2022年04月26日

コロナに負けない今年度のイルファー釧路!

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 やっぱり、対面は熱いと思いました。4月25日今年度初めてのイルファー釧路会議。総会として開催されました。何度かリモートで会議を開いてきましたが、雰囲気を共有したく、コロナ禍初の対面となりました。
 昨年度は師走講演会(ハイブリッド)しか事業としては達成出来ず、会員として活動を支援してくれるみなさまには申し訳なく思っています。詳細は通信の会計報告に譲りますが、およそ60万円の会費をいただき、30万円程度の支出に終わっています。
 その通信ですが、毎年5月に会員の皆様の元にお届けさせていただいておりましたが、通常通りの発送ですと報告内容が師走講演会一本であり、十分な情報共有と啓発が出来ないと判断、今年度は秋発送ということに決定いたしました。昨年の師走講演会、これから予定される勉強会報告、そしてイル活、HIV検査会(コロナが終息していた場合)などの活動報告に、今年の師走講演会の前宣伝を兼ねる内容とすれば、みなさんに十分読み応えのある冊子になるのではないかと思っています。通信を心待ちにしてくれるみなさま(たくさんいらっしゃると信じています)、秋までお待ちください。

 今年度の目玉は、イル活です。若者をターゲットとした生命と性(もちろんHIVを中心に)の学習会。2019年までは鶴居の大自然のなかで、一泊二日の研修旅行のスタイルで、看護学生さんたちを中心として行ってきましたが、コロナ禍で20年からは中断されていました。
 コロナコロナでHIVがやや忘れ去られる印象がある今だからこそ、コロナの時代にふさわしい学びの場を作ろうと立案したのが、釧路市内の4つの看護学校をウエブで繋ぐ勉強会。どうせやるなら、でっかく繋ごう!
 労災看護専門学校の教務長から市立、医師会、孝仁会の各学校に趣意書を手渡してもらい賛同を得ることが出来ましたので、本年7月30日に労災看護専門学校をキーステーションに、他の三学校をサテライトとして繋いで、三つの基調講演と、それに対するディスカッションをしようという試みです。
HIVと新型コロナ(通ずるところと、違うところ)という内容で宮城島が口火を切り、助産師の成瀬さんから、生命と性の話を、そして最後は、当事者の方から、LGBTQの内緒話として講演をいただこうと企画しています。HIV、コロナ、性、マイノリティーをキーワードに、それらの理解が、医療現場でどのように生かせるかを自由に意見交換出来たらと思います。
 聴衆が4つの会場に別れるため、それぞれに配置するタスクフォースがそれなりに必要になり、今回の総会でなんとか確保。いよいよタイムテーブルや、ポスターの作成にかかります。コロナの時代にふさわしい新しいイル活が動き出します。みなさん、その結果を乞うご期待ください。もちろん秋の通信で詳細にご報告いたしますことをお約束いたします。

 コロナに負けず、それを逆手にとって動き出したイルファー釧路。今年は熱い!!!!!


ilfar946 at 16:20|Permalink

2022年03月01日

献杯 朝田麻里さま

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 この二週間の間に、二人の女性に献杯するとは思っても見ませんでした。
 2月15日に松下照美さん。
そして、、、
 2月28日、柔らかな昼下がりの光に照らされながら、朝田麻里さんが旅立ちました。
 夫の黒瀧榮市さんから涙の電話を受けて、仕事を抜け出してかけつけた時、麻里さんはステージ衣装に身を包み、かすかに微笑んでベッドの上で横たわっていました。

