2017年08月11日

ご破算で願いましては、、

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 誕生日が山の日になって2年。まだ違和感が残りますが、国民の祝日ですからみんなも嬉しい一日として定着することでしょう。

 私、58歳になりました。
53歳で(ゴミ)にはなりたくないと騒ぎ、
55歳になって(ゴーゴー)と前に進むことを誓い、
56歳では、まだまだ伸びる(ゴム)だと、可能性を信じ、
57歳では、(五七調)でリズム良く人生を生き抜くことを嘯き、
そして58歳。
(ゴハ算;ご破算)で願って見ようかと。
 それを人生のリセットととるか、今まで形作られてきた自分という既成概念をご破算にして、新しい自分を模索するのも一計。
 あるいは(ゴーヤ)のようにちょっと苦いけれど体に良いを地でいくかとか。

 毎年いろんなことを考えるのが楽しい誕生日です。
年をとるのを嘆くのではなく、これからの一年をどんな年にしようかと、正月とは違い、全く個人的に一年の計を立てるのが誕生日だと思っています。

 昨日は、職場の同僚が、大生誕祭?を開いてくれました。
店の入り口に「宮城島先生誕生会」様と看板が掲げられていたのには気恥ずかしさを感じましたが、みんなが企画して集まってくれてことに素直に感謝です。
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 そして、フェイスブックでもたくさんのお友達からおめでとうと言われ、これってWeb上での誕生会じゃんと悟ることになりました。一人一人に短い返信メッセージを送りながら、新しい形のお誕生会が世の中で定着しつつあるのを感じました。

 一年無事に過ぎたことを感謝し、世に送り出してくれた両親に感謝し、家族、友人、職場の同僚たちに感謝し、アラ還の時代をたくましく生き抜こうと思っています。
一度、今の自分をご破(58)算にしてしまうのも悪くないなと、ちょっとほくそ笑んでいます。
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2017年07月30日

HIVを手なずける為に(いる活つるいサマーキャンプ)

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 昨夜の雨も上がり、薄曇りで迎えたつるいサマーキャンプ。
大自然の中で自由気ままに、生命(いのち)と性を語り合おうという企画で始まった一泊二日の学習会も5回目を迎えました。

 今年のイルファーの目標は
「HIVを学び直そう」
 まさにそのコンセプトのもと、労災看護専門学校生の学生実行委員たちはいる活卒業生である大人実行委員とともに、念入りに今日まで企画を練り上げました。
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 私なりに、HIVを手なずける為の3つの理解を整理してみました。一つは性感染としての理解。二つ目は性的マイノリティーの理解。そして三つめはHIV検査の理解。その中で今回はHIV検査を中心に偽陽性やウインドウピリオドから始まり、誰のための検査かを考えようと伝えたつもりです。そして、郵送検査や自己検査の利点と欠点について自分なりの見解を述べさせていただきました。午後には、実行委員自らの郵送検査キットの実演があり、検査というものがより身近になったではないかと思います。
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 性感染症については、今年のレクチャーの目玉、札幌から駆けつけてくれた市原先生より貴重な自己経験に裏打ちされた性感染症患者の心理を、微に入り細に入り話していただき、他人に相談できない辛さ、中途半端に知っていることによる不安の増大、そして告知によるパートナーとの関係性の難しさなど、学生はバーチャルとはいえ追体験することが出来たようです。
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 午後一には恒例になった成瀬助産師さん(マタニティ・アイ)による性と命の授業。人と人とのコミュニケーションがもっとも大切であるということが講演のベース音として流れ、性感染症の知識の整理からコンドームの使用法まで、そして最後は感動的な赤ちゃんの誕生シーンを織り交ぜながら、誰もが愛されてこの世に生を受けていることを再認識させられ、自分と相手を大切に思うことがいかにコミュニケーションに大事なのかを教えてもらいました。
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 その後は、6グループに分かれて、二日にまたがる活発なディスカッション。もし自分が、あるいはパートナーがHIVに感染したら。という大テーマで、家族計画、社会的立場、検査、感染予防という各論について話し合いました。彼らの話し合う内容を外から垣間見ると、なんとなく自分とは関係ないと言わんばかりの、教科書的・模範的(悪く言えば表面的)な答えが飛び交い、ちょっと違和感。その時でした。市原先生が速攻でパワポーントを作成し、果敢にも学生の前に打って出た。もし自分がHIV陽性と言われたら、それを受容するまでどれほどのことを悩み、人間不信、自己肯定感の喪失を招くかなど(本当に彼、感染しているのではないかと見紛うほどに現実味と迫力を伴う渾身の演技)を熱く語ってくれました。それからです。学生たちの議論が当事者としての自分の発する言葉となり、本当の陽性者に対して寄り添えるスキルを学ぶことになったのでした。
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 二日目のグループ発表の後はディベート。
 HIV郵送検査の是非について二手に分かれて対面形式で話し合いました。誰にも知られずに検査が出来る心理的メリットと、結果に対する自己判断と自己受容の危うさ、カウンセリングはいらないのか?偽陽性の対応をどう担保するのかなど、昨日からの学びが十分に生かされた意義深い討論になりました。勝ち負けを決める討論ではなく、郵送検査のメリットとデメリットを知った上で利用するかどうかを判断すべきであることを自分はもちろん、感染不安者にも助言出来る必要があると感じてもらったようです。

