2014年09月24日

エピローグ(雷水解・雷風恒は現実か)


いつもなら、頑張ってきてくださいと、エールを送られてケニアに出発するのだが、
今年は、大丈夫?本当に行くの?無事に帰ってきてください?という声ばかりだった。
政情不安、テロ、強盗、そしてエボラ感染症。
そんなことを聞けば当然だろう。
そしてNPO法人理事会と現地との温度差。
不安はいっぱいあった。
もしものことは頭によぎり、結局学生ボランティアの募集を断ってまで、自己責任の持てる大人の医療集団で組織した。
今回は新しい事業を展開せず、従来のことを粛々とするようにと、理事会で求められもした。
それでも不安はあった。
この私が易占いまでしたほどだ(笑)。
でも、そんな事情のなかでも、12人の侍たちは、怖気づくこともなく、爽やかな顔でナイロビに降り立った。
そうして、すくなくともバイオレンスと感染の危険は杞憂に終わった。
初日のHIV患者フォロー外来と二日目からの一般外来で1920人を超えるクライアントを診察治療し、歯科も一日平均15人前後の抜歯を施行した。190人のHIV抗体検査を施行し11人(5.8%)の陽性者を見つけ出し、フォローへ繋げた。HBVや梅毒の結果集計はまだだが、外的逆境のなかで、昨年に劣らない実績を上げることが出来た。
易の予言、雷水解(雷は行動、水は難儀、解は解放、雪解けとも。すなわち、行動することで問題から解放される。)は本当だった。
ただただ、運が良かっただけかもしれない。しかし運を近づけるために、やれることはやった。プムワニでも警察の介護を得た。有能なドライバーを確保した。いつも一糸乱れぬ集団行動を実践した。外食も最小限度にした。
参加者はやや窮屈だったかもしれないが、それでも楽しさを忘れず、専門への重責を忘れなかった。
これらの努力を怠らなければ、我々のキャンプの継続性は担保されると強く思った。

今年のメンバーは、かなり完成されたものだった。その専門性をいかんなく発揮し最大のパフォーマンスを演出した。募集の時期はやや遅かったが、モチベーションの高い人材が集まり、『逢う前からお友達作戦;メーリングリストでの頻繁な情報交換』により現地で真っ先になにをすべきかを共有出来たことが大きい。この作戦は今後も最大の情報ツールになる。
また、国際医療協力の経験者が多かったのも大きかった。過去の彼らの経験を今回のキャンプに移植し、また共に高めることが出来た。
そして、現地滞在の五十嵐マキさん(日本赤十字派遣)の強力なサポートは私たちにとって必要不可欠なものだった。何度彼女に、ロジスティックな面でも精神的にも助けられたであろう。いつまでも甘えてはいけないと思うが、女神は今年も私たちの前で健在だったのだ。
もちろん、強盗に遭いながらも、冷静さを失わずち密な計画を立て実行させた稲田先生の存在は言うまでもない。その超人的な行動には頭が下がるし、それゆえにNPO法人を中心とした日本からの強力なサポートが必要だと改めて認識した。
加えてそれらを現場できっちりと仕切ったアリ、ワンボゴの成長には目をみはるものがあった。特にアリの指導力は特筆に値するまでとなっていた。
現地HIV医療体制の構築の最終目標は、作られた体制の現地への確実な委譲、すなわち現地の人による現地のための活動である。彼らのような存在が育つのは最大の収穫でもあるのだ。

