May 29, 2005

学会を終えて

最初に美術史学会や海外の学会で発表した時に比べればそこそこ落ち着けるようにはなった気はしますが、それでも学会発表はいつでもドキドキするものです。でも、鋭いご質問をいただける質疑応答の時間はもとより、その後の懇親会の場などでも実に多くの方々からさまざまなご指摘やご示唆をいただけるので、眠い目をこすって準備した直前の苦心など吹き飛んでしまいます。今回も、おさえておくべき周辺領域の情報や今後の展開へのヒントになるご助言を多くいただけ、皆さまへの感謝で胸がいっぱいです。せっかくいただいたご意見を生かすことなく、一層の向上に結び付けないのは一種の裏切り行為にあたりますから、この後が大切です。

 

そして、お忙しい中、直前の予行演習に来ていただき貴重なサジェスチョンをいただいた方々、本当にありがとうございました。皆さんのおかげです。逆の立場の時に、同じ様にお役に立てることができるような存在になりたいと願っています。

 

明日からは再び講義とその準備に明け暮れる日々です。大学に入って突如勉学に目覚めたかのような熱意ある学生もかなりいるので、こちらもうかうかできません。砂漠が雨を吸い込むような吸収力にはこちらが驚かされるほどですから。

それと、発表準備を理由にペンディングしていた急ぎのカタログ翻訳に没頭しなければ。デッドラインは6日後。チーム作業なので自分ごときが足を引っ張ることは許されません。発表後の軽い高揚状態からコツコツと地味な日常へと、早速明日から切り替えです。

  

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May 26, 2005

「Nuovo Cinema Paradiso」(邦題:ニュー・シネマ・パラダイス)

というわけで、講義で断片を観る前にあらかじめぜひ通しで観てほしい映画なのですが、ストーリー以外のことについてちょこっとだけ紹介しておきます。

監督はジュゼッペ・トルナトーレ。1989年の作で、同年のアカデミー外国語映画賞もとった本作は彼の二作目にあたり、なんと33歳の時のものだそうです。本作の成功のおかげで、その後マルチェロ・マストロヤンニを主演に据えて「みんな元気」を撮り、ハリウッドで巨額の制作費も使えるようになって、ティム・ロス主演の大作「海の上のピアニスト」なども撮っていますが、どれもラストが情緒的に流れすぎるきらいが顕著となっていて、僕にとっては今でも本作が彼のベストです。「Matrix」シリーズにも出ているモニカ・ベッルッチのおかげもあるのか、「マレーナ」はけっこう学生さんも知っているようですね。

 

彼はシチリア出身なのでここでも舞台はシチリアです。突き抜けるように美しい土地、のんびりとおおらかな気質が本作でもよく描かれていますが、同時にやや深刻な貧しさがわびしく背景にあることも想像がつくようにしてあります。彼は映画マニアだった子供の頃へのノスタルジーを込めてこの映画を作っていて、中にもふんだんに過去の名画が登場します(僕は実際にはこれらのほとんどを観ていませんが)。フィルムを切ったり繋いだりするシーンも興味深く、彼はその後、実際に古典映画の修復活動に携わっており、その運動で修復されたものを、僕も留学中に広場で青空上映(イタリアでは夏によくこういうことをするのです)で観たことがあります。

ちなみに、最後の最後に修復されたフィルムを手渡す役(ちらっと一瞬映るだけですが)は監督本人だそうです。

 

この映画には「劇場公開版」と、後に出た「完全オリジナル版(ディレクターズ・カット)」とがありますが、講義で観るのは劇場公開版です。ディレクターズ・カットの方は一時間近く長くなっているのですが、正直なところ観て後悔しました(あくまでも僕の個人的な感想ですが)。それほどに、もともとの劇場公開版のイメージを変えるエピソードが多く追加されていたのです。監督自身がみせたかった部分ですからこちらがあれこれ言うのも変ですが、監督が後から自分で手を加えて劇場公開版より良くなった例は少ないのが現実で、本作もそのケースに含まれるものと思います。

 

ともあれ「劇場公開版」での、楽しませて感動させる、あざといほどの巧みなストーリーと演出を楽しみましょう。「ミッション」などの素晴らしい映画音楽で世界的にその名を知られるエンリオ・モリコーネによる美しい旋律が、きっとしばらくは耳から離れなくなることでしょう。

  
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May 24, 2005

びっくり!

小学生の時はけっこうTVマンガとかもそこそこ観ていたのですが、どうしたわけか中学に入った途端にぱったりTVを観なくなり、そのせいで芸能界や歌謡界への興味も失っていきました。おまけに昨年まで海外に長くいたこともあって、今ではCFなどを目にしても名前を知っているタレントはほとんどいません。

車に乗ってラジオをつけたら、「杏里が結婚した」と話していて、「ああ、むかーしキャッツ・アイの主題歌とかがヒットしたんだっけ?」と遠い記憶をうすらぼんやり思い出しただけで、やはり関心ゼロのままチャンネルを変えようとしました。すると、「お相手はリー・リトナーというギタリストだそうで」と言うではありませんか!