 今回のキャンプも釧路労災看護専門学校と市立看護専門学校の生徒たちでした。将来の医療人たちは、性感染、HIVを自分たちのこととして追体験し、社会との良好な関わりを目指すための解決策を見つけようと必死でした。この経験が、医療現場で本当の性感染者やHIV陽性者との関わりの中で生かされることを切に願うのでした。そして、次の世代の若者たちへ学びのバトンを渡してくれることを夢見て鶴居の夏は終わりました。
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2017年07月04日

雪塩には宮古の知恵があった〜

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 台風3号は先島諸島を悠然と横切り、天然シャワーを時々経験しながらの島めぐりとなりました。まあ晴れてるだけが南国じゃないのですから、雨の時は雨の過ごしかたをすればいい。
雪塩製塩所を訪れました。美しい宮古島の海水中の成分をできるだけ残して作られた「雪塩」は、通常の塩の作り方とはちょっと違う。海水もそれはとても綺麗ですが、海水を直接引き込むのではなく、宮古島の本体をなす石灰岩(そもそもサンゴ礁ですから)に染み込み濾過された地下海水を汲み上げて、煮出しや天日ではなく濃縮装置(逆浸透圧膜を利用)で濃縮海水を作り出して瞬時に水を蒸発させて塩にするので、いわゆる「にがり」と言われるミネラル成分をそのまま残して製塩されるのだそうです。カリウムやマグネシウム含有率が極めて高いのはその製法のゆえらしい。
天気の悪い日はこういう現地学習するに限ります。もちろん雪塩、買い込みました。ただ腎臓の悪い人(カリウム制限のある人)は天敵ですね、この塩。
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 ドライブの道すがら、あちらこちらに、青旗と赤旗。陸上自衛隊配備賛成派と反対派が島を二分している構図。賛成派は中国の脅威(確かに最近先島諸島あたりを中国軍艦が闊歩しています)を訴え、反対派は平和な島を返せと言う。どちらにも言いぶんはあるのでしょうが、島が分断されるのは寂しい気がします。DSCN1511

 そんな気持ちを引きずって友達に連れて行ってもらった宮古中心地繁華街のぶんみゃあと言うライブ居酒屋。マスターの三線(さんしん;三味線の元になった三弦の弦楽器)と歌姫の沖縄ミュージックに酔いしれましたが、何に酔いしれたかと言うと、彼らのコンセプトです。
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全ての武器を楽器に!
戦争よりも祭りを!


