September 03, 2005

「愛の馬」とハンス・メムリンク<真実の愛の寓意>

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このところとある原稿を仕上げるために凱旋とその図像について再度まとめていたのですが、ペトラルカの『凱旋』を視覚イメージ化したものには必ずといってよいほど特定の凱旋車をひく特定の動物がいて、なぜそれらがいつも決まったセットで(もちろん例外もありますが)登場するのかも再度調べていました。

ペトラルカの著作にそれらを特定する典拠でもあれば話は単純なのですが、詩の中には「愛の凱旋車=馬」のセットについての言及しかありません。それ以外はほぼ画家たちの想像力に任されていたはずなのですが、彼らが揃いも揃って同じ動物をそれぞれに対応させていたのには、やはりそれなりの理由があるはずです。それらは古代の図像伝統の残像であったり、動物そのものが持つ性質から成立した意味内容などもあって面白いものです。

 

馬ですが、もともと太古の昔から人を乗せて運ぶ役割をたいてい担っていましたから、当然ながら従順さや忠誠の、そして強さや生命力のシンボルとなっていました。アポロンの凱旋車を引くのも馬ですし、実際に古代ローマで勝利者が凱旋する際に乗っていたのも当然ながら馬だったので、勝利者を戴く凱旋車を引く動物の図像として最も自然な流れで定着していきました。

凱旋の動物の中でも愛と結びついたのには、馬のイメージの中でも忠実さや生命力といった側面の存在が大きかったのでしょうが、「貞節」=「一角獣」のセットもあるので、愛にも二種類あることになります。「貞節」とはここでは、卑近な言い方をすれば「肉体的な愛」である「愛」に対する「精神的な愛」を意味し、つまりは「俗なる」愛に対する「聖なる」愛をうけもっています。プラトニックな聖愛に、処女(=貞節)にしかなつかない一角獣が自然な流れで対応したので、もっぱら馬が俗愛をうけもつようになったのでしょう。

 

おもしろい作例があります。ハンス・メムリンクの小型祭壇画で、左翼には穏やかで幸せそうな表情をした、うら若き女性が描かれています。彼女はカーネーションを持っているので、おそらく婚約したばかりの処女であろうと想像できます。右翼には茶と白の二頭の馬がいます。茶色の馬がまっすぐ女性の方を見ている一方で、白い馬は女性に見向きもせず小川の水を飲んでいます。

寓意に満ちたメムリンクによる作品ですから、ただ二頭の馬だけ意味もなく描くはずもなく、白い馬の方は目の前にある直接的な欲求(水)に屈していて、茶色の馬の方はそれに惑わされずに精神的な愛をささげる対象(女性)の方を見ていることで、前者を「一般的な愛」として、そして後者を「プラトニックな愛」として描いているのだろうと考えられます。白馬の背に乗っているのが動物的な欲求をしばしば代表する猿であることからも裏付けられます。もちろん、これ以外の面白い見方もあるかもしれません。

凱旋図像で一角獣と馬が分担する役割とほぼ同じものをここでは白と茶色の馬が分担していることがわかります。普通は白の方がプラトニックに相応しいような気がしますが、茶色がその役割を果たしているのは興味深いですね。

 

図像 ハンス・メムリンク Hans Memling c1440-1494 <真実の愛の寓意の祭壇画>、1490年頃、左側はニューヨークのメトロポリタン・ミュージアムに、右側はロッテルダムのボイマンス美術館にそれぞれ分散保存されています。

 

 

追記++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

美術史Blogの老舗、美術史が好き!で採り上げていただいていたのでリンクしておきますね。

そこでは<ヴァニタスの寓意>とされるメムリンクの作品とからめて面白い考察がなされていました。

ちょうどヴァニタスとプルデンツァ(賢明)の寓意の図像伝統について一本書いて印刷待ちの状態なので、僕にとってもタイムリーで興味深いものでした。



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この記事へのコメント
リンクいただき有り難うございます〜!!

ヴァニタスとプルデンツァ(賢明)の寓意の図像伝統について、面白そうです!
イコノロギアだと、賢明の寓意は鏡と蛇を伴っているらしいですが、いろいろな変遷があるのでしょうね。

蛇といえば・・・蛇にそそのかされてリンゴを口にするエヴァに対して、猿にそそのかされて水を飲む白馬・・・つまり、アダムとイヴの動物バージョン、なんて大胆な解釈も・・・(笑)。

ごめんなさい、ついうれしくて調子にのりすぎちゃいました。

今後とも更新を楽しみにしてマース!
Posted by うっちゃん at September 06, 2005 02:26
> うっちゃんさん

動物バージョン、面白いではないですか。
うっちゃんさんのユニークで柔軟な発想力を感じさせます。

プルデンツァも鏡を持った姿をしていて、あまり知られていないことですが、この図像の成立にはキリスト教源泉と「ヤノア(ヤヌス)神」の図像からの強い影響が認められます。このBlogでもいつか言及するかもしれませんが、いかなる変遷を経てそうなるのか考えるのもとても楽しいことなので、機会があればヤノア神の図像をご覧になって推理されても面白いですよ。
Posted by ike at September 08, 2005 01:17