Kaoです

今日の大阪は やっぱり冬!というくらいとっても寒く 冷たいです(><)

あかりさん  辛くしんどい思いされましたね。。

りんママさんのご主人様、hiroが経験した緩和ケア 賛否両論だと思うので、
あくまでも hiroと私達家族が経験して感じた緩和ケアを 伝えます


緩和ケアは最後の居場所 とも思われていますが、まったく違いました。

一言で言うと 本当に「痛み、苦痛をなくし
安らぎある 穏やかな生活をする」
場所です。

始めの緩和ケアの入院で約1ヶ月かけて
薬の調整をしました。

hiroはずっと闘病中、頭痛やシビレ、筋肉の強ばり、たまに激痛のような 胸の痛み。そして不眠症に悩まされていました。

闘病中も腫瘍内科の主治医に 訴え 薬を処方してもらってましたが、3年間の闘病中で沢山の薬を服用していましたが、あまり効果なく…

緩和ケアで 医療用麻薬の調整等をしてからは
ほとんど痛みや苦痛を 訴えることなく、
眠剤も 眠剤ではなく、寝る前に軽い安定剤を服用することにより、ぐっすり眠れていました。

退院後は 車椅子や歩行器、酸素を着用しての生活にはなりましたが
子どもたちから見ても 「眉間にシワのない父を久しぶりに見た!」って言うくらい
本当に穏やかな時間を過ごしました(*^_^*)

頭の腫瘍からの出血で 1ヶ月後再入院になりましたが、 面会時間の決まりもなく、 食べ物の制限等もなく、
hiroが「焼肉が食べたい」と言ったので
病院側の協力で 焼肉も食べれました( *^艸^)

お酒を好む人にも飲ませてくれたりもするみたいです。

私や子どもたちが面会に行くといつも 車椅子に酸素を積んで、散歩に行ってました。

旅立つ数日前 まったく身体が動かせなくなり
諦めていました。 一人の看護師さんが私達が面会に来ているのを知ると、「あー来てるんだったら散歩に行ってくる?」と聞いてくれ
看護師さん3人ががりで リクライニング式の車椅子(寝たまま)に移乗させてくれ 散歩に行くこともできました。

その時のhiroの嬉しそうな顔を娘はハッキリ覚えています。
高校の進路を決めるとき、「父のあの時の嬉しそうな顔や 緩和ケアになってからの 穏やかな父。今までの父みたいやった。緩和ケアやったからやと思えた。将来 緩和ケアの看護師さんになりたい!」
と言うほどです(*^_^*)

hiro、私、子どもたちへの心のケア
もしっかりしてくれました(*^_^*)

私達にとっては 緩和ケアを利用した事が本当に良かったと思えています(*^_^*)







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