いよいよ憲法シリーズも今回でおしまいです。

序文で「日本のわたしたちは」と高らかに語り起こしたことの大きな意味が、この第99条でいよいよはっきりします。

憲法の主語は「日本のわたしたち」です。「日本のわたしたち」が、こういう決まりを発令している、ということです。では誰に向かってか、それを明記したのがこの第99条です。この決まり、つまり憲法を守るのはあなたたちですよ、と「日本のわたしたち」が言い渡しているのです。

「日本のわたしたち」は、ですから、憲法を守る立場にはありません。守らせる立場です。たとえば、街中でひどいヘイトスピーチを大音響でまきちらしている人びとが、差別を禁じた第14条に違反しているかというと、違反していません。あれは憲法違反ではありません。かれらも「日本のわたしたち」ですから、憲法に違反できる立場にはいないのです。

ついでですから定義しておくと、ヘイトスピーチとは、マイノリティへの憎悪を煽る差別的な発言や行為のことです。これを例に、憲法と法についてもうすこし説明します。

いうまでもなく、ヘイトスピーチはまずは道義のレベルで、人間として最低の行為です。が、それを国家や自治体が規制できるのは、禁止する法や条例をつくって初めて、ということになります。警察官や裁判官といった公務員に、あることをした「日本のわたしたち」を取り締まったり、罰則をあたえたりする権限をあたえるのが、法や条例なのです。去年、ヘイトスピーカーが何人も逮捕され、実刑をうけていますが、威力業務妨害などの、別の法律違反です。法も条例もないのに、警察官がヘイトスピーカーをヘイトスピーチゆえに逮捕したら、それが憲法違反になるのです。

ところが、ヘイトスピーチ禁止法は、憲法第14条、あるいは日本が守ると誓約した世界人権規約の観点からは好ましいだろうが、その反面、表現の自由をうたった憲法第21条に抵触することにはならないだろうか、という議論が起こっています。第98条にいわれているように、法や条例は憲法にそぐうものでなければなりませんから。その証拠に、時どき憲法違反だとして、法律が改正されることがあります。去年は、婚外子の相続差別を定めた民法が最高裁判所で違憲とされ、すぐに法律が改正されました。

すこしごちゃごちゃしましたが、憲法と法の違いと両者の関係、憲法や法をめぐる「日本のわたしたち」と公務員の関係、お分りいただけたでしょうか。

つまり、第99条に列記されている、わたしたちから国家権力の行使を委任されている人びとが、その力をいいことに勝手なことをしないように装着させている手かせ足かせが憲法です。そして、そのように憲法をとらえ、そのような憲法をふまえて国家を運営するのが立憲主義なのです。

なのに、聖徳太子の17条憲法から憲法ということばを借用してしまったためでしょう、憲法にはわたしたちみんなが守るべき、なにか道徳的ないいことが書いてあるのだ、と誤解している人が、とくに自民党の憲法改正推進本部あたりにたくさんいる気がします。「憲法」ではなく、植木枝盛のように「国憲」とかにしたほうがよかったかもしれません。

そしてあろうことか、自民党改憲案は第99条のあたりに「国民の憲法尊重義務」を加えています。そういえば、自民党は改憲案の随所に「国民」が守らなければならないこと、「国民」ならこう考えるべきこと、こうふるまうべきことどもをちりばめています。もちろん、道徳的なこともたっぷりと。17条憲法にじわりと近づいているかっこうです(17条憲法にしても、なにも道徳を説いたのではなく、豪族の仕事内容が変わったために出された、新しい就業マニュアルなので、「和を以て貴しとなす」を「ニッポン古来の美徳」とか言ってしまう人が続出するのは恥ずかしい限りなのですが、それはまた機会があったら)。

最後にひとこと。

わたしは「日本の人びと」で一貫させ、「日本国民」「日本人」とはしませんでした。それは、英文憲法に the Japanese people とあるからです(people には「人民」のほうがよりぴったりくるかもしれません)。「日本国民」と訳すべき Japanese national は、国籍条項である第10条に1回しか出てきません。それで、the Japanese people は日本国籍を有するかどうかにかかわりなく、日本に暮らすすべての人びとととれるのではないか、と考えた次第です。


第99条
天皇や摂政には、
この憲法を尊重し、支持する義務があります。
国務大臣には、この憲法を尊重し、支持する義務があります。
国会議員には、この憲法を尊重し、支持する義務があります。
裁判官には、この憲法を尊重し、支持する義務があります。
そのほかすべての公務員には、
この憲法を尊重し、支持する義務があります。

 
最後の最後に、もうひとこと。

天皇、そして皇后は、どうすれば自分たちがこの第99条を現実に落とし込むことになるのかと、日々腐心なさっているのでは、と思うことがあります。行動だけでなく、皇后が誕生日ステートメントで五日市憲法に触れたのを皮切りに、終戦記念日の戦没者慰霊式での天皇ステートメントにそっと埋め込まれた憲法前文からの引用、そして天皇の誕生日ステートメントでの憲法への言及と、高齢のお2人はとくにこの1年、ことあるごとに憲法についてのメッセージを発してきたように思います。

初めて日本国憲法下で即位した天皇として、そのあり方を模索してこられたであろう天皇皇后が、憲法に敬意を表する。当然といえば当然ですが、なんだか複雑な心境です。第99条に列記されている憲法遵守義務者のうち、これほど天皇皇后が突出して見えるのは、とくに大臣国会議員に憲法を守る見識も覚悟も感じられないからではないのか、と思えてならないからです。

そして、主権者であるはずのわたしたちの中にも、「天皇ならわかってくださる」、果ては「天皇ならなんとかしてくださる」と、まるで大日本帝国憲法下のアラヒトガミにふさわしいような、あらぬ妄想を天皇に投影している人びとが見受けられるからです。憲法が施行されて70年になんなんとするのに、「日本のわたしたち」の憲法理解はそんなものか、そこに明記された象徴天皇制理解はその程度かと、失望を禁じえません。そういう向きには、こう言いたいと思います。

「天皇にならって、憲法をよく読んでみたら?」

とちゅう、年末年始の中断をはさんで、長々と憲法談義におつきあいくださいまして、ありがとうございました。


やさしいことばで日本国憲法           (マガジンハウス刊) 
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