2017年12月10日

絆(きずな・ほだし)/ 第14回師走講演会

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 12月9日、キリッと冷えた青空の中、岩室紳也先生は釧路に降り立ちました。
 毎年釧路の高校生たちに性と命を語り続けて17年。そのご縁とエイズの縁、そしてイルファーの繋がりでまた実現した岩室先生のご講演。2007年以来の2度目の師走講演会です。
 「オトナのための性教育講座」と題した今回の講演は性という小さな枠組を超えた壮大な行き方講演となりました。性という漢字は、心(りっしんべん)の生と書きます。心とは真ん中。すなわち性を語ることはど真ん中の生を語ることに他なりません。岩室先生はまさに、性をキーワードにど真ん中の生を語り出したのです。
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 性の問題も心の問題も薬物問題もネット問題もみんな根っこは同じだと語ります。全ては依存症。性依存、自分依存、薬物依存、ネット依存。繋がりや居場所がないから、依存症になる。居場所は依存先であり、心休まる依存先がないから、性依存、自分依存、薬物依存、ネット依存に陥る。だからどんどん依存先(居場所)を作りなさいと訴えかけます。東日本大震災後真っ先に陸前高田市に飛び、被災地絆づくりを始めた経験から出た重い言葉でした。
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 今の日本に欠けているのは、人と人との関わり、繋がり、支え合いだと指摘します。震災後各地で囁かれた、絆(きずな)。この言葉のもう一つの呼び方を知っていますかと問いかけられました。それが(ほだし)。ほだしの意味は、手かせ、足かせ、束縛、迷惑。(きずな)は繋がり、結びつきというある意味ポジティブなのに、(ほだし)はむしろネガティブ。でも、この両面が「絆」には必要だと語りかけます。繋がり結びつきが強くなりすぎると息苦しさを伴うこともある。(きずな)というネットワークと(ほだし)というお互い様精神がうまく循環して程よい居場所が生まれる。そういう居場所を作ることが、自分を自立させ、依存症から脱却できるのだと、性暴力、自殺、薬物中毒、SNSがらみの殺人などの社会問題を提示しながら、心に残る言葉を投げかけていきます。
 繋がり・居場所の反対語は依存症。対面による生きた言葉のキャッチボールが私たち現代人を救うのです。簡単にSNSなどで繫ることが出来るようになった現在こそ、生きた言葉のキャッチボールをしなくてはならないのです。SNSはSOSにならない。岩室先生の言葉がずっしりと心に落ちます。対話・関係性・絆(きずな・ほだし)というコミュニケーションが現代人を救うのです。 
 オトナのための性教育講座は、生き残るためのヒントを120人の聴衆の心に残してこうして幕を閉じました。
 イルファー釧路も、きずな・ほだしを大切により多くのみんなと繋がって行きたいと切に思いました。
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2017年11月09日

生と性、そして命

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『性』と聞いて感じることはあまたあるでしょう。
最もわかりやすい性は男性と女性でした。
でした?
今では最も複雑なのが、男性と女性かもしれませんね。昔は厳然と区別された男性と女性でしたが、今は性の多様性のなかでその括りは曖昧になっています。男性女性が個性になりつつある。それはそれで賛成です。『性』は個性であり性格であるということです。

こうやってなんとなく古風で陰湿な『性』というイメージが払拭されることで、白日の下で『性』を語ることが出来るようになれば、生きづらさが少しは和らぐかもしれません。

そもそも、『性』は『生』に繋がる言葉です。
「りっしんべん」は心の意味。心のある生、生の中心が、『性』なのですから、『性』は『生』より格上のそしてコアの『生』なのです。

生きるためには、性を抜きにはできません。個の性が個性、個性なくして生きられない。生きるということは、他とは違う自分を認められ、自分とは違う他を受容し、協働することです。生は性、生イコール性。そして生は命。

命を大切にすることは、一生懸命生きること。一生懸命生きることは『性』と向き合うこと。
少しでも生きづらさを軽くしたい。
そんな、講演会にしたいと思っています。

イルファー釧路・釧路労災病院 プレゼンツ
第14回師走講演会
12月9日午後4時半開場、午後5時開演。
『オトナのための性教育講座』
語るのは、生と性の伝道師、岩室紳也先生です。
もちろん入場無料。
是非、ご参集ください。


