March 18, 2013

合成洗剤と花粉症との因果関係について

突然ですが、
『貴方のお台所には中性洗剤が置かれていませんか。あなたは中性洗剤が猛毒だということをご存知ですか』
この文章は1975年に出版された有吉佐和子の小説『複合汚染』の一節です。この本では、農薬や大気汚染、食品保存料とともに、合成洗剤など、2種類以上の毒性物質の相加作用、相乗作用によって人体そのものを含めて、環境が汚染されることを『複合汚染』と呼んでいます。
作品では当時の状況に触れ、農家の使う化学肥料や農薬類、そして食品添加物336種類について調べて、慢性毒性(長い時間使い続けると毒になるかどうか)の程度や、突然変異(つまり子孫への遺伝)の可能性について判断するには、一つの化学物質について4年間(ネズミで)という長い時間と、1億円という多額の研究費が掛かるので、当時、厚生省は食品添加物のテストに対して300億円もの予算が組めるかどうか疑わしかったし、私たちとしては「厚生省が潤沢なお金をもらっている役所ではないことを充分知っているから、心配している…」と続きます。
当時、すでに鳴らされていた警鐘を無視し、解決されないまま放置した結果、合成洗剤絡みの『複合汚染』が国民の半数以上の人たちに――特に、微量でも影響を受けやすい子供たちや若い人たちの多くに――花粉症を引き起こしている、と考える事こそ正しい判断と思われます。
濃縮された合成洗剤の使用量の多さと、すすぎ洗いの不足から、食器や皮膚に残留した化学薬品が口から、あるいは皮膚、衣類などを介して体内に侵入し、個人差や程度の差はあるものの、その人の体質自体を変えてしまい、杉などの花粉に対してアレルギー反応を起こしやすくなっているのです。特に今、経皮毒というのが問題視されています。これは、皮ふのバリアーを破って侵入する毒なのです。人の体は本来、様々な毒や異物からわが身を守る機能が備わっています。口から入った毒は、嘔吐や下痢という形で排出されますし、目は涙、鼻はくしゃみ鼻水で体内への侵入を防ぎます。人類はこれまで数万年の歴史を生き抜いてきましたが、ここ数十年で状況が変わりました。化学物質である合成界面活性剤の出現が人体の防衛機能を凌駕してしまったのです。
近年はボディーソープで体を洗う人も多いと思います。「『ソープ』と書いてあるということは石けんだから安心」と思うかも知れませんが、『ソープ』と書いてあっても、多くのボディーソープは合成洗剤です。体を洗って流したあと、少しぬるぬるするな、と感じたことは無いでしょうか?それは洗剤の成分が皮ふに残っている可能性が高い。そしてそれが皮ふのバリアー機能を侵し、ジワジワと体に侵入してしまうのです。また、体の部位でその経皮吸収されやすさも違います。例えば、腕の内側を1とした場合、額では6倍、踵で0.14倍、背中は17倍、生殖器ではなんと42倍にもなります。化学物質の怖いところは、その場でコロリと殺してくれないところです。少しずつ体に蓄積され、蝕んでいきます。目に見えない放射能と同じで、低レベルの汚染が慢性的にいきわたってその毒性を引き起こしている。つまり、合成洗剤に含まれる人工物質こそが、世の中に蔓延している花粉症やアトピー、原因不明の難病等の原因、と私は考えました。
じつは、私は生まれてから60数年間一度も花粉症の症状がありません。それはおそらく、私が私生活では、無添加の固形石鹸しか使っていないからです。入浴、洗顔、食器洗い、鍋洗い、手洗いなどすべてに、昔ながらの石鹸分99%のものしか使っていません。先日、春の嵐で黄砂と花粉とPM2.5によって、空がうす暗く被われてしまいました。その最悪の環境下でも、多摩川の河原道で深呼吸して足腰を鍛錬できたことでも、私の意見が正しいことの一例となるでしょう。くしゃみひとつしないのですから。(逆に言えば、可愛くないただのオヤジにすぎませんが……。)

