September 09, 2005

プラート美術の至宝展(損保ジャパン東郷青児美術館)

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オープニングで、期待通りの良質な出品作をじっくりと堪能して帰ってきました。 >>美術館HP

西洋美術史の中でもイタリア美術を中心分野とする私のような研究者にとっては、このような展覧会が日本で開催されることにこの上ない喜びを感じています。

というのも、同展覧会に「フィレンツェ」や「ミケランジェロ」といった日本での一般認知度が高い符号はついていないのですが、強国フィレンツェの隣にあったせいで政治的・文化的・宗教的な自治独立が困難だった小都市ならではの歴史の面白さがプラートにはあるのです。同展にはそうした面白さを観る者に伝えるに充分な作品群が揃っています。

日本ではさして知名度がなくとも、イタリアではよく知られた画家や美術史上重要な画家の作品が揃っていて、私たち研究者が「よくこれだけ来たものだな」と思うほどです。もちろんこれはプラートの所蔵先が現在修復中だという幸運のせいでもあります。

 

プラートにとって重要な「聖帯の伝説」を描いたプレデルラが出品されているのですが(ベルナルド・ダッディ)、14世紀前半のイタリア美術の作品が日本に来ること自体が非常に稀なことです。他にも、巨人ジオットの最も偉大な弟子だったタッデオ・ガッディ、プラートで活躍したといえばその名が挙がるフィリッポ・リッピとその弟子フラ・ディアマンテ、そしてリッピの息子フィリッピーノ・リッピ(直接の師匠は父ではなくあのボッティチェリ)、遠近法で有名な「奇妙な画家」ウッチェロ、「美しき聖母子レリーフ」の彫刻家ベネデット・ダ・マイアーノ、対抗宗教改革期の重要な画家で、卓越した肖像画家としての一面が今回の出品作の顔部分からよくわかるサンティ・ディ・ティートなどなど、数よりも質、それも社会背景を知ることによってより面白くなるような作品構成となっています。

 

何度も猛威をふるったペストに対する恐れと赦しへの願いがよくわかる作品や、なぜマリアが天国へ行くことを「昇天」ではなく「被昇天」と呼ぶのかといった説明に最適な作品などもあるので、恵泉大での「キリスト教美術」の学外講義で行く先の一つにしたいと考えています。講義室での講義よりも実際の作品を前にして説明を聴いたり自分で考えたりするほうがはるかに関心が高まり理解も深まりますから。ただ、開催期間が1023日までとやや短いので調整をはからないといけませんね。講義開始が9月末で、やはり観に行くモロー展も同じ日に開催終了となりますから、うーむ、学生さんにとってハードすぎないような日程を考えないといけませんね。

しかし、そうするだけの価値があります。同講義の受講期間中にこのような良質な展覧会が開催されている幸運を活かさない手はありませんから。

 

今回は、同展の先行記事があるFloral Musee、フィリッポ・リッピの記事がある、の両BlogTBさせていただきますね。

 

図版 ラッファエリーノ・デル・ガルボ(Raffaellino de’ Carli, detto il “Garbo”c1466-1524、「聖母子と幼き洗礼者ヨハネ」、同展カタログより。

素敵な作品、面白い作品は他にもあるのですが、このあまり知られていない画家の本作品に強く惹かれました。上記のフィリッピーノ・リッピの弟子なのですが、師を介して受け継がれた、リッピやボッティチェリ以来の実に繊細で優美な人物表現の才をいかんなく発揮した作品です。そして静謐で透明感のあるその遠大な空間表現は、同時に画家がウンブリア地方の様式をも高次元で吸収していたことを示しています。優しげで思慮深げな美しい聖母子の姿が、非常に大型のトンド形式の画面上に、フィレンツェの伝統ならではの秩序正しく計算された構図によって展開されている逸品だと言うことができるでしょう。



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この記事へのコメント
先生、

さすが、先生はイタリア美術のご専門だけあって、
文章が弾むように書かれていて、ご堪能されたのが
伝わりこちらまで、熱くなってきます。

私も明日の午後でも行こうと思っていますので
予習に拝読させていただいて参考になりました。

続々と決まる講演会と展覧会へのご引率など
お忙しくなる一方のようですが、季節の変わり目
なので、どうぞお体にもご留意くださいませ。

また、感想文を書けるようでしたらその時に
TBに伺います。お忙しいのにいつもリンクなど
ありがとうございます。
Posted by Julia at September 09, 2005 23:19
こんばんは
TB、さらには拙記事のご紹介までしていただき、ありがとうございました。
開催期間が10月23日までとなると、行けそうにありません。(苦笑)
モロー展、共々とても残念です。特にウッチェロの作品は見たかったです。
お忙しいなか、たびたびご訪問いただき、ありがとうございました。
勝手ながら、リンクを張らせていただきましたので、よろしくお願いいたします。
Posted by lapis at September 10, 2005 00:12
> Juliaさん

