アダルトチルドレンな日々

私は母親から愛されない娘でした。 私は父親から愛されない娘でした。 親から受けた心の傷を整理してみたいと思います。 記事は時系列を意識していません。 カテゴリ別にお読み頂けるとわかりやすいかも、です。 まずはカテゴリ一番上の「各カテゴリについての説明」からどうぞ。

破り捨てた母子手帳

中学生になってから、私は、とにかく反抗期がすごかった
(本当はこの反抗期という言葉は使いたくない。反抗期と言ってしまうと、正しい絶対的なものに、子供の側が未熟ゆえに抗っている=子供側が間違っている、というイメ−ジになってしまうからだ。
必ずしも反抗される側の大人が善で正しいわけではないと思うので)

当時は、心の中で何かが嵐のごとく荒れ狂い、自分でもどうしていいかわからなかった記憶がある
ある時は、自分の部屋の前の廊下に画びょうをばらまいた。
なぜそんなことをしたのか説明するのは難しい
ただ、そこを歩く親に向けて画びょうを巻いたことは確かだ
自分に近付くな、という心理だったのか・・・
親への攻撃性からきた行動であったことは間違いない

同じ頃、家の引き出しにしまってあった、自分の母子手帳をビリビリに破った
ピンク色の表紙に親子の絵が描かれた母子手帳
本来なら大切なものだ
その母子手帳を私はビリビリに破り捨てた
13才の私にとって、あれはどんな気持ちから出た行動だったのか
母子手帳の存在がとにかく嫌だったのだ
嫌で嫌でたまらなかった

私は学者じゃないので、母子手帳を破る子供の心理を分析することはできないが、やはりあの頃、私の中で親への嫌悪感が爆発したのだろうとは思う

思春期の反抗期については、自分なりの考察があるので今度書いてみたいと思う

子育ては取り返しがつかない

親子の関係性について
いつか子供が大人になり、孫が生まれたりする。
親の方は、昔のことなどはすっかり忘れて、孫の世話をしたりして楽しく過ごすことで、昔のことは帳消しになったと思っているふしがある
私もある時期まではそう思っていた
しかし気付いてしまった
子供にとっては、親にされた仕打ちは絶対に帳消しになどならないことに
子供が大人になって、親から受けた仕打ちが止んでも、それで昔されたことがなかったことにはならない

子供の頃に親からされて嫌だったこと。言われて傷付いたこと
子供の頃に寂しかった想い
子供の頃に親にしてほしかったこと
それを大人になってからしてもらっても、子供だった頃の寂しさや恨みは全く消えないのだ
後から取り戻すことはできないのだ
幼い心が感じた寂しさは上書きされない
心の芯にずっと残っている

だから子育ては難しい
後からいくらでも取り戻せるということはないのだ
大人になってから親がすり寄ってきても、子供の頃に満たされなかった想いは消えない

育児の悩み相談でよくある「だいじょうぶ、これからいくらでも取り戻せますよ」
「子育てに遅すぎるなんてことはないですよ」
これらのことは気休めだ
もちろん完璧な子育てなどはないが、子供に与え続けたあまりにも程度を越えたマイナス感情は、もう取り戻せないと知るべきだ

前に母親が「あんたは一体何が不満なの。○○(息子の名)が小さい頃、何回も一緒に出かけたりして楽しくやってたじゃないの」という意味のことを言った
確かに・・・・
私も息子が生まれてから、初孫という存在が珍しかったのだろう、息子のことを母親がべたべたにかわいがっているのを見て(まあいいのかな)と思い、今までのことは水に流そうか、的な気分になったこともある。
でも、今はわかる
それはそれ。昔は昔
いくら親が孫を可愛がってくれたとしても
自分が子供の頃にされたことは消えるわけではない

母親の病気

先月、うつ病による自死で亡くなった従妹の一周忌があった。
あの突然の死からもう一年がたつ。
本当に早いものだ。

会場で弟と顔を合わせた。
その時に、彼から直接聞いたわけではないが、母親が脳梗塞で倒れたということを知った。
伯母が弟に「お母さん大丈夫なの?」などと話しかけ
そばにいた私が弟に「何かあったの?」と聞いて知った・・・という次第だ
この段階ではもうすでに退院をしており、今後は新たに見つかった病巣の手術をする、ということらしい。

この一周忌に出なかったら、私はきっとまだこの事実を知らないでいただろう。
私と親と弟の関係性は、この通りなのだ
もちろん弟は責められない
彼には何も関係はない

母親の状態や私の気持ちなどはまずさておき。
一度癌になった体で、「別に気にしなくてもいいんだから!」などとわけのわからないことを言って
煙草を吸いまくり、食事にも気を使わず
不健康な暮らしをし続けている責任のない人間が、病気になって周囲に迷惑をかけるということは腹立たしい

大人として最低限の自分の体の管理をするのは当然だ
それが大人の責任だろう
自分の病気と向き合うのが怖いのか、ただ単にだらしないのかわからないが
好きで煙草を吸い続け、食事管理もせず
70を過ぎても、まるで10代のヤンキーみたいに、健康なんか興味もないというような暮らしをして
あれでは血管が悪くなるのも当たり前だ
子供に迷惑をかけないというのは、お金のことだけでなく、健康管理も含まれるだろう
20年近く前、あの人が癌になった時、その後があまりにも自堕落な生活ぶりなので、私は言ったものだ。
「また病気にならないように健康管理をするのは、大人の最低限の責任だ」と。
あの女は黙っていたが、そばにいた亡き父親が速攻で「その通りだ」と言ったものだ。
(私と会話をしたわけではないが)

もちろんそれでも人は必ず病気をするものだ
わかっている
しかし、「自分は細かいことには気にしない人間だ」という大口を叩き、それを良しとして、
煙草を吸い、好きな暮らしをし続けるのは自分勝手だ。
あの人は、本質的に「健康に気を使っているような人を、一段下に見てばかにする」ところがある。
そんなのより自由に何でも食べて煙草も吸って、みたいな自分の生き方がいいのだと。
ならばその結果として、いざ病気になったら、誰にも迷惑をかけずに本望だと死んでいけばいい
しかし弟の話によれば、一時期は落ち込んでうつのようになっていたらしい
だったら、自分は特別だみたいに変に虚勢を張らずに、煙草もやめ、できる範囲で健康に気を付ければいいのに。
健康に気を使う人より、母親のような人間の方が、よほどみっともないし恥ずかしい
あの人のそういう所が私は大っ嫌いなのだ
あの人の生き方が私とは相容れない。そうだ、これは人としての生き方の問題だ

あの人の周囲で、こういう厳しいことを言うのは私だけだ
親戚や息子や嫁は言うわけがない。
ただ優しくしてくれるだけであろうから、私などは不要な存在なのだ

話を聞く限り、今日明日死ぬわけではなさそうだが
それでも私は会う気にはなれない
どうしてもあの人とは会う気にはなれない
そのまま死んでもいいと思っている

上記に書いたようなだらしないところ、あの生き方が本当に嫌なのだ
煙草吸いまくり、食事にも気を使わず好きに生きて、いざ病気になったらあれだけ悪口言ってた嫁に頼るのか。そして人並みに落ち込むのか
だったら!普段から健康な暮らしをする努力をしろよ
大人なんだから!
普段は変に大口叩いて強がって、真面目に生きている人をバカにして、いざ病気になったら落ち込んで
ああみっともない、情けない
そんなふうに思ってしまう。
それほどあの人の暮らしはだらしないものだった。

ろくに掃除もしない、いらない物であふれた汚部屋で、吸い殻で山になった灰皿を前に煙草吸いながら、コーヒー飲んで化粧も落とさず寝っころがって
面倒だと布団ではなくそのままコタツで寝て、
身体に悪そうなものばかり食べて
いつも仕事を言い訳に
あれでは絶対病気になるだろうと思っていたが、やっぱりなあ、と思った

父親の時よりも、私の心の中は冷たい冷たい白けた風が吹き荒れている
やはり元凶はあの母親だったのだろうな

不倫を繰り返してしまうわけ

私は家族の前では誰にも甘えることができず、そもそも甘えるということを知らずに生きてきた
16、17才で初めて深く男を知って、彼氏という存在の男には思い切り甘えることができるということを身体で覚えた。
親の前ではできないこと
泣いたり甘えたり抱っこしてもらったり、頭を撫でてもらったり。
肉体関係のある男には、遠慮なくそういうことができるのだ
こんなに幸せなことはない、と思った
それ以来、私は絶対に男を欠かさないようにしてきた
「誰とも付き合っていない」という状態にはもう絶対に戻れない、と思った。
イコール、誰にも甘えられないし、頼れない状態になるということだから。
一人ぼっちになることは、もう絶対に耐えられなかった
それは私にとって恐怖でさえあった
家族間でそういう関係が全く作れないので、私にとっては、自分が寄りかかることのできる男がいない状態はまさに「たった一人」という感覚に近かった。
この世にたった一人、という感覚。
親しい関係の男がいなければ、私は生きてはいけない

そして今は結婚しているわけだが
結婚すると、彼氏だったはずの夫も身内になってしまい、結局甘えることができなくなってしまう。
生活していくということは現実だから、夫は敵対関係になってしまうのだ
そのため、甘えたい部分を外の男に求めてしまう
夫ではだめなのだ
生活という現実の中では敵対関係だから、弱みは見せられない。
負けられない、と肩をいからせていなくてはいけない。
私にとってはそうなのだ
こんな暮らしの中で、外に心がときめく男ができれば、もうそれにのめり込んでしまう
最初は生活に張りが出るので良い要素をもたらすが、ひとたび一線を越えればあとはもう泥沼だ。
そんな経験を、私はもううんざりするほど知っているのに・・・・

まあ「絶対に不倫を許さない」という最近の風潮は、ちょっと行き過ぎだとは思う
ガキっぽい。
あのゲス何とかさんの不倫だって、そもそも彼の結婚生活自体、あまり実態がなかったのではないか。
その証拠にすぐ離婚したようだし。
関係が成熟した夫婦なら、あれで離婚はしないだろう
「それだって不倫は不倫。いけないことだ」
という正論を声高に叫ぶ人間ばかりで、今の日本はほんとに子供の集まりか、と思う
不倫など考えられない、何が何でもだめ、という人とは、私は考え方が100%違う。

今、ふとしたことがきっかけで、ある男性の存在が心の中に大きくなっている。
もう散々懲りて、もう二度とそういう道には足を踏み入れない、と誓ったのに。
やはり私はダメだな。。。。
自分でも嫌になる
外に男がいないと私は死んでしまう
だって家庭内で誰にも甘えることができないから
涙も流せないから
いつも強くなければいけないから
弱みを見せられる場所がないから・・・・
こんなのは、正論さんたちには、ただの言い訳なんだろう
自分勝手と言われるのだろう
でも夫との関係だけでは、私は誰にも甘えられないし、涙は見せられないし、寄りかかる場所がないのだ
どこにも。

でももう二度と失敗はできないし、苦しみたくもない
心をコントロールしなければ

女だけが働くとかわいそうなのか

ある人のブログを時々読んでいる。
ある人とは言っても、知人などではなく赤の他人なのだが、内容が気になるのでつい覗いてしまう。

夫が働かないため(病気で働けない)ご自分が一生懸命馬車馬のように働いて、一家の生活費を稼いでいる女性だ。
ご自分の仕事、夫や子供たちのことなど、日々の生活を書いている。

コメント欄は、全部読んだわけではないけれど、ほぼ賞賛や励ましの嵐である。
「何々さん、頑張り過ぎないように。ゆっくり休んで下さい」的な。
ブログ主が、「いろいろなことに疲れました。もう家族を捨てたい」などと書いた時には、もう大変。
それはもう、何とかこの方を励ましたいという思いに満ち溢れた素晴らしいコメントだらけ。
あげくのはてには、「家族を捨てたい」という吐き出しを本気にしたのか「もう捨てちゃっていいですよ」だと。
「〇〇さんはもう充分に頑張っています」
「家を出たらいいと思います」
「これ以上頑張らないで下さい。心配しています」
世の中の女性というのは、なんて頭が素直な、優しい人たちばかりなのであろうか(皮肉)
これがもし病気の妻を抱えた夫の書いたブログでも、この女たちは
「もう家族を捨ててもいいですよ。家を出て下さい」
と同じことを書けるのだろうか。
それとも女は、働けない配偶者や、言うことを聞かない子供を捨てても「それまでひたむきに一生懸命頑張ってきたんだから」という理由で、許されるんだろうか?

このブログ主さんは、本当に頑張っている方だ。
すごいと思うし、頭が下がる。
でも私はどうしても普通の人のように「頑張って下さいね!!応援しています」みたいな賞賛コメントをする気持ちにはなれないのだ。
(別に誰からも望まれてはいないのだけれど)
なぜならば、どうしてもこの方のブログを読むと、あの母親のことが思い浮かんでしまうから。

夫が働かないから、女の私が男並みに働かなくてはいけない。
ああ大変だ
私はなんて不幸なの
こんな人生、もう嫌だ・・・・・

殊更に自分の人生の嘆きを子供の私に言い続けて、子供からの賞賛を望んだあの母親とだぶってしまう。
もちろんこの方はご自分の子供にそんな愚痴を言っていないから、あの愚かな母親とは違う。
それは充分にわかっている。
ただその代わり、この方はきっとブログで第三者からの賞賛を望んでいる。
もちろんそのこと自体は、何も責められることではない。
それもわかっていて、私はやはりひねくれ者で性格が悪いのだろう。
素直に励ましや賞賛のコメントを送る気持ちになれない。
何だか心がざわつくのだ。

これが男女逆ならどうであろうか
奥さんが何だかはっきりしない病気にかかって働けない。
まともに家事育児もこなせない。
家の中はゴミだらけ。
思春期の子供も反抗ばかりでやってられない。
もう疲れたよ。家族を捨てたいな。

こんなブログがあったとしたら、女共はみんな(男もかな)「最低」「奥さんを支えるべき」だのと非難するだろう。
奥さんが働けないなら、夫が仕事も家事もこなして当たり前だと言うだろう
しかし、夫が働けず奥さんだけが働いていると、とたんにその奥さんは「かわいそう」になってしまう。
男はつらいなあ
選択も与えられず働くことが当たり前で、そのうえで育児も家事もと言われるんだから・・・
男が働かず、女だけが働く
この状況に対して「奥さんがかわいそう」とか皆が思ううちは、本当の意味での男女平等の世の中なんかこないのだ。
世の中には怠け者で家事もろくにしない専業主婦だっているわけで。
そういう女が主婦という隠れ蓑の中で守られているのはおかしいのだ

実は、この方に私は一度コメントしたことがある
当時夫さんを働かせようとやっきになっていたように感じたので、
「世の中にはどうやってもまともに働かない男はいるものだ。あきらめたほうがいい。それが貴女様のためにもなる」
というようなことを、絶対に主旨は伝わらないだろうなと思いつつ書いたのだ
ま、案の定うまく伝わらなかったと思う。
聞けばこの方のお父様は、まずはお仕事だけは真面目にしていた、ということであるから、わからないと思う。
世の中には、すぐにどこそこが具合悪いだのと言って、まともに働かず妻の稼ぎに頼ってグダグダ生きる男がいるのである。
私の死んだ男親そのものだ。
そしてそのような気質をもった男は一生変わらない
いつか働いてくれるかも、と期待すると辛いので、ここはもうすっぱりあきらめて自分が働くと腹を決めるか離婚するしかない。
私は子の立場で自分の両方の親の生き様を見てきて、いやというほどそのことがわかっている。
しかし女の悲しい性か、女はいくら割り切っても心に「何で私ばかり」というやりきれなさを抱く。
そのやりきれなさを私の母親は愚かなことに子に垂れ流し、この方は賢明にもブログに吐き出している。

娘を「難しい子」ということにする毒親

毒親というのは、「自分は悪くない。悪いのはどんな時でも常に娘のほう」
このような思考をするものだ。

専門学校に行ってた19才の頃。
仲良くなったグループがお弁当持ちだったので、私も一時期だが、自分で適当に詰めた弁当を持参していた時があった。
そのため、果物などの食材を買うために、母親と一緒に近所のスーパーに買い物に行った時のこと。
レジが終わり、袋に商品を詰めている私に、そばにいた母親がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「あんたもやっとこうして一緒に買い物に来るような娘になったねえ」
念のため説明すると、この言葉の意味は
「今まではフラフラ遊んでばかりいるひどい娘だったのに、やっとこうして母親と連れだって買い物に来るような普通の娘になったんだねえ。成長したねえ。やれやれ」
ということである。

私は何と答えていいかわからず黙って手を動かしていたが、内心ひどく驚いた。
(は?この人何言ってるんだろう)
それではまるで、母親は私と買い物に行ったりしたいと望んでいたのに、娘である私の方がその手を振り切っていた、みたいに聞こえるではないか。
違う。冗談じゃない。
幼い頃から私の思いを拒絶して、私の方に近寄ってこなかったのはそっちじゃないか
私の方こそ、普通の母娘のように、母親と二人で買い物に出かけたりしたかった。
望んでも望んでもそんなことをしてくれなかったのはそっちだろう。
どうしたらそんな真逆の発想になるのだろう。

ただ母親の視点から見た私たちの関係というのは、そういうことなのだ。
あの女は決して内省しない
自分には悪いところなど一つもない、何かいけないことがあるのなら悪いのは娘の方と考える

現に、現在でも実家に寄り付かない私のことを親戚には「緑は難しい子だから」と話しているらしい。
あの女は何も変わっていない
変わらない
いつも悪いのは私になるのだ
「あの子は性格が難しいひねくれた子。
母親を困らせる扱いづらい子。困ってしまう」
そのスタンスをくずさない。
そしてくずさないまま、死ぬんだろう

自分の思い通りにならない娘のことを「難しい子」と他人に説明するのは毒親共通のようだ

子供は自分の虚栄心を満たす道具

親は私に興味関心がなかったが、この記事のタイトルの通り、何か誇らしい出来事があった時のみ、こちらに関心を向けた。
それは全く露骨でさえあった。(・・・下手な翻訳文みたい(^_^;))

幼稚園の時、私が描いた父親の絵が何かの賞を取って、どこかの会場に飾られた。
両親はわざわざその会場まで絵を見に行き、写真を撮ったりした。
⇒私は絵を書くことが好きだったが、賞を取ることもないような普段私が書いている絵には何の興味もない
この子は絵を描くことが好きなんだ、何を書いてるのかな、と親として興味を持つことはない。
あくまでも「賞をとった」この出来事にだけ興味を示す。