しかしながら、他人様の苦しみが半端でないことを知り、体験に基づく私なりの解決方法を下記に記すものです。決して特定のメーカーの宣伝や、特定の洗剤を敵対視して書いているものではないことをご諒解下さい。
では、合成洗剤に使われている成分を御紹介致しましょう。
昔の厚生省、現在では消費者庁となっておりますが、発売当時に認可された成分が現在も当たり前のように使われているのが実態です。市販の3メーカーの食器洗い用合成洗剤3種類のラベルに表示してある成分は下記の通りです。

製品1/界面活性剤(38%、高級アルコール系(陰イオン)、アルキルヒドロキシスルホベタイン、アルキルグリコシド、アルキルアミンオキシド、アルキルグリセリルエーテル)、安定化剤、金属封鎖剤、除菌剤
製品2/界面活性剤(32%アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、アルキルアミンオキシド、ポリオキシエチレンアルキルエーテル)、安定化剤、粘度調整剤
製品3/界面活性剤(40%アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、アルキルアミンオキシド、ポリオキシエチレン脂肪酸アルカノールアミド、アルキルスルホン酸ナトリウム)、安定剤、PH調整剤

安定(化)剤:ブチルカルビトール、亜硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、エチルアルコール、低級アルキルベンゼンスルホン酸塩、硫酸塩etc
粘度調整剤:キシレンスルホン酸ナトリウム、トレハロース
PH調整剤:クエン酸塩
金属封鎖剤:エデト酸、クエン酸
除菌剤:不明

その他、消費者庁のHPに表示してある合成洗剤の成分には
脂肪酸ナトリウム、脂肪酸カリウム、アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキル硫酸エステルナトリウム、アルファオレフィンスルホン酸ナトリウム、しょ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、アルキルアミノ脂肪酸ナトリウム、アルキルベタイン、アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩etc

以上が合成洗剤に実際に、使われている化学物質類です。ちなみに、私は大学で化学を専攻しましたが、これほどのカタカナ文字は使っていませんでした。いくら微量とはいえ、これだけ多種類の化学物質を長期にわたって体内に取り入れ、体内に蓄積したら、私たちの体は何らかの反応を示すことになるでしょう。その一つが、花粉症であると、私は判断しました。

長い説明文をここまで読んでいただきありがとうございました。
その御礼に、無添加石鹸だけを営業品目としている会社を紹介しましょう。
北九州市に本社のある『シャボン玉石けん(株)』です。ネットで簡単に歴史や企業理念が読めますので、一度覗いてみて下さい。『複合汚染』の本が出る前年の昭和49年に社長は「身体に悪いとわかった商品を売るわけにはいかない」と一大決心し、無添加石けんの製造、発売に切り替えたものの、売上は今までの約1%に激減し、半数以上の社員をも失ったそうです。しかしながら、平成3年に『自然流せっけん読本』を農山漁村文化協会より出版、それが大きな転機となり、現在では多くの消費者に支持され、「健康な体ときれいな水を守る」を基本理念として発展している企業であります。ネットショップもありますので、花粉症でお悩みの皆様、多少の時間は掛かりますが、無添加石鹸で本来の健康な身体を取り戻して下さい。                         文責:池田隆信

