そういえば、ひところ騒がれた96条単独先行改憲論、とんと聞かれなくなりました。

つまり、改憲は衆参両院の3分の2の賛成で発議され、国民投票に回される、とされているのを、過半数でいいことにしよう、という議論です。 その理由は、日本の憲法はそもそも改正ができにく過ぎる、ほかの国では戦後何度も改憲しているのに、日本は1度もしていないため、世界最古の憲法になってしまった、これでは現実にあわないし、民意も反映できないではないか、というものです。

これはいろいろごまかしのある議論です。世界の憲法の改正方法はさまざまですが、議会が発議して国民投票などに付す、というのはほぼ共通しています。去年のある調査の中間報告によると、調査済み67カ国のうち、日本と同じおよそ3分の2で発議としているのが50カ国、よりきびしく4分の3としているのが5カ国、自民党の垂涎の的、過半数としているのが9カ国です。そして、憲法もふつうの法律も同じ変え方、つまり国民投票やら州承認やらのハードルを設けない国が3カ国です。

ちなみに、改正条項を変えた国もいくつかありますが、すべて改憲がしにくい方向に変えているそうです。もしも日本が改憲しやすく変えたとしたら、世界最初の「怪挙」です。

なーんだ、と拍子抜けします。日本の憲法は、飛び抜けて変えにくいのではなく、ほとんどの国が憲法は変えにくくしているのです。3分の2というのは、賛成がダブルスコアで多いくらいでないと、憲法は変えるべきでない、という発想にもとづいているのでしょう。現に、国会では全会一致で通る法律がけっこうあります。どんな立場の人が考えても、これは変えるべき、とならなければ、憲法は変えてはならない、というのが世界のほぼ共通の考え方で、立憲主義のなかに含まれているのです。1票差で過半数だから改憲なんて、とんでもない。

しつこいようですが、もう一度別の言い方で言います。憲法というものは、政権の意向によってくるくる変えていいものではありません。いつもそれが施行されたときの原点に立ち返り、なぜこのような憲法が制定されたのか、歴史を重く受け止め、憲法にこめられた思想に思いを馳せ、国の運営に反映させなくてはいけないのです。

日本と同等の変えにくい憲法を、各国は高いハードルを越えて変えているわけです。改憲したいなら、正々堂々、高いハードルに挑むべきです。よく自民党が引き合いに出す「ドイツなんて58回」というのは、東西ドイツの統合でさまざまな調整が必要だったことが大きく影響していますし、国によっては国会議員の定数も憲法で定めているので、それを変えるたびに改憲というケースもあります。

第96条改憲論が下火になったのは、悪評さくさくだったからです。口さがないわたしたちの言いたい放題は、こういうところでけっこう威力を発揮しています。代わりに、政権は人事や新法で憲法の外堀を埋めようと、着々と手を打ってきています。今年も、油断も隙もありません。


第96条
この憲法を変えるための手続きは、
衆議院と参議院のすべての議員の3分の2以上が
賛成に投票したときに始まります。
それをうけて、改正案でいいかどうかが、
人びとに問われます。
そして、特別の国民投票か、
国会がさだめる投票で、
すべての投票数の半数以上が
賛成でなければなりません。

これでいいとされた改正条項は、
この憲法と一体をなすものとして、
天皇が、人びとにかわっれ、ただちに公布します。



やさしいことばで日本国憲法           (マガジンハウス刊)

 
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