「発達障害に気づかない大人たち」 星野仁彦

題名通り、大人の発達障害の人たちについて書かれた内容。
しかし、内容はこれまで散々読んできた本と大差ない。
こういう本に書かれている内容は、ほぼ同じだ。

私の知りたいこと・・・・その発達障害の大人が、結婚し、子供を作った場合、
その後、発達障害の人は親として、子供たちへどのように接するのか。
普通の人のように子供への親としての愛情は持てるのか。
そしてそういう親に育てられた子供の苦悩については、どう考えるべきなのか。

このような内容は一切ない。皆無である。

もういい加減に、発達障害というものが、どういうものかということについては
たくさんの本が出ているし、同じような内容の本ばかりあっても仕方がない。
発達障害の親をもった子供の苦しみ。
この視点からの本が出ないだろうか。
ここには専門家の方は興味を持てないのか。
実際にそういう親に育てられていないと、所詮わからない問題なのか。


少しだけ家族についての記述がある。
「家族に発達障害の人がいると、家族は二つのパタ−ンになりがちだ。
一つはその突発的な行動に振り回され後始末に追われる。
もう一つは、その人のことをあきらめて無視や放任状態となる。
本人は見捨てられたような疎外感を抱く」
うちの場合は当然後者だろう。
正確に言えば、夫としての役割も父親としての役割も、それぞれが亡き父親に求めることをあきらめ、
その上で彼の配偶者である私の母親が音頭をとるような形で、ひたすら彼をバカにしていた。
面と向かって、社会的には何の役にも立たないあの父親をバカにし、子供らや親戚に愚痴を言い、
そのことで家族が成り立っていた。
こう書くと父親だけがかわいそうな感じがするのだが、
実際は、父親が皆にバカにされることで、しょぼくれていたわけではない。
彼は寡黙な反面、すぐに怒り出す面もあり、子供相手には強気にいばっていた。
別にこの本にあるように本人は「疎外感」などは感じていなかったはずだ。
一番疎外感を感じていたのは、あの四人の中では、間違いなくこの私だろう。
そもそもああいう変わった人に(アスペルガ−?)疎外感など芽生えるとは思えない。
もともと何かに対する帰属意識がないのだから。
そういう欲求がないから、誰とも交流せずにそのことを苦痛と感じずに生きていけるのだろう。
こうした頓珍漢なところが、このような本をどこまで信じていいのかわからないという気分にさせる原因だ。

また本の最後の最後に
「男性の場合は、周囲には大変『扱いにくい人』となり、離婚率や離職率が多くなる」
だから早く自覚して治療を受けなさい、とある。
文にすれば、このほんの一行に過ぎないことが、当時者にとってはこれどころでは済まない大きな苦痛があるのだ。

この著者である医師は、実はご自身も発達障害であるらしい。
それでも医師になれるのなら、発達障害だろうが何だろうが全く問題ないと思うが、
もし可能ならば、ご自分が息子さんに対して愛情はあるのか。
普通の親と同じ感情なのか。
そのことをぜひ教えてほしい。

ただどう考えてもこの方は、うちの父親と同列には語れないだろうとは思う。
一口に発達障害とはいっても、人としての優秀さや、聡明さなどが違い過ぎる。