 釧路のジャズ界の女王、歌姫。

 彼女はボーカル、夫はピアニスト。昭和の良き時代、釧路の繁華街末広にスイング・マリというジャズバー・ライブスポットがありました。私がどういう切っ掛けで通うようになったのか、今となっては判然としませんが、あんな細い体から紡ぎだされるテナーサックスの音にも負けない張りのある安定した声量に引き込まれていったのは確かでした。ケニアのサバンナで吹きたいという無謀な思いつきで始めたサックスも、うち(店)で吹けばいいしょ!と私に練習場所を提供してくれました。ジャズのジャも知らない私に、リズムのとりかたから厳しく教えてくれたものです。あんたのは民謡!ジャズは、一拍目ではなくて二拍目にドン!そして黒瀧さんのピアノに合わせてサックスの手習い。プロにジャズを教わるこの僥倖。毎週日曜日夜遅くに通ったのはもう二十年前のことでした。そのうちに、お客さんが来ているのに、黒瀧さんと麻里さんとの即興のセッションをなかば強引にやらされ、ジャズの感覚と度胸をつけてもらったのは懐かしい思い出です。
 時代がすすむにつれて繁華街の様相も変化し、スイング・マリを畳んでからは、スタジオを開設し、ボイストレーニングやピアノ教室を展開しながら、定期的に朝田麻里コンサートを続けていた矢先、彼女はクモ膜下出血で当院に搬送されます。2017年暮れのことでした。多くの困難を乗り越えながら、翌年5月の院内での看護の日コンサートで入院したまま復活の歌声を披露したのは、奇跡のように語り継がれています(復活の女王;2018年5月イルファー釧路代表徒然草)。
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 いよいよ完全復活をと思っていた時に、神様は次の試練を与えるのです。肺がんでした。なんと松下さんと同じ病気。なんという符合。闘病すること二年、ついに彼女も松下さんの後を追ったのでした。
 高校(私と同じ釧路湖陵高校!)卒業後 、ジャズシンガーを目指して単身アメリカはニューオーリンズに渡り、本場で修行をしてプロデビュー。釧路に戻ってからは、ジャズメンの夫黒瀧さんと、釧路のジャズ界をリードし続けてきた華麗な経歴ながら、庶民感情豊かで、人情に厚く、多くのファンに囲まれていた麻里さん。そして私のジャズの師匠。
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 今日のその人の葬儀は、まさにジャズの音楽流れるオーリンズの世界でした。
ありがとう麻里さん。あの世で昔の仲間たちとまたスイングするんでしょうね。娘さんにきれいに化粧されて、ステージ衣装に包まれるあなたは、今すぐにでも歌いだしそうですよ。
ここには合掌は似合わない。やっぱりサックスを持ってくるんだった。泣いて笑って私はそう思ったのでした。

 献杯。今日はバーボンで。

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ilfar946 at 22:11|Permalink

2022年02月20日

献杯 松下照美様

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 2月15日朝、松下照美さんが、静かに息を引き取りました。
 モヨ・チルドレン・センターを支える会の訃報に触れた時、来るべき時が来たと医師としてすぐに受け入れようとしましたが、同志としてそれを受容するまでに数日を要しました。今やっと私の心が過去を振り返り総括することを許してくれたようです。
 照美さんに初めてお会いしたのは、2011年7月のまだ肌寒い釧路の地でした。私の病院宿舎のすぐ隣にある釧路動物病院内の講堂で照美さんとの交流会が開かれたのでした。同院の獣医師、五十嵐律代さんが企画してくれたもので、彼女が配布したちいさなチラシを頼りに参加したのが、私にとって運命的な出会いとなりました。
 鉄くずを拾い集めながらお金を稼ぎ、シンナーに明け暮れるストリートチルドレンを救うべく、シェルターの家を作り奮闘する坊主頭の日本人女性がそこにいました。静かな微笑のなかに、力強い意志を感じる感動的な活動報告でした。そしてストリートチルドレンと照美さんの交流を描いたドキュメンタリー映画「チョコラ」(監督小林茂、撮影吉田泰三)に胸打たれた自分がいました。私も稲田頼太郎氏(NPO法人イルファー)がケニアで展開するHIV陽性者のサポート事業に賛同し、ケニアに通い始めて10年たった頃です。ナイロビから車で一時間ほどの場所(ティカ)でこんなすごいことをやっている日本人がいるんだと感動したことを覚えています。
 この照美さんの活動をもっとみんなに知ってもらうべきだと思い立ち、五十嵐律代さんとも相談の上、2012年4月21日、イルファー釧路主催の勉強会「ケニアで17年・子供たちと共に〜ケニアの孤児とHIV問題〜」として、松下照美さんの講演会を釧路労災病院の講堂で行ったのが昨日のように思い出されます。そしてすぐにナイロビに住む稲田先生にメールしました。是非、ティカの照美さんと交流すべきだと。
 2012年9月のケニア医療キャンプで、私たちはついにティカのモヨホーム(子供たちの家)を訪問することになります。
その日の日記(ケニアレポート2012)にはこう書いてあります。