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2017年09月26日

総括(9月25日ケニアを発つ日)

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サファリに行く人たちは朝早く出かけて行った。のんびりと一人遅い朝を迎える。穏やかな天気だ。プムワニでは喧噪と埃と匂いのなかで、また新しい一週間が始まっていることだろう。車でたった30分程度しかない距離の決定的な差は貧困だ。貧富の差の距離を毎日行ったり来たりして我々は過ごした。

9月16日からの今年のキャンプもついに終了した。ただ終わったのは、診療行為だけであり、これからの陽性者のチェックやフォローアップ、薬剤の在庫管理などまだまだ残っていることがたくさんある。たった、一週間程度の外来診療である。終わってはいさよならでは、自己満足に過ぎない。
久しぶりの一人の時間を利用して、今年のキャンプを振り返ってみたいと思う。
1.医療専門職集団
今年も医療専門集団という最強のメンバーが集結した。医師では、派遣拠点が明確となりつつある。釧路労災病院、都立小児総合医療センター、神戸大学感染症科。今年もこの三施設から医師派遣が継続された。この強みは大きい。最近のケニア医療事情を考えると、現地で活動する医師登録がかなり厳格化されてきている。ゆえに、医師派遣元が固定されているということは、毎年の準備を早くからしやすいことに繋がる。と同時に、それぞれの施設で経験を仲間同士で共有出来、次の派遣医師への情報伝達がスムーズに行きやすい。どの三施設も毎年ケニアキャンプの報告会を開催しているのはその証左だ。
そして薬剤師。昨年の処方枚数の多さを考慮すると薬剤師一人では限界だと昨年の総括の中で報告したが、今年は二人体制になった。これでかなり激務が緩和すると思われたが、レジスターベースでの一般外来受診患者数は2724人と昨年を700人近く上回ったことで、薬剤業務の忙しさは変わらないように見えた。しかし、青山さん主導で看護師を交えてかなりシステミックに処方され、さしたる混乱にはならなかったように思う。毎年毎年多くの工夫が加えられ、処方がスムーズになるのは目をみはるばかりだ。ここにも素晴らしい専門集団がいる。
 看護師は今年4人参加した。川嶋君一人が初参加となったが、柳瀬、宮本、坂本さんは複数経験者。それぞれの個性と専門的技量で、あらゆる分野で野戦病院を支えた。
鍼灸師も毎年あんずの種から派遣され情報共有されてくるので、初参加であっても、診療体制は変わらないし、歯科衛生士は歯科医とのペアリングは必須だ。
昨夜の最終ミーティングで、多くの医療者が来年参加の意向を示してくれたのはとても頼もしい限りだ。来年のメンバーの青写真はほぼ固まっているといっても過言ではない。
2.行政との確執
 キャンプの準備のために、稲田先生が疲弊する姿を見てきた。彼や現地スタッフのアリやワンボゴだけではなく、ロジスティシャンの存在が必要だと指摘してきたところだが、今年は、それをサポートするべく、宮本さんと坂本さんが一週間先乗りしてくれた。ただ今回はいつもとちょっと事情が違った。行政のクリニック開設許可騒動である。どこの途上国での医療支援でも見られる光景がある。表面上は有効的で歓迎ムードであっても、どこか余計なお世話をするな的は冷えたまなざしが行政にはある。ケニアもその例外ではない。確かに、現地の医療体制は少しずつ改善されてきていると行政は考えているのかもしれない。住民の医療へのアクセスは私が初めてケニアを訪れた15年以上前よりは格段にハードルが低くなってきているとは思う。しかし、私たちが18年間定点で(プムワニで)継続してきた医療に対して、もう少し理解と協力が必要なのではないかと思う。なんだかんだとクリニック開設許可を先延ばしにし、結局200ドルの賄賂で決着せざるを得ないという事情を見過ごすわけにはいかない。この許可の遅れがすべてのロジスティックに影響した。せっかく二人の有能なロジスティシャンを先乗りさせていたのに、十分機能できなかったのは行政の怠慢としか言いようがない。加えて金曜日には、行政側から行政主催の研修会を開催するので、我々がキャンプで使用しているソシアルホールを引き渡せとの通達があった。こちらが先に使用届を出し、許可をもらっているのに横柄な暴挙だ。幸いすでに機能している我々のキャンプを止められないと悟ったのだろう、通達は実現することはなかった。
