2011年10月13日

ジョニーの月〜ジョニーシリーズ1

 ジョニーシリーズ。それは脳内ショートコント。それは脳内劇場。とりあえず切羽詰まると「ジョニー!」と叫ぶ癖がもともとありまして(すでに意味不明)始まりは、なんかともかく疲れていた葉山(当時)が、うわごとをぶつぶつウェブで言っていると悪乗りしたお客さんがウェブ拍手で答えてくれて、凄くカオスになった それを踏まえてどうぞ。





 ――



 二週間は死んだとおもってくだされ。




今日の遺言。「ジョニーシリーズ(スターリングとか出てきたらもうダメだ)



「やったよ、ジョニー。今日は定時に帰れたんだよ! え? 今日は休日? ……なにを言っているんだい……ジョニー(虚ろな瞳で)」

 「おかしいな、ジョニー……見えない月が見えるんだ……」




 ※補足。ここまではただのたわごとだったんですが、ウェブ拍手からやってきたこの一言がすべての発端。




 
『ジョニーは戦場へ行ったよ! 』









「なにを言っているんだい……ジョニーは僕の隣にいるじゃないか。ほら」


「ジョニーはどこにも行ったりしない。僕たちはいっしょに月を見たんだ」



「あの月の晩、もう、僕の足は治ったことを、立って歩けるようになったことを僕はジョニーに言ったんだ。それまで言わなかった。びっくりさせたかったんだ。そしたらジョニーは僕の膝に手をおいてこう言った「スターリング、もうしばらく、君の膝は治っていないことにしておくんだ。立てないふりをしておくんだ」僕は笑い声をあげそうになった。だって、冗談だと思ったんだ。どうしてそんなことを。――……でも、月の下のジョニーは真剣だった。約束してくれ、と僕に迫った。僕は……僕は約束した」


「おかげで僕はどこにも行かずにすんだ。兵士にならずにすんだ。だけど、村からは決まった数の人間を軍に捧げなければいけない。僕がいかなくなったかわりに、あと、一人は誰が行ったんだろう……」


「……」

「ジョニー、今夜も、君と見た月が出ているね」

「――あの月は……なぜいつまでも欠けないんだろう……」





『やあ、ただいま。帰ってきたよ』(ウェブ拍手より)





「君の夢を見た。目覚めたときには忘れていた。ジョニーは僕の隣にいるんだ。かえってくる必要なんてないはずだもの」

「ジョニー、君は、言っていたね。自分がもし徴兵にあたったって、自分の死を嘆くやつなんかどこにもいないからって。怒ったさ。怒るのは当たり前だったのに、びっくりしてた。僕が泣くよ、どうしてだよ馬鹿野郎、って。ジョニー。君はあの時から……」

「……」

「ふっと一日の数時間だけ、正気に戻る。静かな夜の中で目が覚める。月が出ているよ。罪の時間だ。――わかっている。……僕がジョニーを殺したんだ。天国で君は清らかだろう。僕は……僕は……。死んでも君に会えないことが悲しい。僕は天国にはいけない」

「一つだけ願うよ。……君のいる場所に浮かぶ月が、僕が見ている月と同じものであるように……」




次回予告。

『――ジョニー! 戻ってきたんだね! 帰ってきたんだね!」

『……あなたは私のことを知っているのですか?』

『!!」


 短期連載「ジョニーの月」(←ウェブ拍手より)



次回「そろそろ誰か我に返れと言ってくれ







「誰も言ってくれなかった…>我に返れ」





「ジョニーは帰ってきた。小麦色の髪に白い包帯をぐるぐる巻きつけて。ジョニーは駆け寄る僕を見て、名を叫んだ僕を見てこういった。「あなたは私のことを知っているのですか?」と」