ではもう一つの予言、雷風恒(恒は常。恒常的な方針を急変せず、堅実に道を進めば、持続的な繁栄を得る。)はどうだろうか。
すくなくともイルファー釧路はいま、その通り動き始めた。
しかし、ケニアキャンプを今後維持していくためには、多くの視点から考えなくてはならない。
まず、NOP法人イルファーの活動のなかでのキャンプの位置づけの再考である。
現在のNPOイルファーの活動主眼は、ケニアでのHIV医療システムの構築におかれ、キャンプはその手段の一つに過ぎない。しかし現実には、HIV患者の現地でのフォローアップは、稲田先生と現地スタッフで継続的に精力的に行われているものの、年度年度ではっきりと数字で出てくるものではない。また費用比率でも、HIVケアよりも一回のキャンプのかかる費用は突出している。
今のキャンプは、HIVの拾い上げを含めた地域への診療サービスだけではなくなっていると思う。日本から派遣される医療者たちへ、国際協力の経験という場を与えることも大きな目的になっているし、そのようなキャンプを経験した人たちが帰国して多くの情報を発信することも大きなインパクトだ。またこのような医療キャンプで実際に邦人医療者が何を出来るのかを考え続けることで、医療のレベルも格段に進歩する。昨年から始まった歯科領域でのポータブルレントゲン装置、そして今年初めて使用した超小型のエコー診断装の導入はそれを物語る。これらは、日本の医療とプムワニでの医療格差に悩みながら、resource limitingの国で提供可能な医療を考える大切な場でもあることを示していることに他ならない。
つまりケニア医療キャンプは医療を展開する地元住民にも恩恵があるのみならず、参加者のキャリアにも恩恵がある一石二鳥の活動になる可能性を秘めているのだ。
そしてプムワニを拠点にしながらも、他の地域との連携をとって、キャンプの活動の幅を広げていくことが出来れば、さらにキャンプの存在価値が増していく。
最終日にナイロビから車で1時間弱のところにある農村、リムルを訪れた。そこの代議士チャグにフリーメディカルキャンプの開催を希望されているのだ。今年は安全の確保が出来ないという理由でNPO本部から自粛を要請されたが、来年こそは、新な一歩としてone-day camp を成功させたい。このような蠢動もまた、キャンプの意義をさらに高めることになるはずだ。

すなわち、一つの提案だが、NPOイルファーは医療キャンプを、ケニアのある地域でのHIV医療体制の構築のための副次的なもの(手段)にするのではなく、それ自体に目的を持たせるべきで、地域でのHIV医療体制の構築と同等の目標として掲示してはどうだろう。そうすれば多くの学術的、社会学的サポートが得られやすいのではないかと思う。
これは、NPOイルファーの副理事という肩書(キャンプ専門)を持つ私の立場を意識した提案でもある。

次にキャンプへの派遣人員のこと。
現在のキャンプでは、歯科、小児科のニーズ割合が高い。原則的には小児科は内科でも担当可能だが、より専門性が必要とされるところはお手上げだ。歯科は今後も日本的な医療を展開するのなら、二人は必要だ。そして今年歯科衛生士が来てくれたように予防医学の介入も必要になる。そうして薬剤師の専門性もかなり大きいと理解している。鍼灸ももちろん今の継続を切らしてはいけない。そして可能ならば婦人科医の存在。内科はそれらの隙間を埋めることで成り立つ。

そう考えると、来年の最も基本的陣容は、歯科医2人、小児科医1人、鍼灸師1人、薬剤師1人、内科医4人、可能なら産婦人科医が必須であり、それ以外にナースやその他の医療職のボランティアを募ることとなる。
これらの陣容を来年春までには決定し、理事会の承認を得るようにしたい。

雷風恒(恒は常。恒常的な方針を急変せず、堅実に道を進めば、持続的な繁栄を得る。)の予言の実現はまだ先かもしれない。しかし、着実に芽は見えてきた。
現地とNPOとの連携を密にし、地域のHIV医療体制の構築とケニア医療キャンプを同等にとらえ、さらにキャンプに日本の医療人の経験的現場を提供する意義を加えることにより、車の両輪が回るがごとく雷風恒は現実のものとなると確信している。
これで私の総括は終わる。
キャンプを見守ってくれているすべてのみなさん、そして現地で最大限のパフォーマンスを発揮してくれた同志たちへ感謝。
そろそろ釧路へ帰るとするか。
羽田のスタバにて。
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