リー・リトナーって、あのリー・リトナーですか!?確認るとやはりそう。なつかしい顔。とてもなつかしい。

僕は中1の時からギターを習い始めて、一貫の中学高校ではお約束のようにバンドを組んでいました。同学年には、中学から広島ではけっこう知られたプロはだしのギタリスト(今は医者兼ミュージシャン)もいて、最初あまりの技術の差に愕然としました。結局6年間ずっと彼にはまったく歯が立ちませんでしたが、もっと上手になりたいと練習していた頃の僕の教科書だったのが、リトナーのLPと楽譜だったのです。

中高一貫で高校になると、ロックではなくなぜかフュージョンを演奏するのが流行りだしました。皆はカシオペアを主にやっていましたが(「朝焼け」とかなつかしいなあ)、僕はもちろん、他のメンバーに頼み込んでレパートリーの中にリトナーを入れてもらっていました。大学でも軽音のバンドに属していましたが、オリジナル曲を作って演奏するのが面白くなってもうリトナーの曲もすることはありませんでしたが、ただギターだけは、(ギブソン335には手が届かないので)リトナーが一度セッションで使ったのを目撃したヤマハのギターの同モデルを手に入れて弾いていたのも懐かしい思い出です。今でもたまーに手を触れますが、続けていないと何事でも忘れてしまうものですね。

 

リトナーがイヴァン・リンスと一緒に作ったLP「ハーレクイン」は、彼の作品の中でもとりわけ名盤だと思います。探し方が悪いのか見当たりませんが、グラミーを獲ったアルバムなのできっとCDにもなっているのではないでしょうか。もし出ていなければ、研究室でテープをお貸ししますよ!

  
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May 21, 2005

楽園追放

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蛇にそそのかされて禁断の知の実を口にしたアダムとエヴァには、自意識が目覚めます。考える力を手に入れて、人間ははじめて人間たりえるのですから、人間が思考力を得るこのくだりは聖書の中でも重要なステップとして扱われています。

自意識が目覚めて「恥ずかしい」という感情も同時に手に入れたアダムとエヴァは、いきなりいちじくの葉で性器を隠したりしたので、神には容易にことが発覚してしまいます。

二人の裏切りを知った神の仕打ちは残酷です。神は人間に「死せるものとしての運命」を与え、男性には労働の苦しみを負わせます。そして、誘惑に先に負けた女性にはより残酷な罰が与えられ、出産に激しい苦痛をともなうようにしたうえで、両者を楽園から永遠に追放します。エデンの園の入り口にはそれ以降、天使ケルビムが守衛として立つことになります。その傍らには、くるくると常に回転している剣が炎につつまれて近づくものを威嚇します。

 

古代の人も「なぜ出産のような喜ばしいことに、これほどの苦痛がともなわなければならないのか」という点について理不尽な感情をおそらく抱いていたのでしょう。旧約聖書にはこうした人類の根源的な「なぜ?」に原因・理由を与える多くの説明が入っています。

 

図版 マザッチョ Masaccio 「楽園追放」 1425頃、フィレンツェ、サンタ・マリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂

マゾリーノとともに、ブランカッチ礼拝堂の記念すべきフレスコ連作を描いた画家です。マゾリーノもたいした画家なのですが、マゾリーノアダムエヴァの真向かいにこのマザッチョの「楽園追放」があると、同時に描いているだけにマザッチョの革新性に目を見張ってしまいます。

二人のアダムの太ももを見比べるだけで、マザッチョの形態把握の正確さ、マッスと空間の描写力に驚き、そして嘆き悲しむ仕草や表情によって、人間的な感情表現が彼の手により突如として高次の地点に達せられたことがわかるのです。

それにしても、マザッチョは1401年に生まれて1428年には亡くなっていますから、まさに疾風のように現れて近代絵画に飛躍的な一歩をあたえ、あっという間に消え去ったわけです。もし彼が20代で亡くなっていなかったら、はたして絵画はその後どうなっていたのか想像もつきません。

当時のフィレンツェには彫刻でドナテッロ、建築でブルネレスキが現れて、絵画のマザッチョとあわせて彼ら同時代人が揃って各分野を飛躍的に進歩させていますから、この偶然性は実に不思議です。彼ら三人はお互いに交流があり、知識や技術の交換もしあっていたようです。

以前採り上げた、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の三位一体などはこうした協調関係の好例です。遠近法によって擬似空間を正確無比に現出させた最も早い現存作例となっているマザッチョの「聖三位一体」には、ルネサンス遠近法(中央一点消失遠近作図法)の発明者でもあったブルネレスキならではの最先端の空間構成のアイデアが見事に反映されています。
  
