きのうの続きです。

昭和天皇の沖縄メッセージは全体が「痛い」けれど、とくに「痛い」文言があります。マッカーサー宛のほうの、以下のところです。

……United States military occupation of Okinawa……should be based upon the
fiction of a long-term lease……According to the Emperor, this method of
occupation would convince the Japanese people that the United States has no
permanent designs on the Ryukyu Islands……

訳すと、「米軍による沖縄占領は、長期リースというフィクションに立脚すべきで、天皇によると、このやり方で占領すれば、日本の民衆は、米国が琉球列島にパーマネントにいるという構想などないと信じ込むだろう」となります。「長期の租借なんて、日本の民衆向けの嘘ですからね、貴国は沖縄を半永久的に軍事占領するべく算段してください、ということが本意ですからね」と昭和天皇のお使いは言った、としているのです。ワシントン宛のほうには、「日本の民衆は米国の軍事的もくろみにウェルカム(喜ぶ)だろう」と、昭和天皇は言っている、ともあります。この「日本の民衆」に沖縄の人びとが入っていないことは明白です。この時、沖縄は米軍の軍政下にあり、「日本」ではなかったのですから。そんな状況のもとで提案されたことが、「核抜き本土並み復帰」というさらなるフィクションを重ねて(まさに嘘の上塗り)、今なおしぶとく延命している……。

問題はさらにあります。昭和天皇は、新しい憲法によって、政治には一切関わらないことになったはずです。けれども、新憲法施行からわずか4カ月あまりのこの時期、むしろ戦中よりも活発に、まるで水を得た魚のように、憲法など第4条(天皇の国政参加禁止)も第99条(憲法遵守義務者の筆頭は天皇)もどこ吹く風、政治家として旺盛に活動していたわけです。しかもその動きが以後60年以上、沖縄の桎梏となり続けたとなると、その政治責任は重い。昭和天皇の戦争責任について、議論は収束していません。しかし私は、昭和天皇の戦後責任、とくに沖縄に関する政治家としての責任についても問われねばならないと考えています。

先ごろ民主党政権は、米軍辺野古基地新設反対の市長を選んだ名護市への交付金16億円を停止しました。住民の民主的意志決定ではなく日米合意を金科玉条とする「民主」党政権は、つぎつぎと閣僚を沖縄に送り込み、「じゃあ普天間はそのままってことですね。危険でいやだと言うなら立ち退くしかありませんね」と慇懃にすごんでいます(ブログ「地元紙で識るオキナワ」さんの記事は
こちら)。ヤンバルの高江では100人もの作業員が、非暴力で抗議する村人たちを尻目に、米軍ヘリパッド建設のためのフェンスをつくってしまいました(琉球朝日放送のサイトはこちら。動画あり)。さらに23日には、米軍ヘリが「ヘリパッドいらない」住民の会のテントの上空たった15メートルで1分間ホバリング、テントは支柱のパイプが曲がり、シートがはずれ、机や看板が飛ばされました(こちら)。なんのつもりかわかりませんが、いやがらせととられても構わないと考えてやったことは否めないのではないでしょうか。

そんな昨今の沖縄を見るにつけ、60数年前の昭和天皇の沖縄メッセージは、きわめて重いと思えてなりません。天皇制を支持する方がたにも、この問題をいっしょに考えていただきたい。これをクリアすること、つまりひとりの政治家としての昭和天皇にきちんとした評価を下すことは、これからも天皇一家に好意を寄せていきたいとする人びとの課題ではないでしょうか。これは、尊崇や敬愛といった個々人の内面にかかわることをいったん棚上げにした、政治一般の問題です。ひとりの政治家の結果責任を後世が問うという、ごく通常の歴史の手続きです。私は、昭和天皇はすごい政治家だったと思います。その意図した通りのことが、2010年も終わろうとしている今なお、現在進行形で進んでいるのですから。

沖縄メッセージに戻ると、……Soviet Russia and China, would thereby be stopped from demanding similar rights という件(くだり)が目をひきます。similar rights、「おなじような権利」とは、沖縄を占領する権利のことで、アメリカが沖縄をとってくれれば、ソ連や中国がとれなくなる、というわけです。これは、戦争は植民地獲得のためという、帝国主義時代の発想です。そうした侵略戦争は、すでに国連憲章とニュルンベルク裁判で禁止されていました。昭和天皇は、新しい国際法とのかねあいを沖縄の主権は日本に残すところに求めながらも、古いルールをひきずって、沖縄をいずれかの戦勝国に戦利品として差し出す植民地と見ていたことがうかがえます。

沖縄メッセージを伝えた寺崎英成という人の「先見の明」にも舌を巻きます。マッカーサー宛の最後の段落です。寺崎は、沖縄の軍事占領は日米二国間の条約によるべきで、連合国側との講和条約に含めるべきではない、と提案したというのです。 なぜなら、講和条約に含めると頭ごなしの感じが強く出すぎて、将来、日本の民衆のものわかりのよさ(the sympathetic understanding)を損ねる虞があるから。サンフランシスコ講和条約と日米安保条約は、この提案をみごとに具現しています。それで、先見の明と言いました。在米日本大使館に勤務したことのある元外交官寺崎の顔は、徹頭徹尾アメリカに向いています。「沖縄軍事占領をこの先ずっと民衆に受けいれさせるにはこうしたほうがいいですよ」と、アメリカに入れ知恵しているのです。まさに買弁とはこのことです。ここに戦後の外務省、ひいては現政権にいたるすべての政権の原型を見る思いがするのは、私だけでしょうか。

とにもかくにも、昭和天皇の沖縄メッセージが広く共通の情報となることがたいせつです。「文書を示せ」とおっしゃる方がおられるのですから、公開から30余年がたった今なおあまり知られていないのでしょう。今年は、アサンジュ氏のウィキリークス情報が、各国政府を震撼させました。このくにでは公安情報と尖閣ビデオが流出して、議論を呼びました。だけど、各国政府が地道にやっている情報公開によっても、沖縄メッセージのようなすごい情報は次々と私たちのものになっています。直近では、外務省が沖縄返還にかんする機密を公開しました。そうした古典的な公開情報にも目配りしなくては。私たち、忙しい。

それにしても、「このポンコツ」なんてはしたない言葉遣いの人に熱烈なシンパシーを寄せられたら、おととい喜寿を迎えた方ならずとも、困っちゃうんじゃないでしょうか。漫画表現なら、はんぱな笑い顔に冷や汗たらーってところです。


12月25日の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、田岡俊次さんが、「戦後、沖縄だけをアメリカに占領させてほかは独立してしまったのは悪質なこと」と言っていました。(12月26日2:00追記)

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