「ジョニーは困ったようだった。ひどく戸惑ってもいるようだった。そうして自分が戦場で頭に砲弾を受けたこと。そのため記憶がなくなってしまったこと。けれど自分はジョニー・オルガという名を持っていたこと。それを僕に気を使って説明してくれた。まるで、まるで――同じことを何度となく説明してきたように。」

「ジョニーが僕に自分のことを説明している。この村の人間であったこと、自分の名前。なんておかしいんだろう。生まれたときからの知り合いなのに!」

「ジョニーは僕を見てぎこちなく笑った。「あなたとは友人だったんですね」と。」

「そう友人だった。永久に続くものだった。命がある限り。互いがいる限り。だけど、もう過去の言葉でしか語られない」

「その体もその目もその髪もジョニーのものはすべて帰ってきたけれど。」

「ジョニーは帰ってこなかった」

「戻ったジョニーは村に溶け込んでいった。ジョニーも精一杯とけこもうとした。初めは戸惑っていた村人もやがてはそんなジョニーを受け入れ始めた。ジョニーは村のありふれた光景の一部になりつつあった」

「そのかわり、不思議と僕は村から外れていくような気がした。いいや、ジョニーが、新しいジョニーがいる村、という存在を僕が拒否したことから生まれた齟齬だった。平和な村に笑い声が響く。陽だまりの中にそれはとけこんでいく。僕の中にだけうつろに響く。空っぽの木霊」

「僕はだけど、ちっとも泣かなくなった。齟齬が生まれた村とは、昼と夜をわけることで生きることにした。僕は昼に眠り夜に生きた。月が出ている。ずっとずっと。欠けることのない」

「そうして生きた幾つめの晩だっただろう。井戸のそばに、ジョニーがいた。ジョニーは僕がきたことに気づいていた。けれどこちらを向かなかった。ジョニーは空を見上げていた。見上げたままで言った。『月を見ています。私と同じ孤独な月を』」

「僕の中によみがえったものがある。ジョニーの声だ。『俺は月と同じだよ』いつか笑ったジョニーの声だ。『夜の中で一人きりだ』そんなジョニーに僕は言った」

『月は僕だ。君は君だ。夜を独りで歩く君が見上げた時、君のそばにいよう。月は僕だ。君の月だ』

「僕はもう、言えなかった。一度しか、あの時のジョニーにしか僕はその言葉を言えやしなかった。ジョニーの胸に無力に額をつけた。涙がもりあがってくる」

「ジョニーは、胸にもたれかかって泣く僕をとめはしなかった。何も言わずに見下ろしていた。きっと月のように静かな目つきで。やがてジョニーは言った。「スターリング、私はあなたのジョニーとして帰ってくることはできませんでしたけれど。――この体であなたが泣けるなら」

『どうかわずかな間でも安らぎを』



「その言葉を聞きながら、僕はずっと確信していたそれを認めた。――君はジョニーだ」


「なにも変わらない。」








次回予告 「激しく息をのみ、僕はわが目を疑った。村を包む炎。まがまがしい煙にかすんで立つのは――」 「君の顔は能面のようだった。黒煙の中でもう一人の自分を見つめている。ジョニーは僕の隣にいる。となりに――いるのに」




『そんな記憶を持ったもう一人のジョニーが敵側に?!』 (ウェブ拍手より)



短期連載「ジョニーの月」(ウェブ拍手より)



次回「責任とってオチ考えてください





 ――

ジョニーの月閑話休題「せきにん」


・寂しいので記憶を持ってない方が本物っていう落ちでお願いします。落ちる過程はお任せしますね


・すべてはボクが孫の「ジョニー」に聞かせていた話だった。空には欠けない月が出ている。


・記憶屋ジョニィ



・ジョニー=宇宙の戦士


・激しい戦いの末に僕は彼の名を呼んだ『ジョニー』そうジョニーはジョニー。影のジョニーも受け入れるべきそんざいだったのだ。しかし物語は終わらない。いずれ第三第四のジョニーが現れるだろう


・次回!八匹あわせてキングジョニー!君は怒涛の波にのれるか!乞うご期待!


