2017年07月01日

【イベント「私たちの部落問題」その②~私たち編~】

参加を断っていた裁判の被告が会場に入っていたことで、会場にいた参加者のみなさんにも、登壇者にも緊張が走ったように感じました。私はそこまで動揺しなかった方だと思うのですが、それでもレクチャ―の最初の方は頭に入ってきませんでした。

他の登壇者のことがとても心配だったし、実際に普段とは様子が違っているように見える人もいました。でも、崩れてしまう人は誰もいなくて、ここで動揺してしまっては思うツボだし、気持ちを立て直してこのイベントをよりいいものにしよう、みたいな気迫をみんなから感じました。

トークセッションなんて、いかに会場から笑いが取れるかの競争になっていた気がしないこともないくらい(笑)みんなトークが上手いのなんのって。こういう一見堅そうな話題を伝えようとする時に、いかにユーモアに包むのかというスキルを磨かざるを得ないということなのかな、なんてことも考えました。

そんなトークスキルの猛者たちの中、私の隣では共にBURAKU HERITAGEのメンバーであるCが、自己紹介パートで短く話した以外、にこにこ笑いつつもずっと発言をせずに座っていました。Cはもともと人前に出るのが得意ではなくて、でも今回のイベントに協力したいと、勇気を出して登壇してくれたのです。

そんなCが、最後に登壇者一人ずつ会場にメッセージを、となった時にこんなことを言いました。「みんなが沢山喋っている中、私は緊張して全然話せませんでした。でも、こういう人も部落の中にはいて、あなたの隣にいる人もそうかもしれない。そういう想像力をもって、部落問題について考えていってほしい」

Cに登壇をお願いしてよかったと、心の底から思いました。こういうイベントではどうしても、話慣れている人とか、表に出ることがものすごく苦ではない人とかが中心になってしまうのだけど、本当はCのような人だってた~っくさんいるのです。なかなか表に出ないから想像力に任せるしかないだけで。

勇気を出して登壇してくれたCに感謝の気持ちしかありません。もちろん他の登壇者やスタッフのみなさんにも。ネットでいろんな情報が晒されて、裁判をしないといけないような状況になって、プライベートの時間を削ってABDARCサイトやったりイベントの準備したりして、大変なこといっぱいあったのに、被告が侵入してくるなんていうとんでもないことも起こったのに、イベントのことを思い出すと満たされた気持ちしか残っていません。

差別されることのしんどさよりも、共に闘ってくれる人、支援してくれる人たちがいることの心強さ、希望みたいなものの方が強く感じられるイベントだったからかな。今回のイベントを通じて更にいろんな人たちと繋がることが出来ました。また新たな人たちに巻き込まれてもらいながら、次のイベントも作っていければと思っています。

次回の裁判は9月25日14時~@東京地裁。前日の24日にはまたイベントも開催します。是非ご支援をお願いします。


ikonkon_ayakonkon at 17:53|Permalink部落のこと 

2017年06月28日

イベント「私たちの部落問題」その①~カウンターのみなさん編~

6月25日に上智大学で開催したイベント「私たちの部落問題」、無事に終えることが出来ました。ご参加、ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。

長くなりそうなので何回かに分けて感想を(笑)

今回のイベントは、ABDARCにとっては初めてのオープンなイベントでした。裁判の被告が原告側の集会や勉強会に紛れ込んでくるという事態が少し前から起きていて、今回も十分にそれは予想出来ることだったので、オープンなイベントにするのか、セキュリティはどうするのか、そういうことについては悩んだし不安もありました。

でも、一人でも多くの人にこの問題について知り、考え、ともに取り組んでもらうためには、リスクを承知した上でオープンにやろうと相談し、覚悟を決めての開催でした。

また、前回の裁判に駆け付けてくれた、ヘイトデモに対するカウンター行動をしている方たちが「これは自分たちマジョリティこそが取り組まなければいけない問題だ」と、実際に準備の中でその言葉を態度で示してくださったことも、覚悟を後押ししてくれました。

当日、イベントが始まってすぐに私がABDARCについての説明をしていたところ、会場の片隅で「何か」が起きていました。スタッフがこちらに向かって何かのジェスチャーをしていたので、そちらに目線を移して一瞬話が止まってしまい、参加者のみなさんにも「何か」が起きていることが伝わってしまったのだけど、その瞬間、客席に座っていた複数の人たちがさっと立ち上がり、そちらの方向に向かってくれました。

