ジョニーと密林〜脳内劇場ショートコント〜ジョニーシリーズ2
「なんだって!? ジョニーが密林に!? あそこは一度潜れば二度とは帰れないと言われた場所だぞ! 地図もない、磁石だってまともに動きやしないっ! それを知ってなぜ、なぜ、なぜそんな真似を許したんだ! なぜなんですか教授っ!」
「わかってくれとは……言えないだろうな、しかしアスカンダルディア。人はみな、親しい人々の忠告を感謝しながら振り切って、進んでいくものではないだろうか。いつか君もわかるだろう。人は密林へと進むのだ。たとえ背にしたものを二度と見ることがないと知っても。人は密林へと進むのだ。亜熱帯の空気、どこか現実味を失わせる温かさ、色とりどりの花や木々、鳥たちが奏でる音色は本当に流れているのか? 太鼓の音は? 自分と世界のどこに境界線がある? わからない。ただ、奥へ奥へと。徐々に正気を失いながら、人は密林へと――」
「ジョニーっ!!!!!!!」
教授はあてにならない。僕はわずかな荷物を持って密林へと足を踏み入れることにした。朝が明けて間もないのに、ここの明るさはどうだろう。木々は深く茂っているはずなのに、ここの明るさはどうだろう。すべてが白い。鳥は歌い、花は人生を謳歌している。ジョニーはこの道を通ったのだろうか。ああ、すべてが白い。僕の手まで外界との境界線がかすむ。
教授はなんと言ったっけ? わからないまま、ただ奥へ奥へと。
ジョニー。
どうして君は、ここに来たのだろう?
光は白以外の色をもたない。そのかわりというように、木々も花も鳥もよぎる動物たちも、この世のすべての色を混ぜ合わせた極彩色。ぼくだけがここで色を持たないようだ。
誰かが言った。そう、誰かが。もう思い出せないけれど、白い霞に消されてしまったけれど。人は密林へと向かうのだと。おかしいじゃないか。その誰かは向かわなかったのに。向かうことができないから、その誰かは君を行かせてしまったんだろうか。
光は白以外の色をもたない。そのかわりというように、木々も花も鳥もよぎる動物たちも、この世のすべての色を混ぜ合わせた極彩色。聴覚の世界まで、どこかかすんで。まどろみに似ている。君は何を求めてここに来たのだろう?
誰かが言った。もう、その誰かは思い出せない。
脳の隙間まで光が差し込む。
君は、君の名前は――……
ジョニー、だ。
息をつめて名をかみしめる。安堵の心のあと、空っぽになって思った。
君はジョニーだ。光と自分との境界線。
もう思い出せない誰かが言った。
自分と世界のどこに境界線がある?
君はジョニーだ。
だけど、僕は、
誰だろう?
アスカンダルディア。
光の中で、いいや光そのものがその名を呼んだ。
アスカンダルディア。
僕はその名を知らない。
アスカンダルディア。
僕が知っている名前はそれではない。
だけど。
僕はその名を呼ぶ声だけは知っている。
ジョニー。
涙があふれた。
密林は危険だと言われている。
生暖かい空気。なんの法則もない曖昧さ。嘘のような色彩色彩。
まどろみの中で、人はどれだけ自分を持ったままでいられるだろう。
どうして人はそこに向かうのだろう。
何もかもを失うと知って。失わせると知って。
僕がいたのに。
密林の外にも、僕はいたのに。
アスカンダルディア。
白い世界。まどろみの中。それでも夢うつつになれずに、僕は知っていた。
君を救うつもりで来た。
けれどもう君の髪も君の手足も君の瞳もどこにもない。
君は密林に溶けた。
アスカンダルディア。
僕も溶けるだろう。きっと。白い光は境界線をかき消して。
アスカンダルディア。
密林が僕に語りかける。
ジョニーが僕に語りかける。
もし、人が密林の中に入り込めるなら、
人が密林を自分自身の中に取り込むことも可能じゃないだろうか。
もう語らなくていい。もう語らなくていい。
白い光が僕の線をすべてかき消せば
言葉なんてものは意味を持たなくなる。
なんの意味も持たなくなる。
アスカンダルディア。
その名前も。
最後にジョニーが笑った気がした。そうして、光は途絶えた。
気付いたとき、僕は研究チームのテントの中にいた。教授の話では、僕は夜の密林の中からふらふらと独りで彷徨い出てきたということだ。僕は目覚めていたけれど、意識はなかったと。現地の案内人たちは密林に魂を吸い取られた、と慄いたというけれど、僕はここにいる。簡易のベッドの上に独りで。ようやく付き添いがなくても、大丈夫だと思われたのだろう。
テントを抜け出して密林の前に立つ。夜の中で白い光は見えなくて、極彩色の木々や花々もみんな等しく影をかぶって。
ジョニー。
影の中で境界線はまた危うくなって。
光の中で、密林はジョニーは繰り返し僕の名を読んだ。
ジョニー。ああ、そうだ、自分の名前を失っても僕は。
君の名前を失いたくない。
ジョニー。それが僕の中の君との境界。
アスカンダルディア。それが君の中の僕との境界。
人は密林の中に溶けても。
人が人の中に溶けてはいけない。
僕たちのチームは明日の朝、ここから去る。
来たときより、一人少ないメンバーで。
僕も去るだろう。
誘惑は強かったけれど。僕は本当は泣きたかったけれど。
自分の決断を汚すわけにはいかない。
ジョニー。
君の名前を、僕は失わない。
僕が戻った後も、教授は言っていた。繰り返し繰り返し。恐れるように。
たとえ背にしたものを二度と見ることがないと知っても。人は密林へと進むのだ。
人は密林へと進むのだ。
自分だけの密林へ。
完
Posted by ikuikubook at 06:51│
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