・ジョニーともう一人のジョニーは生き別れの兄弟だった!





……僕はもう疲れたよ、パトラッシュ



ひどくねむいんだ……(切実)




短期連載「ジョニーの月」(ウェブ拍手より)


次回「ルーベンスの絵を見に行ってきます








「戦争は終わったはずだった。だけれど僕の目の前で、僕らが生まれ育った村が黒煙をあげている。いやな臭いだ。頭の中の何かを壊してしまいそうな匂いだ」

「猛りをあげる軍馬、煌く銀の甲冑。抜きはらわれた――白刃。」

「ジョニーがいた。いつのまにいたのだろう。ジョニーは一点を見つめていた。黒い煙の向こう。何が見えるわけでもないのに、ジョニーにはすべてが見通せていたようだった。風が吹いてすべてをひゅうとさらった。銀の甲冑、一際鮮やかな赤の飾りをつけた兵士。よろいかぶとがはずされた」

「ジョニー」

「君がいた。黒煙の向こうに。銀の兜を傍らに抱いて。ジョニーの青い目はすっと一点を見つめていた。ジョニーは口を開いた。言葉はわかっていた。だけれど僕はそれを聞きたくなかった。傍らのジョニーを見る。ああ、ジョニー。あの声を聞きたくない。だけどジョニーは僕が頭の中で再現した通りの声音で言った。「膝は治ったのか――スターリング」」


「誰かが僕の腕をつかんだ。「きます」誰かが僕のそばでささやいた。そして銀の甲冑の波は押し寄せた」  



「蹄音がすべてを破壊しつくした。僕たちは逃げることもなくただそこにいた。この村は我々の支配下にはいった。立ち尽くす僕らに誰かが告げた。知っている声。――どういうことだ、村の誰かが掠れた声で呟いた。どういうことだ」  


「頭が割れそうだ」  


「苦しみだけならばいらない。いっそ、本当に割れてしまえば」  


「その時に。君が口を開いた。ようやく終わりがきたのですね、と」  





『僕らの育った村を踏みつぶした、銀の甲冑をまとった――ジョニー。傍らでそれを静かに見据えるジョニー。僕は何も知らなかった。それもジョニーであったことを。焼ける村々が、破壊の蹄音もまたジョニーのものであったことを。月は欠けて、やがて僕らの命も儚くなるだろう。それは変わらないことだ。それでもと言った。ジョニーは言った。暗闇からまた満ちていく月のように、すべてはまた始まるのだと。』


短期連載「ジョニーの月」  

次回。最終話「実はオチは「ジョニー=宇宙の戦士」が一番考えに近かった






『スターリング、かっこうの子育てを知っていますか』  


『親鳥が留守の隙をついて、すべての卵を孵る前に殺し、自分の卵をうみつけてのうのうと別の子を育てさせる。それと同じ。そしてそれ以上にたちが悪い。育ちきったその子は、育ててくれた親を殺す。スターリング。あなたのジョニーは、――薄汚い裏切り者にすぎなかった』  

『でも、かっこうの親が邪悪だとしても、子が悪であるとは……限らない。移民の子とさげすまれた子どもにさも親切げに手を差し伸べる。お前は本当はこの国のものではなく選ばれた帝国の民なのだと。存在の意味を求め続けた餓えた子供はそれに飛びつく。そして憎しみを歓喜にかえる。――シナリオは成功した。しなければならなかった。わけ隔てなく子どもに信愛の情を注いだ誰かがいなければ』  

『この国は負ける。帝国には、――数千人の、ジョニーがいるのだから。そんな戦にあなたを行かせられない。あなたにけがをさせた。怖くて手が狂って思いのほかに軽いものにしてしまった。』  

『戦場で裏切り者は死んだ。ふさわしい末路だ。けれど未練が強すぎた。心はとんだ。戻りたいと。だけどスターリング。あなたとの記憶は、激しい裏切りの苦しみがつきまとう。いつも表裏一体だ。だから――こうするしかなかった。記憶を持たずに帰るしかなかった』  