お問い合わせ 0120-4800-95 シャボン玉石けん www.shabon.com/


参考資料:複合汚染 有吉佐和子著  挑戦「無添加を科学する」森田隼人著


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September 10, 2011

最近の出来事


 本日は久しぶりに、偶然に、以前とても気に入っていたDJの声をFMの電波から聞く事が出来、ちょっと興奮しました。名前は忘れてしまいましたが、数年前に確か東京FMでDJをしていた青年で、独特のしゃべりと選曲の良さがとても心地良い放送でしたが、グローバルの時代にUチューブか何かの資料を勝手に使用した責任を取って、番組は消滅し、彼は東南アジアをしばらく放浪すると言ったきり、ネット社会から離脱し、行方知らずとなっていたのです。その声が、新しく入れ替えたカーナビに設定してあった76.1Mhzから突然現れたのです。相変わらずの調子で話す声と、選曲にうっとりしてしまいました。新聞でも確認しましたところ、76.5Mhzでも受信できるInterFMという局です。他の局のようにDJがほとんどしゃべっていたり、聞きたくもない電話の音声が続いていたり、マンネリコマーシャルだらけでもなく、大体がGoodな曲を流してくれています。会社事務所のラジオの設定も当然、電波状況の良い76.5Mhzに設定しました。番組名はザ・デーブ・フロムと書いてありました。毎日やっているのか判りませんが、機会がある限りこの時間帯PM3時〜PM6時は聞いていくつもりです。
 別の話題。最近はもっぱら銭湯に通い、快適な入浴生活を送っています。水風呂もあり、湯の温度は46〜47度とかなり熱めですが、慣れてしまうと当たり前の世界で、身体を思いっきり伸ばして、くるくると回転しながら(ゆっくりと)解放感に浸っています。いろいろな浴場での光景ですが、60年以上生きてきて、初めての光景に出くわしました。それは、高年者のつるはげの人が、歯ブラシを固形石鹸にゴシゴシと擦り付けているのです。さてその後はどこを洗うのかと見ていました。足の爪か手の爪の垢でも擦り落とすのかと思っていましたが、な、なんと口の中にそのまま一気に突っ込んで、普通に歯磨きを始めたのです。これってありですか…。は、はじめて見た光景に唖然…。シャンプーで全身を洗ったり、顔をたわしで洗ったりといろいろな場面に遭遇していますが、今回は目から鱗がポロリという感じでした。
つまらない事かもしれませんが、ちょっとした出来事でした。
 なお、塗装、防水工事は弊社にご一報下さい。また、どんなメールでも受け付けます。ではまた…。

 平成23年9月8日                                             池田隆信


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January 14, 2011

寒波の中の金峰山

神戸のお2人とは 2009年の夏、北鎌尾根で知り合い、昨2010年には7月に明神東稜、11月には御在所藤内壁をいっしょに登った。そして、年末に八ヶ岳の阿弥陀南稜をいっしょに登ろうということになった。
ところが、出発前から本州は冷え込み、年末、年始は猛烈な寒波に襲われるという予報。とりあえず計画続行で現地でようすを見よう、ということになった。
12月29日の昼前に集合して茅野駅から見ると、八ヶ岳はすっぽり雲にくるまれていた。悪天を理由に転進するのは邪道だと分かっていても、神戸から遠出してきたお2人を空手ブラで帰すのも申し訳ない。それで、100名山の金峰山に登ることにした。高さも2600mと低いし、八ヶ岳より25kmあまり甲府盆地寄りになるから、冬型がかなり強くてもなんとか登れるだろう、と見当をつけた。
金峰山の最寄り駅、韮崎に着いたのが12時半。バスとタクシーを乗り継いで午後2時半過ぎ、登山口の瑞牆山荘に着いた。前の晩に10㎝ほど降雪があったが、道路は除雪されていた。
ここで身支度を整えて歩き始め、3時間足らずで大日小屋まで行き、テントを張った。傍らの沢に細く水が流れていたので、燃料が節約できた。(途中、富士見平小屋下の水場も、凍結せずに流れていた。)翌日、金峰山頂から北面の廻り目平方面へ降りるつもりで、登攀具もすべて背負って出発した。気温は零下13度と冷えているが、風は気になるほどではない。大日岩を過ぎ、3時間足らず歩いて、そろそろ樹林帯を抜けようかという頃、私は手が冷えて我慢できなくなってきた。去年の正月、同じ金峰山で凍傷になったこともあり、私は引き返す旨を申し出た。神戸のお2人は30代後半とまだ若く、寒さなどあまり気にならないようだ。私はテントを受け取って1人大日小屋に引き返し、寝袋に入って2人の帰りをを待った。
3時間ほど経って15時過ぎに帰ってきた。2人は、すぐにテントに入ろうともせずに、「それほど寒くなかった」「くだり始めたら晴れてきて、富士山も甲斐駒もよく見えた」などと話してくれる。「八ヶ岳はどうだった?」と訊くと、「上の方には雲がかかっていた」と答えた。
12月31日、最終日は2時間ほどかけて瑞牆山荘へ戻った。ここと増富温泉郷とを結ぶバスが12/30〜1/3のあいだだけ運行しているので、それを利用して、韮崎へと帰って行った。岩下、比志、若神子といった集落を通過していく途中、車窓から甲斐駒や鳳凰三山はよく見えていたが、相変わらず八ヶ岳には雲がかかっていた。私は若い2人に、「あーよかった、おれがこんな調子じゃ、あの八ヶ岳には登れなかったよ」と声をかけた。
韮崎駅から私は鈍行列車で3時間足らずで家に着くが、2人は特急と新幹線を利用しても5時間以上かかるそうだ。わが八王子は、山へ行くには便利なところだと、あらためて思った。