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May 18, 2005

発表原稿できあがり

来週末に迫った学会発表の原稿が一応完成。頭の中にはあったものの、今回はドタバタしていて直前まで着手できなかったのでちょっと心配だったけど、ようやく土曜日から書き始めて先ほど終わり。ふぅ。

最初は言いたいことをダラダラと書いていて、言いたいことの半分ぐらいまでできたところで一度読んでみたらすでに発表時間を大幅にオーバー。このままだと一時間ぐらいの原稿になってしまうのでザックザックと削除して、縮めてから残り半分を書き進めました。いつも講義で90分話していると、25分のまあ短いこと。

発表原稿でも、論文や研究書でも、書いている間はいつもとっても楽しいです。でも、やはり学会発表を控えているへっぽこさんの下の記事を読んだら、そういえば厳しい質問をされることもあるなぁという学会の怖い面も思いだしてしまいました。うーむ。僕もこの世界ではまだただのヒヨッコ。艱難汝を玉にす。何事も経験。ま、なるようになれ、か。

 

 学会を前にして(へっぽこ講師のつぶやき)

 

あとは図版をPPFにして、想定質問対策用の参考図版を準備して、配布用の文献表を作っておわり。日曜はハイレヴェルなプレゼン技術を誇る研究者仲間の前で予行演習。心強いです。

  
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May 15, 2005

カラヴァッジョとラ・トゥール(2)

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ほぼ同じ主題による、ラ・トゥールの<聖ヨゼフへのお告げ>が今回出品されています。

マリアではなく夫ヨゼフに対して、マリアの処女懐胎を説明し告知するという、比較的描かれることの少ない場面をラ・トゥールは選んでいます(他のことを告げているという解釈もあります)。これを見て「お爺さんを描くのが好きだからですね」と言った学生がいましたが、たしかにその通りなので面白いですね。

ここでは自然光は蝋燭による一点光源のスポットライトへと置き換えられています。そのせいで画面の周辺部分は暗くなりますが、蝋燭を光源に用いると、画家が照らしたい対象の傍へと光源を配置しやすいという利点があります。そのおかげで、聖ヨゼフの顔と、そしてなにより天使の可愛らしい顔が最も画面上で強調された要素となっています。また、天使の左手甲の照らし出された部分がえがく曲線が柔らかく優美で、画面上の効果的なアクセントとなっています。もし蝋燭を腕で覆っていないと、画面上で最も明るく強い要素が天使の顔でなく炎そのものになってしまいますから、ここでも画家は炎自体は腕や手で隠す彼なりの解決法を適用しています。

 

そしてもう一つの重要な違いは、この絵の天使には翼が無いという点です。それどころか、近所で最も可愛らしい子供をモデルにしたことを彷彿とさせるような、ラ・トゥールならではの「卑近な日常的要素」による宗教主題の描写がここでもなされているわけです。カラヴァッジョの天使は先に見たとおり、ファンタジックな要素を残しています。彼は「ある瞬間を切り取る」スナップショットを発明した天才で、構図も動きも激しく、今まさにそこで場面が繰り広げられているかのような劇場的な臨場感がありますが、天使はいまだ神秘的な存在には違いないわけです。

一方ラ・トゥールの天使は、そこらへんにいてもおかしくない普通の子供です。(この子は中性的だ、天使が両性具有だからわざとだ、と傾聴に値する意見を述べていた学生もいました)。ラ・トゥールにとっては、そして彼の周りの世界もおそらく、もはや神秘的な宗教場面よりは、日常空間の延長上にあるかのような宗教場面の方が、感情移入しやすいものとなっていたのでしょう。だからこそ、天使のみならず、キリストも普通の子供で、諸聖人はまるで隣のパン屋の老主人のようで、聖母マリアは向かいの髪結いのお姉さんのようで、そして聖アンナは三軒先の縫い物屋のお母さんだと言われても違和感が無い格好をわざわざしているのでしょう。

 

図版 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 「聖ヨゼフの夢(聖ヨゼフへのお告げ)」 ナント、市立美術館

  
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May 14, 2005

カラヴァッジョとラ・トゥール

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ラ・トゥール展(レビュ記事)に学生引率あわせて都合四回行ったのですが、学生はなかなかに熱心で好奇心に富み、さまざまに直感的な印象を述べてくれた人も少なからずいて、とても楽しい見学となりました。

何人かの学生がこれをきっかけに「もっとよく知りたい」と思った画家はやはりカラヴァッジョのようですね。「展覧会見学のための事前講義」でも両者採り上げて比較しましたが、カラヴァッジョが与えた衝撃は確かに大きく、彼なくしてはラ・トゥールもいないわけですが、しかし一見カラヴァッジョの後継者にしか見えなくても、ラ・トゥールにもやはり彼ならではの独自性がはっきりとあります。

さまざまな点から比較できるのですが、非常にわかりやすいポイントだけをここでは見てみましょう。

 