『記憶を持ちながら、情は私が持ち去ってしまったから、ああなるしかなかった。記憶を持ちながらすべての情がない』  

『不完全だからこそこんなに中途半端な立ち位置にいる。もう――行かなければ』  

「なにをする気だと眼で問いかける僕にジョニーは静かに言った。二つに分かれたものがまた一つに戻れば、それはようやくあるべき姿に戻るだろう、と。」  

「なにを言っているのかわからない」  

「なにを言っているのか……」  

「わかっているはずだ、スターリング、とわからないジョニーが言った」  

「ジョニーは優しく微笑んだ。「俺の月」僕を見て短く言った後にまた言った。「私の月」僕の頭の中に蘇った声と目の前のジョニーのそれは重なった」  

「『欠けるからこそ、また満ちるんだ』」  

「この国は負けるだろう。数千人のジョニーがいる。それらすべてが故郷の村を襲う。この国は負けるだろう。たった一つの方法をのぞいて。この国は負けるだろう。この村をのぞいて。月が一人のジョニーを照らさない限り」  

「数千の月が、人を照らさない限りは」  

「――ジョニーっ!!!!」  









「おい、この死人のつら見てみろよ」  

「なんだよ、悪趣味なもん見せんじゃねえよ」  

「おかしいんだよ。もう残りは腐敗が進んでるっていうのに、こいつだけまるで今死んだみたいだ」  

「生きてたんだろ、それまで」  

「こんな場所で?」  

「知らねえよ」  

「おい、何をしている。……何を見ている」  

「たいしたもんじゃねえよ。新しかろうが古かろうが、嫌なもんだ死んだ人間の顔ってやつは。……っと。? どうした、死んだ人間のつらじっと見て」  

「……。これは死んだ人間の顔じゃない」  



「――闘い抜いた、人間の顔だ」









 ジョニーの月<完>
  
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ジョニーと密林〜脳内劇場ショートコント〜ジョニーシリーズ2






 「なんだって!? ジョニーが密林に!? あそこは一度潜れば二度とは帰れないと言われた場所だぞ! 地図もない、磁石だってまともに動きやしないっ! それを知ってなぜ、なぜ、なぜそんな真似を許したんだ! なぜなんですか教授っ!」


 「わかってくれとは……言えないだろうな、しかしアスカンダルディア。人はみな、親しい人々の忠告を感謝しながら振り切って、進んでいくものではないだろうか。いつか君もわかるだろう。人は密林へと進むのだ。たとえ背にしたものを二度と見ることがないと知っても。人は密林へと進むのだ。亜熱帯の空気、どこか現実味を失わせる温かさ、色とりどりの花や木々、鳥たちが奏でる音色は本当に流れているのか? 太鼓の音は? 自分と世界のどこに境界線がある? わからない。ただ、奥へ奥へと。徐々に正気を失いながら、人は密林へと――」


「ジョニーっ!!!!!!!」








 教授はあてにならない。僕はわずかな荷物を持って密林へと足を踏み入れることにした。朝が明けて間もないのに、ここの明るさはどうだろう。木々は深く茂っているはずなのに、ここの明るさはどうだろう。すべてが白い。鳥は歌い、花は人生を謳歌している。ジョニーはこの道を通ったのだろうか。ああ、すべてが白い。僕の手まで外界との境界線がかすむ。

 教授はなんと言ったっけ? わからないまま、ただ奥へ奥へと。

 ジョニー。

 どうして君は、ここに来たのだろう?