誰一人として、私の知り合いではありませんでした。何が起きているのかもわかりませんでした。
でも、その人たちが何らかのアクシデントが起きていることを察知して、咄嗟に力になろうと文字通り「立ち上がってくれた」ことはすぐにわかりました。

その瞬間のことは目に焼き付いていて、今でも鮮明に思い出しては涙が出てきます。不安なこと、辛いこと、怖いこと、そういうマイナスなことがあったとしても、こうして立ち上がってくれる人がいると、そのマイナスがかき消されて感謝や勇気や心強さに変わるんだと、力強く感じさせてもらった瞬間でした。

後で、その時の「何か」は、チラシにも会場の張り紙にも「参加を断る」と明記していた裁判の被告が変装して会場に入り込んでいたことがわかったため退出を要請していたのだということがわかりました。

レクチャーの途中でそのことがアナウンスされ、会場にいた人たちも動揺したでしょうが、登壇者たちもそりゃ動揺しました。でも、その中で私たちはよくやったと思う!(笑)

やっぱり長くなってしまったので、そんな素敵な「私たち」の話は、また後日。



ikonkon_ayakonkon at 10:52|Permalink部落のこと 

2017年02月11日

子どもちゃんと部落の話をしました【血がきっかけ編】

子どもちゃんとはなぜかよくお風呂で語り会うことが多いんだけど、今回もお風呂で。
 
この間一緒に観たあるタレントさんのドキュメンタリーの中で、
「アメリカ人の血を引く父と、日本人の母の間に生まれた」
というナレーションがあり、その意味について子どもちゃんから聞かれたのがきっかけでした。
 
・血を引くというのはルーツがあるという意味であること
・でも、実際は「血」自体がどうというのではなくて、比喩的に「血」と言っていること
・「血」が〇〇という言い方は、ママはあんまり好きじゃないけど、世の中ではよく使われてるかな~ということ
 
なんかを話しているうちに、
「部落に関しても『部落の血が入るのはイヤ』みたいな言われ方することもある。」
という話をしました。
 
「なんじゃそれ~!ふざけるな~!!」
と子どもちゃん。
 
「ママはルーツが部落にあるし、自分のことを部落の人だと思ってる。さっきの『血』みたいな言い方でいうと、子どもちゃんも『ママの血をひいてる、部落の血をひいてる』ってこれから言われることがあるかもね。」
 
と、ちょっと思い切って言ってみました。
 
それに関しては、「ふ~ん。」と、まあそりゃそんなこといきなり言われてもそんなリアクションになるよな、という反応。
 
「子どもちゃんが、『ママは部落の人だけど、私は違う』って思うのか、『ママは部落の人で、その子どもの私も部落の人』って思うのかは、これからいろんなことを見聞きしてから考えていったらいいし、子どもちゃんが決めることだととは思うんだけど、子どもちゃんがどう思っていたとしても、周りの人が勝手に決めつけてくることもあるかもしれないの。」
 
と言ったところで、意味わかる?と聞いたら
 
「う~ん、ちょっと難しいかな?」
 
だよね、8歳だし、まだ難しいよね。
 
「でもね、周りの人がどう言おうと、嫌なこと言って来たりしようと、それはそういうこという人の方がいけないの。言われる方が何も悪いことしてるわけじゃないし、だってママ、何か悪いことしてる?」
 
「してない!部落だからって勝手に悪く言ってくる人が悪い!」
 
と、そこはちゃんとわかってくれている模様。
 
「あとさ、なんかこういうのって悲しい話に聞こえるかもしれないけど、でも、ママのことかわいそうって思う?」
 
と聞いてみたら、
 
「ううん、ママはいつも楽しそう!ぐふふ。」
と嬉しいお答えが。
 
「差別があることは悲しいことだけど、そのこととちゃんと向き合おうと思って向き合ってみたら、ママ、いろんな大切な人と出会えたり、向き合ってなかったら知らなかったことをたくさん知れて、ママは向き合えてよかったって思ってるんだよ。
〇〇くんも〇〇ちゃんも、ママがそう思っていろいろお仕事してて出会った人だから、ママが部落のことと向き合ってなかったら、」
 
「お誕生日会さみしかった!!!」
 
だって(笑)
 
解説しますと、子どもたちのお誕生日会には、子どもたちのお友達に加え、私が部落問題に関する活動をする中で出会って、日ごろから家に出入りしてくれている人たちも来てくれて、盛大に愛でて祝ってくれるのです。
 
「ママが部落問題に向き合ってなかったら、私のお誕生日会さみしかった!」
というオチがついたところでお風呂タイム終了!
 