図版はカラヴァッジョの<受胎告知>です。

それまでの受胎告知図像では、右と左にマリアと大天使ガブリエルがいて、両者は左右対称で、当然ながら同じ地平レヴェルに位置しています。しかし、このカラヴァッジョの作品では天使は左上にいて、翼を大きく広げて、今まさにマリアの前に舞い降りて告知したという、この瞬間の臨場性を強調する効果を獲得しています。画面上部からは自然光によるスポットライトが場面を照らし、天使のつややかな肌を明るく照らすかわりに、その顔は影に隠れています。

次に今回出品されているラ・トゥールの作品を見てみましょう。(続きます)

 

図版 カラヴァッジョ 「受胎告知」 ナンシー、ナンシー美術館

  
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May 11, 2005

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(西洋美術館)

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行ってみたら、予想していたより多くの人が入っていてなんだか嬉しくなりました。というのも、ラ・トゥールは世界的に人気の高い作家で、フランスでの展覧会ではそこの入場者記録を持っていたりするほどなのですが、いまだ日本ではあまり知られていない画家だったからです。それなのにこの盛況ぶり。高橋明也氏を中心とした西洋美術館スタッフのご尽力と勇気に感謝です。

何百年間も歴史から忘れ去られていて、再発見されてから急に評価されるようになり、また真筆だと確認された現存作品数が少ないといった点で、フェルメールと共通するものを感じます。日本でもこれを機会に認知度がぐっと高まりそうですね。

 

ラ・トゥールといえば、カラヴァッジョの様式との関係がよく採り上げられますが、カラヴァッジェスキと一概にひとくくりにできない画風を持っています。確かに明暗の強い、落ち着いた中にもドラマチックな場面描写が多く、また宗教主題などを扱いながらも当時の服装などの風俗を写実的に活写している点などで二人には多くの共通点がありますが、ラ・トゥールはおそらくイタリアに滞在したことはなさそうで、むしろカラヴァッジョ様式のネーデルラントにおける受容に指導的役割を果たしたホントホルストらを介して吸収したものだと思われています。カラヴァッジョの作品における、自然光によるスポットライト効果が、ラ・トゥールにおいてはほとんど蝋燭による一点光源に置き換えられていることなど、彼なりの独自性も多く挙げることができます。

 

展覧会では、彼の工房によって数多く制作されたと思われる、忠実でハイレヴェルな模写作品を多く集めることで、失われた真筆作品を考えやすい環境が用意されています。また、晩年に近づくにつれて彼が描くモチーフの形態が、徐々に単純なフォルムへと収斂されていく様子などもうかがえて、とても味わい深い展覧会となっています。

 

図版 「マグダラのマリア」 1633年前後、パリ、ルーヴル美術館

日本のコレクションに新たに加わった作品や、今回日本に来ている作品については展覧会にあわせていろいろなところで露出されているようなので、今回来ていない彼の代表作の一つをここでは挙げておきます。静寂な闇の中で、自らの過去を悔い、深い思索にふけるマグダラのマリアを描いたものです。頭蓋骨に手を置く「メメント・モリ」として同聖人を描いたラ・トゥールの作品には、これの他にもいくつかのヴァリアントがあり、いずれも高い精神性を感じさせる傑作となっています。

 

 恵泉の「教養」受講生と、白梅の「近代美術」受講生は、この展覧会への見学日が近づいているので、より有意義に楽しみたい学生は新聞や雑誌の関連記事や関連本をチェックしておくと良いかもしれません。

 

 展覧会公式サイト(読売新聞社)

 国立西洋美術館HP

 

 ちょっと検索してみたところ、すでにかなりの方々がこの展覧会に関して語っています。以下にいくつか選んでリンクしておきます。かなり以前の記事もありますが、皆さんいろいろな展覧会の楽しみ方をされているのがうかがえます。

 「Floral Musée」から

 「美術史が好き!」から

 「Infocierge(インフォシェルジュ)」から

 「谷中オペラ日記」から

  
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May 09, 2005

ちょっと叩きすぎでは?

中には反発があるだろうことを覚悟の上で書きます。

JR西日本で起きた事故は、以前で述べた通り、いたましく悲しい出来事です。防げたかもしれない事故で命を落とされた方々、そしてあの朝、かけがえのない人を一瞬で失われた方々のことを考えれば、厳密に原因を洗い出して検証し、厳正に対処してほしいと僕も思います。

 

しかし、その後のボウリングやゴルフなどに関する報道を見ていると、率直なところ、ちょっと違和感を感じてしまいます。確かに、同社で責任あるポストについている人や、同じ管区で働いている人が、事故直後にボウリングなどやってそれではたして楽しめたのかな、とは疑問に思います。しかし、あれほど多くの人が働いている職場で、たとえば事務関係の仕事についていたりする人もいるでしょうし、かなり離れた場所で毎日へとへとになって働いて、たまの休みのレクリエーションを楽しみにしていた人もいたかもしれません。それでもなお、確かに公共交通機関を運営する会社として、勇気を持って中止する理性的な判断がなされていた方が良かったかもしれません。

