先おとといの記事がツイッターで取り沙汰されています。ある方の私の記事からの引用、「『米軍が沖縄に50年以上でも駐留することを希望する』という天皇の沖縄メッセージは、文書が残っています。動かぬ証拠が」に、 別の方が「文書に残っているというのならその文書を示せこのポンコツ」と怒っています。

はい、これが文書です。沖縄県公文書館のサイトに載っています(
こちら)。文末に、ブログ「風のまにまに」さんから、英語原文と和訳をコピペしておきます(もとはこちら)。

この外交文書が機密解除されたのは1979年、沖縄「復帰」後7年目のことでした。沖縄は騒然としたと記録にあります。それはそうです。皇国教育をうけ、沖縄戦に巻き込まれ、家族や家や土地を失った人びとはまだ青壮年です。そして、戦場と化した島を逃げ惑ったおじぃおばぁが日の丸を掲げて島ぐるみで「本土復帰運動」をした経験は、ついこのあいだのこととしてまなまなしく共有されていました。

1947年9月、このいわゆる昭和天皇の沖縄メッセージを宮内庁御用掛、寺崎英成から伝えられたシーボルト連合国最高司令官政治顧問は、率直に a hope which
undoubtedly is largely based upon self-interest、「疑いをはさむ余地なく主として
self-interest から出た要望」と評しています。self-interest は、私利私欲、利己心などと訳され、言うまでもなく道義的にあまり芳しくない意味を帯びています。この一語にはシーボルトの軽蔑すら感じられます。

シーボルトが天皇の私利私欲と見たのはどのようなものだったのか。ソ連の影響を阻止したいというのが国民の関心事である、という昭和天皇の認識をシーボルトが共有していたなら、東西対立がいよいよ激化していた折柄、かれは昭和天皇の言い分はもっともだ、と同意したでしょう。こんな侮蔑的な言い方はしなかったでしょう。

そうではなく、マッカーサーの政治顧問として、シーボルトは東京に身を置き、民主化を求める人びとの怒濤のような勢いを肌で感じて、ほんとうにこの人びとはおおきな政治的変革を起こすことを恐れてなどいるのだろうか、結局戦争責任を不問に付されたとはいえ、天皇を心から支持しているのだろうか、と考えたのではないでしょうか。だから、天皇個人がその保身のために革命を阻止したいと考えていると見て、self-interest ということさらにネガティヴな言葉を用いたのではないでしょうか。

もしもそうだとしたら、シーボルトは誤解している、と私は思います。なぜなら、戦後のこの時もまだ、昭和天皇は「朕は国体なり」と考えていたからこそ、そうでもなければ破廉恥きわまりないこの「要望」を出したのだと思うからです。わが身を守ることは国を守ること、という昭和天皇の特異な発想が、アメリカ人に通じるはずがありません。けれど、昭和天皇にも致命的な誤解があります。このときすでに施行されていた新しい憲法は、天皇が国家だなどとは謳ってはいないからです。昭和天皇は、self-interest はふまえてはいないけれど、大日本帝国憲法をふまえて、この沖縄メッセージを発したのだろうと思います。

けれど、もしも万が一、大きな社会変動が起これば、天皇だけでなく体制派の多くの人びとやワシントンが懸念していたように裏でソ連が糸を引こうが、あるいは引くまいが、それは日本社会の市民によって起こされるのです。つまり昭和天皇は、日本に生きる市民たちから自分を(昭和天皇の心理的事実では日本国を)守るために、アメリカは沖縄をいつまでも軍事占領してほしい、と言っているわけです。天皇のなかでは、国家と「国民」が敵対関係、と言っては語弊があるならば、緊張関係にある。「国民」は時として国家すなわち自分を脅かすものと認識されている。だから、一朝事(いっちょうこと)あれば、沖縄にいる米軍の銃口を市民に向けてほしい、というわけです。

ここからは、皇国思想とともに、軍は人びとを守るものではないという現実をふまえた、冷徹な軍人政治家の発想がうかがわれます。なにしろ昭和天皇は、30代後半からの15年を軍服で生き、ほんの2年前まで、いかに形式的だろうが大元帥として戦争を「指揮していた」のです。そして、これはあまたの傀儡政権のトップに共通する発想です。傀儡政権のトップを、「宗主国」の人間は尊敬しません。溥儀を関東軍が尊敬しなかったように。