これが全ての答えではないでしょうか。ここにもイマジン魂がありました。
宮古島の運命はこの塩と音楽に握られていると言っても過言ではないと思いました。
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2017年07月02日

宮城島が宮古島で温泉に入った〜

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一足早い夏休みで、一気に釧路ー羽田ー宮古島にひとっ飛び。直通の便利さを満喫しましたが、着いた途端に台風3号が突然現れて、いきなりの豪雨に翻弄されています。しかし南国の雨は足が早いです。バケツをひっくり返した雨の後は、再びお天道様が虹を引っさげて顔を出します。
レンタカーで島を巡りますが、すぐに海にたどり着く。綺麗な色の海です。宮古島は川がない。だから流入する土砂が流れ込まないし生活排水がたどり着かないから海が汚れないのです。マリンブルーが岸辺のすぐそこにあるのです。DSCN1418
今回の宮古島の目的は、温泉と体のメンテ。何であんな暑いところで温泉なんだと、友は言う。でも、根っからの温泉好きは場所を選ばないのです。何処に行くにも温泉を探すし、泊まるところはまず温泉がある宿を目指す。もちろん源泉掛け流しに限る。そんな自分が「本島開闢以来数億年、現在地更竹にて宮古最初の天然温泉に成功せり」と聞かされれば行かざるを得ないのが人情と言うもの。ドライブはそこそこにして、海に浸かるより先に島の中央にある宮古島温泉に浸ったのでした。源泉地下1500m、50度の掛け流しの濁り湯は、鉄錆色でしょっぱい弱アルカリの柔らかなお湯。ありがたや。
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その後は、あんずの種宮古分院で須藤本院長のゆとりの鍼をいただき、私の心と体はすっかり弛緩したのでした。今夜は台風が島を直撃するらしいですが、外の喧騒は我関せずで熟睡するに違いありません。
病院を守っている同僚たちには申し訳有りませんが、宮古島で温泉に入り、鍼を打たれるひと時の贅沢をお許しください。
エネルギー充填して帰って来ます。
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2017年05月29日

エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題


拠点病院講演2017

1980年代初めにアメリカでエイズという病気(症候群)が世に出てから、しばらく世の中は大混乱になりました。確実に死を予言する病態と、性にかかわる感染経路から、多くの差別偏見、迫害の嵐に見舞われます。
日本でも1987年日本女性初のHIV感染者が報道され、彼女がCSW(性を生業にしている女性)であったことから大変なパニックになりました(神戸パニック)。
そのときからHIV/AIDSを取材し続けて居る新聞記者がいます。
産経新聞の宮田一雄さん。

このたび、
エイズという流行に遭遇し翻弄されながらも、この30年ぶれずにHIV/AIDSを追い続けて来た記者から直接お話を伺う機会を得ることが出来ました。
6月3日、彼が釧路にやってきます。数年前イルファー釧路の師走講演会で講演してから、二度目の釧路。

マスコミという目を通してHIV/AIDSの歴史と未来はどう映るのか。
医療の専門家とは違う斬新な切り口で私達医療者に問いかけるものがあるはずです。
果たして、エイズの流行は終わるのでしょうか。
キーワードをちりばめながら、HIV/AIDSの現状と課題を読み砕いてくれます。

道東HIV拠点病院等連絡協議会研修会
6月3日 釧路労災病院3階管理棟講堂
16時開場、16時半開演。

市民の皆様の参加をお待ちしています。
もちろん入場無料です。



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2017年05月01日

無言の向こう

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 釧路芸術館で開催されている無言館作品展に行ってきました。長野県上田市にある戦没画学生の慰霊美術館の収蔵展です。不幸にして戦死(病死)した画家生らの絵や彫刻の遺作と一緒に、彼らの写真とプロフィールが乾いた文章で添えられています。最後の言葉が「享年」で締めくくられています。画家への志なかばで死ななくてはならなかった無念を感じると、作品の前で私は無言になります。まさに無言館とはそういう意図でしょう。

