先月、うつ病による自死で亡くなった従妹の一周忌があった。
あの突然の死からもう一年がたつ。
本当に早いものだ。

会場で弟と顔を合わせた。
その時に、彼から直接聞いたわけではないが、母親が脳梗塞で倒れたということを知った。
伯母が弟に「お母さん大丈夫なの?」などと話しかけ
そばにいた私が弟に「何かあったの?」と聞いて知った・・・という次第だ
この段階ではもうすでに退院をしており、今後は新たに見つかった病巣の手術をする、ということらしい。

この一周忌に出なかったら、私はきっとまだこの事実を知らないでいただろう。
私と親と弟の関係性は、この通りなのだ
もちろん弟は責められない
彼には何も関係はない

母親の状態や私の気持ちなどはまずさておき。
一度癌になった体で、「別に気にしなくてもいいんだから!」などとわけのわからないことを言って
煙草を吸いまくり、食事にも気を使わず
不健康な暮らしをし続けている責任のない人間が、病気になって周囲に迷惑をかけるということは腹立たしい

大人として最低限の自分の体の管理をするのは当然だ
それが大人の責任だろう
自分の病気と向き合うのが怖いのか、ただ単にだらしないのかわからないが
好きで煙草を吸い続け、食事管理もせず
70を過ぎても、まるで10代のヤンキーみたいに、健康なんか興味もないというような暮らしをして
あれでは血管が悪くなるのも当たり前だ
子供に迷惑をかけないというのは、お金のことだけでなく、健康管理も含まれるだろう
20年近く前、あの人が癌になった時、その後があまりにも自堕落な生活ぶりなので、私は言ったものだ。
「また病気にならないように健康管理をするのは、大人の最低限の責任だ」と。
あの女は黙っていたが、そばにいた亡き父親が速攻で「その通りだ」と言ったものだ。
(私と会話をしたわけではないが)

もちろんそれでも人は必ず病気をするものだ
わかっている
しかし、「自分は細かいことには気にしない人間だ」という大口を叩き、それを良しとして、
煙草を吸い、好きな暮らしをし続けるのは自分勝手だ。
あの人は、本質的に「健康に気を使っているような人を、一段下に見てばかにする」ところがある。
そんなのより自由に何でも食べて煙草も吸って、みたいな自分の生き方がいいのだと。
ならばその結果として、いざ病気になったら、誰にも迷惑をかけずに本望だと死んでいけばいい
しかし弟の話によれば、一時期は落ち込んでうつのようになっていたらしい
だったら、自分は特別だみたいに変に虚勢を張らずに、煙草もやめ、できる範囲で健康に気を付ければいいのに。
健康に気を使う人より、母親のような人間の方が、よほどみっともないし恥ずかしい
あの人のそういう所が私は大っ嫌いなのだ
あの人の生き方が私とは相容れない。そうだ、これは人としての生き方の問題だ

あの人の周囲で、こういう厳しいことを言うのは私だけだ
親戚や息子や嫁は言うわけがない。
ただ優しくしてくれるだけであろうから、私などは不要な存在なのだ

話を聞く限り、今日明日死ぬわけではなさそうだが
それでも私は会う気にはなれない
どうしてもあの人とは会う気にはなれない
そのまま死んでもいいと思っている

上記に書いたようなだらしないところ、あの生き方が本当に嫌なのだ
煙草吸いまくり、食事にも気を使わず好きに生きて、いざ病気になったらあれだけ悪口言ってた嫁に頼るのか。そして人並みに落ち込むのか
だったら!普段から健康な暮らしをする努力をしろよ
大人なんだから!
普段は変に大口叩いて強がって、真面目に生きている人をバカにして、いざ病気になったら落ち込んで
ああみっともない、情けない
そんなふうに思ってしまう。
それほどあの人の暮らしはだらしないものだった。

ろくに掃除もしない、いらない物であふれた汚部屋で、吸い殻で山になった灰皿を前に煙草吸いながら、コーヒー飲んで化粧も落とさず寝っころがって
面倒だと布団ではなくそのままコタツで寝て、
身体に悪そうなものばかり食べて
いつも仕事を言い訳に
あれでは絶対病気になるだろうと思っていたが、やっぱりなあ、と思った

父親の時よりも、私の心の中は冷たい冷たい白けた風が吹き荒れている
やはり元凶はあの母親だったのだろうな