こんな確執が最近とみに多いような気がする。行政としては着実に実績を上げている我々の医療行為が目の上のたんこぶにしか見えないのだろうか。トップが代わるたびに出直しさせられることも相当のストレスだ。
そして、今年の医師たちのストライキ。もう3か月にもなるストは、公的病院の機能不全を引き起こし、受診難民たちが我々のキャンプにも大勢訪れていた。行政の対応の幼稚さずさんさが見て取れる。住民は大統領の交代しかないとかすかな期待をかける毎日。そんな政府だ。
しかし、だからといってもうやめた!というわけにはいかない。意地でもこのキャンプは途切れさせてはいけない。現地の住民がもう大丈夫ですと言うまでは。
3. 現地のニーズと診療の限界
 開設当初の患者は、明日までは確実に生きられるように処置、処方をする刹那的な医療介入であったのは否定し得ない。生きるのも過酷な本当にひどい貧困のなかに彼らは居たのだ。しかしケニアにおいてもHIVは薬剤の普及により死なない感染症になりつつあり、長生きが保証されるようになってくると、結局、糖尿病だの高血圧だのというメタボが蔓延してくる。そして、癌。メタボは生活習慣に負うところが多いのは確実で、特にふくよかな女性が多い現地では、喫緊の問題となりつつある。今年から血糖測定を導入したが、高血糖は予想以上に多い。しかし、たった一週間の外来のなかで、処方はできない。まさに「ケニアのスラムで高血圧は治さない;岩田健太郎先生著」。しかしながら本人と日々の生活のなかでどうすればいいのか、栄養指導を含めて指導することは可能だ。それが最も大切なことだろう。
残念ながら癌はそうはいかない。一昨年からポータブルエコーを持参した。多くの症状のなかで、エコーを駆使して診断に役立てるのは、医療者側としても患者側としてもストレスがなくいいことだと思っていた。医療者側からすればそれは間違いない。しかし、最近思うことがある。診断を明確にすることが、本人にとっていいことなのかと。HIVの治療薬はタダだが、その他の病気の治療には実費がかかる。特に癌やリンパ腫などでの化学療法は医療保険制度の整っていないケニアでは個人負担はかなりの額に及ぶ。エコー検査は確かに有効だ。しかし、治療できないのであればなにも知らないほうが、短い時間でも幸せに生きられることだってあるのではないか。今年のHIV合併リンパ腫のケースを通してそう思った。我々がどこまで診断すればいいのか。そのためにどこまで現代医療で介入すればいいのか。あるいはするべきではないのか。しばらくは禅問答が続きそうだ。
4.これからのあるべき姿
 医療集団はある程度確立したとはいえ、どんどん拡大していくには限界があるし、現地のニーズ、そして行政のニーズとも連携しながら今後のキャンプを考えていかなくてはいけない。当初のキャンプの目的は、無料でHIV検査をして陽性者を拾い上げることが大きな目的であった。当初はHIV陽性率が25%を超えるようなところであり、医療に接する機会のなかった貧困層の住民を一般診療で招き入れHIVスクリーニングをしていった。しかし最近では、ケニア国民のほとんどがHIV検査を経験するようになり、リピーターも増えた。今回のキャンプでのHIV陽性率は公式発表ではないがおよそ5%程度。このキャンプのHIV拾い上げの任務は第一義的ではなくなったと言える。加えて稲田先生が7年前より現地入りして、現地スタッフとともに200人以上の陽性者の継続的フォローアップが可能となった。昨年から始めたコトレンゴの子供たち80人のフォローも軌道に乗り、ますます現地での継続した陽性者の医学的フォローアップと医療機関へのコンサルテーションが活動の主体になっている。
では、これからのわずか一週間程度の医療キャンプがどのような意味を成すのか。
一つは、継続することによる現地の住民と信頼とそれにリンクして稲田先生の医療活動の担保である。我々日本の医療専門集団が年に一回であれ、定期的に訪れることで稲田先生の医療活動に広がりと信頼が付与されるのであれば、意義は大きい。
二つは、若手医療者たちの国際貢献の場の提供と教育。
今、考えられる医療キャンプの現実的意義はこの二つだと思う。しかし、キャンプ形態はニーズに合わせて変わってもいいと思う。
もちろんNPOイルファーの資金事情にもよるが、キャンプの規模を縮小して、陽性者のエコー検査外来や歯科外来、鍼灸外来、そしてコトレンゴのメディカルチェックを中心に据えるのも一つだ。
現在の形態をしばらくは継続しながら、行政の行動を伺いながら、そしてNPOの予算を確認しながら先を見据えたキャンプを考えてかなくてはいけない。継続することは素晴らしいが、進化があってこそ認められる。惰性ではだめなのだ。

