義母の暮らす団地のご近所さんに、
ある男の子が住んでいます。


そろそろ高校生になる彼のこと。


実は、名前もどこの学校に行っているのかも、知りません。


その彼は、学校から戻ると、
団地のなかにある健康器具が備え付けてあるエリア
(中庭みたいなところ)にやってきて、
同じように学校からもどってきて遊んでいる
子どもたちと一緒にいることが多い。


私たちは、その時間、よく義母を訪ねる途中で
出会います。


そうすると、必ず

「ハロー」

といって、声をかけて近づいてくる。

そして、興味津々にわたしたちを見つめるのです。



ところで、そこへ集まっている子どもたちは
ほとんどが小学生。

彼の年齢、170センチを悠にこえる
がたいの大きさを考えても、
放課後、団地の健康器具にぶらさがるようにして
小学生と遊ぶなんて風景、
中国だからって、あまり見慣れたものじゃない。



そうです。

一見、どこから見ても普通の学生さんですが、

彼には、軽度の知的障害があるのでした。



この団地で両親とともに長年暮らしていて、
近所の誰もが、彼がそのような存在であることを
知っています。


ただ、体はいやがおうにも
大人へと刻刻と変化していく。


まさに今、子どもから大人へ変わっていく途上にある
独特の体つき、声、顔つきが、
周りにいる小学生たちとの違和感をただただ
広げていくばかりなのです。



わたしたちに気がつくと、きまって彼は、


「ばかやろう」


と、知りうるかぎりの日本語
(抗日映画や連日放送される抗日ドラマから)
を使って、話しかけるのです。


でも、悪意はみじんも感じません。


ただ、境界線、みたいなものがあいまい
なようではありました。



落ちているゴミ同様の横断幕(広告用に製作されたもの)を
マントのように肩に括りつけて、ヒーローごっこをしたり、


駐車してある貨物トラックの壁面に、
「ウルトラマン」と油性ペンで書いてまわったり、


団地の1階に暮らす近所の部屋の窓に、
遊び半分で小石を投げ入れ、
気がついた住人から怒られているときでも、
ベランダに置いてある鉢植えを見て
「これは野菜?」と逆に話かけてしまうような


そういう子でした。



してはいけないこと、が、
彼の中にはないんだろうな、と思います。


***


中国における障害児。


一般人のなかで、溶け込んで暮らすには
黙認されてしまうこともたくさんあるでしょうが、
(なぜなら、地域コミュニティが彼を受け入れているからです)、


一般社会、学校教育という体制のなかでの
受け入れ状態は、十分ではないだろうと思います。


法的には、障害児らの人権は守られているのです。
むしろ、そのような見せかけは十分です。


だけど。


実際に暮らしてみれば、
それは黙認という名の放置です。


対応できる人、専門的技術をもって接することのできる人がいない、
というもっともな理由で、
多くの場合、放置されているのではないかと思います。


この彼も、普通学校で普通に教育を受けているとはいえ、
要するに、「特殊クラス」や「養護学校」にあたるものが
ないのです。


(あっても、遠い場所にあって通えないとか、
対応できる先生がいないとか)



この国における障害者対策は、
とてもはっきりしています。


障害者に対する基本的人権は
法律によっても定められているところです。

だけど、実際に生活している彼らを見ていると、

「しょうがないよね」

という半ばあきらめのような意識が、
国の基本方針そっちのけで、日常生活を覆っている。
少なくとも、私にはそう感じられる。


そんな時代にあるのだと思います。



思い出されるのは、1年ほどまえのこと。

瀋陽の郊外にある孤児院を慰問したときのことです。

とあるインターナショナルな組織が企画した、
クリスマス訪問という形でした。


この孤児院は、市が援助をしてつくった、
瀋陽でもかなり恵まれた施設です。


にもかかわらず、というのか、
場所といえば、市内から車で1時間ほども離れたところ。
もう農村部に程近いといったほうがいいくらいの
はじっこに、ぽつん、とあるのです。


