家族の絆、家族が一番大事、そういう言葉が大嫌いだ。
家族という言葉を聞いただけでもぞわっときてしまう。
とにかく家族という言葉そのものが大嫌いだ
そんなわけのわからない自分の気持ちについて、この本に書かれていることによって、今回はっきりと理由付けができた。

結婚式で花嫁が自分の両親にあてて読む手紙
感動で涙涙になったりする
こういうことについて、著者は「そんなもの、読みたければみんなの前でじゃなくて式の前に家族だけで勝手に行えばいいのだ」と言う
(本が手元にないので自分なりの意訳)
ほんとう〜〜にその通りだ!!
私も著者同様、他人の前で自分の親にありがとうとか言って泣くような気持ちが全く理解できない
なんでいい年こいた大人がわざわざ皆の前で親にありがとうなんて言って泣きゃなきゃいけないんだろう
アホじゃないの
自分が招かれた側だとすれば、赤の他人の家族ごっこを見せられてもね。。。

私はずっとそんな自分が単純にひねくれ者なんだと思ってきたが、よくよく自分の気持ちを掘り下げて考えてみると、
私は人前で「自分のために泣くこと」が嫌なのだ
そういう人間も嫌いなのだ
だって結婚式で泣く花嫁も、その家族も、
自分の辛かった生い立ちを話しながら泣く人も
みんな「この私」がかわいそうだ、「この私」が・・・という理由だから
主語は。私。私の家族。
主役は私。
そういうことが臆面なくできる人は恥ずかしくないんだろうか。
私はこんな自分が主役になるなんて、こっぱずかしくてとてもできない。
更にはそんなものに強制的に付き合わされる他の人に悪いなあ、と思ってしまう。
申し訳ないのだ。
皆さん、そんなに自分のことが好きなのだろうか
このかわいそうな私。私はかわいそう。
自分が主役になることに恥ずかしさなど感じず、何とも思わないから、いい大人になっても人前で自分のことで自分のために泣けるのだろう

以前ここに非難のメッセ−ジを送ってきた人は、嫁と子供が大好きとかいうタイトルで
家族の写真をインスタにやたらアップしているようだ
反吐が出る。
はっきり言ってね、その子供。他人から見たら全くかわいくない容姿。
ほんとブサイク過ぎる
あんな写真をやたらアップして何が楽しいんだろうね・・・
家族仲が良くて大好きなら何も他人にわざわざアピールしなくてもいいのに。
まあそういう家族大好き、自分大好き、みんなこんな俺を見て、という価値観の人間だからこういうブログがむかついて、憎らしくて嫌がらせをするんだろう
家族大好きのいいお父さんであるはずなのに、一方では関係ない赤の他人に対して、ネチネチ嫌がらせをする陰険な面もあるわけで、人間って怖いと思う。

同じタイトルの前の本も読んだが、著者の言いたいことはよくわかる
ただ自分語りの部分がつまらない
一般論としての親子関係の話はおもしろいが、著者の個人的な家族関係の話になると、時代背景も環境も自分とは大きくかけ離れているため全く共感が出来ず、ぐっとつまらなくなる。
それぐらい人間というものは、他人には興味がない生き物なんだろう
結局のところ人は他人のことにはさほど興味がないし、本当には理解なんかできないのだ
可愛いのは自分だけだ
皆自分のことが一番かわいい
だから他人の子供の写真なんか見せられても別に何とも思わないし、度をすぎれば不快になるだけなのだ
ただのお愛想だとわかっていて、他人のSNSの子供の写真にいいね!をしなけれないけない社会
本当に息苦しい
どう見てもブサイクな子供に、かわいい〜と書き込むあほらしさ。