でもこれ、めっちゃ素敵なオチでしょ!
少しずつではあるけど、今のところはどうやら大切にしたいことが伝わっているらしいなと、少しホッとしたお風呂でのやり取りでした。


ikonkon_ayakonkon at 19:01|Permalink子育て | 部落のこと

2016年06月05日

痛いくらいに後悔し反省している父親に対し、命を奪いかねない行為だったんだぞとネット上で非難することは、その父や子の命を奪いかねない行為ではないのだろうか。

北海道の行方不明だった子、見つかって本当に良かった。


私は20代の前半保育園で働いてて、いろんな親を見てきた。しんどい家庭、訳ありの家庭も多かったし、外国出身の親の家庭とは、文化の違い、価値観の違いもたくさん感じた。

子どもたちの話を聞いていて、連絡帳を読んでいて、「え?」「ひどい!」って思うこともいっぱいあって、私はもし自分に子どもが出来たら、こんなことは絶対にしないでおこう、と思っていた。

...

10年以上前のことだけど、ペラッペラだなぁと恥ずかしくなる。


あれから時がたって、私も親になった。


夫もいて、働いてて、家もあって、周りからそれなりのサポートも受けてて、専業主婦なんかしちゃって、そりゃ、こんだけ恵まれてれば子育てを楽しめますよね、良かったですね、と自分に皮肉のひとつでも言いたくなるような環境で子育てをしてる。


でも、それでも、あの時連絡帳を読みながら、「私はこんなことしないわ」と思ってたようなことをしてしまうこともある。


子どもちゃんは、「もう、じゃあママ先に帰るね」と歩き出すと、「待って〜!」と追いかけてくる子だった。めったにそんなこと言わなかったけど、何回かはこの手を使った。


ベビは、こういう手があまり通じない。


この間なんて、公園から帰らないというベビに、「じゃあ、ママ先に帰るね。」と言ったら、「うん、バイバイ」と言われ、歩き出してもついてこず、ならばこっそり隠れて見守っていようと思ったのに、私が家に入るまで見届けるように(公園から玄関が見える)こちらをずっと見ているので、めっちゃ焦った。


結局、一瞬家に入り、すぐに走って公園の茂みに隠れベビを見ていたら、楽しそうにひとりでブランコに乗り、隣のブランコに乗ってきたお兄さんに何やら話しかけ、お兄さんが行ってしまったら背中に向かってバイバ〜イと叫び、満足そうにブランコから降りて家の方向に歩き出したので、茂みの陰から出て「もういいの?」と聞いたら、「大冒険してやったぜ!」みたいな顔をして「うん、かえる!」と答えた。


子どもなんて親の思うようには動かない。ていうか、他者なんて思うようには動かせない。

そんなこと、わかってるけど、それでも、こうなるだろうと勝手に思ってしまうのも、人間ってそういうとこあるよね、と思う。


大江健三郎が子ども向けに書いた「自分の木の下で」という本に、「人間、たいていのことは取り戻せるから、恐れずやって、失敗すればいい。ただし、人を殺すことと、自分が死んでしまうことだけは、取り戻せないから、やってはいけない。」みたいなことが書いてあって、ず〜っと前に読んだ本だけど、そこだけは強烈に覚えてる。


北海道の子、生きてて良かった。お父さんも、子どもも、生きてれば取り戻せる。


でも、あんまりバッシングがひどいと、この先死んでしまうことだってあるかもしれないぞ、と、少し心配になる。


そうなったら、取り戻せないのは、この父子だけではない。叩いた「世間」も、命を取り戻すことは出来ない。


失敗して、しかもそれを痛いくらいに後悔して反省してる人を、これ以上苦しめる必要はない。失敗しちゃったけど、取り返しのつかない失敗じゃなくて良かったね、でいいじゃん。


「おい、父親、お前殺人未遂だぞ!」という書き込みは、それこそが殺人未遂かもしれない、という自覚はあるのかな。お父さんが置き去りを躾だと思っていたように、それが人を殺しかねない行為だとは思ってないのかな。

お父さんも子どもも、この先「世間」に殺されないでね、世間よ、この父子を殺すなよ、と、心から思う。



ikonkon_ayakonkon at 18:41|Permalink子育て | わたし

2016年03月07日

子どもちゃんと部落問題の話をしました【知らんぷり編】

昨日、ふとしたきっかけから、子どもちゃんが

 

