、段落が前後したり、お見苦しいものをご覧になった方もいらっしゃると思います。すみませんでした。願わくば、その方がたがもう一度、これを読んでくださることを願って、重要な情報を付け足します(6月13日9:20)。

11日、鳩山さんが辞任後初めてテレビで語った、というのです。 記事はwebでは読めなくなるので、貼りつけます。きわめて貴重な証言だと思いますので。こんな思いでいらしたのなら、どうして小沢さんとがっちり力を合わせて乗り切らなかったのだ、と無念でなりません。

「もっとリーダーシップがあれば――鳩山由紀夫前首相は11日、辞任後初めてBS朝日の番組に出演し、退陣の一因となった米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について自らの指導力の欠如に「反省」の弁を述べた。

鳩山氏は、移設先を同県名護市辺野古周辺とすることで米国と合意したことについて『米は辺野古で非常に固かった。外務省も防衛省も今までの経緯があるものだから、「最後はここ(辺野古)しかないぞ」という思いがあった』と述べ、鳩山氏が目指した県外移転には、米国だけでなく、外務、防衛両省も非協力的だったと明かした。

そのうえで、『政府の国家戦略局ががっちりできていれば、もっと指導力を発揮できたと思うが、そうなっていなかった』と官邸機能が弱かったと反省。『本当は、みんなを説得するぐらいの肝が据わってなきゃならなかった』とも述べた。

また、昨年末に普天間移設の決着期限を『5月末』としたことについては『沖縄県民や米国のことを考えると1年は無理。せいぜいその半分だと思って5月末と申し上げた』と説明。『今から考えれば、半年で結論を出すのは短かった』と振り返り、認識が甘かったと認めた。(村松真次) 」(asahicom.6月12日

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