 ティカへは、高速道路をたどって東へおよそ1時間。モヨ・ホームでは、松下照美さんとスタッフそして共同生活をしている子供たちが笑顔で迎えてくれた。この大人数の訪問にスタッフ全員で手作りの昼食を用意してくれていたのだ。
 モヨ・ホームの活動は、ストリートチルドレンのリハビリ、貧困の子供たちの学業支援、学資支援、障害者の寮費支援、そして70名の子供たちに対する昼食支援など多岐にわたる。現在6歳から18歳までの20名弱の子供がモヨ・ホームで共同生活をしている。みんな暗い過去を持つ子供たちだが、ホームでの彼らはとても幸せにみえる。松下ママの暖かい心に抱かれているのだ。スタッフもこのホーム出身の人もいれば、学生もいる。
 70歳になったら引退して現地で育ったスタッフに任せるつもりだと彼女は言うが、それだけ信頼のおけるスタッフが育っているのだと思った。
 釧路の患者さんから託された布製手作りのティッシュケースと釧路協立病院の渡邊さんの日本全国を撮りためた写真を渡すと、子供たちが松下さんを取り囲んでとても興味深く手に持っていた。
食事の後は全員の自己紹介があり、子供たちの太鼓などのパフォーマンスで楽しい時間を共有し、ホームを去るときには全員が外に出て見送ってくれた。
 イルファーとモヨ・ホーム。車でたった一時間の距離。絆はもっと強くなった。


 こうやってイルファーとモヨが横糸で繋がりました。しかも稲田先生と照美さんはほとんど同年代。新しい同志を得たのです。
 それから毎年ケニア医療キャンプの時には、照美さんがスタッフと共に我々のキャンプを訪問し、時に処方などのお手伝いをしてくれました。そして私たちはキャンプ終了後に必ず子供たちの待つモヨ・ホームを訪問し交流するようになったのです。

 70歳になったら引退してなどと言っていた照美さんですが、なんと70を過ぎて新しい事業を始めるのです。2018年のケニア日記にはこう書かれています。

 いまのモヨ・ホームでのシェルター的な養育の他に、シンナー中毒の子供達を更生させ、自立させるための農園を立ち上げようとしている。70を過ぎてからこのような崇高ながらとても骨の折れるだろう目標を立て実行することに敬意を表する。草の根基金などを使いながら土地を確保し、子供達とスタッフそして松下さん自身も住む家を建てたが、塀に使うお金がなく、クラウドファンディングをして400万を集めた。そうして出来た塀には、寄付者の名前が書き記されている。そこに自分の名前を発見し嬉しくなった。
 10月頃には、すべてが完成し5〜6人の子供達が入居する予定とのこと。都会の喧騒から離れ、誘惑から離れ、静かに土地を耕しながらシンナー中毒の子供達を更生させようとするのは、まさに薬物の依存を、居場所を与えることにより、すなわち彼らの適正な依存場所を与えることにより解決しようとする素晴らしい試みだと感心した。
 来年は、きっとここで子供達が農業に励んでいるはずです。是非来年も来てください。そう言って農園を眺める松下さんの目はとても澄んでいた。

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 私はいつも照美さんに逢うたびに、元気、勇気、愛をもらいました。自分が還暦を迎えたことを、釧路での宴席(照美さんは毎年帰国しては、全国行脚の途中で釧路を訪れてくれたのです。)で告げたら、「60の若造がなに偉そうに言ってる!」と喝を入れられたことを思い出します。最高の笑顔で。

 そんな照美さんでも、病魔には勝てなかった。

 彼女の帰りを待ち焦がれていたホームの子供たち、スタッフの悲しみがどれほど深いかは計り知れません。しかし照美さんは停滞することを望まないでしょう。私たちが照美さんの想いをつなぐお手伝いを模索しなくてはなりません。 
 
 最後にモヨ・チルドレン・センターを支える会の素敵な言葉を引用して長い追悼文を終わりにします。

「照美さんが履いていた同じ靴を履くことはできないかもしれない。でも彼女の足跡を追って最善をつくすことは出来る。」

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合掌


ilfar946 at 19:59|Permalink

2021年12月31日

羽化はいつか!?

3回目接種
今年は羽化を窺う。
コロナの隙をみながら、いつ羽化するのが適当か、そのタイミングを計る。
そのためには、安易な結果を求めず、喜怒哀楽に翻弄されない鈍感力がものをいう。


 今年の目標にそう書いていました。果たして羽化のタイミングはあったのか。肝の座った鈍感力が発揮されたのか。大晦日になって振り返ってみます。

 昨年の一月とは違い、今年の一月は一頭最初から、非常事態宣言に翻弄されました。感染拡大の波のなかで、2月19日コロナワクチン北海道第一号としてさんざんマスコミに露出されたのはこの私です(笑)。そのころは誰もがワクチンを救世主と信じ、いつ自分たちに来るのかと固唾をのんで待っていたものです。しかし多くの国民がワクチンを打ち終わる前に夏の第5波が日本をなめ回し、釧路でも確保病床が足りないほどの危機的状況がありました。あの頃は土日も問わずに入院要請が入り、休みなしの月々を経験しました。でも、対策がないわけではなく、ワクチンの普及と抗体薬の登場は重症化予防に大きな貢献と、なんとか出来るという医療者側の自信に繋がりました。しかしブレイクスルー感染(ワクチンを打っているのにもかかわらず引き起こされる感染)が徐々に明らかとなり、次にはオミクロンという得体の知れない変異株の登場により、世界の動揺は収まるどころか、そのピークは来年持ち越しの感があります。

