フランスのテレビニュースが、反原発デモを紹介していました。在仏日本人の方がたでしょうか、「NO MORE FUKUSHIMA」と書かれたプラカードを持っていました。私は、「NO MORE TODEN」のほうがいいな、と思いました。東電の原発事故が起こるまで、福島は「うつくしま」を頭につけて「うつくしま ふくしま」とたおやかに誇らしく呼びかけていたのに、その福島に「NO MORE」がつくなんて、つらいのです。

ドネラ・メドウズは、世界が現状のまま経済成長を続けることにいち早く警鐘を鳴らした『成長の限界』(1972年)の共著者です。「人口はかけ算で増えるけれど、食料は年1回の足し算でしか増えない」という表現が有名です。ドネラさんは、持続可能研究所をつくって研究を続けるとともに、新聞などにわかりやすいエッセイを寄稿して、社会のあたらしいあり方を提案しました。そのひとつが、911のあとに世界、とくに日本で広まった「100人村メール」の元になった「村の現状報告」です。ドネラさんの、シンプルで静けさをたたえたエッセイは、残念ながら未訳ですが、私たちがこれからの暮らしや社会を考えるための示唆に富んでいます。そのなかの、とくに心を動かされたひとつを、私は『世界がもし100人の村だったら 子ども篇』のしめくくりに引用しました。貧しい人がしあわせになる条件なのですが、私はもっと普遍的だと思います。私もこの5つがあればしあわせです。

「ドネラ・メドウズは言いました。
貧しい人びとがしあわせになるためには
金持ちになる必要はない、100人村子ども篇
5つのことが満たされればいい、と。
1つめは、きれいな空気と土と水
2つめは、災害や戦争のために
ふるさとを離れなくてすむこと
3つめは、予防をふくむ基礎的な医療をうけられること
4つめは、基礎的な教育をうけられること
そして5つめは、伝統文化に誇りをもち、
それらを楽しむことができること。

この5つがあるところでは、そのまん中に
子どもたちの笑い声があふれているはずです。
もちろん、大人たちの笑顔も。」

先日、講演のなかでこのくだりを紹介したのですが、動揺で声が詰まってしまいました。地震と津波と、そして原発事故のために命を失った、あるいはいまだ行方不明の2万有余の方がた、そしてかろうじて命をとりとめても、一瞬のうちにこれら5つをすべて奪われた何十万人もの方がたが、食べるものも、着るものも、暖をとるすべすらも失ったまま、悲痛のどん底におられることが胸に迫ったからです。

最初の4つもさることながら、5つ目の伝統文化のなかには、これで途絶えてしまうものもあるのでしょうか。津々浦々に伝えられてきたお祭りや歌や踊りや昔話、なかでも言葉、10数段階もの敬語をそなえた気仙語に代表される、繊細で表現力豊かな地域語は、今後、伝承されていくのでしょうか。きっとそうであってほしいと、心から願わずにはいられません。

地震と津波は、防災という面ですこしは人災の面もあったかもしれませんが、ほとんどすべてが人知の及ばない天災です。でも原発事故は、私たちのしあわせの第一条件であるきれいな空気と土と水、福島にふんだんに恵まれていたきれいな空気と土と水を奪った原発事故は、原発をつくることにしたのが人間であるからには、完全な人災です。人災は、言うまでもなく、本来あってはならないものです。原発は天変地異に耐え得ないとわかった以上、戦争とならんで人間の世界にあってはならないものだと、私は強く思います。

講演は名古屋で開かれたのですが、募金を呼びかけたら、5万円ほどが集まりました。学校関係の主催でしたので、主催者さんは、つながりのある東北の学校か日赤に送る、とおっしゃっていました。

 
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