65年前のきょう、広島に史上初の原子爆弾が投下されました。わたしはきのうから広島に入っています。潘基文国連事務総長は式典で、ルース駐日大使は記者たちにどんな言葉を発するのか、期待と不安が交錯します。ルース大使はメディアの取材には応じず、沈黙を守るとのことですが。
きのう書いた、ルース駐日大使は「第二次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表するため」に広島に来るのだというクローリー米国務次官補の説明に、いまだわだかまりを覚えています。ようするに、米国内向け説明では、けっして謝罪のために来るのではない、ということです。オバマ政権はいま弱体化していますから、いかに「核廃絶大統領」と言えども、ティーパーティに代表される右派の恰好の攻撃目標になる「原爆投下への謝罪」など、口が裂けても言えないのはわかります。
けれど、そうした政局に鑑みるまでもなく、アメリカには、広島長崎への原爆投下は戦争集結を早め、犠牲、とくに自国兵士の犠牲を減らしたという通念が根強く生きています。それについて思い起こされるのが、トルーマン大統領の逸話で、これはさきおととしの07年に長崎で発言の機会を与えられた時に触れました。去年、その原稿全文をこのブログに掲載しましたが、その部分だけ、今年も抜粋しておきます(もとはこちら)。これは、何度でも繰り返しておきたいからです。世界中の人びとの常識になるまで。
「核兵器の行使は人間として許されることだと、アメリカは考えているのでしょうか。わたしはそうではないと思います。なぜそう思うのか、お話ししたいと思います。
きのう書いた、ルース駐日大使は「第二次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表するため」に広島に来るのだというクローリー米国務次官補の説明に、いまだわだかまりを覚えています。ようするに、米国内向け説明では、けっして謝罪のために来るのではない、ということです。オバマ政権はいま弱体化していますから、いかに「核廃絶大統領」と言えども、ティーパーティに代表される右派の恰好の攻撃目標になる「原爆投下への謝罪」など、口が裂けても言えないのはわかります。
けれど、そうした政局に鑑みるまでもなく、アメリカには、広島長崎への原爆投下は戦争集結を早め、犠牲、とくに自国兵士の犠牲を減らしたという通念が根強く生きています。それについて思い起こされるのが、トルーマン大統領の逸話で、これはさきおととしの07年に長崎で発言の機会を与えられた時に触れました。去年、その原稿全文をこのブログに掲載しましたが、その部分だけ、今年も抜粋しておきます(もとはこちら)。これは、何度でも繰り返しておきたいからです。世界中の人びとの常識になるまで。
「核兵器の行使は人間として許されることだと、アメリカは考えているのでしょうか。わたしはそうではないと思います。なぜそう思うのか、お話ししたいと思います。
先頃、ロバート・ジョセフ核不拡散問題特使は、「ヒロシマナガサキへの原爆投下は終戦をもたらし、何百万人もの日本人の命を救った」と語りました。
これまでも、原爆は百万人のアメリカ兵士の命を救った、と言われてきました。そう信じているアメリカ人はいまなお多いようです。けれど、トルーマン大統領が軍部からうけた説明は、原爆を使用しなければ、6万5,500人の兵士が死傷する、というものでした。通常、戦死者は死傷者の5分の1から4分の1だそうです。つまり、アメリカ軍は、上陸作戦によって1万3千人から1万6千人のアメリカ兵の命が失われると見ていたわけです。
ところが戦後トルーマンは、この6万あまりと見込まれた戦死者と負傷者をあわせた数を、戦死者だけの数にすりかえました。それによって4倍にふくらんだ死傷者の数25万人を、さらにもう一度、戦死者だけの数にすりかえました。そうすると、死傷者の数はさらに4倍にふくらみ、100万人ということになります。
この100万という数字がトルーマンを離れ、いつしか戦死者の数としてひとり歩きするようになった、というのが、「原爆投下が百万のアメリカ兵の命を救った」という神話の本当のところです。1万6千人×4×4×4。4倍が3回なされているわけです。
こうした操作は、無意識に行われたのではないか、とする政治史研究者の見方があります。トルーマンにしろ一般のアメリカ人にしろ、原爆被害のあまりのおそろしさに愕然とし、慄然とし、自分たちを正当化するために、その効果をどんどん大きくふくらませずにはいられなかったのだ、とする見方です。」



