映画『シン・ゴジラ』を見終わった後、しばらく誰も立ちあがらなかった。
 いろいろと打ちのめされて、言葉が出てこない。
 たぶん、みんな同じ思いだったのだろう。
『シン・ゴジラ』は、どんな映画だったのだろうか。
 そんな感じでネタバレ感想です。
 未見の人は、できれば映画を見てから読んでください。



-----ここから、ネタバレ-----


・『シン・ゴジラ』は なぜスカイツリーを破壊しなかったのか?

 もし、あなたが新作ゴジラの監督なり脚本なりを任されたとしよう。
 そのとき、ゴジラを作るにあたって最初になにを決定するか?

 ゴジラの設定か?
 敵怪獣の設定か?
 それとも新兵器か?

 いや、ちがう。
 最初に決めるべきことは「ゴジラに何を破壊させるか」だ。
 この時期なら、間違いなく東京スカイツリーを標的にする。
 634mの真ん中あたりを火であぶってポッキリ折るか。
 スカイツリーは内部に耐震用の柱があるので、それが見えるように破壊したい。

 と、まあ、ゴジラは旬の建物を壊してなんぼのものなんですよ。
 2020年に新作が出るなら、新国立競技場を破壊だ!
 実際、現在の都庁が完成したとき、ゴジラのスタッフが「久しぶりに壊しがいのある建物ができた」とインタビューに答えている。
 で、実際に『ゴジラvsキングギドラ』で、めでたく破壊されました。

 ところが、『シン・ゴジラ』はあまり名所を破壊していない。
 東京駅とその周辺は破壊しているのだが、高い建物ではないので破壊のカタルシスが少ない。
 そもそも、東京駅周辺は破壊されたというより、破壊したと言った方が良いのかも。

 あまり破壊しない『シン・ゴジラ』は移動するときも河や道路を狙いがちで、ちょっと行儀が良い。
 だが、私は『シン・ゴジラ』を恐ろしいと思った。
 今まで見てきたゴジラの中で、最大の恐怖を味わったのだ。
 では、『シン・ゴジラ』は何を破壊したのだろうか?

 さっさと答えを言ってしまうと、『シン・ゴジラ』が破壊したものは日常だ。
 ゴジラが自然災害や原子力の隠喩(メタファー)であると言うのは周知のとおりだ。
 そして自然災害や原発事故がもたらすものは、日常の破壊である。

 大震災を経験した日本人であれば、『シン・ゴジラ』の破壊に恐怖するだろう。
 めだつ建物ではなく、日常の町が焼かれ、放射能で汚染され、都外に非難しなきゃならない。
 自然災害や原子力がゴジラを象徴しているのであれば、なにを破壊すべきなのか。
 おそらく初心にかえって、真摯にこの問いをつづけたのだろう。

 そう考えると『シン・ゴジラ』は、過去のゴジラシリーズをしっかり受けつごうとしているのがわかる。
 『シン・ゴジラ』はゴジラ映画・怪獣映画の守破離を1作品内でやっていたのだ。
 作中の順番は破守離ですけど。


 本当は2回に分けて感想を書くつもりが、時間がたりず3回になりそうです。
 次回更新はコミケ後ですね。

 予定
『シン・ゴジラ』ゴジラ映画の守破離(ネタバレ感想)
・『シン・ゴジラ』と●●●●●●●の関係(ネタバレ感想)