また、考えることが増えてきた。とにかく今年の診療は終わった。日本に帰って日常の業務に忙殺されながらでも、今後のありかたをゆっくり考えていきたいと思う。
しかしながらこれは本当だ。多くのスタッフが少々体調を崩したが、最高のパフォーマンスを出せたキャンプだったことは誇りに思う。そして、参加者みんなに感謝したい。
日本の同僚、サポーター、そして家族にも。
ありがとう。
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2017年09月25日

マサイマーケット、そしてモヨへ(9月24日)

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炎天下のなかでのゲームショッピングはきつい。
ナイロビ市街のまんなかの広場で開催される青空市場。
私にはイルファー釧路のイベントバザーのために品物の調達が課せられている。実はプムワニの診療よりも体力と忍耐を必要とするのだ。
値段交渉には体力を要するが、結局自分が欲しい値段で折り合いをつける。まあウインウインになるところを見極めるしかない。というか、昔のような値引きして勝った気分は若気の至りと悟ったということだ。
それにしても、今回はスーパーマーケットの品薄がきつい。何件かハシゴしてやっと十数個のコーヒーをゲットした。結局中流以下の住民は品不足に難渋し、それ以上の人々は潤沢な品物を得ることが出来る構図が明確になっているだけだ。これからの大統領再選挙といいこの国の先行き不安が、マーケットの品薄になっていると思わざるを得ない。
とりあえず、任務を終え、ほっとしながらモヨのあるティカに向かった。束の間のドライブと思いきや、いきなり車中爆睡していた。

モヨホームでは、およそ20人の子供たちとスタッフが熱烈歓迎してくれた。まずは庭案内された。庭にある野菜畑は子供たちがそれぞれ区割りして育てているのだそうだ。ここがジョセフの畑、ここがアレックスの畑というように。各人の個人的裁量がものをいう仕組みだ。庭の奥に昨年にはなかった池があった。子供たちが穴を掘って魚を放し育てているのだという。ナマズもいるらしい。毎週ちゃんと水をとりかえたり、餌やりをするのは子供たちの仕事だ。大きくなったら食べるんだと。鶏小屋やウサギ小屋もあった。ウサギの繁殖はとても早く、子供たちがさばいて食用にしているのだという。
こうやって生きる仕組みと技術が植え付けられている。脆弱な子供たちをシェルターとしてかくまっているだけではないのだ。
子供たちとは、約一時間自己紹介をしあったり、贈り物のおもちゃで遊んだり。音楽に合わせて踊ったり(ディスコというのか?)、汗だくになり楽しい時間を過ごした。
現在、モヨでは農園作りが着々と進んでおり、農業を通じて子供たちの社会復帰の実現を目指す。来年は是非その農園を訪れてみたいと思った。
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終わった。
今年のケニアはこれですべて任務終了。
これから、アパートの一室で料理持ち寄り(と言っても女性チームの料理に頼りっきりというのが正解だ)の最後の晩餐。松下さんもマジュマも参加して盛大なものになるだろう。
明日の夜はケニアを離れるのだ。