 

ですが、ちょっと叩きすぎではないですか?マスコミの一部にあるヒステリックな対応の方が、僕には空恐ろしいものとして映ります。そしてそれによってまるで正当性でも与えられたと勘違いでもしたかのような、まったく関係ない運転手や駅員へのいやがらせは明らかに正常な反応とは思えません。悲しみや怒りは、事故の原因追求や再発防止を静かに冷徹な目で監視する方へとむしろ向けられるべきであって、間違っても嫌がらせや暴力の形であらわされるべきではありません。「自分が正しい」と堅く信じ込んでいる人が大上段でふりかざす正義感が、時としてより大きな狂気へと暴走することもあることは、人類の歴史が明瞭に私たちに教えてくれていることです。

 

以下は、いつもは読んで笑っているBlogですが、この現象に関してほぼ同じスタンスの意見だったのでリンクしておきます。

「正義のヒーローごっこ」は楽しいすか。

  
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May 07, 2005

ジャン・クーザン(父)Jean Cousin 「エヴァ・プリマ・パンドラ」 1550年頃、パリ、ルーヴル美術館

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ちょうどキリスト教図像のカテゴリーでもイヴ(エヴァ)のエピソードを扱っているので、一風変わったこの絵をちょっとご紹介しておきましょう。

ジャン・クーザンは親子画家で、父は1490年頃から1560年頃に活躍したフォンテーヌブロー派の画家で、子の方は謎が多くあまり詳しいことはわかっていません。ただ、フォンテーヌブロー派とはいっても、フランス化が進んだ静かで冷徹な特徴ある一派の画風とは異なり、単にフォンテーヌブロー宮殿の画家達にごく近いところで活躍した画家という理由で同じ枠で扱われているだけです。実際、画風はむしろロッソ・フィオレンィーノの色濃い影響下にあり、どちらかといえばフランスよりもイタリア・マニエリスムの伝統に属していると言って良いでしょう。

この絵もイタリア・ルネサンスでの裸婦の伝統を引き継いでおり、フランスにおける最初の女性裸体画とみなされています。

 

さて、この不思議な絵ですが、画面上方に「Eva Prima Pandora」とあるとおり、この女性はエヴァとパンドラを重ね合わせて描かれています。エヴァは以前述べたとおりに、ここでも原罪を示すシンボルをともなって描かれています。左手には彼女をそそのかして禁断の木の実を食べさせた悪魔としての蛇が巻き付いています。となると右手で持っている枝に実った果実は当然ながらその禁断の実で、ここでは通常通り林檎の実として描かれています。物憂げに右ひじをついている下には骸骨があり、これは禁断の実とひきかえに人類が死ぬ運命となったことを表しています。美しい若い女性と骸骨というセットは、そのまま「ヴァニタス」の図像ともなっています(この図像伝統に関してはそのうち死のイメージのカテゴリーで詳しく扱うことになります)

さて、パンドラの壺(箱)のエピソードでご存知のように、パンドラはギリシャ神話で好奇心に負けて禁じられた壺を開けてしまう女性です。壺からは各種の災いが飛び出て、この世に蔓延することになったというストーリーです。

もうおわかりだと思いますが、つまりこの両者は「誘惑に負けて」「禁断のものに手を出し」「人類に災厄をもたらした」「最初の女性」であるという点で多くの共通点があるわけです。先のプロメテウスとキリストと同じく、ギリシャ神話とキリスト教との間に共通要素を探して、古典復興期に画題として用いられるようになった例の一つです。

  
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May 06, 2005

論文博士廃止に続けて:昔のこと

以前書いたTBをいただいて、TB元のへっぽこ講師のつぶやきさんの該当記を読んでいて、シンパシーを感じてちょっと切なくなりました。

僕も長年、生活と研究を支えていくだけの原資を確保するのに四苦八苦していました。以前書いたように助手として救済されていた時期はおおいに助かりましたし、留学前は予備校の講師もさせていただいていたので良かったのですが、留学してからが大変でした。留学のカテゴリーでも詳述したように留学奨学金つきでしたが、それにも限度があります。その後海外で少しは研究費もいただけるポストにいたときもあったのですが、それでも日本円にして月6万円程度にしかなりません。その上、昔の事情で毎月5万円を合計100ヶ月分(!)になるまで、とある人に払わなくてはならないことになっていました。研究費どころではありません。ありがたいが低い給料、決して安くない海外の家賃、毎月5万円の支払い、月末の光熱費などの引き落とし・・・ いったい何度、全てを放り出して消えてしまいたいと思ったことでしょう。

 

しかし、どんなに辛いときでも、美術史にがむしゃらに打ち込んでいる間だけは、すべてを忘れて没頭できている自分がいました。だから僕にとって美術史とは、命の恩人なのです。