 そんななかで、羽化?
 コロナ禍のなかで、身を潜め、じっと耐え、羽をもつ輝かしい成虫に変身(羽化)することを夢みつつも、次々と襲い掛かる問題に直面し、ベストではなくともベターな選択を求めて喘ぎ、動き回っていた姿は、蛹(さなぎ)どころか、まだまだ幼虫(芋虫)レベルにあったようです。
 結局、目先の結果を求めて、喜怒哀楽を目いっぱい表現していた一年となりました。鈍感でいたら、自分が沈む、街が沈む。そんな気分だったような気がします。
 まあ、いいか。いまはそんな開き直りです。感染症との闘いは、センシティブであるべき、ある意味過剰対応であるべきですからと、自分を慰める技くらいは持っています。

 そんな中で、唯一産み出すことが出来たのが、一冊の本でした。コロナ禍という環境のなか蛹(さなぎ)でいたつもりの自分に、与えられた宿命。研修医指導のノウハウを本にしてみないかというオファーは神の啓示のように私の心に響いたのでした。その顛末はブログで何度か紹介しています(本の宣伝という意図もあり笑)ので割愛しますが、コロナ対策に追われ、人流が制限され、イルファーの活動もほとんど出来なかった一年の中で、羽化を感じるとすれば、『Dr.ミヤタクの研修医養成ギプス』だったと言えるかもしれません。だからといって颯爽と文壇にデビューしようなどとは爪の垢ほどにも思っていません。自分が人生変貌の羽化をしたというより、自分の分身が勝手に出芽したと言った方が当たっています。
コーチャンフォー

 最後のあがきのイルファー釧路の師走講演会(12月12日)はなんとか形に出来たことはやはり今年最後に記すべき事と思います。昨年からのハイブリッド方式は定着する印象にあるものの、来年は是非演者を対面でお呼びして熱い空気を共有したいと思っていますが、それが夢に終わらないように、しっかりコロナ対策をしていこうと肝に銘じています。
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 また、来年こそは、イル活の復活をと意気込んでいます。一泊研修は出来ないとしても、ウエブを繋いだ学習会を企画するつもりです。繋ぐなら多いほうがいいに決まっていますから、釧路市内の4つの看護学校をみんな繋いでやってやろうと羽化を伺う蛹(さなぎ)は考えているのです。私自身来年度はいまより看護学校に近い立場に置かれそうなので、それを利用しない手はない(笑)。

 結論;今年は羽化どころではなかったですが、無駄ではなかったということにしておきます。常に新しい希望の年を夢想することこそ、羽化をまつ蛹(さなぎ)の醍醐味なのです。

 みなさん、この一年多くの励ましと協力そしていたわり、ありがとうございました。良い年をお迎えください。
 来年がすべての人に希望ある年になりますように。

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2021年12月13日

他人事(ひとごと)意識の排除が、社会の分断を救う (第18回イルファー釧路、師走講演会報告)