小学校一年性の時。私の書いた作文が優秀だとされて、給食の時間に放送室でその作文を読むことになった
それを聞いた親はずいぶん喜んで、読む練習だと言い、私にその作文を家で朗読させたりした
⇒私は幼い頃から文章を書くことが好きだったが、親としてこの子供の才能(・・・というほどではないが)を伸ばしてやろう、などとは一ミリも考えない。
あくまでも私が書いた文章が外から評価されたというその出来事にだけ、そのことにだけ興味をもつ。
それが過ぎればあとはもう興味を失う
私が生きていく未来、その先には何も興味がない親たち。
だから国語の成績だけがダントツにいい(そのかわり数学、理科は目も当てられない)、誰がどう見たって文系に属する娘が、親に言われるまま学費の安い公立高校ならどこでもいいとして、工業高校の受験をすることに反対もせず、平気で進学させたりするのだろう
数学が苦手な娘が工業高校に行って何をするのか、何になるのか、苦労はしないのか、何も考えず
(高校受験は五教科の合計点で合否が決まるから、国語と英語の点数が良ければ理系の科目の点数が悪くても工業高校に受かってしまう)
ああ、公立でよかった。私立に行かなくてよかった、金がかからなくてよかった
それだけを見て。それだけを安堵して

そう、いわゆる「親である私の虚栄心を満たしてくれる子ならば愛する」この文の通りだ。
何か子供が親の自分の虚栄を満たしてくれる良いことを行った時だけ、興味を示すのだ
しかしそんな良いことは、そうしょっちゅう起きるわけではない。
だから何も起きない、大抵の時間は子供に興味はない。
その親の変化は、子ども心にも露骨に感じたほどなのだ
まして私は、親に虚栄心を満たしてあげられるような成果物を、何度も差し出せるような優秀な子供ではなかったので、この後はもう何も起きなかった。
だから私はいつだって、親からも誰からも興味を持たれない子供だったのだ
(どこに、実の親以上によその子に興味を寄せ、関心を持つ人がいるだろう。そんな人はこの世にいない。実の親に興味関心を持たれなかったら、その子供は文字通りこの世の誰からも興味をもってもらえない、ということだ)

OLとして働いていた23歳の頃。
愛読していた雑誌の読者手記コーナーに自分の体験を投稿したところ、その記事が雑誌に掲載された。
謝礼の二万円でコートを買ったことを、つい何気なく母親に話してしまった。
そしたら・・・
「あらっ、なんだや。あんた、その本私に見せなさい」ときた。
ばかじゃないか。
見せるわけないだろうが。ふだんこっちに興味もないくせに、こんな時だけ急に目の色変えて。
この親は変わっていないんだな、つくづく思った
大体、普段本を読むという習慣のない女に、そんな投稿を読ませて何になるのか。
見たいの?見て何になるの?何かを評価してくれるわけ?
あほらしい
私の悩みには興味もないのに、私が書いたものが雑誌に載ったということは、何だかすごいことだ、と
そこに興味を持って、その記事を見せなさい、と言っているのだ。

また母親は、自分が本を読むという習慣がないせいもあってか、(私の本好きは父親側に似たものだ)いつも本を読んでいる私のことを、他人に自慢げに語るようなところもあり、大変恥ずかしかった
「この子は本が好きで本ばっかり読んでいるんですよ。でもなかなか新しい本は買ってやれないものだからねえ、こうやって図書館で借りてきて読んでるんですよ」
などと、私が図書館から借りてきた本を指して、来客に言ったりする。
そんな、本を読むなんて自慢にもならないことを大げさに・・・・
本を読むのは単なる趣味なので、別に頭がいいから本を読んでいるわけではない
それに、娘である私には何も自慢できる取りえがないので、無理矢理「本を読む」などという何でもないようなことをわざわざ自慢のネタに使っているみたいな感じがして、(実際その通りだったろう)気恥ずかしさと切なさを感じたものだ。

親に虚栄心を満足させてあげるようなものを何も献上できなかった
若い時代は、そのことに対して劣等感があったが、50才近くなり、そういう親の方がおかしいのだ、そんなことを子供に気付かせるような親の方が未熟で嫌らしい人間なのだ、と私の心は知っている

親に気付いてほしかった遺書

小学校三年生位か。
当時、実家の目の前に巨大なマンションが建った。
(現存している)
70年代当時は、現在ほどセキュリティがきびしくなく、私はよく弟やいとこと一緒に、または一人でそのマンションの屋上に上ったものだ。
外側にある非常階段を上り、あるいは管理人の目を盗みながらエレベーターに乗り込んで。
今では全く考えられないことだが、当時はそうやってマンションの屋上に誰でも自由に行くことができたのだ。
ドアも自由に開閉ができた。
そこから見下ろす景色が、平屋で暮らす小学生の目にはとても新鮮だった。

そんな日々の中。
私はいつしか心の中に、「死」というものに対しての憧れを芽生えさせていた
あのマンションの屋上から飛び降りることを何度想像した事か
死んだらどうなるのだろう
あそこから飛び降りたら・・・・

そして私はある日、自分なりの遺書を書いたのだった
くわしい内容はもう忘れてしまった
ただ、手持ちの紙に「死」という言葉をはっきり書いて、その紙を私はわざと親が見えるところに置いたのだ
親にその紙を、死にたいと書いた紙を見つけてほしかったのだ
その気持ちを気付いてほしかった
今でいう「構ってちゃん」の心理だろう
自分が死にとらわれていることに気付いてもらい、かまってほしかった
まあ、寂しさからきた気持ちだと思う

そして、実際に母親がその紙を見つけた
娘が「死にたい」と書いた紙を見つけたのだ
どうなったか
母親は、また例の変なニヤニヤ顔で「ちょっとあんた、何これ。何書いてんの」というようなことを言ってきた。
何を考えてるの!と、真剣に怒るのでもない
心配するのでもない
また・・・ニヤニヤ顏なのだ
前の記事にも書いたが、私が他人に弟のことを「近所の人から預かっている子」だと嘘を付いてそれがばれた時も、あのニヤニヤ顔をした
あの人はそういう時に、ニヤニヤするのだ
何だかばつが悪いように、ニヤニヤ。
何かがずれている
真剣に子供の気持ちと向き合うことができないし、もともとそんな概念がないのだ
どうしていいかわからないから、ニヤニヤとごまかすように笑うのだ

その時、私はたぶん「別に」とか言ってごまかしたのだろう
それっきり親からこの時の「遺書」について何か言われた記憶はない。
親に死にたいと思っていることを気付いてほしかったのだが、
実際に気付いてもらっても、嬉しさなどはみじんも感じなかった
本当は親にどうしてほしかったのか、どんなリアクションをとってほしかったのか、そこまで考えていたわけではないが、
母親のニヤニヤ顏で、何だか白けてしまったような気持ちになった

屋上から鳥のように飛びたい。飛んでしまいたい
私はあの時期、何度もそんなことを考えていた
実際にそんな勇気はなかったけれど、死への抗いがたい憧れがあったのだ

自殺者へ・・・なぜ残される家族のことを考えなかったの?

「自殺なんかするのは最大の親不孝」
「なぜ残される人の悲しみを考えなかったのか」
「残された人達が一番悲しむのに・・・」
自殺者に向けてよく言われる上記のような言葉
ふざけるな!
一番悲しいのは、最大に不幸なのは、残された者たちではない。
一番悲しいのは、それは自殺を選ばざるを得なかった本人に決まっている
自殺するまで心が追い込まれて
そんなギリギリの状態で、なぜ他人のことまで考えてやらなくてはいけないのか
自分が楽になることより、他人のことを優先して考えろ、と責められなくてはいけないのか
自殺を防止するための言葉だとしても、だ。
「残される人のことをなぜ考えなかったのか」と自殺者に向けて言うのは、とても酷だという気がするのだ。

そんなことを本人が死んでから言うのならば、残された者たちこそ!
どうしてその人が生きているうちに何とか死なせないようにできなかったのか。
うつ病の家族を、24時間交代で見張っているくらい努力をしたのか
すればよかったのだ
何を言おうが、そうしなかった理由は全部言い訳でしかない
残された人は、もちろん悲しい。でも「一番」ではない。
やはり死ぬまで苦しんだ、自殺した本人が一番悲しい。
残された家族を責めるのはもちろんいけないし、そんなつもりはないが、
そこまで思いつめた本人に対して上記の言葉を言うのはやめよう。

主婦友ランチからの卒業2

前回の記事より続き→
あとは店がどこも混んでいること。
昔は日曜日ならまだしも、平日の午後に、どこにも入れないほど店が混んでいることなんてあまりなかったと思うのに、最近はとにかくどの店も混んでいて座れない。
平日の真昼間でも、どこもかしこも人であふれている。
仕事帰りに空腹を抱えて、店を覗いては席がなくて出る、の行動を繰り返し、「ドコニスル?」と女ばかりの集団でうろうろ歩き回るのが非常にしんどい。
また人数も二人とか三人ならいいが、四人以上となると物理的になかなか席も取れないし、店決めだけで疲れてしまう。
無駄な時間だ。
もちろん予約をする時もあるが、毎回そうするわけにもいかず、最近はこの店決めのハードルが非常に高く感じる。

まあ店決めは、結局その時のメンバーの性格にもよるのだ
皆の総意で「面倒だからその辺のファミレスでいいんじゃない、安いしさ」とかいう感じのグループならすぐに決まるしいいのだが、
下手に「そういうところじゃなくてちょっとどこかのおしゃれな店で・・・」なんて感じの人たちだと
ほんっ、とう〜〜〜〜〜に店が決まらない!
大体、四人くらいでお茶も飲んでゆっくり長居が出来て、そんな店あまりないんだよ。
昔は街の中にそういう「喫茶店」がたくさんあったからよかったんだけど
今はもうどこもかしこもドトールとかスタバになっちゃって、普通のお店がない
いや、あるんだろうけど、
どこも自己満足にこじゃれているだけで、席同志の幅が狭くて座り心地が悪いし、音がうるさいし、若い人であふれているし・・・落ち着けない。
いや、これはきっと私の方が変わったんだろうな。
別に、こんな年になっておばさんたちとインテリアが素敵なおしゃれなお店に行っても仕方がないし、嬉しくもない。もうそんなのどうでもいいわ、と思うようになってしまったのだ、私が。
そういうことにワクワクしなくなってしまった。
ただただ疲れてしまうのだ。

理由2【女同士の不毛な気遣いごっこ】

めんどくさいことがいろいろ・・・・
たとえば、席についてすぐ始まるのが「あっ、バッグ大丈夫?荷物こっちに置くよ」みたいなやり取り。
周囲のスペースが開いている側が、気をきかして言うアレだ。
最近は席の下に荷物入れのカゴが置いてある店が増えてきたので、前ほどしなくてもよくなったが、とにかくこのお約束のやり取りがうざい
私は基本バッグは手元に置いておきたいし、もう使い古したバッグなんかは床置きしてもかまわない。
置いてほしかったら言います。もうそんなにいちいち私のバックのことなんか気にしないで〜〜〜と思ってしまう。
私が逆側の場合は、やっぱり気遣いとして「あ、荷物こっちに置くよ、大丈夫?」みたいに言わなくてはいけないし、大したことではないのだけど、こういうのがもう面倒くさいんだよな・・・
大人同士なんだから、人のバックの置き場なんて気にしなくていいのに。
でも何も言わなきゃ何だか気のきかないバカ女みたいだし、この女同士のやり取りがもう本当に面倒。

またよくあるシーンだが、頼んだ料理が一人だけ先に出てきた時。
「どうぞお先に食べて」「うん」(返事はするがまだ手を付けない。もうちょっと待っていよう・・・と考えてる)
・・・(会話が続く。しかしなかなか他の料理が出てこない)
「あっ、冷めちゃうからほんと先に食べて」
「そうよそうよ、冷めちゃうよ」
「食べて食べて」
「う、うん、じゃあお先に」
(仕方なく料理をつつく)
これらの会話、「先に食べて、先に食べて」の大攻撃がもう面倒!!!
私は自分の料理だけが先に出てきた時には、他の料理が揃うまで待っていたい方。
料理が冷めるのはかまわない。
それよりも皆が会話をしている中で、自分だけちょこちょこ食べるのが嫌なのだ

相手の料理の方が先に出てきた場合は、私は何度も「先に食べて」とは言わないようにしている。
そんなのは、相手が決めればいいのだ。大人なんだからさ。
先に食べたきゃ食べるし、待っていたければ待っている。
でも中には何回も「先に食べて食べて」と勧めることが、いいことだと思っている女がいて、本当にうるさい。
一人だけちょこちょこ食べてもかえって気を使うんだよ
まあ、ホントなら店側がほぼ同時に料理を出してくれれば一番いいのだけど、そんな店ばかりではないからね。
私はこの女特有の「自己本位の気の使い方」が本当に嫌なのだ
「先に食べて」と何度も言う人は、目の前の人がいつまでも料理に手を付けないという状況が耐えられないんだろうな。
それって相手の問題なんだけど

また続きます


主婦友ランチからの卒業

今まで私は、女友達とのランチをすることが趣味と言っていいほど好きだった
お金がなくても疲れていても、ランチに誘われれば必ず行った。
店に入って何時間もおしゃべりする時間が大好きで、それがストレス解消になっていたからだ
自分の人生には「女友達とのおしゃべりの時間が欠かせない」と心から思っていた
・・・はずだった。しかし!

ここ最近、微妙にその気持ちが変わってきていた
あんなに楽しかったはずの女友達とのランチが、どうも楽しくない
おかしいなあ、と思いながらも、まあ一時的なものだろうと考えていたが、どうやら違うようだ。
正直言って今はそのランチが苦痛になっている。

理由その一【お店選び】
店を決める作業が心から面倒くさい

基本相手任せの人・・・「どこに行く?」「どこでもいいよ」「私もどこでもいいよ」「どうする?」永遠このループ。
私自身、若い頃みたいに「今度はこの店に行きたい!」とか「新しい店を開拓したい!」とかのワクワク感がもう一切なくなっているので、本当に言葉通り「どこでもいい」のであるし、
いつもいつもこっちが頭をフル回転させて「じゃあ、あそこにしようか?」などとお伺いをたてながら店を決めなくちゃ物事が先に進まないのは非常に疲れる。
たまにはあんたが決めてよ、ほんとにどこでもいいんだからさ、と言いたくなる。

自分では積極的に店を決めないくせに、こっちが提案するとグズグズ言う人・・・私は女友達とのランチでは「美味しいものを食べる」ことにさほどこだわりをもっていない。
要はサイゼリアでも大戸屋でもなんでもよく、何か適当に食べたり飲んだりしながらゆっくりできて、楽しくおしゃべりができればいい、と思うクチである
私の場合、ランチの最大の目的が「食べること」ではなく、「おしゃべりしながら楽しい時間を共有する」ということなのだ。
でも中には、私とは真逆で「美味しいものを食べる」ということを最重視するタイプの人がいる。
別にそれはそれでいい。
そんなに味にこだわりがあるのだったら、自分で店を決めてほしいのに、この人はなぜだかそうしない。
こっちの提案には「そこって、おいしいの・・・?」と不満げな顔で言ってくる。
そしてグズグズグズグズ。良いのか悪いのかはっきりしない。
あー面倒くさい。
(だったら自分で決めろや!)
ある時私は「今日は何があっても絶対に自分からは店を決めないぞ!」と固く決心して、その通りに実行したことがある。
相手のいつもの「どうする?」攻撃には、「どうする?」と質問で返し、絶対に「あそこは?」などと提案しない。
「じゃあとりあえず歩いてみる?」
と言って相手が歩き出すのに合わせ、私もひたすら歩き続けたことがある
途中、面倒でよほど「もうここにしよう」と言いそうになったが、意地でもそうしなかった
一時間近くもウロウロして、結局駅から遠く離れたところにある大戸屋に入ったんだっけな(笑)
この時のメンバーは、この人と私ともう一人(←コイツは基本相手任せタイプ)の三人。
いい年したババア三人が店一つ決めるのに(決められず)、暑い中何十分もただ歩き続けて、全くばかみたいだった。
まあ自分でも意地が悪いと思うけど、もうこの人らに対しては、店の良し悪しの責任を自分一人が負うのはまっぴらだ、という気持ちだったのだ

「ここに行きたい」といつも決めてくれる人・・・彼女が明確な意思の上でテキパキ店を決めるので、私は彼女が行きたいなら・・・と、彼女を立てるつもりでいつも従っていた。
しかしある時、「たまにはそっちが決めなさいよ、何で私ばっかり!」みたいな感じのことを言われて、(ああそうか)と思い、意識的に私の方から「ここにしよう」と言うようになった
でも私としては「ここに行きたい」という彼女の希望に合わせていたつもりで、負担をかけていたという気持ちは一切なかったので、女同士は本当に難しいなあ、と思った。
相手がどうしようと迷っているのに、こっちも一緒になってグズグズ決めないでいるわけではなくて、いつもテキパキと店を決めてくるので、むしろ自分を抑えて相手に譲っていたつもりだったのに
そう考えたら、上に書いた「基本相手任せの人」も、もしかしたらこの時の私と同じように、自分を引いて相手の好みに合わせようとしているつもりなのかもしれない・・・
ああ。どちらにしても面倒くさい!!!