甲府盆地から一段上がった日野春駅から、間近に見る八ヶ岳。すっぽり雲に覆われている。
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今回は神戸から遠路遙々ご足労願って茅野駅に集合。しかし、この天気では無理と判断し、韮崎へ移動。
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バスで増富温泉郷へ向かい。
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途中でタクシーに乗り換えて、黒森経由で瑞牆山荘へ向かう途中、車を停めてもらって瑞牆山の特異な山容を望む。正面奧、金峰山は白い雲に覆われている。
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瑞牆山荘に到着。ここで支度して、15時出発。
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1時間あまりで富士見平小屋を過ぎ、
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さらに1時間あまり、ヘッドランプを出さないままなんとか大日小屋に着いた。水場の水は凍っていなかった。
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翌朝、アイゼンをつけて出発。
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大日岩を過ぎ、さらに2時間ほど登った地点で、私はリタイアした。
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頂上から戻ってきた2人。楽しそうに話す姿がまぶしかった。
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3日目の朝、下山の途中、甲斐駒が赤く染まる。
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中間点の富士見小屋
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尾根筋から逸れる直前、木立越しに瑞牆山がよく見える。
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12/30から1/3まで、山梨峡北交通が増富温泉郷と瑞牆山荘の間をバスで繋いでいる。
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須玉川沿いの集落から鳳凰三山、
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甲斐駒の頂上には雲が引っかかっていた。
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韮崎駅の改札を通り、ホームに上がれば、いよいよお別れ。
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八ヶ岳は、相変わらず雲の中。
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深田久弥終焉の地、茅ヶ岳は来るときも帰るときもよく晴れていた。
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富士山はこんな具合だった。
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海津正彦

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December 24, 2010

渋くて危ない星穴新道―だから、面白い

妙義山は標高1000mをわずかに超えるほどの山だが、その稜線付近は岩場が凸凹
と5キロほどつづく。一般コースの縦走もなかなか厳しく、普通は尾根の途中のタルワキ沢か、ホッキリを下山路に使って2回に分けて縦走するが、それでも《鷹戻し 》という難場の辺りで、毎年のように墜落死亡事故が起きている。4年前に女房と2人で縦走したときには、ヘルメットを被り、要所要所でロープをつけて確保しながら登った。今年も、仲間夫婦が同じスタイルで縦走したところ 、奥さんが鉄梯子で足を滑らせたそうだ。「よかったよ、ロープをつけていて。家内のやつ、ロープに吊る下がって体が横になっちゃって……」と言っていた。そんな表妙義の主稜線から派生する何本かの支稜は、どれも途中に細く鋭い岩峰を聳え立たせている。金洞山の中之岳から派生する星穴新道や、相馬岳の北稜、金鶏山などは見るからに面白そうだが、いずれも登山禁止だ。岩がもろく湿りがちで訪れる人も少なく、星穴新道は40年前に死亡事故が起きて以来、登山禁止になっている。その星穴新道へ、12月12日の日曜日に仲間4人と行ってきた。期待に違わぬ面白さで、ロープを付けた箇所は10ピッチほど、懸垂下降も5、6ピッチ。道標も、ペンキのマークもほとんどなく、残っている鎖が道標代わりと言えなくもないが、それさえも、あまりに古いため、逆に危険を増しているとも言える。何をするにも自分たちで判断しなければならず、判断を誤れば敗退ということになるが、その敗退も、おそらく一筋縄ではいかないだろう。言い換えれば、登山本来の面白さを味わえるコースである。こういうコースは、すぐに解禁しろと言わないまでも、「自己責任のルール」を浸透させるように努力を重ねた上で地元や行政とじっくり協議して、「禁止」ではなく、「志ある人が冒険を試みる」コースとして解禁したらいいと思う。そのような主張を込めて、現在登山禁止となっている「星穴新道」の登山記を、あえて掲載いたします。