うー、書ききれません。続きはまたあした。


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総司令部政治顧問シーボルトから国務長官宛の書簡
 
 主題:琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解
 国務長官殿 在ワシントン

拝啓
 
天皇の顧問、寺崎英成氏が同氏自身の要請で当事務所を訪れたさいの同氏との会話の要旨を内容とする1947年9月20日付けのマッカーサー元帥あての自明の覚え書きのコピーを同封する光栄を有します。
 
米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。

                              敬具

                合衆国対日政治顧問 代表部顧問

                    W.J.シーボルト
                  東京 1947年9月22日

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「琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解」を主題とする在東京・合衆国対日政治顧問から1947年9月22日付通信第1293号への同封文書

 コピー
  連合国最高司令官総司令部外交部

 1947年9月20日

 マッカーサー元帥のための覚え書

天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する天皇の考えを私に伝える目的で、時日を約束して訪問した。
 
寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。天皇の見解では、そのような占領は、米国に役立ち、また、日本に保護をあたえることになる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼及び左翼勢力が増大して、ロシアが日本に内政干渉する根拠に利用できるような事件をひきおこすことをもおそれている日本国民の間で広く賛同を得るだろうと思っている。
 
さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の島じま)にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――25年ないし50年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。天皇によると、このような占領方法は、米国が琉球諸島に対して永続的野心を持たないことを日本国民に納得させ、また、これによる他の諸国、とくにソ連と中国が同様の権利を要求するのを阻止するだろう。
 
手続きについては、寺崎氏は、(沖縄および他の琉球諸島の)「軍事基地権」の取得は、連合国の対日平和条約の一部をなすよりも、むしろ、米国と日本の二国間条約によるべきだと、考えていた。寺崎氏によれば、前者の方法は、押しつけられた講和という感じがあまり強すぎて、将来、日本国民の同情的な理解を危うくする可能性がある。


                       W.J.シーボルト 

 

"Emperor of Japan's Opinion Concerning the Future of the Ryukyu Islands"
Tokyo, September 22, 1947

UNITED STATES POLITICAL ADVISER FOR JAPAN

Tokyo, September 22, 1947.
Subject: Emperor of Japan's Opinion Concerning the Future of the Ryukyu
Islands.

The Honorable, The Secretary of State, Washington.

Sir:

I have the honor to enclose copy of a self-explanatory memorandum for
General MacArthur, September 20, 1947, containing the gist of
a conversation with Mr. Hidenari Terasaki, an adviser to the Emperor, who
called at this Office at his own request.

It will be noted that the Emperor of Japan hopes that the United States will continue the military occupation of Okinawa and other islands of the
Ryukyus, a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest. The
Emperor also envisages a continuation of United States military occupation
of these islands through the medium of a long-term lease. In his opinion, the Japanese people would thereby be convinced that the United States has no ulterior motives and would welcome United States occupation for military
purposes.

Respectfully yours,

W. J. Sebald

Counselor of Mission


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Enclosure to Dispatch No. 1293 dated September 22, 1947, from the United States Political Adviser for Japan, Tokyo, on the subject "Emperor of
Japan's Opinion Concerning the Future of the Ryukyu Islands"

General Headquarters, Supreme Commander for the Allied Powers

Diplomatic Section

20 September, 1947

Memorandum For: General MacArthur

Mr. Hidenari Terasaki, an adviser to the Emperor, called by appointment for the purpose of conveying to me the Emperor's ideas concerning the future of Okinawa.

Mr. Terasaki stated that the Emperor hopes that the United States will
continue the military occupation of Okinawa and other islands of the
Ryukyus. In the Emperor's opinion, such occupation would benefit the United States and a1so provide protection for Japan. The Emperor feels that such a move would meet with widespread approval among the Japanese people
who fear not only the menace of Russia, but after the Occupation has ended, the growth of rightist and leftist groups which might give rise to an "incident" which Russia could use as a basis for interfering internally in Japan.

The Emperor further feels that United States military occupation of Okinawa (and such other islands as may be required) should be based upon the fiction of a long-term lease -- 25 to 50 years or more -- with sovereignty retained in Japan. According to the Emperor, this method of occupation would
convince the Japanese people that the United States has no permanent
designs on the Ryukyu Islands, and other nations, particularly Soviet Russia
and China, would thereby be stopped from demanding similar rights.

As to procedure, Mr. Terasaki felt that the acquisition of "military base
rights" (of Okinawa and other islands in the Ryukyus) should be by bilateral
treaty between the United States and Japan rather than form part of the
Allied peace treaty with Japan. The latter method, according to Mr. Terasaki, would savor too much of a dictated peace and might in the future endanger
the sympathetic understanding of the Japanese people.

W. J. Sebald


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