朝日ニュースターの「ニュースの深層」は、週末の深夜にまとめて1週間分再放送するのを録画して、雑用をする時に流す、という見方をしています。それで、話題が少し古くなるのですが、10月1日に鈴木宗男さんが出ていました。キャスターは上杉隆さんです。昨今の政治について、そしてもちろん検察の問題もご自身の「事件」ともからめて、縦横に論じていました。鈴木さんは健康が万全でなく、病院で検査をうけながら収監を待つ身です。なのに明るいな、これは虚勢ではない、この鈴木宗男という政治家はなんとタフなのだろう、と思いました。

その中で、驚くような発言がありました。上杉さんも戸惑っておられるようでした。それは、およそこんな発言です。

「ヤマリン事件は松岡さんが仕切った。ヤマリンは、自分より先に松岡さんに報告して、了解を得ている。裁判でその資料が出て、検察はあわてて松岡さんに事情聴取した。松岡さんの三回忌も過ぎているので明らかにするが、亡くなる4日前、虎ノ門パストラルで食事をした。松岡さんは、『一切、鈴木先生に押しつけて申し訳ない』と目に涙を浮かべて謝った。ただ、こうも言った。『ほんとうのことを言うと、大臣になれない。私はやっぱり1回大臣やりたかった』」

ここで上杉さんが、なぜ今までそれを言わなかったのか、と問いかけました。

「検察の狙いが私だけだったから、よけいなことは言わないほうがいいと思っていた。自分が捕まる前の10日間、松岡さんは『鈴木先生が捕まるなら、俺も捕まる。逮捕状が来たら、俺は先生ほど強くないから、選挙区に帰って首を吊る』と言っていた。良心の呵責があったと思う。松岡さんの地元秘書、栗原さんも週刊誌に実名で、『松岡はナントカ還元水や森林公団ではなく、ヤマリンを苦にしていた。車にロープを積んで、いつでも死ぬと言っていた』と証言している。私はヤマリンについては領収書も切っているので、堂々と公判でたたかえばいいと思っていたので、よけいなことは言わないほうがいいと思っていた」

上杉さんも、松岡さんが亡くなる少し前に取材した時、しきりと「申し訳ない」と言っていた、と補足しました。「誰に、とは言わない。鈴木さんだったのですね。そのことは当時、一部、聞いているメディアもいた。けれど、検察の狙いが鈴木さんだったので、誤報とされてしまうのを恐れてメンツを重んじ、霞ヶ関と一体になってごまかしてきた」

鈴木さんは、自分は潔白なのだから裁判で勝つと信じて、「真犯人」である親しい政治家に累が及ぶ、真実に迫る証言は控えた、というのです。たしかに立件や裁判とは、検察が見立てた犯罪を証拠によって立証できるかどうか、この一点にかかっています。真相を究明し、真の犯人を特定する場ではないのです。その意味で、鈴木さんの言っていることは、そして「ヤマリンは松岡利勝がやった」と言わなかったことは、法理に照らして正しいと言わざるを得ません。

それでも、です。国会議員が利権の口利きをしたということは、二重に主権者を裏切ったことになるのではないでしょうか。議員歳費は税金ですし、この時の利権は国有林にかんするものだったからです。私権を侵害するふつうの犯罪とはわけが違います。ですから、ふつうの法廷闘争の論理で足れりとするのではなく、鈴木さんは取り調べや裁判の過程で、きちんと私たち主権者への責任をはたす、つまり事の次第を明らかにすべきだったのではないでしょうか。

鈴木さんの事件が騒がれていた当時、北海道に住む友人が、「鈴木宗男を失うことは北海道にとって少なくとも20年の損失」と言ったのに驚いたものです。友人は大学時代、学園騒動で鳴らした人で、今も信念は変わっていません。そういう人が言うのだから、このメディアの騒ぎはちょっと疑ってかかったほうがいい、と思いました。あれが、いま思えば私のメディアリテラシーの初めの一歩でした。そして、上杉さんの言うとおりだとすると、メディアは真相解明という役割を、ヤマリン事件についてはみずから放棄したわけです。だとすれば、もしも鈴木さんの言うとおりならば、鈴木さんの下獄にメディアは責任の一端を担っている、メディアは冤罪の片棒を担いだことになります。

それにしても、改めて鈴木さんは明晰でタフな政治家だと、舌を巻かざるをえませんでした。ともあれ、「鈴木宗男の帰還」を待ちたいと思います。鈴木さん、おからだたいせつに。

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