 作品そのものには、悲哀を感じない生き生きとしたものが大勢です。もちろんそうでしょう。描いている時には死を予感していないかもしれません。しかし併せて作者の顔写真とプロフィールを眺めると、その絵の意味に何か別なものを感じてしまうのでした。

 これほど作者と作品が溶け合っている作品展は私にとって初めてでした。絵の上手い下手は私にはよくわかりません。でも、何物にも代えがたい一瞬を切り取っている青春そのものだと言うことは理解出来ます。

 彼らには青春を謳歌する権利があった。戦争がなければ、この画家としての才能を最大限に開花して、日本の画壇をたいそう賑やかにしてくれたでしょうに、絶対的不合理な形でそれがかなわなかった。

 しかしある意味、彼らは作品という形で今と繋がり、その無念を今に語りかけることが出来る。それすら出来ずに戦争で命を絶たれた青春は数え切れないほどあるのですから。

 それなのに今まさに日本の周辺で一触即発のきな臭さが漂っています。シルクロードの向こうではすでに多くの青春が抹殺されています。

 私たちは、これらの絵画を見ながら、無言の向こうを考えなくてはなりません。

 これ以上新しい無言館の作品を作ってはならない。全世界でそれは作ってはならないのです。
 


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2017年03月20日

「いつものように、、、」

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 搭乗までまだ間があったので、羽田空港の床屋さんに寄ってみました。QB Houseといったでしょうか、カット10分が謳い文句でした。

 慌ただしく椅子に座らされ、「いつものように、、、」と言いかけた時、ああ、この言葉はもう伝えられないんだな〜としみじみ思いました。
 20年以上同じ床屋で髪を切ってもらっていました。病院の前にある床屋です。
 まだまだ真っ黒くてフサフサな頃から、だんだん白いものが混じり始めた頃も、なんとなく髪が細くなりはじめてボリュームが気になりだした頃も、床屋のオヤジさんは今が一番いいように整髪をしてくれました。髪のことはあまり話しませんでした。ただ唯一、染めなくていいよ、自然が一番だ。床屋のオヤジらしからぬことを言った記憶があります。
 髪の話はしなかったですが、いろんなことを話しました。共通の話題はジャズでした。やっぱりスタンダード。サックスを吹き始めたと言った時、自分のことのように喜んでくれました。下手な独奏もちゃんと聴いてくれました。時には涙さえ流してくれました。オヤジさんが裸一貫で東京に修行に出ていた時、その床屋にはジャズメンがたくさん来ていたのだそうです。そんな彼らがたまらなく格好良く憧れていたと。でもジャズでは飯は食えないからやめな、ときっぱり言われたんだと話す顔は本当に残念そうに見えました。
 釣りもゴルフも大好きでした。私は釣りはしないですが、海釣りの壮大さを本当に嬉しそうに話していました。大漁になるとよく家まで届けてくれたものです。まるっきしゴルフが上達しない私に整髪そっちのけで、鏡の前でスイングの矯正をしてくれたこともありました。もっとも、私がゴルフをやめてからはそんなことはなくなりましたが、今度は孫の話が続きました。美容師の奥さんと、3人の娘を育て上げ、一応亭主関白ぶりを気取ってはいましたが、孫となるとからっきし好々爺になりました。
 私もまだ子供が小・中学生の頃、オヤジさんにカットをお願いしたことがありました。でも長くは続きませんでした。だって、「いつものように」って言っても、毎回違うんだもの。息子はそう言ってました。その時の髪の状況にあわせて変えるんだろうなと、私なりの言い訳でしたが、結局は昭和の床屋の雰囲気に馴染めなかったのかもしれません。
 そんな昭和の雰囲気丸出しの床屋に私はどっぷり浸かって、「いつものように、、、」。月に一回の楽しい儀式でしたし、忙殺される日常からのつかの間のオアシスでもありました。

