2月13日、ハトリークスがウィキリークスにも負けないスピードで「抑止は方便だった」と明らかにしたことで、沖縄世論は硬化どころか激高し、県外の、とくに東京の一隅、霞ヶ関と永田町では火消しにやっきでした。

ハトリークスによって暴露されたことには、もしかしたら「抑止は方便」より深刻な衝撃として残っていくことがあるように思います。それは、このくにの官僚組織はひそかに独自の国家をつくっている、ということです。しかもこの影の国家は、日本という国家のまさに中核に位置しているにも拘わらず、アメリカという国家の外部機関として営々と機能してきた、ということです。内閣も国会も撮影所のセットのようなもので、中央マスメディアはそれを知りつつ照明をあて、カメラを回して、あたかも内閣や国会が国政について重要な決定をしているかのように見せかけている、実際は、官僚組織がその思うままに私たちを統治している、ということです。

在沖米軍は抑止力、というのも、官僚による影の国家の呪文のひとつです。ハトリークスの「抑止は方便」を、影の国家のエージェント北澤防衛相が「人生で1、2を争う衝撃」と、まるで芝居のセリフのような、極端なところが却って空疎さを露呈してしまう表現で否定しようとしても、もうむりでしょう。無類の説得力をもって私たちの胸にしっかりと刻み込まれてしまいましました。

官僚支配、そんなことはとっくにさんざん言われてきたことです。政権交代も、それを是正するという主張への共感が後押しした面があります。けれどこのたび、鳩山さんがしたかったこと、つまり沖縄から海兵隊基地を動かすということが、この影の国家の方針と真っ向対立したからこそここまであからさまに示された、影の国家がぬっと一瞬姿を現した、ということではなかったでしょうか。

奇しくも鳩山インタビューを追うように、18日、沖縄返還交渉の外交文書が公開されました。今はウィキリークスが、機密文書を時をへずに数カ月後に世界の審判の前にさらしてしまうわけですが、こうして40年以上たって生の情報に接した私たちは、驚き、怒り、そしてその後のなりゆきや今の状況に照らしての「やっぱり感」に脱力する、といったところでしょうか。当時ウィキリークスがあったら……いえ、あの頃は果敢な新聞記者が機密をすっぱ抜いてくださったのでした。なのに、それを抹殺したのも、影の国家である官僚機構と、その広報担当であるマスメディアでした。

公開された機密文書によると、沖縄返還が交渉に入る前の1967年、『4月15日付の「極秘」公電で、(元駐日大使)ライシャワー氏は日本大使館員に「沖縄の軍事施設をグアム島にそっくり移すことは理論的には可能」と指摘。ただ30億〜40億ドル(当時のレートで1兆800億〜1兆4400億円)の経費がかかると軍部が推定しており、米議会がそのような支出に反対するだろうと語った』(2月19日付沖縄タイムスより 元記事は
こちら)そうです。退(ど)いてやるから引っ越し費用を出せ、というアメリカの論法は、今も昔も変わらないようです。

ところが『日本政府は、事実上最初の返還協議となる7月15日の三木武夫外相(当時)とジョンソン駐日米大使(同)との会談で、基本的態度として「沖縄には米軍基地を存続せしめつつ施政権を返還する方途を探求」するとの覚書を米側に手渡し、最初から基地撤去を求めない姿勢をとった。』(同上)

その2日後、ごていねいに別ルートからも、在沖米軍基地は完全撤去できると、外務省に伝えられます。

『日本政府が沖縄返還を米国との交渉のテーブルに乗せようとしていた1967年7月、在日米大使館のザヘーレン参事官が「日本が強く決意すれば、米軍基地の完全撤去にせよ、基地付きの沖縄返還にせよ、何でも米側にのませ得るはずだ」と水面下で日本側に助言していたことが、18日公開の外交文書で分かった。

 この文書は、外務省の枝村純郎北米課長が7月17日に行った同参事官との懇談内容を書き留めた「極秘」扱いのメモ。同参事官は「離任前に話したいことがある」と枝村氏を呼び出し、「米国は日本か沖縄かの選択を迫られた場合、日本を取らざるを得ない。日本は自ら気付いている以上の強い立場にある」と、強気の交渉をアドバイスした。 