表妙義と裏妙義のあいだに挟まれた妙義湖の上流、国民宿舎に駐車して歩き出す。背後に木戸の岩場と赤岩方面が見えている。
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30分足らず林道を歩くと星穴沢出合に着く。登山禁止のきっかけとなった遭難者(女性2人)の追悼碑が建っている。40年前の出来事なのに、花が献げてあった。
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星穴新道の出だし。いかにも初冬の西上州らしく、枯葉を踏み踏み高度を上げていく。
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傾斜はゆるいけれど油断ならない、こんな岩場を横切り。
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ロープを付け、ちょっと緊張しながらこんな岩場を登る。
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相馬岳北尾根が、「こっちもどうだい?」と手招きする。
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長い懸垂下降もしなければならない。登ったり、降りたり、巻いたりと、ルートはかなり複雑。
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そして、ついに「射抜き穴」が見えた。が、今回この穴には行かない。また次回に……。
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錆びて細った、40年前の鎖に沿って岩登りして、
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さらに懸垂下降して、「結び穴」に到達。この地形は、まことに不思議。きっと、岩が柔らかいのだろう。
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今回のクライマックス「結び穴」を振り返る。
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表妙義縦走路の中之岳付近、主稜のコルに北側から降りて行くと、トラロープと、黄色いビニールテープ、木の看板で「通せんぼ」していた。
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さらにくだって行くと見晴台があり、そこから角張った荒船山が見えた。
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歩き始めてから10時間半、中之岳神社に下山した。あー、面白かった。5人全員、満足、満足。
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海津正彦


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哀愁の大連

大連に行ってきた。
想像していたよりものすごく大きな町だった。

路面電車がノスタルジック
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戦前日本人が建てた建物があちらこちらに残る。
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大連駅
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お茶屋さん。好きなお茶を試飲できる。
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a.takagi

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December 14, 2010

両神山の「破線ルート」天理尾根

秩父の奧に位置する両神山は、以前は遠い山だった。私の住んでいる東京西部から,公共交通機関を利用して行こうとすると、乗り換えを繰り返さなければならず、日帰りは不可能だった。しかし、近ごろは車社会となり、道路網が発達して林道が奥地まで入り込んでいるので、両神山も日帰り可能となった。両神山は標高1723m、岩質は硬いチャートで、どこから登っても頂上部で岩場が出てくる。東西南北各面に、短いけれど面白い沢があるし、尾根ルートにしても、「一般ルートを登っているだけでは、ちょっと物足りないな……」と思っている人たちが、クライミングの要素を加味した「ひと味違ったバリエーションルート」を求めて登れば、きっと満足するルートが各方面にある。今回,私は単独で、最高点、剣ヶ峰の東、前東岳から東へ派生する天理尾根という破線ルートを登った。出発点は日向大谷。この尾根は中程には三角点があり、上部に小さな祠が2つあるくらいだから、昔から登り降りされている道筋で、とりわけ難しいわけではないが、途中に2、3箇所、20mほどの岩場が出てきて、「山慣れない人が一緒だったら、ロープが欲しいところだな……」と思わせるほどのルートである。ただ、このルートの特徴は「道標も、鎖も、トラロープもない」ことである。実は途中に一箇所だけ短い鎖があるけれど、他には手助けになるようなものは何もなかった。わずかに踏み跡があるものの、基本的には自分でルートを探しながら、多少の危険は自分の責任で一歩一歩登っていく。難所を乗り越したあと、徐々に徐々に突兀とした両神山主稜線に近付いていく時、自分自身の力でこの登山を作り上げているのだ、という手応えが心に湧いてくる。剣ヶ峰に登ったあと、清滝小屋を経て日向大谷へとつづく表参道を下ったが、こちらは,道標が完備し、昔からの丁目石も散在するのんびりコースだった。天理尾根と表参道――自力で登る充実コースと、道標に導かれて登る気楽なコース、性格を異にする2つのコースが併走し、周回コースとして歩けるというのは、両神山ならではの嬉しい仕掛けである。