電車から降りようとしたのに乗ってくる人の波に押されて電車の中に押し戻されそうになってしまった時に、近くにいたお姉さん二人組がこちらをみながら「あの子、降りようとしてるのかな~。」と話していて、それが、心配して言ってくれてたのか、笑ってたのかはどっちにも取れる感じだったんだけど、とても悲しい気持ちになったの。

 

という、少し前にあった出来事をポロポロ涙をこぼしながら話してくれました。

 

そこから、どうしてそれが悲しかったんだろう、と、ふたりであれやこれや考えました。

 

「もし、子どもちゃんがお姉さんの立場で、小さい子が電車から降りられなくなってたら、どうする?」

と聞いたら、

「助けに行く」

と、子どもちゃん。

でも、お姉さんたちは気付いてこっちをみて、子どもちゃんのことを何か話してたけど、助けてはくれなかった(心配してくれていたと仮定した場合)。

心配してくれてたなら嬉しいけど、でも、やっぱり、気づいてたなら助けて欲しかったよね。知ってるのに知らんぷりされたみたいで、悲しかったのかもね、という結論になりました。

 

私「例えばもし、道で転んじゃった時に、周りにはたくさん人がいるのに、みんな知らんぷりして行っちゃったらどう思う?」

子「転んだことも悲しいけど、誰も助けてくれなかったことで、心も痛くなる」

私「じゃあ、転んじゃった時に、誰かが助けてくれたら、それで、大丈夫?って言って絆創膏も貼ってくれたりしたら、どう?」

子「嬉しい。ケガは痛いけど、心は痛くない。」

私「転んだことは痛いことかもしれないけど、もし、大丈夫?って助けて優しくしてくれる人がいたら、転んだことだって、ああ、こんなに優しくしてもらえたんだから、まあいっか。って思えることもあるんだよ。」

 

私「逆に、誰かが困ってるけど知らんぷりしちゃったこととかはある?」

子「う~ん…。」

 

私「子どもちゃんがまだ小さかった時、電車でお出かけして、電車から降りようとしたら、近くに座っていたおじいさんが、足が悪いのか立ち上がりにくそうにしてたの。でも、ママは子どもちゃんを連れてたし、たくさんの人が降りる駅だったから、きっと手のあいてる誰かがおじいさんを手伝ってくれるだろうなって思ったのね。

 

で、電車を降りてから気になって振り返ったら、おじいさんまだ立ててなくて、ママ、子どもちゃんにホームで動かず待っててねって言っておじいさんを手伝いにいったの。

 

そしたら、電車のドアがしまりそうになって、ママあわてて大声で『降りる人がいるからしめないでください』って言って、人がたくさん集まってきてドアも押さえてくれて、おじいさんも電車から降りることができたの。でもその時に子どもちゃんはママが電車に乗って行っちゃうかと思ったってすごく泣いちゃって、ママが、自分がやらなくても誰かがやってくれるだろうって思ってすぐにおじいさんを手伝わなかったばっかりに、子どもちゃんに怖い思いをさせちゃったの。だからそれからはママ、誰かがやってくれるって思わずにすぐに自分から動くことにしたの。もしお手伝いがいらなかったり、迷惑がられたりしたら、ごめんなさいって言えばいいだけだし。」

 

子「うん。(涙ポロポロ)」

私「もし、ママがおじいさんのこと心配してたけど、そのまま電車降りちゃったら、おじいさんどうなった?」

子「降りれなかった。」

私「おじいさんにママが心配してたこと伝わる?」

子「伝わらない。おじいさん、誰も助けてくれなかったな~って思う。」

私「だからね、もちろん心配することは大事だけど、それだけじゃ相手の助けにはならないことも多いんだよ。」

 

私「ママはね、お仕事の時に、部落問題を通して、今子どもちゃんと話したようなことを、話してるんだ~。」

 

なんて会話をしました。

 

本当はそこに、差別する側とされる側の不平等とか、マジョリティの特権についてとかが加わるので、子どもちゃんと話したような「思いやり」というレベルとは正確にはちょっと違うんだけど、でも、「知らんぷりをすることが、人を傷つける」ということについて、自分がされても傷つくし、逆に、それで人を傷つけることもあるんだよ、と、じっくりと話が出来て、とてもいい時間になりました。

 

話をしたからって、すぐに動けるようになるわけじゃないかもしれないし、実際にそうなるには経験も訓練も必要だけど、でも、昨日のこの会話が子どもちゃんの中にちゃんと残ってくれたらいいなぁ。



ikonkon_ayakonkon at 17:09|Permalink部落のこと | 子育て