JuliaさんのBlogでの展覧会感想記事を楽しみにしています。

それにしても凄い観覧頻度ですね!一つ展覧会を観るとかなりの距離を歩いたことになるそうですから、展覧会に数多く行っている時期は足だけでなくなんだか体の調子まで良いような気がします。Juliaさんもそうなのでは?
Posted by ike at September 11, 2005 00:15
> lapisさん

まずは受賞おめでとうございます!受賞作拝見しました、和みました。

リンクをありがとうございました。
私も見に行くBlogが増えたのでリンクせねばと思っていますが、怠慢ゆえに滞っています。そのうちこちらからも追加させていただくのでよろしくお願いします。
Posted by ike at September 11, 2005 00:19
池上先生

昨日、プラート展へ参りまして、初めてあのような本格的なイタリア芸術に触れ圧倒されて、まだまだ感想文も途中のままですが、取り急ぎ、先生の記事へリンクとTBをさせていただきました。

先生も図版で掲載されているラッファエリーノ・デル・ガルボ作 「聖母子と幼き洗礼者ヨハネ」の美しさは今まで観たどの名画より一番、素晴らしい作品のように感じました。

1つ1つがとても奥深い作品なので、解説するのも勉強が必要ですね。これで、私も宗教に根ざした絵画というものを少し理解できるような気がしましたが、まだまだ観なければと思いを新にしました。

美術館巡りは私を心身ともに健康にしてくれるのと世界中の名画を簡単に観ることができる東京に住めて幸せにも思っております。
Posted by Julia at September 11, 2005 08:06
> Juliaさん

早速読ませていただきました。いつも興味深い詳細な観覧記事ですね。

おっかけTBをさせていただきました。

そのうちどれかの展覧会で鑑賞会(こう書くとおおげさですが)のようなものも企画できると面白いかもしれませんね。どうせ学生引率で行く展覧会もありますし。ただしその場合うちの学生さんと合同になってしまいますが、それでもお嫌でなければ。あ、ご無理は申しません。なんとなくご一考あれ。
Posted by ike at September 11, 2005 17:30
先生、

始めに、ご指摘の件修正いたしました。
本当にありがとうございます。今後もどうぞご教授くださいませ。

ところで、すごい飛び上がりそうな位、嬉しいオファー\(*^▽^*)/を
書いていただいて、本当に飛び上がりそうになりました!!

>そのうちどれかの展覧会で鑑賞会(こう書くとおおげさですが)のようなものも企画できると面白いかもしれませんね

 まぁ〜〜♪本気にしてしまいます!!
 
 先生のご引率ならもう詳しいお話が聞けますものね。
 このプラート美術展やモロー展などどちらももう一度
 行ってみたいので、ぜひ実現したら嬉しいです。
 夢のようなお話で自分が飛翔しなければいいかしら?
なんて思うこの頃です。
Posted by Julia at September 11, 2005 19:50
はじめまして、JuliaさんのTBからたどり着きました。
専門の方のブログにコメントするのは、なんとなく気が引けて、当たり前ですが、とても勉強になります。
プラートは小都市のよですが、今回の作品を見ると豪華ですね。ルネッサンス期のイタリアは、財力、文化、人材で他を圧倒する国ということが良く判ります。でも、当時の人たちが、これら作品と出会い、どう思ったのかというほうが、私には少し気になります。
Posted by あさぎ at September 15, 2005 23:08
たいへん申し訳ございません。TBでサーバーエラーが発生したようで、TBが複数付いてしまいました。お手数ですが、修正して頂けるようお願いします。
Posted by あさぎ at September 15, 2005 23:45
> Juliaさん

いえいえ、本気です。20日にお会いした時にでも、話を進めていきましょう。
Posted by ike at September 16, 2005 00:34
> あさぎさん

TBをありがとうございました。こちらからも追っかけTBをさせていただきました。

当時のイタリアは実に魅力的です。たとえばフィレンツェなどは、銀行業で欧州一になる前は毛織物業で成功したのですが、フィレンツェは羊毛の生産地では無いところが凄いですよね。原料を輸入して、加工して売るだけ、加工貿易ですね。これで欧州の金融を支配できる財力を蓄えたのですから大したものです。資源に乏しくても頭と手でなんとかしたのがルネサンスのイタリア。資源を持たない日本人の共感を呼ぶわけです。
Posted by ike at September 16, 2005 01:17
はじめまして、私もJuliaさんのところからこちらへとたどり着きました。以前から読ませていただいているのですが、コメントするのは初めてです。
プラートという地名はこの展覧会まで知らなかったんですが、出品作を通してこの都市の歴史や伝説の数々に触れることができ、すばらしい機会だと思いました。
私は一応学生をやってまして、専攻は違うんですがにわか美術ファンなので展覧会などによく行きます。私の大学では美術やキリスト教を扱う授業がほぼないので、いつも先生の授業が聞ける学生さんが羨ましくなってしまいます。
TBさせていただきました。また来ますね。
Posted by リカ at September 16, 2005 01:17
> リカさん