それに、物理的な問題として、良いお店があまりないのだ
スペースが狭くて隣の席が近すぎるのは嫌だし、
(話が丸聞こえだし、お互いに話し声がうるさくて苦痛)
座りづらいカウンター席しかなかったり、
昭和時代にあった、ゆったりしたソファ席の喫茶店なんて最近は、とんと見ない
また店内の音楽がうるさいのも嫌だ
店員さんが皆若くて、俺&私ってカッコイイでしょ的な感じの人ばかりの店も疲れる
店の方針なのか、やたら「いらっしゃいませ」「お帰りです」の声が大きくてうるさいのも嫌
後は椅子を引く時のギーギー音が耳についたり、
これは私だけだろうか。年と共に、周囲の雑音がものすごく気になるようになった。
回りの話し声や、アナウンスの声などがうるさいと、気になって気になって会話に集中できなくなってしまい、ストレスを感じるのだ。
どうしてなのかな。昔はきっとそんなことはなかったのだろう・・・・

また最近は2時頃に一旦クローズするお店が多い
昔はいちいち閉めないで、アイドルタイムをやってたのに
一日通しでやっているお店自体がなかなかなくて、仕事の日は店の選択が難しい


(ランチ卒業の話題は次回に続く)

あの親が鏡の中にいる

ああ、鏡を見るのが嫌だ
嫌で嫌でたまらない
鏡の中に、嫌いな女がいる
あの女そっくりの顔がある

小さい頃は父親に顔がそっくりだと言われ続け、そのことを意地悪な親戚のおばさんにからかわれたりして
嫌な思いをした
女の子なのに、異性である父嫌に顔が似ている、と言われるのは何となく恥ずかしかった
お父さんにそっくりね
そう言われて嬉しさなんか全くなく、とにかく苦痛だった

そして年を取り、今は同性である母親に顔が似てきた。
私がどんなに親を嫌ったところで、避け続けたところで、鏡の中の顔は日々あの女に似てくるのだ
鏡の中にあの女を見つけるたび、深い憂鬱な気分に襲われる
そこに嫌で嫌でたまらない女の顔がある
美人とかブスとか、美醜はこの際関係がない

他の人は親に似ていると言われることを、そんなに不快には感じないものなのだろうか?
私にとっては不快と言うよりも、苦痛以外の何物でもない
赤の他人であれば、縁を切ってしまえばもう会うことはないのに
鏡の中に、関わることを避け続けている嫌な人間のその顔がいつもあるなんて
こんな苦痛なことがあるだろうか

今日も鏡を見るのが嫌だ
あの女にそっくりな自分の顔。
鏡の中にあの女の影を見つけるたびに、私は消えたくなる
早く早くこの世から去りたくなる
自分の存在を消してしまいたくなる
あんなに嫌な女
その女を避けているのに、鏡の中の自分は日々その女の顔になっていくのだから

早く消えたい

私は親に愛された。と言える幸せ

18歳の頃。
当時バイトしていた喫茶店で、ふとかかった曲。

もう曲名も忘れてしまったが、結婚する女性が自分の両親に向けた歌で、
「私はあなた方の娘に生まれてよかった。そのことを幸せに思う」という意味の歌詞が耳に止まった。
「あなたの子供に生まれてよかった」
この概念に、私は衝撃を受けた。
自分の中には全くない概念。
「お父さんとお母さんの娘でよかった」
このような概念があることさえ知らなかった。
自分の親に「あなたの娘でよかった」なんて言える人がいるんだ・・・
同時に自分は全くそんなふうには思えないとも感じた。

この曲の中の女性のように、心から「自分の親、家族を好きだ」と口にすること
これはとっても気持ちがよく、幸せなことだ
「私は親が大好き。尊敬している」
「この親の子供でよかった」
「私は両親にすこくかわいがってもらった。愛情をたっぷり受けた」
こんなふうに素直に口にすることは大変心地いい。

なぜそのことを知っているのか。
私自身、祖父についての思いがこうだからだ。
私は父方の祖父に本当にかわいがってもらったなあ、という思いを強く持っている
小2の時に亡くなったので、そんなに多くの思い出があるわけではないが、
愛情を受けた、という実感がある。
そして人に
「私、亡くなったおじいちゃんにかわいがられたんだよね」
と言う時、すごく心地がいいのだ

素直に「親にかわいがられた」と言える人は、本当に幸せなことだと思う。
そうではない人と比べ恵まれている
こんなブログを書いている私であるが、一体誰が好き好んで親のことを非難したりしたいものか
できるならば、素直に「親から愛情を受けた」と言えるような人生を送りたかった。
仕方のないことだけれど。

・・・・私はおじいちゃん(祖父のことは素直におじいちゃん、と呼べるのだ。親のことは間違ってもお父さんとかお母さんとか呼べないし、そんな言葉を書くことさえ嫌なのだが、ここからして思いが違う)に可愛がられたという記憶をもっているが、もしかしたら、私が成長していろんなことが見えてしまう前に亡くなったために、良い思い出だけがパッケージされて、私の中に残ったという側面もあるかもしれない。
私の中で、おじいちゃんに対するいい意味での誤解があるのかもしれないが、もう確かめようもないことだ。

原家族との関わり中で、たった一つ、私にいい思い出を残してくれたあの祖父に、私は感謝している

弟は母親のコピー人間か

私と弟の、父方のいとこにあたる40代の女性が、年末に亡くなった。
鬱による自殺であった。
その時弟は、私との電話で、
いとこの両親(私と弟から見た伯父夫婦)を、
「子どもを死ぬまで追いつめた」
ひどい口調で、そう非難した。
※これは、まず母親を原因とした私と弟との争いがあり、その中で出た言葉だ。
その争いの内容については、今度詳しく書く。

母親は、このブログに散々書いてきた通り、親戚連中の悪口を四六時中、私たちに言い続けた人だった
子供の頃は気付かなかったが、その悪口の対象になるのは、すべて父方のきょうだいだけ。
つまり母親にとっては、嫁ぎ先の親戚たち。
逆に、母親自身の親兄弟のことは絶対に悪く言わない
あの女の頭の中では、嫁ぎ先の親戚連中は、皆悪人で、変な人達。
一方、自分の親兄弟は皆善人。
そういう構図なのだ。
私は未熟な子供だったから、すっかりあの親に洗脳されて、父方の親戚は皆変人で悪い人で、
母方の親戚は皆いい人達なんだ、そうなんだ、と思い込んでいた。
そんなわけあるかい!
人間というのは多面的な生き物であり、どちらかが必ず悪で、どちらかが善などということはない。
要は、母親の嫁としての立場、視点から見たらそうである、というだけのこと。
子供の私は、母親の主観という絶対的なフィルターを通して、彼らを見ていただけのことだった。

この、ろくでもない洗脳が、私はもうとけているが
(洗脳がとけたといっても、だからといって今度は単純に母親の主観と真逆に感じている、というわけではない。
父方の親戚に変な人がいるのは事実だし、母親の親戚の方がまともだというのも、ある意味は本当なのだ。
母親の主観に影響されるのではなく、自分の頭で考えるようになったということ。誤解なきよう、念のため)
弟は違う。
こいつはまだ洗脳が解けていないし、解かす気もないのだろうとはっきり思った

いとこが死んだ日の夜。
弟との電話で、「伯父の家が真っ暗で電気がついていない」という話になった。
(弟が住む私の実家と、伯父の家はすぐ向かい同志)
「どこかに出かけているんだろうかねえ」
と言う私に
「さあね、(あいつら)ちょっとおかしいんだ」
と吐き捨てるように言う弟。
ああ、母親そっくりだ
こいつは母親そのものだと思った
子供の頃、母親がよく言っていた悪口と同じことをそっくりそのまま、弟が言っている。
「あの家(伯父宅)は人がいるのに、いつも電気が消えている。電気代がもったいないのか。おかしい。ケチだ」
まさか夜、真っ暗な部屋の中で一家でひそんでいるわけもなかろうに
まるで母親は伯父夫婦がそういう生活をしているかのような口ぶりで言うのだった。
弟は、母親の感情をそのままひきついでいる
まあ、娘が亡くなった当日の夜ではあるが、何かで出かけているから電気が消えているのだろう。
そうは考えない
とにかく電気もつけずにいるあいつらがおかしい、という思考になる。
よく考えたら、そんなに人の家に電気がついているとかいないとか、いちいち気にして、
しかも「電気が消えているからいないのだろう」と素直に思うならまだしも、
「家にいるのに電気を付けていない。変な奴らだ」と考える方が、よっぽど変な人間なのではないか。

いとこはうつ病だったのだ
40代後半の娘。
その娘に対して、80才に近い老親に一体何が出来ようか
不幸なことだが、私はあの親たちが彼女を追い詰めたとは思えない
現に、私は火葬場で実際に叔父たちと話したのだが、いとこはずっと精神科に通っていたそうで、叔父たちとすれば、病院に通ってさえいれば病気は治るものだと信じていたそうだ。
それはそうだろう
あの年齢じゃインターネットもしないだろうし、情報がないだろう
弟が「子どもを死ぬまで追いつめた」というのは、一体何を根拠に言っているのか
おそらく根拠などは何もない。
あの母親が、家の中で弟を相手に話した内容だろう
ひん曲がった主観と推測が入り混じった、何の根拠もない話。
そして40才を過ぎた弟も、その母親の言うことをそのまま自分の中に取り入れているのだ。
・・・ゾッとする

娘が亡くなって憔悴している伯父夫婦を非難するなら、どうしてそのいとこの葬式に、故人とは会ったこともない自分の妻まで連れてきて、二人で飲んだり食べたりできるんだろう。
弟の妻なんか、故人とは何の接点もないのに。
一人分のお膳の金を出させるだけ、先方に迷惑ではないか。
そんな責めるような気持ちでいるなら、香典だけ出して、わざわざ参列しなければいいのに
お酒を注ぎに来た叔父には、へらへら笑って挨拶して
「面倒だけど、親戚付き合いをそつなくこなす大人のオレ」とでも思っているのだろうか・・・
でも私は思うのだ
ああいう席には、故人を偲ぼうとしない人は来なくてもいいと。
亡くなったいとこだって、生前話したこともない人なんかに来てもらったって嬉しくもないだろう
これを言えば、きっと母親と弟は私のことを、変わり者とか非難するはずだ。
でもあんな気持ちでいる人間に、わざわざ食事を出して、挨拶に来る遺族が気の毒である。

あの男は、母親のコピー人間だ

娘と息子、どっちを助けますか

母親は、人を比較し、優越をつけ、差別するクセのある人だ。

いつだったか、まだ私が独身で実家に住んでいた頃。
家に母親の実弟(私から見た叔父さん)が遊びに来ていた時のことだ。
叔父さんには、数歳年の離れた姉弟の子供が二人いる(私から見たいとこたち)。
仮に姉の名前を〇子、弟の名前を〇男としよう。
その叔父に、母親が、
「あんた、もし〇子と〇男が同時に海でおぼれたら、どっちを助ける?」
と、聞いたのだ。
叔父は意外にも「〇子」と答えた
そのあとの母親の反応ははっきり覚えていないが、このやり取りをそばで聞いていた私は、叔父が娘の方を選んだことに驚いた。
宝物である男の子ではなくて、娘の方を選ぶなんて!
びっくりした。
こういう時の私の驚きというのは、たとえば今までトマトは赤だと思っていたのが、急に青と言われたような、
当たり前のことを否定されたという驚きだ。
そして、驚きと同時に妙なざわざわした違和感も感じた。

それにしても、一体あの母親という人は、どうしてこんな答えに困るようなことをわざわざ聞いたりするのだろう
子供のうちのどっちを助けるか、なんて話をするのは、冗談でも、人間の品がないと私は思う。
あの質問に対して、母親はどんな答えを期待していたのか。
それは私が一番よく知っている
あの時私が感じたザワザワ感はこれが理由だ
母親の期待していた答えと、叔父の答えが違った
その時に母親がとっさに感じたであろう違和感を、その母親の歪んだ価値観をたっぷり浴びた私も同じように感じたのだろう

あの女の中には、間違いなく「歪み」がある。
自身も農家の長女として生まれ、「女か」とがっかりされ、すぐ後に生まれた弟は周囲に歓迎された、という生い立ちを何度も私に語っていた。
生まれたことを、その性のために喜んではもらえない女の子。
対照的に、喜びをもって迎えられる男の子
そのどうしようもない歪みを内部に抱えた母親は、その歪みを娘に正確に引き継いだ。
私は娘をもたなくてよかった
幼い頃から自分の意志とは無関係に植え付けられてしまった価値観。
それを自分の内部から引っぺがすのは、努力だけでは限界がある

しかし、母親はどんな目的であの質問をしたのだろう。
娘と息子。極限の状態の時に親はどちらを助けるか。
ソフィーの選択ではないが、一体どんな答えが母親にとっての正解だったのだろうか
「そりゃあ、息子に決まってるよ」
「女なんかより、男の子の方を助けるに決まってるじゃないか」
そんな答えを仮に叔父がしたとして
「ほらやっぱりね。そうでしょう。私の価値観は間違っていない」
そういうふうに満足したのだろうか

悔しければ木村拓哉になればいい

今回スマップの件でネットを徘徊している限りでは、木村批判が多い。
お世話になったマネージャーと、仲間であるメンバーを裏切って、事務所の犬になった裏切り者なんだそうだ。
それがカッコ悪いのだそうだ。
大きな権力にさからえない、器の小さいキムタクなんてがっかり・・・だそうだ。
ああ、面白い。
人によってこんなにも捉え方、物事の見え方が違う。

その一方で、木村を庇護する人らに対して「自分だけ違う意見を言うことで、さも自分は社会を知っているというように格好つけている(意訳)」という意見もあった。
木村を批判する気持ちにならない人は、別に格好つけているわけではないだろう。
社会の仕組みを知り、組織の中で働き、何があっても子供に飯を食わせなければいけない責任を肩に背負った普通の社会人であれば、今回の木村の行動に対して、自然に同調する気持ちになるのだと思う。
本能として、自然に感じることだといえばいいだろうか。
少なくとも私はそうである

確かに女性マネージャーは優秀だったのかもしれない。
スマップを育ててくれたのも、スマップがここまで売れたのも、そのマネのおかげかもしれない。
でもそのマネと彼らの頭の上には、ジャニーズという巨大な事務所が(会社)があり、すべてはその傘の中でのお話なのだ。
仮にこのマネが、会社から一銭の給料も貰わずに手弁当でスマップの仕事をやってくれていたというならば、メンバーが恩義を感じるというのもわからなくはないが、(それでもジャニーズありきということには代わりはないが)彼女もきっとスマップのおかげでこれまでいい給料をもらい、何不自由のない暮らしをしていたのだ。
きっと金銭面だけに限らず、かなりいい思いをしてきたはずなのだ。
(他人から頭を下げられたり、自分の権限で他人を思い通りに動かしたり、スマップのおかげでやりたい放題やってきた面は絶対にあるはず)
ここでそのマネが会社を退職するとなったら、
「別れるのは不本意だし、寂しいけれど仕方がないね。今までありがとう。これからはお互い別々に頑張ろう」
という木村の思考になるのが普通だと思うのだ。
木村以外の四人は育ての親に恩義を感じてついていこうとした、なんていうのは、本当だとしたらおかしすぎる。
「生みの親より育ての親」というのは文字通りの状況ならわかるが、今回の場合は、その育ての親は生みの親から莫大なお金をもらいながら子を育てていたのだ。
育ての親が身銭を切って子を育てていたわけではなく、育つために必要な資金は生みの親が出していた。
ここで「もともとの生みの親である事務所を裏切れない」と言う木村の考えは、いたってまともだと思う。

すべてはジャニーズの傘の中
あのひどい歌唱力と、演技力でやっていけるのは、すべて事務所のおかげなのだろうに。
ついでだから書いてしまうが、歌が上手いのはキムタクだけで、他はひど過ぎる。聴けたものじゃない。
素人レベルだと思う。

事務所を出ようとした四人がカッコイイとは、私は全く思えない。
自分だけ残るとなれば、あることないこと言われるのは予想できるだろうに、すべてを受け止める覚悟の上で一人独立に賛同しないことをあえて選んだ方が断然カッコイイ。
事務所を取る方が、筋が通っているのだから。
木村が事務所の犬だとか、社畜だとか言う輩は、やっぱり若い人なのだろうなあ・・・・

解散させてやれよ、とか、もう自由にさせてやれよ、とか、まるで北朝鮮のようだとか、頓珍漢な書き込みも見かけるが、一体いつジャニーズが解散させないと言ったのか?
四人に首輪でもつけて、事務所に監禁したのだろうか
四人ははしごを外されて、自分から戻ってきたのだろう。
独立したければすればいい。自由である。
まあ、解散したくない、五人で独立したいんだ、と叫んだところで、木村はそうしないのだから、そこは仕方がないだろう。
それでも独立したければ、したらいいのだ
その後芸能界を干されようが、木村のいないグループはいらないと言われてどこも受け入れてくれなかろうが、そのマネージャーとやらと組んで、個人事務所でも作って、実力で頑張っていけばいいではないか。
木村には木村の自由があるのだから、四人のために事務所を出たくもないのに、無理矢理合わせる筋合いはない。
誰も四人を縛っていない。
ファンが解散しないでと望んでいると言っても、まあ、そんなのはね・・・
誰も拘束などしていないのだから、四人が本気で独立したいと思えばできるのだ。
でもその代わり今後は未来の保証はないよ、自力で頑張ってね、というだけの話。
独立もしたい、でも解散はしたくない、仕事も今まで通りね、なんて、何でもかんでも思い通りにいく甘い話はないのです。

ジャニーズ事務所がパワハラというのも違う。
そもそもパワハラの定義が違う
あの話題になった謝罪会見?も、世間を騒がせたことへ対する謝罪を行うのは、ああいう職業である以上当然だろうし、40過ぎた大人が何もかも承知の上でやっていることで、別にパワハラではない
何でもかんでもスマップを我々一般人と同じに考えるのはおかしいが、仕事をしていれば、皆下げたくない頭を何度下げていることか。
あんなので済むなら軽いものだろうよ。
メリーを解任しろ、などというのも片腹痛い
ジャニーズの威光がなければ、あんなに特に芸のない男の子たち(スマップだけではない)が、芸能界でやっていけるわけはないのだし、
そういうことを心底わかっている彼らは、誰もそんなことを望んでいないのに。
署名を集めて、メリーを解任して、その後はどうするの?
何かが変わるの?
メリー解任要求だの、パワハラだの、あまりにも幼すぎる。

また「社畜」という言葉があるが、金を稼ぐとはある意味そういうことでもある。
好きなことばかりやっては食っていけない
今回の騒動について、「もともとメリーの方から(スマップを連れて)出て行け」と言ったのだ、だからマネとスマップは、そうですかと独立しようとしただけ。なのに邪魔するメリーがおかしい」と言う向きもあるが、そんなことをその言葉面通りに取るバカもいないだろう
上司から「やめてしまえ」と言われたとして、「はいやめます」というのは現実にはありえない。
初めにそっちが出ていけと言ったうんぬん、を持ち出すのは、本当にただのコドモの考え。
それまでの経緯というものがあるし、経営者と対立しているならば、関係を改善させるためには、社員である
マネージャーの方が折れるのは当然。
それが人に使われているということ。
「いやいや、もう限界だったのよ」と言うなら、今回のように勝負に出ればいいし、
その結果、勝負に負けて独立できなかったのも、彼女の実力は所詮そこまでだったということで、自業自得だ。
別にかわいそうとか、そういう問題ではない。
普通は上と対立しないでうまくやっていくのも仕事のうちなのだから。