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2017年09月24日

最後のお仕事、そしてコトレンゴで子供たちと触れ合う(9月23日診療最終日)

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昨日は外来中、いつもと違う腰痛(シャープな痛みではなくて、なんとなくおもだるい感じ)に見舞われ、診療が終わるまで辛かった。診療後大道寺さんに鍼を打ってもらい少しは改善したのだが、今度は夕食後に発熱。なるほど、あの腰の症状は、風邪の一部だったんだ。同時に下痢も出現。これは飲みすぎかもしれない(笑)。だたし、このキャンプ、何人のスタッフも下痢や体調不良を五月雨式に起こしている。全員が一気になるのではなくて、今日は誰、明日は誰。幸い一日程度で回復し復帰してくるが、ケータリングの昼食などが問題なのだろうが、それ以外でも常に気を抜いてはいけない。昨日も現地スタッフが鉄補給のための石(本当にその辺にころがっているような石なのだ)を持参して、食べてみろと勧められたら食べないわけにはいかない。かみ砕くとざらざらした砂のようになり、決しておいしいとは思えないのに、これがやめられないのだとはどういう味覚をしているのだろうと思ってしまう。その石だって決して衛生管理をされているとは思えないので恐る恐る口に入れた。加えて、押し寄せる患者の多くは風症状を持ってくる。マスクをしているとはいえ、免疫のない日本人には試練だ。
それでも真夜中にペインキラーと抗生剤と眠剤を速攻で飲んで(日本ではこんな服薬は決してしない)、熟睡した結果、なんとか復活した気分。今日も予定通り任務を全うできそうだ。
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歯科の二人と小児科の三人そして看護師の二人は朝からコトレンゴへ行き、子供たちのメディカルチェックを行う。残り組はプムワニで午前中診療をする。
来てみたら、半日で閉めるはずなのに長蛇の列。コトレンゴに向かうはずだった小児科医も急遽加わって朝の波を処理してから出発となった。

ロキソニンなくなりました〜。パラセタモールも終了で〜す。目薬なくなりました〜。次々と薬剤師の青山さんの悲痛な声が響く。いつもは金曜日で終わるクリニックが土曜日の午前にまで延長し、さらに予想を上回る受診者で薬の在庫処分もいよいよ底をついた格好だ。
最後に薬局の棚卸をして、午後にコトレンゴで合流。

HIV陽性の孤児たちが暮らす孤児院は遠い昔イタリアの聖職者コトレンゴによりはじめられた団体が管理運営している。昨年初めて訪問してから、稲田先生とマジュマが子供たちのカルテをエクセルに整理し、定期的にサポートするようになった場所だ。初めて医療キャンプに参加した仲間たちにもここの存在を知ってもらい、余裕があれば、子供たちとスキンタッチ交流をしてほしい。そんな意図で全員が集合するようにしたのだ。
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ついてみると先発隊は昼食もとらずに子供たちの健康状況、栄養状況、口腔状況、そしてCD4などのデータのチェックをしていた。その傍らで、我々は診療の終わった子供たちと折り紙を折ったり、小児の体重測定を手伝ったり、小児科、歯科には申し訳ないがのんびりと過ごさせてもらった。しかしナイロビ郊外にあるコトレンゴセンターの立地条件は素晴らしい。空気もおいしいし優しい。プムワニとはえらい違いだ。外に出て思いっきり深呼吸をした。
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とにかく、これで医療キャンプは終了した。小さくはない疲弊感と脱力感が残るが、達成感もそれに等しい。これがまた来年へのモチベーションになるのだろうか。そんなことを考えていた。
夜はエチオピア料理だ。復活したおなかを満たすのはどの肉料理だろう。


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2017年09月23日

ナースのお仕事(9月22日一般外来5日目)

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今年は4人のナースが参加している。三人の超ベテランナースが国際活動初参加の若いイケメン男性看護師を優しくそして厳しく指導していくストーリーを一見思い浮かべるがそんな甘い話はない。