 





 光は白以外の色をもたない。そのかわりというように、木々も花も鳥もよぎる動物たちも、この世のすべての色を混ぜ合わせた極彩色。ぼくだけがここで色を持たないようだ。

 誰かが言った。そう、誰かが。もう思い出せないけれど、白い霞に消されてしまったけれど。人は密林へと向かうのだと。おかしいじゃないか。その誰かは向かわなかったのに。向かうことができないから、その誰かは君を行かせてしまったんだろうか。

 光は白以外の色をもたない。そのかわりというように、木々も花も鳥もよぎる動物たちも、この世のすべての色を混ぜ合わせた極彩色。聴覚の世界まで、どこかかすんで。まどろみに似ている。君は何を求めてここに来たのだろう?

 誰かが言った。もう、その誰かは思い出せない。

 脳の隙間まで光が差し込む。

 君は、君の名前は――……



 ジョニー、だ。



 息をつめて名をかみしめる。安堵の心のあと、空っぽになって思った。

 君はジョニーだ。光と自分との境界線。

 もう思い出せない誰かが言った。

 自分と世界のどこに境界線がある?

 君はジョニーだ。

 だけど、僕は、



 誰だろう?






 




 アスカンダルディア。

 光の中で、いいや光そのものがその名を呼んだ。

 アスカンダルディア。

 僕はその名を知らない。

 アスカンダルディア。

 僕が知っている名前はそれではない。




 だけど。




 僕はその名を呼ぶ声だけは知っている。

 ジョニー。

 涙があふれた。






 




 密林は危険だと言われている。

 生暖かい空気。なんの法則もない曖昧さ。嘘のような色彩色彩。

 まどろみの中で、人はどれだけ自分を持ったままでいられるだろう。

 どうして人はそこに向かうのだろう。

 何もかもを失うと知って。失わせると知って。

 僕がいたのに。

 密林の外にも、僕はいたのに。

 アスカンダルディア。


 白い世界。まどろみの中。それでも夢うつつになれずに、僕は知っていた。

 君を救うつもりで来た。

 けれどもう君の髪も君の手足も君の瞳もどこにもない。

 君は密林に溶けた。







 




 アスカンダルディア。

 僕も溶けるだろう。きっと。白い光は境界線をかき消して。

 アスカンダルディア。

 密林が僕に語りかける。

 ジョニーが僕に語りかける。

 もし、人が密林の中に入り込めるなら、

 人が密林を自分自身の中に取り込むことも可能じゃないだろうか。

 もう語らなくていい。もう語らなくていい。

 白い光が僕の線をすべてかき消せば

 言葉なんてものは意味を持たなくなる。

 なんの意味も持たなくなる。

 アスカンダルディア。


 その名前も。

 最後にジョニーが笑った気がした。そうして、光は途絶えた。











 




 気付いたとき、僕は研究チームのテントの中にいた。教授の話では、僕は夜の密林の中からふらふらと独りで彷徨い出てきたということだ。僕は目覚めていたけれど、意識はなかったと。現地の案内人たちは密林に魂を吸い取られた、と慄いたというけれど、僕はここにいる。簡易のベッドの上に独りで。ようやく付き添いがなくても、大丈夫だと思われたのだろう。

 テントを抜け出して密林の前に立つ。夜の中で白い光は見えなくて、極彩色の木々や花々もみんな等しく影をかぶって。


 ジョニー。


 影の中で境界線はまた危うくなって。







 



 




 光の中で、密林はジョニーは繰り返し僕の名を読んだ。

 ジョニー。ああ、そうだ、自分の名前を失っても僕は。

 君の名前を失いたくない。


 ジョニー。それが僕の中の君との境界。

 アスカンダルディア。それが君の中の僕との境界。

 人は密林の中に溶けても。


 人が人の中に溶けてはいけない。












 




 僕たちのチームは明日の朝、ここから去る。

 来たときより、一人少ないメンバーで。

 僕も去るだろう。

 誘惑は強かったけれど。僕は本当は泣きたかったけれど。


 自分の決断を汚すわけにはいかない。

 ジョニー。

 君の名前を、僕は失わない。




 



 