 7年前、肺がんが見つかりました。ステージ4でした。先生に体預ける、よろしくお願いします。その代わり最後まで先生の髪を切るから。オヤジさんはそう言って、落胆した妻や子供達を気遣っていました。早期に見つけてあげられなかった自分を悔やみました。
 あらゆる化学療法に耐え、一時はがんは消えました。しかし何度も再発。局所再発には放射線療法も、外科的切除も経験しました。先生の髪をほっとけない。いつもそれが口癖でした。
 昨年の暮れ、ついに癌性胸水がコントロール出来ない時が来ました。それでも在宅酸素療法で一時帰宅を果たしました。そしてこう言ったのです。先生の髪を切る。ほらみろ俺が切ってないから、もうボサボサだ。
 入院中閉じていた店を開け、携帯酸素ボンベに繋がったオヤジさんは、おぼつかない足取りで鏡の前に立ち、弱々しい手つきで私の髪に触れました。一ヶ月もハサミを使わないとほら刃がなまっちゃうんだ。そう言って砥石を取り出し、私の前でゆっくりと研ぎ始めました。昭和の頑固職人そのままに。先生、こうやって研ぐんだ。俺はね研ぎのマイスターだったんだ。20年以上もお付き合いさせてもらって初めての光景でした。
 そのハサミで髪を切ってもらいながら、泣いてはいけない、笑わなくてはと思っても、涙を抑えることが出来ませんでした。
 それが、私への最後の整髪になりました。
3月11日、大震災のあの日にオヤジさんは家族みんなに見守られながら旅立って行きました。
2ヶ月も放置された私の髪の毛をそのままに。

「いつものように、、、」
もう言えなくなった言葉を心に秘め、10分間カットは長い黙祷となりました。

合掌。


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2017年01月08日

イマジンを国歌に

John-Lennon
 新年の挨拶をしようと、何度かキーボードに向かいましたが、最近の世界の動向がきな臭く、大きな負の潮流が我々を飲み込むような恐怖に覆われて、安穏な抱負が浮かんでこなかったのは事実です。

 いつからこんなに世界に壁が出来始めたのでしょうか。国境の壁、体制の壁、人種の壁、宗教の壁、多様性の壁、心の壁。いたるところに壁、壁、壁。
DONALD-TRUMP
 トランプがメキシコとの国境に壁を作ると言ったから始まったことではありません。ヨーロッパではもっと前からその予兆はありました。EUの離脱、難民拒否。保守的な政党君主が台頭しヨーロッパ全土に無数の壁が築かれ始めています。そしてもっと以前からの中近東での宗教の壁は、現在IS(イスラム国)という象徴の暴挙に代表されています。

 今朝のテレビ番組の中で、コメンテイターが人間には成長欲求と退行欲求があり、現在世界は退行欲求が台頭していると言っていました。普段、評論家の言葉は鵜呑みにしないようにしていますが、今日の説明は心にストンと落ちました。

 成長欲求とは、人間として成長するためにコミュニケーションを求め、理念を追求するものであり、達成するには長期的展望が必要で、かつ相応の負担を強いられるものであり、第二次世界大戦以後世界が求めていた欲求に他なりません。いわゆる大人の欲求です。

 一方、退行欲求は内向きになり、壁を作る。負担を強いられるのが嫌で、今が良ければ良いという刹那的欲求。もちろん敵を作ることになります。まさに子ども的欲求です。今の世界はこの退行欲求が吹き荒れているというのです。

 人間として言ってはいけない事がありました。それを暗黙のうちに人間は守ってきました。トランプはそのパンドラの箱を開けたのです。退行欲求の人々はそれに飛びついた。タブーを破るような言動に快感を感じるようになったのです。今が良ければいい。負担なんてまっぴらだ。

 ある評論家はこうも言いました。明治維新から150年、終戦から70年。日本ではおよそ70年から80年周期で体制の大変革が起きている。そろそろ次の体制の大変革が起きる時期なのだという事でしょうか。それが、退行欲求の波だとしたら、まだ成長欲求を抱いていると思っている私たち大人たちは一体どうしていけば、その波に飲み込まれないようになるのでしょうか。