だから、対立に巻き込まれただけのメンバーがかわいそう?
でもみんな10代のコドモじゃないからね。
私はいわゆる「生まれた時からスマップがいた」「スマップと一緒に育った」などという世代では全くないので、基本スマップそのものについてはどうでもいいというか、むしろ解散すればいいのにと思っていたクチだ。
でもきっと、木村がいなければスマップは売れなかったと思う。
(初めて木村をテレビで見た時の、何て顏のキレイな男の子なんだろう!と感じたあの衝撃は忘れられない)
木村がいない四人は結局受け皿がなかった、だから戻るしかなかった。
需要の高い木村が、そうでない者に合わせないからといって、批判される筋合いはない
実力社会なのだ。
でもこの構図で、強者の木村を叩き、四人を庇護する人が多いという、この風潮は何なのだろう。
今の若い人が優しくなっているのだろうか

しかしながら、稲垣や草薙は、どうも自分の頭でモノを考えていないように見えて仕方がない。
中居君が出ていくならそうしようかなあ〜、みんなが戻るって言うなら僕もそうしようかなあ〜、という感じ。
そんな感じに見えるのだ。
私はあのように、誰かの後ろに隠れて自分は矢面にたたないことを許されている存在がどうしても許せない。
何の魅力も感じない。
悔しければ、彼らも木村拓哉のようになればいいのだ
嫌なことがあれば、自分の思い通りにしたければ、実力で勝ち取っていく。
それがこの社会。
最後に・・・

>>なんか、実社会を知らないお子ちゃまのコメントばっかりな。まあ今はそれでいいと思うけどな。何年かしたら今回の件で木村は正当に評価される時が来るだろう。その時まで木村はいろんな思いを胸にしまったまま生きていくのだろうな、たとえ自分が悪者にされても。
今回、中居も他の3人も歳だけとって精神的には餓鬼のまんまって事が良くわかったわ。これはジャニーの責任。違う意味で可哀想な4人だよ。

>>飯島だけに世話になっていたわけじゃないしキムタクがいたからこそ成功したし
今まで散々飯島を儲けさせてやったんだからこれ以上世話をし続ける義理は無い
4人がSMAP続けたいなら独立せず飯島についていくなら独立していれば良かっただけの話

数少ないこれらのコメントが本当に的を得ていると思ったので、書き主には悪いがコピペすることで、自分なりのスマップ騒動の考察はこれで最後にしよう。

木村拓哉はやっぱりすごい

今、巷を騒がせているスマップの騒動。
本当は、親との関係をテーマとしたこのブログで書く内容ではないのだが、一連の騒動があまりにもおもしろく、人間の心理について考えさせられたので、どうしても書いておきたい。

ネットの中では、どうやら木村が悪者になっているようだ。
他の四人とお世話になったマネージャーを平気で裏切った反逆者、裏切り者だそうだ。
若い人の目から見たら、木村の行動はこのように映るのだろうか、とつくづく考えさせられた。
ただ少数派だが、木村の何が悪いのか、妻子持ちなのだから当然だ、という意見もあり、正に私もこっち派である。
なぜ、今回事務所残留を決めた木村を裏切り者と考えるのか、私はそういう思考の人が全く理解できない。

この騒動を見て思ったこと。
やっぱり、なんだかんだ言ってもスマップの中では、あのキムタクが一番まともな考えを持った人間だったのだな、と思った。
ちゃんと地に足を付けた生き方ができる、バランスのとれた人間なのだと感心した。
事務所側に独立の情報を流していたスパイだとか、あまりにも幼稚な推測は無視することにして(常識というものがある)、彼は一人の男、社会人としてとにかく一番まともな判断をしたし、その結果として、将来事務所の中で安泰となる地位を得たのだとしたら、それはそれでこの人は偉いし、さすがというしかない。

しかしここで面白いのは、キムタクを裏切り者と叩く人が圧倒的に多いという事実だ。
なぜなのか。
幼稚園の仲良し組じゃないんだし、木村は木村で皆に追随せず、自分の進路を自分で判断したのだ。
それの何がいけないのか・・・私にはさっぱりわからない。
そこに妻の意見が入ろうが何だろうが、そう判断して結論を出したのだ。
「おまえらは独立すると言うが、俺はここに残るよ」と。
その決断の何がいけないのか?

土壇場で独立話をひっくり返した、とかいうのは本当か嘘かわからない。
木村は初めから残留することにぶれなかった、という報道もあるので真偽は不明だ
しかし残留を決めたのがいつなのかは木村の心の中のことであり、誰にもわからないことだ。
いずれにしても彼はそう決めたのである。
ここで、木村はスマップ解散もやむなし、と思ったのだろう。
自分が一緒に行かなければ、自動的に解散になるわけで、それはもう仕方がないと一旦割り切ったのではないか。
今後自分は事務所に残りソロで活動していく
この腹を決めた決断が一体なんでそんなにいけないことなのか
何が何でもスマップは続けていかなければいけないのか
なぜいい年して、皆が行くから僕も、と同じ考え、同じ行動を取らなければいけないのか。
残るという選択をする自由も許されないのか。
ここで木村が残留を決めたことで、彼がスマップ存続を最優先に考えず、解散してもいいと思ったことが批判されるのだろうか。

きっと一人だけ違う行動をとることが許されない社会なのだろう。
いじめ問題と根っこは同じような気がする。
他と足並みをそろえないことが、「どうして一人だけ別のことをするの!」と、多勢に違和感を生じさせ、それが怒りとなり、いじめにつながっていくのではないか。

さて私は、どうしても結果的に一人だけ違う選択をした木村に、強いシンパシィを感じてしまう。
私自身も、どちらかといえば、一人だけ違う選択をするタイプの人間だからだろう。
もちろん、その選択が無条件にいつも正解だというわけではないのだが、ここで木村だけが残留という選択をしたことが本当におもしろいと思うのだ。
本当に興味深い人間ドラマを見せてもらった

続く

※文中で敬称は略してます

弟との関係

私は弟にとって、優しかったり頼りになるような良い姉ではなかった。
それは痛いほど自覚している。
そのことがよくわかるから、弟のことは、責めるような気持ちにはなれなかった。
弟との関係性がどうであろうと、弟が私にどんな態度を取ろうと、
年長である自分の方が悪い、という気持ちがあったから。
子供の頃。
私は自分のことばかりで、あの子のことを、ろくに面倒もみなかった。
もちろんそんなことは親の仕事であって、私に責任があるわけではないが、
私はあの小さかった弟にとって、本当にろくでもないバカな姉だったのだ。
しかし、もう弟も40をとうに過ぎた立派な大人だ。
彼の中にも、小さい頃から蓄積した私への恨みがあるだろうが、
私ももうそろそろ、弟に対しての罪悪感を感じることをやめてもいいのかもしれない。

弟は私のことを基本的にバカにする人間だった。昔から。
これは弟のもともとの性格と、親の私に対する態度とか接し方とか、そういうものも関係あるだろう。
そして子供の頃から、人間的に意地悪なところがあった。
親戚の知的障害者の子を徹底的にいじめたり、人を口で攻撃したり。
もちろん欠点のない人間はいないし、私だって同じようなものなのだが
彼のあの意地悪っぽいところは、おそらく母方の血が強いのだろう。

普段テレビを見たり本を読んだり人の話を聞いたりしていて、私がいつも信じられない!ありえない!と感じることは、
金銭的に弟の世話になっている姉とか、
弟がもう自立して家を出ているのに、姉の方がいつまでも実家に居座っているとか、そういう状況だ。
そして実際にそういう姉をバカにしない弟。
そう、「弟が姉をバカにしないこと
こういうきょうだいの構図が私には本当に信じられないことなのだ。
自分にはありえないから。
私がもしまだ独身で、ろくな男と付き合っていなくて、仕事もしないで実家に居座っていたらどうだろう。
そして弟の方は、まともな職に就いて自立していたらどうだろう。
そんな状況を考えただけで死にたくなる。

たとえば、有名なビッグダディ一家。
(私は大家族番組が大好きでよく見る)
次女が不登校になり、朝遅い時間に起きてきて、何もしないで家にいる生活(当時は)だった。
妹や弟は、きちんと学校に行っている。
私があの次女の立場ならば、真っ先に「弟にばかにされるのでは。こきおろされるのでは」という恐怖を感じる。
しかしテレビの中では、弟はそんな姉を、別にダメなやつだなどとバカにする様子もなく
姉弟で普段通りの会話をしていた。
ああ、そういうものなんだ・・・弟は不登校でブラブラしている姉を、別に下に見てバカにしたり非難したりしないんだな・・・そうなのか・・・と不思議な気持ちになった。

そしてもう一つ有名な石田家。
ここも次女が、学生以外の子供たちの中でただ一人、自立せず実家に残っている。
仕事もどうやら正規職ではなく、アルバイトらしい。
テレビで見る限り、あまり家事をするわけでもなく、30才超えていつまでも親に頼る娘のままのポジション。
先日の放送では、自宅が水害に遭い、親に連れられて避難し、
(もし私なら自分が表に立って状況を判断して、親や年寄りを連れていく、というふうになると思う。30代なら普通そうではないだろうか。しかしあの番組を見る限り、次女は母親についていくだけの子供みたいだった)
その後は60代の親にくっついて、いい大人の自分までもが、弟の一人暮らしのアパ-トに居候。
悪いな、とか、自分はいい年してだめだな、とかそんな気持ちは全くなさそうだ。
そんな性格で、のほほんと家にいるあの娘。
どうして自立している弟たちに「どうしようもねえなあ」とバカにされないの?
バカにされることを恐れないの?
なぜ、親にも「姉のくせに」と責められないの?
と、本能的にとっさにそう感じてしまう自分。
人の生き方などいろいろあるのはわかっているのだが、私にはあんな生き方はどう間違ってもできない。
何が正解、ということを言いたいわけではない。
私がどこか歪んでいる、というのも自覚している。
私はどうしてもああいうふうに「しっかりせず、のほほんとしていることを許されている姉」という立場の女に嫌悪感を持ってしまう。
まあ、要は嫉妬なんだろう。
金銭的に堂々と弟に頼っている(たかっている)姉の話を読んだこともあるが、そんなのは全くもって信じられない。弟に金銭的に頼る位なら、私は身体を売った方がましだ(もう売れないが)、と考える。
それくらい耐え難い。

私はずっと弟にバカにされてきたんだな、と改めて思った。
いや、弟にバカにされることを極端に恐れていた、と言う方が正解か。
若い頃は、「何が何でも、弟より先に結婚しなければ。弟に先を越されたら死んだ方がましだ」と思っていた。
結婚もできないヤツと、弟や親にバカにされるのは惨めだったから。
そういうことに、いつも緊張した生き方をしていた。

弟は私を姉として立てない。
慕っても来ない。
優しくもない。
私も、姉としてしっかりふるまうことができない。
親と同じように、私は弟ともうまく相容れない。
どんな状況だとしても、弟に罪はない、と思ってきたし、実際そうだと思うけど
考えてみたら、もうお互いいい大人なのだ。
弟という人間を客観的に見ることも必要なのかもしれない。

普通、弟は姉のことをバカにしてこきおろしたりしないものなんだろう。
私にはその「普通」が信じられないのだ。

学生の頃、末っ子の友達が「弟がほしいなあ。もしアタシに弟がいたら何でも言うこと聞かせちゃう」なんて言うのを、
(いやいや、弟ってそんな言うこと聞くような可愛いもんじゃないから。都合よく妄想すんなよ)と、白けた気分で聞いていたことがあった。
そんなに可愛げのある弟ならどんなにいいか!
でも私たちの姉弟関係においては、おそらく向こうの方だって
「あんな姉じゃなく、優しいまともな姉ならよかったのに」と思っていることは間違いない
私は姉として優しくない
弟も弟として可愛げがない
私たちはもういい年をした大人同士であり、歩み寄ることはできない。

兄弟の良さなど、どうしたってわからない

いとこの死によせて

昔の記事に何度か登場させたことのある、私のいとこ(女性、私の一歳下)が、今月20日に亡くなった。
うつ病による、自死。
享年46歳。
首を吊ったらしい。
まさか、まさか、こんなことになるなんて。
ほったらかしにされていた私と違って、一人っ子で親に大切に大切に育てられている彼女が、私はずっとうらやましかった。
幸せな人だと思っていた。

何年か前に離婚して、実家に帰ってきていることは知っていた。
これが私だったら、何が何でも男を見つけて再婚し、家を出ると思うが(そもそも実家には帰らないだろうし)
彼女はマジメな人で、私のようなタイプではないから、
実家で老親と暮らしながら、今後は娘として、親の介護に携わっていくつもりなのだろう、と思っていた。

彼女とは子供の頃の付き合いもあったし、通夜、告別式などすべてに参列した。
結果、仕方なくあの女(一応母親にあたる人)と弟夫婦とも顔を合わせることになった。

今回彼らとはいろいろあり、私はもうあの弟に対しても、もう心から赤の他人だと思うことにした。
別にこれまでだって、弟に対して特別何かの強い思いがあったわけではないが、
弟はどちらかといえば私の味方かな、と、勝手に思い込んでいたところがあった。
少なくとも敵側の人間ではないだろうな、と。
バカだったな。
あの弟は、間違いなく私が嫌悪するあの女側にいる人間だった。
考え方も、私への接し方も、人間性も。
あの女の毒から抜けていないし、自分の頭でものを考えていない。
昔から変わっていない。
目が覚めた気分だ。
別に弟が悪人だというわけではないが、私との関係性においては、適切に付き合うことができない人間同士になってしまったのだ。
向こうだって同じ思いだろう。

私は本当の意味で親兄弟はいない。
そこに肉体はいても、それだけ。
心の支えになるとか、そういう存在での身内はいない。
でも不思議と、今さら寂しいとかそういう感情はないのだ。
昔から一人だったし、家族間の触れ合いとかつながりとかそういうものはなかったのだから。
初めから存在しなかったのだから、手放したものは何もないわけだ。
改めて認識しただけ。

いとこの死に関した記事はまた次で。

長男長女論?的な話

最近、末子の立場で育った方から、このブログにメッセ-ジを頂くことが多くなりました。
本当にありがとうございます。
やはり、私は100%長子の立場から書いているので(偏りがあるのは承知の上で)、末子の方にとっては、ご自分の中の何かが刺激されることがあるのだと思います。
「末っ子の立場はこうですよ。こんなこともあるんですよ」
「あなたはこう書くけれど、実際はこうでしたよ」
・・・というように、私にご自分の経験を教えて下さるような内容がほとんどです。
皆、生きてきた経験や、置かれた立場、環境が違うのですから当然です。
しかし、私はカウンセラ−ではなく、このブログも金儲けのために書いているわけではないので、
(最近、自称何とかカウンセラ−という人達の、親子関係をテ−マにしたブログが本当に多いですね。
ブログを通してカウンセリングとか、セッションとやらの参加を募ったり。
記事もカウント数なんかを稼ぐためか、わざと極端に行間を広くしたりで読みにくい。
まあ別にそれはいいのですが、そういう方は、ある程度どんな立場の方にもウケるように耳触りのいい内容を書くのでしょうが、私の場合はそういうつもりは全くないので)
どうしても、個人的な、私から見た視点の偏った内容になります。
私がお金を頂くカウンセラ−ならば、どんな方にも「わかります」と気持ちを沿わなくてはいけないのですが
そうではないので、自分とは違う立場の方のことをすべてがわかるとは言えませんし、わからなくてはいけないとも思いません。
ただ言えるのは、人は皆それぞれの思いがあり、違うのだろうなということ。

そして一つ、どうしても言いたいこと。
よく上の子に対して
「下の子が生まれるまでは、一人っ子で親の愛を独占していた」
(だからいいじゃないか)
「それに比べて下の子は、生まれた時からすでにライバルがいるのだ」
(だからかわいそうだ)
みたいな論調について。

※↑これは一般論として、だ。そういうメッセ−ジを誰かにもらった、ということではないです。念のため。

これは、いわゆる上の子である自分からすれば、どうも合点がいかない話なのだ。
下の子が生まれるまでは親を独り占めしていた、と言っても、そんなのは、普通はたかだか数年のこと。
20歳以上離れたきょうだいならまだしも、大抵は上の子だって当たり前だが、まだまだ子どもなのだ。
それを、そのたった数年間のことを、鬼の首でも取ったみたいに
「だからいいじゃないの」みたいに言われるのは・・・・やはり違う。
まして、その小さな子供は、親を独り占めしていた状態から、急に親を奪われるのだ。
これは本当に大きな衝撃であり、大げさに言えば小さい子供にとっては、人生が変わるほどの出来事。
(もちろん当の子供はそんなことは意識できない。
成長してから思うことだ)
この感覚は、「親を後から来たやつに取られる」というこの理不尽さは、そしてその後に続く寂しさは、長子ではない人にはわからない。

「でもそれまでは独り占めしてたからいいんじゃないの」というのは暴論だ。
独り占めしていた時期よりも、その後に続く「後から来たやつに取られた」時期の方が比較にならないくらい長いのに。(上の子にとっては)
それに「下の子は生まれた時からライバルがいる、上の子と違って親を独り占めできる期間はないのだ」といっても、どこの世界に下の子をほっぽり出して、上の子だけにかかりきりになる親がいるだろうか。
上の子からすれば、親はいつも下の子を見ているように感じている。
下の子は、そんな寂しさを味わうことはないだろう。
・・・ここの世界観は、長子、末子では全く相容れないのかもしれない。

優秀な妹・弟にかなわない姉・兄(浅田姉妹のように)
またはその逆(ダルビッシュ兄弟か)

私はどうしても前者の方の気持ちがよくわかる。
仮に、妹・弟の方が出来が悪くても、「小さいから。年が下だから」というエクスキュ−ズがきく分だけ、惨めさは弱いと思うのだ
だって先に生まれた方が、出来がいいのは何となく自然ではないか
逆は辛かろう。
もちろんそんな比較などされずに育つことができれば、それが何よりなのだが。