TBをありがとうございました。ようこそ。

貴Blogを早速拝見しました。英米文学の方なのですね。

私も映画が好きで、中高生の頃は広島のサロンシネマで、大学生の時はよくACTミニシアターに行っていました。
「奥様は魔女」、小さい頃にテレビでよくやっていましたね。そういえば顎をクリクリっと動かすのを上手に出来る友人がいました。ギョロ目の旦那がいいキャラしてましたねぇ。

ニコール・キッドマンについては同意見です。お高くとまった役がやはり一番合っています。「The Others」の時のような。
Posted by ike at September 16, 2005 08:21
先生、

こんにちは。
この展覧会でマリア様を沢山、拝見していたので
旅先でマリア像を見かけても以前よりも少しマリア様に
近づけたような感慨深いものがありました。


いえいえ、本気です。20日にお会いした時にでも、話を進めていきましょう。

  ありがとうございます。
  本当に夢のように幸せな感じがしております。
  シンポジュームが終了したら、控え室前辺りで
  Takさんとお待ちしております。
  今からドキドキしますが、当日、先生とお会いできるのを
楽しみにしております。
Posted by Julia at September 18, 2005 16:48
> Juliaさん

また明日お会いできますね。楽しみです。

お時間があれば、ぜひTakさんとご一緒にお茶でも。
Posted by ike at September 19, 2005 23:54
先生

ありがとうございます。
他にYukoさんといういつもブログで
お世話になっている女性もご一緒
させていただきます。
シンポジュームと先生とのお茶タイムを
今からワクワクしながら楽しみにしております。
Posted by Julia at September 20, 2005 08:09
> Juliaさん

というわけで、またお会いできて嬉しゅうございました。
Posted by ike at September 22, 2005 00:32
モロー展へのTBありがとうございました。一昨日この美術展に私も行ったのでこちらにもTBさせていただきました。

西洋美術の先生なのですね。記事を読んで大変勉強になりました。私はいかんせんバックグラウンドの知識がなくて、好きか嫌いかで感想を書いているので恥ずかしい限りです。この美術展では正直リッピの作品と聖体伝説の作品以外にはそれほど惹かれるものがなかったのですが、せっかくイタリアに行ってもわけがわからずぼんやり見ていたところを非常に詳しく解説されていたので興味深く見ることができました。
Posted by Yumi at October 02, 2005 01:36
> Yumiさん

こちらからも追っかけTBさせていただきました。

僕も基本は好き嫌いから始まります。いろいろ調べているといつのまにかどんな作品にも魅力があることがわかって、最後はすべて好きになっていることが常です。



Posted by ike at October 02, 2005 09:14
雨が降り続く日曜。地震まであって驚きながらも
やっとのことで記事書き終えました。

先生に教えていただいたことの半分も
表現できていないと思いますが
そのへんはご勘弁下さい。
Posted by Tak at October 16, 2005 16:50
> Takさん

さっそく拝見しました。さすがの詳細レポですね。

金曜は場所を迷う学生が多く、開始時間が遅れて失礼しました。土曜日はいつもどおり、グループでまず主要作品を一緒に見ながら解説して、それから各自自由に鑑賞(学生はスケッチなどをして、その間見学会グループはゆるやかにまとまって一緒に最初から観てまわる)というスタイルでおこなえました。次回はぜひTakさんとの鑑賞会でもそうしたいものです。
Posted by ike at October 16, 2005 21:01
初めまして
ラッファエリーノ・デル・ガルボを検索しているうちにここへたどり着きました。
fesoleのサンフランチェスコ教会の受胎告知を去年初めて見てこの画家に強く惹かれました。でもそのときはメモをうっかリなくしてしまって今回そのメモが見つかり色々と調べていたところでした。プラート展には訪問いたしましたが(図録は購入いたしませんでした。)この絵は強く印象に残っています。今年もfirenzeに訪れましたが受胎告知を前にして(そのときはミサを行っていて)その荘厳な雰囲気にああfirenzeに戻ってきたんだとひしひし感動が・・
また時々訪問いたします。乱文ですみません
Posted by makiko at October 09, 2006 20:48
> makikoさん

コメント感謝です。

貴Blog、ちらりと拝見しました。イタリアへの尽きぬ思いを感じます。憎たらしいけど愛しい、それがイタリアですよね。

損保ジャパンは天井が低いのが難点なのですが、美術史授業をするのに向いた良質な展覧会を時々やってくれますよ。

Posted by ike at October 11, 2006 17:55