この場所の在り方が、すべてを物語っているようでもあり・・・


ようやくついたその施設は、
なるほど行政が援助しているだけあって、
そこらへんの一般団地よりもきれいで、整っています。


子どもたちは、障害のレベルに合わせて、
教室を分けられていて、私たちも思い思いに、
彼らの遊び相手やお昼ご飯の準備の手伝いなどを
することになりました。


私たちのようなお客ではなく、
日常的にその子どもたちをお世話するスタッフさんたちもいます。

でも、彼らは資格を持っていたり、専門家だったり
するわけじゃありません。

(※この施設のトップは、専門家ですよ)


日常的にお世話をしているのは、
要するに、パートのおばさんなのです。


専門的な知識もないですから、よって
障害児に対する特別な思いもないのです。


お昼ご飯の時間になると、
肢体の不自由なこどもたちが運ばれてきた給食を食べます。


このおばちゃんたちの手によって、
なんの会話も、なんのお知らせもなく、

ある子どもは、柱と結ばれていたロープを外され、
車いすに座っていた子どもは、車いすから引きずり出されました。


だた、そうするしか知らないし、できないのです。

おばちゃんに、
障害児にだって主張する権利があるのだから、
と思って話しかけたりする意識は、ないのだと
はっきり、感じました。


おばちゃんが、この施設が悪いんでもなんでもない。
ただ、それ以外の世界がありうることに、
誰も疑問を持っていないのだと思った。



私が知っているケースなどは、
まったくもって、氷山の一角です。


ここにさえ入れず、黙殺される障害児のほうが
多いとききます。

もう物乞いするしかない、あるいは・・・

というのが本当だろうと思います。



そんななかにあって救いなのは、
この国では、
障害児だから、孤児だからって、いじめられるという
陰湿なことが起こりにくいということです。


中国にはいじめがない。

よく聞いてきたけど、これはある意味で事実だと思う。


「しょうがないよね」

というあきらめ。あるいは

「障害者なんだから、どんな状況でもしょうがないよね」

ということなのかもしれない。


持てるものと持たざるものの格差。


要するに、いじめる前に、自分も必至なのです。

どんどん広がっていく経済格差もあるでしょう。

あるいは、家族を基本単位とする儒教の影響もあるのかも。


うちの夫でさえ、
背が低いだの、中卒だの、親が貧乏だのいう理由で、
いじめられたこと、いじめたことなどない、と言います。


夫の場合にはきっと、
多かれ少なかれ、みんな同じようなものだ、
といった気持ちが半分以上あるのだと思うけれど。


自分のことで精いっぱい。


これが本当の意味での、「あきらめ」や「放置」の意味あいなのかも
しれません。


障害を持つ人たちが、それを私に教えてくれる。


同時に、人権や権利にはうるさくなったわりに、
いじめが深刻化を増す日本の、
精神的な乏しさを感じさせられたりしたけれど・・・。




さて、その彼。

彼にも、誰かに理不尽に責められたり、
いじめられたりしているという悲壮感が、まったくありません。


だけど最近、
彼の周りから、子どもたちの姿が少なくなっているのです。


ほんの2年前まで、小学生と一緒になって
よく遊んでいたのに。


けれど、
小学生だって、次第に大きくなるわけで―。


一緒に遊んでいて「あれ?」と思うことが、
子どもたちの間で増えたんでしょう。


最近彼は、薄暗くなった夕方の中庭で、
ひとりで遊んでいます。


でも、落書きしたり、
マントをかぶってヒーローごっこなんてのも、
しなくなった。



先日、歩いていた彼に声をかけたら、
手に携帯をらしきものを握っていました。


「それ、携帯?」


と尋ねると、


「そうだよ。あなた、携帯も知らないの」


と突っ込まれました。


そして、娘といっしょに車にのりこむとき、
私たちの車のところまでやってきて、
わざわざ扉をあけてくれ、乗り込むのを確認すると、
バタンと閉めてくれました。


でも、ほんとうは、さみしいのかもしれない―。


ふと、そんなことを思った。


バイバイ、というと、
彼は私たちの車がみえなくなるまで、
ずっとこっちを見ていました。