そして、そんな境遇を見かねて救ってくれようと手を差しのべてくれた人達がいました。イタリアで何度も依頼してくれたイタリア人編集者(悲しいかな故人となりました)、通訳や執筆などの仕事をまわしてくれたジェトロや日本とイタリアの企業、友人知人達、そして最後は在外コレポンとして給与契約を結んでくれて何年にもわたって生活を支えてくれた京都の会社・・・

人の恩によって生かせてもらっているのだと、つくづく身に染みてわかりました。ようやく例の支払いが合計100ヶ月に達して終わった時には涙が出ました。それから家庭を持ち、一児の父になり、帰国し就活して今に至ります。

二、三年前からガラリと性格がかわりました、と何度も書いているのはこうした経緯によるものなのです。

 

ですから今は、日々穏やかに研究ができる環境にいるだけで心の底から幸せです。拾っていただいた大学のためを考えると博士号を取った方がやはり良いのは確かですが、今回の文科省の方針でなかば諦めがつきました。今は任期制ポストなのでたしかに将来に不安はありますが、こういう損な世代で損な通り道を歩いてきた者ですから、あまり望みすぎるのも不相応というものです。

 

ですが、へっぽこさんも、そして同様に博士課程にいて日々の生活に追われている他の人たちも、どうか最後まであきらめないで下さい。博士課程をいったん出ると、たとえ数年間は論文博士申請の猶予年限があったとしても、格段に博士号は難しくなります。簡単に博士号を出してくれない分野や大学、研究室にいる人でも、今のその大学の外へ出た後よりは、中にいる間の方がはるかに取りやすいことは事実です。

たとえ取得しないまま満期で博士課程を出ても、実際に論博システムが完全に廃止となるまで年数はかかるはずですから、その可能性が残っている間はどうか頑張ってみてください。学振がダメなら予備校勤めや奨学金でなんとか研究時間を確保してください。そしてまずは各分野で一般的に必要とされている、審査つき論文の本数を揃えることに尽力し、課程博士にアプライできるまで揃えて下さい。

僕のようないらぬ不安を将来抱えることのないよう、くじけないでトライしてみてください。理系はもちろんのこと、人文系でも博士号が将来的に皆さんの大きな武器となることは確かですから。

 

つい感傷的になって余計な私事ばかり長々と書いてしまいました。下らぬ落書きとして読み飛ばして下さいね。

  
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楽園のアダムとイヴ

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触れてはならぬと強く言い渡されていた、楽園のあの禁断の果実を口にする時がついに訪れます。禁断の果実は人間に知恵をもたらすものであり、思考能力を与えるものです。つまりそれまでは自意識さえなく、当然恥の概念などもありませんから、ここに挙げたマゾリーノ(マソリーノともよく表記されています)の絵にあるように、堂々と裸身を晒して当然なわけです。様々な思考や文化のきっかけになった点で、まさにプロメテウスの火のごとく、文明化の鍵を人類は手にしたわけです。

しかし、ひきかえに人類はあまりにも多くのものを背負わされることになります。その最たるものが「死」です。こうして人間は寿命にしばられ死ぬ運命となったと説明されました。こうしたあたりは次回の「楽園追放」の場面でも見ることになるでしょう。

 

禁断の実を食べろとそそのかすのは悪魔の役目ですが、ここでは蛇の姿を借りて現れます。頭部には女性の顔がつくことが多く、この点でややギリシャ神話の海の魔女セイレーンとの近似をみせています。そして誘惑に負けるのはイヴ(エヴァ)の役割で、こうして女性は楽園追放時にとりわけ残酷な罰を未来永劫受けることになります。また誘惑に負ける存在としての女性というその後のイメージの一端を担うことになり、その後の魔女裁判などの現象を考える上でも重要な要素となっています。

また、アダムが負った原初的な罪はその後のキリストによる受難と贖罪を暗示し、一方イヴの罪は、それをあがなう存在としてのマリアの出現を用意するものとして神学的には解釈されるようになりました。

 

図版 マゾリーノ・ダ・パニカーレ Masolino da Panicale 「楽園のアダムとエヴァ」 1425頃、フィレンツェ、サンタ・マリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂

マゾリーノはマザッチョとともに、ブランカッチ礼拝堂でルネサンス初期の記念碑的絵画作品を為した画家です。本名はトンマーゾ・ディ・クリストファノ・フィーニTommaso di Cristofano Finiといい、1420年代から活躍し始めます。ウッフィツィ美術館にある<聖アンナと聖母子>などでも二人の共作は認められ、ヴァザーリの記述のせいで師マゾリーノと出藍の誉れたる弟子マザッチョという構図が信じられていましたが、実のところ二人は年齢の差こそあるもののほぼイーヴンな共作者の関係にあったと考えられています。