 これが、
 今年一年考え続けないといけないテーマとなりました。

 イマジンを国歌にするため。全ての国家の国歌。

 どんなに負担を強いられても、目指すところは、そこです。

 私は大人の人間でありたい。



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2016年12月26日

イルファー釧路の一年(2016)


 クリスマスを挟んだ連休は、大変な大雪になりました。釧路はたいしたことはありませんでしたが、空路、JRは寸断。一時的に陸の孤島化したのは事実でした。こんなプレゼントはいらないですね。
札幌はもっと大変だったようで、新千歳空港では、何日も空港泊まりがあったとか。暴徒化する中国人を尻目にじっと耐えている日本人は偉いなと改めて思った出来事でした。
 さて、今年一年のイルファー釧路の10大ニュースを発表する時期になりました。宮城島が独断と偏見で選んだニュースとは。
 ランキングではなくて、暦順に掲載します。
1. 稲田先生、第42回大山健康財団賞受賞(3月17日)
稲田先生大山賞
稲田先生のケニアにおける継続的な活動に対して、大山健康財団賞が贈られました。とても名誉なことです。まさに継続は力なり。それに関わっているイルファー釧路も嬉しい限りでした。





2.第22号イルファー釧路通信(4月)
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松原編集長の元、昨年に引き続いてA4特大号フルカラーで完成。年に一回の発行になりましたが、より充実した通信としてみなさまのお手元にお送りいたしました。エイズ学会でも配布してきました。





3.松下照美さん来釧(5月14日)
松下さん宴会
毎年北海道に来るたびに釧路に寄ってくれます。いつも元気でお酒好きの松下さん。イルファー釧路との交流は続きます。



4.イル括B&G LGBTの理解(7月30日,31日)
イル活2016ポスター
労災看護専門学校の学生の実行委員が主体となり、大自然のなか、性と生を語り合い、イル活の理想の姿を追い求めました。トランスジェンダーの当事者を迎え、LGBTの理解を深めました。そして次の実行委員へまた来年へしっかりバトンが引き継がれました。
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5.ケニア医療キャンプ(9月16日から27日)
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宮城島にとっては16回目。山村先生、藤盛先生、畠中さんの初参加組と無事ミッションを果たしてきました。歯科治療は大坪先生から藤盛先生へしっかりと引き継がれさらに進化しました。今年はコトレンゴセンターというHIV陽性者の子どもたちが暮らす孤児院にも診療に行きました。そこでも畠中さんは孤軍奮闘したくさんの鍼をうっていました。

6.はじめての試み、第一回地平線会議(10月9日)
第一回地平線会議 ケニア報告会2016
ケニア医療支援の内容やケニアの現状をホットなうちに報告しようと、今年はじめての試みが実現しました。連休の合間にもかかわらず100人以上が来場した市民対象としたケニア報告会。我々の体験を地域に還元しよう大作戦は来年も続きます。帰国して短い期間のうちに、藤盛、山村、畠中さん、よくまとめてくれました。
ケニア報告会





7.HIV抗体検査会(10月16日)
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街のなかでのHIV検査の啓発。イルファー釧路は受付で頑張りました。100人の検査無事終了。全員が陰性でしたが、陰性であることの意味をきっちりと説明することの必要性を感じています。



8.稲田先生歯科治療で二度来釧(10月、11月)
稲田先生歯科治療
90歳まで活動を続けるために、稲田先生は歯を根本的に治す覚悟をなされました。そして選んだのが、釧路。大坪、藤盛の二大プロフェッショナルの技が光りました。




9.師走講演会大盛況、カミングアウトする必要のない社会をめざして(12月3日)
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10年ぶりの繁内幸治さんの講演。HIVはこの10年で何が変わって何が変わっていないのか、LGBTに関する取り組みのなかから、あぶり出していきます。カミングアウトする必要のない世界を作り出すために、彼の飽くなき活動が続きます。また10年後の再会を約束しました。
繁内さん講演