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 12月半ばというのに、まだまだ雪の気配がない釧路で、第18回師走講演会(イルファー釧路主催、釧路ろうさい病院共催)が開催されました。
昨年に引き続き、ウエブとライブのハイブリッド開催となり、会場へは30人ほどが、ウエブでは50人強の方たちが参加してくれました。
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 日本では新型コロナ感染症の新規発症数が減少してはいますが、海外ではまだまだ予断が許さない状況です。しかもオミクロン株の出現は全世界にさらなる危機感を煽っています。これから再び起こるであろう大きな波に備えるためにも、新型コロナが新興してからの二年間にHIVに深く関わっている医療現場で何が起こっていたのか。検証してみようという発想で、今回の講演会は進んでいきました。
 札幌医大血液内科医の池田博先生からは、HIVの最近の基礎知識の整理を絡めて、新型コロナ感染の蔓延により、医大の学生の病棟実習がほとんどなされていない実情や、いまだ対面での会議や講演は許可されていないことが話題に挙がっていました。免疫力の低下が主体となる血液内科疾患の特殊性として、新型コロナ感染症の治療になかなか関わることが出来なかったと言います。そしてやはり、コロナ禍においてHIVの拾い上げが十分なされていなことを危惧しておりました。
 北大病院HIV支援センター看護師の渡部恵子さんは、コロナ禍での生活環境の激変に対応出来ずに精神的に追い詰められていく状況は、HIVのステイタスにかかわらずあることだとしながらも、特にHIV陽性者には、その傾向が強いとお話されていました。やはりそこにはHIVそのものに対する偏見差別がいまだ社会に内在しており、かつ病名告知が周囲になされていない状況などにより、結局誰にも相談出来ずに個人として追い込まれていく可能性が高いということだと理解しました。
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 そして、ここでサプライズ講演。実は、ポスターなどの前宣伝には告知していない当院の田名部真紀子看護師からの沖縄医療支援報告を用意していました。今年の夏、沖縄うるま市内の精神科病院で新型コロナの大規模なクラスターが発生し、多くの死者を出したことはまだ記憶に新しいところです。医療従事者も次々に感染し、看護師不足の危機的状況のなかで、釧路ろうさい病院からその病院に看護師を派遣していたのでした。精神科病院という特殊性から、ゾーニングが極めて難しい状況のなかで、しかも換気のため、密閉した冷房管理が出来ず、窓を開け放さなくてはならない灼熱環境(夏の沖縄!)のなかで、フル装備で介護をしなくてはならなかった現状をリアルに語ってもらいました。
 札幌と沖縄の現場が出たところで、いよいよ東京の出番です。東京ど真ん中奮戦記と題して、都立駒込病院感染症センター長の今村顕史先生の対談形式の講演です。都立駒込病院には、およそ1500人のHIV陽性者が通院し、このコロナ禍にあっては、のべ2000人以上の新型コロナ感染者が入院しています。この二つの感染症をおそらく日本で一番多く経験しているのみならず、医療の現場と行政の現場の両方を表も裏も知り尽くしている今村先生が語る内容は、リアルを超えて御神託にも思えてきます。昨年早々からのダイアモンドプリンセス号のアウトブレイクから、その後の東京での爆発的な感染者の増加に、病床の準備すら間に合わない医療現場の危機的状況を資料を交えながら報告し、そこでの現場リーダーとしていかに医療従事者を守っていったかが語られました。政府の感染対策アドバイザーとして土日も休み無く関わっていくなかで、行政と感染症専門医との目ざす方向に少しずつ齟齬が生じてきたリアルも話してくれました。結局新型コロナ感染症とはどんな病気なのだろうと対談を進めているうちに、社会の分断を生じさせたウイルスであると彼は断じていました。
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 なるほど確かにそうです。みなさんの発表の後、鎌倉の宮田一雄さん(元産経新聞記者で、HIVの予防啓発活動をグローバルな観点からウエブを通して発信しています)を交えて、HIVと新型コロナという二つの感染症について話し合ってみました。HIVは1980年代前半、新型コロナは2019年末、両方共が未知なウイルスとして世の中に登場しました。未知ほど怖いものはなく、HIV=死として捉えられていた時代が長く続いていました。故に偏見差別が助長していくことになります。新型コロナもまさに、HIVと人間の闘いの軌跡をなぞっているような気がしてなりません。
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 そしてHIVと新型コロナの共通する問題が、
『他人事(ひとごと)』。
 自分とは関係ない意識が、多くの分断を呼んだと思われてなりません。今村先生の言う分断とは、まさにそんなところから出てきたのではないかと思います。
 感染者と非感染者の分断。
 予防を徹底する人と予防に無頓着な人との分断。
 経済を回すことを優先する人と行動制限を第一とする人との分断。
 ワクチン礼賛者とワクチン忌諱者との分断。
 正しい解答がないゆえに引き起きされた多くの分断に、私たちはどう対応していくのか。意見の違う相手を理解することからはじめないと、偏見差別が吹き荒れたHIVの二の舞になるのではないかと危惧します。
 来たるべき第6波に備えて、我々はどう準備していくべきか。まず他人事をやめること、そして正しい知識を持って行動をすること。そうすれば、ワクチンや治療薬や抗体薬という武器を使えるような今こそ、私たちはコロナ禍を『上手に抜けていく』ことが出来るのではないかと講演会を終わって思うのでした。
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2021年12月08日

リマインド(第18回師走講演会)