このカテゴリーの次回でマザッチョの同礼拝堂の作品を見ることになりますが、真に革新者たるマザッチョの先進性を目のあたりにすると向かいにあるこの作品の中世的な優美さと保守的なまとまりが良くも悪くも目立ってしまいます。しかし、28歳で夭逝するマザッチョの影響を受けてマゾリーノの画風も劇的な変化を見せ、その後一人で立ち向かったサン・クレメンテ教会(ローマ)などのフレスコ画では、いつの間にか最先端の遠近法の使い手となっていたマゾリーノの卓越した技術がいかんなく発揮されています。遠近法画家としてのマゾリーノについては日本ではさほど知られていないので、彼のこのドラスティックな変化については遠近法のカテゴリーでもいずれ採り上げることになるでしょう。

  
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May 05, 2005

「禁断の木」と「プロメテウスの火」のエピソードとの類似

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旧約聖書の楽園には「知恵の木」(生命の木)があり、その実を食べることは神により禁じられていました。いったん食すれば知恵が手に入るわけであり、つまりは神は人間を知識や自意識など持たぬ愚かで従順な無垢の存在に留めておきたかったことになります。ちょっと冷酷な気がしますが、原始宗教には広く見られる状況設定です。

 

ギリシャ・ローマ神話では、神々にしか持つことを許されていなかった「火」を人間にもたらしたかどで、英雄プロメテウスは岩に括りつけられ、来る日も来る日も、鷲に肝臓を食い荒らされては次の日にまた元の状態に戻されて未来永劫苦痛が続くという、非常に残忍な刑罰を受けることになります。こうした逸話に肝臓が選ばれたのは、肝臓はかなり失われても自己復元できる臓器だという生物学的な事実がかなり昔から知られていたらしいことも背景にあるのでしょう。

人間は「火」という道具を手にしたからこそ他の動物を遠ざけることができ、よってその他の動物に勝る存在となり、さらに火は料理などに利用され、また武器として用いられるなどして、人間だけが特殊な存在となったという説明がここではなされていることになります。言ってみればここで火は「文明化への鍵」として扱われているわけです。

面白いことに、この賢者プロメテウスは弟である愚者エピメテウスと対比して扱われますが、「プロ」と「エピ」はプロローグ(序章)とエピローグ(終章)という単語でもわかる通り、前と後という接頭辞です。よって、この兄弟の神々の名前はギリシア語でそれぞれ、「先に考える者」と「後で考える者」という意味になります。

 

ギリシャ神話にもいくつかヴァージョンがありますが、中にはプロメテウスこそが人間の創始者だという設定になっているものもあります。ティターン族の一人であるプロメテウスが、泥をこねて、神々の姿に似せて最初の人間を創るという話です。旧約聖書でのアダムがやはり泥から創られて、それも神が自分の姿に似せて創ったという設定と完全に同じであることにお気付きだろうと思います。

 

図版 ギュスターヴ・モロー 「プロメテウス」 1868年、パリ、モロー美術館

岩につながれて肝臓を鷲に食い荒らされる残酷な場面にあって、プロメテウスがまったく動じることなく強い意志を漲らせて思索にふけっている姿が描かれています。ここでのプロメテウスは人間を助けた英雄であり、それによって被る苦痛の受難を受け容れて堂々としています。あくまでも個人的な見解ですが、モローはあきらかに受難伝のキリストと重ね合わせてプロメテウスを描いているはずで、だからこそプロメテウスの風貌も西欧に伝統的なキリストの容姿に似せて描かれているのだと思います。キリストも、やはり人類の罪を身代わりに負った存在なのですから、ギリシャ神話で最も近いキャラクターを探せば当然プロメテウスになるはずです。

  
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May 04, 2005

「Hitcher」

先日以下のような記事を目にしたので、この映画のことを思い出しました。

<米ウェンディーズ>豆料理に人間の指 主張の女性を逮捕

 

「ブレード・ランナー」でのレプリカント役に感動して以来、ルトガー・ハウアーが出ている映画は片っ端から探して観てまわり、中にはハリウッドデビューの前に母国オランダでアイドル(と呼んで良いものなのか)をしていた頃に主演した「ダンデライオン」なんてものまでありました。いかにB級といわれようが「ブラインド・フューリー」などのようにかなり好きな映画も中にはあるのですが、これまで観てきて、一般的には評価の高い「聖なる酔っ払いの伝説」などもありますが、結局のところ良い出演作品にあまり恵まれている方では無いような気がします。

「ブレード・ランナー」の後は「レディ・ホーク」での<昼だけ騎士>のようにやや耽美的なヒーロー役がまわってきたのですが、この「ヒッチャー」では再び、ハウアーは圧倒的に強く執拗な、陰のある敵役を演じ、どことなく反逆レプリカントを髣髴とさせてくれました。

ヒッチハイカーを乗せてしまったばっかりに、主人公(トーマス・ハウエル)はその後、理由も無く延々と追い回されます。この設定はどことなくスティーヴン・スピルバーグの長編第一作「激突」を思い起こさせます。そこでもやはりトラック・ドライヴァーに延々狙われる、不気味なロード・ムーヴィーとなっていました。

