2007年06月23日

イチローVS桑田 その2

桑田とイチローの邂逅
木本大志の『ICHIRO STYLE 2007』 VOL.6
2007年06月23日
(木本大志)



メジャーで初対戦を果たした桑田(左)とイチロー【 写真は共同 】
わずか4球のやり取りで認め合った2人
 19日(現地時間)の試合後、試合終了と同時にダッグアウトを出て、チームメートを迎えたパイレーツの桑田真澄。ダッグアウトに下がるときには、誰もいないグラウンドに向かって帽子を取った。

 いい光景だな、と思う。こちらの選手には決してない習慣だ。練習後には、スタンドに向かってペンを走らせる。サインをねだった中には日本人の年配の方もいたが、子供のようにほおを緩めていたのが印象的だった。

 マリナーズvs.パイレーツ3連戦で、桑田とイチローの対戦は1度だけ。だが、わずか4球のやり取りから、互いが認め合った。日本ではさほど接点がないはずだが、2人が語った言葉を拾えば、その共通した思いが浮かび上がる。
 19日、桑田真澄が登板したとき、イチローはネクストバッターズサークルにいた。そのときに受けた桑田の印象について、「すごく力が抜けている感じがいい」。
 一方の桑田も21日、イチローの印象をこう口にした。
「走攻守見てても、力みがないでしょ。さらっと水のようにしなやかだけど、力が伝わっているっていうか……」

 言っていることは同じ。だからこそ桑田は、最後にこんな言葉を付け加えた。
「求めてるものは、同じかも」

イチローが共感を覚えた桑田の変化
 イチローは実際に対戦した中から、こんな桑田の変化も感じ取っていた。
「95年に初めて対戦したんですけど、そのときの印象とはもちろん違いますし、あのときは、(桑田は)MVPの翌年だったかな。オープン戦でしたけど。ようは、昔の自分じゃないことを受け入れられている感じがしますよね。ボール球で勝負することを……」

 誰にも訪れる老い。

 ロジャー・クレメンスのようなまれな投手は別として、豪腕投手もやがて、変化球投手となってキャリアの延命を図る。桑田はさらにその先――例えば、グレッグ・マダックスのように、打者にボール球を振らせる技術を手にして、メジャー生き残りを懸ける。

 桑田は昨日(21日)、「相手(フェリックス・ヘルナンデス)の一番遅い球が、僕の一番速い球」と苦笑したが、そうしたことを含めて今の自分を受け入れている姿勢にこそ、イチローは共感を覚えたのだった。

 イチローは話す。
「それは中々、できることじゃない」

「投手」より「人間」として……
 結局は、野球が好きだから、長く続けるにはどうしたらいいか。その問いに、39歳のルーキーは答えを出した。自分はその問いに答えられるだろうか? イチローはどこかで、将来の自分を桑田に重ね合わせたのかもしれない。

 実は、筆者は桑田と同い年だ。よって、彼が高校1年のときから特別な思い入れを持ってピッチングを見てきたが、中学校の後輩がPL学園の野球部に入部した関係で、桑田に関する個人的なエピソードも、間接的に入ってきた。どれも興味ある話ばかり。ここでは披露できないが、20日の試合前にあいさつをしたとき、最初は表情の硬かった桑田が、その後輩の名前を出すと、柔らかな笑顔を見せた。やはり、中学の一つ下には、楽天で活躍する山武司がいたが、彼の名前も出せば、その顔は、もっと穏やかになった。

 そのとき、桑田の「投手」というより、「人間」としての素に触れた気がした――。

<了>




Posted by ilb9tomo23 at 21:19│