 僕が戻った後も、教授は言っていた。繰り返し繰り返し。恐れるように。

 たとえ背にしたものを二度と見ることがないと知っても。人は密林へと進むのだ。


 人は密林へと進むのだ。


 




 自分だけの密林へ。













 完
  
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一枚も写真をとらなかったカメラマン〜ジョニーはいつも死んでいる(副題)〜ジョニーシリーズ3






 ペンが走る。つまづいてまた走る。ペンが走る。つまづいてペンが。ペンがペンがひた走る。

 それに身を削られて紙は破れる。乱暴な情熱が紙を引き裂く。紙の悲鳴が聞こえる。受け止めきれないと。

 ペンは走る。つまづいてまた走る。まるで指の主の執念が乗り移ったかのように。




 ――いつか昔、多くの繊細さやささやかさを踏みにじって情熱をつづったペンも今は横たわっている。眠っているだけかと思うかもしれない。けれどペンは死んでいるのだ。

 折られもせずに、インクを足せば線は引ける。けれどペンは死んでいるのだ。

 ようやく平穏を得られた紙の束は戸惑いを隠せていない。紙はまるで何もわからぬ子猫のようだ。静寂の意味を何一つも理解できずに、死んだペンをのせて臆病に周囲をうかがっている。

 丸いテーブルの上に彼らをのせて、さびしくて。彼の立ち姿を模すように、細い透明のガラスの一輪ざしをのせた。

 献花は枯れる。しおれた花弁はみっともない茶に染まる。

 けれど花よりも先に、ペンよりも先に。

 彼は死んだのだ。







 行ってくるよ、スタンダール。

 ジョニーはいつもそう言った。

 真実を撮りに行くのかい。

 血塗られた悲劇、本当の飢え、夢の種がまかれぬ土壌、傾く命のシーソー、世界が壊れる音。

 ジョニーは笑った。

 俺は写真なんか撮りはしないよ、スタンダール。







 ジョニーの胸の前にはいつもカメラがあった。彼の左胸ポケットには、生きていたペンとひどい目に遭わされ続けるメモ帳があった。いつも胸のカメラはぶらさがるだけで、僕の前でも僕の見ている誰の前でも、ジョニーは左胸ポケットの彼らを選んだ。

 ペンは走る。兇暴に。指はペンにその狂暴性を宿らせる。けれどジョニーの横顔はいつも静かだった。







 スタンダール、

 ジョニーは笑う。

 いつも君は俺のカメラが気になるらしい。

 僕は答える。

 知っているさ、ジョニー。それは君の趣味の悪いネックレスか無骨なチョーカーなんだ。

 ジョニーは笑う。

 笑う笑う。

 スタンダール、ハゲワシが羽根を広げるのを待て。

 スタンダール、兵士が崩れ落ちるのを待て。

 俺は写真なんか撮らないよ、スタンダール。







 行ってくるよ、スタンダール。

 ジョニー、何を撮りに行くんだい。

 血塗られた悲劇。本当の飢餓。夢の蒔かれぬ土壌。傾く命の転がる先。世界が少しずつ、狂う音。

 君の眼に映る、真実が見たい。







 笑っていないで、教えてくれ。

 もう、戻ってこないというなら。

 戻ってこなかったなら。

 教えてくれ、ジョニー。

 世界をめぐって、どこへでも向かって。

 せめて見せてくれ。

 君がきりとった世界を。







 汗だくで目が覚める。

 窓のそばの丸テーブル。ジョニーの数少ない家具のうちの一つ、ゴミ捨て場で拾ってきたものだ、と笑った。その上に、もう蹂躙されることはなく、それ故におびえる紙の束。ペンは死んでいる。それを掴む指が死んだから。ペンは死んだのだ。紙はそれに気づいていない。いつまでもいつまでも怯えている。