検証!新型コロナ感染症の診療の現場から。そしてHIV診療の今はどうなっている?
札幌、東京と繋いで、釧路で情報共有しよう。


そんなテーマを掲げた第18回師走講演会(イルファー釧路、釧路ろうさい病院共催)がいよいよ4日後に開催します。
12月12日 午後4時から、釧路ろうさい病院管理棟3階講堂です。
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すでに11月上旬にこのブログで告知させていただきましたが、リマインドです。
最近オミクロンなどという変異株が世界を賑わせておりますが、日本ではここ二ヶ月ほど新型コロナ感染症発症は抑えられています。しかし、まだ完全に終息したとは言いがたい状況であることは、みなさまもご存じでしょう。岩室紳也先生(昨年の師走講演会では横浜からリモートでご講演いただきました)は、今の状態を『さざ波』と称しています。ウイルスの側(感染力や変異能力)と人間の側(防御のノウハウ)との力関係が微妙な均衡を保っている状態が今であり、どちらの側に変化が起これば、一気にアウトブレイクが再興する可能性がある状態であるとも言えます。たとえばオミクロン。ですから、それがブレイクする前に、今までのコロナ対策を検証してみたい。そういう意味では、2021年12月12日というのはまさにタイムリーな設定だと思います。
是非、ご参集(現場でも、ウエブでも)いただき、この二年間に医療現場で起こったことを検証し、『さざ波』の次に備える心構えを共有いたしませんか?
そして、もう一つの問題。コロナ禍でのHIVの諸問題をあぶり出し、私たちに何が出来るか、考えて見ませんか?あるいは、私たちが長年HIVから学んできたことをコロナ禍のなかで生かせることがないのかを探し出して見ませんか?
そんな時間にしたいと思います。
現地でもまだまだ空きがあります。感染対策は万全です。直接お越しいただいて結構です。
ウエブ参加は添付のQRコードをご利用いただき、予約していただくだけで結構です。
みなさん、是非!!!!
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ilfar946 at 15:32|Permalink

2021年11月05日

師走講演会に新庄新監督が来る!

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慌ててクリックしたみなさん、ごめんなさい。ビックボスならぬビックマウスでした。
でも、SNSやウエブの記事って見出しのインパクトは凄いと思います。信じるも信じないも結局は自分次第、お互い溢れる情報にだまされないようにいたしましょう(笑)。

 さて、まともな告知です。
今年もイルファー釧路は、師走講演会を開催します。コロナ禍で対面の活動がほとんど自粛に追いやられ、最後の一花を咲かせるべく、昨年同様WEBを駆使した講演会を企画しました。



第18回 師走講演会
題して、『検証!COVID19診療の現場から。そしてHIVの今はどうなっている?』

 新型コロナ感染症が世界を席巻してから、もうすぐ2年になります。世界各国で様々な行動変容があり、加えてワクチン、治療薬の出現がウイルス対策の光明を見いだしたかと思えば、さまざまな変異ウイルスの出現に一歩、二歩と後退を強いられている現状があります。
世間が感染者の数に一喜一憂しているなかで、医療現場は黙々と与えられた責務をこなして来ました。人命を救うただそれだけに腐心し頑張ってきました。
 今でこそ日本では感染者数は押さえられ、医療事情も少しは改善していますが、いつまた増加に転じるかもしれないという危惧を捨てきれない医療現場では、医療崩壊の後遺症に苛まれながらも、最悪を想定して常に準備しているのが現状です。そんな医療現場の生の声に耳を傾け、逼迫している医療の現状と問題点を共有することがいま大切なのではないかと思います。
 そしてコロナ禍において、HIV診療を必死に守っている医療者もいます。
 コロナとHIV。
 私たちは、もう一度この二つのキーワードで皆さんと語りたいと思っています。

 そんな現場の語り部として、最もふさわしい3人をお呼びしました。
札幌からは、池田博先生(札幌医大血液内科助教)と渡部恵子さん(北海道大学病院HIV支援センター副看護部長)。そして東京から、今村顕史先生(都立駒込病院感染症センター長)。
 池田先生には、札幌で吹き荒れたCOVD19感染状況の経緯や対応の詳細、そしてHIV患者対策を、そして道内のHIV看護の中心的役割を担っている渡部さんには、コロナ禍でHIV陽性者はどう変わったのかを現場の声として届けてもらいます。
 そして、今村先生はHIVとコロナでもっともアクティブに対応されている第一人者として、また、都や国の感染症対策のオピニオンリーダーとして、東京のど真ん中で一体なにが起こっていたのか、お話が聞けると思います。
 あいにく、まだまだ広域移動が制限されているなかでのご講演ですので、演者はウエブを通しての講演となりますが、釧路ろうさい病院講堂をキーステーションとして、現地参加も歓迎いたしますので、このコロナ禍の二年の間、医療現場で起こっていたことをみなで共有・検証し、そして未来に繋がる提言を作り上げませんか?