 ただ、「沖縄の施政権返還の方途」と題された極秘文書によると、日本政府は遅くとも同年8月10日の段階で「全面撤去は沖縄の米軍が重要な役割を果たしているとの政府の立場と両立しない」と判断し、完全撤去の選択肢を除外した。(2011/02/18-10:16)』(時事ドットコム 元記事はこちら

この2往復のやりとりを見ると、沖縄の米軍基地が米国領に帰ると言い出し、日本がそれを突っぱねて在沖米軍の背中にしがみついた、かのように見えます。とくにザヘーレン参事官は、親身に沖縄のこと、日本のことを考えてくれているように見えます。けれどこれについて、琉球新報の社説が鋭い分析をしています。

「この発言は米国が対日外交によく使う脅しの手法ではないか……グアム移転をちらつかせば日本が驚いて、沖縄に基地を置き続け、基地の自由使用を含む一層の防衛協力に動くとにらんだのだろう。」(2月20日付琉球新報 元記事は
こちら

私はこの見方に賛成です。では、なぜ外務省は沖縄から米軍がいなくなることを即座に願い下げにしたのか。アメリカのグアム移転提案に震え上がったのか。私は、怖かったのだろうと思います。明治以来、軍事力をこととしてきた習い性から、戦後というこの時代、おおっぴらに独自の軍隊によってアジアと対峙するわけにはいかないので怖かった。憲法9条で対峙するのが怖かった。なぜ怖かったのか。あの戦争をほんとうはきちんと精算していないと知っていたから怖かった。精算する気概がなかった、だから敗戦となれば素早くアメリカの庇護下に逃げ込み、内弁慶よろしくアジアと向き合わずにすませてきた。アジアからの戦争責任追及を、政治面でアメリカが抑えてくれていたけれど、さらに軍事面でも守ってもらいたかった……。

アジアが戦争責任をつきつめていけば、天皇までいきつくでしょう。外務省は、もっとも天皇に近い役所のひとつで、大使は天皇から直接認証される認証官です。そして、去年のクリスマス前後に数回にわたって書いた、米軍の恒久的沖縄駐留は昭和天皇の希望だった、という史実を思い起こしてもいいかもしれません(
こちら)。もしかしたらあの「成婚」には、外務省が文字通り皇室の外戚となって天皇を守り、あるいは守るふりをしてアメリカにしっかりと影の国家をつなぎ止めておくために利用し、日本がどうなろうが影の国家は未来永劫、栄華を続ける意図が隠されていたのかもしれません。入内(じゅだい)したのは、外務省主流の大物の娘さんで、自身も外交官でした。『天皇とアメリカ』(吉見俊哉・テッサ・モーリス・スズキ 集英社新書)を読んだところですが、戦後はこのふたつががっちりと組み合わさって体制を安定させてきたことを論じています。けれど、その肝腎の結束点である外務省についての言及は皆無でした。影の国家については、随所に暗示されていましたが。

悪いことをしたら潔く謝る。それをしないからアメリカに足元を見られて、たとえば法外な引っ越し費用を要求され(それにしてもライシャワーのふっかけた金額はべらぼうです)、しかも当のアメリカから、そんな巨額のお金は人びとの理解を得られないからないしょでよこせ、とまで言われて唯々諾々と密約を交わした、それが影の国家がしてきたことです。今もしています。影の国家は鳩山内閣をあっさり潰してまで、アメリカ「本国」に忠誠を誓い、それを副総理の立場で間近に見ていた菅サンは、いかにアメリカつまり外務省をはじめとする影の国家の歓心を買いながら総理の椅子に居座るかしか考えていないようで、影の国家はこれ以上は望めないほどの理想の「表の」総理大臣を得ています。そして、こうしているうちにも高江の木々が切られていきます。

影の国家がアメリカに貢いでいるのは、沖縄だけではありません。私たちのお金もこれまで以上に貢ごうとしています。改組した国際協力銀行の資金(私たちの税金やゆうちょ)をグアム移転や米国内の新規原発建設につぎ込んだり。きっと、こういうことは無数にあって、私たちの目からは隠されているのでしょう。なにしろアメリカは、国債評価トリプルAなど片腹痛い、世界最悪の債務国、お金が払底しているのです。これまでのいきさつからすれば、日本からむしれるだけむしってやろう、と考えないほうが不自然です。TPPは公然としているので、むしろたちがいいかもしれません。これについては、稿を改めます。

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