日本の病院の外来や病棟での看護業務を想定するといきなりカルチャーショックに陥ることは必至だ。調剤業務に足を置きながら、時に傷の包交、時に乳幼児の体重測定、時にラボでの採血やデータ整理、時に歯科治療の助手や消毒手伝い、時に物資の運搬。野戦病院でのナースの役割は多彩だ。
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一般外来初日にいきなりその洗礼があった。相次いで骨まで達しているような足の潰瘍患者が受診。傷を開放したとたん、たまらない異臭とともに、ハエがたかりだす始末。坂本さんと柳瀬さんが必死で包交をしている姿は神がかっている。以後同じような患者が来るたびに、外に連れ出し、看護師さ〜んと叫ぶ。そして私は外来に専念できる。逃げているわけではない(笑)。
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採血はテクニシャンのデニスが俺しかいないというような顔つきで独占していたが、彼の隙間を縫ってナースたちが果敢に挑む。頑張れ川嶋、慣れない安全装置のないトンボ針で採血。やった〜3回目で成功した!さもありなん、相手は真っ黒の皮膚。血管は透見出来ないし、初めてはみんな緊張するさ。
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スワヒリ語が堪能な柳瀬さんはどこの部署でも重宝される。薬局での服薬指導をスワヒリ語でやっている姿はこれもまた神がかっている。
宮本さんは昨年同様小児科で体重測定を使命としながら、その間隙をぬってすべての部署を見て抜けがないか目を光らせている。
仕事でもキャラクターでも我々のキャンプの潤滑油的存在のこのナースたちはこれからも絶対に必要になるはずだ。
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そして今日、最も忙しい外来が終わった。やはり公的病院の医者のストライキが影響しているのだろう、大人の受診が例年より著しく多かった。予想以上の処方箋の出方で底をつく薬が続出したのだ。
終わってみれば、小児185人、大人452人、計651人。処方箋は635枚。歯科の47人は最高記録。鍼は45人だった。
明日は、二手に分かれて、小児、歯科グループはコトレンゴへ、その他はプムワニで最後の診療になる。
疲弊した体にタスカーが心地よく浸み込んでいく。


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2017年09月22日

医師たちの奮闘そして石を食べる女たち(9月21日一般外来4日目)

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朝から雨が降っていた。外で列をなして待っている患者たちは大丈夫だろうか?到着したころには雨はやんでいたが、そんな心配をよそに、たくさんの人がもう待っている。
診療4日目。ドクターたちはほぼ要領を得て次々と患者をこなし始めている。
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内科グループは釧路組と神戸組の4人で編成。今年から両者の仕切りを取り払って大きなブースで4人が診療する形にした。疎通性が担保され、お互い聞きあいながら診療できるのはいい。神戸組はさすが感染症専門だけあって、口腔や皮膚の感染症などには写真をとってデータ化しながら診療を進めている。とくに歯性感染から膿瘍を形成し頬粘膜に穿破し頬の皮膚に潰瘍を形成しているケースに海老沢先生は興奮していた。確かにこんな症例日本ではお目にかかれない。白杉先生は丁寧な英語と癒される関西弁で初参加ながら黙々とこなしている。釧路代表の更科先生も初参加と思えないどっしりとした対応で、次から次へと患者をこなす。診療2日目にして私の患者数に並ぶほどのハイペースだ。一昨年から導入したエコーはいよいよ診療の要になりつつある。神戸組も皮下腫瘤などの鑑別に対して盛んに使用し始めたし、小児も心雑音のケースにドップラー心エコーとして使い始めた。
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その小児科グループは、マジュマを含めて4名で一つのブースで診療。隣に小児の体重測定のスペースが置かれ、2歳未満の乳幼児に体重測定をして3パーセンタイル未満の子供を拾い上げ栄養指導、生活指導に供している。いまのところ該当者は8%程度で昨年と変わりはない。そのような子供はスワヒリ語の出来るマジュマに指導を依頼することになる。堀越先生は相変わらずボス的風格を持ち、国際保健活動の経験を生かして的確に診察、処置に当たっている。二回目の荒木先生は昨年の経験を活かし、どんどん診療がスムーズになるし、初参加の船越先生も堀越先生を横に擁しながら、初めてとは思えないスムーズな診療をしている、これこそが医療専門集団だ。
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歯科の藤盛先生は、毎日昨年の実績を超える処置数をたたき出している。濱村歯科衛生士とのアウンの呼吸もすばらしい。そんな忙しいなか、釧路でのケニア報告会(第二回地平線会議;10月8日午後3時、釧路労災病院講堂)のためのビデオ撮影にも余念がない。今年から歯科では器具の消毒にオートクレーブが導入されている。抗生剤も新ガイドライン通り抜歯前の一回服用だけに変更された。医療資源が不足している地域であっても少しでも診療水準を上げようとする日々の努力の結果だ。