≪きょうだい関係≫
つくづく因果なものだ。
この先、いくら年を重ねても、私と弟の仲が急速に良くなるということはおそらくないだろう
私にメッセ-ジを下さる人も、きょうだい関係について幸せです、という人はいない。
(こんな内容のブログに下さるのだから当然だが)
皆、それぞれの立場で、複雑な思いを抱いている方たちばかりだ。
「きょうだいがいてよかった」
「だから子供にもきょうだいを作ってあげたくて」
そんなことを何の疑いもなく口にできる人は幸せなんだろうと思う
そういう人は、必ず一人っ子を差別するようなことを言う

その意味では、一人っ子の息子よりも、こんな歪んだ人間である私の方が、たった一人「弟がいる」という事実だけで、世間から非難されない。
たとえ仲が悪くても。
変な話だ。
私なんかよりも、一人っ子で育った息子の方がずっとまともな人間なのに(親が言うのも変なのだが)。

末っ子の立場、姉の立場

【現状報告】
8月の終わりの朝。
突如激しい目まいに襲われた。
すぐに病院で検査をしてもらったところ、どうやら良性何とか、というヤツで、その後10日くらいはしつこく続くふらふら感と吐き気に悩まされたが、幸い今は何とか治まっている。
しかしそのめまいが原因かどうかはわからないが、それ以来、どうにも目が疲れるというか
パソコンが前のように打てないのだ。
今は何とかキ-ボ-ドを叩いているが、目を不自然なほど大きく見開いていないと大変辛い。
本を読むのも疲れるようになった。
頭痛がして、めまいっぽくなる。
もしかしたら、このブログも今後思ったように書けなくなるかもしれない。
私からものを書いたり、本を読んだりすることをとったら、もう何も残らないのに、困ったものだ。


さて今回、ご自身が末っ子立場だという方からメ-ルを頂き、いつものように個別にお礼をしよう、と思ったのだが、思い直し、ここにお礼も兼ねた返事を書くことにする。
まず前提として、末っ子として育った方が、私と異なる意見をお持ちなのは当然であり、私もそれは織り込み済みなのである。
人は、自分の経験していないことは絶対に本当の意味で理解できないから、それは仕方がない。
ただ誤解してほしくないのは、私は「下の子」に生まれたかったとは書いたが、
何もあの親の元に下の子として生まれたかった、などとは全く思っていない。
その点は、メ-ルを下さった方と同じである。

また、妹の立場の方が「ひねくれた姉ほど厄介なものはない」と思う気持ちもよくわかる。
私の弟も、姉である私に対しておそらく同じような気持ちを持っていると思うからだ。
しかし、私はやはりその姉の立場なので、妹や弟にそう思われてしまう姉の方に、より思いが寄ってしまうのも然り。
姉はずっと妹を羨ましい、と思いつつ育つ。
妹は妹で「いやいや、私だって我慢してきたことはあったのに」との思いを抱きつつ、そんな姉をひねくれ者として軽蔑してしまう。
こんなきょうだいの構図はありがちだが、すべては親の責任だろう。
きょうだいそれぞれに、そのような思いを抱かせてしまうような子育てをしてきた親の責任。

私は姉の気持ちがわかる。
しかし、その気持ちを妹がしょい込む必要は全くない
下のきょうだいからバカにされてしまうような兄や姉は、誰に言われるまでもなく、その本人が自分自身を一番みじめに感じており、しかしどうしようもできないのだ。

私はこのブログで万人に耳障りのいいことを書く気はない。
末っ子で育った人には、決して長子として育った人間の気持ちがわからないのと同じように、私も同じだ。
こればかりは仕方がないのだろう。
だからこそ人間はおもしろいのかもしれない!
最後になりましたが、メ-ル有難うございました

父親なんていらない

私は14歳から結婚するまでの24歳まで、ずっと日記を付けていた。
日記と言っても、毎日必ず書いていたわけではなく、かなり間があくこともあり、大変にいい加減なものだったが、それでも完全に止めてしまうことはなく、続けていた。
その頃のノ−トは何十冊にもなり、結婚した時に実家から新居へ一緒に嫁入り?し、その後も引越しのたびに持ち歩いている。
今もごくたまにノ-トを読み返す時があり、10代の頃のそれを読めば、あまりの幼稚さ、バカさ加減に何とも言えない気恥ずかしさを覚えたりもする。

ここに、21歳の頃の自分が書いた日記がある。
今の夫と出会う前。
ちょうど不倫の恋をしていた頃だ
不倫とはいっても、相手はおじさんではなく、3歳年上の人だったから、人目には若者同士の普通のカップルに見えただろうし、私自身も気分的には何となくそんなつもりでいた。
その彼と付き合いながら、同時に会社の上司とも関係を持ったりしていて、バブル真っ盛りの時代と同じく、奔放に生きていた頃だ。
そんな頃に書いた日記だ。



私は父親なんて子供に必要ないと思うから
だから子供を父親から話してしまうということに、悪いとは思わない。
冷たいようだけど、私はこういうふうに育ったんだから仕方がない。
子供に父親なんて、いてもいなくてもどっちでもいいと思う。
必要ないと思う。
たとえば、母親が経済力のない女性だったら
お金の面では「働く人」が必要だからと言う意味で、父親が必要だけど。
もしそういうことがなければ、子供には母親一人いればそれですべてがいいと思う。
母は必ず必要です。
母親の愛情が子供には不可欠です。
でも男親なんて何の役に立つのでしょうか?
私にはどうしてもわからない。
いて、何がプラスになるのでしょうか?
じゃまなだけじゃないでしょうか?

人生を教えてもらうのは、人生の中で出会ういろいろな人たちからでいいし、
守ってもらうのは彼でいい。
父親なんて本当にいらない。

ただ、私を女として見た場合に
女として、夫はほしいから
女には男が必要だから。
男がいないと子供もできないから。

男の子にはいろんな意味で、男親は必要かもしれない。
反面教師になるってこともあるしね。
でも、女の子に父親って必要かな?
いて当然だから、必要かそうでないかを論じるのはおかしいけれど
もしも離婚しても....いらない。
世間体はあるけど、私はいらない。
いなくても支障ないんだもん。

私が妻になったら、夫はいるけど、
子供の立場で、男親っていらない。

私を守ってくれるような親ではなかった
私、父親ってどういうものなのかわからない
どういう人なのか、どういう立場なのか....
中年の男なんて、みんなきたない」



男親はいらない。必要ない
父親って一体どういうものかわからない
これは私のまさしく本音だったのだ
不倫相手の男には幼い子供がいたが、その子を父親から離してしまうことに、これっぽっちも罪悪感など感じなかった当時の私。
開き直るわけではないが、不倫をする人間というのは、思考回路が真っ当な人間とは根本的に違うのだと思う。自分がそうだからよくわかる。
確かに父親という名前の男はいる。
しかし、その男は、子供であるはずの自分を経済的にも精神的にも守ってくれるような存在ではなかった。
親はいても、いないのと同じ

母親の仮面がはがれていく

子供の頃から、ある程度の年になるまで、私はずっと「母親はすごい」と思っていた
あの人がする自画自賛話を素直に信じていた
その自画自賛話というのは、たとえば
「今日横暴な客が来たから、はっきり〇〇だって言ってやったっちゃ!」
「何々さんに、あんたのこういうところがよくないんだってはっきり言ったのさ!」
・・・というような、いわゆる武勇伝だ。
要は、あの女が、何か間違ったことをしている相手にはっきりとものを言い、その結果、相手は必ずあの女を慕うようになる、そういうスト−リ−だ。
そう、あれは・・・たぶん母親が作った、スト−リ−<物語>だった。
母親の話によれば、母親の周りにいる人たちは皆が皆、母親を慕っていることになっていた。

子供の頃からずっと、あの女から聞かされてきたスト−リ−。
「自分は正義だ」
という武勇伝。
母親自身が語る中に登場する母親は、どんな相手にも恐れず、悪いことは悪いと言う、正義の人だった。
そして、その相手はなぜか必ず母親を慕うのだ。
欠点などないかのような、完璧な人間。
何にも物怖じしない、弱い者の味方になり、皆に慕われる強く素晴らしい女
母親の自分語りでは、あの女はいつもそういう人だった。
そういう人に仕上げられていた。

それに比べ、人に言いたいことをはっきり言えない自分は、なんてだめなんだろう
どうしたら、私はあの親みたいに、はっきりおかしいことはおかしいと言える「強い」人間になれるんだろう
母親の武勇伝を得意げに聞かされるたび、私は劣等感を抱いていた

でも大人になってわかってきた
あの人は、実際はそんな正義感に溢れた人ではない
母親が、悪い相手を実際にやり込めてる場面など、ただの一度も見たことがない。
あの人が私たち家族相手に何度も語ってみせたような、「正義感に溢れてみんなに好かれる強い女」など、どこにもいないのだ。
あれは、あの人が家族相手に大げさに作り上げた虚像だった、と今は思っている
いざとなれば、あの女は強く出る相手に対して何も言い返したりなどできない、ただの人だ。

あれは、夫と結婚する前だからもう二十年以上前になるが、母親と二人で彼の実家に挨拶に行ったことがある。
私たちは茶の間に通され、夫の母親が日本茶を出した。
そして彼の母親は何かを用意しに台所に立った。
おそらく彼もたまたま席を外していたはずだ。
母親はもじもじと落ち着かない様子で、
「お茶でなくてコ−ヒ−が飲みたいねえ」等と言い、ニヤニヤしながらおどけた調子で
「おら(私)やんだあ(嫌だあ)、こういう家」
と言ったのだ。
たとえ小声であろうと、娘の結婚相手の実家に来て、そんな事を口にするものだろうか。
冗談だとしても、なんとセンスのない冗談だろうか

文字にするとどうしてもニュアンスが伝わりづらいが、おそらくあの人は、そういうきちんとした場面で自分がどうふるまっていいかわからないのだ。
だからいい年して、娘の結婚相手の家に挨拶に来ているのに、そういう常識のないふるまいしかできない
人間としての品がないのだ。
別に彼の母親が何か失礼なことをしたわけでもない。
だけどあの人は、そういう場面で親としてどういう態度でいればいいのかがわからないから、どうにも落ち着かず、気恥ずかしかったのだろう。
いわば照れ隠しのような感じで、そういうふるまいをしたのだと思う。
私の勝手な解読だけれど。

この時、まだ私は何も気付いていない未熟者だったから、この親おかしいと思いながら、どうリアクションしていいかわからず、そのおかしい女の方に自分を合わせてしまった。
おかしい女と一緒になって、コソコソ笑ったりしてしまった。
そんなこと言うものじゃない、ときちんと諭すべきだったのに
毒家族の中で育った悲しさで、私自身もまともじゃなく、おかしい方に歩調を合わせてしまった
私も変な人間だったのだ。ずっと・・・・

いい年して、きちんとしたふるまいができない変な人が私の母親だったのだ。
また、私のことを大事に考えていないから、かりにも娘の結婚相手となる人の家で、あんなふるまいを平気でできたのだと思う。
自分が親になった今、あの時のあの女の態度はとてもじゃないが考えられない。
また、自分を優位に置きたくて、彼の母親を下に見ようとしていたのかもしれない。
彼の母親は、あの女にとっては、どう付き合っていいかわからない人なのだ。
自分の周りにいる取り巻きじゃないから。

私たち子供の前で母親が付けていた仮面は、もうすっかり剥がれ落ち、ボロボロになっている。

自分の葬式なんかしないでいい

最近はお墓も葬式もいらないと考える人が増えてきたそうだ
全く持ってその考えに賛成だ。
私も自分の死後、自分の葬式などは一切しないでほしい。
墓もいらない。
遺骨の処理も火葬場に任せるような、最低限の費用でできる対応でいい。
(それすらも手をわずらわせるのが申し訳ない)
最近は真剣にその旨の遺書を書こうと考えている
とにかく葬式はしてほしくないのだ。
絶対に。

理由としては、普通は残された子供に迷惑をかけたくない、というのが一般的なのだろう
もちろん私もその気持ちはある。
しかし、一番の思いとしては、
「こんなゴミクズみたいな、大した人間でもない自分なんかが死んだからって、みんなが集まって自分の葬式をするなんて、とても恥ずかしい。耐えられない」
「自分なんかが死んだからって、どうってことない。ひっそりと消えていきたい」
要約するとこういう気持ちになるからなのだ。

葬式というのは、建前上、個人との別れを悼むという意味の儀式だろう。
そういうのが嫌なのだ。
こんな自分なんかの死を悼んでもらうとか、どうにも耐えられない。
私は親から受けた扱いのせいで、生まれてしまってごめん、みたいな気持ちは今もずっと持っている
だから、親に子供が「生んでくれてありがとう」と言うような感覚が全く理解ができないし、
(虫唾が走る!)
この世に頼まれもしないのに無理やり生を与えられてしまい、仕方なく生きている、というようなひねた気持ちが基本としてあるので、
死んだらもうそれでいいのである。
死んだら終わりでいい。
自分の遺影なんか飾って、みんなに集まってもらって・・・なんて、もういたたまれない。
やめてくれ!
葬式なんか本当にしてほしくないのだ

もちろん、私にはもともと葬式とか墓とかを大事に考えるという価値観がないというのもあるし、
ろくでもないクソ坊主をこれ以上儲けさせたくないという貧乏人根性もある。

前は、私が死んだ時点で、遺族となる息子の社会的立場からどうしても親の葬式が必要だとなれば、彼に判断を任せようと思っていたが、最近は世間の価値観も変わってきたので
たとえ息子がどんな立場にあろうと、親の葬式をしなければ社会的にマズイということにはならないだろう。
(皇族とか、公人でもあるまいし)
それならば葬式はしないでほしい。
絶対にするな、と言い残す。

こんなゴミクスみたいな人間が死んだって、どうでもいいこと。
私は人様に死を惜しんでもらえるような人間ではない。

よく「自分の葬式代くらいはためておかないと」などと言って、自分の死後に葬式をしてもらうことを、当たり前のこととして考えている人がいるが、
そういう人って、自分の葬式について、それを恥ずかしいとは思わないのだろうか。
私は、そんな大した人間でもない自分のために、たとえ形だけでもわざわざ葬式を行ってもらうなんて耐え難い。恥ずかしい。
私が死んだらもう誰からも忘れ去られていい。
そうしてほしい。
この世に自分なんか、初めからいなかったことにしたい。
自分が生まれたことも、なかったことにしたい。

「親という名の暴力」小石川真実

いやはや・・・内容うんぬんよりも、まずこの著者の人間性に私は激しい憤りを感じている。
(アマゾンのレビュ−を見てもらえればわかる。あまりにも常識外れ)

まず一貫して私が感じたのは、「いい大人が何でもかんでも親のせいにするな」ということ。
こんなブログを書いている私でさえ、そう思う。
著者は親に支配されたタイプの毒親語りである
私のように、親から放任されて無関心な状態で育ったタイプとは違う。
-----小さい頃から母親に何もかもを支配され、主体性を持つことが許されなかった
両親から暴言も浴びせられた
その結果として、うつ病だか、境界性人格障害だかの病気になった-----、というのが本の主旨だ

私は親の育て方が悪かったから、そういう病気になるという理屈には賛成できないのだ
生れつきの本人の性質とかが絡み合って、結果的にそういう障害を発症する人間ができるのではないかと思う。
もちろん健全な子の発達には親の育て方に大きな影響があるのは当たり前だが、この人はもともとそういうタチの人なのだ
辛い育ち方をした人が、軒並み人格障害になるわけではなかろうに。
親にこういう辛いことをされた→だからこういう病気になった。
フムフム
では、親から辛いことをされても現在心を病むことなく、普通に生きている人は、病気になった人よりも環境がひどくなかったというわけ?
この理屈が納得しがたい。
あくまでも原因は「本人」だ。大人なのだから。

とにかくこの著者の性格が私には耐えがたく、何ミリも同情や共感ができない。
東大に現役で合格するような秀才は、やはり紙一重というのか、変わり者というのか、人間としてどこかが壊れているとしか思えない。
(もちろん、皆が皆そういうわけではないだろう。あくまでもこの著者のことだ)
ただこういう秀才がいなければ、医師が誕生しないのだとしたら仕方がないのだろうが
少なくとも自分はこんな歪んだ人間に、患者としてとてもじゃないが身を預けられない
お勉強ができることはすごいことで尊敬するが、他の部分が人間として極端に歪んでいるのなら、せっかくの聡明な頭脳も何も意味がない。

親に大学まで出してもらったことはどう考えているのか。
本によれば、お金に困っていない家に育ったとの事であるから(医者になる位だからそうだろう)この人には
教育費用を出してもらえない人間の無念などは想像もできないだろう。
そもそも子供の学費を出そうとしない親がいることなど、この人にはわからないのだ。
また、中学生の時に合宿に行き、途中で早く家に帰りたくなってしまい(こういう気持ちになったこと自体も親のせいだという意味のことを書いている)、迎えに来た母親の前で号泣したという記載があったが、何と恵まれた人だろうか・・・としか私には思えない。
そもそも親が迎えに来ない子供の気持ちなど、この人にはわからないだろう。
その寂しさを理解できないはずだ。

この人の親にも確かに問題はあったのだろう。
そうなのだろうし、事実なのだとは思う。
しかし、だ。あまりにもこの著者は何もかもを、本当に何もかもを親のせいにしすぎだという印象がぬぐえない。
思春期になったら、親の言いなりにならずに自由に人を好きになればよかったじゃないか。
恋愛に興味を持てなかったのも、親のせいなのか?
私などは、ほったらかしに育ったので、どうしてもそう思ってしまうのだ。
親に支配された、感情を奪われた、などという子側の言い分には全く共感ができない。
親がどう言おうが、中学生以上にもなれば、そんなものは乗り越えて自分勝手にやればよかったじゃないか、本来そうするのが普通だろうよ、と私は思ってしまう。
そうできないのは、保護者である親に守ってもらっていたからであって、本来守られるべき時期に適切に大人から守ってもらえていなかった私からすればうらやましい。
親に関心を持たれていない子は、寂しさから異性に向かうしかない。
こんな言い分は、ひどく手前勝手であることも承知している。
しかしこのブログは私個人のブログである。
商業ベ-スに乗せた本でもなければ、商売に利用しているわけでもない。
別に不特定多数の人に向けて耳心地のいいことを書こうとは全く思っていないから、あくまでも自分目線での思いを記載している。