 ジョニーの記事はずたずたの紙から活字におこされて残り続ける。

 彼は文字と言葉で真実を撮ったのだ。

 誰かがそう言った。けれど僕は知っている。

 あのカメラがシャッターを切られていたことを。







 ファインダーの中には普遍的な真実はない。

 ファインダーの中には、そのシャッターを押したものだけの真実がある。

 ジョニーがシャッターを切っていたことは知っていた。

 君がさりげなく新しいフィルムを買い足すことも。

 僕の前ではないところで、世界をめぐってどこへ向かって、君はレンズを向けていたのだろう。

 君がカメラを構えたところすら、僕は目にしたことがないのに。

 笑っていないで、教えてくれ。

 帰れなくて当然だと言われた場所で。

 当然に帰ってこなかったなら。

 君が写した世界を真実を。

 ファインダーの中には、彼だけの真実がある。







 死にかけの少女を、ハゲワシは見守る。

 倒れゆく兵士を、いつまでもそこに留める。

 カメラは切り取るだろう。

 普遍的な世界の真実を。

 そしてフィルムは複製し続けるだろう。

 閉じた暗室で浮かびあがる永遠を。

 少女が死ぬのを待つハゲワシ。

 倒れていく兵士の身体。

 祈りながらシャッターを切るだろう。

 待ちわびたその瞬間をめがけて。








 帰国していつも数日も居続けはしやしないジョニー。

 逃げているんだ。

 逃げているんだ。

 そして逃げて近づくんだ。

 わからない言葉を、微笑んで。

 カメラはいつもその首からさげられているだろう。首がなくなる、その日まで。

 ハゲワシは羽根を広げる。兵士は地面に落ちる。

 そして俺は逃げるだろう。近づくことを夢見て。

 逃げ続けるだろう。近づかないことに、安堵して。







 走るペンは、もう走らない。

 破かれて悲鳴をあげた紙は、もう泣くことはない。

 丸いテーブルに居場所はない。

 彼は死んだのだ。

 首をなくして。

 だから壊れたカメラが、そこに届いた。







 僕はそっとそれに触れた。重すぎるチョーカー。無骨なネックレス。

 撮らないなら、下げていなければいいのに。

 ジョニーは笑った。笑うジョニーは消えて、胸にあったカメラだけが残る。

 僕は触れた。上から叩きつぶされて歪んだカメラ。ジョニーと一緒のところしか見たことがなかった。

 僕は触れた。その後ろ。

 少し歪んだ、小さなフィルム。







 フィルムは多くの絵を巻き取って、一枚一枚吐き出し続けた。

 暗室の中で浮かび上がるのは。

 暗い液の中から生まれいづるのは。

 狭い部屋に張り巡らしたロープにほされてずらりと宙に浮いた、どの写真もどの写真も。

 僕はあきれた。

 たった一つのものだけを執拗に撮り続けたフィルム。

 俺は写真なんか撮らないよ、スタンダール、いつも言ったジョニー。

 いったい、どんな迷惑をかけたのだろう。あの馬鹿なジョニーは。シャッターにかける指の主の、気持ちも立場も考えず。

 ジョニーは笑う。

 数十枚のジョニーは笑う。

 ファインダーの中にいたのは、

 すべて彼。

 彼がこちらに見せているのは、無残なメモ帳とそれにそえられた生きていたときのペン。

 破かれたメモ帳には彼のペンで、汚い彼の字で、綴られている

 ゛take a photo゛







 俺は逃げ続けるよ、スタンダール。

 近づくことを夢見て。

 近づかないことを、悲しみながら。





 僕はかたわらにおいた壊れたカメラを手にとった。

 フィルムがおさめられる場所は、中身を持たずに蓋があわれに揺れる。

 ハゲワシは少女が死ぬのを待っている。

 ファインダーは兵士が倒れるのを待っている。

 君も待っていたのだろうか。どうかおこらないでくれと祈りながら。

 ゛take a photo゛

 僕は壊れたカメラを構えて。




 最後のジョニーを撮った。









 <完>
  
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