出発点の「日向大谷」は、名前の通り、早朝から日差しを浴びている。一年中で一番日の短い12月でも。
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日向大谷の一軒宿、両神山荘の裏手の尾根に上がり、斜面をトラバースすれば奈良尾峠。天理尾根はここから西へ延びている。
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ひと山越すと、前方に両神山の主稜線が展開する。
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1083.5mの三等三角点
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この尾根には登り降りのための補助手段は皆無に近い。この鎖が、唯一の例外。
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まだまだ両神山の主稜線は遠い。右手に西岳、正面に東岳が大きい。天理尾根は東岳の左端、前東岳に突き上げている。
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もう前東岳は近い。右手、尾ノ内沢の源頭部に大キギ、小キギの岩塔が鋭い。
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両神山頂上には二等三角点。
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北には、突兀とした赤岩尾根。
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日向大谷へくだる登山道脇の大岩。横岩の標示がある。
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清滝小屋は閉鎖し、道普請用器材の保管庫になっているが、避難小屋としてつかえる状態だ。
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弘法之井戸
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日向大谷に戻ってきた。
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日向大谷、両神山荘の名物犬、ポチ。この犬は天理尾根が大好きで、しばらく前まで登山者が天理尾根へ向かうと知ると、まるで道案内でもするように、先に立ってズンズン登っていった。だが、このごろは登らなくなり、すっかり肥ってしまった。
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日向大谷まで小鹿野町営のバスが定期運行している。
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December 10th, 2010
海津正彦

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December 02, 2010

苦しいけれど素晴らしい――それが富士山

山岳会の仲間5人と、富士山に登ってきた。雪はほとんどなくアイゼンも不要で、期待はずれだったと言えばそうかもしれないが、雪が全くなかったわけではないし、富士山はいつだって苦しい。普通だったら頂上に当たる高さから出発して、標高差1300mを登って降りてくるのだから……。しかも、今回参加した6名の年齢を平均すると59.3歳、中には高い山は何10年ぶりという仲間もいた。だから、今回の温もりに満ちた好天は「神の恵」と言えるかもしれない。私自身は、先月の5日、29歳の次男坊と吉田口馬返しから頂上を目指しながら途中からリタイアしているので、今回は「ぜひ頂上まで」と心に期していた。まさに願ってもない天気だった。しかも、慎重に長い時間をかけて登ったため途中で日が暮れかけて、ひやひやしたが、おかげですばらしい景色にも出会えた。

夜の冷え込みは好天の予兆。ようやく朝を迎えた。
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去年、落石がキャンピングカーを直撃して1人亡くなった。その現場の脇の階段から登りはじめる。
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八合目の鳥居。この辺りまでは誰も順調。
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先頭と最後尾(私を含む)との差が大きくなってくる。
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空が黒ずんでくる頃ようやく頂上。
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下へ、下へ。心は焦れど、足が追い付かない。
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7合を過ぎた辺りで、南アルプスが赤く染まりはじめ、
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愛鷹連峰は陰の中に沈んでいく。
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宝永山の向こうから月が昇り、
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身もだえしながら太陽が沈んでいった。
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自然のドラマを堪能したあと、無言のまま富士宮口五合目に降りていった。
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海津正彦