親にレ-ルを敷かれた?
私はそんなレ-ルを敷いてくれる親はいなかったから、何もかも一人考え、一人で道を選び、ぶつかりながら転びながら生きていくしか仕方がなかったのに。
この著者は甘えている
ましてやもう50過ぎにもなって
まず親に文句を言いながら、親に引っ越しを手伝ってもらったり、いちいち仕事のことを報告したり、そのことが私には理解できない。
そんなに嫌な親なら、離れて自活すればいいのに、嫌だ嫌だと言いながら親に頼って、介抱してもらい、迷惑をかけて・・・・
結局、入院の時も、学校や職場で暴れて周囲に迷惑をかけた時も、文句を言っている親に尻拭いさせている。面倒を見てもらいながら親を攻撃している。
本当にみっともない

この人は、本来なら10代の頃に経験しなければいけない男女関係をクリアしてこなかったので、いい年になってもその中身が中学生くらいで止まっているような女だと想像する
(偏見を承知で言えば、医師以外でも弁護士とか大学教授とか、社会的にレベルの高い仕事についている女には割合こういうタイプが多い)
またこの著者は人間的にもあまりにも問題がある。
(嫌いな相手にカエルの死体を送り付けたとか、母のように慕っていた女性に対して、その人の子供を「死ねばいいのに」と言ったとか、およそ医師とは思えない行動だ。当然医師が聖人君子でないことは分かっているが人としてどうなのか。またこれらのことに対して、あまり内省していないようで、呆れ果てる)
この人の行動は普通じゃない。
ひどい親に育てられようが、それとこれとは別であり、この人のもともとの性質がおかしいのだ。

どうしてこんな本が自費出版でなく、商業出版されているのだろう。
「東大卒の女医」というラベルを貼れることが、世間的には価値が高いものなんだろうな。
しかし、これはいわゆるただのオナニ−本である。
柳美里の全く面白くない小説と同じ、自己満足というやつだ。
親のことを書けば何でもかんでも「ひどかったね、大変だったね」と称賛してあげなければいけないものではなかろう。
そして、アマゾンのレビュ−を見てもわかるように、著者本人や著者寄りの人は、本に批判的な人に対し、必ず「同じ経験をしたことがない人にはわからない」と切り捨てているが、人は全く同じ経験はできないのだから、それは仕方がない。

おそらく私がこの著者に嫌悪感を抱くのは、私自身が、自分で言うのもなんだが、ごく常識的に生きている人間だからだ。
親に対しては私だってこのブログを書いているのだから、実に様々なことがあった。
親にお金を出してもらい、親と疎遠になっているわけでもなく、交流もあるこの著者よりも、私の方がひどい状況だとさえ思う。
それにも関わらず、私はこの人のように職場で感情を出したりせず、周囲に気を使い、一市民として常識的に暮らしている。
自分が変わっていて、まともに生きられないことを、親がどうだと免罪符にしているこういう人が私は大嫌いなのだ。
勉強ができるだけの人が医師になる
怖いなあと思う。

少し前に、たまたまカバチタレの原作者の書いた本も読んだのだが、生い立ちが何とも壮絶であり、相当な貧しさ、親の放任、その中で生きぬいた作者に賛辞を贈りたい気持ちになった。
それと比べれば、今回の本の著者の何と恵まれたことか。
「親子の問題は100%親が悪い」
この意見に私は基本的に賛成だ。
しかしそれは、子供の方が長じた場合においては、「親と疎遠になっている」という環境そのものについて言えることだと思う。
この女のように、文句を言いながら、親に依存している状態については当てはまらない。
それはただのわがままである。
この著者の動画をネットで見つけたが、正直その外見の印象はどう見ても精神の病気の人だ。
普通じゃない。
この人を利用して商売にしている(としか思えない)東大教授とやらも、眉唾ものだ。

親のせいにしないということ

「親との問題を乗り越えて克服する」
こういう意味の言葉をよく耳にするが、これは具体的には一体「どうなる」ことを言うのだろうか。
一体自分が「どう」なれば、親との問題を克服した、と言えるのだろうか。

最近は「毒親ブ−ム」という言葉も聞くほど、親との問題を語ることが流行っているらしい。
そして、流行り物には必ず批判も出る。
「いつまでも親のせいにして」
「親だってただの人間だ、完璧ではない。失敗もする」
...などという意見だ。
このあたりのことについて、自分なりの見解を述べたい

まず私はこういうブログを書いてはいるけれども、別に「現在の自分がこうなのは、親の育て方のせいだ」という方向の話をしているつもりは一切ない。
たとえばだが、いい年した大人が「自分がコミュ障なのは親のせい」
とか言っていることについては、私は容認できない派だ。
現在の自分自身のことは、やはり自分で努力していくしかない。
そんなことまで、何でもかんでも親のせいにしてはいけないと思う。

た・だ!
自分の過去を振り返って向き合うことは必要だし、むしろそうしなければいけないし、それは何かを親のせいにしていることにはつながらない。
親のせいに「する」ことと、親のせいで「ある」ことは違う
この辺の区別が必要なんだと思う

私は、人をうらやむクセがどうしても抜けない。
特に母と娘が仲良くしている様子を見聞きすると、心の中がどす黒い感情で一杯になる。
憎しみ、嫉妬、もろもろの感情、ふざけんじゃねえよ、と思ってしまう
心がささくれ立つ
娘とハグするとか、娘が泣くので(高校生にもなって!)抱いてやった、とかそういう話を同僚から聞けば
笑顔の仮面の下で、その見知らぬ娘への憎しみが溢れ出し、耐えられなくなる。
こんな感情を人の前で出すわけにもいかず、無理矢理封じ込むしかない
「私は親に甘えたことなんかないのに、てめえはなに甘えてんだよ!クソ!」
こんな感情が自分を苦しめる。
これも「親との関係を克服していない」ということになるのなら、おそらく私は一生克服はできないだろう。
それを抱えたまま生きていくしかない

小さい頃から親に自己否定をされてきたので、上手く生きていけない、などという悩みを持つ場合は、自分で成功体験を積み、少しずつ変わっていく努力をしていくしかない。
また、昔自分を愛してくれもしなかった親の介護をしていて苦しい、という人は、結局罪悪感や周囲の目、その怖さに負けていることを自覚するべきだろう
いろいろ言い訳をするけれども、いい子ちゃんになりたい、そこから抜けられない自分が弱いのだ
介護が必要な親を放っておくなんて、そりゃあ心が強くないとできない。
世間の目、何より自分はなんてひどい娘だ、という罪悪感。
地獄の苦しみだ。
だったら文句を言いながらも、介護をした方が楽だからそうしているのだ。
「辛い辛い」と言いながら介護をしていれば周囲から同情もされる。
その方がどんなに楽なことか。

【親のせいにするな派】が言う内容に、「親に期待するな」という意見がある
親に期待するから苦しむのだと
それはどうか?と思う
私はもう、とうの昔から親に期待などはしていない
しかしだからといって、過去自分がまだ無力だった頃に親からされたこと、または本来されるべきことをしてもらえなかったこと、それらの傷は、親に期待するとかしないとかに関係なく、心から消えることはない
だからこの意見は的外れだと思う。
期待しているから苦しむのではない。
期待していないと楽になるのではない。
過去のどうにもできなかった傷がどうしても消えないから苦しいのだ。

「ごくせん」に感動する親というのは...

「ごくせん」というドラマがある。
あれは、いわば水戸黄門の教師版みたいなもので、最後には必ず主人公が悪者を倒す、という非常にわかりやすい作りであるところが、中高年層に受け視聴率が良かったのだろうと思う
(ちなみに当時中高生だったうちの息子は、くだらねえ、といって全くこのドラマを見なかった)

それはともかく、いつだったか、たまたま私が実家にいた時に、そのドラマの再放送が流れていた。
部屋には母親もいた。
ドラマの中で、主人公の女教師が不良生徒に「親には感謝しろ」と説教をたれるシ-ンがあり、その場面を見ていた母親がなんと
「本当にそうだねえ、親には感謝しなければいけないんだ」
などと言い出した。
満足そうに笑顔さえ浮かべ、そのセリフに心から同調している様子なのだ。
私はそんな母親を見て、単純に驚き、そして複雑な気分になった。
この人は一体どんな立ち位置で、どんな気持ちで、あんな育て方をしてきた娘の前で「親には感謝しなければいけない」などと、のたまっているのだろう・・・

このドラマは、主人公の熱血女教師が、教え子の悪ガキたちに「親に感謝しろ」とか「親を大事にしろ」と説教する場面が多く、そういうところも「ある世代」に好意的に受け入れられたのかもしれない。
まあ、ドラマの内容はどうでもいい。
「親には感謝しろ」
こんな言葉を肯定するあの母親は、自分はまっとうな親だと思っているのだろうか。
自分自身は、はたして子供に感謝されるような親だったのか?
そんなことは考えてみたこともないのだろう。
自分自信を顧みる、という意識もない。
自分はひどい親だったかもしれない、と反省することなどは一切しない。
自分が与えたことだけを「してやった」と都合よく記憶に残し、親子の関係が悪いのは、娘である私が悪いからだ、と考える。
自分は真っ当な親だったのだから、悪であるはずがない。
こんなことになっているのは、娘のせいだ、と。

おそらく世間でいうところの毒親こそ、「親に感謝しろ」的な言葉を好んで口にするのだろうと思う。
私は息子に対して、とてもじゃないが、親に感謝しろなどとは思えない。
私はあの子を愛してきたし、今でも愛しているが、自身がいたらない親であることも自覚している。
一方的に親に感謝するべきだなどとは、本当に考えられないのだ。
それどころか息子に対しては、謝りたいことの方が多い。

「何々してやった」
それだけを祭り上げ、親として自分は何が足りなかったのか、どれだけ子を傷付けてきたか、などには
何一つ思いが及ばない。
子供よりも、いつも自分、自分、自分。
自分のことばかり。
あの母親はそういう種類の人間だ。


余談:私はイケメンが出ているから、という理由で「ごくせん」を見ていたが、あのベタベタなスト−リ−には特に魅力を感じなかった

人の悪口で盛り上がるしかできない母娘関係

【親子で会っても互いに幸せを願いあう関係でないと心のきずなは形成されない
だからいくら共通の敵である父親の悪口で母親と娘が盛り上がってもそこには愛や信頼は生まれない。
そのため母親と娘が密着し、二人でどんなに甘美な被害者同盟を作っていても、娘は空虚さを感じるのである。
誰ともつながっていないような不安を感じるのは、本当に誰ともつながっていないからだ
「重い残し症候群・岩月謙司」】


これはネットで拾った言葉だ。
よく理解できる。
私の母親は、これまでここに何度も書いているが、それはもう毎日のように、自分の夫(私の父親にあたる人)の悪口、愚痴を子供相手にまき散らしていた。
父親の愚痴を母親から聞かされること。
それが私(おそらく弟もだろう)の日常だった。

まだインタ−ネットなど存在しない時代、親子関係についての情報も現在のようにはなく、「配偶者の愚痴を子供に言ってはいけない」という概念さえもなく、母親は自分の感情のままにそうしていたのだろう。
しかし私は思うのだ。
まともな親としての神経を持っていれば、そんな情報がなくても、何の指針がなくても、
親として人としての本能で、「子供に父親の悪口を聞かせてはいけない」ということはわかるはずなのだ。
そういうことをすれば、「子の健やかな精神の発育に良い影響を与えない」ということが、本能でわかるはずなのだ。
まともな親ならば!
だから子供の前では、愚痴を言いたくても自制するのがまともな神経を持った人間だ。
それを年端もいかない、ましてやその悪口の対象となる相手の実子に対して、あそこまで批判、非難、罵詈雑言の限りを言いつくすことができる人間と言うのは。。。何なのだろう。
異常な人間性だと思う。

母親は自分の夫の愚痴を、まるで大人である自分の友人に聞かせるような、そんな感じで子供達に話していた。
私も当然未熟な人間だったので、母親の視点に立ち、父親を忌み嫌った。
仮に自分の父親が、母親の言う通りの人間だったとしても、
母親からの悪口を聞かされた結果、嫌いになるのと、
自分の視点で父親を見た結果、嫌いになるのとでは、娘にとってその意味合いが、全く違うものとなる。

子供の頃は、父親の悪口で結びつき
長じてからは、弟の嫁の悪口で結びつく。
このように、私と母親の関係においては、人の悪口を言うことでしか、成り立たないのだ
人の悪口を言っていないと、他に話題もない。
なぜかといえば、あの人に私への関心がないから。
あの人の口に上るのは、まず自分の仕事。
周囲の人の悪口や噂話、そんなことをひととおり話してしまうと、あとはもう話題がない。
私に対する親としての関心がないので、【私の】仕事や、趣味や、生活や、そんなあれこれには話題が及ばない。
もちろん私の方も、子供の頃から親に対して自分のことを話す、という習慣がないので(皆無だ)、自分からは何も話さない。
だから人の噂話や悪口でも言っていないと、何も話題がないわけだ。
そんな共通の話題で盛り上がったとしても、全くもって救いようがない。
心の絆などは生まれようもない。
とにかく空しいだけだ

それに私は、親子の絆とか、そんな言葉は大嫌いだし、信じてもいない。
これまでの人生、血縁者なんかよりも、赤の他人の方がよほど私に優しかったし、多くのものを与えてくれた。
親。あの人たちが私に与えてくれたものは何だろう。
憎しみ、皮肉、寂しさ、孤独、からかい、さげすみ、見下し、疎外感、自己否定・・・・・
こういうことを書くと、ある種の人からは
「いい年して、いつまでも親のことを悪く言っている変な人」という感じに思われるだろう。
実際、そういうメッセ−ジが届くこともある。
しかし、それは考えが単純過ぎる。
私はこんなブログを書いているからとはいえ、何も一日中親のことばかり考えながら閉じこもって暮らしているわけではない。
現実社会では、普通に仕事をしている、普通の社会人である。
ただ、ここに書いている内容も私という人間の一部である、というだけのことだ。
周囲の人は、私がこんなことを思っているとは知らないだろう。
人間というものは、どんなに普通に見えたって、心の奥には闇がある。
だから人間は面白いのだ。

愛や信頼。
そういうものを親と築きあうなんてことは、私には絶対に無理なことだ

上の子の我慢、寂しさ

幼稚園の頃。
おそらくまだ年少組の時だったのだろう、遠足には保護者が同伴しなければいけなかった。
私には、母親がついてきてくれたが、
母親は遠足の間、ずっと家に置いてきた弟への心配事を口にしていた。
(同居していた高齢の祖母に預けてきた)
「今頃●●は大丈夫かね」
「もうミルクは飲んだかね」
レジャ-シ-トに座ってお弁当を食べながら、そんなことばかり口にする母親。
いかにも心あらずといった調子で、私は五才児なりに、本当にいたたまれない思がしたものだ
母親は、本当は私の遠足になんかついてきたくなかったのだ、そんなことよりも弟の方が心配なのだ、ということは子ども心に痛いほどわかった。
もし私がもう少し大人なら、「もう帰っていいよ」と言うこともできようが、五才児にはそんな気の利いたことを言えるわけもなく、ただただいたたまれなかった。
そのいたたまれなさを噛み殺すしかできなかった。
自分のそばにはいても、心はそこにない母親。

あれは小学一年生位の時のこと。
私は当時、近所の主婦が自宅で開いていた英語教室に通っていた。
その教室で発表会のような行事があり、その時のことだ。
会場には、子供たちとその保護者が来ていた
私の母親は、少しだけそこに来たが、あとは「弟が心配だから」と言って、途中で帰っていった。
その教室には、それはそれは意地悪なタチの女の子が二人いて
「あんただけ、ママがいないの〜」
「ママがいない人はこっちにこないで〜」
と、私を仲間外れにし始めた。
要は陰湿なイジメだ。
私は何も言い返せず、一人ぼっちにされても、じっと黙ったまま我慢していた


※ああ、こう書くだけでイライラしてくる。
今の私なら、そんなことを言われようものなら、1000倍にして言い返してやるのだが、当時の私は、本当にいくじなしのガキだった
意地悪なあいつらにもむかつくが、何も言い返せない情けない自分にも激しく怒りがわく

母親が、弟の世話があるからと先に帰った。
そのことで、他の生徒が「あんただけママがいないから、仲間外れね」と私をいじめた
それは本当に理不尽だ。
理不尽過ぎて仕方がない。
自分でも、そんな理由で仲間外れにされるなんて理屈に合わないことだとはわかっていた
間違っているのは、その女の子たちの方だと。
だからこそ、「ママが先に帰ってしまったから、あんただけママがいない、と仲間外れにされたんだよ。どうして先に帰っちゃったの!」なんてことは、私は家で一言も話さなかった。
私は、親にそんなことを言えるような子供ではなかった。
母親のせいではない。弟のせいでもない。
悪いのはそいつらだ。
でも私の心には、何とも複雑な思いが残った。

そしてこれも、その教室関係の行事だったと思うのだが、市街地の大きな公園で開かれるバザ−に皆で参加するという日があり、たまたまその時は、母親が一緒に来てくれた。
私はその時、死ぬほど嬉しかった
誇らしい気持ちに包まれた。
私もお母さんと一緒なのよ!!
私のために、お母さんが来てくれたのよ!!
と言う誇らしさだ。
そのバザ−で買ってもらった一冊の本。
今でもはっきりと記憶に残っている。
あの気持ちは、何の努力もなしに母親を独り占めできる末っ子や一人っ子には決してわかるまい。
いとも簡単に「母親と一緒」という特権を手に入れることのできる子が、私はキライだ。
息子の行事に参加する時に、母親にくっついてくる末っ子の女児が内心憎くてたまらなかったものだ。

私は息子には、自分のような思いを決してさせたくなく、彼の学校や習い事の行事にはほぼ参加した。
たとえば、子供が大きくなってから、他の親が来ないのに、自分の親だけ授業参観に来るとか、そういうのも気恥ずかしいものだとは思う。
なので、さすがに息子が高校生になってからは、授業参観に出かけても、他に親が誰も来ていないので、教室には入らずにそのまま帰ってきたこともある。
しかし、自分の親だけがいつも参加しないという寂しさしか私は体感として知らないし、そっちの方がずっとかわいそうだと思うのだ。

一方で「上の子に振り回される下の子こそかわいそうだ」と言う人もいる。
たとえば、週末は毎回上のお兄ちゃんの試合の応援に行く親に引っ張りまわされ、どこにも遊びに連れて行ってもらえない下の子がかわいそう、ということだ。
そうだろうか?
少なくとも親と一緒にはいられる。
家で一人ぼっちで置き去りにされるわけではない。
私には、その気持ちはわからない

このような記事を書けば、母親は小さな弟の世話をしながらも、私に対してできる限りのことをしたのではないか、と思う人もいるだろう。
でも私は実際にとても寂しかったのだ。
そして、あの母親という人は、たとえ弟がいなくても、子供に寄り添って一緒に遊ぶとか、そういうことをする人ではない。
そういうことは、くだらない、時間がもったいないと思う人である。
もちろん、同じことを母親目線で語るならば「自分は精一杯のことをしてやった」と言うはずだ。
忙しいのに時間を作って一緒に行って「やった」、と。
でもそこには私に向けられる母親の心がなく、小さかった私は寂しかった
あの寂しさだけが子供の頃の思い出だ

「過干渉母」に比べ「無関心母」が一般ウケしないのはなぜ?