面白い主訴で来た女性がいた。「石を食べるのをやめられなので食べるのを止める薬がないか。」異食症か?一瞬そう思って向かいの通訳を見たらただニヤニヤしているだけ。ケニアでは鉄補充のために石を食べる風習(治療習慣)があるらしいのだ。特に妊婦。確かに鉄欠乏になると土を食らうような行動が出ることがあるとは聞いたことがあるが、ケニアではそれが治療として定着しているというのだ。石といっても軟石らしく、それを細かく刻んで時には水と一緒に飲むらしい。かなり結構な量。しかも人によってはそれが美味で、くだんの女性のように、もう必要もないのに食べ続ける人がいるらしいのだ。
石を食べる女たち。いつ来ても驚かされる。
ケニアはまさにワンダーランドなのだった。

本日のデータ。小児131人、大人417、計548人。歯科37人、鍼45人。
個人的には113人。どうりで忙しかった訳だ。


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2017年09月21日

知らないことの功罪(9月20日一般外来3日目)

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朝、いきなりの渋滞。市街中心部へ向かう先に何かあったらしい。事故かもしれないしデモかもしれない。一度止まるとにっちもさっちもいかなくなる。これもケニアだ。

昼食前の最後の最後に腰が重いと中年の女性。腹部は平坦だが、左頚部のリンパ節が腫れている。触ってみると左の腋窩にも小さなリンパ節。そして腰痛。??もしかしてと思ってエコーを腹部に当ててみた。傍大動脈のリンパ節がゴロゴロ腫れている。これは間違いなく悪性リンパ腫だ。HIVと関連あるかもしれないからHIV検査を勧めたところ、「I’m positive.」とあっさり判明。とあるクリニックで一か月前からART(HIVの治療)を始めているとのことだが、その前から首のリンパ節に本人は気が付いている。ということは、リンパ腫はART前にあったにも関わらず、検査なしでHIVの治療を始めたことになる。残念なことだと思う。最初はそう思った。しかしARTの処方医にリンパ腫の治療について検討してもらうために手紙を書き始めながら気が付いた。ARTは無料だが、リンパ腫の化学療法は大変なお金がかかることを。本人が払えるかどうかで治療方針が決まるわけだ。そう考えると、診断してもお金がなくて治療が出来ないのならば、その診断はなんの意味があるのだろう。たとえ寿命が短くなっても病名を知らないでいたほうが良いこともある。くだんのクリニックでは、あえてそうしたのではないか。
リンパ腫を診断して悦に入っていた自分の頭をたたかれたような気がした。これもケニアだ。

午後は恒例のChild survival schoolへ。お金がなくて公的学校へ行けない子供たちが集うドネーションによって成り立っているプライベートスクール。エイズ孤児をはじめ多くの貧困児童が粗末な家屋の中で勉強している。
相変わらずの大歓迎で迎えられ、ノートやボールペン、本、サッカーボールなどを寄贈してきた。年に一回の出合だが、そんな時間を感じさせない繋がりを感じる。ケニアの未来はこの子供たちにかかっているのだ。
I will be back!
思わず子供たちに叫んで学校を後にした。

 今日のデータ。小児163人、大人293人、計463人。歯科34人、鍼灸は50人!
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2017年09月20日

ドクターストライキ、これがケニアだ!(9月19日一般外来2日目)