 

上の記事でこの映画を思い出したのは、主人公が立ち寄ったドライヴ・インでヒッチャーが切断した指を料理に出すシーンがあって、これがなかなかに強烈だったからです。ああ、気持ち悪い… 

しかし主人公にこれほど執着するのは、ヒッチャーが主人公にあることを望むようになっていたからなのですが・・・

 

ついでに、この映画には主人公と一緒に追い回されるようになる彼女も出てくるのですが、演じるのは<好んで変な役をやりたがる>ジェニファー・ジェイソン・リーです。もっとも、「ルームメイト」や、クローネンバーグの「イグジステンス」やカンピオンの「イン・ザ・カット」などで演じた役と比べると、ここではずいぶんと真っ当な普通の役柄ではあります。

  
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May 03, 2005

フランソワ1世

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フランソワ1世と彼の宮廷は、フランス近代の成立にとって決定的な役割を果たしました。

 

1494年にコニャックで生をうけましたが、彼の家系はヴァロワ家とオルレアン家の系統であって、直接のフランス王の嫡子だったわけではありません。いとこであるルイ12世の娘と結婚したおかげで、1515年にフランス王として即位します。いわば入り婿だったわけです。

時は群雄割拠たけなわのルネサンス時代でしたから、即位後しばらくは他国との勢力争いに終始します。相手は教皇レオ10世や神聖ローマ皇帝カルロス5世、イギリス王ヘンリー8世といった錚々たる面子です。教皇を屈服させて協約へと持ち込ませたかと思えば、皇帝軍には惨敗して自ら捕虜として捕らえられるなど波乱続きです。しかしこの間、フランスの諸地方で勢力を誇っていた豪族達を徐々に駆逐して集中的な絶対王政へと道筋をつけ、近代ヨーロッパ有数の大国となるフランスの基礎を築きます。実際、彼の治世の間にフランスの人口はほぼ倍加し、またフランス語を公用語と定めて整備するなど近代化にも尽力しました。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチやセルリオ、ベンヴェヌート・チェッリーニを迎えるなど、先に述べたようにイタリア人画家たちを積極的に登用し、フランスへルネサンスとマニエリスムを輸入してフランス化を進めました。フォンテーヌブロー宮殿は言うに及ばず、湖面に映る姿が美しいシャンボール城など、数々の宮殿建築を残しました。

 

しかし、「神聖ローマ皇帝となる」「地中海の宝石イタリアを支配する」という野望は遂にかなわず、晩年にはワルド派の弾圧やプロテスタントとの確執など、忍び寄る宗教戦争の脅威を背後に感じながら、1547年に波乱万丈の生涯を閉じます。しかし彼の長い治世の間に絶対王政国家としての体裁を整えたフランスは、いち早く近代国家へと脱皮を進め、大国としての地歩を固めるとともに、文化的にもそれまでの後進国から一躍リーダーへと変身することになります。

 

図版 ジャン・クルーエ(子)Jean Clouet 「フランソワ1世の肖像」 1525年、パリ、ルーヴル美術館

  
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May 01, 2005

「ヨブ記」のサタン

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前述したとおり、聖書中にはあまり具体的な悪魔像というのは描かれていないのですが、歴代誌のダヴィデによる人口調査の話での「サタンがイスラエルに対して立ち・・・」(上巻211行)という記述などでわかるように、古くからevilな存在として認識されていたことがわかります。

 

旧約聖書中で最もサタンが大活躍するのはおそらく「ヨブ記」だろうと思います。ヨブの信仰心があついのは裕福で幸せの絶頂にあるからだ、というサタンに対し、それなら試してみなさいということでサタンが好き放題にヨブを苦しめにかかります。家も財産も家畜も奪われ、子供達の命や妻の愛まで失わせ、それでもヨブは信仰心を最後に取り戻すので富をそれまでの倍にして返してあげた、という話なのですが、ここでは実際に悪行を下すサタンよりも、それを見物しているだけの神にむしろ驚かれるかもしれません。こうした「一見残酷に思えるほど人間を試す」神の姿は、旧約聖書ならではです。

 

ヨブについてですが、ユダヤ世界では伝統的にモーセの同時代人ということになっています。実際にこのヨブ記が成立したのはだいたい紀元前6世紀頃のことなので、その頃までには悪の行為者としてのサタンのイメージができあがっていたことがうかがえます。

 

図版 ウィリアム・ブレイク 「ヨブを苦しめるサタン」 1826年、ロンドン、大英博物館

ヨブ記を描いたものにはさまざまなものがあるのですが、ここでは「奇妙な聖書画家」としておなじみのブレイクを挙げておきます。ヨブに楽しそうに熱湯をかけているサタンですが、同じ画家の水彩画(ロンドン、テート・ギャラリー)では、翼を持たない姿で描かれています。

  
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