12月12日(日曜日)
釧路ろうさい病院講堂(管理棟3階)
16:00〜18:00(開場は15:30)


ウエブ参加者はポスターに掲載のURLあるいは、QRコードからご登録ください。
また、会場に直接起こしのかたは、登録は必要ありません。もちろん会場では感染対策を万全にしてみなさまをお迎えする予定です。

残念ながら新庄監督は来られませんが、是非!!!!
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ポスターから取得出来なければこちらのQRコードをご利用ください。


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2021年10月20日

本を産む

本表紙

 私は巨人の星世代です。大リーグボール養成ギプスをつけられて、父(星一徹)の指導に耐える飛雄馬の幼少期からプロ野球の選手になるべく苦悩し成長していく姿にハラハラドキドキしながらテレビにかじりついていたものです。いわゆる昭和のスポ根(スポーツ根性物語)に魅了(誘惑)されていた一人です。

 スポ根ほどではありませんが、昭和の医師の作られ方も大学医局という徒弟制度のなかで、俺の背中をみて覚えろ的な、根性物語は多々あります。そんなもんだと思いながら医者になった私が、平成の時代に多くの研修医や若手医師と現場で触れあい、令和の時代に次の世代へのバトンタッチの準備をしはじめたとき、ひょんな切っ掛けで医学書を多く扱う金芳堂の編集者から、実体験に基づく研修医指導のエッセンスを本にしてみないかとのお誘いがあったのでした。

 最初はそのオファーに大いに戸惑いましたが、スポ根で育てられた昭和の医師が、新しい世の研修医と付き合うなかで、どのような指導が適切だったのか、あるいは不適切だったのか。徒然なるままに吐露してみるのも私の最後の仕事にふさわしいと考えるようになりました。

 その時、頭に思い浮かんだのが、巨人の星の大リーグボール養成ギプスでした。研修医になにか手技を指導するとき、いつも〇〇養成ギプスをはめると冗談半分に呟いていた自分を思い出し、それが私の指導のキーワードだったと思い至ったのでした。題名はすぐに決まりました。

『Drミヤタクの研修医養成ギプス』

 時はコロナ、幸か不幸か病院と自宅を往復するだけの毎日。ステイホームで時間はたっぷりある(飲みに行く時間と出張の時間がごっそり自分の時間になった!)。今年5月、執筆要請があったその日から私はキーボードをたたき始めたのでした。いざ書き始めると、私の上を通り過ぎて行った100人近い初期、後期研修医たちとの出来事が微に入り細に入り次々と思い起こされ、後悔と喜びが波のように押し寄せていきました。そんなことですから、私の吐露は決してEBM(Evidence based medicine;科学的な根拠に基づいた医療)ではないと思っています。むしろ同じEBMでもExperience based medicine(経験に基づいた医療)に近いです。しかし、指導には科学的根拠が必須であっても、経験的根拠すなわち実体験の蓄積をなくしてはなし得ないと理解している自分に素直であろうと思います。

 そうやって書かれたのがこの本です。私が単独で産み出した初めての本、というよりエッセイです。
 11月8日以降に医学書などを取り扱う全国の書店に並ぶ予定です。医学書扱いですので、少々高いですが、是非お手に取ってみてください。研修医や若手指導医に向けての指南書という設定ですが、むしろ一般企業での若手指導の在り方にも響くものだと思っていますので、幅広い皆様にお読みいただければと思っています。もちろん値段以上の内容だと自負しています!自画自賛(笑)。
ご興味のあるかたは、以下のウエブサイトをご覧ください。
金芳堂ウェブサイト





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2021年09月27日

笑顔の理由

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 新型コロナ感染対策の一つとして、釧路市でもワクチン接種が粛々と進められています。

 釧路ろうさい病院でも、毎日午後(正確には水曜日以外の平日4日、午後2時から4時)に特別外来を設定し、1日120人のワクチン接種をしています。問診医の二人は、内科系のみならず、外科、整形、泌尿器、脳外科などの外科系医師も交代で参加してくれていますし、院長までも時々関わってくれます。看護部や検査部、薬剤部そして事務部などもこの毎日の業務に果敢に挑んでくれています。平事の医療業務には無かったことですが、今は有事の時として、病院挙げてやると決めたらやる。その一体感に感動すら覚えるのは私だけでしょうか。