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November 29, 2010

黄砂、紅葉、白い岩−御在所藤内壁

秋たけなわの11月初旬、関西・中京方面を訪れ、クライミングを楽しんできた。木曽川=神通川のラインを跨いで西へ行くのは、20年前の大山(だいせん)登山以来、そちら方面でクライミングするのは、40年前の六甲・宝塚方面のゲレンデ訪問以来ということになる。貧乏暇なし、3日で往復の予定なので、往きは新幹線、帰りは夜行バスと決めた。土曜日の朝5:15に八王子を出発して、9時には御在所の東麓、湯の上温泉駅に到着。ここで神戸に住む若いご夫婦と落ち合った。お二人とは、昨年9月北鎌尾根で知り合い、今年7月には明神東稜にごいっしょしているので、気心は知れている。目指す藤内壁は白い花崗岩の岩場で、こちら方面ではクライミングのメッカと言ってもいいだろう。ただその日は、晴れていながら曇り空。秋なのに、珍しく黄砂が襲来したという。ロープウェイ始発駅に車を残し、1時間歩いて藤内小屋の近辺の、河原の砂地にテントを張り、いざ見参!「一の壁」という広大な花崗岩の壁を登り、その夜は藤内小屋の近辺で砂地にテントを張った。ご夫婦自家製のキムチを用いたキムチ鍋をいただきながら、ちびりちびり、ぐいぐい呑む。世間話、四方山話のついでに、正月に「八ヶ岳の阿弥陀南稜は?」などという話も飛び出した。翌日、午前中にもう一度「一の壁」を登ったのち、午後は名物(?)の「前尾根」を登った。緩傾斜な部分や藪を挟んでつづくこのルートで、7〜8ピッチほどロープをつないだろうか、最後はヤグラと呼ばれる20mほどの岩塔を登るのだが、この頃にはご夫妻もすっかり登り慣れたようだった。藤内壁クライミングはこれにて終了。テントを撤収する頃にはすっかり日も落ちて、下山はヘッドライトを点けて、ということになった。3日目、私は一人で六甲の堡塁岩を登り、この日も暗い中を下山して、予定どおり大阪から夜行バスで帰京した。

新横浜発 06:11 のぞみ99号博多行き。乗車時間わずか1時間35分で名古屋着
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午前9時、近鉄湯の上温泉駅でご夫婦と落ち合った。
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紅葉の温泉街をあとにして、
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重荷を担いで裏道登山道を登る。
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2008年、藤内小屋は土石流に埋まったが、現在復興途上。
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裏道登山道の藤内壁出合から、岩場へ分け入っていく。
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仲良く支度するご夫婦。
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御在所藤内壁を代表する一の壁、2ルート。足元に小さくクライマーが見える。
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堂に入った動きでフォローする旦那さん。DSCN5052

砂地の快適な幕営地に1泊したあと、ふたたび藤内壁へ。
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前日、自分の不甲斐なさに涙ぐんでいた若奥さんも、きょうはすっかり慣れて、軽やかな動きでクライミングを楽しんだ。
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積極的にリードする旦那さん。
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藤内壁クライミングの〆は、ヤグラの登攀。20m、Ⅳ+。
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その翌日は六甲堡塁岩へ行き、トップロープをかけて1人でクライミングを楽しんだ。
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早朝6時、初体験の夜行バスが八王子駅南口に無事到着。中央道経由で運行する3列シートのバスは、乗務員の応対も上々で案外楽だった。(料金は新幹線の3分の1強だった)
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海津正彦


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November 13, 2010

紅葉の稚児落とし

紅葉狩りに大月の稚児落としに行ってきました。

若いころには仲間と出かけることが多く、一人で出かけることは少なかった。山でのんびり独り歩きをしている年配の方をよく見かけていたが、自分も年を重ねてよく一人で山歩きするようになった。一人旅は朝起きて乗り気がしなければやめて寝ていても良い。気楽でいい。歩きながら人生とは、人間とは、宇宙とは、とか考えながら歩く。あまり人がこない静かな山が好い。今日は、週末なのに途中 中年のおじさん(自分もおじさんだが)一人に遭っただけだ。