近年、母と娘のテ-マが流行していて、本屋にも多くの関連本が並んでいる。
先日もふらりと立ち寄った店で、そのような本を手に取り、立ち読みのままパラパラとめくってみた。
本には、母娘の関係性のパタ-ンがいくつか載っていた。
しかしそのどれもが、いわゆる
「干渉してくる母」
「かわいそうな母」
口出し、干渉、強制、娘への依存....そういうたぐいのものばかりで占められており、私はすぐに本を棚に戻した。
こういう関係性ばかりが書かれた本は、私には合わない。
というよりも、私には当てはまらないので参考にもならないし、ならないばかりでなく
正直に言えば、その関係性が羨ましくて、憎くなってしまい、自分の心が辛くなるので
(ニュ−トラルな精神状態でいられなくなる)
読む気にはなれない。

私の母親は、一言でいえば「無関心」だ。
何か言葉でくくるならば、放任、無関心、無視....そういうものだ。
こういう種類の母親を前面に出した本は少ないし、見かけない。
なぜなのか。
私なりに考えると、おそらく無関心や放置というタイプは、一般受けしないからだと思う。
日本の母親というのは、今大流行りの「干渉する母」が大半であり、一般的なのだろう。
だから娘側の感情として「母が重くて重くてたまらない」となるのだ。
重い、につながるのだ。

私の母親のように
「仕事ばかりして、子供のことはほったらかし」
「うだつの上がらない夫を子供の前でバカにし続け」
「自身は不倫を繰り返して、その不倫相手に子供を会わせ」
「子供に対して母親らしい関心がない」
そんな母親は特殊で一般的ではないから、主なテ-マにはなり得ないのだろう。
やはり、日本には多そうな、
「娘に自分を投影していろいろと口出ししたり、干渉する」
そんなふうに娘にまとわりつくような母親を扱う方が、受け入れられやすいのだろう。

だから「母と娘」というテ−マは、いちがいには語れないのだ。
私は別に母親を重いとは感じない。
だってあの人は、いつも自分の生活が忙しくて、子供の方を見ない人だから。
重くはないが、子供時代からいつも寂しかった。

干渉しないで!
私をコントロ-ルしようとしないで!
私に入り込んでこないで!

こんなふうに私は言ってみたい。
干渉する母親に悩んでいるという人は、子供に興味がなくて、いつも家に居なくて、仕事と男のことだけで頭を占めたような母親の方がいいのだろうか。
もちろんそういうことではないこともわかっているし、
母親のタイプをスッキリと分けたりできるものではないことも承知の上だ。

でも私は、墓守娘でもなく、母親を重いと思う娘ではないので、そのテ-マの本にはどうもズレを感じてしまう。
放置され、親に関心をもってもらえなかった子の寂しさは深い。深いのだ。
だから私は、自分が親となった時に、あの寂しさを息子にはほんの一滴ほども味わわせたくない!と強く思った。
実際に息子には関心を持ち続け(干渉はしない)
なおかつ「いつもママはあなたに関心を持っているんだよ」ということを伝える。(言葉にはしない)
それを、それだけを意識して、彼を育ててきた....つもりだ。

干渉母に比べ、無関心、放置母は一般ウケしない。
そのこと自体も私にとっては何ともつまらなく寂しいが、仕方がないのだろうか。

「解縛」小島慶子

この人はテレビでよく母親との関係を話していたので、一体彼女と母親との間にこれまでどんなことがあったのかを知りたくて、この本を読むのをとても楽しみにしていた。
しかし実際読んでみたら…

これは彼女の単なる生い立ちの記で(彼女自身も本の初めにそう書いてはいるが、要は子供時代の思い出本、だ)私が一番知りたいと思っていた親との関係といった部分はほとんど書かれていない。
いくら読み返しても、この人が家族との関わりの中で何を辛いと思い、何ゆえに不安神経症(大体こんな病名自体が眉唾ものだと個人的には思っている。乱暴な言い方だが、自己顕示欲が強い性格からくるヒステリ−ではないかと私は思う)になったのかが、今一つわからない。

まず本のほとんどを占めているのは、ご自分の少女時代を振り返った、女の子同志のイザコザ。
私もそういう世界を生き抜いてきたので、よくわかるのだが、読んでいて気分が悪くなった。
こんなひねくれた子供がいるのだろうか。
ご自分の子供時代のことを客観的に分析しているつもりなのだろうが、やはり大人の書いた文章で子供の内面を書きだすと、あまりにも斜めから過ぎてしまい、嫌な気分になる。
この人の文章は特に。
あまりにも悪意に満ちている。
でも、この人は私と同じように、少女時代の自分が大嫌いなのだろう。
そのことだけはよく伝わってきた。

結局この人は何が辛かったのか。
私は姉の立場なので、どうしても末っ子として生まれたこの人よりも、9歳上だというこの人のお姉さんの方に感情を向けてしまう。
母親はお姉さんのことを「豚にそっくり」と言った。
母親はお姉さんに夫婦関係や家計のことまで何でもかんでも愚痴を言い続けた。
妹が出現したことにより、何もかもを奪われた姉。
姉の方がよほどかわいそうだ、と私はどうしてもそこに思いがいってしまい、妹の立場であるこの人には何一つ共感ができない。

母親に執着されていることが辛い。
ここがわからない。
私は人生の中で誰からも執着されたことがないからだ。
親には放置されていた。
だから、執着されることは私にとっては羨ましいことなのだ。
この執着されることが辛いという、そこをもっと掘り下げて、同じ経験を持たない私のような読者に教えてほしかった。
自分の内面を独特の斜め上からの文体で語るのではなく、具体的な体験をもっと知りたかった。
少女時代のイジメとか、友達とのいざこざなんて、全くどうでもいい。

しかし、新たにわかったこともある。
子供の頃、姉から気まぐれにかわいがられたかと思えば、姉の機嫌によってすぐ拒絶される、という体験を繰り返したことによって、人から可愛がられるというのは限定的なものなのだ、という思いを抱き、この人のひねくれた部分が形成されたらしい。
ここは、なるほどなあ、と妙に感心した。
これは上にきょうだいがいない長子の私にはわからないことだ。
逆に気まぐれで妹をかわいがったり、拒絶したりする姉の気持ちの方がよくわかる。
何よりも、私もそうだった。
気が乗れば弟と遊んでやったりもしたが、おそらくその時の気分に寄って拒絶もしただろう。
(実は自分では覚えていないのだが、弟は姉である私から子供の頃いかに冷たくされたか、ということを冗談めかしてだが口にすることがある)
この落差に下の子は傷付くのか・・・・
ただ姉は姉であり、母親ではないから仕方がないと思う。
姉だって、子供なんだから。
この本の中で彼女は「姉は私に親の愛情を奪われたので帳尻を合わせようとしたのではないか」という意味の文を書いているが、私もその通りだと思う。
もちろん姉自身が「帳尻合わせだ」などと意識していたわけではないと思うが、結果的にはそういうことだろう。

姉から「私はあんたが羨ましかった。親から何でも良くしてもらえて」と本音を聞かされた時には、もう取り返しがつかないな、と感じたとこの人は書く。
この「取り返しがつかないと感じた」という感情は、どういうものなのだろう?
私も父親の葬式後、弟にそのような手紙を書いたが(ブログ内に手紙内容を載せた記事有り)、弟はどう思ったのか。
「姉から自分は親の愛情を奪ったらしい
でも私の手の中にそれはないので返せない」
この人の書く文章、その通りだ。
私も手紙にも書いたのだが、弟には何一つ罪はない。
罪があるとすれば、それはきょうだいを作った「親」にある。
おそらく下の子は上のきょうだいから「告白」をされた時、ある種の罪悪感を感じるのだろう。

この人がずっと感じていたという罪悪感。
生きているだけで申し訳ない、厚かましいと思う気持ち。
実は、この感情は私も持っていたものだ。
しかしこの人と私ではその理由が違う。
私は親から期待されない性別の女だったから、だ。

もちろん人には人それぞれの辛さがある。
比較はできない。
それは理屈ではわかる。
しかしどうしても、この人の場合、私には育ちのいい人の贅沢な感傷というふうにしか思えない。
外国暮らしの自慢?とさえ思えてしまう。
そもそも母親の過干渉に悩む女の気持ちは私にはわからない。
むしろ妬ましさで心が痛くなる。
少しでいいから、親に自分の仕事に関心をもってほしかった。
私は自分のことを振り向いてくれない母親に育てられ、常に寂しかったので、母親が自分に憑依するということの辛さが実感としてわからない。


※メッセ−ジ下さった方、ありがとうございます。
お友達以外は受信できない設定との事で、お礼のメ−ルを送信できなかったため、この場でお礼申し上げます。

末っ子の不満は私にはわからない

末っ子の人が子供の頃に不満だったことを言えば、ほぼ必ず「お下がりが嫌だった」という話になる。
実は、これが私には全くわからない。
私はむしろ子供の頃「これお姉ちゃんのお下がりなの♪」なんて自慢げに話している子が羨ましかったくらいだ。
私にはお下がりをもらう相手がいないので、お姉ちゃんのお下がりを着るということが絶対にできないことであり、純粋にいいなあ、とうらやましかったのだ。
自分もお下がりを着てみたいなあ、と思った。
センスのいいお姉ちゃんの服をお下がりで着れるなんてずるいなあ、末っ子っていいなあ、と心から思っていた。

こういうことを言うと、末っ子の人はおそらく「何バカなこと言ってんの」という感情になって、むかつくんだろうな。
でも・・・そりゃあ極端に貧乏で、たとえばテレビに出ている大家族のように、ランドセルまで上の子の名前を消して使わされたとかいうのなら「さすがにそれはかわいそうだな」と思うが、普通はせいぜい普段着レベルの話だろう。
それに、一枚も新しい服を買ってもらえなかったということもないだろう。
お下がりを着せられたことが多かった、というだけのことで。
そんなレベルの話ならば、お下がりくらい、どうでもいいことではないだろうか?
と、どうしても私は思ってしまう。

そんなことよりも、親に愛情をかけてもらったかどうかが大事だろうに、と思うのだ。
実は先日、ある「妹」の立場の人とこんな話をしていたもので、実際にそう言ったら、
「でも新しい服を買ってくれることも愛情だからね」と返されてしまった。
う-ん、まあそれはそうだろうが、やっぱり私はうなづけない。
服を買うことも子供への愛情だなんて言い出したら、確かに私は上の子だからお下がりは着たことがないが、だからといって常に新しい服をバンバン買ってもらったわけではない。
むしろ服なんかまったく買ってもらえなくて、いつも不自由していたのだ。
そういう意味では、どんなに新しい服がほしかったかしれない。
だからお下がりを着ている「妹」の立場の子を見て、自分の服の他にお下がりも持っているなんて、着れる服がたくさんあって羨ましいな、と思ったのだ。

それに、上記のその人は(Tさんとしよう)、お下がりが嫌だったと言いながらも、「姉よりは自分の方が親には気をかけてもらったとは思う」と言った。
Tさんだけではない。
姉がいる妹の立場の人は、私が知る限り、必ず「姉よりは、自分の方が親から可愛がられた」と言う。
姉よりも妹である自分の方が、親に愛情を受けたことを、彼女たち自身もちゃんと気付いているのだ。
なのにその上で、お下がりが嫌だった、とか言うことが私にはわからない。
そんなことよりも、もう大人になったのだから「あの頃、姉は寂しかっただろうな」とか、そういうことを考えてあげることはできないのだろうか。
常に長女としてしっかりすることを要求されて、自分より親には甘えられなかった姉の気持ちを考えてあげられないのだろうか。
まあ、所詮他人事なのだろうな・・・
それはそれ、これはこれ、か。
どうしても私は「お下がりなんかどうだっていいよ」と思ってしまうのだ。
姉から親の愛情を奪っておきながら、お下がりが嫌だった、って?
共感できない。
だって『妹』の立場の人は、だからといって決して「上の子に生まれれば良かった」とは言わないのだから。
姉という立場がいかに理不尽で損なものか、彼女たちは知っているのだ。
末っ子の立場を甘受した上で、その立場は手放さずに死守した上で、新しい服がほしいわ、という愚痴なのだ。

そして私の限られた経験からではあるが、兄のいる妹の立場の人は、大体「私は兄と差別された」という意味のことを言う。
それを良く聞くと、兄の方が親から可愛がられたということではない。
たとえば、兄は大学におしみなくお金をかけてもらったが、自分は短大だった、とかそういう話が多い。
ある人は「お兄ちゃんは東京の大学に進学したのに、私はお母さんに【あなたまで東京に出たら寂しいから近くにいて】と言われて東京に行けなかった」ことが、兄との差別だという。
私から見たら、そんなのなんて贅沢な!としか思えない・・・
私なんかそもそも大学に行かしてもらえるような環境でもなかったし、親に「寂しいから近くにいて」と言われることの何が嫌なのか?縛られた、自由にさせてくれなかったということか?
大学に行かせてもらっただけでも恵まれているのに、ましてや私のような人間からしたら、親から「近くにいて」なんていうことを逆に言われてみたいと思ってしまう。
子供の進学のことなんか、学費が安いかどうかということ以外は何も興味の無い親に、ほったらかしにされて育ったのだ。
そんな私からしたら、どうしてもそんなのは、育ちがいい人のわがままにしか思えないのだ。どうしても。

もちろん言いたいことはわかるのだが、自分が体験していないことはやはり本当にはわからないし、理解できない。
それが普通の人間だろう。

今、私には親との関係について話し合ったりする友人が何人かいる。
彼女たちはそれぞれ、自分と親の関係には何かしらの問題があると感じている。
時々ランチをしながらそんな話をすることがある。
しかし、つい自分の体験と比べれば、相手のことはマシだろう、自分とはレベルが違う、と思う自分がいる。
まず大きく違うのは、親とのことについてなんだかんだと不満を述べながらも、私のように父親と何十年も避け合って口をきいていないという人はいない。
普通に会話をしているし、父の日や誕生日などには娘の方からプレゼントを贈ったり、何かにつけ父親の方からもお金をもらったりしているのだ。
だから私から見たら一体何が不満なのか?と思うのだ。普通の関係じゃないか。

なので私も何もかも自分の体験をさらけ出しているわけではなくて、相手の話のレベルに合わせて、話す内容を加減している。
以前「私の母親は不倫ばかりしていた」という話を、つい口に出して言ってしまった時、相手がサッと引いたのがわかった。
その相手も母親との関係に不満を抱いている。
が、彼女の母親は普通の主婦であって、不倫などとは無縁であり、そんな話にはどんな反応をしていいかわからない、といった様子だった。
私はすぐ別の話題を探した(当然彼女もその話題に食いついてはこなかった)。
やっぱり母親の不倫なんて、誰にも話せない。わかってもらえない。
その人は兄のいる妹で、私が弟と差別されて育った、ということを話してもピンとこないようだ。
「だって差別されるなんて・・・そんなの、実際にあるかなあ?」と首をひねった。
ああ、この人には上の子の気持ちはわからないんだ、と思った。
私が末っ子の人の不満がわからないように。

もちろん自分だけが特別にひどい体験をしたなどと思っているわけではない。
しかし体験していないことはわからない、理解できない。これは事実だ
こういうブログや本だって、自分と体験が違えば本当にはわからないのが普通の人間だろうと思う。
(わかったふりはできても)

母親だけが主役の家

家庭の中では、母親は太陽のようでなければいけないという。
家の中で母親が暗い顔をしていれば家庭が暗くなるので、母親はいつも明るく笑っている太陽のような存在でなければいけない、という意味だと思う。
それはそうだろう。
私の母親もよく自分で自分のことを指して「この家では自分こそが太陽だ」というような意味のことをよく口にしていた。
それはもちろん、暗い性格の父親へ、あてつけの意味も含んでいる。

私の育った家は、あの母親が主役であり、子供達は単なる脇役だった。
いつも母親が主役なのだ。
話題の中心はいつだって母親。
食事の時には、母親がその日外で体験してきた出来事を面白おかしく話し、私達はその話の聞き役。
子供が親に学校での出来事を話すような雰囲気ではない。
話題は常に、母親の仕事がらみのこと。

自分はいかに友達が多く、人に慕われているか。
自分はいかに仕事ができるか。
仕事上の武勇伝もよく聞かされた。
家族の話題はこのように、母親の自慢話ばかりだった、いつもいつも!

私はただの一度だって、自分の学校や仕事のことなど親に話したことがない。
親の方にも、聞いてくれるような姿勢もない。
そもそも子供に関心がない。
母親は当時から一人の女として自分の人生を生きていた。
母親としてではなく、一人の女として生きていた。
子供達は健康体で大きな病気をすることもなく、食事さえさせておけば、放っておいても勝手に生きている。
それをいいことに、子供の心になど、何一つ関心がない人だったのだ。

普通の家庭というものは、あんなに母親一人が中心になるものなのだろうか?
他の家のことはわからないけれど、私は子供がある程度の年齢までは、子供が主役でなければいけないと思う。
それが健全ではないかと思う。
子供が主役というのは、何も子供を甘やかすという意味ではなくて、親の方が子供に対して適切な関心を持つ、ということだ。
仕事の自慢話をしたければ、夫婦間ですればいい。

話題の中心はいつも母親だったが、ごくたまに私が話題に上る時は、大抵母親が私をこきおろすパタ−ンになったものだ。
(たとえば、私はひどい音痴なのだが、母親はそれを知っててニヤニヤしながら「あんたの歌はさっぱり聞いたことがないねえ。なんで歌わないんだべねえ」と言うなど)
そのたびに私はそばで聞いている父親と弟に対して、気恥ずかしく、嫌で嫌で仕方がなかった。
バカにされるのが本当に嫌だった。
親が私をバカにするせいで、弟も姉の私を平気でバカにしていた。
私は自分をバカにしてくる弟のことも大っ嫌いだった!