 もちろん当院だけではありません。市内それぞれの病院でも同じようにワクチン接種を日々のスケジュールに組み込み、クリニックでも自院の外来を切り詰めてもワクチン接種を受け入れ、行政も大規模接種会場を企画運用しています。希望する人全員に、なんとか早く。そんな心意気が全市に感じられる。この一体感も私は好きです。

 院内でのワクチン接種が始まったころは、超高齢者からということで、車椅子のかた、その付き添いのかたがひしめき合っていましたが、基礎疾患持ちの優先者も終わり、少しずつ年齢が下がっていって、今週、ついに40歳代に到達しました。


 やっとこの日が来たね。
と一言つぶやくと、まずほとんどの人が笑みを返してくれます。
待ちに待った日が来たという喜びの笑みと、ウイルス感染の恐怖から解放される糸口に来たという安堵感からくる笑い、そして、ワクチンを待ち望んでいることを知られてしまった照れ笑い。いろんな笑いが交錯し、問診の場を明るく照らす。

 それは、藁をもつかむ心境の裏返しなのかもしれませんが、みんなでワクチンに向かうこの一体感もまた、コロナ禍から脱出する大きな力だと私は理解するのでした。

 ワクチンが全てだとは言いません。しかし出来ることをみんなでこなしていく。その先に明るい未来が待ち受けていると信じながら、人類の力を、レジリエンスを信じながら、動く。 
 
 みんなの笑顔が、秋晴れの空に映えるあのコスモスの花一つ一つのように見えてきました。


ilfar946 at 17:08|Permalink

2021年08月30日

心のバリアフリー

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 東京パラリンピックが真っ盛りです。新型コロナ感染の広がりによる緊急事態宣言下ではありますが、それ故ステイホームで彼らの活躍を観る機会が多くなります。国民が最大限の我慢を強いられているのに、オリンピックをやるのかという議論が巷で溢れていましたが、開催者側も選手側も最大限の感染予防努力をしているなかで頑張っている訳ですから、私は彼らのパフォーマンスをリスペクトします。

 私は今、車椅子バスケットにはまっています。すごくスリリングで、面白い。ゲーム性もあります。日本のポイントガードに鳥海連志(ちょうかいれんし)選手という若者がいます。彼がまたすごい。先天的な四肢成長障害で、3歳で太ももから下を切断。両手の指の一部も欠損しているのですが、車椅子に乗った動きが、あまりにも機敏で、華麗。8月25日の初戦(コロンビア戦)では、トリプルダブル(二桁得点、二桁リバウンド、二桁アシスト)を達成しているのには私も大興奮でした。私のやっていたバスケは何だったのだ?と思うほどでした。

 その私のやっていたバスケ。これをどう表現するか。普通のバスケと言ってはきっといけないのでしょう。『普通』という言葉はマジョリティそのものを指し、その対語は『普通でない』ということになり、マイノリティを否定(無視)する言葉になりがちです。そこを意識していたのか、テレビの実況アナウンサーは、車椅子バスケに対して、『立ってやるバスケ』と呼称していました。なるほど考えたものです。最初聴いた時少し違和感を持ちましたが、なるほど車椅子バスケが座ってやるバスケなのだから、立ってやるバスケは整合性がある。そのうち慣れてしまいました。

 しかも、各選手は障がいの程度に応じてクラス分けされ、1〜4.5点の持ち点を持っています。数字が大きいほど程度が軽い(身体能力が高い)のですが、コート上の5人の合計が14点までとされています。障がいの程度に応じて役割分担があり、出来る事を着実に履行することで、チームとしての力が発揮されます。みんな違ってみんないい。金子みすゞの呟きを体現しているのが、車椅子バスケのパフォーマンスなのだと心から思いました。ところで、鳥海選手は2.5点であり、むしろポイントは低い方なのですが、あの活躍です。失ったモノを憂うのではなく、あるモノを最大限に生かして頑張っている姿を見ると、障がい者という言葉は安易に使うものではないと思えるのでした。

 ハード面でバリアフリーの世界を目指そうという動きは全く異存なくその通りですが、私たちは無意識のうちに心のバリアを持っています。『普通』という言葉を普通に使っていたり、障がい者(過去には障害者でした)という言葉で自分と違う人たちを一括りにしてみたり。それは悪気がなかったとしても、受け取る側からみると、ずいぶん高いバリアと思われることがあるのでしょう。
もしかしたら、心のバリアフリーこそがパラリンピックの究極の目的なのかもしれないと思います。

 そもそも健常者ってなんだ?そこから考えることが必要なのではないかと思い始めています。
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ilfar946 at 21:02|Permalink