久しぶりに電車に乗った。
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大月駅 吉田うどんで腹ごしらえ。
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空中にとび出たような特等席に座ってのんびり絶景を楽しむ。
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紅葉の落ち葉の絨毯。
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里が見えてきた。
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a.takagi

ikedasc at 22:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 散策

November 11, 2010

甲斐駒黒戸尾根は、大きく険しい

出だしの駒ヶ岳神社駐車場が標高780mで、甲斐駒山頂が2967m、その登高差は、ほぼ2200m。所要時間は10時間が目安と言われる。しかも、途中には刃渡り、烏利天狗(とりてんぐ)、屏風岩と、難所がつづく。鋭峰で難所が多いだけに、戦前は宗教的な意味合いの登山が盛んにおこなわれた。だが、その後五丈小屋、七丈小屋が老朽化してきて閉鎖し、1980年ごろついには使用不能になったため、黒戸尾根はすっかり寂れてしまった。当時訪れたのは、岩場や沢、氷瀑登攀を目指す、いわゆるクライマーがほとんどだった。だが近年、七丈小屋が建て替えられ、営母体が北杜市に代わって、小屋番も常駐に近い形で詰めているようになったので、だいぶ登りやすくなった。また、ここ20年ほど中高年の登山ブームがつづき、それにオーバーラップする形で、ごく近年は山ガールに象徴される若者たちも、山に進出してくる傾向にある。そんな中にあって、この黒戸尾根は骨っぽい本格的登山ルートとして一部のあいだで話題になっているようだ。今回は、11月6日〜7日の土曜、日曜で「山登りが好きなわけじゃない」わが家の次男坊(29歳)と、晩秋の黒戸尾根に登ってきた。テント泊装備の重荷のせいで、私がバテたこともあり、ゆっくりペースになってしまったが、息子は「落ちたら死んじゃうような場所がそこら中にあって、緊張のしっぱなしだった」と言っていた。梯子や鎖、ときにはその両方が掛けてある場所も多く、富士山と谷川岳ぐらいしか登ったことのない息子には、この山が新鮮に映ったようだ。テント泊について息子曰く、「山のやつらは真面目って言うか何て言うか、夜6時過ぎにはもう寝ちゃっうんだから、まいっちゃうよな」息子にとってテント泊そのものは、思ったほど面白いものではなかったようだ。でも、もしかしたら、黒戸尾根の迫力に押されて、テント泊の印象が薄れた、ということではないかな?

黒戸尾根の登りは、この吊橋を渡るところからはじまる。
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樹林帯の長い登りを終えると、いよいよ難場がはじまる。まずは、刃渡り。
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次の難場は、烏利天狗。長い梯子と岩場に鎖。それを登り切った天辺の祠4の辺りで昼前後になる。
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2軒あった五丈小屋はどちらも潰れて、跡形もない。眼前に屏風岩が立ちはだかり、その後ろに遠く甲斐駒の頂上付近が見える。
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屏風岩の難所を越えた先に七丈小屋が現れる。その先6、7分登った指定テント場に幕営した。花崗岩砂の平地での幕営料は600円、鉄ペグも用意してあり、小屋脇の蛇口から水をいただける。ありがたいことだ。小屋番氏は一人で、小屋の管理から、宿泊の世話、道普請までおこなっている。登山道を歩いていると、随所に、小屋番氏の細かな心遣いがうかがわれる。この小屋番氏は現代に生きる修験者か? とさえ思われてくる。写真を撮らせてくれと言い出せなかった。
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七丈の天幕場に一晩泊ったあと、早朝6時20分、出発。
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赤く染まる甲斐駒山頂。八丈遙拝所にて。
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鎖が頼り。
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辺りを圧して聳える怪物、北岳。大面大神の平地より。
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山頂の祠と、山登りが好きなわけではないわが息子。
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いっしょに登ってきた仲良し夫婦が、北アルプスの山座を同定していた。
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八ヶ岳
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鳳凰三山の後ろに、冠雪した富士山が頭を出している。
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紅葉した樹林の中をくだっていく。
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帰路、車中から見た甲斐駒。
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海津正彦


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