先月、中国での春節を迎えるにあたり、
ふたたび瀋陽へ行ってきました。


雪解けまでには程遠い寒さのなか、
鳴り響く爆竹や花火の音、
家族団欒の笑い声。


親族となった彼らとすごす正月は、
ただ手作りのごはんを囲んで
えんえんと食べたり飲んだりするだけの時間でしたが、
 
 
あらゆる商店が店を閉め、
春を迎える中国東北部の春には、
家族でごはんを囲むことこれ以上の
幸せはないのだな、と
実感させられる時間でした。



家族ってなんでしょう?


少なくとも、私と中国の親戚たちには、
夫とのつながり以上の強い結び付きがありません。


娘という、日中を背負った存在ができてから、
親族とのつながりも少し重みを持ったような気はしますが、
私個人と中国の家族との間には、
依然として、言葉の壁がありますし、
文化の壁があります。


当然、受け入れられない考え方や、
聞かなかったことをしてやりすごす
(あるいは、外国人だからしょうがない、と思いこむ)
ことによって、
あらゆる面倒な局面は、おおごとにならずに
すまされてきた気がします。


私の家族は、親日でも反日でもありません。


けれど、私にはとても優しくて、
できるだけ放置してくれて、
とっても居心地のいい家族です。


結局、私の日本にいる家族だって、同じです。
近すぎず、遠すぎず、
困ったら協力しあって、支え合い、助けあうんですから。


***

家族ってなんだろう?


この問いに対する一筋の光があるとすれば、 
それは、娘を産んだときに感じたことです。


娘を出産して、どうしようもない不安に襲われていたとき、
強烈に感じたことがあります。 


それは、


この子は、「私が産んだ」とは言えるけれど、
「私の子である」、なんて誰が言えるんだろう?


ということです。
 

それは、圧倒的に理解できない、
でも私という体のなかから生まれ出た、
命というものに対する謎、そのものでした。



だって、私があれこれ心配しなくても、
勝手に大きくなって、勝手に言葉を覚えて、
勝手に自分を表現するようになるんです。


この勝手に育っていく命が、
私のものであると誰がいえるのか?


生まれてきた命が、私のものである、
というならば、
私の命は誰のものか?
親のものか?
それとも、国のものか?



そして、自分の命が「私のもの」であると
断言できるほどに、


私は、日々を、一瞬一瞬を、
生き切っているか、と切実に思うのです。



それは、自由でありたい、と願う
自分自身の命に対する敬意でもあるのかもしれません。




私は、
中国の家族を得て、切実に思うんです。
家族って、つくっていくものなんだなあ、と。



中国での生活になれず、ときには、露骨に軽蔑もしたし、
おもいっきり関わらないようにしたこともあるし、
「家族だ」と言われて歓待を受けても、
実感のともなわない日々が続きました。


一方で、中国人と婚姻関係を結んだことで、
一時期、日本にいる家族、親戚からは、
「心配」という名のもとに信じられないくらい
冷たい視線や言葉を受け取りました。



でも、それらを経験しおえてみれば―――。


「家族」と呼ぶもののなかには、
国境や文化や言葉を超える、大きな愛のようなもの
があるのを感じます。


今思えば、どちらにも
原点には思いや希望、期待、いろんな気持ちがある。
それだけです。




家族ってなんでしょうね?


いまだにわからないけれど・・・


私にとっては「血のつながり」では説明不十分。


ただ、「縁」があって、
そこにいる個人個人が、関わり合って
どう形にしていくかことなんじゃないのかなあ、、、
などと思ったりするんですけど、どうなんでしょうか。



そんなことを、中国から帰って、考えています。