大学へ術前の検査に行った

コロナPCR検査と、麻酔の確認?(これって、前日の回診と別になぜ必要?わざわざ外来で診療費とるのって???) 

正月はじまってからこの2週間、発熱患者ばっかりみてる(実際は、コロナ抗原検査陰性を確認してからの診察ではあるけど)ので、ちょっと緊張

その上、良くいく旅館でクラスター発生???

最後に行った時期はまだコロナ発生してなかったとは言え、、



で、まず麻酔科の看護師さんと医者の問診と同意書取得が終わってから(改めて、やはり前日ではだめなのか???)


コロナのPCRk検査へ


全然私がいたころとは場所もいる先生たちも違うけど、総合外来へ


そこで、名前をよばれ行くと、総合外来で私が初めて働いた頃からいらっしゃる看護師さん

「先生、太ったねえ」

一言目、それか(笑)

ええ、あの頃とくらべると、、、20㎏は太ってます😢


唾液を出して、検査終了すると、突然

「お子さんは元気ですか?」と

あれ?うちのこがダウン症だって知ってあったっけ??と思いつつ、元気ですよ~もうすぐ成人ですって話すと

「実はね、うちの妹もダウン症なんですよ」と、、、

そうなんだ、、、

私がこういう活動しているのご存じだったのかな

「先生のところは、病気とかは大丈夫ですか?」

実は、白血病とか心配していること伝えると

「ダウン症の子にも重度から軽度の子までいるからですね、、、」と、妹さんの状況をお話しされた


ご年配のご両親がいらっしゃって、最近お父様がなくなられたことなど、いらっしゃった頃にくらべて1人じゃなくて、1.5人分支える人が減ったようだと、、、


解る、、、うちも祖父(私の父)がなくなったのは、祖父一人分だけでなく、数人支えてくれる人が減った感じだった

父親ならなおさらだろう

娘が生まれた時とも環境も違い、後見人だとか、施設にいれるのがどうとか、、、考え方も違うという話しをしたりして、、、

「人に話したのは初めてですよ」

この子がいるから、救われているところも沢山あると、、、それはうちも一緒だからよく解る

「母と3人でがんばりますよ」

また話す機会があるといいな、、、


うちの子も、もうすぐ18歳の成人

成人後見の話もすすめないとだし、私がいなくなったときのことを今、手術の前に少しでも、、、と見直している、、、


偶然にも、母の姉が倒れて、退院してもとの生活は難しそうなことやら、入っていた保険のこととかも把握してないので手続きとかを進めていて、契約者や被保険者に何かあると保険の請求も本当に大変なことも身に染みて分かった(貯金も下ろせないので入院費も払えない)

ダウン症を持つ人だけの問題ではないけれど、成人が一人でいろんな手続きを自分でできないとき、周りにとっては沢山の面倒な手続きがでてくる


その人の財産や権利を守るための大切なことだけど、もう少しどうにかならないかなあ、、、











とりあえず、脳血管系には問題はなさそう

月曜以降に神経学的には精査を行うが、5日間ずっと倒れていたということで、脱水がひどく血圧も60くらいしかなかったが補液で110台まで落ち着いてきたこと

脱水により腎機能が悪くなっていること、、、など話されている途中で、母が

「この子は医者なんです」

と、、、言わなくても良かったのに、、、

「じゃあ、話は早いですね」

と、言った後で、「いや、少し緊張しますね、、、何科ですか?」

さすがに、腫瘍内科をは言わずに、「内科です、、、総合診療部で、20年前にはここの救命にもいました」

もう20年も前なんだ!!

と、どうでもいいことに感動?しつつ


とりあえずは救命の病棟に入って、明日以降何科になるか決まると

後は看護師さんの説明を受けて、、、と、すぐに看護師さんが来られ、入院の手続きなどの説明


微妙に娘のお迎えに間に合うかどうか、、、の時間で、救急室にいるおばと少し面会し、病棟へ


病棟内へは入ることができないとのことで、娘のお迎えの時間を伝えて、大慌てで娘を迎えに


脱がされた洋服を持ち帰るのを、忘れる、、、

 


救急車が病院について、すぐに連絡があった時には、

「まだ、来てないの?え、手続きは私がしなきゃだめ?」と焦っている母だったが、私がつく頃にはおちついて、ポケモンgoをしていた

今日がコミュニティデーで本当に良かった、、、

少なくとも、気持ちを紛らわせてくれる


娘が4時半から5時にディサービスから帰ってくる予定だったが、病院に着いたのは3時過ぎくらいだったが、もしかして家にそれまでに帰れないかもと、事情を話して、家に送らずにディサービスのところで待っててもらうようにお願いする

どうでもいい、ポケモンのタスクの話などをしながら、

「良かった、、、ポケモンでもしなければ、まち時間何しようもないよね」

と、じーっと待っている他の患者さんの家族とかを見ながら、母が言う

私が落ち着いていたので、母も「命に別状はなさそう」と思ったらしい


実は、母の父(私の祖父)は、突然家で心肺停止状態で運ばれた(今思うと、おばが運ばれた病院と同じだ)

そして、母の義母(私の祖母)は交代で付き添っている時に、高熱が出て、母しかいない時に急に息を引き取った(私が大学4年生の時)

母の実母(私の祖母)こそ、がんの末期でいつ亡くなってもおかしくない状態だったとは言え、やっぱり母が付き添っている時に息を引き取った


そして、この前の私の緊急入院で、敗血症でショック状態、DIC状態、、、危険な状態という説明を受けている


私はと言うと、意識があった状態で、「弱っているけど、大丈夫」という変な自信があって、病院にきたから、もう大丈夫だろうと思っていたが、これまでの母の経験からも、結構きつい状態だったと思う


4時半になったらとりあえず、私だけで娘のお迎えに、、と思っていたら、5分前くらいに先生が説明に来られた




 

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