10.HIV/AIDSご相談フォーム利用件数150件突破
HIV相談フォーム
2014年4月20日から記録を残し始めて、2016年12月まで150件突破。一週間に1から2件の相談があったことになります。多くは感染不安でしたが、HIV感染初期症状についての質問もかなりありました。ネット検索で得た知識の不安定さが垣間見られました。



2004年に発足したイルファー釧路は来年13年目になります。
毎年毎年同じことを、信念をもって繰り返しながら、そして新しい変化を見いだしていく。
稲田先生や松下さんたち、ケニアとの交流と、地域でのHIV予防啓発。
今年もすこし出来たのかなと思っています。
これもひとえに、みなさんのご協力、ご理解があってのことです。
一年間ありがとうございました。
そして来年もよろしくお願いします。
繁内さんを囲んで


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2016年12月04日

虎穴に入らずんば、、(第13回師走講演会)

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信じられないほどの快晴の中、繁内幸治さんを乗せた飛行機は釧路に降り立ちました。
2005年の第2回師走講演会で彼が語ったことが、蘇ります。
HIVエイズと共に生きる社会を作るために、まず取り組むことは、言葉の差別の解消であること。
感染者ではないのです。陽性者なのです。
性的嗜好ではないのです。性的指向なのです。
などなど、、
今でも心に残っている言葉です。
それから日本のエイズパニックから薬害エイズの教訓までを丁寧に解説され、陽性者が自ら名乗り出て感染予防に参加できるような社会を作らないといけないとお話しされました。
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あれから10年。何が変わって何が変わっていないのか。彼は語ります。
HIVの薬はどんどん進歩し、現在では1日一回一錠でコントロール出来る時代が来ています。でも、差別偏見はまだまだ残っています。HIVに脆弱性のある(感染しやすい環境に置かれている)グループとしてのLGBTもまた同じです。LGBTは性的マイノリティーとして括られていますが、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルなどの性的指向(LGB)と性自認(T)に分けられます。さらにはLGBTの中に分類されないような性的マイノリティーも存在すると言われています。そう考えると性の認識も全く個性と同じで、十人十色なわけです。そして彼らはマイノリティーとして10年前と変わらず大衆の無知無理解からくる偏見差別にさらされています。
だから潜む。だから予防啓発のメッセージが届かない。だからHIV感染の脆弱性から逃れられない。
それを変えるにはどうすればいい?当事者が自ら行動を起こし、語り、カミングアウトして、自分たちを大衆の前に可視化していくことが大事なのか?
それも大切。ただ途轍もないエネルギーと途方も無い時間がかかる。
しかし当事者でもある繁内さんはもっとも効率的な手段に出ました。
東京オリンピックまでに、性的マイノリティーの人権擁護を担保し世界に発信しなくてはならないと判断した政府の懐に単身飛び込んだのです。
現在、自民党性的指向・性自認に関する特命委員会のアドバイザーに就任。LGBT理解増進法(仮)の制定及び現行法内での可能なLGBT支援33項目の実施に向け積極的に関わり始めたのです。
まさに虎穴に入らずんば、です。
そして彼は言います。差別禁止法ではダメなのです。理解を進める法律じゃないどダメなのです。
目指すのは、カミングアウト出来る社会(10年前にはそれを目指していた)ではなく、カミングアウトしなくてもいい社会なのです。そこはマイノリティーという括りさえもが存在しない社会です。そもそも歴史的に性に関して寛容であった日本は出来るはずだと。

これからの10年の目標が出来ました。
カミングアウトしなくてもいい社会を作る。
この言葉が、過去・現在・未来を語る講演の締めとなりました。
そして、10年後再び釧路を訪れることを約束して、繁内さんは翌日快晴の釧路を後にしました。
爽やかな空でした。
繁内さんを囲んで

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