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8時半に着いたのに、外ではすでに長蛇の列。7時前から並んでいるという。
昨日は、ナイロビ市衛生局と地区衛生局の役人がキャンプの視察に来ていた。開設許可をめぐりさんざんいちゃもん(?)をつけた彼らだったが、視察後最後にこう言った。
「これほどまでにクオリティの高い診療と、システミックに整然とされたブースを見たことがない。」
こうやって本質を認めてもらい次の行政との協働に繋がれば申し分ないが、今度の選挙で政変が起これば(その可能性が高いらしい)この関係も一からやり直しになるのだろうか。

8時50分きっかりに外来はスタートした。
頭痛、腰痛、全身の痛み、腹痛、下痢、皮疹、咳痰、発熱、かゆみ、排尿時痛、帯下、、、、いろんな症状が集まる。そんな中で、薬がなくなったからといって受診する人が混じる。なぜ?よく聞いてみると、病院が閉まっているのだと。なんと、公的病院の医師がストライキを起こして三か月になるという。サラリーの低さが原因らしいが、公的病院といえばいつも、手に負えない患者の紹介状を書いていたケニアッタ病院やムバガディ病院もそうではないか!プライベートな病院はストをしていないので、患者が押し寄せて大変らしいが、診療費が高いので払える人しか行けない。どうりで、いつもより多彩な顔ぶれの人が受診していると思った。奇しくも我々のフリーメディカルクリニックが受診難民の受け皿になっているというわけだ。本来の目的としての診療ではないが、これもケニアだ、仕方がない。淡々と受け入れるしかない。
それにしても、昨年は教師による長いストライキがあって、診療所は学校に行けない子供があふれていたのをふと思い出した。通訳たちは次の選挙で大統領が代わったら良くなると言うが、このストライキの根は深いと思わざるを得ない。
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今年から血糖測定器を導入した。なかなかの人気であるし、薬物治療は出来ないが、生活指導のきっかけになる。ただし一つ気を付けないといけないことがある。現地の人たちの指の皮がきまって厚いのだ。ランセットの針が皮下に届かなくて血液がサンプリングできないことが何度もあった!

ほとんどブースを出ることなく外来三昧が過ぎていった。そして終わってみれば、528人(小児163人、大人365人)、総処方箋は523枚、この数字は近年最高だろう。歯科治療は34人、鍼灸は38人を記録した。


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2017年09月19日

いきなりフルスロットル!(9月18日一般外来初日)

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この時期のナイロビの朝はむしろ寒いが、太陽が昇ったとたんに暑くなる。晴天の中9時前にはプムワニの会場に着いたのだが、昨年のようにはいかなかった。まだ各ブースの骨組みだけしか出来ていない。行政による(意図的な?)クリニック開設承認の遅れが、準備不足に繋がったようだ。
しかし、これからが早かった。地元スタッフと我々医療集団が総出で一気に開設準備にとりかかり、10時にはオープンにたどり着く。この集中力いいな〜。そう思って呑気に構えていたら、怒涛のように押し寄せる患者にあっという間に押しつぶされてしまった。
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喉が痛くて何も呑み込めなくなった女性。一目でわかる口腔咽頭カンジダ症。HIVは?と聞くと昨年は陰性だったと言うが本当か?直ちにHIV検査を勧めるが、仕事が忙しいから明日来ると。こういう人に限って検査からすり抜けようとする。どこでも同じだ。

14歳の男の子。陰茎周囲の皮膚感染と一部潰瘍化。皮膚の形が変だから聞いてみると一週間前に割礼(包皮の切除術)をされている。ケニアッタ病院ではけんもほろろに包交もしてくれなかったと(お金がないなら追い出されるわけだ)。明らかに割礼による術後感染。もともと宗教的儀式として思春期に割礼が行われてきた地域ではあるが、医学的にも割礼によってHIV感染リスクが60%に抑えられることが証明されている。ゆえに、割礼は途上国ではさかんに推奨されているのだが、このように術後感染をして放置されている例が少なくないのではと考えさせられる。
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終わってみれば、小児101人、大人255人、計356人の受診登録数を数えた。初めての大道寺さんも頑張って鍼灸33件、歯科治療は17人。HIV検査は13人中、陽性者はゼロ!だった。いいことだ。
10時オープンとはいえ、いきなりの密度の濃い診療初日だった。
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ilfar946 at 01:28|Permalink