「母親が家庭の中の太陽」というのは、子供の話も聞かず、ひたすら大人である母親が自分の話だけをすることではないと思う。
決してあの母親のような人を太陽というのではない。
私は、母親の話の聞き役という、お守りをずっとしてきたような気がする。
実際そうだった。

大人になってからは、母親から嬉々として弟の仕事ぶりについての話をされるたびに(私だって働いているのに・・・私のことは本当にどうでもいいんだな)いつもこの気持ちを押し殺しながら聞いていた。
弟はこんなに頑張っている。
こういう仕事をしている。どうのこうの・・・・
私だっていろんなことを我慢しながら、一生懸命働いてきた。
でも私のことなどは、話題にのぼることはない。
私がどんなに頑張って働いても、私の仕事に親の興味や関心はない。

パニック障害

「パニックマン」という本を読んだ
素人の高校教師(男性)が自分の体験を書いたもので、内容は無駄に分厚いだけの稚拙さ、単なる手記。
一体どのような仕組みでずぶの素人があのような本を出せるものなのか、出版界の仕組みが全くわからない

さて、そのことはさておき、実は私もパニック障害の”気”がある。
初めてそれらしい発作が起きたのは、専門学校一年目の19才の冬だった
正月明けのあの日。
私は朝からアルバイト先の飲食店で仕事をしており、休憩時間に外に出て、行きつけの店で食事をとった。
異変が起きたのは、その帰り道のことだ。
レジで支払いを済ませ店を出て、自分のアルバイト先まで歩いて戻っている途中、何とも言えないような気分の悪さを感じた。
(なんか変。。。。)
食事をした店からアルバイト先までは徒歩で、大体三、四分位。
アルバイト先の飲食店が入っているビジネスホテルまで何とかたどり着き、すぐにホテル内のトイレに飛び込んだ。
これはたぶん吐くのだと思い、便器にしゃがみ込んでみたが吐けない。
てっきりさっきの食事がいけなかったのだと思ったが、違うようだ。
私は狭いトイレの個室で、わけの分からない発作に苦しんだ。
のたうちまわった、と言ってもいい。
気付いたら、履いていたストッキングがびりびりに破けていた。
苦しみのあまり自分で破いたのだろう。
どの位、発作に苦しんでいただろうか。
何とか落ち着いてきたところで、私はストッキングを脱ぎ捨て、トイレを出た。
そしてアルバイト先に戻り、店長に体調不良を申し出た。
とりあえす発作のようなものは治まったが、とても仕事はできそうになかった。
店長から「本当に具合が悪いのか、サボリじゃないのか」など、散々嫌味を言われながら、早退した。

当時の彼氏に電話をして迎えにきてもらい、彼の車に乗り込んだ時にはもうすっかり気分は治っていた。
彼に「大丈夫か」と心配されながらも、気分が良くなった以上すぐに家に帰る気にもなれず、途中で、喫茶店に入りケ−キを食べたりしたくらいだ。
さっきのあれは一体何だったのだろう?
全く不思議であったが、私にわかるはずもなく、あの日から長いパニックとの付き合いが始まったのだ。

道を歩いていると、急に心臓がドキドキして動機が激しくなる。
その症状が起きると、トイレに飛び込むのがクセとなり、私は街の中のどこにトイレがあるのか自分で把握するようになった。
学校には何とか通ってはいたが、授業が終わると、とにかく一刻も早く家に帰りたくなる。
家の中にいるのが一番安全なような気がした。
どうしても地下に降りれずに、タクシ−で帰ったこともある。
通学のバスも苦手となり、どうしようもない時は、かなり前のバス停で降りて、歩いて帰ったりもした。

どうにも苦手となったのが、美容院と歯医者だ
後にわかったことによると、パニック障害で多く現れる広場恐怖という症状らしいのだが、強制的にじっとしていなければいけない状況下におかれるのが耐えがたくなるのだ。
歯医者で口を開けてじっとしていると、身体を起こしたくなる。
それを我慢していると気が狂いそうになるのだ。
「あと何分ですよ」とか教えてもらうとおそらく安心するのかもしれないが、大抵の歯医者さんはそんなことはいちいち言ってくれない。
自分の意志で自由に体勢を変えられない、医者から「はい、いいですよ」と許可されないと身体を動かせない(普通の大人は治療中は動かないものだ)という状況が、辛くてたまらない。

美容室は、シャンプ−の時と、ロットを巻いたりしたままの状態でじっと待っている時間が苦痛でたまらない。
シャンプ−台で頭を下げ、顔に何かかけられ、じっとしていなければいけない時間は地獄である。
気が遠くなりそうになるのを必死で耐えなければいけない。
一番最初に経験したようなひどい発作はないが、パニックの名残はあれから25年以上過ぎた今でもしぶとく残っていて、歯医者、美容院に行くのは結構頑張りがいる。

今回読んだ本の著者は、飛行機と新幹線に乗るのが最大の苦痛としている。
私の場合は、飛行機は墜落が怖いし、あまり乗りたくないが、新幹線は大好きだ。
パニック発作など起こすどころか、新幹線に乗るとわくわくするのだ。
新幹線に乗ること=旅行に行く、という楽しいことに(私の場合は)つながるので、閉じ込められたという感覚は全く覚えない。
やはり個人によってかなり違う。
また著者は、自分の意志でどうにでも動かせるので、車の運転は大丈夫なのだという。
しかし私は逆だ。
右折をする時に、交差点の真ん中で車を止めている時間がだめだった。
これは人の運転する車に乗っていても同じ。
要は、左車線を走っているならいざとなれば車を道端に止めて外に出られるけれど、交差点の真ん中では絶対に車から出られない、という状況が恐怖を生むのだ。
絶対に外に出られない状況で今具合が悪くなったらどうしよう
この不安、これがとにかく恐怖となりパニックとなって襲いかかる。
いわゆる閉塞感だ
観覧車やロ−プウェイも怖い。
ディズニ−シ−でいえば、潜水艦で水中を潜るというシチュエ-ションのアトラクションがダメ。
前にどうしても付き合いで乗った時は、死ぬ思いだった。
他に挙げてみると、
列に並ぶこと(目的を達するために、簡単には列を抜けられないような場合だ。別にラ-メン屋なんかの列は勝手に抜けたって自分が食べられなくなるだけだから大丈夫。テ−マパ−クなんかで、抜けようにも、その道がないような列に並ぶことが苦しい)
長い列のできたエスカレ−タ−に乗ること(これも当然、身動きが自由にできない状況だから)
車の後部座席の真ん中に乗ること。
後部座席に乗ること自体も、2ドアの車の場合はキツイ。
ああ、自分で私は車の外に出られないんだ、と思うと、苦しくて気が狂うような感じになってしまう。
映画館やコンサ−ト会場などで、両側を人に囲まれたど真ん中の席に座ること。
思いつくのはこれくらいか。

しかし現在は何とかパニックの症状と私は上手く付き合っていけている。
満員電車も当然大の苦手だが、私の場合は他の人が感じる不快の原因とは違って(他人と密着するのが嫌だとかそういう話ではなくて)、やはり「身動きが取れないような状況で気分が悪くなって倒れたらどうしよう」という恐怖だ。
人に押されて自由が利かなくなると、気が遠くなるような、何とも言えない怖い感じに襲われる。

これらの状況を何とかやり過ごす方法は、私の場合は人と会話をすることだ。
満員電車でも、知人と一緒で会話をしながらであれば、何とか無事に過ごせる。
東京の息子のところに行くために、時々高速バスを利用しているが(安いので)、
車内の温度の関係なんかで、パニックを起こしそうになることがある。
そんな時は、自分の頭の中で誰かと会話をしてやり過ごしている。
(実際に声を出したら周囲から危ない人だと思われるので、頭の中で架空の人と会話をするのだ)
他人から見たらばかばかしいことこの上ないと思うが、私にすれば必死でパニックをコントロ−ルして暮らしている。
ところで、あの雅子さんはどんな時も(正月のお手ふり?の時とか)隣の人にべちゃべちゃ話しかけていて、よく非難されているが、もしかしたら私と同じように気分が悪くなりそうになるのを一生懸命そらしているのかもしれない、と思ったりする。

尚、パニック障害も親のせいだとか、育ち方に起因があるとするようなことを言う人もいるが
(実際に私が前に通っていたカウンセラ−もそうだった)
それは違うと思う。
愛情不足とか、育ち方などではなく、脳の問題という説が正しいと思う。
ただ、パニック障害などという言葉も知らなかったあの頃。
今のようにネットもなかった時代。
19才の私は、自分に突然降りかかってきたこの妙な症状に一人で悩み、苦しんでいた。
親になどは相談できなかったし、しようとも思わなかった。
何とか工夫しながら日々を過ごしていた
後にわかった行動療法というものを、自ら実践していたのだ。

おそらくこの私のパニックは一生ものだ。
ずっと付き合っていくしかない
実は一つ心配していることがある。
もしいつか脳の検査が必要になった時に、あの狭い機械の中に私は絶対に入れないと思うが、まあ何とか対処するしかないだろう

また人によっては、一人では怖くて外へ出かけられないが、家族と一緒なら大丈夫という場合もあるようだが、私は違う
夫と出かけても安心感などはない
むしろ、自分のペ−スで行動できないし、早くしろとせかされるし、気分が悪いから休みたいと言うと怒り出すような性格の男なので、症状が悪化する。
まだ一人の方がいい。
絶対にパニック障害のことなど、理解してくれるような人ではないからだ。

改めて気付いた、すべての元凶は母親

※一応書いておきたいことがあるので、まずそのことを。
私がこのブログを始めた理由は、前にも何度か書いたように、子供の頃から今まで親にされたり言われたりして嫌だったことなどを一つ一つ書き出すことによって、心の中の整理をしたかったから。
最初は誰かに読んでもらうことは念頭になかったのだが、しかし続けていく中で時々ブログにメ-ルを頂くことも増え、励みとしてやってきた次第だ。
(★メッセ−ジを頂いた方、この場を使ってお礼を・・・ありがとうございます。必ず読んでいます)
さて、これまで上記の内容を、頭に思い浮かぶまま記事として書いてきたのだが、実際に自分に起きた出来事を全くフェイクを入れずに、ある程度読む側にも意味が分かるように書くというのは、実は本当に大変な作業である。
いや、最近のことならいいのだが、なにぶん子供の頃の記憶なので、いざ文章にしようと思うと、辻褄が合わなくなったり、また自分の頭の中には残っているが、文章で説明するのがどうにも難しいようなこともある。
前後の状況など、意味が通るように都合よくフェイクを入れれば楽だと思うことはあったが、それはどうしてもしたくなく、事実(もちろん私の頭の中に残っていることを事実と定義する、という意味だが)だけを書くことにこだわりたかった。
そしてある程度は、書き記してきた。
まだ頭の中に残っていることはあるのだが、それらは上記で書いたように、文章にするのが難しいシ−ンが多い。
そのため、「こういうことがあった」と事実を書く記事の発表は、そろそろおしまいのような気がしている。
後はこのブログの第二部として、出来事の発表ではなく、それらについての自分の感情を綴る内容で書いていこうと思う。
単なる個人のブログであり、わざわざ宣言するようなことでもないのだが、自分のためにも、一応けじめとして記しておくことにする。以上※


本題
近頃、しみじみと思うことがある。
私は「自分は女に生まれたから、誰からも歓迎されなかった」という思いの中で子供の頃を生きてきたが、よくよく考えてみれば、私に対してそのようなことを言い続け、その価値観を与えてきたのは、あの母親ただ一人だけなのだ。
この事実に気が付いて、軽く驚愕している自分がいる。
私は、周囲の大人たち皆が一人残らず女の子を歓迎しておらず、男の子だけを尊重しているものだと感じていたのだが、おそらくそれは間違いだ。
間違いだった!
亡くなった父親は、相当に変わった人であり、子供へ愛情をかけるような人ではなかったのだが、正確に言えばあの人は私に対してだけでなく、息子(私の弟)への愛情もない人だった。
差別がなかったのである。
子供に親としての愛情がない。
それも当然子供にとっては不幸なことなのだが、愛情がないことについては、姉弟でさほど差別がなかったように思う。
私と弟に対して、母親ほどの差別はなかった。
私が弟と差別されたと感じるのは、母親に対してだけであり、亡くなった父親からは、適切な愛情は受けなかったが、それは弟と比較してのことではない。
ただ、「フィルムがもったいない」の記事でも書いたように、全く差別を感じなかったわけではないのだが、あれはもう大きくなった私と比べ、弟は小さく愛らしいという理由からのもので、母親のように、性別での差別はさほどなかったように思う。

私が生まれた時に、父親が発したという「なんだ女か」という言葉。
「自分は否定の言葉でこの世に迎えられたのか・・・」と、ずっと私をどこかで苦しめてきたあの言葉。
しかしながら!これだって、父親の口から直接聞いたことは一度もないし、私が「本当にそんなこと言ったの?」と父親に確かめたこともない。
あくまでも、あの「母親」が私に言ったことなのだ。
それも何回も何回も、笑い話のネタのように。
要は真っ赤な嘘かもしれない。
母親の創作だったのかもしれない。

子供の頃に同居していた父方の祖父母からも、ただの一度も、女の子だの男の子だの、と性別について言われたことはい。
それどころか、父方の祖父母からは、本当に愛情をもらったと思う。
親たちはろくでもなかったが、祖父母から愛情を受けたあの体験が、私を何とかまともな人間にしてくれている。
ただその一方で、私は「なぜ私は女の子なのにおじいちゃんたちは自分をかわいがってくれたのか?」と子ども心に不思議に感じてもいた。
本当に不思議だったのだ。
「女の子供はいらない。無価値。男だけが価値がある」
母親から、日常的にそういう価値観を浴びせられ続けていたからだ。

あれは、あくまでもあの母親が個人的に抱えていた気持ちだったのだろう。
私を取り巻く大人たち全員が例外なく持っていた気持ちではなかった。
おそらく父方側の人間は、女の子はかわいくないなどという偏向した価値観はなかったのだ。
そのゆがみを持っていたのは、あの母親だけ。
他でもない、当の自分自身が、女ばかり続いた中に生まれて、また女かとがっかりされた、その後に生まれた弟(母親の弟、私から見た叔父)が大歓迎されたという悲しみを抱えていたから。
その話を私に聞かせる時、母親はカラカラと笑い話にしていたが、おそらく気持ちの底には、悲しみを根源とするある種の怒りがあったはずだ。
その感情をあの母親はすべて、娘にぶつけた。

自分の歪んだ価値観を娘である私に投影した。
私は子供だったから、母親から「女はかわいくない」と日々聞かされていれば、「いやいや、母親はそう言うけれども、父側の方は違うはずよ。それはあくまでも母親個人の価値観なのだわ。だから気にすることはないのよ」などと冷静に分析したりできるはずもなかった。
何しろこのことに改めて気が付いたのは、実際にこんな年齢になってからなのだから。
年端もいかない子供にわかるわけがない
祖父母からはかわいがってもらえても、同時に母親から耳元で「あんたは女の子だからかわいくない。歓迎されていないんだ」とささやかれるような日々だった。
その意味でも、あの母親が憎い

弟が生まれた時。
祖父は、跡取りが生まれたからということで、家を増築してくれたそうだ。
(この増築により、両親の独立した部屋ができた)
その話も、何度も何度も母親から聞かされた。
そのたびに私は「自分は女だったから価値がないんだな」と寂しさを抱いた。
要は、弟は男で跡取りだから、おじいちゃんも歓迎し、更には部屋を増築してもらうことになって、母親へも利益をもたらす存在だ。
しかし、先に生まれた私は女だったから、何一つ母親に利益をもたらさない、もたらすことのできない無価値な存在だと。
そういう気持ちを持っていた。
こういうたぐいの話を母親から聞かされるたびに、私は傷付き、寂しく思い、しかしその自分の気持ちを誰に吐き出すこともなく、そもそもそんな術も知らず、ただただ、心の中に積み重ねた。
幼い頃に積み重ねた傷や寂しさ、痛みが、現在の私と母親の関係に多大な影響を及ぼすことになっている。

話を戻すが、これだって、私に実際そう言って聞かせたのは、母親ただ一人だけ。
祖父の口から「跡取りができたから増築を決めた」などという話は聞いたことがない
実際に部屋の増築はあったのだからそれはいいのだが、祖父が実際にその理由として「跡取りができたから」と言ったのかどうかは怪しい。
単純に、家族が増えたから、だったかもしれないのに。
母親の憶測ではないか。
そうだ、これを書いているうちに思い出してきた。
母親は確か「おじいちゃんも、跡取りができた、と思ったんだろうね、〇〇(弟の名前)が生まれた時、部屋を増築してくれるって言ったんだよねえ」というニュアンスで言ったのだ。
私の前で誇らしげに!
「跡取りができたから」
あれはおそらく母親の憶測、そして一回目は女だったが、二回目でようやく男の子を生んだという誇らしさからきた言葉だ。

私としては、別に祖父が本当に跡取りができたから、と思っていたとしてもそれはいいのだ。
問題はあの母親が、娘である私にとっては
「アンタが生まれても自分には何の得もなかった」
という風に聞こえるような話を、その娘である私になぜ何度も話してきかせたのか、ということだ。
それも、大人になった娘ならともかく、子供相手に。
跡取りができたから増築したなどということは、別に大人の間だけでわかっていればいいではないか。
こういうことは、弟がいない人には何がそんなに辛いのか、わからない話だろうと思う。
同じきょうだい差別の話でも、弟がいる姉と、兄がいる妹の立場の人とは、根本的に違うと私は思っている。

すべてはあの母親が元凶だ。
私に「女の子はかわいくない。いらない」という歪みを植え付けてきたのは、あの母親、ただ一人だけだったのだ。
周囲の大人はそう思ってもいないのに、すべてを上書きしてしまうほど、子供にとって母親から聞かされたことというのは大きな影響を与えられるものなのだろう。

やはり私はあの女を受け入れることはできない。
女の子はいらない。かわいくない。無価値だ。
当の親から、この歪んだ価値観をここまで植え付けられることがなかったら、私はもう少しましな人間だったかもしれない。
年を重ねて、人と接する処世術は身に着けたが、私の心の中はものすごく醜いものだ。
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