「わたしたちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です」

これは、去る9月19日、東京の明治公園でひらかれ、じっさいには6万人が集まった「さようなら原発5万人集会」での、「ハイロアクション福島」の武藤類子さんのスピーチの一節です。武藤さんが声をふり絞るように、しかし毅然とこう言い放つのを、6万人の大群衆の1人として聞き届けたとき、初秋の晴天のもと、わたしのなかでまなざしの方向が決定的に変わったことを思い知りました。その感動は今なお続いています。それを、ここに記録することにしました。

わたしの親たちは西のほうの出身です。祖先は隼人の薩摩や霊熊の熊野という、征服された土地に生きてきました。東北のまつろわぬ民の裔、武藤さんたちと同じです。武藤さんの言う鬼は隠(オン)、か黒い闇の奥に潜む聖なる力です。クマ(隈)もどん詰まりの漆黒の闇を表し、熊と表象され、その闇はオン、鬼に通じます。熊本、熊野、阿武隈……そこは古来、「明るい中央」が誅殺するしかないとするほどに恐れた者どもの棲息する場なのでした。

東北の鬼が目を覚ました。近代日本の首都の、文明開化の時代を記念する人工の森のほとりで、東北の鬼が怒りを宣告した。これはもうただではすまないだろう。わたしは身震いするような衝撃とともに、まつろわぬと誓った土地から、蝦夷
(えみし)のまなぐ(眼)をかっと見開き、中央を睨み返す者たちの列につく覚悟を固めたのでした。

この秋、ぜったいに口にしてはならないとされたもの、憶えておいででしょう。栗、銀杏、あけび、きのこ、山菜、川魚、猪、鹿。これらは、この列島に人が住み始めたときから幾千年、幾万年ものあいだ、豊かな滋養を恵んでくれてきたものです。それがすべて、食べてはならないほどに汚染されてしまった。こんなこと、この列島の自然はかつて経験したことがありません。それほどの大罪を、わたしたちの時代は犯してしまった。過去未来をつうじて、わたしたちは最も呪われた世代です。

けれど、「明るい中央」と「昏(くら)いふるさと」の関係は一筋縄ではいきません。ふるさとが一方的に抑圧されてきた、などとは軽々に言えないのです。昏いふるさとは明るい中央にあこがれのまなざしを送り続けてきた、そういう側面も否定できません。先日、郡山に行ったとき、安積という地名に思わず、「芭蕉が日の暮れるまで『かつみ、かつみ』と花を探し歩いたところですね」とたずねたら、「ええ、でも見つからなかったのです。見つかって一句作ってくれていれば、名物にもなったのですが」と土地の方は残念がっていました。わたしはとっさに、芭蕉を引き合いに出したことを恥じました。ほんとうのところ、芭蕉が鴨長明という京の住人の書き物に出てくるからと言って、その花を実地検分しようとしたことが、安積をふるさととする人びとにどれだけの意味があるのでしょう。けれど、芭蕉に発見され、中央のまなざしというピンで文化の標本におさめられてナンボというわびしい価値観は、安積の人びとにも抜き難く内面化されているのです。

それが屈折したかたちで原発をみずから呼び込んだ、と福島出身の若い社会学者、開沼博さんは言います(『フクシマ論』)。中央従属一辺倒ではなく、いやいや押しつけられたばかりではなく、原発という時代の最先端を行く巨大科学で中央を見返してやる、原発誘致にはそんな歪んだ反中央の捨て身の決断もあったのだ、と。

そして、ふるさとは今また敗れました。30日のNHKのETV特集「果てしなき除染〜南相馬からの報告〜」は、いつ果てるともない除染の営みを描き、その原因となった原発事故と、それへの東電や国の対応への怒りを全篇にみなぎらせた、秀抜なドキュメンタリーでした。その中に、山を除染する実験がありました。「山の表土は100年でようやく1センチ生み出される、5センチ剥ぐ、500年分を剥ぐ」といった淡々としたナレーションの底に、怒りは正しく煮えたぎっていました。

「明るい中央」が「昏いふるさと」を見やるまなざしを、ふるさとを行きずりに情緒的につまみ食いする、中央文化に淫した芭蕉的なまなざしを、わたしたちは今、自分のなかから叩き出すべきだと思います。鬼のまなざしでしっかと「中央」を見据え、ひるがえって幼い者たちにいつくしみのまなざしを注ぎ、守る。ある集会で、若いお母さんが問いかけました。「メスのライオンたちだって、敵が近づいたら円陣を組んで子どもたちを守るでしょう?」

列島が地殻深くで身じろぐ今このとき、わたしたちもまた新しい価値の胎動をたしかに感じ、孕んだ腹を誇らしく未来へと突き出すのです。



 
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